「愚者は成事に暗く、智者は未萌に見る」(愚かな人は現在そこにあるものにも気づかないが、知恵のある者は、まだ芽の出ていないことまで知っている)という言葉がある。ことが起きても気づかない者もいる、ことの起きる前から気づいている者もある。
これを現代の経営にあてはめると、愚かな経営者は、日の前にある経営資源にさえ気づかないが、知恵のある経営者は芽の出ない、つまり形のないものをも洞察し、経営に役立たせることができる、ともいえようか。
後から、先見の明を云々されることは多いものだが、その先見の手がかりは案外に日前、足下にある。
作曲家の故古賀政男さんと話し合ったとき、「僕は明大を出て、作曲家としてコロムビアヘ高給で入社したが、曲ひとつ詩ひとつ作れない。十一月のしとしとと雨の降る日だったが散歩に出たところ、キセルの掃除をする羅宇屋さんの笛の音がきこえてきた。消え入るような音にしばらく聴き入っていた。これだ、と思い下宿に帰って作詩作曲したのが″影を慕いて″です」といって一節歌って下さった。その時私が「いま″骨まで愛して〃という歌がヒットしていますが、あれは作詩した人が、自分にも骨がある、ということに気づいたからではないでしょうか」ときいてみた。「骨がある、それをパチッといい現わした。全くその通りですよ」といっておられたが、すぐそこにある資源、それに気づくこと、これが時勢洞察への第一歩でもある。
古賀さんは、さらに「驚きと感激のない人はど味のないものはない」ともいわれた。気づいて閃くには、感激が必要、ということかもしれない。
昭和二十年代の後半から私は観光バスを見ていた。乗客の男女別を見ていただけである。当初は男性が大部分を占めていたが、次第に女性が増えてくるのに気づいた。
また、会社の団体旅行で温泉旅館の番頭さんと話し合ったとき、「われわれの商売で景気の良いときは、家族連れの客が多く旅館の窓が満艦飾になっている」といっていた。
さらに、三十年代前半には家電ブームが起きたが、強くなったのは女性と靴下といわれだした頃である。私は銀行の経理部長であったが、頭取に帰人銀行を設立して大衆化戦略を徹底してはどうか、と申し入れた。家庭の主婦を狙ったサービスの充実を図るもので、別に婦人専門の銀行を設立するわけではない。要するに、家庭の経済的主権は主婦に移ると判断し、当時の銀行大衆化戦略の中心に主婦をすえようと考えたからである。女性には守る、備えるという本能がある。経済に不安のある時代には進んで観光を楽しむ気にもならない。安心が得られるようになると進んで消費をすることになる。折しも、バスの中に女性が目立ち、観光地に家族連れが目につくようになっている。
婦人銀行は昭和三十六年に発足し、次第に他の銀行にまで普及していった。各行が競い合う状況になると、当局の広告規制とやらで自粛を命じられ、発展の芽をつまれてしまったが、当初の大衆化戦略としては大いに話題となったものである。このように、旅館の窓、バスの中にも経営資源がある。それに気づくかどうか、ということである。
関係した会社が資金難で苦労していたある日、財務部課長がそろって私の部屋へきた。用件は十日ばかり後に期日がくる支払手形を決済する資金がない、といっている。銀行へ出向いて借入交渉をしてもらいたい、ということであろう。
そこで「いつのでもよい。最近の貸借対照表を持ってこい」と指示した。「貸借対照表で資金手当ができるのですか」「できることになっているはずだ」。持ってきたので言った。
「ここにある資産の部は全部資金である。この中から捻出すればよかろう。会社が万一の場合、不渡りを防ぐためにことごとく換金しなければならないはず。これだけの資産がありながら、決済資金がない、ということで財務部長は務まらないのではないか。
俳人、加賀の千代女の句に『蚊帳の角一つ外して月見かな』というのがある。四角、三角、丸を織りこんだ句を所望され、その場で詠んだというが、三角の物はないのに三角を織りこんでいる。資産の部にはかねがある、あるものを取り出すぐらいは簡単だろう」といっておいた。また、財務、企画担当責任者が年間決算を締め切ったということで事前報告にきたときである。社長と私が聞いた。
一応の説明を終えたあとで「数字は正確で合法的に処理してあります。当社も、ここと、これを改善すれば、さらによい決算ができると思います」とつけ加えている。そこで皮肉を言った。
「あなたがたは、経営コンサルタント、経理士の資格をもっているときいていたが、今年から、経理学校の初等科から中等科へ進学してはどうか。中等科なら、いま話していた当社の改善すべき点を改善する方法を教えてくれるはずだ」と。
正確だ、合法的だ、と思っているだけならコンピュータ、平社員でもよくする。責任者ともなれば、改めるための知恵をだし改めるのが任務である。その際話した。私の孫が小学校一年のとき、Aという友達とBの家に遊びに行き帰ってからの話である。
「僕とB君で六十円のビン入りのジュースを飲んだがA君は三十円きり持っていないので飲めなかった。
すると、A君は僕たちが飲み終ると空ビンをお店へ持っていってビン代二十円と引き換えてきた。足りない十円をB君のお母さんから借り、六十円にしてジュースを飲み、空ビンで十円引き換えてきてお母さんに返した。
学校へ行くと僕のほうが算数の点数は上なのにA君は三十円で飲み、僕たちは六十円。これどうなっているんだろう」と。
思うにA君にしても、こういうときは、こうしなさいとお父さん、お母さんから教わってきたわけではあるまい。二人が飲んだのだから飲めないはずはない、と考えたからでた一瞬の知恵ではないか。なんとかしてくれるだろう、何とかなるだろう、と考えている間は目の前のものも見えず、知恵も閃きもでないものだ、と話しておいた。とっさに気づくためには、毎々に応用問題を考えるクセをつけておくことも欠かせない。
私はよく部下に具体的事例を示さずに、相手に考えさせるようにしたものである。他人が言い行なった事例だけを参考にしていたのでは応用がきかなくなる。このことは、日の前のことや足下からの先見力や洞察力をつけるために欠かせぬことであろう。
コメント