企業の存在意義は、付加価値を「生み出すこと」と「分配すること」
企業経営とは、自社の経営資源を使って、企業の外部から購入した原材料や商品・サービスの上に、自社の顧客が対価を支払ってくれるであろう価値、すなわち付加価値を付け加えて世の中に送り出すことだ。
もし、外部購入価値と同額以下の売上しか実現できないとしたら、その企業は付加価値を生み出していないわけで、経済的な価値がない。
ゆえに、社会における企業の経済的存在意義は、社会に有益な商品を提供することによって、いかに多くの付加価値を生み出せるかだと言えよう。
そして付加価値を造成できたとき、当然ながらこれに貢献した者は、生み出された付加価値の分配を受ける権利がある。
たとえば、従業員をはじめ資金の提供者である金融機関や資本家へは給料や金利支払いや配当というカタチで、公共のインフラやサービスを提供してくれる国や地域には税金で付加価値を分配する。
あるいは事業遂行のための経費や、設備更新のための減価償却、未来事業を育てるための先行投資、将来の予期せぬことへの備えとして、内部留保や各種引当金への分配も必要である。
さらに、各協力先に対して十分に報いているのならば、社長は堂々とその報酬を受け取るべきだ。
中小企業のオーナー社長の大方は、銀行からの借入に個人保証をつけて高いリスクを取っているのだから、無報酬ではやっていられない。経営者として調和のとれた分配を受けるべきである。
このように付加価値は、「会社を支えてくれる関係者に分配されるもの」であり、付加価値をそれぞれに過不足なく分配することで、翌年にはさらに大きな付加価値を生み出していくことが、長期的な事業発展の要と言える。
ところで、生み出した付加価値をこのようにすべて分配してしまうと、結局残りはゼロになる。すべてを分配してしまうのだから、残りがゼロになるのは当然といえば当然なのだが、じつはここに大きな意味があるということを私は言いたいのである。
これらの分配先は、お互いに一方を増やすとそのぶん他方が減る、いわゆるゼロサムの関係にある。しかもどの分配先ひとつとっても、もし協力が得られなければ付加価値を思うように造成できない。
それぞれの付加価値造成の役割に対して「正当な分配」が行われてこそ、協力が得られる関係にあるということである。
つまり分配の方針次第で、会社は良くも悪くもなる。
要するに、企業の究極的な目的は利益を出すことではなく、生み出された付加価値をどう分配するかということにある。それが経営である。
佐藤肇著「社長が絶対に守るべき経営の定石50項」より
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