「塵を払わん、垢を除かん」― ‐この言葉は、ひとつとしてものを覚えられない″シュリハンドククに、お釈迦様がお与えになった言葉である。彼は、この言葉をくり返しながら、黙々として掃除をすることによって、誰にも負けない「悟り」を得ることができた。掃除をしているうちに、心の塵、心の垢を取り去ることができたのである。
無視されている環境整備
お釈迦様の「塵を払わん、垢を除かん」というお言葉は、仏教に携わる人びとに、最も尊い教えとして、広く深く行きわたっているということである。
ところが、不思議なことに、経営学とか管理学というものでは、ク環境整備クという考えはほとんど無視されていて、これについての論文とかキャンペーンというものは非常に少ない。わずかにあるのが、クTQC´での整理・整頓の指導と実践くらいである。それは、ク3Sクにはじまって″6Sクまであるが、これもTQCの中での一つの実施事項としてあるにすぎないという感じで、私のいう環境整備とは大きな隔りがある。
私がお手伝いしている会社の環境整備は、TQCとは大きな違いがある。多くの社長さん方が、「一倉さん、私のところでも、TQCで整理・整頓などの指導と実践をやっているが、それは、ク一倉式環境整備クとは、天と地ほどの違いがありますよ」という感想を、私にもらしてくださる。
TQCにおける環境整備は、TQC活動の一環としての位置づけしかないが、 一倉式は、あらゆる活動の″原点″と位置づけられている。
貴重な仕事の時間を、 一日の休みもなく、全社をあげての環境整備にさくのである。知らない人が見たら、「何ともったいないことをしているのだ」「狂気の沙汰だ」と果れてしまう。
ある会社では、熱心な税理士が、「貴重な時間を掃除にあてて、年間三百五十時間もムダをしている。年間の人件費に換算すると、 一千万円以上になる」と、計算書までそえて社長に提出した。社長は、まったく聞く耳などもっていなかった。その税理士は、怒ってやめてしまったが、社長は、これでセイセイしたというような顔をしていた。 一日一時間の環境整備で、社員の仕事ぶりがまったく変わり、お客様の信頼も高まって、売上げが増加したからである。
このように、環境整備を行っている会社では、その威力を知っているので、環境整備の時間ほど貴重な時間はないのである。
環境整備の効果は、計り知れないほど広範囲で、しかも、底が知れないのである。
それが、どのようなものであるかを、後で紹介させていただくことにする。何しろ、社員の人間性がまったく変わってしまうという普通では考えられないような奇跡的なことが、次々と起こってくるのである。
日本中の多くの会社で、最も重視する社員教育は、必ず、ク人間教育クであるといっても過言ではない。それほど重視する人間教育でありながら、これほど効果のでない教育はないのではなかろうか。また、日本中にたくさんある修養団体や道徳塾でも、大した効果などあげていないのではなかろうか。
それほど難しい人間教育なのに、なぜ環境整備だけは、教育などまったくしないのに、人間革命、精神革命を自然に起こすことができるのだろうか、まったく不思議である。
それにしても、音の人は環境整備の威力を知っていたのだ。武芸でも芸事でも、大工でも左官でも丁稚小僧でも、いやしくも、それが大切なことである限り、水くみ、薪割りなどとならんで、修業の第一歩は常にク掃除クだった。
昔の人は、この掃除がいかに重要であるかを、すなわち、これをやらなければ人間形成はできないことをよく知っていたのだ。
この最も大切な人間形成を行うには、掃除をおいてないことを、音の人がわれわれ現代人に教えてくれているのだ。その教えを、現代人は気がつかなくなってしまった。何という迂闊、何という情ないことだろうか。
もう一つ、最後に一言。
世界中、いかなる国でも、塵一つないところがある。それは軍隊である。兵舎、駐屯地など、いついかなる時でも清潔そのものである。
その理由を、私なりに考えてみると、次のようだ。それは、「清潔整頓なくて、精強な軍隊は絶対に生まれない」ということである。
昔からの数知れぬほどの戦争で、膨大な戦死者の血と、莫大な戦費を費して得られた教訓の一つが、「清潔整頓なくて、精強な軍隊は生まれない」ということではなかったか、ということであるc
自衛隊の幹部候補生の研修所を見学した時に、あの広い兵営のどこにも、塵一つ落ちていなかった。それだけではない、兵舎の中の屑篭の中に、塵紙一つなかったのにはビックリした。研修生たちは、町に買物に行く時は、必ず風呂敷を持ってゆく。買物は、すべて包装紙なしで、風呂敷に包んで持ち帰るという。
過剰包装で、包装紙の始末に困っていながら、悪習を直そうとしないどこかの国の人民に知らせてやりたいものだと思った。今からでも遅くない。これを実行したら、清潔な国土と膨大な省資源が実現するのだが……。
大切なことはやらずに、毎年、地球環境G7を開催しているのは、どういうわけなのだろ
町内の清掃を行って
P社は、プレス加工業である。
私がはじめてお伺いしたのは、たしか春のことだった。
P社長の優れた経営で業績もよく、会社全体が明るい雰囲気につつまれていた。環境整備も、かなりよくできてはいたが、環境整備に終点はない。私は、環境整備の一段の推進を提言した。
推進後一カ月、ニカ月たった頃から、日に見えて生産性が向上しだした。生産性向上運動をしているわけでもないのに、対前年比が上昇してゆくのである。今月こそ、その上昇が止まるだろうという、妙な期待は外れる。
そして、その年の一月、いつもなら繁忙期でキリキリ舞いをさせられるのに、それがまったくないのである。社長も製造部長も、不思議だと首をかしげる。しかし、それは不思議でもなんでもない。自然に生産性が上昇するように、体質が変わっていたのである。
工具や道具がキチンとあるべきところにあるので、探すムダがなくなった。材料を、「取りのける」「またぐ」ということもなくなってしまった。
プレスエ程では、以前はプレス加工したものを床に放り投げていた。今はキチンと積む。次工程が、すぐその後にあるのにである。これが次工程を楽にした。
そして、最終工程の塗装では、今までの三倍の生産性だった。それは、以前はプレスエ程で加工品を放り出していたためにキズがついて、その補修に大きな時間を費していたのに、品物を放り出さなくなったためにキズがつかなくなったからである。
社長も製造部長も、課長も一般社員も、はじめて環境整備の威力を知ることができたのである。全員が夕環境整備党クに入党したのである。会社はまったく変わってしまったのである。
ある時、P社長の前に現れた男女一人ずつの社員から、「お願いがある」という申し出があった。
その願いというのは、次のようなことだった。
「私たち社員は、気がつかなかったのだが、私たちの仕事は、付近の住民の皆様に迷惑をかけていたことがわかった。大型トラックが狭い道に入りこんでくる。プレスの騒音は、五時以降は禁止されていても、昼間はご迷惑をおかけしている。これは申し訳ない。そこで、せめてもの罪滅ぼしに、 一カ月に二回、二時間早く全員が出社し、道路や溝の清掃をしたいので、許可をいただきたい」と言うのである。
社長は、「許すも許さないもない。君たちはよく気がついてくれた」と、社員に感謝した。清掃日には、全員、七時に集合する。男子は清掃、女子は朝飯の用意をする。八時には作業を終わり、全員、食堂で朝食をとる。こんな美味な朝食はない。
これを境にして、町内の人たちと社員はまったく打ちとけてしまった。そして、この清掃に町内の人たちが協力し始めた。休憩時には、町内の奥様方がオシボリやお茶をだしてくれる。素晴らしい人間関係ができあがったのである。
しばらくしたら、町内会の賛同をえて、「忙しい時にはプレスエ場の残業時間を午後八時まで延長させていただくこと」ができるようになり、毎年一〜二月の繁忙期には大助かりとなった。
もう一つ、町会から大きなプレゼントをいただいた。
町会域に面した道路の反対側に古工場を買ったのだが、それを取りこわして新工場を建てた時である。この場合、付近の住民の承諾書が必要だった。
町会の幹部の方々をお呼びして、新しい工場の図面をご覧にいれ、承諾のお願いをした。町会の方々は、社長の説明が終ると、「こちらでも相談したいから、五分間、席を外していただきたい」と、社長の了解を得て相談に入った。
相談は、文字通り五分間だった。町会の決論は、「工場を一メートル引っこめていただければ結構です」という、大きなプレゼントであった。そして、「後は、私どもが責任をもって町内の人々を説得します」というのであった。
この時、私は部外者なので別室にいたが、後からこの話をきいて、すっかり感激してしまった。町会の幹部の方々のご好意がなければ、事業構想は大きく遅れてしまうからであった。
タンク回―リーを封印する
M社は、タンクローリーを使った食品運送を行っていた。
M社長は、環境整備の鬼であった。しかし、人柄は温厚な紳士である。私がはじめてお伺いした時、M社は業績不振であったが、私のすすめで環境整備を行ったところ、これが意外なほどの威力を発揮して、黒字転換してしまったのである。まず、車の故障が減ってきた。高速道路でもスピードを九十キロに制限したために、車の傷みが減り、燃費も格段に向上した。
車の整備は、すべて二時間をかける。大雨の日でも雨合羽をきて、二時間の整備は欠かさない。しかも、整備が終わるまで、誰も絶対に休憩をとらないのである。
私がある運転手に、「大雨の中を長距離運転して帰ってきて、疲れているだろうから、疲れをとってから整備をしたらどうですか」と聞いてみると、
「車の整備をせずに休んでも、少しも休んだ気がしないので、車の整備をすませてからゆっくり休みます」という返答である。
これは、強制されたものではない。社長と同様に、ク整備の鬼クばかりなのである。これが、社員の人間性を大きく変えてしまい、さらに、安全運転とお客様に対する礼儀正しさとなってお客様を感心させ、信頼させてしまったのである。これが業績急回復をもたらした。
ある時、″一倉教″の社長さんがた十数人がM社の見学に訪れた時に、M社長がイタズラをした。五年前に買って今年廃車になる車と、今年買った新車を並べて、七、八メートル離れたところから、どちらが今年廃車にする車で、どちらが今年買った新車かを当ててもらった。すると、大部分の人が、どちらが今年廃車にする車か分からなかったという。
ステンレス製のタンクは、四〇〇番の研磨材を使って磨いている。だから、タンクは鏡面状態になっているのである。
そのために、近所の同業者から、「あんたの会社の車の後につくと、太陽光線の反射で目がくらんで危険だから、磨かないでくれ」と、冗談とも本音ともつかないクレームがつくのである。かつて、″毒入り菓子クの問題が起こった時のことである。
M社では、お得意様の指示も何もないのに、まずタンクの注入回の蓋を閉めたままアルコールのスプレーで十分に消毒してから蓋を開け、食品液をタンクに注入した後、蓋を閉めてもう一度スプレーで入念に消毒した上で封印をし、消毒済の報告書をつけてお客様に荷をお届けした。
これを見たお客様の会社では、「今後、我社への納品は、M社でなければ受取りを拒否する」という文書を、原料メーカーに送ったのである。
M社では、このお客様から運搬の永久保証をもらったようなものである。
環境整備は精神革命である
環境整備が社風になって
ある社長からの手紙
毎朝七八¨三〇の一時間半を掃除にあてております。掃除をはじめて、もう四回目の夏をすごしましたが、掃除にはすごい威力があることがよく分かってきました。お店がピカピカなのはもちろんのこと、社員の心も円やかになり、我ながらクとてもいい社風クになってきたように思います。私も会社も無借金になり、お客様や世の中の役に立つ会社を目指せる体勢になりました。
K ・D 生
この会社は、土地。建物・住宅などの売買仲介をやっている優良会社である。その営業所は、明るく清潔な店舗で、心のこもった応対を行っているので、素晴らしい評判だけでなく、お客様の大きな信頼を得ている。
H印刷― ‐QCをのり越えて
H社は中堅の印刷会社で、お得意様の信頼も厚い優良会社であった。業績もよかった。社長のただ一つともいえる頭痛の種は、ある主力得意先の化粧箱の印刷の不良率が高く、長年苦心しているが、 一向によくならないことである。
QC (品質管理)で長年積みあげた技術をもっているが、この化粧箱だけは手に負えず、高い不良率は一向に改善しなかったのである。
ある年の私のク社長学ゼミクに参加された社長は、私のク環境整備クの話を聞いて、これが不十分だったことに気がつき、さっそく全社をあげての環境整備に取り組んだのである。不思議なことに、頭痛の種の化粧箱の不良率が下がりはじめた。いままで、QCの手法を使っても、どうしても下がらなかった不良率が、である。そして、半年後には目標不良率より下回ってしまったのである。
社長が″環境整備党クになったのはいうまでもない。社長は、私に次のように語った。「環境整備では、印刷不良にはまったく関係がないと思われるところまで徹底的にやりました。これが成功の原因だったのかも知れません」と。徹底的にやらなければ、それは環境整備とは言えないのだ。
不良品が激減したK精工
K社は、マレーブル(可鍛鋳鉄)のメーカーである。
K社長と私は、熱海での会議の帰途、熱海駅から新横浜までの四十分にも満たない新幹線中で一緒だった。その短い時間のあいだ、K社長に乞われるままにク環境整備クのことを申しあげた。
半年ほどたった時に、突然、K社長から会社をみてもらいたいというご依頼があった。さっそくお伺いすると、用件とは診断でも相談でもなく、半年前に新幹線の車中で私からきいた環境整備の実施報告であった。
新幹線の車中で聞いた私の環境整備の話に大ショックを受けて、即日、環境整備に踏みきった。それから半年間に、会社がまったく変わってしまって、今は極めて順調に業績を伸ばしているという報告が主体だった。お話を伺ったのが本社だったので、足をのばして工場まで見せてもらう時間的な予裕はなかったが、本社のどこもかしこも、輝くばかりの清潔感に満ちていた。工場の整備も本社と同様であることは想像できた。
工場の環境整備では、まず品質が安定して不良が激減し、生産性向上と歩留向上が実現した。工場の人たちは、働くのが楽しいということで、まったく人間が変わってしまった。
しばらくすると、工場の現場から、工程管理改善の声が期せずして上がった。工程管理はなかなかうまくいかず、外部の専門家に二回も診てもらったが、ほとんど改善の効果があがらず、半分はあきらめていたのに、である。
その工程管理が、たちまちのうちに軌道に乗ってしまった。社長が夢みた理想となったのである。
このことが、すぐさま親会社に知れ、模範工場のお墨付をもらった。親工場では、傘下の下請工場に声をかけて、K社の工程管理改善を見学するようにすすめた。今では毎日のように工場見学者があり、その応対に忙しいという状態になってしまった。
K社長の話によると、先般、マレーブル製品をアメリカに輸出する話がもちあがった。そして、先方の会社の社長が来社した。
事務所と工場を見終った先方の社長は、「これだけ立派に環境整備をしているのだから、もう何も聞く必要はない。さっそく契約書にサインをします」と、即決したという。
画廊に電話で絵の注文
N画廊は、福岡と東京に一店舗ずつ画廊をもっている。
私の環境整備のセミナーを聞いて、二つの画廊に環境整備を実施した。
ところが、思ってもみなかった嬉しいことが起こった。毎年一月から二月までは閑散期で、月商は百万円程度だった。それが、環境整備の効果で、 一カ月百万円の売上げが五百万円となり、完全な黒字になってしまった。これには、社長自身がビックリしてしまった。画廊が環境整備をしたところで、そんなに売上げ増大が起こるはずがないと思っていたからである。
売上げ増大の原因は、店員の態度がまったく変わってしまったところにあったのだ。これも、お客様のところに挨拶に行って分かったことである。
来店のお客様への応対はいうまでもなく、電話応対までまったく違ってしまったのである。
これは、お客様が「いままでの応対は、店でもそうだが、特に電話での応対が極端に悪かった。ところが、この頃はスッカリ変わってしまった」と言ってくれるくらいである。絵と同時に、応対を買ってくださったのである。
社長は、これを仲間の社長に話したところ、「そんなバカなことがあるものか。絵を買うお客様が絵を見ずに買うはずがない」と、どうしても信じてもらえなかったのである。お客様は、電話で「何号くらいの、こんな感じの絵を三、四枚持ってきてくれないか」という気楽な注文ができるようになったからであろう。
タクシーのお客様が増えた
N氏は、タクシー会社の社長である。
私のゼミに参加して環境整備の話を聞き、自社にも導入した。すると、N社でも不思議なことが起こった。タクシーのお客様が増えはじめたのである。その上、月一回の特別整備の日には、ハイヤーの注文電話が鳴りっばなしなのである。
私がお伺いした時に、N社長は、その不思議な現象の説明を私に求めた。私の答えは簡単だった、「それは、整備された車からでるクオーラクのためですよ」と
無菌厨房三社
第一話
京都嵐山の大衆料亭ク錦クにはシーズンオフがない。嵐山では、普通には十二月から二月頃までがシーズンオフなのにである。
会長のT氏は誠実無比、料理の腕前は、「京都うまいもの特集」というような雑誌記事に、懐石料理に工夫を加えた″桜宿膳″という月替リメニューが、必ずと言っていいほど表紙または第一頁にのるくらいである。
誠意の固まりのような社長は、お客様サービスは言うに及ばず、衛生にも必死の努力をされていて、保健所の衛生検査には必ず無菌である。平素から自前の検査員で、不断に検査をしている。検出される大腸菌やブドウ球菌はほとんど″ゼロクに近いのである。それは、板前さんの一人か二人に数個の菌が検出されるという驚異的な成績である。
そこまでの苦心は、たいへんなものだったという。はじめのうちは、保健所の指導のもとに衛生管理を行っていたが、それにも限界があった。どこをどう直しても、無菌にならないのである。苦心また苦心の連続の末に、ついに無菌に成功した。キメ手は、手を洗うことであった。
菌の侵入は、仕入原料からが最も多く、これの防護を十分に行った。厨房には、タイマー付のブザーをそなえ、二時間ごとにブザーが鳴ると、全員が手を洗う。布巾は、十分に洗った後にチリチリに焦げるほど熱気消毒をする。これがク点睛″だった。長年の間、 一瞬も気を許せない無菌戦争を続けているのである。
第二話 ク峠の釜めしクの荻野屋
ク峠の釜めしクで知られる荻野屋については、すでに第二章の八三ページ以下で詳しく紹介したが、この会社が有名になったもう一つの名物が、下諏訪店のトイレである。
十数年前、下諏訪店建設の時に、T社長は店舗に″日本一清潔なトイレクを作った。当時の予算で一億円であった。たかがトイレに一億円とは……ということで、社内では役員や経理、社外でも銀行やゼネコンなどの総反対にあったが、「これだけは社長の道楽だと思ってくれ」と、押しきってでき上がったものである。
総大理石張りで、入口がアーチのようになっている。照明が、これまた素晴らしく明るい。アーチの下を通り、突き当って左右に分かれて、女性用、男性用となっている。
このトイレの清掃は、「一時間ごとに行う」というようないい加減なものではない。そんなことでは絶対に間に合わないほどのお客様の数である。「観光バスが一台出発するたびに」掃除をするのである。むろん、 一人ではなく、数人で行うのである。
このトイレが、たちまち有名になり、観光バスのガイド嬢が、その説明を行う。ガイド嬢の説明マニュアルのなかにも、ちゃんと入っているのだ。なんとも素晴らしいキャンペーン効果である。
T社長の説明によると、「このトイレは、有名人や建築設計業者の間でも評判となり、トイレの重要性が認識されるようになった。東京の新橋駅のトイレは、このトイレがモデルに
なっている」ということである。そして、世の中はクデラックストイレクの時代に入ったのである。
この荻野屋の厨房も無菌である。毎日数千人のお客様にさしあげる″土釜クや厨房施設の無菌化は大仕事である。
担当の社員は、 一時間ごとにク手を洗うクのである。ここでも、手を洗うことの重要性を十分に認識しているのである。この一時間一回の手洗いというのは、最低回数であって、「少しでもあいた時間があったら、手を洗え」という指導がなされているのである。
第二話 無菌に近いアイスクリーム
S社は、アイスクリームのメーカーである。大手との競合でも、スキマを見つけての商品選定をしているので、小企業ながら生き残っている。
もう一つの強味は、同社のアイスクリームは清潔度が全国でナンバーワンということである。
保健所の細菌検査では、 一昼夜培養の細菌数がク三〇〇クという超清潔である。保健所の検査法で、″十万ク以下ならば無菌として扱われる。大手メーカーでは、すべての会社がク四千クであるから、ク三〇〇クという数は清潔すぎて、どこか検査法に誤りがあったのではないかと再検査をしてみたが、その結果もやはり″三〇〇クだった。この数字は、冷蔵庫に保管しているサンプルを、保健所の検査員が無作為に抽出検査した結果である。
その超清潔の秘密は、全工程に対する細心の管理にあるのは言うまでもないが、その決め手は、「手を洗う」ということである。
そして、無菌の三社とも、その秘訣は「手を洗う」ということである。「手を洗う」ということが、いかに有効であるかを知って、これを実践してもらいたいのである。「食中毒をなくす方法は、手を洗うことと見つけたり」である。
工期二〇%短縮を実現する
F県のS建設は、小型企業ではあるが、その良心的な施工で定評があり、F県では優良二社のうちの一社に入る。そのために、特命受注の比率が高く、安定経営を行っている。それは、S社長の徹底的な環境整備の賜である。そして、環境整備が工期短縮を可能にしているのである。
工事中の現場では、工事監督は常にホーキを持っており、きれいに掃いた現場には、チリ一つ落ちていないほどである。もちろん、 一日の作業終了時には、資材や部材をキチンと整頓する。私はある日、作業ずみの現場を見て、あまりにもきれいな後始末ぶりに舌を巻いたことがある。
ある年の秋に小学校の講堂建設を受注して、二月中に完成し、新しい講堂で卒業式を行う予定だった。
しかし、例年になく雨や雪が多く、のべ一カ月も工事を中断しなければならなかった。それが、二月中に完成し、学校側の心配は完全に吹っ飛んで、二月には新しい講堂で卒業式ができたのである。学校側も大喜びだった。
それは、環境整備によって、工事のインフラがしっかりとできあがっていたために、雨雪の間をうまく利用することができたからである。
スクラップエ場で真白な作業衣をきて
多くの人々は、作業衣に対してまったく間違った考え方をしている。
作業衣の色に、カーキ色とか茄子紺色をよく用いる。ク汚れが目立たないようにクするためだろうが、これは大きな誤りである。
というのは、社長が汚れを承認していることになるからである。こんなことでは、立派な会社などには永久になれないのだ。
大切な仕事をする場合― ―医師や看護婦、薬剤師、コック、板前、理髪師、美容師などは、必ず真白な上っ張りを着用する。
これは分かるのに、なぜ汚れが目立たない作業衣を着せるのか。ク汚れが目立たないようにクするメリットは何もないのだ。結果においては、作業員の心を汚すことになることを
気づいていただきたい。会社全体が汚れ、社長や社員の心が汚れる。こんな恐ろしいことはない。
本田技研でも、当初、作業衣は自色ではなく、色つきだった。
本田社長が、たまたま市川製作所の工場に行った時に、プレス作業が主だというのに、全員、真白の作業衣を着ていた。
本田社長は、瞬間的にピーンときたのだろう。自らの誤りに気がつき、帰社すると、自社だけでなく、すべての協力工場に命令して、真白な作業衣に切り替えたのである。
本田宗一郎の真骨頂がここにある。誤っても、それに気がついた瞬間に改める――名社長の面目ここにあり。
作業衣の汚れを目立たなくすると、会社をダメにしてしまうということに、気づかない社長が世の中には多すぎる。
不良社員が生まれかわる
第一話
U社は、自動車の交換部品の販売を行っていた。U社は、技術の向上とメンテナンスフリーの発達によって、自動車部品の売上げが年々減少し、赤字転落していた。店は汚く、店員の応対は悪く、特に電話応対などは、私がハラハラするほど悪かった。
社長は長年の病気で入院しており、長男の常務が社長代行をしていた。社長の奥様は専務で、事務。経理を担当するほかに、入院している社長の看護という二役だった。常務は懸命に頑張ってはいるが、まだ販売には不慣れで、最古参の部長は常務の言うことなど、バカにして絶対にきかない。その上、社員をたきつけたり、煽動したりして、どうにも困った部長だった。
やめさせてしまえばいいのだが、そうすると、補充の社員が入ってこないので、それもできずにいた。
私は常務に、「何はともあれ、こんな店と会社の空気では、何もできない。まず環境整備をして、明るい店と会社にするところから始めなければならない」と勧めた。
環境整備を始めて間もなく、常務が三階に上がる階段の掃除…と言っても、汚れ落としであるが、それを行っていた。
その時、奇跡が起こったのである。最古参の不良部長が常務のそばに行き、常務の手を押えて、「常務、そんなことをしてはいけません。私がやります」と言うなり、常務の持っていた道具を奪い、自分で掃除を始めたのである。その時を境にして、部長は生まれかわったようになった。
そして、自分で先頭に立って、若い社員を引っ張りだしたのである。部長の大活躍によって、会社は間もなく黒字転換し、私は常務からの丁重な礼状を受け取った。右の話は、常務の礼状に書かれてあったことである。部長が変わってしまったのはなぜか、どんな心境だったのかは、私にはまったく分からない。ただ、それが環境整備のためだったと考えるよりほかはないのである。
第二話 両親が驚いた息子の孝行
赤門は、焼肉レストランとしてナンバーワンと、私が折紙をつけた会社である。赤門については、後にくわしく紹介するが、環境整備とお客様サービスでは目を見張るものがある。ある時、見知らぬ老夫婦が社長に面会に来た。ある社員の両親だった。たくさんのおみやげを社長にさしだして、「うちのグータラ息子を立派な人間にしていただいて、このご恩は一生忘れません」と言う。
社長は、何のことか分からないので、事情をきいてみた。その話とは、次のようなことだった。
「先般、息子が久しぶりに休暇をいただいて帰ってきましたが、礼儀正しく両親に挨拶して、『これは、私が小遣いを貯めたものです。どうか、お父さん、お母さん、これで温泉にでも保養に行って、のんびり休んできてください』と、十五万円を差し出したのです。礼儀正しく挨拶ができるようになっただけではありません。孝行息子になって帰って参りました。これも、すべて社長様のお陰です。
さっそく二人で温泉に行き、のんびり休みましたが、このまま家へ帰るわけにはいかず、社長様にお礼を申しあげようとお邪魔いたしました」とのことだった。
赤門は、明けても暮れても、環境整備とお客様サービスの会社である。自然に礼儀とサービスが身についてしまったらしい。ク朱に交われば赤くなるクのだ。
第二話 営業停止を命ぜられた店で…
同じ赤門でのことである。
最近、買収した店だが、まだ環境整備が不十分のために、社長の環境整備巡視で一日の営業停止となった。その日一日は、全員で環境整備をすることを社長から命ぜられた。この情報が、十個所あまりの他の店に流れた。知らせを受けた各店の店長は、全員、営業停止を命ぜられた店に集まって、環境整備のやり方を指導したのである。
当然、各店長たちから、こっぴどく叱られるものと思っていた。ところが、誰も店員を叱らなかった。反対に、「君たちが、まだ環境整備の要領をよく知らないのは当り前だ。それは、われわれ店長全員の責任だ。社長に叱られたのは、あなた方をよく指導しなかった私たちの責任だ。ごめんよ。今日は一日、店長全員が要領を教えるから、 一緒にやろう」ということになった。
こっぴどく叱られると思っていたのに、かえって、「僕たちが教えなかったのが悪い」という店長たちに、その店の社員は大感激した。そのなかに一人、パートのベテラン女性がいた。いくつかの会社でパートの経験があったその人が、「こんなことがあれば、どこの会社でも、頭からサンザンやっつけられるのが当り前なのに、この店では、誰一人、叱った人も、叱られた人もいなかった。こんな会社は、どこへいってもあるはずがない。できることなら、私は一生この会社で働かせてもらいたい」と、日に涙をためていたという。このパートさんにとっては、パートになってからはじめての感激だったのである。
研修室の製図台をピカピカに
H製作所で、協力している設計会社数社の技術者の研修会を行った時のことである。
N社も数名の技術者が参加した。はじめて入った研修室の製図台を見るやいなや、全員がいっせいに上衣をぬぎ捨てて、製図台を磨きだしたのである。製図台は、たちまち脚の裏まで汚れ一つないほどきれいになってしまった。これらの人々にとっては、毎日やっていることをやったまでである。
N社の環境整備は、外部の人々が見ればビックリ仰天である。N社長は、環境整備こそ事業発展の基本であることをよく心得ている。
私の社長ゼミで環境整備の重大さを悟り、これを実施したところ、社員の態度がスッカリ変わり、お客様の評判がよくなって仕事も急増した。そして、N社の大躍進が始まっただけでなく、その実践にまったく崩れを見せなかった。
N社の社員が製図台の清掃を行ったのを見たH製作所の指導員の方は、「これでは、我社が研修を行っているのではなくて、逆にN社から研修を受けているようだ」と、感嘆されたという。N社の社員にしてみれば、ふだん行ちていることをやっただけなのである。
環境整備からのプレゼント(0社の社内報の記事タイトルより)
本社東隣に駐車場が整備された。
百五十坪の土地を賃借したものであるが、長年の懸案が一挙に解決し、お客様にも喜んで頂けるものと思う。
実はこの土地、以前には草ぼうぼう。夏にはセイタカアワダチソウがニメートルも伸びそうなると、近所のゴミ捨て場となり、粗大ゴミから焼肉屋の生ゴミや猫の死骸までも捨てられていたのである。
五年前からスタートした環境整備活動の一環として、社員の努力で季節の折々には草苅りが続いた。きれいにすれば、もうゴミを捨てる不届きな人もいなくなる。保健所から地主に対する草苅り命令もこの土地だけはこなくなった。
結果、当方の申し出から二年、他人には貸さない主義の地主からも快く貸与していただけることになった。
会社周辺から町内のゴミ集めや清掃、草苅り……地道な活動が大きく評価され、ついには感謝の気持が形となって返ってきたものと思う。当り前のことを当り前にやることが大切であり、それを継続することにより、環境整備は奇跡を生む。
一昨年の建設省道路事務所からの表彰に続いて、全員の大きな励みである。社員の姿勢、会社のありようも、確実に革新し続けていることを確信する。
暴力中学が模範校に、そして再び暴力中学ヘ
M県のK中学校では、戦後のかなり早い時期に暴力中学校になっていた。
ある年、校長の定期異動で、新たな校長が赴任してきた。新校長は、自らが上衣をぬぎ、ズボンの裾をまくって校舎の掃除を始めた。これに引っ張られて、次第に校合の掃除をする先生や生徒が増えてきた。そして、全校の先生も生徒も掃除するようになった。
不思議なことに、不良や暴力をふるう生徒は次第に陰をひそめ、ついに一人もいなくなってしまった。箸にも棒にもかからなかったK中学校は、何と模範中学校となってしまったのである。
ところが、次の校長異動で、また校長が代わった。この校長は、校合の掃除などにはまったく関心を示さず、自由とか平等とか、いろいるもっともらしい教育に熱心だった。それにつれて生徒の心は荒れ、ついに前の暴力中学校にもどってしまったのである。
こうしたことは、不思議のように見えても不思議ではなく、当然に起こることである。そして、これは学校だけでなく、会社においても環境整備をやめてしまうと、たちまち会社全体の空気が悪くなり、業績低下を起こすのである。
そんなバカなことが……とお思いの方々も多いかもしれないが、これは厳然たる事実であり、この裏にひそんでいる恐ろしい事態が、人々の知らない間にジリジリと進行しているのである。
これは、経営学とは異質のことだが、経営の根幹をゆるがすだけでなく、文明国全体にジリジリと進行している民族の興亡、いや人類存亡に関する超重大事である。その露顕が学園紛争であり、イジメであり、暴走族であり、寝たきり老人間題であり、さらにガンやエイズ、これから日本をおそうかも知れないククワシオコールクといわれる病なのである。
環境整備を推進する
環境整備の定義
何事も、それと取り組むからには定義づけが必要である。そこで、環境整備を定義づけてみた。「環境整備とは、規律、清潔、整頓、安全、衛生の五つの活動を行うこと」これが環境整備の定義である。
このうち、安全と衛生は、他の二つの活動とともに自然にできてしまうので、単独の活動は考えなくてよい。
次は、規律、清潔、整頓の三つの活動の定義づけである。
① 規律とは、日本の中学などで行っているような、生徒の一挙手、 一投足を規制するこ
とではない。こんなことをしても、ほとんど効果がないだけでなく、相手の反感を買うだけであるc
規律とは、そのような窮屈なものではない。
規律というのは、何かの行動だと思っておられる方もいらっしゃるが、行動ではなくて、「心構え」なのである。その心構えとは、
①きめられたことを守る
②指示や命令は必ず実行する
ということなのである。
「きめられたこと」とは、「ルールを守る」ということである。きめられたことを守らなければ、共同生活も何もあったものではない。社会的な生活や活動を行うことなど、まったく不可能になってしまうのである。
明文化されようと、暗黙のものであろうとも、社会には必ず「きめごと」があるのだ。これを守ることこそ、社会生活をいとなむための最も基本的な事項なのである。これと同様に、指示や命令も、それらが実行されなければ、共同生活は不可能なのである。
そんなことを言ったって、きめられたことを守らないヤツはいるし、命令や指示を守らずに勝手なことをするヤツもいる。それをどうしたらよいのか、と思われるかもしれないが、心配無用。そのような人間は、次第にリーダーや仲間から疎外され、グループから離れてしまうからである。やがて、退社してゆく。そして、人間は一人では生きられないのだ。
υ 清潔とは、きれいにすることではない。
清掃することでもない。
それは、
① いらないものを捨てる
② いるものを捨てない
ということである。
人体にたとえると、いらないものを捨てずにおくということは、ク便秘クである。これは、不健康な状態である。
家庭だろうと、学校だろうと、公共の場所であろうと、会社だろうとも、いらないものを捨てずにおいたら、不潔であり、邪魔であり、腐れば悪臭を放つ。同時に悪い「オーラ」が放射されて、不愉快だけでなく、健康にも悪く、人々をイライラさせる。百害あって一利なしである。
逆に、いるものを捨てたら、これはク下痢クである。個人であれ、家庭であれ、学校であれ、会社であれ、いるものを捨てるという行為がよくないことは、説明を要しないのだ。
人間の住むところ、仕事するところ、勉強するところは、常にきれいにしておかなければならない。これは、 一人一人の自覚の問題であることは言を待たないが、その社会的責任は、明らかにリーダーにある。リーダーの、ごく簡単な指導で、清潔はたやすく手に入れることができるのである。その点から、日本のリーダーの地位にある人に、猛省をうながしたいのである。「個人個人の自覚が必要だ」と、すべてを言い切るような指導者は、責任のがれもはなはだしい。まず、自分が先頭に立って環境整備を行うべきだ、というのが私の意見である。
人体の下痢と便秘をなくして健康になるとともに、家庭で、学校で、会社で、環境整備を指導者を先頭に行うことが、日本の国を立派にする基本条件である。この主張は、私の永年にわたる環境整備の実践で、すでに立派に証明されているのだ。
毎日一時間、全国の人々がすべて環境整備を行ったら、きわめて短時日のうちに、日本は素晴らしい国になることは誤りない。
イジメ、火災、交通事故、暴走族、通り魔、その他さまざまなトラブルの大部分が解決してしまうことは、請合いである。
6 整頓とは、片づけることではない。片づけたら、仕事にならないからである。それは、
①物の置き場所と置き方をきめる
②管理責任者をきめて表示する
ということである。
物の置き場所をきめるということは、快適な生活を行う上で大切なことであることは、言うまでもない。
次に、置き方である。それは、直線、直角、水平、垂直、等間隔とすることである。これが、駐車場の車にまで徹底したら合格である。自動車はバンパーを一直線に、二輪車はサドルの後縁をそろえるのが最もよい。
そんなことをしたら、仕事の時間を大きく喰ってしまう、と心配する向きがあるかもしれないが、実際にやってみると、生産性が二〇〜三〇%上昇するという、考えられない結果が生まれてくるのだ。まさにマジックである。会社全体にこのマジックが広がるから不思議である。ウソかマコトか、やってみればハッキリと分かるのだ。良質な製品ができる。家屋や道路などの清掃のでき映えは、これを行った者のみが味わう満足感な
のである。しかも、人身事故や機械の故障などは、信じられないくらい減ってしまう。以上、環境整備の定義づけは終った。あとは、この定義づけにもとづく実施である。
環境整備を実施する
環境整備分担区分をきめる
分担区分を行うためには、まず全社の平面図が必要である。
この平面図に担当区分を書きこむ。そして、区分ごとにリーダーとメンバーを決定する。これは、職制区分にもとづいて行うのがよいだろう。区分線は幅を一メートルと考えて、隣りあったグループの共同責任とする。
整備用具をそろえる
環境整備という重要な仕事には、いろいろな道具を必要とする。掃除用具はいうまでもないが、そのほかに最も大切なものはウェースである。また、歯ブラシも非常に重要である。隅々までキレイにするために、歯ブラシは無くてはならないものだ。
ウェースは、絶対にボロを使ってはいけない。必ず新しい木綿とする。それも軟かいサラシ布と、天竺木綿のように厚いものと、両方あると便利である。さらに、ウェースは大小二種類は必要である。
その他、ブラシとかヘラとか、いろいろなものが必要である。まず、社長が巡視し、いらない物を捨てる
社長はくまなく社内を巡視し、まず第一にク捨てる物クを指示する。そして、それに目じるしをつける。これは、必ず社長自らやらなければならない。それぞれのグループにリーダーがいるのだから、リーダーにやらせるというのは間違っている。
リーダーにやらせると、人によって判断基準が違うし、なかには「もったいない」といって不必要なものまで捨てない者がいる― というようなことになって、その時点ですでに環境整備が不十分ということになる。
特に、年輩の人は、「もったいない」「修理すれば使える」というような考え方をして、不必要なものまで捨てない。
「もったいないから捨てない」というのは、これこそもらたいないのだ。なぜかというと、それは、貴重な作業スペースを狭くしているからである。
もう一つ、「修理すれば使える」という考えも間違っている。なぜかというと、いつ使うか分からぬものを修理する人はいない。そして、もし、これが必要になった時には、修理している時間がないのだ。こういう時には、新品を買えばいいのだ。
整備時間は毎日一時間
必ず正規の勤務時間に、毎日一時間、行う。大切な活動だから、勤務中にやらなければダメだ。時間外にやるのは、ク搾取クである。これをやると、社員はたちまち反撥してくる。そして、毎日一時間というのは、「会社が存続している限り行う」ということである。きれいになったから、三十分に縮める、というようなことをやったら、必ず元の木阿弥になってしまう。
では、その一時間をどう使うかというと、はじめの十分か十五分は仕事の後始末、それから本番である。
本番の時間に、みんなでただ漫然と掃除したのでは、ク百年河清を倹つクことになってしまう。
必ず限定した部分だけを磨きあげるのだ。はじめのうちは、「週刊誌の見開き」だけのスペースとする。それには、予めリーダーが、どこをやるか決めておき、これを各人に割り当てる。ただし、建物が新しい場合と、二回日以降の場合は、もっと広いスペースでよい。
そして、「必ずその日にきめられたスペースだけとし、それ以外のところは、やってはいけない」のである。これを破ると、いつまでたっても効果はあがらずに終ってしまう。「その日に決められたスペースだけを磨きこむ」のでなければダメである。
はじめのうちは、この要領が分からず、磨くどころか、ク簡単に拭くク程度で″もう十分だクと思いこむ危険がある。
″今日やったところ´とクまだやっていないところ″の境目がハッキリ分かるようでなければダメである。
こうして、「一カ月に一巡する」くらいにするのである。これを繰り返すわけだが、実際に行ってみると、いろいろなケースにぶつかる。それをキチンと処理してゆくことが大切である。例を以下にあげてみる。
① 営業関係の人は、外部活動が主だから、毎日、行うことができない場合がある。要領のよいものは、「見積書を届けなければならない」とか、「何時に誰と打合せの約束がある」といって逃げてしまう。
だから、営業関係の社員は、毎週最終日の午後に全員がそろって行うようにすればよい。こうすると四時間ほどになって、ほぼ他部門の人たちに近い時間がとれる。この日は、全員で環境整備を行うことがはじめからわかっているのだから、トンズラの回実は認めないのである。
ある会社では、それでも逃げる社員には罰金一万円也を課して、これを社員の親睦会に寄付し、親睦会の会計が受領証書を出すようにしている。
② 装置産業などでは、そのスペースに比較して担当者が少ない。そのために、どうしても十分な整備ができない。
このような場合は、毎週一日、日をきめて他部門から応援を出すようにするとよい。これは、社員どうしが仲よくなるチャンスを与えることになる。
6 環境整備に馴染まない社員は、会社をやめてゆく。これは、心配いらない。こうした社員がいなくなる半面、真面目な社員がやめなくなり、会社の空気がよくなるからである。
④ 壁面は、床からニメートルまでを整備の範囲とし、それより高いところは素人では危険だから、専門業者に頼んだほうがよい。
⑤ 塗装には、十分な注意が必要である。整備の不十分なところを塗ってしまうと、塗装でゴマカシて整備を怠るという悪い習慣がつき、ここから整備が崩れていく危険があるからである。
⑥ 雨漏りや破損した個所は、リーダーの責任として処置をする。
社長の定期巡回点検
社長は、 一カ月に一日は必ず自ら点検して回らなければならない。これが志気を高める大きな役割をするのである。
「社長が時々、巡回してくれないとさびしい。巡回してくれると、煙ったいが嬉しい」これが社員心理である。
巡回日は、必ず予告しておく。抜き打ちはいけない。メモをとる社員を一名(そのグループのリーダーがよい)決めておく。
社長は、メモだけでなく、巡回中に気づいたいらないものを早急に捨てるように指示する。特に悪いところには、注意の赤シールでも貼るとよい。ある会社では、その赤シールは次回巡回まではがしてはいけないことにしているc
平素まったく使わないところ――たとえば建物の外壁とかフェンスの間とか― は、注意しなければならない。そして、よく整備できているところは、ほめる。
だんだんきれいになるにつれ、所要時間が短くなる。この時は、いよいよ社外進出をする。会社の前の道路、溝、河、空地など、やるところはいろいろある。社外進出を始めると、付近の人たちと親しくなって、和気藷々となり、人間関係の楽しさにひたることができる。
また、道端に草花の種をまいていいところなどには、いろいろな種をまくと、四季折々の花を楽しめるようになる。
照明を明るくする
環境整備と同時に行う必要があるのは、照明を明るくすることである。
それには、電球を使わずに蛍光灯を使うようにするとよい。蛍光灯は影をつくることが少ないので、 一様の明るさを得ることができる。
蛍光灯には、蛍光色と昼光色の二種類あるが、蛍光色では褪色するおそれのある商品には昼光色を用いるようにすればよい。
蛍光色は青味を帯びて明るいが、冷たい感じ、昼光色は赤味を帯びておだやかだが、ややわびしい感じがするので、場所によって工夫をする。ダブルの吊具に蛍光色と昼光色を一本ずつつけると中間の色となる。ルーバーをつけると、照明のジャマになるから不要である。
明るさは、机面で一五〇〇ルックス〜二〇〇〇ルックスくらいとする。照度計は、家電店に頼めば手に入る。
これくらいの照度にすると、見違えるように明るくなる。そして、快適となる。
照明を明るくしただけで、店舗などでは最低一〇%〜二〇%の売上げ増大となる。人間は、明るいところを好む動物なのだ。
環境整備コンクール
環境整備を半年も続けると、会社中が見事に生まれ変わったようになる。それでも、各グループで差がでる。これは、実際に巡回してみるとよく分かる。
社長は、このような差のでた個所を指摘するだけでなく、いままで見落していたいらない物や最近いらなくなった物がそのままになっている場合には、捨てることを指示する。捨てることを指示するのは、社長だけである。
また、掃除道具などで、古くなっても新品と交換しないものがかなり見当るから、これらのものを捨てることを指示しなければならない。
駐車場の自動車や二輪車、自転車などが一直線になるには、どうしても若千の日時が必要なので、うるさいくらい注意したほうがよい。
そして、最後の段階として、環境整備コンクールをやる。これは、グループ単位とする。期間は三カ月〜六カ月くらいで、きめられた採点法にしたがって採点し、賞品をだす。優勝、準優勝、二等賞、敢闘賞…などとして、全員に賞品が渡るようにする。優勝、準優勝には、立派な旗などを作って、持ち回りとすればよい。ただし、絶対に金銭などをだしてはいまた、コンクールを行っているうちに″環境整備気狂いクが生まれることがある。これは、たいへん結構なことだから、別に個人賞をだす。
ある会社の男子社員は、高校卒一名で、あとは全員大学卒だった。この会社のはじめての表彰式で個人賞をだした。賞を受けたのは、高校卒社員だった。文字通り環境整備の気狂いであった。
この社員は、指名を受けて社長の前にゆき、賞品を手渡され、社長が握手を求めたところ、両手で社長の手を強く握ったが、その握手の手の上に、社員の涙がホロホロと落ちて、社長の手までグショグショにしてしまった。
この社員は、ただ一人の高校卒ということに大きなコンプレックスをもっており、この会社では認められるようなことはないと思っていたという。
それが、並み居る社員の中でただ一人、個人賞をもらった。「社長はチャンと僕を見ていたのだ。そして、僕もこの会社で一人前の社員の仲間入りができた。努力をすれば認められるのだ」という感激の涙だったのである。
また、ある会社では、倉庫係全員に対して特別賞をだした。倉庫係は全員そろって、「僕たちの仕事を、社長はちゃんと見ていたのだ」と、社長にお礼を言った。
このような、社長と社員との″心の交流″は、清々しい限りである。それだけではない。この会社はお客様から絶大の信頼を得ているのである。
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