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三 部下を思う心

部下を思う心が強ければ、部下が主を思う心も強くなる。主従一体の力は思い、思われる間から生まれてくるといえるだろう。

もし、部下を思う心が乏しければ、心よく命に服することはない。思う心が強ければ令を下さずとも従うことになる。

そこでいえることは、統率の妙を発揮しようとするなら、常に己の心を部下の心の中におくことといえるだろう。

新入社員を「金の卵」といい、「社員は財産」といったのは誰か。経営者である。それを、会社環境が悪くなったり、業績が悪くでもなると、土地やゴルフの会員権は手放さず、社員から手放している。「金の卵」も「社員は財産」も口先だけで、心の中では、使い捨て用具ぐらいにきり考えていなかったと思える。

こういうことが書けるのも、私は関係した会社が地獄の責苦にあうような苦しい時でも安易な肩叩きや人減らしはしていないからである。人員削減をしなければ、潰れてしまう事態となっても、自然退職で切り抜ける手を考えてきた。

会社が好調なときには人を増やし、逆境になると人減らしというのでは、社員を業績調整に使っているようなものである。とかく、人を減らせば財政が楽になると安易に考えるから、名案がでない。

昔の小咄に「小僧十人を五人に減らしたが、それでも用が足りる。残り五人を辞めさせたが、それでも間に合う。これなら女房がいなくともよかろう、というので離縁してしまった。しかし、それでも足りる。これは自分も余分だ、というので自殺してしまった」というのがある。仕事を増やし儲けを増やすか、他の削れるものを削れば、人から減らさなくとも、多くは済まされるものである。

いうまでもなく、会社の業績が不振とはいえ、社員を捨てた怨念を消すことはできない。それ以上に残った社員に経営不信感を植えつけることになる。

さて、こうした事例は例外中の例外であるが、言うことなすこと、すべて社員を思いやっているが結果的に思いやりがなかった、ということがある。その多くは、社長の過労、不摂生、不行跡などである。最高責任者が病気災害、周囲の非難につながる恐れがあったり、不幸にしてそれが実現した場合、最も心を悩ます者は社員である。また、趣味娯楽に打ちこみ過ぎているとしたら、好意的になる者は少ない。あれで、会社のほうは大丈夫なのだろうか、と心配するのも社員である。トップの多くは、なんとか理由をつけて美徳化しているが、見えないところに悪影響がしみこむことになる。最も端的に現われるのが指揮統率面である。これは、ある販売会社社長の専属運転手からきいた話である。

「社長は、お客様接待といっては、クラブ、バー、高級料亭などへ行くが、時には朝帰りで会社の朝令で訓示をしている。自分ではスポーツで鍛えた身体、といっているが、あれでは、身体がいくつあっても足らなくなるだろうし、それ以上に心配なのは会社の健康だ、と社内で心配しない者はない」

「親思う心にまさる親心、きょうのおとづれ、何ときくらん」とは吉田松陰の辞世だが、子を思わぬ親はない。社長といえば社員には親同然だが、親が子を思う心はなく、子だけが親を思っている。これでは、親が反省しない限り、会社は行きつくところへ行きついてしまうだろう。

中国の戦国時代、斉の国は楚に攻められ、趙に援軍を頼むことになった。その使者となった、小男で、滑稽、おしゃべりな淳予髭は十万の精兵を借りることに成功。そのため、楚は攻撃を中止してしまった。その祝賀の宴が開かれたときである。斉王は淳子髭に尋ねた。

「先生は、どのくらい飲むと酔いなさるか」

「私は一斗(日本の一升)飲んでも酔いますし、 一石飲んでも酔います」

「一斗飲んで酔う人が、どうして一石も飲むことができるのかね」

「まず、私が王から酒をいただき、私の横に法の執行支がおり、後には裁判官がいたとします。そうなると私は恐れ慎んで飲みますから一斗も飲まないうちに酔ってしまいましょλノ

また、私が、いかめしいお客の相手をしますときは、身なりを正して飲み、時々立って杯を捧げることになりますから二斗も飲まないで酔いましょう。

友人と久しぶりに会って腹蔵なく歓談するときなら、五、六斗ほどで酔いましょうか。

村里の会合などの際、男女入り乱れて座り、賭けごとに興じたり、相手の手を握ってもよい。そして私のまわりに、耳環や管が落ちているようなら、嬉しくなって八斗は飲むでし

さらに夕暮れともなり、宴も最高潮ともなれば、酒樽を片づけたあとで男女は膝を寄せ合い、履物は乱れ、杯盤狼藉^、つまり杯や皿が狼に藉かれた草のように乱れ散らばっているようになり、家じゅうの火が消え、主人が私を引きとめて私のそばで薄ものの襦袢の襟がとけ、色気のある香りがすれば、私は有頂天になって、 一石の酒を飲むでしょう」

こうして髭は、酒と女に溺れかかっていた斉王を諌めるために、こう言いきった。

「酒が極まると乱れ、楽しみが極まると悲しむといいますが極めてはなりません。極まると国が衰えます」と。

それからというもの王は、徹夜の酒宴をやめ、諸侯招待のときは必ず、髭を側においたという。自制のためである。
斉王のように、非といわれて、直ちに改めることになると、部下の信頼は一層強まってくる。意思の強さが評価されるからである。

上が下を思う以上に下は上を思っているものである。大黒柱が倒れれば主家がつぶれる心配があるからだ。指揮官を失なったら、どうなるかを百も承知しているからである。

歴史をみても、国の興亡、盛衰、人の運命など、よって来る理由は古今東西を問わず共通したようなものである。昔を今に引きなおせば、どうなるかがわかる。ここから下の不安は高じてくる。部下の不安が現実化して部下を嘆かせた例は限りなくある。

楚の項羽は、史記の著者司馬遷も「数百年の間稀にみる大人物」と讃えているほどの英雄だが、三十一才で雄途空しく烏江の露と化している。これを惜しんだ、社牧(唐の詩人)はこうよんでいる。

「勝敗は兵家も期すべからず、羞tを包み、恥を忍ぶはこれ男児、江東の子弟才俊多し、巻土重来未だ知るべからず」(いかなる戦術に優れ、武力に勝っていても戦いの勝敗は計り難い。

恥を忍んで亭長の勧めに従って郷里の江東に渡ったほうが、男児としてのほんとうの生き方ではなかったろうか。江東の若者の中には豪傑も多かったろうから、大風のように再び敵に向かって巻き返し天下を争ってもよかった。それなのにここで自決したのは惜しいことだ)。項羽が旗揚げして秦都に向かったときは江東の子弟七千人。いま帰る者一人もなし。部下の悲しみを招いた責は項羽自身が負わねばならない。

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