権限委譲には経営上きわめて深い意味がある。
その一つは、企業の責任者の管理の限界にある。限りある力ですべてを行なうことは困難で、規模が大きくなるにつれて行き届かない点がでてくる。当然に新天地を開拓する余裕もなくなり、時代の変化に対応する暇さえなくなる。すべてが中途半端になり、部下の統率もできなくなる。
よく企業規模が一定水準までいくと行き詰まったり、衰退していくことがある。また、最高指導者が、過去の実績を誇り、自分一人の能力に頼って気鋭の才能を得なかったため他の後塵を拝せざるをえなくなった例も多い。
時代は進み、企業規模は大きくなるが、独裁者は老い、能力・活力も衰えてくるということでは人後に落ちるのはむしろ当然である。その二は、部下が育たない、ということである。私は、権限委譲の最大目的は後継者の育成、人材教育にあるとしている。
会社経営の目的が、組織の活性化と人材育成にあることは、すでにのべたところだが、分社して任せれば、与えられた権限を果たすためにも自ら学ばざるをえなくなる。
課長が子会社の代表取締役になると、本社の課長であれば、自分の課の業務に精通すればこと足りるが、代表となれば経営全般を学ばざるをえなくなる。責任の自覚が、親がかりのときとは雲泥の差になるからである。人材教育の場を特に設けなくても、権限委譲そのものが人材教育となる、ということである。
権限を委譲することは、いかにも自分の権限が縮小されるかのように考えがちだが、部下に任すことで度量ある上司としての尊敬が得られる。任すことのできない者は小心、臆病のそしりをまぬがれまい。また、己より優れた部下を育てる上司としての最大の任務を怠っていることになるだろう。
前職時代、私は幹部役職員に「われわれには定年退職もあれば天命ということもある。しかし、会社の寿命は永遠でなければならない。限りある人間が限りない会社の寿命を維持する道は、己より優れた後輩を育てあげるだけである。そのためには、それぞれがもつ能力のすべてを部下にゆずれ、次に仕事をゆずれ、魂もゆずれ、最後に会社の財産をゆずれ」といってきた。会社を退くとき子会社の代表会で挨拶して、突飛もないことから話し出した。
「唐の詩人、李白は″酒を把って月に問う″と題して、こう詠んでいる。 〃白兎薬を濤いて秋また春、婦蛾孤棲して誰と隣せん、今人、古時の月を見ず、今月曾経て古人を照らせり、古人今人流水の如く、共に明月を看て皆此の如し……」(月の世界では白兎が春、秋を通じて薬を犠いている。館蛾― 夫の仙薬を盗んで月に逃れたという伝説の女性― がただ一人そこに住んでいる。今の人は昔の月を見ることはできないが、今の月は昔の人をも照ら ・していたのだ。古人も今人も水の流れるように流れ去りつつ、みなこのように月を見ていたのだ……)。
さて、去ろうとしている私が、この詩から話しだしたわけは幾つかある。一つは、月は昔から地球を照らし、将来も変わることはなかろう。しかし、時代は進歩して止むことを知らない。昔も今も人間に変わることはないが人知は進んでこれにも終着駅はたとえば、飛行機が開発されて実用化されるまで十四年、テレビジョンは十年、宇宙通信衛星は五年とスピードアップされている。自動車が四十年を要したのに比べれば、その変革の著しさに驚く。将来の進歩はさらに加速されるに違いない。つまり、進歩の激しさを認識してもらいたい。
二つに、皆さんは販売会社の代表であるが、ここで最高の任務を認識してもらいたいということだ。
販売会社の最高責任者であれば、売上げを増やし、年々業績を高めることが最高の任務と考えているだろうが、最高の任務の上にある任務を忘れては困る、ということである。
いま月の話をしたが、ソ連が人工衛星を打ち上げてから十二年後に米国は月着陸に成功している。近く日本人が乗った衛星が打ち上げられることになっているが、それに乗せる健康管理機の一部は当社開発の機械である。機械が宇宙まで上げられるわけだが当社がそれほど高く飛躍するためには、現在のわれわれの能力では及ばなかろう。みなさんが、部下を教なさん以上に優れた人材に育てあげることによってはじめて可能になる。
ということは、みなさんの最高の任務が人を育てることであることを知るだろう。そのためには、みなさんは本社社長の絶大な信任をえ、 一社経営の権限を与えられたが、皆さんも可能な限り部下に権限をゆずりなさい。ゆずることは獅子が子を谷に蹴落すにたとえられるが、それでこそ子は遅しく育つものである、と話した。
さて、この項の終りにのべたいことは、トップが権限を委譲するにしても、 一人の部下への全権委任は避けるべきではないか、ということである。
韓非子は、 一人の部下に任せることは危険であるとして次の話をのせている。
史上の名君として知られる斉の桓公が、国政の最高責任者として、これも名宰相といわれた管仲を用いようとして重臣に語った。
「管仲に国政を任せたいと思う。ついては賛成する者は門の左側、反対な者は右側に並んでもらいたい」
それぞれ並んだが、東郭矛という重臣は間の真ん中に立った。
「真ん中に立った理由はなにか」
「管仲は天下を経営するほどの知謀をもっていると思いますか」「そう思っている」
「それでは、管仲は大事を任せられるほどの決断力をもっていると思いますか」
「思っている」
「それでは申しあげます。管仲は天下を経営するほどの知謀と、大事を処する決断力のもち主。それに国政の実権を与えようとしておられる。そうした能力のあるものが、国王の権勢を借りて、この国を治めれば、公自身の地位が脅かされることになりかねないでしょう」
桓公は、これで、国の政治は管仲に、朝廷内の政務は限朋にまかせ、国政を二人に分担させた、という。
といって任せる者が複数であれば、それでよいともいいきれない。次のような例もある。
秦の始皇帝は、 丞相の李斯と側近の趙高に後を託し、太子の扶蘇を位につけるよう遺言して死んだ。しかし、李斯と趙高は、遺言を無視し、弟の幼い胡亥を立てて皇帝にした。賢い扶蘇を皇帝にするより、凡庸な胡亥を立てたほうが、あやつりやすかったからだ。胡亥は帝位につくと「朕は天下のあらゆる快楽を尽くして一生を送りたい」といったというから一物ある者にとっては、まことにもって御しやすい。
趙高はこれに答えて「まことに結構なお考え。それには法を厳しくし、刑を苛酷にし、法の恐ろしさを知らしめるのが第一。第二に旧臣を全部除き、陛下の好きな者を重く用いれば、それらの者は身を粉にして政治に励みますから安心して楽しみつづけることができます」と。
こうして趙高はライバルの李斯を殺し、先帝以来の功臣、忠臣を殺して丞相に登り、実権を握った。そうなると皇帝の地位が欲しくなる。
しかし、宮廷の臣たちがどう考えるか、胡亥に味方しているのか、自分についているかを確かめなければならない。そこで趙高は、ある日、鹿を皇帝に差し出し「馬を献上致します」と口上をのべた。
胡亥は笑って居並ぶ家臣に向かって「これは鹿か馬か」と尋ねた。馬と答えた者は自分の味方、正直に鹿と答えた者は胡亥の味方として区別し、鹿といった者を記憶しておき、無実の罪をきせて殺してしまった。それのみか、趙高は胡亥まで殺し、扶蘇の子である子嬰を秦の三世とする。ところが、趙高はこの三世に殺され子嬰は劉邦に降り、そのあと項羽に殺されている。始皇帝から三代、十五年で滅亡しているが、突きつめれば悪臣趙高に後を託したために、滅亡を早めたともいえるのである。
現代でも、任せる人を選ぶことは極めて難しいことで、誤ることのない人選びもトップの重要な任務といえる。
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