″経営学クと称する学問で、「よくもこれほど間違ったものだ」というくらい
大きく間違っているのが″経営計画クである。
その間違いは、大きく分けて二つある。
第一の間違いはク管理クとク経営クとの違いの分からぬクマネジメントの思
想クである。
何回も繰り返して言うように、マネジメントとは企業の内部に関する理論で
あり、外部― ‐市場に関する理論はほとんどない。
市場は急速に変わってゆくのに、マネジメントの思想は「われ関せず」であ
り、十年一日のごとく変わらない。そこに大きなズレができ、これが企業経営
に大きな害毒を流し続けている。
もう一つの間違いは、トップがお客様のところへ行かないことである。
そのために、お客様の大きな不満に気がつかずにいる。我社の商品がお客様
の要求に合わないことも知らずに、大きな売上げをのがしている。お客様サー
ビスが悪いために、たくさんのお客様を失っていることにも気がつかないので
あるc
私の勧めに義理立てし、お客様のところへ行って、愕然とする社長がほとん
ど全部といってよい。
マーケットの変化に対応しなければ、企業はつぶれてしまう。では、どうや
って対応してゆくか― ‐これは、尋常一様な手段ですむものではない。これを
怠れば、会社はつぶれてしまう(マネジメントの思想は、「会社は絶対につぶ
れない」という誤った思想の上に立っているその証拠として、「会社はつぶれ
るもの」という言葉がないではないか)。
生き残る道はただ一つ、次のことである。
変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりか
える
ことしかないのだ。
そのために必要な考え方は、私のいうク経営三種の神器クーお客様訪間、
環境整備、経営計画書なのである。
お客様訪間、環境整備はすでに述べた。残る一つ――経営計画書について述
べることとする。
経営計画書は、最後の総まとめであると同時に、出発点でもある。
大変な作業ではあるが、だからといって誰かに任せるというわけにはいかな
我社のこと、事業のことを一番よく知っている社長以外には、経営計画書を
作れる人はいないのである。
目標は、社長自身をかえる
U工業にお伺いした時のことである。
経営熱心のU社長は、自ら先頭に立って必死の努力をしていたが、業績はかんばしくなかっ
た。それは、 一貫した方針がなく、思いつきと手さぐりの経営だったからである。
私は社長に進言した。
「事業経営というものは、明確な方針と目標がなければダメだ。社長に、今、必要なことは、
自らの事業をよく分析し、会社の方向づけをすることである。それをやれば、必ず道は開け
てくる」と。
私の言に、社長は思い当ることがあった。
さっそく、私が勧めたク経営計画″を立てたいと言う。これがU社を救うたのである。
翌年度の利益計画で、U社長はいきなり「経常利益目標を一億円にしたい」と言うのであ
る。赤字にならないという業績しかあげられない会社が、何とも凄まじいことである。
私は、これを批判することをしなかった。「そんなムチャなことを言ってもダメですよ」
というよりは、燃えあがった社長の意欲を、うまく誘導する方が効果的である。
私は、「社長、 一億円の経常利益をだすことが、どれだけむずかしいことかは、過去の経
験から分かっていますね。その難事に、あえて挑戦するからには、社長として不退転の決意
があるはずである。どんな苦しいことにも耐えなければダメですよ。私のお手伝いも、遠慮
は一切抜きにして、ハッパをかけますよ」と励ました。
私も必死だった。私が社長に最もウルサク言ったことは、「社長はお客様のところに行か
なければダメだ」ということである。
社長自らお客様のところへ出かけて、市場の変化と、お客様の要求を、自分の日でたしか
め、自分の耳で聞かなければならない。
社長がこれをやらないから、ひとりよがりでトンチンカンなことばかりやるようになって
しまうのである。
社長の怠慢の最大なものの一つは、社長がお客様のところに出かけないことである。
しかし、多くの社長は、これをやらない。何をやっているかというと、社員にハッパをか
けることである。
ここに、マネジメント思想の大罪悪がある。社員の方にばかり目を向けて、市場の動向に
は無頓着、お客様の声を聞く耳などもっていない。これでは、正しい経営などできるはずが
同様の例を紹介しておこう。
T社長は、私に会うまでは内部管理一本槍、そして大赤字。私とつき合って、お客様のと
ころへ行くようになって黒字転換。自らの時間のほとんどをお客様回りに費している。
T社長いわく、
「昨日は、どうしてもノッピキならぬ事情でお客様回りをやれなかったのですが、何か貴
重な情報を聞きもらしたような気がして、心が落ちつきませんでしたよ」と。
もう一人、P社長いわく、
「昨日まで、三日連続社内にいましたが、気がついてみると、私の目は社員の方にばかり
向くようになっていて、ゾッとしましたよ。今日は一倉さんとの相談だからいたし方ありま
が、明日からは脇目もふらずにお客様回りをします」と。
高収益、まったくの不景気知らずのP社である。
話をU社に戻そう。
U社長がお客様回りをするようになってから、社業は確実に上昇しだした。
経営計画第一年度の経常利益は三千万円だった。達成率三〇%である。しかし、絶対額は
会社はじまって以来の高収益だった。
U社の常識的な経常利益は、せいぜい一千万円である。もしも、この常識にしたがってい
たならば、 一千万円の達成さえむずかしかったろう。 一千万円の目標ならば、それだけの手
しか打たれていないからである。
それを、気ちがいみたいな一億円という目標だからこそ、社長の気構えもまったく違った
し、私のハッパも気合が入ったのである。
ク棒ほど願って針とやら″― 達成率などどうでもよいのだ。大切なのは、達成された絶
対額なのである。
ここのところである。世の中にはク達成率病クが充満している。達成率をよくするために、
日標から実績がはなれてくると、実績に合わせて目標を修正するというようなことをする。
そして、それが誤った考え方だとは気がつかないのだから、夕おめでたいクではないか。
U社の翌々年度の経常利益目標は、八千万円だった。ところが、ところが、これを見事に
達成してしまったのである。前年度に、必死になって打った手が効果を現わしてきたのであ
る。二年続けての大躍進である。
U社の体質はまったく変わってしまった。経営計画第一年度の一億円のごときは、高い目
標というよりは、むしろムチャともいえるものであったが、これが社長自身の考え方を大き
く変えたからである。ここに、日標のもつ不思議な力がある。目標こそ人間を意欲的にする
のだc
経営計画三年度の経常利益目標は、何と二億円だった。前年十月来の不況の真只中だとい
うのに、である。
しかし、いくら体質が変わったからといって、客観情勢にはかなわない。不況で、実績は
目標よりはるかに下まわったが、それでも経常利益六千万円をあげたのである。
そして、不況のなかで、社長はますます意欲を燃やして、次々と革新策を打ちだしていっ
たのである。
目標とは、このように不思議な力をもっている。特に経営計画の場合には、単なる目標だ
けでなく、その目標をどうやって達成するかを考えぬかなければならない仕組みになってい
るからである。
経営計画がない場合には、先ゆきどうなるか分からないために、社長自身、将来に対する
まったくつかみどころのない不安と迷いに襲われる。
それが、いったん目標が設定されると、そのような不安や迷いは消えてしまう。そのか
わり、思ってもみなかった事態の重大さがハッキリしてくる。それと同時に、何をどうし
なければならないか、何が最も困難か、というようなことが、具体的な数字としてあらわ
れてくる。
果然、危機感が強まり、闘志がわいてくる。同時に、「何が何でもやりぬくぞ」という決
意が生まれるのである。
もはや、わけの分からぬ不安や悩みなどにとらわれて、「困った、困った」などと言って
いるヒマなどなくなる。社長の頭はフル回転である。これが、社長の考え方と行動を変えて
しまうのである。
我社の未来像を持て
事業経営には、魂が必要である。言い換えると、ク経営理念″である。
これは、社長自身の人生観、宗教観、使命感にもとづくものである。
このような精神的なものは、極度に単純なものになる場合が多い。つまり、昇華である。
アイディア(株)の山中社長は、ク装道″といっている。業種が女性の和装関係なので、茶道、
華道と同じように、「装いにも道がある」という考え方である。
クラエーの倉橋社長は、「泥の中にも蓮の花」と言う。自ら蓮の花のごとくク清く美しく″
という念願と、我社の商品――綿のニットの生地を最高の美しさにするという念願(これは、
見事としかいいようのないものとして実現した)、この両方の意味に私は解釈している。
右の理念をふまえて、自らの会社をどうするか、ということになる。それには重要なこと
が三つある。
まず第一には、「どのような事業を行うか」である。
第二には、「事業の内容は、どうでなければならないか」ということで、当然のこととして、
永遠に存続するものでなければならない。
そして、第二には、「社員の第二の人生を全うさせる」ということであろう。
この二つが核となって、これを実現するための方策が繰り返し検討され、経営計画書によっ
て具体的に示される― ということになるのである。
具体化は、社長一人で行うべきで、世にいう「社員を参画させる」ことなど、もっての外
である。社員は、経営のことなど何も知らないのだ。いらぎる混乱を起こすだけである。も
しも、参画させるだけの実力が社員にあるならば、なぜ役員に抜擢しないのか。世のマネジ
メント思想は、ク管理クの思想であって、これを経営にもってきてはいけないのである。
会社の未来像は、我社のあるべき姿として、社長の頭の中で繰り返し繰り返し検討され、
次第に姿を整え、さらに成長してゆかなければならない。
そして、これが経営計画書によって、順次に実現してゆくのである。
日標設定は社長以外の誰の役割でもない
ただ一つの目標ではダメ
目標は、事業の経営に必要な様々な活動について設定されなければならない。その主なも
のとして、
① 市場の地位
② 利益
③ 革新
餡 生産性
⑥ 人的資源
∝ 物的資源
0 資金
③ 社員の処遇
があげられるであろう。
市場の地位
市場の占有率または地位こそ、企業存続の可否をきめてしまうものである。
市場の地位をつかむためのものとしては、クランチェスターグラフ″が最も簡便で、しか
も分かりやすい。
ランチェスターグラフとは、市場戦略で使われるグラフで、縦軸に年商額、横軸に年度を
とり、ライバル会社、特にマークする必要のある数社の年商高を、一つのグラフに書き込ん
だものである(詳しくは、第七章の四五九頁以下を参照)。
四六一頁のランチェスターグラフを見ると、「売上高の高い会社と低い会社は、次第にそ
の格差を大きくしていく」ことが実によく分かる。
何がどうなつていようと、占有率を高めないと、生き残れないということである。
これが冷厳な市場原理なのである。
だから、売上げ目標も占有率が高くなる目標でなければ意味がないのだ。
では、どうしても占有率が高くなる目標を設定できないとしたならば、どうしたらよいか、
ということになる。
これについては、拙著ク一倉定の社長学ク(日本経営合理化協会刊)の『市場戦略・市場戦争』
を参照されたい。
利益の目標
会社は、どんなことがあっても絶対につぶしてはならない。それが社会的責任である。
その社会的責任とは、 一つは「社会に富を貢献する」ということであり、もう一つは「社
員の生活を保障する」ということである。
しかし、これは容易なことではない。様々な危険が、あとからあとから押しよせるからで
ある。これらの危険を、次々と乗り越えてゆくためには、利益が必要である。したがって、「利
益とは事業を存続させるための費用である」ということになってしまう。
こう考えてくると、「最小限いくらの利益が必要か」ということになる。
「事業とは、利益が最大になるように行動すること」という経済学の理論は、あくまでも
経済学のものであって、経営学の理論ではない。
というのは、「企業があげられる最大限利益は、企業が必要とする最小限利益より少ない」
というのが現実だからである。
では、「その最小限利益とはいくらか」ということになるが、これの計算式などは、学者
に任せて、我々実務家は実際的な考え方をするのだ。その一例として、 一倉式の考え方は、
「三年間売上げが横這いでも、三年目で赤字転落しない額」
というものである。
つまり、
「三年間を考えて、その第一年目の経常利益で、二年目と三年目の人件費と経費と物価
上昇分を賄える額×安全係数」
ということになる。
安全係数は、あなたがきめればよい。
革新の目標
革新とは、経済的成果を高めることを狙いとした、企業の構造的変革のことである。
「何をやるか」「何をやめるか」であって、「どのようにするか」というノウハウではない。
E社では、小型歯車の規格化を行い、三年かけて軌道にのせ、五年で広く業界に広め、業
界に大きな貢献をした。
Yレストランの革新は、ク味クであった。二年目から売上げが増大した。
I社は建材問屋であったが、その革新は得意先のスクラップ・アンド・ビルドであった。
対小企業は小さな問屋にまかせ、得意先として地方の有力建設業者を中心とし、大手建設業
者をこれに組み合わせてゆくというものであった。
家具錠前のL社は、建築錠前に進出し、盲点であったインテリア錠前で成功をおさめた。
N工業は、自動車部品から事務用品へと完全に業種転換を行った。
革新のネタは無限にある。特に専門誌、業界誌、展示会などを見れば、いくらでも革新の
可能性はあるのだ。
下請加工や過当競争業界で苦しむなんてのは、まったくいただけない。機会はどこにでも、
いつでもある。十年来同じ事業や製品を扱っているなんてのは、よく考え直す必要がある。
生産性の目標
生産性とは、「成果に対する費用割合」である。算式にすると、次のようになる。
キ竹ヽ革‐ 泌湘(ヽ) プゝ´ヽ7)①…=辮謙い○料掛
ド語再―扁¨副「‐引〕「“ⅥⅧ「d‐引「判‐湖中判J引¨判「酬¨酬「副¨甜『網呻馴“調「‐‐
この算式からいえることは、分数だから、「分母を小さくすること」と「分子を大きくすること」
によって、生産性が増大する。
分母を小さくするには、活動の密度を高める。つまり効率を高める、費用を節減するとい
う内部活動の効率化をはかればよろしい。しかし、考えてみると、こういう活動は、会社創
立以来毎年行っているだけに、そうそう容易に効率化はできない。そして、ある限度を越え
ることは不可能である。ということで、その効力はわずかしかないのが現実である。
これに対して、分子を大きくするには、事業構造の変革を行うことであり、これは無限大
である。
事業構造の変革こそ社長の役割である。そして、分母を小さくすることも大切だから、こ
れは社員の役割として推進するようにする。
事業構造の変革は、社長の市場活動を活発化することによって実現する。
つまり、機会開発である。機会開発というのは、潜在する可能性を見つけだして実現する
ことなのである。
人的資源の開発
企業の利用できる資源は四つある。人、物、資金、時間の四つである。
このうち、ク一ク のものを″一ク以上に利用できるのは、人的資源である。人的資源こそ
無限の可能性を秘めている資源である。
この資源を開発する道は、ある人をある活動の責任者に任命すること、これである。
人的資源の開発に成功した多くの社長は、自らが自らの能力を最大限に活用するだけでな
く、社員の資質を発見し、その人に重荷を負わせて、本人の伸びる道をつくることが上手な
のである。つまり、″人使いがうまいクのである。
物的資源への対応
物的資源は、 一つは原材料であり、もう一つは固定資産である。
資源不足時代にいかに対処するかという命題は、長期的にみて最も大きなことである。こ
の資源不足によって、時代はどう変わっていくのだろうか。
大きくは省エネルギー、省資源にはじまり、資源開発、資源回収技術の重要度が高まって
いく。資源不足であるから、好むと好まざるとにかかわらず、統制経済色が強まっていくこ
とは避けられないのである。当然のこととして、資源の価格は確実に高くなり、資源インフ
レが果てしなく続く。
人間の力では、まだこの資源インフレを止めることはできない。資源インフレは確実に進
むだけではなく、何かのきっかけによって猛烈に燃え上がる。
このような時代に、社長にとっては、生きるために″我社で必要な資源クをどのようにし
て確保していくかということこそ大問題である。
企業は永久に生き続けなければならないのであるから、ク我社の事業″そのものを根底か
ら洗い直し、二十〜二十年後の我社の生きる道を探さなければならないのである。そして、
その中心は、いつもク資源クにあるのだ。
中期的……五年〜十年では、資源確保のための夕実績づくリクが必要である。
短期的…… 一年〜五年では、資源不足それ自体は、あまり問題にならない。この期間に、
社長のやらなければならないことは、長期的に我社の事業をどうするかということと、中期
的な対策としての″実績づくリクをすることである。
実績づくりの具体的な方策としては、三社購買から一社購買に切り替えた方がよいかもし
れない。
とにかく、資源不足は、徐々にではあるが確実に進む。そのために、これに気がつかず、
気がついた時にはどうにもならなくなっていた、というようなことがあってはならないので
ある。
資金への対応
事業の経営に必要な資金を、どのように調達するか、ということである。
事業経営では、普通、利益から生まれる内部留保金と減価償却と引当金の一部という資本
蓄積だけでは、増大する資金需要を賄いきれるものではない。
どうしても、外部からの資金導入を必要とする。外部からの資金導入は、増資と長期借入
金である。
まず、増資である。これは、最も望ましいことではある。しかし、その前提として、利益
をあげなければならない。利益があがらなければ、増資はできない。株主が承知しないから
である。
増資を円滑に行うには、三割配当が望ましい。最低でも、 一割三分程度は必要であろう。
ところで、どの程度の払込資本金が必要であろうか―― 一応の基準としては、メlヵlで
は月商と同額程度、流通業者では月商の三分の一くらいである。
しかし、オーナー社長にとっては、現実に大変な額になる。
そのために外部の協力が必要となる。金融機関や取引関係だけでなく、株の公開というこ
とになってくる。
さらに別の問題として相続税がある。
税務署のク株の評価クは、その会社の純資産を株数で割ったものを基準とする。過少資本
であると、 一株当りの評価額が額面の何倍にもとび上がる。
株主は、長年の間、ごくわずかな配当金しかもらわないのに、相続税はガッポリとられる。
大切な株主に、このような迷惑をかけ、「恩を仇で返す」ことになる。税制の見直しを望む
声が大きいのは、当然のように思われるのである。
次は長期借入金である。運転資金は短期借入金に依存し、設備資金は長期借入金で賄うの
が常識的である。たとえ自己資金で賄うことができてもである。
資金が余ったら、その分、支払手形や割引手形を減らすのである。これが資金繰りの安全
度を増すことになるからである。
もう一つ重要な問題が残っている。資金運用計画である。
これを作成できる人はきわめて少ない。資金運用計画については、これを解説した文献は
無いわけではないが、いずれもタッタ一貢か二頁である。それも、資金運用計画を作ったこ
とのない人の筆になるもので、まったく使いものにならないのである。
本当に役に立つ資金運用計画については、後述させていただくつもりである(第六章参照)。
社員の処遇
社員の処遇で、 一番先に決めなければならないのは、ク賃金水準クである。これについて
の一般的な考え方では、同地区のクモデル賃金クを物差しにするのがよい。私は、「同地区
のモデル賃金の一〇%高を狙う」ということを提唱している。
賃金は、世間相場より低いのは論外として、高ければよいというものではないことも知ら
なければならない。高すぎると、弊害がでるのである。会社というものは、玉石混活の人間
集団である。石だ瓦だといって、それらを見捨てないで、うまくリードするのも大切なこと
である。賃金が高すぎると、この石や瓦に問題が起きる。勤労意欲が衰えたり、欠勤が多く
なったり、酒やギャンブルに溺れてしまうということになっては、かえって本人のためにな
らないのである。私の考えている適正基準が「同地区のモデル賃金の一〇%高」となるのは、
まさにこのような理由によるのだ。
賃金の次には、ク勤務″である。この主なものは、労働時間である。完全週休二日制や年
間一八〇〇時間制を「いつまでに実現する」というようなことを、日標として設定する。
ある社長が、「完全週休二日制移行のスケジュールを発表したら、現在、同地区の大会社
より休日が少ないために不満があったものが、ピタリとやみましたよ」と、私に語ってくれ
た。人間とは、こういうものである。将来の楽しみがハッキリしていれば、現在の少しのと
ころは我慢するものだ。
二番目には、ク福利厚生クである。これは、いくらやっても際限がないということを、心
得ていなければならない。枝葉末節の小手先のテクニックなどは、時間と金のムダだけでは
なく、社員の我が儘を助長させるのがオチなのである。
福利厚生は、いうまでもなく、本当の意味で社員の幸福を増進するものでなくてはならな
い。その本旨にそって行われるべきものなのである。
そのためには、枝葉末節のテクニックではなく、もっと次元の高いものでなくてはならな
い。持ち家制度などが、その好例である。
私に言わせれば、福利厚生は最小限にとどめ、事業経営に精魂を傾けるべきである。そし
て、在職中の社員の福利厚生などより、定年退職後のク第二の人生クについて配慮すること
こそ本当である。このような会社こそ、社員にとって最も幸福で、最も大きな望みだからだ。
経営計画実習ゼミは人々の心に奇跡を起こす
沖縄のムーンビーチホテルで毎年二回、経営計画実習ゼミを、もう二十回以上行っている。
私が経営計画実習ゼミを始めてからでは、通算四十回を越える。参加者の延人数は二千人を
突破する。
この間、様々な体験をさせてもらったが、最大の驚きは、社長の心に奇跡を起こすという
ことである。
私のセミナーは、はじめて経営計画を作る社長さんたちを、新入生と称している。もう一
つのグループは卒業生と称して、すでに私のセミナーで経営計画書が作ってある人たちであ
る。新入生の、まず第一のショックは、第一日目のク利益計画の作成クである。
一倉式では、「社長が手に入れたい利益」を設定して、そこから売上高を逆算するという
方法をとっているからだ。これは、今まで考えたこともなかったことである。ここで、まず
ショックを受ける。自分の欲しい利益をあげるためには、考えてもみなかったク大きな売上
高クが必要だということが分かってくるからである。
この第一のショックが、新入生の自習となって、毎晩セミナー室に十一時、十二時まで残っ
て頑張る人が何人もいる。
お互に、「あいつが自習をやめないうちは、こちらもやめない」という張り合いが、自習
者をエスカレートさせる。
卒業生の部屋に大挙して押しかけて、先輩の体験談を聞いたり、質問したりするという強
心臓の人もでてくる。そして、先輩と自分たちのク落差クの大きさや、あまりにも違うレベ
ルに驚く。
さらに、先輩は自分の「経営計画書」を平然として見せてくれるし、説明もしてくれる。
これも新入生にとっては大きな驚きである。
まだある。卒業生の体験談の発表である。
「実習を効果的にする時間のすごし方」「環境整備のやり方」「経営計画書をこのように利
用している」というような話だが、新入生にとっては、その一つ一つが驚異に聞こえるので
ある。これもショックである。
このへんから、新入生の頭脳はフルスピードで回転をはじめる。今まで甘い考え方をして
いたことを反省させられるからである。
さらに、売上高や粗利益の変動で、経常利益がどう変わるかが分かってくる。
ある時の実習で、はじめて参加された社長が、貧乏ゆすりを始めた。理由をきいてみる
一今まで考えてもみなかった素晴らしいク案″を思いついた。今日はこれから会社へ帰って、
至急に手を打たなければならない」と言うのである。それが原因の貧乏ゆすりだったのであ
るc
私は、
「まことに結構なことですね。しかし、今日、帰るのはやめなさい。このセミナーでは、
まだまだ沢山のアイディアが生まれるようなことが起こりますよ。いままで十年も二十年も、
何も手を打たずにいたのだから、このセミナーが終るまで一週間くらい遅れても心配ありま
せんよ」と教えてあげた。社長も、「それもそうですね」と言って、帰るのをあきらめた。
この社長は、「これを契機としてまったく変わってしまった」と、ご自分でおっしやった。
会社はみるみる活気が溢れだし、順調以上の成長を始めたのである。
私は、新入生に対して、次のように言ってあげる。
「社長というものは孤独である。これは、社長にとって大きなマイナスである。むずかし
い事態にぶつかった時に、頼りになる相談相手がいないからだ。
さいわいに、このセミナーは社長さんだけであり、しかも異業種の人々が多く、その地域
もまちまちだ。しかも、縁あって一つ釜のメシを一週間も食べる。この間に新入生、卒業生
を問わず、親しい人を一人でも多くつくってもらいたい。卒業生は、すべて皆様方と同じ道
を経て来た人たちであり、非常に親切な人たちばかりだ。しかも、同期の人たちと親睦会を
つくっており、すべてク○倉会″と称して、すでに二十組もある。まったくオープンな会で
ある。
これらの人々は、みな一倉思想――お客様第一の信奉者だ。その交流は活発であり、呑友
達でもある。経営計画の発表会には、お互に招待したり、されたりしている。九州の会社の
社長が、北海道の会社に招待されるほどである。『いざ』という時には、駆けつけてでも相
談にのってくれる相談役なのである」と。
初めて私の実習ゼミに出席した新入生と称される人たちも、次回からは卒業生として実習
ゼミに出席される。
たった半年か一年前には迷い悩んでいた人たちが、今はそんなものは吹き飛ばして、立派
に成長された姿を私の前に現わしてくださるのだ。
嬉しさとともに、その成長ぶりは目を見張るほどであると痛切に感ずるのである。
なぜ、たった半年や一年で、こんなにも変わってしまうのだろう。その答えは、きわめて
–
簡単である。それは、ク経営計画書クのお陰であるというのが、私の決論である。
そのことを、卒業生自身が私に語ってくださることもある―― 「我社の成長は、経営計画
書のお陰です」と。
ところで、役員や管理職の方々は、経営計画書をどのように評価しているだろうか。
K社は、千人ほどの金属加工業である。経営計画書は、もう十年以上前から使われている。
K社長は、お客様回りに非常に熱心である。
経営計画書の趣旨がよく徹底しているために、社長は安心して社外活動を行うことができ
る。社長は外から時々電話してみるが、いつも「異常ありません」という返事ばかりである。
それでも、たまには会社に行かなくては…と思って会社に出勤したところ、役員連中は迷
惑顔で、
「社長がいなくともまったく心配ないから、あまり会社に来ないでもらいたい。ただ経営
計画書だけは書いてください。あとは、外国にでも遊びに行っていてください」と言うので
あるc
社長は、
「僕はもう会社にとってはいらない人間になってしまった」と、笑っていた。
0社は燃料販売業である。社長はお得意様のところばかり回っている。業績は順調である。
社長がたまに会社に行くと、
「社長がいると邪魔だから、トットと消えてください。私たちに必要なのは、社長の書い
た経営計画書だけです」と追い出されてしまうという。
S社は、広告宣伝用品の販売業である。ある時、経営計画書を一部変更のために、計画書
を一時回収しようとしたところ、社員から、
「いく曰くらいかかりますか」という質問である。
「二週間ほどかかる」と言うと、
「それでは、その間に必要な事項のメモをとるから、その時間だけ回収を遅らせてください」
と、社員が言う。
社員にとっては、計画書というものは、このように、なくてはならないものなのである。
それは、社長自身が書いたものだからである。
これほど社員というものは経営計画書を必要としているのである。
似て非なる経営計画書
S社は、日本屈指の造船会社で、タンカー専門であった。
当時の日本の造船業界は、韓国の造船業界の追い上げで一つの転機にさしかかっていた。
当時の韓国は工業の大勃興期で、なかでもタンカーは急成長していた。日本は先進国とし
て世界一のタンカー王国であったが、新興の韓国のタンカー業界は、その低船価によって、
日本のタンカー業界を追い上げていた。このままいけば、五年後か十年後には韓国に追い越
されてしまうかもしれなかった。
日本の各タンカーメーカーは、これにそなえて業種の多角化に一斉に乗りだしていた。
このような状況のなかで、S社は、どうすべきか、というのが課題であった。
新規事業への進出といっても、造船という重工業では、他のタンカーメーカーと同様に、
鉄骨、橋梁、工作機械、プラント建設というような業種が主になってくるのである。
私はS社の社長室に、まずは挨拶に伺った。
私の目に入ったのは、作業衣をきた社長だった。これを見た私は、さっそく社長に苦言を
呈さなければならなかった。
「社長、作業衣をきているとは何事ですか。これは、社長の関心が工場に向いている証拠
です。社長が工場長になってしまったら、誰が社長の職務を行うのですか。社長不在の会社
で、この厳しい事態をどう乗り切ろうというのですか。
社長の職務を行うのなら、なぜ背広を着ていないのです。事業とはク市場活動″である。
社長の最大の関心は、市場の動向であり、このような状況のなかで、『我社が生きのびる道
はどこにあるのか』でなければならない。
その心構えがあれば、当然、背広姿である。作業衣を着て、外部、いや世界中を飛び回る
ことができますか。
『社長の関心は、市場にある。そして、市場から我社の生き残る道をみつけだすのだ』と
いう決意を社員に示すために、私は社長に 『背広を着ていろ』と言っているのです。
この社長の立場を、役員、管理職に、よく説明して、『だから、工場のことは君たちに任せる』
ということを納得させなくてはならないのだ」と。
S社は、社長が内部を向いているというクエ場″であって、″会社クではなかったので
ある。
この社長のク内部指向´ほど企業にとって危険なものはない。これでは、外部情勢の変化
に対応することなどできるはずがない。
翌日は、造船所視察で、私も同行した。
昼すぎに造船所に着いたところ、総務部長が、「部課長を百名あまり集めてあるから、何
か″話クをしていただきたい」と言う。
こちらは、そんなことは寝耳に水で、何も用意していないからと辞退したが、総務部長か
ら連絡不十分の詫を入れられた。断わったのでは総務部長の顔がつぶれてしまうので、やむ
をえずに引き受けたが、その交換条件として、今期の会社全体の売上げ目標と目標経常利益、
それに各事業部の売上げ目標と部門利益目標だけでいいから知らせてほしいと申し入れて、
了解してもらった。そのコピーは用済み後に総務部長にお返しすることとした。
いよいよセミナー開始である。私は各人にレポート用紙を配布してもらい、「これから皆
様に答えていただきたい数字を書いてください。ただし、部課名だけで氏名は書かなくてよ
い。それを、 一倉がこの場で見せていただき、すぐにお返しします」と約束をした上で、次
の数字を書いていただいた。
1)
る
今期の全社の売上げ目標と経常利益目標
各人の所属する事業部の今期の売上げ目標と部門利益目標
書き終えたレポート用紙を集めてもらい、これと、さきに総務部長から書いていただいた
目標と照合してみた。
その結果は、どちらも正解は一割とちょっとで、部門目標がやや正解が多かった。
私は、その結果を発表して、「皆様には、いろいろ言いたいことがあるだろうが、部課長
として反省していただきたい」と、はなはだ冴えない挨拶ですませた。というのは、部課長
の言い分がわかっているからである。そして、これは、以下の通り、心理学の問題なのである。
私は、社長のいる役員室に帰り、部課長に対する試験めいたことをやったのを報告し、部
課長がなぜ自らに与えられた目標数字を知ろうとしなかったかを説明した。
S社の経営計画書は、企画室でク主査″級の社員が立案し、室長である経理部長(役員)
がこれに目を通して若干の修正をした後に、社長出席のもとに役員会を開き、そこでこれを
検討し、最後に社長の承認を得ることになっている。
部課長が納得しないのは、この計画書作成法にある(多くの会社で、これと同様なことを
やっている)。どこが納得できないのだろうか。
それは、計画書の草案をつくるのは主査級であるからだ。部課長よりも二十年も二十年も
後輩の若僧がつくった草案が、企画室長― 役員会と形だけの検討ですまされてしまう。企
画室長や役員の検討が加えられるとはいえ、いきなり草案を検討しろといっても、枝葉末節
のわずかな修正だけで通ってしまう。根幹は主査が作ったものなのである。いくら社長の承
認があるといっても、これの実質は主査の手になっているのだ。
自分たちより二十歳も二十歳も後輩の作ったものを、「ハイ、カシコマリマシタ」とは、
誇りにかけても言えないのだ。だから、誰も計画書などに本気で取り組まないのだ。これが
部課長の心理である。
もしも、社長や役員に突っ込まれても、こんなものの言訳など朝飯前である。何も中味な
どのない計画書だからだ。
このことを社長に申しあげて、「部課長が計画などに真剣に取り組むはずがない。これで
は、会社の業績が上がるはずもない。このようなことが長年の間行われていることについて
は、すべて社長が全責任を負うべきである」と、つけ加えた。
いな、「全責任を負うべきだ」なんて呑気なことを考えている間に、会社がつぶれてしま
うかもしれないではないか。
「とにもかくにも、社長は経営計画を自らの意志と責任において作成しなければならない。
それが、会社の最高責任者である社長の第一にやらなければならないことではないか。
経営計画書とは、会社が生き残る条件を明らかにし、同時に会社の進むべき道を示すク道
しるベクである。もし、社長がその気なら、不肖一倉がお手伝いをするから」と、口をスッ
パクして説いたが反応はなかった。
翌日、社長は午前中は工場の幹部との会議、午後は職長との懇談会だという。
私はジリジリしながら、社長が懇談会を終って戻ってくるのを待った。
夕刻近くに戻ってきた社長に対して、またしても諌言である。
「社長は、いったい何を考えているのだ。あなたの会社が、いまどんな立場に立っている
のか分かっていない。タンカー業界は、現在、韓国に押されて、このまま進めば、あなたの
会社もつぶれてしまう。
だからこそ、四つの新規事業を新たに加えて、この新事業によってピンチを乗り越えよう
としている。そこで、社長が職長の懇談会に出席している間に、私は四人の新事業の責任者
に会って状況を聞いてきたが、どの事業部長も、社長が明確な事業方針と目標を示してくれ
ないので困っている。
あなたの今やらなくてはならないことは、造船所の視察ではない。新規事業に関する市場
の状況把握と新規顧客訪間に、身体がいくつあっても足りないはずである。私は、造船所の
視察など大反対なのだ。数十年やってきたタンカー製造に、社長などいなくても何の支障も
社長の現在の仕事は、新事業以外はすべて社内に任せ、全身全力をあげての新事業推進で
なければならない。こんな分かりきったことを棚にあげて、職長との懇談会とは何事である
か。それとも、職長と懇談会を開けば、新事業が軌道に乗るのか」と、私は強硬に進言した。
けれど、反応は クナシのツブテクだったのである。
このS社は、やがて襲ちてきた韓国勢のタンカーに押されて、つぶれてしまった。他の造
船大手すべては、新規事業と減員、配転などの手を打って、このピンチを乗り切ったので
ある。
最も立派だったのは、三菱重工だった。同社は、自らの強味を生かして、LNG運搬船や、
核燃料運搬船などの高付加価値船によって、防御でなく攻撃戦略をとったのである。
S社倒産の原因は、長期にわたる経営計画なき無計画経営にあることは明らかである。
S社の経営計画書は、実体は何もなく― うまり、社長が作成したものではなく、下っ端
管理職が作った計画書と称する似て非なるものにしかすぎなかった。そのために、誰もがこ
んなものなどまったく無視していたのである。
このことを知ってか、知らずにかは分からないが、いずれにしろ会社をつぶしてしまった
無責任経営であることに変わりはない。
歴代社長の無責任経営こそ、本当の意味で倒産の原因である。
S社長が会社を倒産させた責任もさることながら、「S社長が、なぜこんな無責任経営を
行ったか」については、怠慢は別にして、重大な原因があるのだ。その原因とは、「経営計
画書についての正しい解説書がきわめて少ない」ということである。
まず、「経営計画書の作り方」と称する文献の数がきわめて少ない、マネジメント書が数千、
いや数万種もあるのにである。
しかも、「経営計画書の作り方」と称する文献があったとしても、それ自体がほとんどクマ
ネジメント書″にしかすぎないのである。そのなかに、チョッピリク経営クに関する解説が
あるのだが、それは、正しい経営計画書とはあまりにもかけ離れていて、とてもお手本にな
るようなものではない。
それだけではない。いたるところに夕管理クとク経営クとの混同がある。
たとえば、
「目標通りやらなければならない」とか「目標必達」「目標の変更」「自由意思を尊重する」
「信賞必罰」「命令系統の尊重」「組織の確立」
というような考え方は、ク管理クであって、ク経営クに適用すると、とんでもない事態を巻き
起こす危険が非常に大きいのである。
だから、まずク管理クとク経営クとの違いを明らかにする必要がある。既に述べているよ
うに、ク管理クの対象はク企業の内部クであり、ク経営クの対象はク市場クーうまリク企業
の外部″である。
経営は、企業の外部を活動の対象として、外部からク収益´をあげる活動である。管理は、
企業内の人々の活動を、その対象としている。
この関係は、飛行機を飛ばす操縦士と、飛行機を整備する整備士との関係にたとえられる。
目的は一つであっても、その活動の内容は違うのである。
従来のマネジメントの思想は、飛行機の操縦と整備をまったく混同しているのと同様であ
フO
c
もう一度繰り返すが、経営の対象は企業の外部であり、外部から収益をあげる活動である。
管理は企業の内部が活動の対象であり、外部活動の補完的な役割を担っているのである。
整備士が操縦室に入りこんで操縦繹をいじったり、操縦士が整備士の作業を行ったりする
トンチンカンではダメである。活動の内容が大きく違うからである。
経営と管理、操縦と整備の違いをハッキリと認識していただきたいのである。
社長の役割は事業の経営である。当然のこととして、社長の関心と行動は市場にあるのだ。
「社長は外にばかり出ていて、われわれ社員のことをあまり考えてくれない」と言うのは、
大きな間違いなのである。
しかし、このことに気がつかず、社長を批判する人が意外に多いのは残念である。
社内の人々は、会社の命運を決定的に左右する外部活動を、社長が心おきなくできるよう
に補佐することこそ、最も大切なことなのである。
ダメ押しはこのくらいにして、いよいよ本題に入ろう。
経営計画書に不可欠の思想とは
過去の数字を研究して何になる
社長の役割は、会社を存続させることである。それならば、会社が生き残るための条件を
計画することこそ、社長として最も大切なことであるはずである。何をおいてもやらなけれ
ところが、不思議なことに、多くの会社では、自らの生き残る条件を設定することに、あ
まり熱心ではない。
その代り、過去の数字を研究している社長は多い。過去の数字を研究して何になるのだろ
うかc
過去は再び戻らない。同じことは三度と起こらない。時間のムダ以外の何物でもないのだ。
過去の研究なんかやるべきではない。過去は、ク確認″するものである。なぜならば、それ
は我社の位置を知ることだからである。
目標は生き残るためのものである
だから、「生き残るための条件は何か」が最大の設間になるのだ。その目標は、過去の実
績から見たら達成不可能な場合が非常に多い。
それを、「不可能だ」と言ってしまったら、会社はつぶれてしまうのだ。ムリだろうと、
ムチャだろうと、やらなければならない。これが目標の本質であり、最も苦しいのは社長
自身である。
小松製作所の①作戦の例をあげてみよう。今の経営者が忘れてはならぬ古典的な事例を、
あえてここで紹介しておく。そのなかから、日標の本質を理解していただきたいのである。
昭和三十六年のことである。当時、小松製作所のブルドーザーは、建設機械ブームにのっ
て、売れて売れて笑いがとまらなかった。その最中のことである。
社長の河合良成氏は、①作戦というのを打ちだした。その目標は、「オーバーホールまで
五〇〇〇時間」というものである。当時のキャタピラー社のブルドーザーのオーバーホール
までの寿命が五〇〇〇時間だったのである。小松製作所のブルドーザー寿命は、それよりは
るかに短かった。
「それでも、いまはブームに乗うて売れているからいい。しかし、いったんこのブームが去っ
た時には売れなくなる。しかも、数年先には、貿易の自由化によって、キャタピラー社の製
品に押されて、このままでは我社の製品は壊滅してしまう。
キャタピラー社に対抗して、我社が生き残るためには、どうしても最低限度キャタピラー
社と同じく、オーバーホールまでの寿命を五〇〇〇時間とする必要がある」という河合社長
の経営者眼から生まれた、これは目標なのである。
好況に酔わず、きびしい反省と、すぐれた先見性によって企業の将来を築く決定が下され
たのである。
そして、「この目標を達成するために、会社のなかのすべての知能と行動を結集せよ」と
いうのだ。すべてに優先するオールマイティの作戦だというので、④作戦と名づけたという。
そして、会社のあらゆる努力がこれに集中され、ニカ年の歳月と一〇億円の費用が投ぜら
れて、見事にこの目標が達成されたのである。
この作戦は、まず現状調査から始められた。その結果、分かったことは、現在の製品の
オーバーホールまでの寿命が三〇〇〇時間であるということである。とすると、日標との差
は二〇〇〇時間である。
ここに、「我々は、どれだけのことをしなければならないか」が明確にとらえられたので
ある。
しかし、寿命を二〇〇〇時間のばすことは、世間なみの努力、常識的な対策ではできない
相談だった。最強の敵はクコスト″である。そこで、「コストを無視せよ。JIS (日本工
業規格)にとらわれるな」という非常指令さえも出されたのである。三百点の部品のうち、
その八〇%が改造されたのであるから、実質は新製品である。
その結果、品質の優秀さで業界にゆるぎない地位を確保することができた。
小松製作所の実例は、我々にどのような教訓を与えているのだろうか。
教訓の第一は、企業の目標は、生き残るための条件が基礎となるということである。そして、
企業の命運は、基本的に客観情勢にどう対処するかできまってしまう。ということは、企業
の目標は、客観情勢に基づいて設定されるのであって、企業の内部事情とは本質的に無関係
である。
教訓の第二は、まだ危機が来ないうちに、先手をとったということである。先見性こそ社
長の最も必要とする資質の一つであり、名経営者は常にこの資質を積極的に磨いている。そ
れには、常に客観情勢の変化やライバルの動向に不断の注意を払わなければならない。
目標は、その通りいかないから役に立つ
目標数字は、その通りいかないから役に立つ。
経営計画でいちばん誤解が多いのは、目標の数字である。これについては、多くの人々が、
それぞれの疑間をもっている。疑間をもったままの数字で計画を立て、日標を設定すること
に対して、誰しも躊躇するのが当然である。
それらの疑間のうち主なものが二つある。それは、
① 変動要因が多すぎて、日標数字をきめても、すぐに情勢が違ってしまう。これでは
数字の決めようがない
② 目標数字を設定しても、その通りいかないのでは、意味がないのではないか
ということである。
まことにもっともなことである。これに対する正しい解答や説明は、残念ながら、いかな
る文献にもない。そして、間違いだらけの上に、その説明もマチマチである。それらのもの
の、いくつかをあげてみよう。
① 「目標は、その通りやらなければならない。実績は多すぎても少なすぎてもいけない。
あくまでも目標通りでなければいけない」― ‐という答えがあった。これではもう何
をか言わんやである。その通りいかないから困っているというのに…。
② 「しばらくすると、日標と実績が違ってくる。これでは役に立たないから、実績に
合わせて六カ月に一回くらいは目標を変更しなければならない」― ―これでは目標で
なくて、単なる数字合わせである。そして、その数字合わせには何の意味もない。
新聞に発表される自動車の輸出台数は、当月の実績台数に翌月の状況判断を加えてきめて
いるらしいが、これでも予測として役に立っているのなら、いいのではないか。
ところが、「自動車の販売予測なら、それなりの読み方があるのだろうから、それでいいが、
我社の計画に使う数字が予測では具合が悪い」― ‐誰しも予測数字を使うことを、ためらう
このように、いずれの説明もどうにもならないのである。
いくら数字を読もうとしても読めないのだ。そこで、仕方がないので読める数字だけを読
むよりほかはない。それが過去の数字を読むということになる。
恐らくは、世界中の人々が過去の数字だけを読む、と言うより読まされているわけだが、
これより外に読みようがないのだから、いたし方がないということらしい。
このように、ほとんどすべての人々が数字を正しく読めないというのは、なぜだろうか。
答えは簡単、正しい読み方を教えてくれる人がいないからだ。
正しい読み方は、事業経営者なら誰でも説明を受ければすぐに分かる。
それは極めて簡単、「日標と実績との差を読むこと」これだけである。それが、どのよう
なことなのか、実例で説明させていただく。以下は、私がお手伝いをした多くの会社のうち
の一社の例である。
ある製パン業者が、商品構成を変えてピンチを見事に切り抜けた話である。
T社は、あるローカル都市の製パン業者であった。私がお伺いした時には、T社には大き
な危険が迫っていたのである。
その危険とは、大手の製パン会社が、しかも二社、前後して工場進出するとのことであっ
た。
T社の運命は、風前の灯ともいえる状態だった。何としても、この三社の圧力を弾き返さ
なければならない。社長以下、役員全員は悲壮な面持ちであった。いかにしたら、大手に対
抗して生きのびることができるか、それが分からないのである。当然のこととして、私に対
する相談がかかってきた。
私は、今まで、いくつもこのようなケースにぶつかり、それをはねのけてきた経験をもっ
ていた。それは、相手の弱点を衝くことである。
しからば、大手のパンメーカーの弱点とは何か。
大手の弱点には、大手なるがゆえにの共通的な弱点があるものである。第一には、少量生
産である。これは、設備や機械類を使ってのメリットを生かしにくいからである。
次には、高級品である。高額ではあるが、少量生産だからである。
もう一つは、機械を使わない手作り品である。
この原則を、パンにあてはめてみると、調理パン(サンドイッチ)という答えがでる。
日本人はサンドイッチが大好物で、最近は準主食の位置さえ夢とは言いきれないのだ。そ
の上、サンドイッチは、機械では作れない。
「これだっ」と思った。大手との競合は、まずはない。
役員会で検討してもらったところ、簡単にOKとなり、しかも、これをク戦略商品クにし
て力を入れることに決まった。販売計画表では、最重点商品である食パンの次にランクづけ
をされることになった。
ちょうど年度切り換えにぶつかったので、年度はじめから戦列に加えることができた。
三カ月たった。売上高が目標売上高より三〇%も多いのが、何とサンドイッチだった。そ
れに対して、菓子パンは目標の半分にも満たなかった。
私は、ただちに営業部門の人に、サンドイッチの販売状況について聞いてみた。
「サンドイッチの評判は上々で、品切ればかり多くて、まだ上得意の三分の一くらいにし
か間に合わせることができない。しかも、サンドイッチの評判は小売店のほとんどに知れわ
たり、注文殺到だが、営業部門としてはどうにもならない」― という、何とももったいな
い話だった。大きな機会損失があったのだ。
そのことを社長に報告したかと聞いてみると、「サンドイッチ部門では、ムリにムリを重
ねていて、社長に報告してもどうにもならないから報告してない」と言う。社長は社長で、
ツンボ桟敷にいながら、「社員にまかせてある」と、まさに太平楽である。
私は社長室にでかけて、「社長、あなたの会社はいつクブタの餌屋クに変わったのか」と皮肉っ
てやった(社長に会う前に営業部門から、クブタの餌クのことはきいていた)。
社長は、「それは、どういう意味か」と言う。そこで、説明である。
販売実績と目標を比較(これが一日でわかるようなフォームになっている)してみると、
菓子パンの売れ行きが一番悪い― 自標の半分くらいしか売れていないのだ。
社長族の共通的な思い違いは、常に売上げの振るわない商品や営業所に対するものである。
これがまた、大方の社長族の共通的な頭痛の種になっており、売上げ不振の回復に、最優
先で最大の販促を行う。しかし、残念ながら、これらの努力はまったく報われないのである。
T社長は、菓子パンの売上げ恢復に、自ら陣頭に立った。売上げ実績を見ながら、ク菓子
パン特別販売促進計画´を作成し、「なんとしても、これだけ売れ」との厳命である。社長
にハッパをかけられ、必死になって努力をしたが、効果は上がらなかった。
小売店からは、売れ残りを引き取れと言われる。しかし、T社は売れ残りは引き取らない。
返品拒否は、愚策中の愚策である。これをやると、小売店は売り切れるだけの数しか買わ
なくなる。これが分からずに、返品拒否をやっている会社が非常に多い。小売店は、仕方な
いので、これらの売れ残りはダンピングしている。やがて、これらの小売店は逃げてしまう
のだ。
T社でも、小売店が「売れない菓子パンなど迷惑だ。売れ残りは引き取れ」と強硬に要求
するようになった。仕方ないので、セールスマンは売れ残りを引き取らないわけにはいかな
くなってしまった。これは、返品と記帳するわけにはいかない。そこで、帳簿外として、こ
れをブタの餌屋に売っていたのだ。
数字の合わないところは、様々な手段を使って辻複を合わせる。やがては、これが横流し
や着服の温床になるかもしれないのだ。
私はT社長に、次のように申しあげた。
「菓子パンを、これだけ努力しても売れないのは、売る方がダメなのではなくて、お客様
が買ってくれないためである。その理由は、お客様にとっては、もう魅力のなくなった商品
だからだ。売上げを恢復させることは、不可能だからやめなさい。売上高が売上目標よりは
るかに少ないのは、社長がお客様の要求を過大評価していた証拠である。だから、菓子パン
は成行にまかせ、機を見て切り捨てるのだ。
世の中はドンドン変わり、それにともなってお客様の好みも変わって、売れなくなる商品
がでるのも当然である。同時に、お客様の新しい要求に合った新しい商品が生まれる。そう
いう商品を見つけだして、これに力を入れるのだ。
事業の経営は、お客様の要求に合わせれば繁栄し、お客様の要求を無視すればつぶれてし
まうのだ。
さいわいなことに、あなたの会社には、お客様の要求に合った新しい商品が生まれている。
それがサンドイッチであることは、言うまでもない。発売早々これだけの成績をあげている
のは、その証拠である。ただちに増産態勢をとるべきである」と。
私の提案に対する社長の返答に、私は唖然としてしまった。
「サンドイッチは目標を突破しているから、増産の必要はないですよ」と言うのである。
私は、ここにもマネジメントの害毒があると痛感した。
すでに述べたように、マネジメントは、事業の経営をまったく知らない者の、まったく間
違った理論である。それが今ここに、T社を間違った方向に導こうとしているのである。
間違った理論というのは、マネジメントの基本原理の一つである『ご冒―∪ol OFoo岸つ
まり、「実績を計画に近づける」という思想である。T社長は、この理論を忠実に守ろうと
している。サンドイッチは、せっかく生まれた新商品― 大手に押しつぶされる危険をはね
のけるク戦略商品クなのだ。大手の手のとどかないところで、大きな収益をあげられるのだ。
その上、これには副産物がつく。T社のサンドイッチは、どの会社も絶対にほしい商品だ
から、サンドイッチを扱おうとすれば、それ以外の商品も買って、T社に対する実績を確保
する必要がある。ということは、サンドイッチによって、T社のサンドイッチ以外のパンの
売上げを確保できるということである。
これほどメリットの大きな商品など、滅多にあるものではない。
それを、実績が目標を上回っているという理由で、増産しなくてもよいというのである。
これは、戦略的新商品の成長を不可能にするだけでなく、T社の生き残り戦略をも同時に
つぶしてしまうという超大罪を犯してしまうことである。
T社長は、このことにぜんぜん気がつかないという大ボンクラ社長なのである。事業の経
営などまったく知らず、マネジメントの間違った理論のみを金科玉条としているのである。
何と恐ろしい思想なのだろう。
T社長のみならず、日本中の多くの社長がこの誤った思想に気がつかずに、つぶさなくて
よい企業をつぶしているのである。
私は自然に大声になった。
「何をバカなことを考えているのですか。社長の役割は、現在の社長に与えられた絶好の
チャンスをフルに活用して、会社を倒産から救うことであって、間違った思想を守って会社
をつぶすことではない」と。
私に叱られて、やっと自らの誤りに気がついたが、その後がいけない。
「サンドイッチをもっとドンドン作りたいといっても、それを作るスペースがないのでム
リだ」と言う。
どこまで阿果か底が知れない。スペースがなければ、工夫で生みだせばよいのだ。しかし、
社長にその才覚がないのは分かっているので、私の案を社長に申しあげることとした。
「スペースなんか工夫すれば生みだせるものだ。まず第一は、菓子パンの売上げ激減で大
幅にスペース空きがあるのだから、そこで作っている菓子パンを外注にだして、菓子パンエ
場をサンドイッチエ場に切り換えればよい。新たに、菓子バンの外注工場を探せば、あるか
もしれない。いや、必ず見つけるのだ。
さらに、隣接地が空いているのだから、貸天幕を借りてきて、そこに倉庫をつくり、製造
工場の一部にある品物を、この天幕倉庫に移せば、そこにもかなりのスペースが見込める」
大手の弱点を衝くことこそ、中小企業の生きる道である。だから、社長は会社のなかなど
にいてはいけないのである。
こうして、サンドイッチは、第一年度にもかかわらず目標の五倍以上の売上げを実現し、
T社の主力商品の一つにのし上がってしまったのである。さらに、最初の狙い通り、主力商
品である食パンを守ることができたのである。
右の実例について考えていただきたい。私は、「目標どおり」ことを進めるどころか、「目
標と反対のことばかり」やって、会社のピンチを救ったのだが、ここで、日標どおりやらな
いのなら、日標など不要ではないかという疑間をもたれる方があるかもしれない。この点を
どう解釈したらいいのだろうか。
これは逆である。目標があったからこそ、正しい道を見つけることができたのであって、
目標どおりやるとか、やらないとかを云々することこそ道を誤る危険な考え方なのである。
また、会社で「目標必達、エイ、エイ、オー」なんてバカみたいなことをよくやっているが、
これも道を誤る考え方なのである。
目標というのは、会社の進むべき正しい方向を見つけだすために、なくてはならないもの
だが、日標を設定した後に情勢が変わることがある。
こうした場合に、日標を変更する会社が多いが、これは大きな誤りである。では、日標を
変更しないのが正しいのか――答えは「イエス」である。
目標を変えずにおくからこそ、当初の目標と実績との比較ができて、客観情勢の変化がど
れだけの大きさだったか的確につかむことができるのである。目標を変えたら、この情勢の
変化を読むことができなくなってしまうのである。多くの会社で、目標を変えていることの
誤りは、ここにあるのだ。
だから、情勢がどう変わろうと、日標は変えずにおいて、これと実績との差を読むことに
よって、正しい方向を見つけだす― これが本当である。
繰り返すが、日標と実績の違いはそのままにしておいて、「その差を読む」のが正しいの
である。
もしも、実績を上回れば、それはお客様の要求を過小評価していた証拠である。だから、
お客様の要求を満たすためには、もっと売上げを伸ばさなければならないのだ。お客様の要
求を満たすという考え方が何よりも正しい。
反対に、実績が目標を下回ったならば、それはお客様の要求を過大評価していたのだから、
これ以上売上げを伸ばすことは誤りなのである。
言い換えれば、実績が目標を上回れば、もっと売上げを伸ばして、実績との差を大きくす
ることこそお客様の要求を満たす道であり、実績が目標に達しなければ、それ以上売上げを
伸ばそうとするのは、お客様の要求を無視することになる。
結論的に言えば、日標と実績との差を大きくすることこそ正しい行為なのである。目標ど
おりやるということは、お客様の要求を無視していることと心得なければならない。
目標どおりやろうとするマネジメントの思想は、お客様の要求を無視し、会社をピンチに
追い込むことになるのである。
目標どおりやるとか、やらないとかは、実は大局的に見れば、どちらでもよいのであって、
要は、「優れた業績をあげるために、どうしなければならないか」ということこそ本当である。
そして、それは、あなた自身で、自分の頭で考えることなのである。
経営計画書の正しい作り方
常に五年先をにらんでいる
経営計画書は、長期と短期の二つある。
ここでは、そのうち短期のみを対象としている。中期経営計画書を作る場合もあるが、こ
れは、普通、三年程度を期間としている場合が多いが、 一倉式では不要である。
というのは、 一倉式では長期事業構想書をもっているからである。
一倉式の長期事業構想書は、常に当期を初年度として五年間の計画を立てる。すなわち、
毎年一年ずらして、その年度を初年度とした五年間の構想書を作るのである。つまり、常時
五年先までにらんでいる計画である。
一倉式で中期計画が不要だというのは、長期構想の中で常に五年先をにらんでいるからで
ある。
普通、長期計画というと、第一次五カ年計画、第二次五カ年計画というように、五年単位
国で行う開発計画ならば、五年ごとでよい。対象とする土地は、動かないからである。
この国の五年計画をまねて、五年ごとに計画するのでは、第二年度には四年先までしかに
らめない。二年後には三年先しか読めないのだ。
計画の対象が動かない国土なら差支ないが、事業計画では、その対象は常に流動している
のだから、五年先をにらむには、常に本年度をスタートとする五年先を計画するのが当り前
なのである。
国でも五年単位だけでは困るので、必要に応じて中期計画なんてものを作るのである。
事業の経営者は、常に「これからの五年間をにらむ」必要があるのだ。それには、 一倉式
のような考え方でなくてはならないのである。
経営計画構成表
(第22
表〉が経営計画構成表である。
長期と短期に分かれていて、表にすれば長期が先になるが、現実には短期を先にしたほう
がよい。
というのは、短期は今すぐに必要なものだからである。短期でも、二〜三年先を自然に考
えるから心配は無用。
だから、まず短期でシッカリと土台をつくり、この土台の上に長期をのせるほうが現実的
なのである。
だからと言って、短期の延長線上に長期があるのではない。考え方としては、
「我社の優れた未来を築くために、今日ただ今、何をしなければならないか」
ということであるc
「ローマは一日にして成らず」である。
会社でも同様である。「五年先、十年先に、我社はこうなっていなければならない。その
ために、今やらなければならないことは何か」ということが重要なのである。「今日、これ
をやらなければ、五年後、十年後に我社はない」という思想である。
未来即現在、現在即未来
そのために長期計画― ‐私は長期事業構想書と呼んでいる― が必要なのである。
論より証拠、私は社長さん方に、会社の基礎が固まった頃に、長期事業構想書の作成をお
すすめする。これができると、というよりは作っている過程で、社長が変わってゆくのをハッ
キリと感じとることができる。
それほど、長期事業構想書は、社長にとって大きな動機づけになるのである。
もう一つは、短期経営計画書を三年〜五年くらい作り続けると、長期事業構想書を社長自
身が作りたくなる。
だから、まだ長期事業構想書を作りたくならないのに、ムリに作ってもダメである。短期
的な計画の充実こそ、この時期の仕事なのである。
利益計画検討表
利益計画には、大きく分けて二つの考え方がある。
一つは、売上高、粗利益、人件費、経費などの実績をもとにして、利益を予測する方法。
つまり、実現可能な利益を計画するものであって、春の野のピクニック式である。このよう
に呼ぶ理由は、実現可能なものでなければならないという閑なマネジメント指向であるから
だ。
これで利益がでて会社が存続するのなら、誠にお目出たいことである。このような会社は、
いったん状況が不利となり、会社が傾いた時の復元力が弱い。
もう一つは、社長が自らの意志によって意欲的な、時にはムチャと思われる利益を計画す
る方法である。このような会社は、激しい生存競争に勝ち抜いて成長してゆく可能性が大き
い。社長の性格は、むろん積極的で、時には激しい。とはいえ、このような会社が、常に成
功するとは限らない。勇ましいだけでは心もとない。
以上は、悪い方の両極端であって、このような会社は、どこかに欠陥があるのだが、その
欠陥を見つけだす眼カー‐特に数字について、その意味を読みとる眼力がない場合が多い。
これが優秀な会社との大きな格差を生む主な原因になっている場合が多い。これを正すに
は、まず何をおいても、社長自ら経営計画と取り組んでみることである。
その、数字との取り組み方によって、理解のしかたにも大きな違いが生まれる。
眼力をつけるためには、自らの会社の数字を、自らの意志によって変えてみることである。
すると、そこに自分では今まで考えてみたこともないような意外な数字を発見して、驚くこ
とがあるc
それと同時に、数字が変わるといっても、そこには不変の法則があることも分かってくる。
こうなってくると、どこの数字がどう変わったら、どこがどう違ってくるかが分かると同
時に、どこの数をどう変えるためには、どこの数字を変えたらいいかも分かってくる。
こうなってきたら、もう数字のエキスパートである。
さらに、他社の数字が読めるようになり、ライバル会社の数字が手に入った時には、その
会社の弱点が分かり、どのような価格政策、商品戦略、販売戦略をとればよいかも分かるよ
うになる。さらに、敵の粉飾まで分かるようになる。
こうなるためには、十年や十五年かかるが、こうなってくると、敵のちょっとした動きや
特売などからでさえ、敵状をとらえることができるようになるのである。
このような境地に達するためのオリエンテーション(入門)として、本節の利益計画検討
表はウッテツケのものである。
さらに、ク増分計算クやク年計グラフ″夕戦略的ABC分析ク(これについては一倉定の社
長学シリーズ『経営戦略』を参照)という、日本ではごくわずかしか使われていない手法を
用いて、ライバルに打撃を与えたり、得意先から大きな信用を得ることも可能である。そし
て、これらは私の最も得意とする戦法なのである。これらの戦法は、相手に気づかれる心配
は、絶無とは言わないが、まずはほとんどないのである。市場戦略によって、相手を翻弄す
ることさえ可能なのである。
前置きはこれくらいにして、利益計画検討表の説明に入らせていただく(第23
表参照)。
まず、 一番左の前期実績の欄に、最も新しい決算書の数字を転記する。金額の単位は必ず
ク千進法 (例¨千円、百万円、十億円…)クとし、表の右上の枠の上に、ク単位百万円クと記
入する。
次に、損益分岐点の計算だが、これは、この検討表を作成するなかで簡単に計算する方法
を学ぶことができるので、強いてここで計算しなくとも心配はない。
もう一つ、労働分配率の計算がある。労働分配率は、これによって会社の特性を端的に知
ることができるので、計算法と同時に、その読み方、判定のしかたを学ぶ必要がある。
労働分配率とは、粗利益(付加価値)のなかに占める人件費の割合のことである。計算
式は、
苗掛」財・―.ド季瑚
である。
これは、業界によって高い低いがあるので、そのことを知っておく必要があると同時に、
同じ業界のなかでも高い低いがある。 一般的に言うと、この数字は高すぎても低すぎてもよ
くない。中位がよいと思えばよい。
以上で準備完了。
それでは、まず第一にク仮目標クをつくる。ク仮目標クの欄に数字を記入する。
それには、これくらいの経常利益がほしいというように考えて、下の経常利益欄に、その
金額を書きこむ。目安は、 一人当り(五十万〜百万) ×人数とする。これは、決定額ではな
く、これからの様々の場合に経常利益がどれだけになるか、その試算のための最初の数字で
あるから、あまり考えても意味がない。
次には、この経常利益をあげるための売上高を計算するのだが、これは、経常利益の仮目
標から順次上の方にたどって、それぞれの数字を入れて、仮の売上高をきめるのである(こ
の売上高の計算は、下から順に数字を入れてゆくと、粗利益までは逆算ですむ)。
売上高を計算する算式は、
苗引」琳・―。当避〇苗勢」琳靭
とすればよい。これで、仮目標の利益計画が完成したことになる。
この仮目標の利益計画の数字を、いろいろ変えてみると、経常利益がどう変わってゆくか
を知ることができる。その計算を行うのが、仮目標の右にあるク試算1クク試算2″…とい
う欄で、ここでいろいると、試算するのである。
この試算で注意しなければならないことは、 一つの試算では、変えてみる数字は必ず一個
所でなければならないということである。二個所以上変えると、どの数字で、どれだけ変わっ
たかが分からなくなるからである。この点を、くれぐれも忘れないでほしい。
では、試算の欄を使って、経常利益がどう変わってゆくかを計算してみよう。
ク試算1″ では、売上高を、仮目標より五%高く設定する。
試算1の売上高の欄の右半分の空いたスペースに、ク一〇五%クと記入する。
あとは、この試算欄を使って経常利益を算出する。この場合に変わる数字は、売上高と粗
利益額だけで、あとの固定費は変わらない。この点がいちばん間違いやすいのである。だか
ら、粗利益額が変わったのと同額だけ経常利益も変わる。
これで、売上高五%増の場合の経常利益が計算できた。
ク試算2クでは、売上高が仮目標より五%落ちた時の計算を行う。試算2の売上高の欄の
右半分の空いたスペースに、夕九五%″と記入した後に、上から順に数字を入れてゆけば、
この場合の経常利益額が計算できる。
ところで、今、私が「変わる数字は、売上高と粗利益だけで、あとの固定費は変わらない」
と説明したが、ク売上高が変わっても固定費が変わらない″というのはおかしいのではない
かと思われる方もいるかもしれない。しかし、これはミクロだけしか考えないためであって、
実際の利益計画では、売上高が変わっても、年間固定費は無視しても差支ないくらいである
ことを、数千社の数字を見ている私には分かっているのである。
さて、試算1と試算2の経常利益額を比較していただきたい。ちょっと考えられないよう
な数字があるはずである。
試算1では、売上高をたった五%上げただけで、経常利益は仮目標に対して信じられない
くらい増加し、試算2では、売上高を五%落としただけで、信じられないような大幅な経常
利益減となっているからである。
なぜこんな数字になるのかというと、これは日本の会社だけに起こる現象で、外国の会社
では決して起こらないのである。それは、次の理由による。
人員整理をしない日本的経営のために、固定経費が変わらないからである。
諸外国では、売上げの増減に応じて人員を増減するので、売上げが減れば人件費も減るの
で、それほどの利益の減少はないのである。
次の試算は、売上高は変えずに、粗利益率を変えてみる。
ク試算3クは粗利益率を二%高くした場合、ク試算4クは粗利益率を二%低くした場合の経
常利益の増減の計算である。
これは、もう説明は不要であろう。
以上で、売上高の増減による経常利益の変化と、粗利益率の増減による経常利益の変化が
計算される。この四通りの変化が経常利益をどう変えてゆくか、はっきりとらえることがで
きた。
あとは、社長が売上げ目標と粗利益目標に自分の思う数字を入れて、経常利益の変化の状
況をとらえていけばよい。
最後に残った損益分岐点の計算であるが、これは、経常利益を″0ク(ゼロ)と置いて、
下から上に計算すればよい。
以上で、検討事項は一通り終りで、あとはあなたの自由意思で、検討をしたければ、検討
次は、いよいよ夕利益計画の作成クであるが、利益計画の説明に入る前に、独得な「一倉
式利益計画」の書式について説明させていただく。
利益計画の書式
一倉式の利益計画書が、他の多くの計画書と違うところは、月別の数字欄が上下三段となっ
ていて、上が当月、下が累計となっており、しかも、それが左右に目標と実績に分かれてい
ることである(第24表の1〜3参照)。
大方の計画書の書式は、月別の目標数字だけである。つまり、当月分しか分からないため
に、累計は別表に計算している。なんでこんな手数をかけるのか、と言いたいのである。
実績と目標との差がいくらか、そして、その累計がいくらになるかを知るためには、別に
表をつくって、それに記入するよりほかはない。そして、その表をつくれば、それは、この
一倉式になってしまうのだ。それならば、はじめから一倉式にしておけば万事OKなのであ
る。
なぜ、この″当月と累計、日標と実績クという方式に変えようとしないのか。私が会社勤
めを始めた五十余年前とまったく同様の書式であるのは、私には解せないことなのだ。
恐らくは、全国では延何千万年という間、まったく変わることなく使われている― いや、
使われずにいる。まったくもって、天下の大不思議である。
私は、利益計画に限らず販売計画なども、このクロ標と実績クク当月と累計クという書式
をつかって作成している。これ以外の書式は考えられない。そして、多くの人々に一倉式を
すすめるが、みな、「なるほど、これが本当ですね」と賛成してくれるのである。
利益計画書の作成
ここでは、最も基本である製造業の商品別利益計画書の作成法を述べることとしよう。
製造業のほかに、非製造業、土建業の三種類の利益計画書を併載してあるので、ご覧ねが
いたい。
流通業者は、〈第24表の1〉の付加価値(加工高)を粗利益と、また付加価値(加工高)%
を粗利益率とする。
サービス業では、売上高のところを、設計なら設計料と、測量なら測量収入というように
_:ト
リ
れ
ば
よい
ホテル、旅館などでは、宿泊料、宴会収入、お土産売上げ、雑収入(酒、タバコ、遊戯…)
など、自分の会社で平素使っている用語をそのまま使えばよい。もしも、不要の欄があった
その他、現実に合わないもの――たとえば、商品名ではおかしかったら、別の名称とすれ
ばよい。
〈第24表の1〉の利益計画で大切なことは、①は付加価値(=粗利益…以下同じ)だから、
ここには、すでに社長が決めた付加価値額を記入する。これによって、利益計画と販売計画
(三七七頁の〈第25表〉を参照)との付加価値額を一致させておく。これをやらないと、利
益計画と販売計画の数字が喰い違ってしまって、数表とはいえなくなってしまう。
もう一つ、(第24表の1〉の②の売上高と③の加工高比率(=粗利率…以下同じ)の数字
も当然のこととして〈第25表)の販売計画の数字と一致させておかなければならない。これ
をやらないと、これも数表ではなくなってしまうから注意する。
次は、利益計画の月別展開を行わなくてはならない。利益計画に限らず販売計画など、す
べての計画は、特別な場合を除き、ク一カ月一回のチェッククが必要である。これより間隔
を狭めても広げても具合が悪い。というのは、会社の中の様々な資料(試算表、資金繰表な
ど)が一カ月単位になっており、これに合わせたほうが便利だからであるc
それでは、利益計画の作成要領を以下に述べることにする。
利益計画表の目標欄は、利益計画検討表できまった数字を、そのまま転記すればよい。
その月別の展開は、販売計画表(三七七貢を参照)ができあがってから、その日別売上高
を利益計画表の月別売上高欄に転記する。こうすれば、利益計画と販売計画の月別売上高が
自然に一致するからである。
これを、利益計画の月別展開をして、その数字を販売計画の方にもってゆくと、月別の数
字を合わせるのにムダな時間を費してしまうから注意すべきである。
商品別販売計画
利益計画を完成する前に、まず商品別販売計画を作成しておく必要がある。
(第25表)の商品名欄は、商品名または商品群別に記入してゆく。これは、売上高の上位
より八〇%くらいまでとし、それより少額のものは、″その他″として一括してよい。とい
うのは、このなかには目ぼしい商品がないからである。もしも、将来性のある有望商品があっ
たら、それだけを抜きだして記載すればよい。
次は、利益計画のなかの付加価値を、商品別販売計画の付加価値の合計として、合計欄(①
の位置)に記入する。これによって、利益計画と販売計画を関連づけるのである。
これをやらないと、益率の低い商品が大量に売れた場合に、売上高は目標以上でも、付加
価値の合計が不足するということを防止するためである。
付加価値の総額がきまっているので、これを実現するための売上高と付加価値を、どのよ
うにしたらいいか、ということになる。
まず、目標欄の計算は、上から順に各商品ごとに売上高、付加価値率、付加価値と計算し、
いちばん右の付加価値額の合計を計算する。
この合計額と目標付加価値額を比較する。多くの場合に付加価値額が不足する(まれに目
標額より多い場合もあるが、この場合は計算違いではないかと疑ってみて、計算しなおす。
もしも、合計額の方が大きいと分かったら、その額をそのまま生かして利益計画の付加価値
を修正するか、余った付加価値を切り捨てるかする)。
付加価値が不足した場合には、売上高目標を高めたり、付加価値率を上げたりして、その
つど計算しなおし、目標付加価値に近づける。不足額が小さいとか、わずかに上回るという
場合には、どこかの数字をなおして目標付加価値額と一致させればよい。
次には、年間売上目標を十二カ月に展開する。
ここで、また下らぬ計算をする人がいる。
それは、「過去三年(五年でもよい)間の月別売上高比率を計算し、この率に基づいて月
別売上高を計算する」というやり方である。まさに噴飯ものである。
松下電器などは、何でもかんでも十二等分である。季節商品でも十二等分である。これで
一向に差支ないのだ。これが分かる人は事業経営が分かる人である。しかし、十二等分では
社員が納得しない場合がある。この場合には、社員の言うことに少し譲歩して、腰ダメで月々
の売上高に高低をつける。これが最大の譲歩である。
事業経営の数字は、これで十分なのである。
これが分からぬ人は、課長クラスであっても降格に価する。重箱のスミをほじくるような
考え方をするのでは、事業の経営などできるものではないからだ。
展開を終ったら、タテを計算すれば、月別の販売額が算出され、これで商品別販売計画は
完了。
利益計画を完成する
〈第24表)の利益計画表の月別売上高は、商品別販売計画の月別の数字をそのまま記入する。
こうしないと、販売計画書と利益計画書の月別が合わなくなる。
次は、付加価値の月別展開である。
まず、
コЫ」○訓卜Ш殖×朝」琳翠回〇〓けコ自由靭=>
とし、Aの千円以下の数字を四捨五入して、月別の付加価値をだす。
次は、十二カ月の付加価値を合計し、利益計画の付加価値との差額を計算する。
その差額を、十二カ月のうちのいくつかの月の金額を増減することによってゼロとする。
得意先別販売計画
得意先別販売計画(第26
表参照)は、商品別販売計画と同様であり、商品を得意先と置き
かえればよい。
しかし、ここでは、付加価値の計画はすでに商品別でやっているので、不要。したがって、
商品別の目標を得意先別に販売計画を作るだけでよい。
だから、得意先別販売計画では、年間の得意先別販売計画を、月別の販売計画に展開する
だけでよい。展開のやり方は、まず、各月の売上高はすでにできているので、これを計画書
の最下欄の月別合計に記入する。次に、この月別の販売高の比率をだし、この月別比率を得
意先ごとの年間販売目標にかけて、月別売上高を計算すればよい(ただし、売上高がナンバー
ワンの得意先はこの計算から除いておく― ‐その理由は後から説明する)。この時に、比率
を使っての計算なので、売上高の下位数字に多少の違いがでることがあるが、これは次のよ
各得意先ごとの月別売上げの展開がすんで、次にその得意先の月別売上高を合計すると、
年間売上高と一致しないことがある。その場合、その過不足は、どの月でもよいから引いた
り足したりして、年間売上高と一致させる。
最後に、各月ごとの総売上げ― つまり、いちばん下の合計欄(この日別売上げ合計は、
利益計画、商品別販売計画と必ず一致している)をもとに、売上高ナンバーワンの得意先に「い
くらの数字を入れたら、当月合計欄の数字と一致するか(言いかえれば、ナンバーワンの得
意先を除いた当月の各得意先別売上げ目標の合計とその日の総売上げ目標との差額)」とい
う計算をして、完了する。なお、営業所別販売計画は、得意先別販売計画の得意先別を営業所別と変えるだけで、そ
のまま使える。
要員計画
これは、記入自体が簡単である。〈第27表〉のいちばん左のク区分″欄は、各部門ごとに、
常勤役員、部長、課長という職制を記入すればよい。
人員は、期首、期中、期末とあるが、期中は省略してもよい。それぞれの欄に男と女別に
人員を記入する。期首は、ドンズバリ何人というわけにはいかないから、見当で記入してお
けばよい。大切なのは期末である。
期末の人数こそ、要員計画で最も大切なものである。
というのは、直間比率をみると、事務部門などの人員を極力減らす必要がある会社が多い
が、平素の異動は抵抗が多くて、社長としてもムリ押しできないことがあるからである。
ところが、不思議なことに、社長ただ一人で、誰にも相談せずに決めてしまっても、計画書
で示すと何のクレームもつかないという場合が非常に多い。日で言ったことに対しては頑強に
反対する人でも、書いた事柄にはきわめて従順であるというのが日本人という人種なのだ。
S社で、新商品開発のために、技術課から二名引き抜いたことがある。これは、要員計画
上のことであったが、日で言ったのでは、強く反対するはずの課長が無条件で何もいわずに
すんでしまったのだ。
ところが、新卒者を各部門に臨時割当てで配分して、それぞれの部門に教育を命じたこと
がある。その時に、技術課にも二名割り当てたのだが、課長がさっそく社長室にやってきて、
「せっかく二名減員で、これでやってゆくメドがついたところに、何で二名配分するのですか。
迷惑だ」という文句である。
社長は、よく説明をして、やっと課長を納得させたのである。
後日、私が参上した時に、社長からこの話がでて、
「一倉さん、技術課長からさんざん叱られて、それでもやっと納得させたのですが、まだ
不満の面持ちのようでした。あんなにおとなしい課長に叱られて、さんざんの目にあいまし
た。しかし、こういう叱られ方なら、毎日でもいいですよ」と、社長はニコニコ顔だった。
多くの会社で、部下を減らされることには頑強に抵抗するのに、要員計画で減らされても、
素直に従うというのはどういうわけなのだろうか。私は、「日本人は書いたものに弱い」と
いう見解をといているのだが……。
もし、期中で減員ができなかった時には、来期に繰り越しという強い態度が必要である。
設備計画
設備というものは、事業経営にとって、どんなメリットとデメリットがあるのだろうか。
設備は、現事業の強味ではあるが、いったん情勢が変わったら、お荷物になってしまう危
険を常にはらんでいる。
つまり、現事業のメリットにしかすぎないのだ。その点を、まず、よく考えなければなら
また、高速機、自動機といわれるものほど、いったん斜陽化した時には、スクラップ以外
の何物でもなくなってしまうことを考えていただきたい。
日本人が最も好むものの一つに、大量生産がある。しかし、大量生産というものは、様々
な危険を多く含んでいる。
「大量生産の悪夢から醒めよ」とは、私がもう三十年以上も声を大にして警告しているこ
とである。
任天堂のゲーム機は、文字通リオール外注、設備投資ゼロ、生産人員ゼローそれが膨大
な内部留保を可能にしている。それは、社内量産ではまったく不可能な蓄積である。
私がかつてお手伝いしたS社は、防舷機やゴム製コンテナなどを作っていたが、別にゴム
長靴も作っていた。民生品はこの長靴だけで、あとはすべて工業用品。
ゴム長靴は、韓国からの輸入品の低価格に押されて、赤字を余儀なくされていた。何とか
長靴で挽回したいというのが社長の考えだった。
私は、ゴム長靴は、民生品ではなく、特殊用途の長靴に切り換えるべきだと提案した。防
寒、防滑、耐酸、耐アルカリ、放射線防止、安全靴、その他の特殊用途の長靴はいくらでも
ある。その上に、種類が多かった。特殊用途の長靴は、韓国からの輸入もなく、同業他社も
たった一年で軌道に乗り、三年で高収益事業となってしまった。
S社長いわく、
「一倉さん、いままでの我社の製品は、すべて製造生産性の向上とコスト・ダウンが課題だっ
たが、特殊長靴では、製造の生産性よりも、型の取り替えの時間が倍もかかる。製造の生産
性よりも、型の取り替え生産性の方が重要です。私は、これを切り替え産業と名づけました」
と。
以上のことを考えると、変化のはげしい時代に、設備を入れて大量生産することは、リス
クばかり大きくて、メリットが少ないことが分かる。
だから、まず外注を考える。ところが、「外注すれば外注費がかかって収益が少なくなる」
というように考える人が多い。このような考えは、外注費だけしか考えない片手落である。
外注を正しく考えるには、夕増分計算´という素晴らしい計算法がある。これについては、
拙著ク一倉定の社長学シリーズクの『増収増益戦略篇』(日本経営合理化協会刊)に詳しく
説明してあるので、参照されたい。そこでの記述は、すべて実例である。
増分計算を行うと、意思決定がきわめて簡単、明瞭にできる。近頃はク一倉党クが増分計
算を使えるようになって、みな口を揃えて、「意思決定には、なくてはならないもの」と言っ
ている。増分計算によると、外注がいかに有利であるかが明瞭に浮かびあがってくる。
内作というものは、ク外注ができない場合″のみに行うものなのである。これを、外注政
策の基本方針とすることによって、会社の収益性が大きく違ってしまう場合が、いたるとこ
ろにあるのだ。
右のような前提に立っての設備計画でなくてはならない。
その設備計画だが、〈第28
表〉をご覧になれば、記入法の説明など不要であろう。
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