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第八章 会社内部の最小限管理

管理で最もおろそかになるのは、「人間の心理」である。

ここにあげた例は、「心理学の教科書」になりそうなことである。

目次

組織に定型なし

アミーバ組織ではダメだと言うが……

T社は、ある自動車メーカーの下請で、総従業員四百人ほどであった。

社長の悩みというのは、生産部長がボンクラで、社長の指令がすべて生産部長のところで

止まってしまうということだった。生産部長の部下に数名の課長がいたが、それらの課長は、

部長に何を進言しても、すべて部長のところで止まりっ放しで、仕事がうまく進まずに困っ

ているという。

私は社長に、「社長も課長も困っているというのに、なぜそのままにしておくのか。本当

にそうなら、なぜ生産部長を棚上げしないのか。この場合に、悪いのは生産部長ではなくて

社長だ」と強く進言した。

社長は、「そういうことなら、生産部長だけでなく、六人いる部長が全部ダメだから、そ

の全部を棚上げしなければならない」というのである。

私は社長に、「六人の部長を全部棚上げして、企画室とでも名づけた部門をつくり、そこ

に入れてしまえ。そして、それらの部長には、『会社のためには、こうした方がよいという

ことを考えて、社長に進言してくれ』とでも言っておけばよい」と勧告しておいた。

ところが、どうした風の吹きまわしかしらないが、「それをやってみたい」と言うのである。

そして、それを行った。社長の下は、どの部門も課長ということになってしまったので

ある。

これは、意外にも大きな効果をあげて、生産がみるみる上がりだした。

私は、安心してコンサルティングを打ちきり、「何かあったら、声をかけてくれれば飛ん

でくるから……」ということになって、 一段落である。

ところが、半年ほど過ぎた頃、もう一度来てくれという。何事かと、飛んでいったら、何

と、前の通りの組織にもどしていたのである。

事情をきいてみると、業績は上がったのだが、外野がうるさくなって困っているというの

である。

親会社、銀行、税理士、顧間、知人などが、口を揃えて、「こんなアミーバ組織では、会

社はダメになってしまう。会社というものは、前のようなキチンとした組織にしなければな

らない」というのだという。度し難い外野である。この考え方が会社をつぶすのである。

組織に弱い社長は、「こんなにも多くの人が言うのだから、アミーバ式組織はダメなのだ

ろう」と思って、元の組織にもどしたのである。そして、業績はふたたびジリジリと下がっ

私は、カンカンになって怒った。「組織を直す時には一倉に相談しながら、何で、元にも

どす時には相談しなかったのか。相談してくれたら、そんな寝言など無視しなければダメだ

と、撥ねつけたのにである。業績の上がっている組織こそ本当なのだ。本当だから、業績が

上がったのだ。事業の経営などまったく知らず、マネジメントの思想なんか振り回すことこ

そ間違っているのだ」と。

そうは言ったものの、私は淋しかった。私に社長の洗脳ができなかったからである。

そして、現在でも、マネジメントの間違った思想のみ旺盛で、事業の経営など知らぬやか

らが多い。そのために、会社をダメにしてしまうことが、あまりにも多い。組織については、

後にもう一度ふれるつもりである。

風通しがよくなった

N社長は、私が尊敬する名社長の一人である。特に、その即戦即決ぶりは見事である。私

の社長ゼミで何かヒントを得ると、即実行で、翌月のゼミの時に私にその結果を知らせてく

ださる。

「社長―課長―社員の文鎮型三階層こそ、三〜四百人以下の会社にとっての理想型である」

という、組織についての私の主張を、直ちに実行に移された時もそうであった。

「上から下へ、下から上への風通しがよくなったことは予想以上で、上からの指令が、アッ

という間に実行に移され、その結果の報告が、これまたアッという間にもどってきた。

今までのことが全くウソのような気がする。上も下も大喜びだ。

これとは反対に、 一階層増やしたら、どんなことになるかを考えてみると、思い半ばに過

ぎるものがある。ク桑原、桑原″…」とおっしゃるのであった。

五百人まで、課長しか管理職はつくらない

S商事にお伺いしたのは、S商事が百五十人ほどまで成長した時である。

S社長いわく、

「一倉さん、今、私どもの会社は百五十人ほどになりましたが、管理職は課長しかおりま

せん。

実は、以前は部長制まで敷いたのですが、どうしても仕事がギチバタンしてスムースに流

れなかったのです。いろいる考えたのですが、どうも部長制を敷いて、末端まで四階層になっ

てしまったためのような気がして仕方がなかった。そこで、思いきって部長を廃上して、管

理職は課長だけにしてみました。すると、今までギチバタンしていた会社の仕事が、ウソの

ようにうまく流れるようになりました。

それが現在の姿です。こうなってから、私も十分な時間的余裕ができましたので、五年間

の長期計画を作ったのですが、この計画が私に対して新しい発展のためのヒントを、いくつ

も与えてくれました。課長制は、我社の前途に対して、私を意欲的にしてくれました。課長

制様さまです。

我社の将来が開けることに自信をもつことができたのです。

そして、この課長制のもとに、五百人まではいけると判断し、それを実行に移すこととい

たしました」と。

少ない階層、少ない社員― ‐これこそ本当の会社の姿であると、私は確信しているのであ

る。

開発研究は修羅場で行え

NASA (アメリカ航空宇宙局)が華やかなりし頃の話である。

NASAの下請で、いつも宇宙ロケットの同じ部分を作っていた会社での話である。

いつも変わらぬスタッフが、手なれた設計・製作の仕事をしていながら、その出来ばえに

は大幅なバラツキがあった。なぜこんなバカなことが起こるのか、その会社の社長にはまっ

たく分からなかった。

出来ばえの悪い時は、NASAからキツく叱られていた。

社長は、仕事のあらゆる過程を綿密に調べてみたが、どうしてもその原因をつかむことが

できなかったのである。

そして、依然として クデキ、フデキクが激しかった。万策つきた社長は、納期の長短とデキ、

フデキの関係をしらべてみた。果然、そこには明らかな、しかも意外なことが分かったので

ある。

納期の短い時の出来ばえは、いつも立派であり、納期を十分に与えられた時の出来ばえは、

常に悪かったのである。

いままで社長は、出来ばえが悪いのは、納期が短いために丁寧な仕事ができなかったから

だと思い込んでいて― ‐誰でもそう思うのが当り前であるI NASAに対して十分な納期

をもらうために、 一生懸命にかけ合っていたのである。

ここではじめて、社長は、このような事が起こるのは、人間のもっている特性のためだと

気がついたのである。

納期が十分にある時は、みなリラックスして仕事をする。そこには緊張感などなかった。

この心のゆるみが、無意識のうちに仕事の出来ばえに反映していた。それに反して納期の短

い時には、全員が緊張して懸命になって、しかも注意深く仕事をしていた。これが人間とい

うものなのである。

このような経験を、長く仕事にたずさわっている人は、みなもっているであろう。

これについて、もう少し考えてみよう。

ドラッカーがかなり前に出した著書の邦訳版に『断絶の時代』(ダイヤモンド社刊)とい

うのがある。

私は、これを読んでみて、ドラッカーは何を言いたいのか、何回読み返してもまったくつ

かめなかったのである。あの切れ味鋭い名文は、まったく影をひそめてしまっていた。私は、

ドラッカーも老いたか、と思ったほどである。

しかし、それ以後に出版されたドラッカーの著書は、みな完全にドラッカー流で、『断絶

の時代』とは似ても似つかない名著であった。これで私も、「ドラッカー未だ老いず」と安

心したのであった。

なぜ、『断絶の時代』だけ、わけの分からない駄作中の駄作だったのだろうか。

『断絶の時代』は、ドラッカーが畢生の大論文として、過去の集大成ともいうべきものに

したいという意気ごみで書いたものである。そのために、 一年にもわたって山荘にこもり、

すべての雑念をすて、異常な熱意のもとに書きあげたのだが、これが大駄作であった。

これと同じような例が日本にもある。名作『君の名は』を書いた菊田一夫である。

ラジオ放送の時間には、「女湯がガラガラになった」という伝説は、実はク作り話″だと

菊田一夫が『君の名は』を書いた時は、メチャクチャに忙しい時だったという。小説を書

く時間などなかったらしい。

汽車の中で、旅先の旅館で書いたという。その隣室には、必ず出版社の人が待機していて、

原稿ができただけ、それを持って印刷所にかけこんだという。このような状態のなかで名作

が生まれたのである。

菊田一夫は、「三度とこんな苦しい思いをして小説を書きたくない。いつの日か、十分な

時間をかけて、ゆったりした環境のなかで小説を書きたい」と言っていたという。

ところが、この菊田の願望がかなえられるチャンスが訪れた。彼は十分な時間をかけて、『君

の名は』以上の名作を書こうと張りきったに違いない。しかし、その結果は、駄作もいいと

ころであった。その小説の題名は、知っている人さえ少なかったという。

駄作の原因は、ゆったりとした環境だったからである。

ところで、現在、大企業の研究所がたくさんある。その場所は、すべて閑静で落ちついた

ところにある。そのような環境では、研究の結果は知れたものにしかすぎないのではないだ

ろうか。いや、「ロクなものは生まれない」と言いきれる公算が大きいのである。

S社の技術者であるW氏は、私と意気の合う素晴らしい人である。その人の数年間の研究

成果や着想には、ただただ舌を巻くばかりであるが、W氏は、今の研究室の位置が気に入ら

ないのである。それは、三階建ての三階で、会社の中で最も静かなところにある。

W氏は、「一階の最も騒々しいところのド真ん中にテーブルと椅子をおき、そこで研究を

したり討議をしたりするのでなくては、いい着想、いい仕事はできない」というのである。

三十年にもわたる経験と、目を見張るような成果をふまえてのW氏の意見なのである。

販売部門を別会社として独立させる危険

「販売部門を別会社として分離させる」というのは、日本の社長の好んで行うことである。

特に、新事業を行う時、優れた業績をあげている部門などを分離するのが日本人は大好き

らしい。その目的の一つは、別会社として、独立した損益を明らかにするということであり、

あとの目的は、自由に活動させるとか、人材を育てるとか、いろいろあるが、本当にその狙

いどおりになっているのだろうか。

大部分の場合に、その期待は実現せず、そのうちに会社を分離したデメリットとして、わ

ずらわしい様々の問題が発生し、所期の目的を達するどころではなくなってしまう。あげく

の果てが、合併するということになる。むろん、わずかな例外はあるけれど……。

私がお手伝いした会社のなかで、分離した会社のほとんどがもとのサヤにおさまって、 一

件落着となっている。なぜ、こうした結末になってしまうのだろうか。

まず第一は、製造と営業の間で必ず売買(実は振替)が行われるのだが、これは二つの会

社の業績を明みながら、「売買価格をいくらにしたら税金が少なくなるだろう」ということ

を天秤にかけて売買価格を設定しているだけである。

はじめの狙い――それぞれの会社の業績を明らかにすることなどできるはずがない。残る

のは、わずらわしさと、バカらしさだけである。いや、もっと悪いことが起こる。

これは、ある製造業であったことである。業績が悪く、大幅赤字になってしまった。この

ままでは銀行の信用を失ってしまう。そこで社長は、六つある営業所を独立させて販売会社

とし、本社の製品を、本社が黒字になるまで値段を高く設定して、販売会社に売却した。べ

ラ棒な高値で買わされた販売会社は、軒並み大赤字になってしまった。本社と営業所をひっ

くるめて、もうまともな会社ではなくなってしまったのである。この会社の末路は、言う必

要もないであろう。このような会社の末路を、私は他に数社、この日で見ているのである。

次には、二つに分割された会社の間に何が起こるのだろうか。その最大のものは、お客様

の要求が販売会社で止められて、製造会社には伝わらないということである。製造会社は、

お客様をまったく忘れた会社になってしまい、そのためにお客様の信頼を失って、業績は低

下の一途を辿らぎるをえなくなるのである。

そして、三番目の段階では、会社が別になったために、新入社員は別々に入社する。数年

たつと、お互に知合いが少なくなって、かつての会社とは別の会社になってしまう。むろん、

二つの会社の協力関係などなくなってしまう。この段階にくると、さすがの社長もあわてだ

す。そして、両社を合併させるより外はなくなってしまうのである。この会社の内部の融和

をとりもどすために、さらに四年や五年はたってしまうのである。会社の業績など上がるは

ずがないのだ。

もうお分かりであろう。特殊な場合を除き、会社を分離するのは百害あって一利ないので

あるc

安易な温情は仇になる

社長は先の先まで考えて手を打たないと、とんだところに伏兵がいて、ひどい目にあう危

険がある。

ある会社の社長は、温情深い人だった。それが、社宅を建てて、これを古い社員から順に、

安い家賃で住まわせたのである。

ところが、その社員が停年を迎えた時に問題がもちあがってしまった。停年になった社員

には社宅を出てもらわなければならないのだが、永年勤めた社員を、停年だからとすぐに追

いだすことは、社長にはできなかった。すると今度は、社宅が空けば当然安い家賃で入居で

きる資格をもった社員が、その権利をタテに、停年退職者を社宅から立ち退かせてもらいた

いという要求を、社長にぶつけたのである。こうして、この会社では、社宅があるばかりに、

こんな面倒な問題がもちあがってしまったのである。

しかも、この社宅は、社長が社員のために建てたものなのである。

安易な温情は、このような厄介なことを引き起こす危険がある。

だから、入社の条件として、「自分の寝るところくらい自分で見つけなさい」というほう

が正しいと言えよう。

いつまでも、あると思うな親と金

0社は、ある大企業の専属下請で、協力会の会長までしているというクベったり型クであ

る。完全なクオンリーさんクである。

私がお伺いして、いろいろ聞いてみたところ、親企業が安泰な限り大丈夫だという。当り

前である。

今、大文夫だからといって、いつまでも大文夫であるという保証はない。

ノンビリかまえていたら、突如として何が起こるか分からないからだ。その時に、会社が

安泰であるという保証は何もない。

いちばん怖いのは、親企業の方で製造会社と販売会社とが合併することである。

私は、この三社が合併したと聞いて、自分の耳を疑った。というのは、製販合併というの

は、うまくいかないからである。それは、システムの欠陥のためではなくて、人間の側に問

題があるからだ。いままで多くの会社で製販合併を行って、すべてうまくいかず、日本には、

もう製販合併会社などなくなってしまっていた。

同じ人間が行う経営で、その会社だけ製販合併がうまくいくはずがない。それをあえて行っ

たのは、どうしたわけだろうと、当時、私は不思議に思ったのである。

私は、0社長に、

「今度は、あなたの会社と親会社との合併が起こる可能性が多い。その時に、ただでさえ

大変なのに、協力会々長という立場が、さらにあなたの進退をむずかしくすることが考えら

れる。

今から、最悪の事態、親会社との合併にそなえて、手を打っておく必要がある。

最悪の事態とは、あなたの会社が買収され、あなた自身、実質的に会社を追われることだ」

と説明したうえで、

「そのためには、あなたは、親会社とまったく関係のない会社をつくり、いざという場合

に、この会社で生き残ることを考えておくことだ。これが、あなたに対する私のアドバイス

だ」とつけくわえた。

さいわいにも、0社長は私の意見をとりあげてくださった。というよりは、すでに0社長

は危険を感じていたのだが、私の意見で踏ん切りをつけたのであろう。

そして、二年ほどたった時に、現実にこのことが起こった。しかし、新しい会社のために、

0社長は事なきをえたのである。

某社の常務の話

「君たちは、うちが親会社で、君たちが子会社だと思っている。うちとあなた方は、親子

ではない。夫婦だ。

親子なら、どんなドラ息子でも面倒をみなくてはならないが、夫婦だから、気にいらなけ

れば別れる。だから、あなた方の会社の面倒みにも限界があることを知れ(甘えん坊会社は

切るぞということ)。

また、うちの会社だって、いつも順調とは限らない。不調の時は、君たちに十分に仕事を

与えることができない場合もある。その時、いくら泣きついてきても、無い袖は振れない。

だから、君たちは我社ばかり頼らずに、自分で仕事をさがせ。

まず第一の目標は、君たちの会社の食い扶持の四〇%だ。我社の仕事を六〇%やっている

会社は、完全下請として考える」と、某社の常務が話していた。

何と有難いことではないか。こうして独立心を植えつけようと努力しているのだ。

人材待望論の誤り

志気沈滞をどうするか

I社にお伺いしたのは、半年ぶりであった。すでに数年お手伝いをしており、会社は順調、

翌日はゴルフという気楽な出張だった。

ところが、社長は私の出向を心待ちしていたという。さっそく社長のお話を伺った。

社長の心痛というのは、最近、社員の意気が消沈して困っているというのである。

これは、社長自身だけの感想ではなく、外部の人たち― ‐銀行、得意先、顧間、知人など

からも、口を揃えて同じ感想やアドバイスをいただくということである。業績はまったく心

配なし、社員はみな真面目に働いてくれる。志気の沈滞が、会社の沈滞にまでいったら大変

である。

そして、アドバイスや感想を言ってくださる方々の共通の提案は、「社員教育をして志気

を高めなさい」というものであった。社長もそう思うのだが、とにかく一倉さんの意見をき

いてからと、私を待っていたわけである。

私は言下に反対した。社員教育など、いくらやっても効果などまったくないことを知って

いる私である。

私も、I社の社員の意気沈滞ぶりは前から知っていたが、私が口をだすほどのことではな

いので、黙っていたのである。

私は、社長に申し上げた。

「会社がこういう状態になってしまった原因は、四人の管理職にある。普通の会社では、

無能の管理職のために、会社がうまくいかないのだが、あなたの会社は反対に、四人の管理

職が揃いもそろって優秀だ。これが今回の会社の沈滞ムードを起こした原因である(社長は

ビックリしたに相違ない。通説とまったく逆だからである。これを理解するためには、ク心

理学クのご厄介にならなければならない。心理学なくして、この問題の解決はほとんど不可

能であろう。以下、社長に申しあげた私の意見は、心理学に基づくものである)。

四人の管理職がきわめて優秀であるだけではなく、仕事熱心であるために、社長の指令を

アッという間に、それも見事に片づけてしまう。そのために、 一般社員はただ部長のいうこ

とを守ればいいのであって、仕事の方はうまく片づくが、ただし課長、係長の出る幕がまっ

たくないのだ。

だから、あなたの会社の課長、係長は、楽ではあっても、自分で仕事をしたという満足感

は味わうことができないのだ。これが長年続いたら、無気力になるのが当り前である。

人間は、 一つや二つの欠点をもっていたほうが、人間的なのだ。だから、部下に指令を下

すときも、『これはお前の方が俺より上だ。ひとつ頼む』とか、『お前の仕事ぶりには舌をま

く。その伝でこれをやってくれ』と部下を立てるのだ(私はこの手をよく使う)。

ある会社で、販売計画を立てたのだが、その売上げ目標は、社長も私もムリだと思った。

といって目標を下げたら、赤字の危険があるというボロ会社だった。『こんな目標では、営

業部長が受けつけない』という社長を制して、営業部長を呼んでもらった。

営業部長は目標数字を見て、

『こんなムチャクチャな目標なんか、できるはずがありません』とプリプリである。

すかさず私が、

『私も営業部長と同じ意見だが、今、社長と話し合っていたのだが、社長の意見としては、

クやはリムリだが、ウチの営業部長なら、この目標に挑戦する勇気をもっている。そして必

死の努力をしてくれる男だクということだった』と言ったところ、今までの仏頂面がニコッ

として、

『とにかく挑戦してみます』と言って、上機嫌で部屋を出ていった。

私が会社勤めで管理職だったころ、むずかしい仕事があって、適任と思われる部下を呼ん

で指令すると、部下は『私にはとてもできません』と仏頂面をする。間一髪、私の大声がと

ぶ― ‐『バカヤロー、これは難しい。だからこそお前に頼むのだ』とどなりつける。すると、

叱られたにもかかわらずニッコリして、『やってみます』と言う。

四人の管理職に、部下をおだてて使ってもらってもいいわけだが、私は、もっとうまいと

いうより、大切な仕事を四人の管理職にさせたほうがいいと思う。これは、前から一倉が考

えていたことだ。

大切な仕事というのは、あなたの会社のク未来設計クである。とりあえず、社長室という

名をあてるが、将来はク戦略構想室クというようにする。ここに四人を集めて、今、社長が

もっている未来プロジェクトをすすめるのだ。

これこそ、あなたの会社の緊急、最大のプロジェクトである。

四人の抜けた後に行われる昇進と異動は、あなたの会社に新風を吹き込む。そのためには、

階層をかねてから私が主張する文鎮型とする。これは、組織簡素化とともに、社長と社員の

間に一階層しかないという、 一倉に言わせれば最良の組織である」と。

その晩は社長の自宅に泊めていただいて、翌日はゴルフである。今夜は私のところへ電話

はかかってこないので、ゆっくり休める。夕食後、ウイスキーのグラスをなめながらテレビ

を見ていると、すぐ横のテーブルで社長が何やら書いていた。

十時頃、社長は、「一倉さん、こういう機構にしようと思いますが、見てください」と、

差し出したのが〈第39

表〉である。

いかがでしょうか。まさに面目一新である。

その年の十二月二十四日、 一倉会の忘年クリスマスパーティで、I社長ご夫妻にお目にか

かった。約一カ月ぶりである。

目ざとく私を見つけたご夫妻は、私の傍にくるや、いきなりお礼を言われた。

あの、組織改革で会社はまったく変わってしまったという。会社のなかには活気が灌り、

みな、いきいきと楽しげに仕事をするようになり、生まれ変わったようだという。何とも嬉

しい話である。

社員は経営者ではない

M県の農業資材販売会社L社にお伺いした時のことである。

事務室の柱に大きな貼紙がはってあった。

いわく、

一人一人が経営者

私は、こういう言葉はきらいである。このようなことを社員に要求する方が間違っている

からである。だから、こういう社長をいただく会社は、必ず業績不振である。

いったい、社員にいくらの給料を与えているのか、と問いたい― 二人一人が経営者なら、

当然のことではないか。ろくな給料もださずに、経営者の姿勢を要求するとは何事であるか。

こういうのを搾取型社長という。社員にそんな給料を与えていないのなら、給料なみの仕事

以上を望むのは明らかに間違っている。そのくせ、社長自身は、社長の仕事など何もやって

いないのだ。

社長にお目にかかって、「いったい私に何を期待しているのか」をきいてみた。社長の答

えというのは、次のようなことだった。

「事業は人できまります。私が一倉さんにお願いしたいのは、我社の社員の一人一人に他

社の管理職のような実力を身につけさせることです。これが私の悲願です。どうか一倉さん、

よろしくお願いします」

私は言下に答えた。

「社長、私がそんなことをしたら、あなたの会社はつぶれてしまいますよ。私は、あなた

の会社をつぶすために来たのではありません。だから、人材教育をするわけにはいきません」

社長は、キョトンとした顔で、息をのんでいた。

「意味が分かりませんから、もっと分かるように話をしてください」

私は次のように答えた。

「いいですか社長、よく聞いてください。社長の悲願であるらしいが、社員の一人一人に

他社の管理職同様の実力を身につけさせても、待遇は平社員、給料も平社員では、あなたの

会社の社員は、全員他社に移ってしまいます。あなたの会社の社員はいなくなってしまうか

らです」と。

これは、むろん寓話である。しかし、このくらい言わなければ分からないからである。

世の中が不景気になると、偉い人の日から必ずといっていいほどでてくる言葉がク人材育

成クである。つまり、ク人材待望論クである。

ところが、今回のバブルショックでは、この言葉がきかれない。ショックが大きすぎるか

らである。ということは、人材は不景気には必要だが、バブルショックには効かないらしい

……と、また、イヤ味である。

多くの人が「不景気には人材」という場合に、それは必ず社員であって、社長ではないの

だ。この論理の誤りにも気がつかないという困った先生や社長が多すぎるのである。

これを、ひねくれば、「社長どもはみなボンクラで、この不況を突破する力量などない。

それをもっているのが、あなたの会社の人材である。これを登用して、不況突破をさせるべ

きだ」と、こうなるのである。

私が、この貴重な紙面を借りて、こんなことを書くのは、どこへ行っても、いついかなる

時でも、偉い先生方の言うことはク人材待望論´で、こちらは頭にきてしまっているからで

ある。

不景気や経済ショックなどを云々することなどやめて、自らの会社のことを真剣に考え、

冷静に判断していただきたいのである。

一口でいうと、「会社のなかには人材など一人もいないのだ」という認識こそ大切である。

「人材は大切だから、人材教育をしなければならないのだ」と、また、こうくる。まったく困っ

たことである。バカも休み休み言ってもらいたい。

教育の必要性を感ずるような社員は、いくら教育しても人材になる見込などないのだ。

誰も教えてくれない、勉強したくとも勉強の時間もない――そのような不利な環境のなか

で、寸暇をみつけて勉強し、失敗し、実践しながら、自らを高めてゆくのが人材ではないの

か。二宮金次郎の像は、われわれにそう教えているではないか。

古今の偉人、賢人は、みなそうではなかったか。人材など、そうザラにいるものではない

のだ。

そのような人材が会社のなかにいても、やがては会社を去ってゆく。「やめてもらいたく

ない人がやめ、やめてもらいたい人はやめない」…これが大方の会社の現実の姿ではないか。

では、「一体どうしろというのか」ということになる。

ところが、その人材候補者がどこの会社にも一人いる。その一人とは、ク社長その人クで

ある。

いままで私がのべてきたことを、社長に当てはめてみたら、納得がいかれると思う。社長

とは、このような立場にあるのだ。

では、社長はどうしたらよいか……誰も助けてくれない、教えてくれないのだ。ここまで

考えてきたら、社長はクハラクを据えて、死にものぐるいの努力をする以外に方法はないこ

とを肝に銘じなければならないのである。

すると、ここに思いがけないことが起こる。社長の必死な姿、そのクうしろ姿″を見て、

発奮し、懸命になって社長の後を追いかける社員が必ずでてくる。そして、そのような社員

が、優れた人材となってゆくのだ。

つまり、人材というものは、作ろうとして作れるものではない。社長の死にものぐるいの

努力を見て、これを真似しているうちに、自然に人材が生まれてくるのである。

この人材は本物である。文字通り本物である。そして、このような人材こそ、本当に社長

の手足となって働いてくれる信頼すべき人材なのである。

これは、私の頭の中で組み立てたものではない。そのような実物を私は何人も知っている

のだ。

そのような人材を生むには、環境整備がいちばんである。環境整備に、本当に力を入れて

いる会社には、ク環境整備バカクが生まれ、ク掃除気狂い´がでてくるのである。クお客様訪

問バカ´も生まれる。

そこには、第二章でも述べたが、シュリハンドクが「塵を払わん、垢を除かん」という言

葉をくり返しながら掃除をし、ついに誰にも負けないク悟り″を得ることができたのとまっ

たく同じことがいくつもいくつもでてくるのである。

そして、そのようなク気狂いクとクバカクが、立派な会社をつくるのに、意外な推進者と

なっているのである。

ある会社では、社員の出勤が六時、終業十二時で、付近の人からク気狂い部落クといわれ

ている。すごいガンバリ屋の女子社員は、女子の労働時間のリミットなどまったく無視で、

社長がいくら言っても、この無視はやまない。社長は、「やさしく注意すれば、労働基準法

違反などおかまいなし、強く注意しても、帳簿を持って帰るだけである。手がつけられない」

と言っていた。しかし、社長の目は笑っているのである。そして、心配なのは女子社員の健


康なのである。

秘書を正しく使う

社長は、会社のなかで最も忙しい人種である。

その忙しい社長の時間の使い方をみると、社長がやらなくてもよい仕事にたくさんの時間

を使っている。そのために、社長としてやらなくてはならない仕事に当る時間が足りない。「社

長は、大勢の社員を使っているのだから、それらの人々を自由に使えばいい」というわけに

はいかないのである。というのは、多くの人々がいても、それぞれに仕事をもっているから

である。

しかし、業績に最も大きな影響をもつチェックができないようになったら、絶対に秘書を

おく必要がある。

社長のチェックのないところ、会社の正しい運営と発展は期待できないのだ。

チェックがないと、指令の出しっ放し、聞きっ放しという無管理状態が生まれる。これが

恐ろしいのである。

ある会社に私が勤めていた時に、社長は指令を出しっ放しで、チェックなどしたことがな

かった。すると、管理職は誰一人、社長の指令に手をつけなかった。ある日、突然、社長は

狂ったようにチェックを始めた。理由は不明だったが、それ以降、管理職はみな社長の指令

を守るようになった。

チェックを行わなければ、なにも進まなくなってしまうのである。

だからこそ、女性秘書をおいて、チェックに関する責任を負わせるのだ。秘書をおいたら、

社長は仕事の傍でも、十分にチェックができるようになるから、ご安心を。

チェックに女性秘書を使うのは、男性はチェックに不向きだからである。その点、女性は

忠実に自らに与えられた仕事を果たす。

間違ってはいけないのは、秘書にチェックをさせてはいけないということである。これこ

そ厳禁である。

もしも、秘書にチェックをさせると、社員に対する発言力が次第に強くなって、その面か

らの大きな弊害が生まれるからである。

秘書のチェックとは、社長のチェックの補佐なのである。

忙しい社長は、自らのだす計画や指令を直接に担当者に渡しても、そのチェックを必ず忘

れてしまう。そして、指令の出しっ放しという、最も困る事態が起こる。それを防ぐのが秘

書の役割なのである。

社長の指令は、必ずクメモ書きクとする。このメモ書きを秘書に渡す。秘書は社長に、「何

日何日にチェックしますか」と聞いて、チェック日をメモに記入し、さらに指令チェック表

に記入した後で、メモを実施担当者に手渡す。

秘書が記入する指令チェック表は、一般の帳票のように、指令日順に記載するのでなくて、

チェック日別に記入する。

だから、チェック表は、 一頁一日として一ヵ月の日付を記入しておき、社長の指令書に記

入されたチェック日の日付と同じ日付の頁に用件を記入するのである。くれぐれもこの点を

指令チェック表は、指令メモを発行した日付にはまったく関係がない。その名のごとく、

指令書のチェック日を、社長に知らせるためのものである。それには、〈第40

表〉のような

メモ表を作っておき、提出する日を社長に聞いておけばよい。このメモ表は、秘書が社長に

お伺いして実情に合うように修正する。なるべく簡単でよく分かることが大切である。

予定日の一日〜三日前くらいには社長に都合を聞き、これを当事者に報告しておく。前日

にダメ押しをしたければ、この表に基づいて行えばよい。大切なことは、何回かやってみて、

さらによい方法を工夫することである。

次は、秘書の一般業務についての留意点を知っておかなければならない。

まず、秘書は完全に社長一人のみの業務を行い、それ以外はやってはいけないということ

である。

これは、厳重に守られなければならない。

たとえば、社長が出張中は、秘書は社長に命ぜられたこと以外は絶対にやってはいけない。

社長出張中に遊ばせてはもったいないといって、どこかの部門の仕事をさせることもいけな

い。この点を社長はよく知っておかなければならない。

他部門の仕事をさせると、他部門から秘書に対して、「ヒマがあったら、やってくれ」と

ばかりに仕事を頼まれる。これをやると、他部門の仕事のために、本来の秘書業務に支障を

起こす。秘書としたら、他部門の先輩に頼まれたら、イヤとは言えないからだ。これがエス

カレートすると、秘書は過労でダウンしてしまう。

しかも、秘書が他部門の仕事をしたら、どこかで誰かが楽をするだけで、会社全体ではまっ

たく何の意味もないのだ。しかし、このことが分からない社長も、かなりいる。それどころ

か、秘書の仕事のない時は、他部門の仕事を手伝わせるという阿果社長がいるのだ。私がか

つて勤めたある会社の社長がそうだった。

だから、「いかなることがあっても、秘書に仕事を頼んではいけない」ということを文書

にでもして、徹底させる必要がある。

秘書という仕事は、勤務時間がかなり不規則になる。その上、気苦労が多い。たまの社長

不在の時くらい、休暇をとらせたり、のんびり仕事をさせるという心遣いが大切なのだ。秘

書が過労で病気になるようなことをするのは、明らかに社長や管理職の責任である。

では、秘書はどんなことを守らなければならないか。

秘書が社員や役員に対してやることはただ一つ、ク社長の意思の伝達″だけである。これ

を厳重に守らなければならないのである。

かりにも、「秘書は、社長がいないのをいいことにして、勝手なことをしている」という

ような風間を絶対に起こしてはいけない。しかし、残念ながら、このように秘書を中傷する

阿果が多くて困るのである。

ここで一つ、私の親友のある社長の、秘書をもった感想を紹介しておこう。

「一倉さんのすすめで秘書をおき、私が出社したら、チェックのメモ帳を差しださせるこ

とにしました。そして、メモに基づいて、チェックをまず第一に行いましたが、その効果の

絶大なのに驚いています。

いままで遅々として進まなかった様々な施策が、うそのように実施に移され、懸案が次々

に解決してゆくのです。何だか私自身、信じられないほどです。いままでは、言いっ放し、

聞きっ放しが、いかに多かったかがよく分かりました」と、私に語ってくれた。

会社のなかの仕事というものは、本当のところ、チェックなくしては進まないと言っても

過言ではない。

その大切なチェックは、秘書をおかずにはできないということも間違いない。

社長秘書は一人で数十人、数百人分の仕事に相当する効果を発揮するのである。

社員を指導する

指令は文書で

「一倉さん、うちでは私の指令が社員に徹底しなくて困っております。

社長の僕をピッチャーにたとえると、僕の投げた球が返ってきません。たまに返ってきた

と思うと、違う球がかえってくるのです。これでは、いつまでたってもよい会社になれそう

もありません。どうしたらいいでしょう」と、M社長のボヤキである。

社長の指令が徹底しない原因は、口頭だけだというのが私の見解である。だから、要点を

メモ書きして、これを相手に渡すことである。たったこれだけのことが、意外なほど効果が

ある。

メモ用紙は小さいほうがよい。わずかしか書き込みができないために、要件しか書かない

からである。そして、要件だけが最も効果的なのである。

私は、会社に勤めていた時に、係長という役職をもらってすぐに、指令だけのメモ書きが

最も手早く、最も効果的であることに気がついた。

まぎらわしいものだけは、誰にも分かるように書いた。たとえば、「百円の収入印紙百枚」

というメモには、女子社員に買わせるのだが、新米の時には、「郵便切手ではないから注意」

というダメ押し文句を加えるのだ。

このようにしたお陰で、私の指令は実に的確に行われた。ク指令メモクこそ、私は多くの

人に勧めたいのである。こんなに簡単で効果的なものは、メッタにないからである。

最近は、いろいろな事務用小型器が次々に開発されているが、メモ用紙の便利さに勝るも

これには副産物があったと、M社長は私に話してくださった。

「一倉さんのアドバイスで、指令はすべてメモでやるようになってから、いろいろな仕事

を自由にこなせるようになりました。これだけでも素晴らしいことだと思っていたところ、

最近、管理職が私を見習って、部下に指令を出す時にメモを使うようになりました」と。

トステムの潮田社長も一倉党のメンバーで、私のク社長学シリーズクを管理職以上の全員

に読ませている。そして、そのなかから、すでにいくつもの実務上の効果を引きだされて

そのなかの一つとして、この一指令は文書で」から、思わぬ素晴らしい効果が生まれたと

喜んでおられた。

メモを活用することによって、社長と部長との間の打合せや会議が、いままで二回かかっ

ていたところが一回ですむようになり、懸案実施のスピードが非常に早くなったというので

ある。

賃金は現金で渡すのが本当

夏のボーナス時のことである。Y社長のもとに、社員代表として二人、「社長にお願いがあります」と申し出た。

社長の前に出た二人のお願いというのは、次のようなことだった。

「社長、今回のボーナスについて、社員を代表してお願いしたいことがあります。夏のボー

ナスも銀行振込みですか……」と言う。前年から銀行振込みになっていたからだ。

「そうだが、それについて何かあるのか」と聞いたところ、

「わがままを言って申し訳ありませんが、ボーナスだけで結構ですから、現金でいただけ

ないでしょうか」と言うのである。社長は、その理由が分からず、尋ね返したところ、

「銀行振込みになってから、私たちの家庭がわびしくなりました。以前は、給料日というと

家内が私たちのすきな料理をつくり、ビールを冷やして待っていてくれました。

給料袋を差し出すと、おしいただいてから、仏壇にそなえた家内が、子供たちにむかって、

『お父さんがこうやって一生懸命に働いて、私たちを食べさせてくれるのですよ。お父さん

にお礼を申しなさい』と言うと、子供たちは、『お父さんありがとう』と言ってくれる。そ

れを聞いただけで、仕事の疲れなんか吹っ飛んでしまいます。そして、水入らずの楽しい夕

飯です。その楽しみがなくなってしまったのです。

給料は、銀行の通帳に数字が打ちこまれるだけのことで、家内もビールなど忘れてしまっ

ています」

一カ月一度の楽しい夕銅を奪われてしまった社員の頼みだったのだ。

社長は自らを恥じて、ボーナスだけでなく給料も現金支給にしたのは言うまでもない。

ク給料の銀行振込みクー‐何という心ない、そして冷たい仕打ちだろう。

これは、銀行の商業主義のカラカラに乾いた心ない仕打ちである。そして、それを平然と

見送る冷血の有識人と称する人々の無関心、いったいク温かい心づかい″なんてのは、どこ

へ飛び去ってしまったのだろうか。労働組合は、これをどう受けとめているのだろうか。

文明という怪獣が、日ごと、年ごとに人間の心を、生活を荒廃させてゆくという恐ろしい

時代になってしまったのである。

採用画接で、社長は自らのビジョンを語れ

入社試験、そして面接、あれは一体何だろうか。

応募した人々を順に呼びだして、冷たい質問を浴びせかける。応募してきた人々の立場な

どまったく無視しての人物考察ではないか。これほど一方的に応募者の立場を無視するもの

は、世の中に、そう多くはないのだ。

入社試験は、何のためにやるのか。優秀な人物を見つけるためだろうが、その目的など達

することはまったく不可能なのが面接試験である。

相手の立場などまったく考えずに、一方的にあれこれ聞いて、一体どうしようというのか。

応募者といっても、人間なのだ。応募者の心などまったく読めずに、何が試験なのか。聞い

てあきれる。

だから、たとえ合格であっても、あきれかえって入社しない人もいるし、たとえ入社し

ても、入社試験の不愉快さを忘れない人もいる。こういう人が一生懸命に働くわけがない

だろう。

悪回はこのくらいにして、どうしたら優秀な人を採用できるかを考えてみよう。

またしても、心理学の登場である。

応募する人は、冷やかしや偵察は別にして、大部分の人は真剣に職を求めている。

その人たちの最も望むところは、言うまでもなく、立派な会社である。当然のこととして、

「応募する会社はどんな会社なのだろうか」こそが最大の関心事である。その人たちの関心

に応えることこそ最も大切なのだ。つまり、私の口癖であるクお客様第一主義クである。

多くの社長が入社試験をどうしたらよいかと相談にくる。その時、私は次のように答える。

「新入社員の入社試験ではない。応募者から、あなたが試験されていることを忘れないよ

うに。

当然のこととして、社長が応募者全員に対して、自らの信条、経営の基本方針、我社の現

状と将来へのビジョンを分かりやすく語れ。その証拠のク経営計画書クを見せる。

『このなかに、いま話したことが書いてあり、社長はじめ全員がこれに基づいて働いてい

る。

そして、お客様サービスの本拠である本社の事務所、工場、倉庫、食堂、さらにトイレ、

排水溝など、よく見ていただきたい。これらは、今、皆様に話したことの一つの表われです。

これらをよく見て、皆様ご自身でよく考えて、決めていただきたい。あとでお渡しする封

書に書いて、ご返答してください』と説明する」と。

こちらで採用を決めるのではなくて、相手が決めることなのである。

リクルート社で行っている就職者に対する合同説明会でも、必ず社長が出席して、″我社

の姿クを自ら語るべきである。持ち時間が少ないけれども、その後に行われる個別説明会で

は、いつも多くの人が集ってくれるのである。

一倉式経営法は、「お客様の立場に立つ」であり、就職者の採用では、「就職希望者の立場

に立つ」べきである。

方針、指令、規則違反は人前で叱れ

「先生、うちの管理職で、私の指令を何やかやとお茶をにごして、的確に実施しない人間

がいるのですが、どういう叱り方をしたらいいのでしょうか」というM社長の質問である。

「今までどんな叱り方をしていたのですか」と聞いてみると、

「人前で叱ってはいけないということを聞いているので、そうしていますが、どうも私の

気持ちがスッキリしないので……」とおっしゃる。

ここにも、またまたマネジメントの害毒が流されている。

世の中に広く行われている管理職訓練では、「部下を人前で叱ってはいけない」と教えて

いる。そして、その例にでてくるのが清水の次郎長である。次郎長は、子分を絶対に人前で

叱らなかった。そのために子分から慕われたというのだ。

一クソもミソもいっしょ」とは、このことである。ヤクザという組織には、ク鉄の掟クがあ

るのだ。その掟を破った時には、情容赦ない制裁が加えられる。この制裁が、ヤクザの組織

を維持しているのだ。

組織というものは、それがどんなものであれ、組織の機能を発揮し、運営を行うためのクき

まり″がある。

国家にはク憲法″や″法律″、政党にはク党則´、軍隊にはク軍律クがある。学校にはク校

則ク

、会社にはク就業規則ク、様々な団体には必ず″会則クがある。ヤクザにはク掟クがある。

これらが守られなかった場合には、罰則があるのだ。

この罰則がなければ、組織は崩壊してしまう。だから、これらのクルールクは必ず守られ

なければならず、組織人にはこのルールを守る義務と責任があるのだ。

もしも、ルールを守らない人間がいた時には、必ず人前で叱らなければならない

これは、「上司がいったん打ちだしたことは必ず守らせる」という自らの決意を、衆人に

知らせるためである。こうすれば、人々は 「上司の指令を実行しなければ叱られる」と自

らにいいきかせる。

もしも、指令を守らない不心得者を、他人に分からないところへ呼んで叱った場合には、

本人のク面子´は守られるけれども、会社にとっては大きな誤りをおかしたことになるのだ。

それは、どういうわけか。その人が上司の指令とか規定とかを守らないことは、衆人が知っ

ているのだ。それを、衆人の知らないところで叱ったのでは、人々は何と感ずるだろうか。

「社長は、自らだした指令を守らない社員がいても、何にも言わない。本気でやらせる気

はないのだ」と感じてしまう。これでは、示しがつかなくなるのである。

こんなことが長いあいだ続けられたならば、人々は本気で指令や規則を守ろうとしなくな

る。それでは、会社はつぶれてしまう。

だから、「社長の指令を守らなければ人前で叱るぞ」と、平素からハッキリと言っておく

必要があるのだ。

人前で叱ってはいけないのはク個人的なことクなのである。

世に説かれているマネジメントは、右のことをまったく知らず、個人が優先している。そ
れが会社にとって、どんな影響があるか、などはまったく考えていないのである。

大阪空港の野立看板

大阪万博のために、伊丹空港は建て替えられた。

その時、立派な建物の正面に真っ先に看板をたてたのは、松下電器である。夜には照明で

看板が浮きでて、まわりの暗闇に一きわ目立つものだった。

さすが、松下の早わざである。私は、二番目に看板をたてる会社と、その時期を興味の気

持ちで待った。

二番目は、コカ・コーラであった。それは、松下に遅れること、三カ月であった。

二番目以降は、ほとんど一線にならぶ感じで、アッというまに看板で埋められてしまった。

松下の高業績の秘密の一端をここに見つけたのである。立看板一つ― それは、たてるか

どうかの社内相談などまったく不必要なことなのである。

企業戦争の厳しさなど、松下を除いたらまったくないのである。競争なんてことは、日先

だけで、松下以外の会社では、考えてもいないといえよう。

松下では、鶴の一声か、課長の判断なのか、私は知らないが、しかし、見事なスピードで

ある。それに比較して、他の大企業では一体何をしているのだろうかというのが、私の感想

である。

ライバルとの戦いよりも、社内の仕事の手続の方が大切らしいのである。

トラブルなしで人員削減に成功した三社

①総務部の人員を三年で半減

M社にお伺いした時のことである。総務部長代理のS氏は、温厚な紳士であった。

S氏の話によると、三年間で総務部の人員を半減してしまったという。しかも、何のトラ

ブルもなしで実現させたのだ。

S氏は、総務部長代理となった時に、総務部の人員半減――二十人あまりの人員を十人に

することを決意した。その方法を、総務部の全員を集めて説明した。

「我社は、激しい競争に勝ち抜かなければ、つぶれるかも知れません。

そこで、総務部でも、三年の間に人員半減の目標を立てました。といっても、今までと同

じように仕事をすれば、 一人当りが今の三倍の仕事をこなさなければならないことになりま

す。こんな労働強化はゆるされません。

だから、 一人当りの仕事を半分にしなければなりません。皆様の創意と工夫で、仕事を半

分にしてください。どうしてもうまくいかない時には、私に相談をかけてください。 一緒に

なって考えましょう」というものだった。

私がお伺いしたのは、三年目が終った時だったが、「半分の人間でできるようになりました。

その間、私に相談をかけてきた人は一人もおりませんでした」と言う。何という美事であろ

う。創意工夫という人間の智恵は、素晴らしいものだったのである。

②四百五十人の本部人員を五年で四百人に

T電機の社長T氏は、いつの間にか本部人員が四百五十人にも膨張してしまったのを、

四百人にスリム化することを決意した。

これを正式に発表すれば、様々な問題が発生するのは日に見えている。そこで、公式の発

表をせずに行うことを考えた。過去の実績を調べてみると、我社の五年間の自然退職者がちょ

うど五十人だという。

一年で十人減らすには、退職者の人数が多い時は新規採用者も多くし、退職者の人数が少

ない時は新規採用者も少なくする――というようにアジャストすることにきめた。五年たっ

たら、ちゃんと四百人になっていたという。

この間、誰一人として、減員作戦に気がつかなかったという。毎年、退職者も採用人員も

違ったためだろうというのが、社長の意見だった。まさに、自昼の隠密作戦だった。

社員とは、お客様に対して責任を負わない人種である

はじめに申し上げたいのは、このタイトルは社員が無責任だということではないというこ

とである。

それどころか、社員はみな会社のために一生懸命なのだ。それが、結果において、お客様

にご迷惑をかけることがあるという意味である。この点、くれぐれも思い違いされないよう、

お願いする次第である。

第一話

N社は小さなスーパーである。N社長は経営熱心で、お客様サービスに一生懸命だった。

肉のカッティングを自らやり、用途別に多くの種類を作ったり、ポテトサラダを、味も見

た目もよいものにしたり、特に天プラには積極的に取り組んで、おいしい天ぷらをつくり、

お客様に評判になっていた。

ある年の十二月のことだった。天ぷらが突然売れなくなってしまった。いろいろ調べたが、

原因をつかむことができずにいた。ある日、何げなく食品倉庫に入ったところ、大豆の白し

め油の缶があった。天プラにはサラダ油を使っているので、何に使うのか分からなかった。

もしやと思って、天ぷらを揚げているおばちゃんに聞いたところ、おばちゃんいわく、「サ

ラダオイルでは高くて会社がもうからないと思い、大豆油にかえました」と、むしろほこら

しげであった。ただちにサラダオイルに替え、大豆油を使ってはいけないことを厳重におば

ちゃんに注意した。油はもどったが、天ぷらのお客さんが元にもどるのに一年半かかったと

第二話

ある襖工場の話である。襖の横桟の切国がササクレ立っていて、見た目が悪い。それを注

意すると、「ああ、それですか、それはカッターの切れ味が悪くてササクレるのです」と、

職長の返事である。

私は社長に、「カッターが一枚しかないために、研磨にだすヒマがないので、こういうこ

とが起こる。十枚ほど揃えておき、切れないカッターが五枚たまったら研磨にだす。残った

五枚で仕事しているうちに、研磨されたものがもどってくるようにしなさい」と進言した。

世話のやける社長である。

-571-

第二話

ある工場で、プリンターのスプリングがヘタッてしまい、大クレームが発生したことがあ

る。

そのために数千万円の損害をだしてしまったのである。その原因を調べてみたら、次のこ

とが分かった。

設計では、世界一のスウェーデン鋼を指定してあったのだが、ある時、ある商事会社のセー

ルスマンが来て、「スウェーデン鋼に劣らないスプリング用の鋼を我社で開発し、価格はス

ウェーデン鋼よりかなり安価だから」という売り込みがあった。

サンプルをもらってテストしたら、十分に使えるものだと分かったので、設計者は社長の

了解をとらずに、これに替えてしまった。そして、半年後から一斉にクレームがつきだした

のである。ヘタるまでに半年かかるのに、これの性能テストはしたが、寿命のテストは行わ

なかったのである。

第四話

ある料亭で、お客様から、鮒のカンロ煮がドロ臭いというクレームがついた。社長が担当

の者を呼んで事情をきいたところ、

「ああ、あれですか。実は安い鮒があったので、それを使って料理したのですが、ドロ臭

いので、生姜を切り込んで煮なおしたのですが、臭いがとれないのですよ」という返答。

少しも責任を感じていないのだ。自分では、それなりの手を打ったのだから仕方がないと

いう態度であった。

社長が、「そうか、それでは、今、お前が言った言訳をお客様のところへ行ってしてこい」

と言うと、

「社長、それだけは勘弁してください」と、やっと分かったらしい。

自分の行為に責任を感じない人間は、意外に多いのだ。そういう人間かどうかということ

に注意を怠ってはいけない。

ついでに、もう一つ、ある料亭の社長の話をしておく。

「老婆は、絶対に厨房で使ってはいけない。たいがい漬物の盛りつけの仕事だが、だんだ

ん品物が小さくなっていく」という。

さらに、ある老婆を、鍋物のコンロの炭の補充係に使ったところ、お客様から大目玉を食っ

てしまった。

「煮ながら食べるのが鍋物だ。それなのに、お前のところは、仲居が勝手に材料を鍋の中

に入れ、煮えると鍋を下ろしてコンロを持っていってしまう」というクレームである。

その原因は、老婆にコンロの炭の補充をやらせたためである。老婆は、炭がもったいない

からと、仲居さんたちに、「煮上がったら鍋を下ろして、コンロを下げて来なさい」と言う。

老婆の言うことをきかない仲居には、老婆の意地悪いイビリがはじまるのである。

だから、老婆はお客様と直接関係のある仕事には絶対に使ってはいけないのである。

これは、男についても、同じことが言える。特に、環境整備では、いくら社長が「これは

捨てなさい」といっても、社長の言うことならどんなことでも素直にきく人が、老人となる

とまずはダメである。「もったいない」と言って、捨てずにとっておくからである。

社長室は質素に

福井県のN化学の社長は、私が一生忘れない人の一人である。

私がN化学をよく知るようになったのは、もう二十年前の社長ゼミの会場で、専務(現社

長)と親しくなってからである。

ある年、専務より、経営計画の発表会に、記念講演の講師として出講を要請された。

当日(日曜日)の社長のお話に、私は深い感動を覚えた。そこで、本社工場を見学したくなり、

お願いしたところ、「今日は日曜日なので、会社は休みです」と言われたが、せっかくの機

会だし、あとはいつになるか分からないので、強引にお願いしてご了解をいただき、発表会

が終ってから、ある課長さんのご案内で休日の会社を見せていただいた。

正面の門を入ると、右ななめに本社の事務所があった。戦後すぐ建てたらしい木造の平家

だった。事務室は二十坪ほどで、中央部から廊下が直角にでていた。

事務所の什器類は古いものであった。

中央の廊下を入って右側が、湯わかし場とトイレ、左側は社長室だった。

私は社長室に入って室内を一日見ただけで、大きな感動を覚えた。広さは、二間×二間の

四坪。社長の机は古い小さなもので、天板は波打ち、椅子は一般に係長用とされる肘つきで、

肘かけは薄かった。椅子の腰かけは、スプリングの部分だけが飛びでていて、あとはペシャ

ンコ。

社長の机の前には、小型の四人用応接セットがあるだけで、ほかに目ぼしいものはなかっ

た。

冷暖房は、恐らく冬はストーブで、夏は扇風機があるかないか分からなかった。

これが四百人を越える高収益会社の社長室とは、とても思えないものだった。案内役の課

長さんは、「先生、ご覧の通りの社長室です。だから、私たちは、『机が古くなりました。椅

子も古くなりましたから、新品と取り替えてください』と、社長にお願いできないのです。

傷んだら、すべて修理にだします」と説明してくれた。

この質素きわまる社長室は、深く私の頭にやきついて、一生忘れることができないだろう。

次は、本社事務所のななめ後ろの研究室である。鉄筋コンクリート四階建ての近代的で立

派なものである。冷暖房が完備し、エレベーター付きである。本社事務所とは、月とスッポ

ンくらい違う。研究室勤務の社員は、社長よりはるかに立派な建物で仕事をしているのである。

あとは工場と営業事務所、いずれも中に入れないので外から見ただけである。

この見学は、私にとっては大きな感動の連続であった。社長のお人柄を思い浮かべながら、

帰途についたのである。

それから数年後、新社長になって、会社は大きな敷地に移転した。

その新社屋の一室に、旧社屋の社長室を、そっくり移したということを聞いた。私は自分

のことのように嬉しかった。

というのは、新社長の人柄も、前社長と同様に立派だということを、このことが証明して

いると私には感ぜられたからである。

新社長をはじめ、役員の方々も、創業社長の立派な精神を引き継いで、さらに、よりよい

会社に発展してゆくことを私は信ずる。

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