たいき おろそか
細心の者には、空気を見る日と相手の心を読む能力がある。
「大器は小事を疎にせず」(大人物は小さいことをおろそかにしない)ということは古書によく出てくる言葉である。言志四録にも「真に大志ある者は、克く小物を勤め、真に遠慮ある者は細事を忽がせにせず」(真に大志ある者は、小さなことを粗略にせず、遠大な考えのある者は、些細なこともいい加減にはしない)とある。
細かなことにとらわれているようでは大人物になれない、という人がよくいる。ところが、そう言っている人が小器で、言われている人が大器ということになろうか。だいたい考え方の大きな人物は小さなことに気づかない、と思われがちだが、実はよく気づいていながら日には出さないだけなのである。
今川義元を討った信長の豪胆さは歴史を飾っているが、その信長が小姓を選んだときの細心さにはまた驚かされる。
小姓になりたい者は襖をあけて、信長を拝顔するだけのことであったが、あらかじめ襖をあけるとすぐ目のつくところに小さな塵をおいた。平伏して、それを持ちさったのは森蘭丸であったので取り立てた、という。
細心大胆と小心小胆との違いである。
東京大手町の経団連ビルのエレベーターに乗ると気づくことがある。「閉」のボタンの上にプラスチックの板が貼られて使えないようにしている。元会長の上光さんの指示にもとづくものだという。「閉」は押さなくても自動的に閉まる。押すと一回何円の余分な電気が流れる。経済界の大本山ともいうべき経団連の本部ビルを訪れた人は、土光さんの小事疎かにせずの心構えを教えられるのである。
財界総理といわれた石坂泰三さんが、万博総裁のとき、まむし退治費用を予算査定に際し削った話も語りぐさになっている。巨額な万博予算から僅かなまむし退治費用を削ったからだ。しかも「このごろは整地もブルドーザーでやるから、まむしも命がおしいので逃げてしまうだろう。これは削ろう」といったそうだが、これなら、予算を作成した人の体面を損なうこともない。細かい気くばりである。
企業経営者として小事を軽視するようでは経営を任せておくわけにはいかない。第二の会社へ私が入社して間もなく、役員何人かと雑談していたときである。
「経営者の任務とは」という質問を受けた。これはてっきり、新参者を試すための質問だと感づいたので即座に「災いを未萌のうちに除き、勝を百年の遠きに決することである」と答えた。
「それはどういうことか」「会社の災いになるようなことは芽の出ないうちに取り除き、遠い将来までも発展しつづけられるような経営基盤を築けということだ」と言った記憶がある。
老子に「難事は必ず易きより作り、大事は必ず細事より作る」という言葉がある。大難になるようなことは、きわめて簡単なことからおこっているし、大事件になるようなことも小さなことからおこっている。マッチ一本火事のもと、と同じである。
会社の衰退、倒産の原因なども、もとをただすと見えるか、見えないようなものから生じている。
そのため「難事はその易きに図り、大事はその小事に図る」、つまり、大難になるようなことは、簡単に始末のできる間に始末してしまい、大事件になるようなことは小さなうちに処理してしまうべきということである。
しかし、大難事になるまで気づかないようでは困るので、小さいうちに見いださねばならない。言い換えれば、小事から大事を先見できる能力が必要、そのために、小事は疎かにできない、ということになる。
本書の各所で、節約をのべているし、節約は人材育成につながるとものべているが、節約したかねなど、とるに足らないもので、大きな役にはたたないかもしれない。
しかし、小さな物やかねを節約している間に細心の注意力が養われ、先見の明も開けてくる効果は大きいものである。また、小事から大事を先見すれば、大難の大部分を避けることができる。
よく、同じ条件で出発しながら、 一方は伸び、 一方は伸び悩んでいるものがある。伸びているものは、災いを小さなうちに除いているため、かね、時間にムダがない。
伸び悩むほうは、大事になることが先見できず、災いの種を大きくしてから除こうとするから、時間も費用も大きくかかる。また、小さな災いを見ていながら、小さいことを侮って処置しないため後に悔いを残している。先見性に欠けていたのと違うことはない。
「歯牙に懸くるに足らず」という言葉はいまでも使われているが、歯ときばとは、ことばの端という意味で「歯牙に懸くるに足る」といえば、ことを論ずるだけのことはある、ということになる「歯牙に懸くるに足らず」なら、とりたてて話すほどのことではない、ということになる。
別項でものべたが、「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」と言った雇われ農夫の陳勝が九百の農民軍を率いて強国秦に反旗をひるがえした。
その報告をうけた秦の二世胡亥は、三十余人の博士を集め対策を図った。全員、反逆者を討つべし、ということであった。
しかし、胡亥は、雇われ農夫ふぜいの反逆に対応するということに自尊心を傷つけられ、不快でならなかった。
そのとき、叔孫通という側臣が進み出ていった。「いま天下は統一され、平和に治まり、兵備も廃しているほどです。陛下に背く者などいるはずはありません。それらは、群盗狗盗といえるもので、歯牙に懸けるほどのものではありません」と言上した。二世もこれに満足し、罰してしまつた。
叔孫通を博士に抜燿し、褒美を与え、反逆者といった博士たちを処
しかし、この事件は博士たちが主張したように狗盗どころではない。立派な反乱軍で次第に勢を増し、続いて反旗をひるがえした項羽、劉邦とともに秦を亡ぼすことになる。大事になることを先見できなかった結果である。
「歯牙に懸くるに足らず」と言った当の叔孫通は、すでに、秦の滅亡を先見していた。その後しばらくして故郷へ逃げている。その地は早くも項羽に占領されていたので項羽に仕え、項羽が劉邦に亡ぼされると劉邦に仕え、西漢の諸制度の制定に尽くしたという。こうしてみると、叔孫通のほうが、よほど先見の明があった、といえそうである。
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