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十四 悟り

経営者のうちには、朝から晩まで仕事に追われて走り回っている人がいる。毎日のスケジュールをぎっしりと書きこんだ手帖を見せて、手帖に追いとばされているようなものだと忙しいのを自慢している人がある。

そうかと思うと、少々の失敗を気に病んで浮かぬ顔をしている人もある。また、取り返しのきかない生来の弱点などに悩んでいる人もあれば、迷信などにとらわれて気力を欠いている人もいる。

いずれも自分を損ね、経営を疎かにしていることで感心したことではない。社長が忙しく走り回っていることは勤勉な社長のようであるが、多くはやらなくともよいことで自分を忙しくしているに過ぎない。大部分は部下に任せられるのに、任せられない。ということは悟っていない、ということになりはしないか。

さらに、仕出かした失敗に悩み、取り返しのつかぬ欠点などに気を重くしているほど愚かなことはない。 一刻も早く、その愚かなことを悟って、忘れるべきである。

ある大手スーパーの社長の手帖は年末には一枚になる。きのうの分は切り捨ててしまうからだ。それには、過去にとらわれてはならぬということもあるに違いない。

誰しも、明日は何をしようか、来年は何をしようか、と先を考えるもので、昨日は何をしたろうか、去年は何をしたかを考える人は少ないものである。過去の過ちは早く改めて忘れ去ること。生来の短所など、怨み、悩むよりも改めることに努めれば自然に気にもしなくなる。私など、二十才で頭髪を失ない、学なし、地位なし、かねもなし、頭髪もなければ青春もなし、と自嘲したが、天は、こうした劣等感をとり去るような力を自然に与えてくれるものである。悟り、である。

菜根諄にこんな文句がある。

「人心に個の真境あり。糸にあらず、竹にあらずして、おのずから悟愉し、煙ならず者ならずして、おのずから清芥あり。すべからく念浄く境空しく、慮忘れ形釈くべし、わずかにもってその中に沸術するを得ん」

(人の心の中には一個の悟りの境地がある。この境地を得た人は琴や笛がなくとも自然の音楽を楽しみ、香や茶がなくとも芳しい香りに浸ることができる。この境地に達するには雑念を去り、名利を捨て、思慮することを忘れ、自分の存在さえ忘れることだ。そうなれば悟りの境地に遊ぶことができるのである)。

これをそのまま読むと、いかにも、生きた仏にでもなれといっているようだが、企業経営者が生き仏になったのでは経営は成り立たなくなる。不要な思慮、雑念、私利、私欲などを忘れる、ということである。

同書には、こういうのもある。

「性天澄徹すれば、すなわち餓えて喰い渇して飲むも、身心康済するにあらざるなし。心

ぜんたん  げのはろう

地沈迷すれば、たとい禅を諄じ偶を演ぶるも、すべてこれ精魂を播弄せん」

のど

(心が澄みきっておれば空腹に飯を食い、喉がかわけば水を飲むという簡素な生活をしても心身をそこなうことはない。心に迷いがあれば、禅の話を聞いても偶を唱えても、それは  .心をおもちゃにしているだけである)。まことにこのとおりで、経営者が、迷い、悩んでいるようなときは、どんな忠言、教訓も耳に入らない。

ところが、なんとか迷いから醒めよう、悩みからのがれよう、と考えただけでも、それらの言葉が自然に耳に入ってくる。

そのこと私も、前述したように、長い煩悶期間を過ごしてきたが、これは天が自分に与えた試練である、と自分に押しつけつづけている間に、いつとはなしに、悩み、迷いを打ち消して試練を突破してやろうという気になった。悟り、というものであろう。銀行時代、東京銀座五丁目の「春日」というサンドイッチマンの会社社長春日輝子さんと対談した。

春日さんはこう話してくれた。

「私は三十才を過ぎたころ男の幼児三人を抱え夫に先立たれた。夫の病気でおかねを使い果たしてその日から食べるにも困った。手に職はなし。サンドイッチマンでプラカードを持つぐらいならやれると思って、サンドイッチウーマンになった。稼ぎのない日など重い足を引きずるようにして帰ってみると、火もないところで三人が抱き合って寒さを凌いでいる。

おなかのすいていることはよくわかるが、米粒一つない。外へ出て八百屋の軒先にキャベツの表皮が捨ててある。それを拾ってきて塩で煮、これが夕食といって食べさせたことも何度か。食堂の仕事をしたとき、どんぶりご飯を出してくれたが、おなかが、ぐうぐう鳴るが自分で食べるわけにはいかない。周囲の客の目を盗んでハンカチに包み、急いで帰って三人に食べさせる。

ある夜など、やくざに取りまかれ『だれの許しを得て商売やっている』と短刀をつきつけられて、すごまれた。

『私は、三人の子を食べさせるために働いているが満足に食べさせられない。いっそ、子供をしめ殺して私も死のうと考えたが、それもできない。ドスがあるならちょうどいい。ひと思いに刺し殺してくれ』といったら『せいぜい稼ぎな』と、行ってしまった。

さんや       くつ

ある夜、仕事もなく、山谷の貧民窟へ帰る途中『なぜ、自分だけが、こうも苦しまなければならないのだろう』と考えた。『これは前世に悪いことをした罪の償いではなかろうか。

もし、そうだとすれば、苦しむたびに償いは減っていくはず。いずれは、償い終ることになる』。そこに考えついたとき、胸のなかにたまっていたものが一度に出てしまったような気持ちになった。それからというもの、苦労に出会うと、これで前世の償いが一つ終る、と考えるようになって、音を苦と思わないようになった」と。

対談の日「いま南青山のマンションを買い、代金を払ってきた」といっていたが、音の苦労を彼女の顔から見いだすことはできなかった。

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