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六 見える損より見えない損

会社経営にあたって恐ろしいものは、見える損より見えない損、大きい損より小さな損、気づく損より気づかない損といえる。

「易きは易きにして易きにあらず」。たやすいようにみえても、そう簡単なものではないということだが、これを「少なきは少なくして少なきにあらず」に読み替えると、少ないものでも回数が多くなれば大きくなる、ということになる。一瞬とは、まばたきするほどの短い時間だが生死をわかつ一瞬のときもある。

前職時代上司であった人と、草野球をともにしていたが、ことあるごとに「タッチの差」の重要を説いていた。仕事も早かった。ところが、その上司、良くいえば熟考型、悪くいったら優柔不断。相談に行っても、決断を仰ぎに行っても、その場でイエス、ノーを言ったことがない。もったいぶってる、という部下もいたが、多くは脳血栓、血のめぐりが悪いといっていた。

そのこと私は前職時代「頼りない」といわれた。即断即決であったから。その度ごとにき  一くのは「いつ始めて、いつ終了するのか」というだけである。余分に時間をかけている場合  472など可能な限り、短縮を命じた。そして、よく尋ねたことは「一分間当りの賃金はいくらに  一ついているか」ということだった。時間は見えないものだが、これほど高価につくものはない。見える節約は徹底してやっているが、見えないムダのために大きな損を招いている。人件費が高くなっているからだ。

さらに、見えないものに、人的不良財産がある。別項でものべたが、賃金は上がるが生産性が伴わない。いわば不良財産である。物的不良資産を隠しておれば粉飾の指摘を受けるが人間の不良にはそれがない。価額償却もしないですむ。そのため見逃すことになる。

関係した販売子会社の決算報告をきいていたとき「当社役職員の平均年令は三十四才にもなったので利益が伸び悩んできた。来年は二十才ぐらいの若い新卒を入れて平均年令を引き下げようと思う」と、いかにも名案を考えだしたかのように言っている。よほど、四十才前後のあなた方が早く辞めたはうが平均年令は下がるだろうと思ったが、それでは角がたつ。こう皮肉った。

「あなた方の会社は独立早々ノーベル賞を貰うことになるかもしれない。来年入る若い人も、あなた方も、これから一才も年をとらないという前提でなければそうした考えは出ないはずだが、不老長寿の秘薬でも発明したのではないか」「そういうことはありません。どうしてですか」「戸籍年令の平均が三十四才になったからではなく、年令が高くなり賃金は上がったが利益がそれに伴わないからだろうと思う。平均年令よりも、 一人当りの利益を増やすことから考えるべきだ。言い換えれば、三十四才の平均年令を十七才にすることから考えるべきだ。一人当りの利益を三倍にすれば年令は半分になる」と話した。新人を採用するのはやすいが、生産性を倍にするのは難しい。やすい考えを許しては人は育たない。結局は割の高い人間になってしまうことになる。

また、知らない間に忍びよる恐ろしさに間断なく上がりつづけているコストがある。見えるものは目の敵にして引き下げる。しかし、見えないコスト増が恐ろしい。関係した会社の商品開発計画の原価計算について、なんの商品知識もない私が開発担当長にこう質問した。

「誰が、どういう方法で計算したのか」

「係長が計算、課長が概算し、部長が承認したもので、原材料、工賃、開発費等いっさい含めてある」「そういう計算は″原価計算〃ではなく″原始計算″というのではないか。時価でこれだけの費用がかかったから、原価はこれこれになるという計算は、ソロバンのできる人なら誰にでもできる。人の知恵も汗も入っていない原始的な計算といえるからだ。少なくも肩書きのある人がする計算は、どのようにしたら原価を引き下げることができるかの知恵と汗を加えたもので、文字で書くと、 ″原″ではなく″減″価計算とすべきではないのか」「数を多く売れば原価は下がることになっている」「そういうのを希望的観測原価計算という。第一、最初から原価高では売り値も高くなり、数多く売ることはできまい」。憎まれ者にはなったが、やり直しの結果二十%のコストダウンになっている。これは因襲を破れなかった過ちといえるだろう。

かつてのべたとおり、忍びよるコスト高を避けるため、 コスト高につながるいっさいの支出を断った。書画骨とう、貴金属、ゴルフ会員権、余分な土地などに投資しなかった。コス卜高による価額競争力の低下を恐れたからである。コスト高の恐ろしさを認識させるには、子供だましの計算をしてもらったことがある。

関係した会社の主力部門ともいえた生産部の年間実績の報告会に出たときである。昨年一年間の成果は売上高三十五億円、部員九十人で、二億円の純益ということである。

報告の終ったところで、こう話した。「今日の会議は、これで閉会にして一週間後に再開したい。そのときまでに、こういう計算をしてもらいたい。その計算の前提だが、 一つは、低成長時代ともなると売上げを伸ばすことは困難と思うので、前年の三十五億円の売上げが今後五カ年つづいたとする。また、売り値を上げることは困難なので今後五年間売り値は据え置きとする。これが第一前提。

しかし、物価は上がるので、人件費が五年間十%ずつ上がりつづける。物件費が七%上がるものとする。これが第二の前提。

第三の前提は、九十人の同じ部員が、同じ物を同じ方法で、同じ量を五年間作りつづけたとすると五年後の損益はどうなるか、という計算だ。

この計算の資料は、ここにあるだけで十分だし、ソロバンのできる人間なら誰にもできる簡単なものだ。

しかし、いまここに出席している係長から部長までの肩書きのついた人だけで計算してもらいたい。それに計算するときは、おしばりを用意したほうがよかろう。答えを見ると油汗が出ることになっているから」。

実績説明をしている間に私は暗算してみた。それで子供だましの計算を管理職にしてもらうことにしたわけだ。

一週間後に再開したとき、席に着くまえに「ただごとでないことを知りました。あの式で計算したところ、五年後には二億円の利益が、六億七千百万円の赤字になることがわかりました。そのついでに、去年発売開始の新商品は三百台販売して四千二百万円の利益を出しましたが、同じ方法で計算しますと五年後には二千七百万円の欠損になります。ただごとではありません」と。

「私は不景気だ、低成長だといわれても恐ろしいことはないが、間断なく上がりつづけるコストが恐ろしい。気づかないからだ。この恐ろしさを知ってもらうために、愚にもつかない計算をしてもらったというわけだ」

経済大国を誇ったァメリカの転落もコトス高に破れたことが大きな理由といえるだろう。

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