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九 余裕資金の運用と準備

関係した会社が若干の余裕資金をもつに至ったころである。

財務担当者を中心に打合せ会を開いたときであった。私は部外者として参加していたに過ぎなかったが、余裕資金の運用を巡って楽しそうに話し合っている。その日暮らしから借金を完済し、創立以来初めて公称資本金を越す余裕資金をもったのであるから乞食が大名、金持ちに出世したようなものである。

借金やりくりの知恵は人並以上だが、運用ともなると、乞食が馬を貰ちたより始末に困る。そのかわり話はおもしろい。バラ色の夢、虹だけを追っているのであるから楽しくもある。

「狭い土地を買うより、大牧場がつくれるほどの北海道の土地を買っておくのも将来有望だ」                                          好

「イラン、イラク戦争が始まって金が一オンス八百五十ドルにもハネ上がっている。これからでも遅くない。三倍になる可能性もある」

「○○会社へ行ったら応接室に絵が掲げられていたが、音、何万円で買ったが、最近一千万円でも買えないという。絵一枚だけで何百万円の合み資産だ」

「僕の友人が、埼玉西部のゴルフ会員権を二百五十万円で買ったが、最近一千万円でゆずってくれ、という手紙がくるという。あいつ、ひと財産つくってしまった」といかにも、私の賛同を求めるかのように言っている。

しばらくして休憩に入った。そこで、「それはど有望なら皆さんで買って会社に寄付してくれないか」と冗談をいった後で付け加えた。

「当社の余裕資金はまだ、資本金ぐらいなもので一ヵ月分の売上高にも満たない。一ヵ月の体業で吹っ飛んでしまう少額でしかない。ということは万一の用意金で、余裕資金といえるものではない。いまの状態では、この十倍ぐらいになってから、それを越した分について運用を考えてもよいものである。つまり、現在の余裕資金の十倍まではピンチに備える準備金ということだ。

そこで、当社にはまだ財務憲章なるものはないが、作る場合には第一条として『近く十倍、百倍に値上りするものであっても、天災地変などのとき損なしに即時換金できるもの、銀行借入れの適格担保になるもの以外は一万円なりとも投資してはならない』と書いておくことだ」

「せっかく儲かるのに勿体ない話だ」

「利を思うときは義を思え。利の裏は損、という教えもある。軽々しく利益だけを考えなさんな。

それに、あってはならないことだが、万一大地震にでも見舞われたらどうなるか。工場がつぶれ、生産販売活動もできなくなるかもしれない。そのとき、そこに働いている人たちに、いま営業活動休止中だから、皆さんの胃袋も再建するまで休んでいてくれ、といえるか。企業の責任の最たるものは、そこに働く人たちの生活を守ることにあることを忘れるべきではない。

また、そうした天災で大混乱のときに、それらの物を高く買う人もなかろう。もし、銀行担保になるものであれば、緊急融資も即時受けられ、社員の生活も保障できれば、工場再建も早くすることができる。『企業の勝敗を決するものは変化対応の遅速である』とは私の持論だが他に先んずることもできるだろう。日先の利を追って堅実優良会社に成長したものは古今東西一社もないものだ。

ある著名会社の社訓に『恐るべきは日々軽々の損。望むらくは日々軽々の利、恐るべからぎるは一時の大損、恐るべきは一時の大利』とある。一時の大利が、見えない悪影響を及ぼすことを知らねばならない。

また、将来北海道の土地は有望といっていたが、 一年先も将来、百年先も将来だ。欲がからんでくると遠近の見境さえつかなくなり、日の前の深いドブさえ見えないものだ。

それに、北海道では地域外ということで銀行は担保にもとるまい。急場に間に合わなくなる危険もある。 ″遠水は近火を救わず〃の教えのとおり、ピンチの準備を旨としている当社の投資対象には不適当ではないか。

昔、魯の国の穆公は、常に隣国の斉におびやかされていたので、晋と荊の強国と同盟を結んでおこうと考え二人の公子に両国に使いさせようと考えた。これを知った梨鉦が諌めた。

『人が溺れようとしているのを助けようと思い、越の人は泳ぎが上手だからといって呼びに行っても間に合いますまい。火事を消そうとして海には水が多いからといって汲みに行っても、その間に家は燃えてしまいましょう。晋と荊は強国ですが遠く離れています。斉は隣で  一とうてい間に合いません』。これではかねに換えられない死んだ財産ということになる」と。  倒一同がだまり込んでしまったのでこう話をつづけた。                    .

「皆さんは、 ″金色夜叉″という、尾崎紅葉の小説を知っているだろう。あの小説の主人公は間貫一と鳴沢官の二人だ。この官さんが富山からダイヤの指輪をもらって貫一を袖にしてしまったわけだが、このダイヤは三百円だったとか。私の祖父が道楽のために旧制浦和高校近くの土地五反歩(千五百坪)を百二十五円で売却している。三百円の値打ちがわかる。″ダイヤモンドに目がくらみ″という歌があるから一カラットかニカラットぐらいはあったろう。

さて、そのダイヤをいままで持っていたとすれば、三百円に対してどれだけの値上り率か。時価一千万円にしても三百円の三万三千倍、二千万円で六万六千倍になる。

もし、宮さんが、ダイヤでなく明治の十円金貨で錦の御旗のついたものであったら、紙幣と等価交換できたから三十枚の金貨。これは、稀少価値で一枚百四十万円もする。三十枚で四千二百万円、三百円に対し十四万倍になる。

もし、宮さんに先見の明があって東京都下の土地を買っておいたらどうなっているだろうか。かりに一坪(三・三平方米)二円で買っていたとすれば三百円で百五十坪、時価一坪百万円にしても一億五千万円で三百円の五十万倍。土地が一番インフレに強かったことになる。

これは小説だから何ともいえるわけだが、もし官さんに事業欲があって三百円で事業を始めていたらどうなるか。西濃運輸の創業者田口利八社長が昭和二年、中古トラックを千百円で買って創業している。現在は年商一千億円、千百円に対して九千万倍、利益は九十億円で八百万倍になる。追加投資もあるから一概に言えないが、数字だけではこうなる。土地の五十万倍など小さい小さい、ということになるだろう。

会社というものは、会社から生み出されたものはすべて会社に直接役立つことに使えば間違うことはないものだ」と話しておいた。

「逆境を切り拓き、これを次の飛躍の踏み台とすることのできる者は真の経営者である」といった人がある。次の飛躍のために、踏み台を準備することが、その第一歩なのである。

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