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八、わが子がかわいいのは分かるが

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大学卒業と同時に社長にする

大学卒業と同時に社長になったL氏は、二人兄弟の総領である。つまり、大学卒業と同時に社長になったのではなく、親父に社長にさせられたのである。

会社は三つの事業をやっており、一つはまあまあの業績であるが、もう一つは赤字寸前、残る一つは数年来赤字である。

L社長の友人が心配して、私にみてやってくれ、という依頼だった。L社におうかがいして、社長にいろいる状況を説明してもらったけれど、さっぱり要領を得ない。特に数字のことになると全くの「音痴」なのである。千円と百万円のところに、位取りの点を打つことが分からず、書きも読みもできない。全く、手のつけようがないのである。

むろん、自分の会社の業績が年々低下してゆくのに、危機感など全くない。それでも今まで、何とかかんとか会社がもったのは、父親が会長として健在であり、日常の仕事は息子に任せていても、資金がピンチに陥ると、自ら乗り出してきて、金をつくってくれるためである。

それと前社長時代に、前社長に仕込まれた業務部長がしっかりしていて、アシスタントとして、会社をとりしきっているからだった。しかし、業務部長としては、その立場上日常業務をとりしきることはできても、会社の運命を左右する事業の方向を決定するわけにはいかない。いかに有能であっても、部長としての限界のために、業績低下のスピードを遅くすることしかできなかったのである。

社長は毎日何をしているのかと尋ねたら、二つの事業所を回って従業員の監督をしている、というのだ。社長が目を放すと、従業員がサボルのだそうだ。こんなデクノ坊の相手をさせられる私は、迷惑千万であるけれど、友人からの頼みであり、ムグに断わるわけにもいかない。平素の行ないが悪いから、こういう目に会うのだ。とにかく引受けたのだからと自らに言いきかせて、お手伝いにかかった。

とにかく、数字の読み方と書き方が分からないのではどうにもならないので、読み書きから始める。まるで小学校の生徒と先生だ。しかし、すぐに頭が痛いと言い出す。大学で何をしていたのだと聞くと、麻雀とパチンコばかりやっていたというのだ。

あまり社長を頭痛で苦しめてもいけないと思い、適当に切りあげて雑談ということになる。

がぜん社長の顔に生気がよみがえる。ある日の雑談に、『父親は、会社の三つの事業部を三つの会社に分離して、二人兄弟に一つずつ継がせるつもりだ。 一倉さんの目から見て、どれがいちばん将来性があると思うか。いちばん将来性のある会社を、僕が継ぎたい』とこう言うのだ。

全く度し難い。私は、『自分勝手も甚だしい。あなただけ楽をして、弟達に苦労させるつもりなのか。あなたの性根は腐っている。それを直さない限り、どんな将来性のある会社を継いでも、つぶしてしまうぞ。長男のあなたの責任として考えなければならないのは、誰がどの会社を継ぐか、ではなくて兄弟二人力を合わせて、どうやって父親の残した事業を守るかだ』と決めつけた。

私はL社長と喧嘩をするつもりだった。そうでもしなければ、社長の性根をたたき直すことはできないと思ったからである。しかし、それは私の思い上がりだった。L社長がどの程度感じたか分からないが、私にののしられても平気な顔をしている。私の力などでは、どうにもならないのである。私はお手伝いを辞退したのである。

話にもなにもならないL社長を責める前に、私はそのような社長をつくり上げた父親に反省を促したいのである。

多くの創業者社長は、徒手空拳、全くの無一物から、会社の今日を築き上げた人が多い。その苦労たるや経験した人でなければ分からない。それだけに、自分の息子にだけはこんな苦労はさせたくない、という気持になる。

その親心から、つい息子に甘くなる。甘やかされた息子は、世の中を甘く見、生活の苦労を知らないだけに他人に対する思いやりも少ない。このような人は、社長として、最も不適格な部類に入る。

その不適格者を、自分の後継者にするのだから、うまくいくはずがない。それを、盲愛から、学校を卒業すると自分の会社に入れて、数年のうちに、専務や副社長にする。L社長のごときは、大学を卒業して、いきなり社長だから全く恐れ入る。

いかに親の愛だろうと、本人に力量が備わっていないのだからこまる。親の目の黒いうちはなんとかボロを出さずにやっていけるかもしれない。しかし、親がいなくなったら、とたんにボロを出すハメになる。これでは本当に子供をかわいがっていることにはならない。

経営者の座がいかに厳しく難しいものであるかは、自分がいちばんよく知っているはずなのに、子供のことになると盲目になってしまうらしいのである。

七光りだけでは

T工業の社長から、息子の専務を教育してくれ、というご依頼である。寄る年波で疲れたから、息子に会社を譲りたい。しかし、今のままでは心もとないから、経営者の道を教えてもらいたい、ということである。私にそんなことができるわけないけれども、せっかくのご依頼なので、できるだけのことはさせていただくということでお受けした。

ちょうど、社長は会社の将来のためには、今の事業だけでは「一本足のかかし」なので、もう一つの事業を起こしたいと、その構想を練っていたところなので、専務にその新事業を任せて、社長と私でバック・アップすることに相談がまとまった。

そうすれば、自分で事業を起こす苦労が分かるから、という計算だった。

この計算はみごとに外れてしまった。大学を卒業しており、すでに数年にわたって社長の許で経験を積んでいるにもかかわらず、計画力がない。事業をするには、何が必要で、どうしなければならないかを、質問や暗示を与えながら引き出そうとするけれど、サッパリである。仕方がないので宿題を出す。これもできていたことがない。

それでも、ョチョチ歩き出すことがあるので、しめた、と思っていると、数歩行ったところで、座りこんで、もう動こうとしない。社長が死んだらどうなるだろうかと、心配になる。それとも、父親が達者でいるうちはダメでも、頼るものがいなくなったら、真剣になるものなのだろうか。

Z社の専務は最高学府を出た秀才である。近代的な好青年である。学校を卒業すると同時に父親が社長をしている会社に専務として入った。社長は、いっさいを専務に任せるから、好きなようにやれ、ということで、私に顧問になってくれというのである。

専務と会社の事業について、いろいろ検討を進めていく。理解力はすばらしいし、判断力も優れている。ただ惜しいことに、行動力に欠けるのである。

決めたことを全然やらないわけではないけれども、行動半径が小さい。計画は、やさしいところはやっても、難しいところはいつも行なわれない。『インテリは頭はいいが行動力がない。頭を生かすのは行動だ。もっと動け』といつも私に気合をかけられているが、さっばりである。

何回も会い、お互に気心も知れてきたところで、専務は、『今の事業は、どうしても僕の性格に合わない。僕のやりたい事業は、これこれのことだ』と私に打ちあけてくれた。私もそれは感じていたのである。

いくら父親が始めた会社でも、性格に合わないのでは仕方がない。今までに何年も努力をしてきても、どうしても本当にやる気が起こらないのではどうにもならない。物すごい過当競争で、価格だけが勝負のような今の業界では私の目から見ても専務の性格ではムリである。父親とそのことについて話合ったことがあるか、と聞いてみると、話合ったことは特にないが、うすうす感づいていることは確かであると言う。

このような状態では、いつまでたっても専務は救われない。いや、会社が救われないのである。

父親は自分の子供の性格については、幼児の時からずっと見ているはずである。この子は、こんな性格だから、このような職業がいいだろう、ということを考えて、そのようにしてやるのが、いちばん子供にとっては幸せではないのだろうか。

子供の性格が、経営者として向いているかどうかは、父親には分かっているはずなのに、不適と知りつつ自分の会社を継がせようとすることは、父親のエゴと言われても仕方がないであろう。

たとえ父親の立場からすれば、それは愛情であってももしも、あなたの息子さんが、経営者として不適格である、というように思われたなら、あなたはどうされますか。

M社の専務は社長の長男であり、まだ三十歳には間がある。現在営業部長を兼ねている。

専務の直接の部下だけでなく、社内の評判は物すごく悪く、総スカン的である。部下の評判が悪いだけで、その人を評価することは早計であるけれども、私の目から見ても、単にいばり散らすだけで無能である。どうしても部下の評判に加担したくなるのである。

父親の社長とて、息子の評判は何かと耳に入るはずである。社内よりも、むしろ外部から、より多く入るだろう。それを社長はどのように受けとめ、どのように考えているのだろうか。

恐らくは、自分が教育をし、経験を積ませることによって、 一人前にしようとしているのであろう。しかし、私の目から見ると、経営者としては「瓦」であり、いくら磨いても瓦は瓦でしかないと思われるのである。教育や経験によって、無い能力を与えることはできない。できるのは、隠れた能力を引き出すことだけである。このことは、私の職業を通じて痛感させられるからである。

能力もあり、真剣に経営と取組んでいながら、ポイントが分からなかったり、方向を間違ったり、内部管理に関心の焦点を集めてしまったりしていても、優れた社長は私と話合っているうちに、その間違いにハッと気がついて、正しい方向を向く。その瞬間から、会社の業績は向上してゆくのである。

私の話というのは、公開された事例からの教訓や、その会社自体の数字などであって、高邁な理論など何もないのに、その中から、自分の会社の方向を正しく探り出すのである。

それに反して、ボンクラ社長は、いかにいろいろな失敗の教訓を目をすっぱくして間かせても、会社の危険な傾向を数字で示しても、さっぱりなのである。

社長が自らの会社の将来の方向を正しく決めてくれないことには、私としてはいかんともし難いのである。このような時には、つくづく私自身の能力不足を痛感し、人を説得することの難しさを思い知らされるのである。

しかし、よく考えてみれば、相手にない能力を要求していることでもあり、能力のないものは、いかに他人から何を言われようと、できないことはできないのである。

「人を見て法を説け」という諺は、社長に対しても決して例外ではないのだ。

社長という職業は、容易ならざるものである。単に難しく厳しいだけではなく、「社員の生活を保障する」という、大きな社会的責任を負っている。だから、いかなることがあっても、つぶしてはならないものである。

それだけに、社長たるものは、わが子を後継者にすることについては、単なる愛情や、息子の「既得権」とは考えずに、本当に会社を守り抜くことができる能力を持っているかどうかを見定めてもらいたいのである。

親の七光りで、息子を重役にすることはたやすい。しかし、息子にその能力がない時には、七光りは表面だけで、本当に威力を発揮することはできないのである。

救われないのは、ボンクラ息子程、自分の能力を知らず、七光りを自分の能力と思いこんでいることである。

二世にも、優れた能力を持った人は多い。むしろ、父親勝りと思われる人を、私はたくさん知っている。それらの人々は、『自分の立場は七光りによって保たれている』と私に語る。この言葉を聞くと、私はホッと安心するのである。

優れた社長の息子にも、できのよい息子と悪い息子がある。それを、味噌もくそもいっしょにして、会社の重役にするのでは、「同族経営」と言われても仕方がないであろう。

同族経営は、それ自体が悪いのではない。諸外国にも、わが国にも、同族経営で優れた会社は数多い。悪いのは、同族なるが故に、無能者が経営者の地位につくことなのである。

社長たるものは、自分の事業を継がせる者を選ぶときには、同族なるが故にではなくて、この事業を引継いで、立派にやってゆける能力を持っている者は誰か、という観点から、後継者を選んでもらいたいのである。

この観点から選ばれた後継者ならば、それが息子であろうと、他人であろうと一向にかまわないのである。同族アレルギーになる必要は毛頭ないのである。

F電化

F電化の社長は、後継者についての考え方、というよりは、息子について次のような考え方をしている。

息子を社長にしたいのは、親の情として当然だと思う。ただし、その息子に社長としての能力があってのことである。息子に社長としての能力があるかないか、いや、能力をつけるために、次のことを考えている。

それは、息子が大学を卒業したら、少なくとも十年間は他人のメシを食わせる。場合によっては二十年かもしれない。

息子の言動を見つめながら、何とかやってゆけそうだと思ったら、新しい会社を起こし、息子をその新会社の社長にする。

もちろん、資金は用意してやる。設立についてのいろいろな準備や手続きについては援助はする。しかし、それをやるのは息子である。こ

の段階で、事業を始めることの難しさを教える。それ以後は、いっさいの面倒は直接には見てやらない。経営上のことで相談にくれば、ヒントは与えてやる。そこまでである。

もしも、息子に社長としての能力がまだ備わらないか、あるいはない場合に、会社がつぶれるようなことになったら一回だけはその始末は全部つけてやって、他人様に迷惑をかけるようなことはしない。その失敗に反省してくれたら、社長業をやらせるけれど、ダメだと思われたら、他の道につかせる。

親の愛情と、社長としての社会的責任について、このように考えているF電化の社長の気持は、私としても同感を覚えるのである。

中小企業の大部分は、実質的には同族経営であり、後継者難という点については、想像以上にいろいろな問題をはらんでいる。

企業は永遠に存続しなければならない、という社会的な要請と、親として、息子または同族の誰かに自分の後継者になってもらいたい、という人間としての極めて当り前な願望を両立させることは、難しいことでもあり、理屈だけでも親の愛情だけでも解決しないのである。

基本理念は、企業の社会性にあることは間違いないにしてもである。

「同族経営はいけない」という理論は、その内容は極めて明瞭なように見えて、その実極めてアイマイである。頭から、同族経営はいけない、と言うのはおかしい。同族経営が悪いのでもなければ、非同族経営がいいのでもない。大切なことは、同族の可否ではなく、経営者や後継者の可否なのである。

おもしろいことに、同族経営から脱出しようとしている社長の同族には、優れた後継者候補がおり、同族経営を既得権のように考えている社長の後継者候補は、いただけない場合が多いということである。

このことは、優れた経営者は優れた後継者を求めていることの実証であり、ボンクラ経営者は後継者についても、やはり思慮が足りないということなのである。

社長たるものは、企業の永遠の生命のために、自分の後継者を誰にすべきかを、同族を含めて広く深く考え、探し、決定し、帝王学をたたきこまなければならない。

わが子かわいさに目がくらんで、企業の社会的使命を忘れるようなことがあってはならないことを、自分自身に言いきかせなければならないのである。

青年部会

東京都のK工業協同組合には、青年部会がある。メンバーは全員クニ世経営者候補″である。副社長、専務、常務というような肩書の人々の経営研究グループである。年齢に上限がある。だから、私はもう八年程のつきあいになるけれども、いつも若々しい。二十名程のグループである。このグループの研究熱心には本当に頭が下がる。

定期的な研究会を開いていて、それには三種類ある、ク経営研究会クク経営サロンクク経営放談会´といって、それぞれ毎月一回、つまり一カ月二回もある。すべて夜間である。

経営研究会というのは、各方面の権威者を幅広く招いて話を聞き、質疑を行なう。

招くメンバーは、経営者、経営学者、経営コンサルタント、政治家、経営者団体の役員、労働団体役員、ジャーナリスト、文士、碁・将棋の高段者、スポーツの引退名選手、医者、その他もろもろの斯界の第一人者である。

多彩な講師構成から、さまざまな教訓を、どん欲に吸収する。高邁な哲学から、セックス・コントロールにまで及んでいるのである。研究会には、この外に年数回にわたる会社の見学会があり、私にも見学会の紹介を依頼してくる。先年は、アメリカに中小企業視察に行ってきた。

経営サロンは、研究テーマを決めて、それぞれの会社の方針や考え方をぶつけあう。新製品開発から始まって、販売、生産、労務、資金、税務対策等々……根本理念あり、トピックありで、何回かオブザーバーで列席させられたが、実におもしろい。同時にいろいると教えられる。

経営放談会というのは、文字通り放談であり、テーマは決めていない。日常のいろいろな見間が交換され、新聞・雑誌の記事が話題にのぼり、麻雀大会や釣り、ゴルフの約束までする。時には、がんこ親父との意見対立のボヤキが出たりする。こんな時はおもしろい。それぞれ身に覚えのあることだけに親父教育の共同謀議(?)にまで発展する。

これだけの熱心さであるから、このグループからは倒産会社は一つも出ていない。本当に立派である。

この立派な研究グループが、長年続いているのは、二世の熱意とともに、協同組合の専務であるT氏の手腕がある。その手腕を表面に出さずに、あくまでもク縁の下の力持ち″に徹しているのには、敬服の外はない。さらに別の理由として、この研究会が地域団体であることだろう。

同地域だけに、お互に身近で共通の話題を持つことができ、ある種の連帯感がある。その上、お互に異業種で、得意先も取引先も違うために、ぎっくばらんに話合うことができる点である。

同業組合や、特定企業の協力工場組合では、どうしても利害がからむので、お互のケン制がある。協力工場組合の研究会では、親企業の幹部がオブザーバーで出席することがしばしばある。監視のためか善意かしらないが、こんな状態では、言いたいことなど言えるものではない。だから、研究会とは名のみで、ク呑み会″になるのがオチなのである。

余談はさておき、この青年部会のような研究グループが、もっともっとできていいと思う。そして、それは、ひとり二世経営者候補だけではない。現職の社長族にとっても、単に外部の人の講演を聞くだけの研究ではなく、お互に社長同士で経営についてザックバランに話合う研究会を持つことは、自社の経営に大きなプラスになることは間違いないのである。

二世の皆様ヘ

あなたは、この章を読まれてどんな感想を持たれましたか。

社長の息子として、小さな時から何不自由なく暮してきているだけでなく、いつも周囲の人々から、「社長の坊ちゃん」として特別扱いをされてきている。

自分では気がつかなくとも、わがままで、どうしても思いやりに欠けやすい。例えばL社長のごときは、平気で私との約束を何回もスッポカして、「申し訳ない」の一言さえ言わなかった。

あなたは恐らくは最高学府を卒業して、父親が社長をしている会社に入ったことと思う。もしも、他人のメシを食ってから入社したならば、それは幸いである。ただし、二年や二年では、たいしたことはないが……。

入社した時から、次期社長候補である。たとえ役職は低くとも、特別あつかいされて、下積みの本当の苦労は知らない。そのために「人に使われる人」の立場が分からない。短時日のうちに昇進してゆくから、それぞれの段階での経験は不足である。

そのうえ、「七光り」によって自分の意見は少々おかしくてもあまり反対もされずに通る。次代社長に対して、その不興を買ってまでその誤りを指摘してくれるだけの、本当の意味で、あなたのためを思ってくれる人など、めったにいるものではない。

このような環境が、 一見極めて恵まれているようで、その実、経営者としては大きな弱味となってくる。部下の立場に対する理解にかけ、世の中を甘く見てしまう。この甘さが、経営に対する真剣味を欠くことになりやすい。父親がいるうちはいいが、自分で一本立ちした時に、どうしていいか分からなくなる。

S社長は、父親が社長の時には、社長を批判していたが、父親が死んで、自分が社長になったら、社長は何をしていいか全く分からない、という悩みを、私のところに持ちこんでいるのである。

危機直面した時こそ問題である。情勢を見誤ったり、優柔不断となって、右すべきか、左すべきかの決断がつかず、回生の道を見つけ出せなかったらたいへんである。部下に対しては、自分の意志を、いいにしろ、悪いにしろ、通すことはできる。

しかし、外部に対しては、そうはいかない。そして、経営とは外部に対応することであり、厳しい外部情勢に対応できなければ、企業は破綻してしまう。

その外部情勢に対処するための方策は、誰も教えてくれる人はないのだ。自分で考え、自分で決めなければならないのである。

」このような時に、部下に期待することは全くの間違いであるし、その期待にそってくれる部下などは、いるはずがないのだ、ということを知っておかなければならない。そのような能力のある人は、独立して社長になっているからだ。

経営者とは、そのように孤独であり、その孤独に耐えることは、なまやさしいことではないのである。

何はともあれ、社長は、自らの会社の経営についての全責任を負わなければならず、どんなことがあっても、会社をつぶすことはできないのである。

会社をつぶすことは、得意先に対し、仕入先に対し、従業員に対し、株主に対して大きな罪悪をおかすという、反社会的なものである。

あなたは厳しく、苦しく、重い社会的責任を負った社長に将来ならなければならないのである。それまでに、帝工学を勉強しておかなければならない。

それには、どのようにしたらいいかを、自ら考え、自ら実践しなければならないのである。あなたには、父親という手本がある。良い意味においても、悪い意味においてもである。

あなたの日から見たら、父親はがんこで時代遅れかもしれない(私の目から見た場合にも、六十歳を過ぎた人は、そろそろ時代感覚のズレが感ぜられ、七十歳以上の社長は、時代感覚がズレている人はさらに多い)。

しかし、現在時代遅れであっても、若い時から時代遅れだったわけではない。若い時は時代に合った考え方で経営を行なってきたのである。だから、批判は批判として、父親はダメだと考えるのは間違いである。今日の会社を築きあげるまでには、さまざまな危機を何回も切り抜けてきているのだ。

経営者の真価を決めるものは、危機に立った時に、これにどう対処するかである。このような時には、判断力や統率力もさることながら、決断力こそ最終の鍵を握るものなのだ。

決断力のない社長は、他にどんな資質を持とうと、才能があろうと、それだけで失格である。その決断力こそ、何回も危機を切り抜けてきた、あなたの父親に学ぶ最大のものである。

それには、日常の仕事における父親の采配ぶりを見ても参考にはならない。何故かというと、決断というものは、外部情勢の変化が、会社に危機をもたらす時に行なわれるものだからである。

父親の決断について、先ず学ぶのは、会社がまだ基礎の回まらなかった創業当時に多くあるはずである。

創業当時の苦労を、いろいろあなたに話してくれる時に、「また始まった」と敬遠せずに、むしるこちらから進んで、そのときの外部情勢などを聞き出し、父親がどのような決断によって、危機を乗切ったかを学ぶべきである。

過去のことだけではない。これからも危機は何回もくる。その時には、父親といっしょにそれに対処しなければならないのだが、「自分ならこうする」という考えを、ハッキリとさせ、父親と相談すべきである。自ら考えると、父親の考えがよりよく理解できるからである。

このような時に、誤りない結論を得るために最も重要なことは、外部情勢を的確に把握していることである。これは、その時になって、あわてて調べてもダメである。

平素から、自らの時間と関心の大部分を外部に向けていなければ、的確な外部情勢の把握などできるものではないのだ。内部管理中心の、経営学と称する内部管理学のトリコになってしまったら終りである。その誤りは、本書に随所に指摘してある通りである。

新聞、書籍、雑誌、テレビなどのマス・コミ情報はもちろん、各界の権威者の講演会、研究会にも進んで出席することが大切であろう。この時に関心の焦点を自分の業界のみに限ってはいけない。広く、むしろ他業界その他直接関係のないようなさまざまな情報が大切である。

外出して、少しでも時間があったら、デパートに飛びこんで、上から下まで陳列してある商品を見て歩くことである。私は、この「デパート素見」から、どのくらい貴重な情報を手に入れるか分からないと思うのである。

とにかく、日に見、耳で聞き、肌で感ずるすべての情報を、ドン欲に吸収し、時代の流れをとらえることに努力しなければならない。

それらの情報を背景とし、得意先、取引先、業界団体、行政官庁、銀行などをできるだけ、多く、広く訪問し、そこから得られる情報を総合して、自社の事業を考えるのである。

外部情報こそ、誤りやすい自社の方向を決めるために最重要のものであることの認識がなくて、これからの経営など、できるものではないのだ。

もう一つ、大切なことがある。それは「経理」の素養を身につけることである。

私のおつきあいする社長で、数字の分からない人が多すぎる。危なくて見ていられない。数字を知らないくせに、会社を経営しようとするのは、個人経営ならいざしらず、大勢の人を使う会社の社長として、考え方が甘すぎる。「盲目飛行」ならぬ「盲日経営」で、会社の舵などとれるものではない。

「生理的に経理がきらいだ」で済む問題ではない。自分だけならそれでよい。しかし社長は大きな社会的責任を負っている。その社会的責任を果たすためには、「数字を知った経営」でなくてはならないからである。個人の好き、嫌いの問題ではないことを知ってもらたいのである。

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