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八、盲目の資金運用

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あけてびっくり玉手箱

『資金繰りが苦しいので、家屋敷を売りたいと思うのですが、女房は子供の学校が変わるから売りたくないと言うのです。どうしたらいいでしょうか』K社から、経営が苦しいから診てもらいたいというので、お伺いしたときの社長の第一声である。

私は、K社のことはまだ何も知らないのだ。財務分析さえこれからやろうというのである。それでも、とにかく事情をきくことにした。

昨年、新工場を建設したので、その建設費の支払いが多額で、毎月、資金繰りがたいへんだというのだ。おきまりの融通手形も月商額の八〇%に及ぶという。

バランス・シートを見せてもらうと、利益率はきわめて低い。赤字でないというだけだ。

建設資金分の支払手形の総額は、という質問に、すぐ総額が答えられず、一件一件、指を折って金額をあげてゆく。『とにかく資金繰表を拝見したい』と言うと、当月資金繰表しかないという。

『それでは、来月以降は、何月にいくら足りなくなるのかわからないのですね』と念を押すと、そうだと言う。危い、危い。全くのめくら経営である。

財務分析も収益向上もあったものではない。損益がどうだろうと、資金ショートを起こしたらその瞬間に倒産なのだ。その資金がどうなっているか、全然わからないのだ。全く驚き入ったことである。

『とにかく資金繰表をつくって、何月にいくら足りなくなるかを見て考えましょう』ということになった。コンサルティングの第一日目に、まだ、何も会社の様子がわからないのに、この有様である。たいへんなコンサルティングになったものである。

社長に売上予測と回収予測をききながら、経理担当者の費用計算を基にして、とりあえず六カ月の資金繰表をつくっていった― 資金繰表は三カ月では経理的にはよいけれど、経営的には短かすぎる。どうしても、最低六カ月は必要である。六カ月間にわたり、個々の項目の数字を入れ終わり、月別収支の計算を始めた。計算してゆくうちに、月々の資金不足額が明らかになっていった。

その不足額は、月商を一とした場合に、当月○ ・八、翌月〇・五、翌々月一。○、四カ月めには〇・四、五カ月めに〇・二、六カ月めにやっと収支のバランスがとれるのだった。不足額二・九カ月分だ。六カ月間に三カ月分とは恐るべき資金不足である。

それを見ていた社長の顔がまっ青になって、額には冷汗が浮かんできた。漠然とした苦しさが、具体的に数字となって表われたのを見て、まさかこれほどとは、思ってもみなかったのだ。

今までは、当月の不足分だけ見ていたので、あまり感じなかったのに、今度は六カ月間の不足資金の総額を見せつけられたので、びっくりしたのである。

不足資金の調達ができなければ倒産である。私は社長に質問しながら、考えられるあらゆる金策をねった。幸いなことに、当月だけは商工中金からの借入れが決まっているので、とにかく一カ月の「時」があった。

材料の現金払いを全部約束手形に切り替える。これで、〇・五カ月分助かる。社長は、材料は現金払いの約束だからダメだという。冗談じゃない。会社の危急存亡のときに、そんなのんきなことを言っていてはいけない。

材料屋に事情を話して、そのぶんの金利を払えばいい。それが社長の仕事だ、とハッパをかける。

得意先からの前借りと、製品前納による繰上支払いの要請で〇・ニカ月、協同組合からボーナス融資○ 。ニカ月、親せきと友人から○ ・ニカ月、増産分で〇・ニカ月、残りの一カ月分を銀行借入、という対策案をつくり上げた。

こうすれば家屋敷を売らなくとも済むことはわかった。しかし、これはあくまでも案であって、実現したものではない。これから一つ一つ相手と交渉し、実現してゆかなければならないのである。

とにかく、 一刻も早く金融機関に申し込まなければならない。メーン・バンクと国民金融公庫に半々に決めて、借入申込書類をつくった。三日間かかった。それから五カ月間、社長は必死で頑張った。努力のかいあって、なんとか切り抜けることができたのである。

そして、その過程で私の勧告を入れた社長自らのけんめいな営業活動によって、有利な仕事がみつかり、黒字基調へと体質が強化されたのである。次には、融通手形の征伐という難問があるから油断は禁物だ、と社長にネジをまく。それが私の役だ。

K社がこのような事態になったのは、無計画な資金運用にある。ほんとうは、運用という言葉さえ使えないムチャクチャなのである。

月商の一〇カ月にも相当する新工場の建設を、旧工場の土地売却代金と一年ほどの月賦手形でまかなうという誤りを犯してしまったのである。

いくら初めての経験とはいえ、設備は長期資金という、経営のイロハも知らず、月賦手形の月別金額を見れば、落としきれないことは気がつかなければならないはずなのに、それさえもやらなかったのである。

今までなんとかやってきたという実績で、資金繰りを甘くみてしまったのである。

まだある。家屋敷を売ったらその金はどうなるかを検討もせずに、既に不動産業者に依頼していたのである。よく調べてみると、期間的に、既に買替えの特典は適用されず、売却代金の大半は銀行への借金返済にあてなければ手形を割ってもらえない。残りは税金にとられて、運転資金としては何も残らないということだったのである。

売掛金がたまって困る

T社は間屋である。社長の悩みは売掛金の過大であった。

問屋同士の競争が激しく、セールスマンは商品を小型トラックに積んで、ドライバー・セールスをしていた。小売店の店頭で、お客の応対をしている店主をつかまえて商談をし、商品をおろし、納品書をきる。

売掛金を請求しても、今日は忙しいとか、都合が悪いから二、三日待ってもらいたい、と言われると強くも言えない。あまり強く言うと、もう来なくてもよい、と言われるからだ。

一方、自分はノルマを背負っているので、 一軒でも多く回らなければならない。そこで、『では、この次にお願いします』というようなことになって回収が遅れ、売掛金がたまってゆく。

経理担当者がヤイヤイ言っても、セールスマンにはうるさがられるだけだ。何かうまいテはないか、という。うまい手があるわけがない。

ごたぶんにもれず資金繰表がないので、六カ月間の資金繰表をつくり、月別の不足金額と売掛残を明らかにした。不足資金は、 一応、借入金でまかなうという仮定をたてた。もしも売掛金が回収できれば、それだけ借入金が少なくて済む、と説明した。売掛金は月商の三倍近くあるのだ。

次に、当月資金繰表をつくった。そして、セールスマンには、これを見せなさい。

二〇日には手形をこれだけ落とさなければならない。しかし、当座預金の残高はこれだけしかない。さらに、二五日は給料支払いでこれだけ金がいる。しかし金はない。それに対して売掛金はこんなにある。だから、もうかっても金繰りは苦しいのだ。「勘定合って銭足らず」をよく説明して、回収に努力してもらいなさい、と。

その結果は、セールスマンに頼むまでもなく、社長が自分で得意先を回って集金を始めた。

資金繰表から決定を下す

T精織の経営計画樹立のお手伝いをしたときである。まず、社長の意図に基づいて年間の利益計画を作りあげた。相当意欲的なものだった。

順序からいけば、次に資金運用計画を作り、利益計画と合わせて資金繰表に展開していくのであるが、設備投資もなく、それ以外にも特に大きな変化はないので、資金運用計画をはぶいて、資金繰表を作った。

最初だけは、社長に理解してもらうために、社長自らに作ってもらう、というのが私の主義である。

夜、社長に資料を持って私のとまっている旅館に来てもらい、作り方を説明しながら、社長に作業をしていただいた。例によって六カ月である。三時間ほどかかってでき上がった資金繰表を見て、社長は「ウーン」とうなっていたが、やがて、

『こんなことではダメだ。先に作った利益計画を変更する。売上げをもっとふやすのだ。ふえた分は私が自身で売りさばく。もう一つは、原糸在庫の徹底的な圧縮だ』と、二つの意思決定がなされた。

資金繰表は、借金を返すだけ、借りかえなければならないことを示していた(借入金計画は資金運用計画で行なうのがほんとうであるが、資金繰表から出してもさしつかえはない)。

これでは、金利負担がいっこうに減らない。経常利益が出ても、借金は減らせないことがある。これが資金繰りというものだ。

数年前の繊維業界の不振の後遺症として、金利負担が大きく、その軽減が大きな課題だったので、もっと売上げを増大して、金利率を下げなければならないというのだ。原糸在庫の切りつめも、もちろん、資金効率の向上だ。

翌日、社長は出勤するとすぐに役員を集め、資金状況を説明したのち、売上げ増大と在庫圧縮の方針を明らかにした。まさに社長と経理部長との一人三役である。一夜にして、社長を経理部長兼任にさせたものは、資金繰表だったのである。

売上げ増大のためには、八台の遊休機械を全部稼働させることになった。従来は、人手不足と機械配置の不具合いを理由にして放っておかれたものだ。いろいろ工夫した結果、人員編成をやり直せば増員せずに可能であることがわかった。

次には、原糸在庫の圧縮である。前月末の棚卸表を持ってこさせ、デッドストックをなくす作戦を練った。 一品一品について詳細な検討がすすめられ、売却、流用、加工糸の製品化など具体的な方策が決定され、在庫半減の見通しが立ったのである。

会社創立以来、数十年、はじめて棚卸表がほんとうの意味で検討され、しかも役だったのである。

資金運用計画から設備投資を

J製作所は、創立以来既に五十年余、創業者社長の堅実無比な経営方針で、利益率こそあまり高くないが、内部蓄積も多く、現社長のもとでもなんら業績の不安はない。

しかし、工場の建物が老朽化し、つぎ足し、つぎ足しで成長してきただけに、建物の構造や配置自体が生産性向上をはばむ要因の一つになってきたのである。そのうえ、手狭にもなってきた。

どうしても新工場を建てなければならなくなった。幸いにも、付近の工場団地に土地が確保できたので、そこに新工場を建てることになった。

どうせ建てるなら、二度手間をかけないほうがいいということになり、将来に備えて、工場建物の大きさを当面必要の三倍の大きさにとり、事務所をはじめ、社員寮、食堂付厚生会館などを建てるという計画をたて、所要資金が見積もられ、金融機関からの借入の了解もとった。

J製作所は、創立以来既に五十年余、創業者社長の堅実無比な経営方針で、利益率こそあまり高くないが、内部蓄積も多く、現社長のもとでもなんら業績の不安はない。

しかし、工場の建物が老朽化し、つぎ足し、つぎ足しで成長してきただけに、建物の構造や配置自体が生産性向上をはばむ要因の一つになってきたのである。そのうえ、手狭にもなってきた。

どうしても新工場を建てなければならなくなった。幸いにも、付近の工場団地に土地が確保できたので、そこに新工場を建てることになった。

どうせ建てるなら、二度手間をかけないほうがいいということになり、将来に備えて、工場建物の大きさを当面必要の三倍の大きさにとり、事務所をはじめ、社員寮、食堂付厚生会館などを建てるという計画をたて、所要資金が見積もられ、金融機関からの借入の了解もとった。

勘定あって銭足らず

『先日経理士から出された決算書をみると、先期は思いのほか利益がでている。しかし、私にはどうしてもそんなに利益がでているとは思えない。もしも、そんなに利益がでているのなら、もっと金繰りが楽になっているはずだ』という、C社社長の素朴な質問である。

しかし、社長がこれでは困るのだ。損益と資金運用の関係をなにも知らない。よくこれで社長がつとまるものだと妙なところで感心してしまう。

そこで、決算報告書を、先期と先々期分を借りて、社長の目の前で、比較貸借対照表をつくってみせた。正式のフォームではなく、財産の部と、借金の部という表現を使ってだ。一倉流である。この表を見せながら説明をする。

利益というのは残った金ではない。会計期間中の財産の増減と借金の増減との差額であること、残った金は、現金と当座預金だけである、ということを。

ところで、あなたのところは、財産はこれだけ増えているが、その内容を見ると、売掛金がこれだけ増えている。つまり「貸し売り」がこれだけ増えているから、その分だけ現金は不足する。

また定期預金の増加分だけ手許の現金が減っているのだ。その他、受取手形、在庫、固定資産など財産項目について、その増加の内容を説明する。

次は借金の部だ。あなたのところは、これだけ借入金が減っている。それだけ借金をかえしたから、つまり、借金が減っただけ現金も減っているのだ。……そして、その他の借金項目についても、かんで含めるように説明して、結局、あなたのところは、財産がこれだけ増え、借金はそれより少ししか増えていない。その差が利益なのだ。

利益とはそういうものなのだ、と。やっとわかってもらったのである。説明するほうも汗だくだ。

社長がわかったからといって、問題が解決したわけではない。資金計画をたてて経営するようになって、はじめてこの問題が解決するのだ。しかし、この社長がけっして例外ではないのである。

経営者は資金運用の勉強を

ある中小企業経営者の集まりで、私は資金繰表をつくっている会社をきいてみた。二〇社ほどで、なんとニカ月間の資金繰表をつくっているところがたった一社、あとは全然なし。

S銀行のF支店長はなげく。『私たちはお客さまに金を貸すのが商売だ。だから、お客さまの資金需要をつかみたいと思っている。せめて三カ月の資金繰計画をご提出いただいたら、私たちはもっと計画的なサービスができる。しかし、いくらお願いしてもなかなか出していただけない。そして、土壇場になって金が足りないとおっしゃる。なんとかならないものでしょうか』と溜息である。

わが国の中企業の相当部分と小企業の大部分は、儲かっているのだか損しているのだかは、決算をしてみないとわからない。もちろん資金繰表などない。今月はいくら足りないのかを経理担当者にきいて、あわてて銀行にかけこむのだ。これを長年繰り返している。

銀行とても、いつも金都合がいいわけでもないし、金融引締めにでもなれば、なおのこと借金がむずかしくなる。銀行から借りられないとなると得意先に泣きつき、親せき知人の間をかけ回る。それでもだめだと、高利の金に手を出したり、融通手形を発行したりする。こうなったら終わりである。いや倒産劇の始まりなのだ。

高利の利子をかせげる仕事など、あるものではない。融通手形に至っては完全に麻薬である。痛みがとまる、高価につく、だんだん量を増さないときかなくなる、というわけだ。

いったん融手に手をだすと、相手との間にくされ縁ができてしまい、頼まれると、前に頼んだ手前断われない。不渡りをくったら、当座の資金繰りにダブルバンチをくう。そうなったらたまったものではない。

融手の最大の罪悪は、ただの紙片が、合法的に日本銀行券に化けるところにある。それだけにニセ札よりももっと始末が悪い。融手をきる場合に、多少の後ろめたさは持っても罪悪感をはっきりともつ人は、まず皆無であろう。

法律で罰する手がないからだ。その融手が、莫大な金額の融手が日本国中に充満しているのを見ると、空恐ろしくなる。

資金繰表をつくっている会社でも、社長自ら真剣に検討する人はあまり見かけない。普通の場合、経理部門が、自分の仕事のためにつくるのであって、社長にみせるためのくふうはほとんどなされていない。

そのくせ、トップが資金繰りに関心を示してくれないとこぼす。社長族にきいてみると「わかりにくい」という。このヘんはどうも、資金繰表のフォームにも問題がある。

まず第一に、項目が多すぎる。第二に、区分が多すぎる。いずれも金融機関か経理業務の都合に焦点を合わせているからだ。

忙しいトップに見せる書類は、それがどのようなものであれ、極力簡素化し、要約すべきである。資金繰表は、原始的な四区分法で、極度に要約した項目にすべきだという主張を私はもっている。社長のために特別につくってもたいした手間がかかるわけではない。

当月資金繰表に至っては、わかりにくい断面チャートが多い。これが読めたら専門家だ。「ここと思えばあちら」式に読まなければならないからだ。わかりやすい暦日管理の時系列チャートにすべきである。

私がこれをつくって差し上げると、わかりやすいといって、いつも喜ばれる。金銭出納帳が読めれば、一倉式資金繰表は読めるのだ、と大見得をきりたいが、実はある会社でやっているのを、ちょっと手を入れただけのものだ。

もともと実戦家の知恵でつくりあげたものである。

第二には、数字を適当に記入しているのが多い。それは、売上げと購入の発生月と、回収または支払い月、手形の決済月との関係を、どう記入していいかわからないためにそうなるのだ。突っ込んでいくと、たいていボロを出す。

第四に、そして最もいけないのは、計画は計画だけ、実績は実績だけのものが多いことである。必ず、計画と実績を比較検討できるものでなければ、前向きの対策はとれないのだ。

それも、計画期間全体にわたって、一覧性をもったものにするのだ。 一般にある、計画・実績比較は一カ月だけである。これではダメだ。

以上のような点にくふうをこらして、社長の意思決定に便利なような形式と表現を、担当者に要求するのも社長の仕事であろう。

とにかく、社長としては、「資金繰りはどうなっているかわからぬ」で済む問題ではない。わからなければ自分で勉強すべきである。あるいは、人にきくべきである。

資金運用計画は企業体質強化のため

S社の専務いわく、「資金運用計画は、単なる資金運用のためではない。経営体質の強化に役だてるためだ」と。全く至言である。その実証を、私は本章で幾つかあげてみたのである。

資金運用を、単なる資金繰りという経理業務としてとらえるところに、根本的なまちがいがある。利益がでているかぎり、金のやりくりは経理担当者の責任である、とすましている問題ではない。

第一、資金運用のやり方で、損益が相当変わるのだ。

資金運用計画を実際に立ててみると、資金の回転がいかに重要であるかがよくわかり、資金繰表をつくってみると、金利負担の重大さをヒシと感ずる。

そして、そのどちらも、経理担当者の力で改善できる部分はごくわずかである。重要な部分は社長でなければどうにもならないのだ。ほんとうの資金運用者は社長なのだ。なぜかというと、それは政策の問題だからである。

売掛金の限度をどこまでにするか、製品在庫をどれだけ持つのか、買掛金の決済を現金と手形でどのようにするのか、設備投資額をいくらにするのか、ということを総合的に決定するものは、資金運用計画だ。

その決定によって、人々の活動の方向が決まる。さらに重要なのは、資金運用のやり方によって、利益は同じでも、バランス・シートは全く変わってしまうということである― ―これがわかってくればほんとうである。こうなると、社長の言に自信と重味が加わってくる。

資金運用計画こそ、社長の方針そのものであり、企業内の人々の活動の目標なのである。私は経営計画書に、おもな品目について資金運用計画から導きだされる期末残高を目標値として明示することにしている。

次に資金運用計画を、利益計画に基づいて月別に展開したものが資金繰表なのである。つまり、資金繰表とは、経営計画そのものなのである。形が変わっているだけなのだ。

だから、この資金繰計画と実績とを比較することが大きな意味をもってくるのだ。このことを理解している人はきわめてまれである。先生方の本にもあまり書いてない。

大部分の人は、資金繰表とは、経理部門で、予測に基づき、実績を参考としてつくりあげるものだと思っている。むろん、それも資金繰表にはちがいない。

しかし、それは経営計画と直結していないから、単なる資金繰り予想表であって、経理部門では役に立っても、経営の資料としてはあまり意味がないのである。社長が見る資金繰表は、あくまでも「本物」でなければならないのである。

金利から目を放すな

S精機は、超優良な業績を誇る高度成長の中堅企業である。私はS精機からどのくらい学んだかわからない。なにもかも感嘆することばかりである。その一つに資金運用がある。資金運用計画から導きだされる活動の基準が実によく守られている。その資金運用計画で特に重視しているのは、資金の回転と金利である。

金利については、実質金利のグラフができていて、絶えず監視されている。りっぱというほかない。実質金利というのは、実質借入金(借入金と割引手形の合計から、定期預金を差し引いたもの)の金利である。計算式にすれば、

実質金利=支払利子+割引料ー受取利子/借入金+割引手形ー定期預金

となる。借入金を返したり、定期預金をしたりしていると、高い利子で借りた金の中から、安い利子で預金している割合が高くなるので、実質金利は高くなる。

たとえば、日歩二銭二厘(年利にして八分)で三〇〇万円借りていて、定期預金が一〇〇万円あり、年利五分五厘であったとすると、年間では、

実質金利=24万円-5.5万円/300万円ー100万円=0.0925

となる。もしも借金を返して、借入金が二〇〇万円になったとすると、こんどは、

実質金利=16万円-5.5万円/200万円ー100万円=0.105

となって、実質金利は一分以上高くなり、年一割を越えてしまう。

したがって、借入金の利子の高い安いではなくて、実質金利の高い安いを見ているのがほんとうなのだ。実質金利が一〇%を越えたら、高金利と思わなければならない。

一般に「年一割の利子として」という計算をよくするが、これは実質金利の標準をいっているのだ。単なる借入金の利子ならば、日歩二銭二厘で年利八分三毛にしかならない。日歩二銭七厘五毛で年利一割だ。こんな高い利子は、正規の借金では考えられない。

実質金利が一〇%の線というのは、預貸率がほぼ一対三のところだ。「預金の三倍まで借りる」というのは、実質金利一〇%ということである。

もしも、実質金利が上昇したときは、その数字をひっさげて、銀行へ乗りこむのだ。実質金利をつかれるくらい、銀行で困ることはないのだ。実質金利こそ、「弁慶の泣きどころ」なのだ。ふだん、頭を下げっ放しの銀行に、この時ばかりは胸を張って堂々と談じ込んで、ストレスを解消するのだ。これは経営者の健康法の一つである。

つまり、新規借入をするか、借入金の利率を下げてもらうか、定期預金の解約である。こうすれば、実質金利は安くなる。経営者は、ここまで金利に敏感にならなければウソである。

もう一つは、手形割引である。手形を黙って銀行に放りこむと、適当に割られてしまう。特に月末は、預金の月末残高をふやすために、割られる危険が大きい。

手形はどんな事があっても、必要なギリギリまで割ってはいけないのだ。『ふだん世話になっている銀行に、そんなことまで言えない』という経営者はダメだ。

世話になっているからこそ、 一日も早くりっばな会社になるのが、ほんとうの御礼であって、割引料をサービスするのは、まちがったサービス精神である。

この点を強調すれば、相手は何も言えなくなるはずである。これも経営者の役目の一つなのである。

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