常に部下に関心をもって、最後の一兵までよく知ることは統率の第一歩といえる。
そして、各所でのべたとおり、部下に感謝し、長所を見いだして、それを伸ばすことに努め、善行を褒めることも欠かせないことである。
しかし、いやしくも、上司といわれる者が、部下に好かれよう、気に入られよう、悪く言われたくないなどの下心あって部下の歓心を求めることは愚かなことである。尊厳を失ない、信用とかねとを失なうものである。
現代の職場にもあるようだが職場の長で、部下から話のわかる人、部下を可愛がる課長などといわれているものに、案外能力者が少ない。かね離れのいい課長といわれる者にも少ない。これらは、部下の上司を評価する基準が違うのである。話のわかる人とは、判断、決断力に優れているということではなく、部下に飲ませたり、食わしてくれる人が話のわかる者になっている。その証拠に、飲ませる度数が少なくなると、話のわからない人間に変わってしまう。再び飲ませると、わかる人間に早変わりすることになる。
こうした腰巾着部下に育てた上司に責任がある。なぜ部下の歓心を求めなければならなかったのか。上司としての条件に欠けているため、統率力がない。そこで、かねで統率力を買おうとするからだ。もし、社長としての実力を備えておれば歓心を買う必要は全くない、といえよう。
しばらく前に、何人かの社長と食事をしたことがある。
その中の一人が「このごろ、うちも人間が増えたので、時々飲ませにゃならんので、経費がかかってたまらん」といっていた。たまらんどころか、自慢話なのである。それに対し別の一人が「昔、飯場の長は労務者が増えると元締めからの酒代が増えた。飲ませて働かせるためだ。昔の武将は戦場へ行く時は必ず家来に酒を飲ませた。死の恐ろしさを忘れさせるためだった。
私は、社内での飲酒は厳禁しているし、管理職にも、部下の歓心を酒で買うような、飯場で上方を使うようなマネはやめろ、ときつく言ってある。その代わり、部下に特別の骨をおらせたとか、ことがよく運んだというときは、近くで一杯やれ、といってあるし、そのためのかねも与えてある」と話していた。筋の通った話である。
だいたい、酒や娯楽を求めて上司に集まる人間は桃太郎のキビ団子につられて集まった猿や犬、きじにも劣るさもしい心の持主といえる。猿・犬・きじは、桃太郎の鬼退治という大義に感じ、桃太郎の遥しさに魅せられて集まったといえるが、飲み食いで部下の歓心を買うような非力太郎に集まるほどの者は、たかる知恵があるだけでなんの能もない。これにかねを使うだけ、すでに上司としての資格に欠けるといえるのではないか。
もっとも、同じ部下に飲ませるにしても全く目的の違った人があった。自動車音響機器の雄クラリオンの創立者、滝沢左内氏である。
「私は、将来ある若い社員を連れて時々飲みに行く。はじめの頃は、これは、と思う若い社員一人をつれて食事に行ったが、どうもあとできいて教ると、社長にご馳走になっても肩がこるだけで、うまくないという。そこで今度は、真夏の間、何人かの有望社員の住所を調べ、その近くの牛乳配達所から、私の名を知らせずに牛乳を配達してもらった。これは喜ばれたし、安上がりでもあった。
最近は、青年将校の候補生何人かを連れ出して一風変わったところへ行く。たとえば、 一人五百円以上は飲ませぬ、という居酒屋へ行く。大入り満員だった。
そういえば、井原さんの近くにある、うなぎ屋へ行ったこともある。うなぎを丸々三匹くしざしにした蒲焼が一人前、全部食べきった人は女性で何人とかいっていた。また、そうした変わったところへ行って、飲み食いしながら、なぜ、五百円以上飲ませないのに大繁昌しているのか、うなぎを食いきれないはど出して、ああも混雑しているのかを話し合うわけだ。いい知恵のだしくらべだが、社員に身体と頭の栄養を一度にとってもらえる」と。これなら、社員としても、社長の歓心どころか、メンタルテストぐらいに受けとめるだろう。
部下に関心を注げば、部下はやる気をだし、部下に感心すれば部下を成長させることができる。部下に歓心を求めれば、部下を無気力とするばかりか、己の地位をも失なう、ということである。そのためには、社長としての実力を養うと同時に、歓心を歓迎しているような部下を近づけてはならない。歓心を買おうとしている上司なるものは、当然の権力を行使することさえできない。憎まれ者になりたくないという気が先立つからである。
それにしても、部下を育てることも難しいことだが、それ以上に、自分に役立つ部下を育て、心からの味方にすることはさらに難しい。
ある人は言う、「みかんや、ゆずを育てれば食べることもできるし、良い香りも放つが、からたちや、いばらを育てたのでは、トゲをつけて人を刺す」と。
組織内でも上が下の歓心を求めるようでは、食える香るような人材は育たない。いずれはトゲを出して上を刺すようになる。関心、感心、歓心とゴロ合わせで並べたわけではない。会社の将来を決するほどのものが含まれている。 一
コメント