賞にからんだこんな話がある。
西漢の劉邦が天下を得た後、論功行賞を行ない、「吾しようかれ爺何に如かず」と、第一等の賞を内政担当の爺何に与えたことは前にのべた。その話何につづいて、当初大功のあった二十余人については、すぐ褒賞の決定をみたが、他は自分の功績を主張する者が多く、容易に決定できないままでいた。
そんなある日、劉邦が回廊から外を見ると将軍たちが、あちらこちらで座りこんで、なにやら話し合っている。そばにいた軍師の張良に「何の相談だろうか」と尋ねた。「あれは反乱を計画しているのだと思います」。
「天下は安定したというのに、おだやかではない。どうしたらよいか」
「陛下は庶民から出発し、彼らを用いて天下を取りました。それなのに封地を与えられたのは謂何など、古くからのお気に入りばかりです。一方、罰を受けたのは、平素陛下から憎まれていた者ばかりです。いま担当者がそれぞれの功績を評定していますが、必要とする封地を合計しますと、全土をもってしても足りません。それを彼らはうすうす感づいて、陛下が全員に地を与えることができないのではないか。また、過去の過ちを理由に、誅罰を行なうのではないか、とそれが心配で、こうして集まって反乱をたくらんでいるのです」。劉邦は心配して「どうすればよいか」。
「陛下が最も憎んでいる人物はおりませんか。そのことを誰にも知られている人物なら、なおよいのですが」
「雄歯には昔から怨みがある。いっそ殺してやりたいほどだが、功も大きいので耐えているのだ」
「それでは、その雄歯に封地を与えて、群臣に示すことです。彼が封ぜられたことを知れば、 一同は自然に落ちつきましょう」と。そこで劉邦は酒宴を開いて、その場で、た歯を什方侯に封じ、 丞相を督促して論功行賞を促進すると発表した。
これをきいた部将たちは、た歯でさえ、諸侯に列せられたのであるから、いずれは自分たちにも、ということで不穏な動きもやんでしまった、という。これは、張良の智謀の一端を示したものであるが、賞の与え方としても興味ある話である。
現代の組織内にも「社長に盾をついたことがあるので、 一生椀があがらない」と最初からあきらめて、腐りきっている人がある。本人も損だが社長としてはなお損になる。
関係した会社で、酒を飲むと、社長にからなつく中年の課長がいた。あるとき、酒宴が終り、社長が席をでようとするのをとめて、えらい剣幕で談じ込もうとしている。その中へ入って私が「話したいなら俺に話せ」と、どっかり座ったため、ことなきを得た。なにか社長に怨みがあるらしい。他にも四、五人社長を心よからず思っている者がいることを知っていた。心に一物ある者が仕事に精を出すことはない。これを放っておいては、お互いの不幸である。
そこで、分社経営の際、それらの人たちを子会社の取締役に抜燿した。勤務態度から社長に対する考えまで変わってきたのか、酒を飲んでも、借りてきた猫のようになる。こと毎に社長に盾をついた人なのに、性格まで変わったのではないかと思われるようになった。私が退社した後、子会社の代表取締役になっているが、任命したのは、盾をつかれた社長である。
西郷隆盛はこうのべている。「爵位や賞を与える場合には、十分注意しなければならない。爵位(地位)は、その人の人格を尊重して授け、功のあった者には俸禄(金銭)を以て賞すべきだ」と。
会社でいえば、成績をあげたものには給与を多く与え、地位を与えてはならない。その人の徳が高まってきてから役職につけるがよい、ということである。
会社内には、年功賃金のおかげで、月給が高くなっているが、部門長などになれない人がある。かと思うと、年が若く、月給は安いが高い役についている人がある。これらのなかには、人格に見劣りするため高い役職の与えられない人がある。このことを、私にあてはめてみると心あたりがしないでもない。
なにしろ、私の課長時代、なんと七年の長きに及んで万年課長の異名を頂戴したほどだった。
毎年、昇給、ボーナスは高率で、トップグループだったのも、それなりの業績をあげたからである。しかし、夜の業績もすこぶる立派で、客の接待もあり、招待も受け、毎回毎回、午前まで務め、 ″午前様″といわれたはどだった。別に悪いことをしていたわけではないが、上司からみると疑問人物だったのだろう。そのためか、いつになっても、昇格から見離されていたらしい。
課長の終りごろ、相当重要なプロジェクトチームのチーフを命じられ、二つの課長を兼務したので私の椅子が三つもあった。そのため、午前様勤務もできなくなる。それに、そのチームの目的も果たせた。それで、この男は心からの不良行員ではないと認められたのかもしれない。プロジェクトが解散されると、部の次長に抜櫂された。その次長をたったの一ヵ月で通過し、経理部長に昇格、総務、人事各部長が一年で取締役になり、二年後には常務になった。出世頭などといわれたものだが、いまにして思うと、昇進を妨げるものの第一は、人格、即ち徳であったことに気づく。と同時に、上司の私を見る目が正しかったことに驚くのである。
現在企業のなかにも、業績に功のあったものには賞与を増やし、昇格、昇給を査定する場合には、人格、いいかえれば、指導、統轄力、識見、雅量などを重点にしているところが多い。
賞は本来、上から下に与えるものといえるが、下から上に与える賞というものを私なりに考えて教た。社長に対する部下の「信」「敬」が、それに当らないか。部下を思い、信賞必罰の統率者には、下から信頼、尊敬という賞が与えられ、会社に対してやる気をだしてくれる。賞とは一方的ではないともいえそうである。下から多くの賞を与えられる者が名社長、名統率者といえるのである。
コメント