昭和三十八年一月、全国地方銀行協会のアメリカの銀行視察団に私も加わった。一行十一人で、全米の主要都市の銀行を視察するわけである。
外貨割当は一日三十五ドルで航空運賃以外は全部この範囲内で賄うことになる。日本円は二万円が限度でもっていけたが、これを使うに米ドルに換えようとすると、 一ドル四百円。一ドル三百六十円が公定だが十%余計に出さないとドルにならない。敗戦国とはいえ、なんと情けないことだろうと思ったものである。近年の一ドル百二十円の三分の一きり値打ちがなかったわけである。
さて、 一行が西南部の主要都市の視察をすませて、フィラデルフィアに行ったときであった。地元の銀行十余行の幹部がわれわれ一行の歓迎会を開いてくれた。水割リウイスキーを立ち飲みする程度のものであったが、異国で同業者に迎えられることは嬉しいものである。そのとき、幹事の挨拶のなかに「現在ァメリカは百数十億ドルもの金を保有しているので、ドルは全く不安はない」といっている。話終って、何か質問はないか、とうながされて私が尋ねた。
「たしか、ァメリカは、 一九五〇年代の終りごろに金を三百数十億ドルもっていたと記憶しているが、経済が大きくなっている現在、百億ドルも減少して安泰というお話だが、その理由をもう一度お話し願いたい」
隣にいた人が私の上着の裾を引っばっていた。そういう質問をすると気を悪くするからやめろ、ということだろう。
答えは「法律的には大丈夫」という意味だ、ということであった。四十二日間の日程を終って帰り、視察報告会を開いた。その席で私はこうのべた。
「ァメリカは、いずれ、ドルの切り下げを余儀なくされるだろう。また、金本位制の維持も困難になる」と。
これに対し「ァメリカは、対外資産の果実だけでも国際収支の黒字は維持できる」「世界の工業国で輸出競争力が強い」「そういう記事を残すと、ァメリカの感情を刺激するから削除したはうがよい」という意見さえ出された。それでも私は「その責任は私が負うから一行でもいいから記録にとどめて欲しい」と頑張って残してもらったが、その記録は小冊子になって関係筋へ配布されているはずで、全国地方銀行協会のどこかに眠っていると思われる。それから、四年後の四十二年に、 ニクソン大統領は、 一月の就任演説の中で、こうのべている。
「歴史上のあらゆる瞬間は、はかないものであるが、貴重にして唯一無二の時である。その中には、幾十年、幾世紀もの進路を定める始まりの時もある。その時に直面しているのが現在のアメリカである」という意味だったと記憶している。
一
ベトナム戦争終結、ドルのたれ流し不安など解決の決意を示したものと私なりに受けとめ 冊たものである。
それから二年後の四十四年に再び米国の銀行視察に行く機会を得た。五銀行の若手銀行マンのリーダーとして参加したわけだが、幸いニューヨークで、連邦準備銀行の地下室にある、金準備の現物を見る機会を与えられた。そのとき、在庫額をきいたところ「百三十億ドルここにあるが、このうち三十億ドルは他の国から預かっているもの。米国の所有額は百億ドル」と答えてくれた。
その日の日程を終えて夕食をともにした際、ァメリカは、近く通貨面で思いきったことをやらぎるを得なくなるだろう、と話した記憶がある。
当時も一ドルは三百六十円、 一日の割当は三十ドルであったため、若い人たちにとっては、やりくりが苦しい。朝食を抜くことが多いので、国内航空へ乗って最初に目につくのがスチュワーデス。なにか、日に入るものを持ってきてくれるかどうかが知りたい、というほどであった。
それから二年後には、いわゆるニクソンショックで、ドル切り下げ、変動相場制に移リドルは漸落し、昭和五十三年には一ドル百七十五円、六十三年には百二十円台になっている。昭和六十三年一月に、東京での講演会で、こんな話をしたことがある。
「今年は、龍の年だが、経済は昇龍になるか、下龍になるか注目されるところ。いま私は″画龍点睛″という言葉を思い出した。
このいわれは、中国南北朝時代、南朝の梁という国に張僧縣という画家がいた。一本の筆で、なんでも生きているように描くという名人であった。
あるとき、金陵(いまの南京)にある安楽寺から、壁に龍の絵を描いてくれとたのまれた。
やがて、壁に二匹の龍が描かれたが、いまにも黒雲をよんで天に昇りそうな勢い、まさに生きているかのように描かれている。
ただ、ふと見ると、眼に睛が入っていないで、眼は洞のままであった。人々から、そのわけを、うるさく聞かれ、いつもこう答えていた。
″睛は入れるわけにはいかない。もし睛を入れたら龍は、たちまち壁をけやぶって天に向かって飛び去ってしまうからだ″
しかし、人々は納得しない。とうとう睛を入れるはめになった。筆に墨を含ませ、睛を点じた瞬間、雷鳴がとどろき龍は壁をけやぶって黒雲とともに天に昇ちてしまった。後に残ったのは睛を入れなかった双龍のうちの一匹だった、という。″画龍点睛を欠く″といえば、全体としてはよく整っているが、肝心要となる大事な一点が足りない、という意味である。
さて、今年の日本経済は、超金融緩和、低金利、内需増大、企業収益増加等々、いうことなし、といえるが、世界経済の要ともいえる眼に睛が入っていない。アメリカの財政赤字と貿易収支の二つの赤字で、これでは、昇龍の年とはいいかねよう。この双子赤字に黒い睛を入れることになれば世界経済も輝かしいものになる」と話した。
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