これまでの説明で、「人件費総額の膨張がいつの間にか事業の手かせ足かせとなっていた」では済まされない時代となったことは、おわかりいただけたと思う。これからの社長は会社の人件費を明確な意図をもって管理しなければならない。つまり、社長は総額人件費を「会社が繁栄する方向」へ、意図的にコントロールする人でなければならない。そこで、社長は自社の人件費総額をコントロールするために、「人件費係数」を明確に把握する必要があるのだ。
前項で平均的社員の年齢別必要年間収入を把握するために、ライフプラン表の作成をご説明したが、これだけでは人件費総額をコントロールすることはできない。なぜなら、企業における人件費は、給与だけではないからだ。福利手当も賞与も退職金も法定福利費も厚生費も、当然のことながら人件費の中に含まれる。これらの要素を含めて、人件費の総額を、社長として把握しなければならないのだ。
そこで、給与のガイドラインとは別に、人件費総額について物差しとなるものを設定する。ここで登場するのが、「人件費係数」である。
人件費係数とは、人件費総額を月額給与総額で割ったもので、給与に換算して何力月分の人件費を社員の待遇のために支払っているかを示す指標である。
第20表をご覧いただきたい。この表は社員120人の建築資材卸売りK商事の平成X年度の人件費の内訳である。K商事を例に、人件費係数と人件費総額と月額給与との関係について説明しよう。
この会社の1年間の給与は472,320,000円で、福利手当が7,872,000円、賞与は157,440,000円、退職金が39,360,000円、法定福利費は68,880,000円、厚生費は8,266,000円で、ゆえに人件費の総額は754,138,000円であった。この人件費の内訳は、決算書に記載されている人件費の合計額と一致するはずである。
この会社の月額給与を算出すると、39,360,000円である。(472,320,000円■12=39,360,000円)
そうすると、賞与157,440,000円は、月額給与の4カ月分。(157,440,000円÷39,360,000円=4)また、福利手当7,872,000円は、月額給与の0。2カ月分。(7,872,000÷39,360,000=0・2)
退職金39,360,000円は、月額給与の1カ月分。(39,360,000円÷39,360,000円=1)法定福利費68,880,000円は、月額給与の1・75カ月分。(68,880,000円■39,360,000円=1・75)厚生費8,266,000円は、月額給与の0。21カ月分。(8,266,000円■39,360,000円=0。21)
これらに、月額給与12カ月分を加えたものが人件費係数であるから、この会社の人件費係数は19。16であったことが計算できる。
要するに、人件費係数19。16は、給与月額12カ月分の約1・6倍を人件費総額として支払っているということである。この事実に、社長としてまず目を向けて欲しい。初任給20万円の大卒を雇用したとして、会社が負担する人件費は、月額給与の1・6倍の32万円かかることになる。
ちなみに、世間水準の給与を前提にあえて言えば、合格ラインとしては、「19」前後だろう。なぜなら、給与の12と法定福利費の1・75の2つを合わせた13・75は既に決まっていて、退職金制度があればさらに1を足して14・75、それに賞与の最低3カ月分を足しただけで17・75になる。それ以外に、厚生費が全くないということは考えられないので、最低でも18カ月分、すなわち人件費係数18が必要となる。
ただし、「18」というのはあくまで目安であって、どのくらいの人件費係数が適当かは一概に言えない。というのも、会社によっては、給料に重点を置いて「賞与という不安定なもので支給するよりも、給料として安定的に支給してやりたい」というポリシーの社長もいる。その場合は、賞与額を基本給に加えて支給するから、給与額は世間の水準よりもかなり高くなるが、人件費係数は「18」を大幅に下回ることもありえるからだ。
逆に、「給料よりも、社員個々の成果、あるいは会社の業績によって、もっと成果配分を多くしたい」というのも、一つの経営のやり方だろう。その場合は、賞与の係数が多くなる。
さらに、「退職金なんか考える必要はない。退職金を給料の中に入れてやろう」という考えの社長もいれば、「やはり老後のことを考えると、退職金は、手厚くしてやりたい」、こういう考えの社長もいる。
あとは、「法定福利費には一定の基準があるから、ここに社長のポリシーは入り込めないけれど、福利厚生費については現在のように豊かな時代には不要だ。とくに若い社員などは子供の頃から海外にもどんどん旅行しているだろうから、会社がいまさら旅行に連れて行ってやっても全然喜ばない。会社には老若男女、既婚者も独身者もいるのだから、全員が満足するような厚生費の使い方はむずかしい。であれば、いっそ、それだけのお金があれば給与に組み込んでやろう」という考えも最もである。
すなわち、どれが一番正しい人件費の配分かというようなルールはない。人件費項目のどこにウエイトを置くかは、それぞれの会社の事情によって違うから、総枠内でいかにバランス良く配分するかが社長の腕の見せどころである。
そこで、人件費係数の配分先については、あれもこれも一度に向上することなどできないのだから、今後5年の間に、社長がベストと考える項目に的を絞って、徐々に改善していくべきである。
そして大事なことは、毎年0。1でも0・2でも人件費係数を上げて、社員の処遇を高めていくことである。もし、ここしばらく人件費係数が下降しているようなら、社員に対して社長の役割を果たせていないということである。
年々、人件費係数が上がっていくことが、「悪いようにはしない」という社長の言葉の、具体的な裏づけなのである。
ただし、決して忘れてはならないのは、人件費係数が上がるということは、社員数が同じなら、人件費総額がもろにアップするというシビアな反面があるということだ。情に流されると、この当然の理が見失われてしまうので、社長としてくれぐれも注意していただきたい。
そこで自社の人件費係数を、社長として正確に押さえるために、第21表のように、自社の決算書の数字からここ5年間の人件費係数をはじき出して、どのような傾向を示しているかを算出してみればいい。皆さんの会社の実態はどうであろうか。
人件費係数に無関心だと、どうしても場当たり的になって、少し利益が出ると一気に賞与を増やしたり、逆に利益が少し減ると過度に減らしたりしてしまう。大体、中小企業の社長は、独断と偏見のかたまりみたいなものだ。過去数年の人件費係数を見てみれば、そのいい加減さがすぐにでも検証できるだろう。
しかし、こんな粗っぽい経営が許されたのは、経済が膨らみ続けていたこれまでの時代の話である。
売上も利益も右肩下がりのこれからは、「いかに最小の人件費で最大の利益を上げる」かを、企業生命をかけて争う時代である。
したがって、社員の待遇改善もいいが、人件費総額を人件費係数で具体的にコントロールしていかないと、経営コストに対する歯止めが効かなくなって、ますます企業競争力を失い、肝心の事業経営それ自体が難しくなってしまう。思いつき経営は、厳に慎むべきである。
だからこそ、人件費係数は経営の立場から社長方針として決定すべきもので、他者の介入を絶対に許してはならない。これが、社員のライフプランの決定過程と根本的に異なる点である。社員のライフプランは、労使協調のもとに、和気あいあいと決めれば良かった。しかし、人件費係数は、経営を与る最高責任者としての社長の魂の表現であり、全体の事業計画とリンクさせて人件費総額をコントロールする最大の武器でもある。
そこに、社長自身が人件費係数を決めなければならない所以がある。社員のライフプランは、時の状況によって多少上下させても構わないが、人件費係数だけは社長方針として決定した以上、何が何でも守りぬかなければならない。
そうしないと、社員の待遇改善も結構だが、肝心の人件費総額が野放しになり、収拾がつかなくなってしまう。したがって、社長として、そうとう腹を据えて人件費係数に取り組まなければならないのである。
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