「可愛い子には旅をさせよ」とは昔からよくいわれていることである。山河を渡渉し、時には食わず、眠るもかなわず、寒さ暑さに耐えるなど苦難を乗りきる体験は、教科書や人の日からは得られないことである。
「体験こそ学問」の教えも同じで、 一頁の経営書をも読まなかったであろう人が大成し、万冊の経営書を読んだ人が失敗している。前者は体験からすべてを学び、本物の動き、人の心まで見抜く徴妙な神経を養ったのに対し、後者は、時の変化・人の心・出方などの微妙な点を教科書から学べなかった。ここに大きな差が出てくる。
言志四録に「賤そぎう所の期難笙r、屈辱議謝・輝ポが事は、部天の磁若を若せしむるァ以にして、砥碩切嵯の地に非ざるはなし。君子は当に之に処する所以を.慮‐タベし。宿ヶに之を免れんと欲するは不可なり」(我々が出会う苦o悩み・変事、恥辱などの困りごとのすべては、神が自分の才能を老熟させるためのもので、自己形成の資である。これをどう克服すべきかを考えることが大切で、決して避けてはならない)とある。
西郷南洲の詩ではないが「幾度か辛酸を経て志始めて堅し」のように、辛酸の積教あげがすなわち大成、ということになろうか。
言志四録にこうも書いてある。「顛難は能く人の心を堅うす。故に共に娘難を経し者は、交を結ぶも亦密にして、党に相忘れるに能わず。糟糠の妻は堂より下さず、とは亦此の類なり」(顛難は人の心を堅固にする。したがって顛難を経てきた者は人と交わりを結ぶにも、緊密で互いに忘れることはない。糟糠の妻は堂より下ろさず、もこの類である)。
私の二十才のときに立てた生涯信条に「厳しさの挑戦」を加えたが、当時の私には、親から残された借金のために、別に挑戦しなくても厳しさを余儀なくされていたわけである。借金を完済して土地の権利書を債権者からとり戻し、先祖の仏前に供えたとき、母が涙を拭い .もせず「これでご先祖に申しわけが立った」と一言。これをきいて、人生の最高の喜びを知ったものである。もし楽を先にして土地を売り、借金苦から逃れていたら、この感激を味わうことはできなかったろう。
ふりかかる困難を避けて喜びはない。また、単に切り抜けただけでは平凡な喜びにしか過ぎない。最高の喜びとは厳しさを自ら求め、これを克服したときにある、と知らされたわけである。
会社経営にあたって、この最高の喜びを、社員にもぜひ味わってもらいたい、厳しさに挑戦して強く邊しくなってもらいたいと念じて、「厳しく育てる」ことを実行してきた。関係した会社で、無借金経営をたてた際、財務部長に二つの厳しい日標を指示した。一つは、五カ年計画の期間内に必ず無借金にすること。期日よりたとえ一日遅れても許さない。そのときは部課長の肩書きを返上してもらう。
二つは、返済にあたり見合預金に手をつけないこと。返済金に窮しても、預金を崩して返したのでは部課長は不要だ。定期預金が満期になれば郵送しても銀行は相殺してくれる。郵送ですむような仕事に部長や課長はいらない。部課長たるもの他に返済資金を求めなければならないという、厳しい注文をつけたわけである。
結局、借金は二年半で完済し、預金はむしろ増えている。しかも、返済に全力投球し、生産期間の短縮からあらゆる経費の節約まで全知を傾けさせることによって部課長の能力も大幅に向上することになった。少しの憐れみも求めず、与えず、まさに鬼となって再建を果たしたが、安易を求め厳しさを避けて有終の美は飾れないものである。同じ体験をさせるにも、厳しさに挑戦させることが肝要といえるのではないか。
とかく部下に何かを体験させようとするとき温情が先立つものであるが、これはかえって情のない仕打ちとなる。言い換えれば部下に将来の苦を与えることになる。この話は主従ではなく父子のことである。
中国の戦国時代、趙の国に歴戦の勇将の誉れの高い趙奢がいた。その子趙括は若くして兵法を学び天下広しといえども右にでる者なし、というほどになった。
あるとき、この父子で兵法を論議したが、父はやりこめられて一言の反発もできなかった。これをそばで見ていた括の母が「少しは褒めてやったらどうですか」といった。それに対し趙奢は「″兵は死地なり″(戦いというものは命がけである)。括はこともなげに論じたてているが実戦の体験がない。あれが将来趙の軍を率いるようになったら趙は滅亡するだろう」といった。
果たして父が予言したとおり、趙括が総軍を率いて秦と戦ったとき一戦で四十五万の兵を失ない趙を危地に陥れたという。括の体験のない生兵法が災いとなったのである。体験のない者には臨機応変の知がでない、勇もでない。これらの知、勇は学問からは学ぶことはできないのである。
現代でも、スポーツ選手、ことに力士はからだで覚えよといわれる、手とり、足とり、ロ移しにしても微妙な変化に瞬間に応ずる術を会得させることはできないからであるエジソンは「天才とは、九十九%の汗と一%の霊感」といっている。天才は天性ではなく体験から生まれるといえよう。
前職時代私は、あれもするな、これもするなという教育をやるな、それはノミのサーカス教育だといったことがある。ノミにサーカスを教えるには透明の器にノミと栄養食を入れる。ノミは元気になり、外へとび出ようとするが器に妨げられて出られない。しまいには、あきらめて跳ばなくなる。それからサーカスを仕込むという。形式・体面だけのべからず教育によって画一人間を造っていては、本当の厳しさに挑戦する人材は育たない。
ァメリカの著名な商業コンサルタントは、アルバイトで稼いだかねで居酒屋を飲み歩いた体験のほうが学校で学んだよりも役立っているといっている。
基本は学問から学ぶことができるが、応用は体験から生まれてくることを知っておきたい。自らも部下も、厳しさに挑戦し、挑戦させ、その体験から次の飛躍を学んではしいと思う。
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