事業を生み出す3つのヒント
本書の最後は「資料編」として、新規事業を生み出す着眼点になるような、いま急成長を遂げている次世代型の新規事業のいくつかを、ケーススタディとしてご紹介したい。ただし、これら現在進行形で成功へと突き進んでいるスタートアップが10年後、20年後もこのままの姿で存在している保証はない。
事業が大きく成長するためには、事業の成長フェーズに合わせて適切に経営を進化させる必要があり、さらには、顧客のためにビジネスモデルを磨き続けることによって、提供商品やサービスも進化させていくことが大前提である。
だから、ここで紹介する新規事業は、あくまで「いまの時点のニュービジネスの潮流」であり、10年後には10年後の、20年後には20年後の潮流を捉えていただきたいと思う。大事なことは、ヒントを参考にして、「社会の変化に合わせて進化し続けることを定着させることが大事である」ということだ。
こうした前提を含み置きいただいたうえで、今回、ケーススタディとしてご紹介するスタートアップを、2つの着眼点から選んでみた。
ひとつは、これまで「構造的に儲からない」、「後発で参入しても勝ち目がない」といわれていた業界において、デジタル技術によって業界を再定義するような、新たな価値を生み出すことに成功した「DX事業の事例」だ。デジタル技術を投入することで、180度あり方が変わるポテンシャルを秘めた分野が、わが国の産業には本当にたくさん存在する。
そこで、私が参画しているDX事業の中からアパレル業界の「シタテル」、デザイン業界の「ガラパゴス」、障がい者活躍支援の「ヴァルトジャパン」という、3つの事業の成功の肝を解説したい。
もうひとつの着眼点は、「協創型事業の事例」である。近年、巨大企業や自治体とベンチャーが対等なパートナーとしてタッグを組む、いわゆるオープンイノベーションが盛んだ。私もオープンイノベーションによって多くの事業を生み出している。
そこで、皆さんにも自社の新規事業を従来とは違うカタチで考える着眼点として、JR東日本とスタートアップ企業から生まれた「弓OCO〓↓〇〇〇による無人決済店舗」という事業と、社会課題の解決を目的とした新規事業を開発する、官民共創プラットフォーム「逆プロポ」の取り組みの2つを紹介する。
さらにもうひとつ、本章では私が30余年間、新規事業の日々の活動の中で気づいたことや、もらったアドバイス、言われてハッと心が動いたひと言を、走り書きのメモから抜粋し掲載しようと思う。
これまで書き貯めたメモは全部で70万字という膨大な量である。とくに初期のメモの多くは、私の人生の師であるミスミ創業者。田口弘さんからの教えであり、いまでも折に触れて見返すことで、自らの経営判断の軸を磨いている。
本章には、この中から本文の補足や理解の助けとなるような一文を選び、抜粋して転載する。ただ、自分が自分のためだけに書いたメモを原文そのままで載せるので、イマイチわかりにくい部分があると思うが、その点はご容赦いただきたい。とにかく、皆さんの新規事業に、何かしらのヒントや参考になれば幸いである。
【着眼点その1】デジタル事業戦略の着眼点
(1)衣服ニフイフスタイル製品の生産プラットフォーム×アパレル業界「シタテル」
旧態依然のアパレル業界に散在する構造的課題
アパレル産業には明るい話題が少ない。矢野経済研究所によれば、国内アパレルの市場規模は2018年時点で9兆2239億円。1990年代には15兆円を超えていたことを考えると、急激な市場の縮小に見舞われていると言わぎるを得ないc
かつては大量生産。大量消費によって流行をつくり上げ、多くの商品をさばいてきたアパレル産業は、大きな岐路に立っているのだ。2000年代初頭には、ユニクロのフリースが数千万枚以上も売れた時代があったが、いまは一つのアイテムがたくさん売れる時代ではない。
生活様式も変わり、趣味趣向、ニーズが細分化しており、そうした時代に対応するために生産拠点を海外に依存するアパレルブランドも増え、縫製工場をはじめとする国内のアパレル産地はその数を減らし続けている。
こうした現状に対し、デジタルの力でわが国のアパレル業界構造を変えることで、再び業界を活性化させたいと考えたのが、シタテル株式会社(2014年創業・熊本)の創業者・河野秀和さんだった。
河野さんが生まれ育った熊本は、昔からセレクトショップや衣服関連事業が多くあり、河野さんにとってファッションは身近な存在だった。当時、地元にあるセレクトショップのオーナーと話をしていて、アパレル業界の課題を知ったのがシタテル創業のきっかけとなる。まず、大量生産が前提の産業であるため、少量必要な数だけ衣服が欲しくてもコストが上がり、そもそも発注できないケースが多いということ。
だから、良いものを適正価格で提供したくても、小さなセレクトショップでは大量に在庫を抱えられない。結局は売れる定番商品を多めに仕入れると、ラインナップも均一化してしまう。こうした現実が存在していることに、河野さんは疑間を抱いたのだった。
実際に、ある企業から、「自社の商品のファンに向けてオリジナルの服をつくりたいが、100枚以下では生産を断られる」という相談を受け、「そんなはずはない」と小さな縫製工場に直接話をもち込んだことがある。
そのときは工場は依頼を受けてくれたが、「ただし、閑散期に限る」との回答。どうしてなのだろうと業界について徹底的に分析。調査すると、アパレル業界には数々の構造的な問題が散見されていたのだった。
ボトルネックを解消してDX化を促進
まず、問題点の最たるものは、サプライチェーン上において、企画から販売の過程で数多くのプレイヤーが存在することだ。
資材や原材料(糸・生地)を扱うメーカーに始まり、縫製工場、加工工場、ブランド事業者、物流企業、デザイナー、繊維商社など、多くの企業によって一着の洋服はつくられているが、問題は川上。川中。川下の多重構造による「縦の分断」が起きていたことだ。
さらに、それぞれの企業ごとに独自のサプライチェーンを構築しているので、そこで「横の分断」が起きている。結果としておのおのが閉鎖的なリソース環境に陥っていたのである。
さらに、従来型の業界構造には3つのボトルネックがあった。1つ目は見込みで大量生産をおこなう商習慣と、長いリードタイム。先に説明した分断と関わりがあるが、2つ目が断絶されたアナログかつ属人化されたサプライチェーン。そして3つ目は、硬直的な取引関係だ。
こうした業界構造により大量生産。大量廃棄。在庫問題などの悩みをずっと抱えており、なにより透明化や効率化が果たされていなかったのである。
そこで河野さんは、営業利益率や労働生産性の向上、取引機会の創出、大量生産。大量廃棄による地球環境への負荷を軽減する、新しいクラウド型のプラットフォームを構築しようと動き出し、さまざまな試行錯誤を経て、「∽〓洋①コoroc∪」というプラットフォームをつくり上げた。
この「∽〓洋①窟OrOC∪」には、事業者全般の生産領域に対する「生産支援」と、販売領域に対する「販売支援」の2つのサービスがある。
生産支援サービスは、これまで各プレーヤーが主に電話やファックス、メールなどのアナログな連絡手段や、属人的な管理で煩雑になっていた生産管理業務を、クラウドで一元管理できるサービスである。
生産アイテムに関する情報。タスクや生産コストの管理に加え、デザイナーやメーカーなど関係者とのコミュニケーションがオンラインでできる独自のチャット機能を搭載。衣服の生産における業務とコミュニケーションを見える化し、取引を効率化するのだ。成果として、工場の選定や生産依頼の工程において、従来より70%ほど時間短縮ができ、業務の効率化と生産性の向上がみられたというデータもある。
加えて、販売支援サービスは、「在庫ゼロ」で生産から販売までを実現することができる、業界初の仕組みだ。「在庫ゼロ」とは受注生産のことを意味する。ECシステムが付加されており、設定した数の注文が入ると生産され、購入者の自宅まで配送する。
メリットはECサイトを導入コストゼロで活用できるうえに、在庫が発生しないため倉庫費用や管理費用が必要ないことだ。
さらに、2018年には「∽〓洋のコ∽「国〇」という受注生産一体型ECパッケージサービスも開始。衣服をつくるだけでなく、その先にある販売チャネルまでを統合して提供するというもので、これを活用すれば、受注数に応じて提携工場に生産を発注する受注生産が可能だ。2020年2月以降はこの機能を拡張し、デジタル・ネイティブ・ブランド(D2Cブランド)に特化して、在庫を抱えるリスクゼロで衣服生産から販売までできる体制を整え、アパレル企業に限らず、効率的に衣服を生産できるようにした。かかる期間は早ければ2週間〜1か月ほどだc
なぜ今までなかったのだろう
シタテルが大きな支持を集める理由は、きめ細やかな対応にもある。アパレル業界はデジタル化、IT化への取り組みが遅れていたこともあって、サービスを利用してくれる事業者のITスキルやアパレルに関する知識もマチマチなため、カスタマーサクセスという伴走型の担当部署が、直接、あるいはチャットなどを通じて使い方や、効率的な運用に関するサポートを適切におこなっている。
そうしたきめ細かな対応も相まって、顧客満足度も高く、解約率も低い水準に抑えられており、2022年9月時点での登録ユーザーは2万3000社、国内外の縫製工場などのサプライヤーは1900社を数えるまでになった。
どう考えても合理的なこれらのサービスが、なぜ今までなかったのだろうかという素朴な疑間に、河野さんはこう答える。
「アパレル業界の中では、部分最適だけが進み、インフラ基盤をつくるという概念設計をできる人がいなかったんだと思います。私たちは、真正面からインフラ基盤構築に向き合い、投資を続け、なんとか仕組み化することができました」。
すなわち、DX事業創出における大事な視点は、既存事業の一部作業をデジタルに置き換えて効率化を図るような、単なるIT化ではなく、「本来のあるべき姿を描き、それと現実とのギャップを解消するためにデジタル技術を活用し、組織やビジネスモデルを変革、価値提供の質を抜本的に変えること」なのである。
(2)デザイン領域の工業化で社会構造を改革する「ガラパゴス」
デザイン業界の「あるべき姿」
AIを活用した広告クリエイティブ制作。改善サービス「≧”∪①∽置づ」を開発、運営している株式会社ガラパゴスの目指すこと、それは「デザイン領域のDX」である。「>男∪o∽一讐」は、近年普及しだした深層学習(ディープラーニング)の技術をデザイン業務に応用し、ランディングページやバナー広告、動画をAIを活用し作成するものだ。
約3400万のデザインデータをデータベース化。利用者のアクセス傾向を解析し、導き出した結果からマーケティング効果の高いデザインパターンをAIで予測するのが特徴で、「このターゲットにはこのデザインが有効」と推測してからデザイン制作を進められるのがメリットである。
従来の人がおこなう作業では、ロゴの制作に約5時間が必要だったが、AIを活用することで作業終了までの時間を15秒と、劇的に短縮できるようになった。作業にかかる時間が1200分の1にまで短縮するほどの効率向上だ。
「>男∪①∽】讐」を利用することによって、大量のデザイン案をもとにしたA/Bテストも可能だ。
ウェブサイト訪問者の成約率や、ユーザーに広告が表示された回数のうちクリックされた率などの改善を効果的に実施できるため、マーケットのニーズに合うデザインを効率よく発信し、ウェブ広告の投資対効果も高められる。
ガラパゴス創業者の中平健太さんは、メーカーの業務改善コンサルティング会社出身で、職人の思考プロセスを分析、分解し、自動化につなげる業務に従事していた。その中で、深層学習のビジネスヘの応用が語られはじめ、「これからはAIが絵やイラストを描く時代がくる。いち早くデザイン領域でAIを使いこなせば競合を圧倒できる」と勝機を見出した。そこで、当時のコンサルティング会社の仲間とガラパゴスを立ち上げ、のちにロゴを自動生成するAIに投資し、「>男∪Φ∽置o」の開発を始めたのだ。
デザイン領域の課題
中平さんは会社創設以来、デザイン産業がアナログなために、大きな課題があると感じていた。前述したが、デザインの作業は人手に頼ったものから変わっておらず、1つのロゴを完成させるまでにおよそ5時間がかかる。デザイナーの長時間労働が常態化し、値切りや不払いも少なくない。
国内に16万人いるデザイナーが、それぞれ個別にやっているからその状態から抜け出せないのであり、深層学習でデータを解析して自動化すれば、みんなが幸せになる。そう考えていたのである。
さらに、デザインを判断するクライアントが自分の好みで良し悪しを決めていることも課題だと思っていた。良いデザインの正解は、クライアントの頭の中を再現するものではなく、マーケットに支持されるものだ。ならば、それはマーケットデータから予測するしかない。
そんな課題意識のもとに、中平さんはデザイン業界のあるべき姿を描き、その実現に向けて「≧ 卿∪①∽置い」をつくりはじめた。
サービスの開発時は、実際にデザイナーを観察させてもらい、デザインする思考過程と手作業を細かく分解することに注力した。たとえば、あるデザイナーの場合は、ロゴ作成の依頼を受けたらまず08Lので関連ワードを検索して、着想を得たら手書きするということを繰り返していた。
その後、制作アプリを使ってデザインをしていく…というように、ロゴ作成の依頼を受けてから、デザイナーが何を考え、どのように手を動かしているのかを一つ一つ、膨大にそして詳細に解析したのである。
このデザイン制作プロセスは、現在の「≧” ∪8置”」が主に扱ちているランディングページやバナーの制作に共通するものであった。
人間より1200倍速い作業で倍以上の受注率
こうして完成したガラパゴスのデザインシステムは、デザイナーがイメージしているロゴの情報を入力すると、自動的に作成を始める。従来のようにデザイナーがイラスト作成ソフ卜などを操作する必要はない。
情報入力時は、オススメのフォントや色のパターン、モチーフなどを提示してくれるので、デザイナーは選択肢からイメージに合うものを選んでいくだけで済む。
自動処理で作成が終わったら、複数のラフデザインが提示される。ロゴであれば、1つを選択すると、名刺やパネルなどにロゴを配した実物模型の写真まで自動で作成してくれる。作業にかかる時間はわずか15秒だ。
中平さんはこのシステムを開発するにあたって、ひとつの実証実験をした。それは、実際にロゴ作成を受注し、システムが作成したロゴを、コンペなどの場で提案してみた。フリーランスのデザイナーが参加するコンペにAIがつくったものも並べて、買ってもらえるなら価値があるといえるのではないかと考えたのだ。
人間の場合、コンペでの成約率は1.4%くらいに落ち着く。 一方、ガラパゴスの成約率は3.5%。つまり、人間を超える割合で採用されるという結果が出た。
ちなみに、このときガラパゴスのシステムを使ちていたのは、デザイナー経験はあるが、ロゴ作成まではおこなったことのない主婦アルバイトだった。この結果を受けて中平さんは、「品質・コスト・納期の観点でも圧倒的。我々はデザイン業界の産業革命の一歩目を歩きはじめている」と確信したのだ。
世界のデザイン市場、20兆円を狙う
「≧卿∪①∽置づ」は、クラウド上にマーケティングプランナー、ディレクター、ライター、デザイナー、デザイナーが作成したデザインを元にコンピュータ言語でコードを記述するコーダーの5人のチームで構成されている。
そのチームが、「≧”∪①∽置い」上のプロセスで標準化されたクオリティでウェブページを作成し、月額25万円のサブスクリプションモデルで提供している。つまり、それほどまでのプロフェッショナルチームを、人を1人雇うよりも安く確保できるということだ。コストの激減だけでなく、製作期間もランディングページでは40日間から10日間への短縮に成功。しかも、広告物による成約率は従来に比べて、美容市場では500%の改善、食品市場では200%の改善など、大きな成果を出している。
「>男∪①∽置づはデザイナーの仕事を奪うんじゃないか、とよくいわれますが、そんなことはありません。いまのデザイナーは作業中、ずっとコンピューターに向かってデザインツールをいじっていて、対価となるおカネもここの作業時間コストがベース。しかし、>男∪①∽置●を使えばAIに任せられる工程の時間を顧客とのコミュニケーションに充てたり、創造、創作する時間を増やせる。お客さんと1時間話して15秒でロゴをつくり、また30分話して15秒でロゴをつくる。これこそが、人間らしい仕事だと思っています」と中平さんは言う。
「≧”∪①∽置o」は、まだスタートしたばかりだが、バナーやランディングページのほかに動画広告、メールマガジン、オフラインDMのチラシ制作にまで広がりを見せはじめている。そして、デザインは非言語であることから世界でも戦えるという特性をもっている。世界初のデザインの工業化という手法を武器に、ガラパゴスはさらなる飛躍を目指す。
(3)就労支援業界の民需を活性化する新たなモデル「ヴァルトジャバン」
福祉業界の課題をデジタルの力で解決する
少子高齢化の進行により、わが国の生産年齢人口は、2050年にはいまより1500万人少ない、約5000万人にまで減少すると見込まれている。日本経済の将来への不安があとを絶たない状況だ。
その一方で、あまり知られていないのは、障がいや難病を抱えて「働きたいが企業への就職が困難」という就労困難者も1500万人いる、という事実である。
つまり、片方では人手が足りないにも関わらず、もう片方では活躍機会が不足している。労働市場の不均衡を是正する、新しい労働の仕組みをつくる必要があることは、明らかである。
実際、障がい者の雇用については、障害者雇用促進法に定められた「法定雇用率」というものがあるが、この目標を達成できている企業は半分しかない。つまり、半分以上の企業が不足分を補うための「障害者雇用納付金」を収めている状況なのである。そうした惨状を改善するために、また、企業に就職できない方々が労働を通じて社会参画できる場所は必要だという観点から、厚生労働省は就労継続支援事業所という障害福祉支援
サービスを展開している。
その数は、全国約1万5000事業所ほどとなり、大手コンビニエンスストアのローソンと同じくらいの数がじつは存在している。
しかし、これだけの労働供給力の塊があるにも関わらず、ほとんどの民間企業がそれを認知しておらず、仮に民間企業から発注があっても時給は100〜200円、賃金が1人あたり月額1.5万円程度の取引、というのが実態である。
この状態を解決するために、民間企業から400種類を超える業務を受注し、全国の就労継続支援事業所に対して再委託(分配)をおこなうデジタルプラットフォーム「Z国X日〓国”〇」を展開しているのがヴァルトジャパン株式会社である。
仕組みは非常にシンプルなものだ。ヴァルトジャパンが民間企業に営業に行き、仕事を業務委託で受注し、それを全国の就労継続支援事業所や在宅で働く方々に分配する。
広く知られてはいないが、じつは全国の就労継続支援事業所で働くワーカーの数は延ベ50万人(トヨタの約1.5倍)、各事業所の床面積は延べ30万平米(ユニクロのロジスティックセンターの約3倍)を超える。
従来、1つの事業所に通う障がい者は20〜30人で、ここに通う障がい者に最適な仕事で、かつ1つの事業所だけで完結しうる仕事を開拓し受注するというのは、針の穴に糸を通すくらい難しかった。
そのため、企業からの仕事と請け負える事業のマッチングが難しく、仕事がうまく流通していなかったのだ。
そこで、デジタルの力で全国の就労継続支援事業所を最適に東ね、ヴァルトジャパンが受注者になることで仮想的に巨大な価値提供集団を形成、さまざまな企業の仕事を受けられるようにしたのだ。
これは、プラットフォーマーが、ビジネス市場全体の巨大な需要を一括で捉え、各サプライヤーが求める仕事の種類、量を、最適に分配するビジネスモデルであり、すでにその価値が証明されているビジネスモデルである。つまり、ヴァルトジャパンは福祉業界で、金型業界のミスミや、印刷業界のラクスルと同じことをやっている、ということなのだ。
丸投げしない
ヴァルトジャパンの事業の優れている点は、単なるマッチングで事業所の受注量を増やすだけでなく、障がい者の「個性や特性」をもとに、競争優位性に富んだサービスを開発することである。
また、仕事の納品物についてヴァルトジャパンが責任をもって品質チェックと納品までおこなうなど、市場原理に基づいた仕事の流通を生み出す仕組みを採り入れている。
一般的なマッチングビジネスでは、民間企業と就労支援事業者を紹介して「あとはよろしく」で終わってしまう。ヴァルトジャパンもかつてそのような方法を試験的に採ったが、うまくいかなかった。
というのも、就労継続支援事業所は基本的には福祉の専門員で構成されているため、民間企業とコミュニケーションをとって課題をヒアリングし、課題解決の提案をするといったことが難しい場合が多いからだ。
そのため、ヴァルトジャパンが間に入り、マニュアルや運用方法などといったオペレーションを再整備したうえで、事業所へ仕事を流通させるのである。
たとえば、「動画編集作業」の場合は、テロップ(字幕)や音楽・各シーンの切り貼り。エフェクト効果の設定。照度設定など、いくつかに分かれる作業工程を経たうえで、1つの動画が完成する。
当然ながら、1人ですべての工程を担えれば、ワーカーの制作管理にかかるコストが抑えられるが、障がい者にそのハードルは高い。
そこで、むしろ各工程をより細かく分解し、1つの工程が単純作業となるまで細分化したうえで、その工程をなめらかに繋ぎ合わせる工程管理を編み出しているのである。
クラウドサービス・ビジネスチャット・o8”一のスプレッドシートといった共同作業ツールやウェブ会議システムなど、あらゆる先端的なITツールを組み合わせることで管理業務の効率化をはかり、ワーカーの生産性を向上させ、成果物のクオリティをコントロールしているのだ。
ちなみに、ワーカーの多くは最新のITツールを初めて活用することとなる。そこで、ヴァルトジャパンはメーカーが提供しているマニュアルに加え、案件ごとに必要な各ツールの使用方法に関するマニュアルをわかりやすく作成し、ワーカーのハードルを下げ、受託できる案件の種類や数の幅を広げている。
従来のように、いまのスキルでしか仕事ができない、という考え方はここにはない。なぜなら、障がい者に「福祉を施している」のではなく、障がい者の「働きたい、もっと活躍したい」に向き合っているからである。
ヴァルトジャパンに登録している「障害を抱えながら社会復帰や自立に向かっている人たち」のために、「実践」と「教育」の2つの機会を用意しているのだ。
すなわち、ヴァルトジャパンのプラットフォームは障がい者にとって、「アウトソーシングを活用した仕事の受注機能」に加え、「職域を拡大するスキルアップ機能」を一つのシステムに集約した、唯一無二のプラットフォームなのである。
デジタルの力を活用し、従来のビジネスモデルを変革するだけでなく、社会的課題を同時に解決している、素晴らしいビジネスといえる。
自分が社会を変えるんだという強い意志
創業者の小野貴也さんは、大手製薬会社でうつ病の治療薬の営業を担当していた。そしてその営業活動の一環で、うつ病患者の互助会に参加した際に、「自分の売っている薬では、この人たちを真に救うことはできない」と痛感したのが、創業のきっかけであった。精神疾患の患者の多くは薬を飲んでいる間こそ症状は安定していても、やめたら再発してしまうことが多い。そして、患者の共通の課題は、仕事、職場での「達成感」や「良い思い」の体験が圧倒的に少ないことだった。
仕事はものすごいパワーをもっている。障がいや難病をもっていたとしても、成果を出したら評価してもらえる。社会との接点や自尊感情も生まれるし、健康的な生活サイクルもできる。
しかし、仕事の成功体験は薬ではつくれない。どんなに良い薬ができて症状が改善しても、活躍できる職場環境がないと、また症状が悪化して治療する繰り返しになってしまう。だったら「成功体験」を渡すことこそが一番の治療なのではないかと思い至り、その思いが長じて、会社を辞め、起業したのだ。
驚くべき決断力と行動力だが、初めから勝算を見込んだわけでもない起業が、そう簡単にうまくいくわけもない。
価値ある理念はあってもその課題解決のアイデアはゼロという中で、小野さんは自身で全国の就労継続支援事業所に電話して人材を確保し、同時に民間企業にもアプローチして仕事の受注を取り付けながら、少しずつ人と企業をマッチングさせていく。もちろん、初年度は赤字だ。
また、初めのうちは納品する商品のクオリティにムラがあることもしばしばで、うまく納品できない場合は小野さん自身が手を動かし、埋め合わせていた。
こうした努力が実り、事業所と企業双方の信頼を積み重ねることに成功。2年間で事業所200登録、契約企業を約200社まで伸ばしていったのだ。
ちなみに、小野さんが初期の初期に思い描いていたのは、うつ病など対面でのコミュニケーションが難しい方に対して、在宅でのコールセンター事業を斡旋する事業であった。創業した2014年当時は、IP電話で自宅で電話が受けられるというサービスが注目されていて、対面でのコミュニケーションが難しくても、慣れている人との電話やチャットでのコミュニケーションならできるだろうから、中小企業の社長秘書のような立ち位置でオペレーターサービスはいけるのではないかと考えたのだ。
しかしニーズはなく、まったく受注がとれなかったのだが、このコールセンター事業を営業して回る中で、就労継続支援事業所を運営している経営者の方と出会い、これがターニングポイントとなった。
その経営者の話によると、事業所に障がいのあるワーカーが30人いるのだが、営業がうまくいかず仕事を受注できないという。
これを聞いた小野さんは、「なるほど、仕事が少なくて障がい者にうまく流通していないという、構造的な問題が現場にはあるんだな。サプライ側には需要があるのだから、あとは企業側のニーズとマッチングするサービスを提供できれば相当な価値がつくれるぞ」と、いまのビジネスモデルを着想するきっかけとなった。
その後は、民間企業への営業をひたすらおこない、仕事を受注し、納品が完了したらそれを事例化して顧客から次の顧客を紹介してもらい、同じ仕事を受注するという横展開をひたすら続け、ノウハウやデータを蓄積するフェーズに突入。
創業から9年後には、プラットフォームの登録事業者数は1000超、ワーカー数1万2000超、受発注案件は1500超。障がい者特化型のBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)として、全国のシェアのうち9割をヴァルトジャパンが占めるようになったのである。
また、数多くの就労機会を生み出すだけではなく、事業所の売上と利用者の工賃を増加させ、同社のモデルを活用した事業所では、たった3か月で月間4万円の増加を記録している。ちなみに、厚生労働省のデータによると、就労継続支援B型事業所と呼ばれる最低賃金保証のない場合の、1人あたり生産額の増加は、12年間で4000円だ。
データは調査対象や調査方法がまったく異なることから、直接比較はできないものの、この圧倒的な成果の違いは、ヴァルトジャパンの開発した就労支援の仕組みが、日本経済の活性化に大いに寄与すると証明するものだといえる。
【着眼点その2】
大企業や自治体との協業で事業を生み出す着眼点
(1)J R東日本とスタートアップから生まれた「O⊂0工↓0 00」
JR東日本はなぜ新規事業に乗り出したのか
読者の中には、「なぜJRが新規事業を?」「盤石な本業があるのだから新規事業は不要では?」と思う方もいるかもしれない。
しかし、JR東日本の経営層は大きな危機感を抱え続けていた。それは、「国鉄時代に会社を守りきれなかった」という冊泥たる思いからきている。彼らの言葉を借りれば、「一度、わが社は潰れている」という。そのため、「鉄道事業だけに、かじりついていてはいけない」という強い思いがあったのだ。
日本の人口減少に引きずられて、電車の乗客はどんどん減少していくだろうということは目に見えている。地方部では既にこの危機は始まっている。このまま乗客が減っていけば、会社もジリジリと衰退していく。
だから、日の前にある課題解決に挑戦するだけではなく、先々を見通して、これまでにない新しい事業を生み出すために、 一刻も早く動かなければならない― 国鉄時代の荒波を乗り越えた経営陣のこうした思いから、50億円の投資枠を確保して生み出したのが、JR東日本のコーポレートベンチャーキャピタルである「JR東日本スタートアップ株式会社」なのである。
JR東日本スタートアップは、ユニークな技術や「こういう世の中にしたい」というビジョンをもっているスタートアップ企業とJR東日本の経営資源をつなぎ、新たな社会を創っていくことを目的としている。
事業領域としては、人。モノ・情報をタイムリーに結びつける「利便性の向上」、地域の雇用・移住・観光を促進する「地域活性化」などを対象としている。これまでお伝えしてきたとおり、事業の始まりは「意志」だ。JR東日本スタートアップでいえば、代表の柴田裕さんの意志が成功の第一要因となっている。
当時、経営企画室にいた柴田さんは、「なにがなんでも新規事業を生み出し、自分たちが新たなJRを切り拓く」という強い信念のもと信じられる仲間を集め、「出島」としてのJR東日本スタートアップをつくり、鉄道輸送業以外のありとあらゆることをターゲットとして、事業をどんどんつくりはじめた。
出島戦略として成功したのは、この柴田さんの「意志」が決め手ではあるが、加えて、「資金、意思決定、評価」の3つをきちんと本体から切り離したことも効いている。
資金は初期投資の50億円を切り離して運営。JR東日本本体の決裁はもらわない。深澤社長(JR東日本代表取締役社長)からは、「好き勝手やれ。説明する暇があったら、もっと仕事をしろ」と言われていて、当人たちも「いいのかな?」と思うぐらい高い自由度の中で、ひたすら新規事業に取り組むこととなる。
報酬はJR東日本スタートアップから支払われ、評価もその中の基準でおこなわれる。そして、本業の土壌との切り離しを徹底するために、オフィスすら異なる場所に構えた。完全な出島である。
結果として、5年間で1077件の共創の応募があり、うち108件が実証実験に入り、51件が事業化するという驚異的な成果を挙げた。JR東日本のような大企業中の大企業が、短期間でこれだけの成果を出せたというのは、本当に稀有な例といえる。
ちなみに、私と柴田さんの出会いは、とあるイベントの会場だった。そのイベントに登壇していた私に柴田さんが声を掛けてくれ、ひとしきり2人で話をした後に、その場で「うちに来ませんか?」と参画の誘いをしてくれたのである。
事業のスピードも速いが、採用のスピードも速い。JR東日本のような大企業がスタートアップのようなスピードを手に入れたら、強くないわけがない。
コ0⊂0工「000」による無人決済店舗事業
JR東日本スタートアップが展開する新規事業には大きな特徴がある。
たとえば、
・JR東日本はその規模感ゆえに、会社の課題が社会の課題と組づいている
。その課題を自らオープンにし、解決できるスタートアップを具体的に募集している
。JR東日本の現場を使って実証実験をおこなうことができる
。実証実験の結果をもって、事業化に踏みきる決断をしている
。事業の成長性が見込めるとなれば法人化し、スタートアップとのジョイントベンチャー(共同企業体)設立も可能
というあたりである。
具体的な事例を紹介しよう。JR東日本が解決したい課題のひとつとして、駅に設置されているキョスクの人手不足があった。
近年、キヨスクは店員の確保が追いつかず、店舗の営業時間の短縮や、店舗によっては休業や閉店を余儀なくされていた。
JR東日本としては、乗降客の利便性を損なわないためにも、キヨスクの営業を維持していきたい。そのときに考えたのが、売上が高く混んでいるキョスクはいままでどおりに人を確保してどうにかする。ちょっと空いているキヨスクは無人キヨスクにする。そして、すごく空いているキヨスクは、賞味期限の管理と商品に衝撃を与えない仕組みにより、スイーツや駅弁などの販売を可能とした「ウルトラ自販機」にしよう、ということだった。
ただし、自分たちで無人キヨスクをつくろう、ウルトラ自販機をつくろうと思ったら、技術開発に時間もカネも多大にかかる。そこで、ウルトラ自販機と無人キヨスクをつくれるスタートアップを募集し、JRと組んでもらえば早く、安く、確実に新規事業は立ち上がると考えたのである。
これはJRのみならず、スタートアップ側からしても非常に大きなメリットがある。共創すればJR東日本という巨大なアセットを使えるからだ。
そして、応募の中から無人決済の素晴らしい技術をもっているスタートアップが見つかったため、彼らと一緒に「仮説、実証、参入」のステップを踏みながら、事業開発をしていつたのである。
具体的には埼玉の大宮駅、東京の赤羽駅で2度の実証実験をおこない、「AI無人決済店舗システム日OCO〓弓〇〇〇」のサービスを磨き込み、「よし、いける!」と確信がもてた段階で、東京の高輪ゲートウェイ駅に1号店を出して本格参入を果たしたのである。
ちなみに、「AI無人決済店舗」とはどういうものかを簡単に説明すると、入り口と出口に自動改札のようなゲートが設置されていて、店内で利用者が商品を手に取った瞬間にセンサーカメラが商品を自動識別し会計。利用者はスイカなどの電子マネーで支払いを済ませられるシステムだ。
決済方法は、クレジットカード、交通系電子マネー、現金の中から選べ、非対面の無人店舗で買い物ができる仕組みなので、レジ打ち作業が不要になり、店舗のオペレーションの省人化が実現できるというものだ。
システムを外販して事業を拡大させていく
この「無人決済店舗システム」は、無人店舗でスピーディに決済できるという価値によって、JR東日本の駅構内キヨスクのみならず、現在さまざまな企業から引き合いがきている。
たとえば、高速道路のサービスエリアはインフラとして必要だが、働きに行くには通勤の便が悪く、賃金も低い。しかし、なければ長距離ドライバーが困る。あるいは、JR東日本のスキー場「ガーラ湯沢」では、スキー用具のレンタルで可OCO〓日〇〇〇」のシステムが活躍する。こういったところに、「↓OCO〓日〇〇〇」のビジネスチャンスがあるのだ。
この可OCO〓日〇〇〇」は現在普及しているセルフレジとは根本的に異なり、複雑化されたOSシステムとは無関係なため、スタンドアローン(機器やソフトウェア、システムなどが、外部に接続あるいは依存せずに単独で機能している状態)でも機能する。また、ウィンドウズで制御できるという汎用性の高さと軽快さが特徴だ。
セルフレジに対する、こうした競争優位性を武器に、将来的には、地方の買い物難民に対する課題解決や、同じ社会課題をもつ先進諸国へと普及させていきたいと考えている。
(2)行政向け事業の可能性を拓いた官民共創プラットフォーム「逆プロポ」
従来の公募プロポーザルの流れを逆転させる
2021年に官民共創サービス「逆プロポ」のサイトがリリースされた。プロポとは、「プロポーザル」のことで、 一般的には自治体の案件に対して企業が入札をする。
「逆プロポ」はその流れを逆にしたもので、企業がテーマを提示して、全国の自治体がその応募に手を挙げる。この逆転の仕組みをつくり上げたのが、株式会社ソーシャル・エックスというベンチャーだ。
前述したように、従来の公募プロポーザルや入札は、自治体の募集に対して民間企業が応募する仕組みだ。
この場合企業は、どの自治体がどのタイミングで、どういう社会課題を提示してくるのかがわからず、自社のソリューションに合致する募集を待つしかなかった。しかも、たとえ見つかったとしても、提案の際に自治体ごとの詳細に決められた仕様の書類を大量に用意する必要があり、不採用に終わることもある。
また、採用されても成果物は納品した自治体のものであり、ほかの自治体に横展開したくてもできないという問題点もある。
つまり、自治体の入札は企業にとって投資効果が悪い、非効率な仕組みであり、そのため官民共創の新規事業も成功例が少なかった。逆プロポでは、企業が関心のある分野にテーマを設定し、全国の自治体にアイデアを募る。応募に必要な書類はA4用紙1枚のみとした。応募のあった自治体の中からアイデアを選び、「寄付受納」という形で企業が自治体へ予算を支払う。その後、自治体と企業がともにサービスを開発していくという流れだ。
ちなみに、「寄付受納」とは、用途を限定せずに予算執行をおこなえる仕組みだ。 一般的には、ある企業に紐づいた資金が自治体に入る場合には、癒着を防ぐために、新たに議会を通過しなければならない。行政職員からすれば、議会の準備をすることにより業務量が激増する。それは十分に「新しいことをしたくない」思いにつながる。
そこで、ソーシャル・エックスでは、議会を通さなくても済む資金として、寄付受納の仕組みを利用することとしたのだ。
そして、開発されたサービスは、同じ課題を抱えている他の自治体への横展開ができるというのが、企業にとっては重要だ。自治体には、「他自治体の良い取り組みは真似したい」という横並び意識があるが、この場合、その特性が吉となる。
最初の自治体と開発したサービスが企業の実績となり、全国の自治体に提案する際の説得力が増すのだ。全国には1741の自治体があり、その市場は広大で、民間企業にとって魅力的な市場であることは間違いない。
官民共創で子ども食堂を運営する
具体的な成功事例に、大阪府牧方市の「子ども食堂をもっと増やしたいのに増やせない」という課題に対する取り組みがある。
子ども食堂とは、無料または低価格で子どもに食事を提供する施設で、地域ネットワークの交流拠点づくりや子どもの孤食対策などを目的として、主に市区町村による補助金で運営されている。
子どもの足で移動できる範囲は限られているため、牧方市としては学区に1つ子ども食堂を配置したい。だが、食堂の場所を増やすことは簡単ではない。自治体がサポートする公的な事業とはいえ、子ども食堂の多くは草の根的な手づくりの取り組みで、多様な課題を抱えているからだ。
中でも大きな課題のひとつが、食材を提供・寄付する個人や企業と、子ども食堂をマッチングする仕組みである。
従来は、マッチング業務を市の職員が担っていた。食材の寄付の申し出があったときに、そもそも「当日に食堂を開けているか」、開けているならば「食材が必要か」といった内容を、一軒一軒の子ども食堂に電話やファックスで確認し、食材の提供者と食堂をつなぐ。人手による処理には限りがあることに加え、マッチングが成立した後にも課題があった。配送手段がないために受け渡しできず、厚意の食材をあきらめざるを得ないケースも少なくなかったのだ。
人海戦術によるアナログの事業拡大には限界がある。もちろん、担当者を増やせれば解決に向かうが、限られた予算の中で簡単に人手を割くことはできない。そうした悩みを抱えた枚方市が逆プロポのサイトでマッチングしたのが、通信サービスを手掛ける株式会社ワイヤレスゲートである。
ワイヤレスゲートが「『本来あるべき理想の姿』と『現状』のギャップ(課題)」というテーマで公募をかけ、多くの自治体から「こういう社会課題がある」「こういうことがしたい」というアイデアが寄せられる中、枚方市が提示した「学区に1つ子ども食堂を配置したいが、食堂運営者に発生する事務作業の煩雑さやマンパワー不足で、寄付食材と食堂のマッチング事務の限界がある。そこで、この課題をDXによって解決すればいいのでは」というアイデアを採択し、そして自治体の実態に詳しく、DXにも強いソーシャル・エックスが共創の支援役となり、プロジェクトが立ち上がった。ここで強調したいことが、逆プロポの狙いが、単なるマッチングサイトではないということだ。
逆プロポは、元横浜市議会議員で地方議員にネットワークをもつ伊藤大貴さんと、保険会社でDX新規事業を多数開発してきた伊佐治幸泰さんが、「自治体は厳しい財政と多様化する社会ニーズによって、これまでの自前主義が成り立たないという状況に直面している。行政が担ってきた公共サービスを民間に委ねていく以外に解決の方法はない」という課題意識から生み出したサービスである。
行政の現場と技術を知り抜いてる2人は、自治体と企業の間に温度差があったり文化が異なったりすると、マッチングだけではうまくいかないということがわかっていた。そこで、ソーシャル・エックスが両者の関係構築を支援するのである。
この「子ども食堂DX化プロジェクト」でも、ソーシャル・エックスの支援のもと3者で議論が始まり、プロジェクトの趣旨に賛同してくれたNPO法人の全国こども食堂支援センター・むすびえや、地元でタクシー事業を営む第一交通と協力し、プロジェクトの立ち上がりからわずか半年後には実証実験を開始。その結果をもとに、事業をスタートさせた。具体的な仕組みは次のとおりだ。まず、専用のウェブサイトを用意し、ITシステムで食材寄付者と子ども食堂を結びつける。
サイト上で食材寄付者が登録した寄付食材に対して、子ども食堂が提供希望先へ連絡をおこない、食材提供の合意を形成。もうひとつの課題である食材配送は、第一交通のタクシーが担う。
そして、連携を結んだNPOやタクシー会社への配送料は、ワイヤレスゲートが全国で提供するヨTコサービス「こども食堂応援ヨT『」における寄付で賄う。こども食堂応援ヨ一‐コでは、同社のヨ一‐『一サービスの利用者に子ども食堂への寄付分500円を含んだ月額料金を設定している。その寄付金分が連携企業の資金となり、子どもたちへの食事提供につなげられるというスキームだ。
汎用化で事業の広がりをつくり出す
枚方市は、このプロジェクトに税をいっさい投入していない。しかし、初期費用をすべて負担したワイヤレスゲートにとって、このプロジェクトにおけるシステム開発は、いわゆる「持ち出し」による公共への単なる寄付行為かといえば、そうではない。それは、同社が枚方市のためだけに、子ども食堂のDX化を実現したいのではないからだ。
大きな目的は、子ども食堂DXを柱にした新規事業を創造するところにある。つまり、全国の子どもたちのために、より使いやすく、関わる人の誰もが笑顔になる食堂を実現するという、より大きな事業につなげることを目指す開発投資でもあるのだ。
この発想に立つと、企業にとって最初の取り組みは、大規模自治体である必要はない。規模が小さめの自治体のほうがむしろ進めやすいだろう。自治体の現場の課題を吸い上げながら、実際の運用の中で横展開を見据えて開発を進行するプロセスを踏めるからだ。
人口規模の小さな自治体は小回りが利くうえに、社会課題を解決できたときのインパクトも見えやすい。これは小さな自治体だからこそのメリットだ。そして、汎用解としての成果物を横展開できれば、小さな自治体を束ねて大きな規模感に広げていける可能性がある。
こうしたメリットを鑑みて、皆さんも「逆プロポ」を活用し、B2Gの領域のチャンスをつかんでみてはいかがだろう。
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