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九、新商品の販売戦術と戦略

目次

初めはなかなか売れない

埼玉県の草加市にあるミサト(株)は、社員四十名(昭和五十二年)に満たない小企業でありながら、床暖房用の半導体「プラヒート」を引っさげて、床暖房市場において、圧倒的な占有率を誇っている超優良企業である。

超優良というのは、素晴らしい高収益性と、比を見ない成長性を兼ねそなえているだけでなく、青年社長、清川晋氏の事業家としての立派な姿勢にある、というのが私の見解である。

私が初めて同社を訪れた時に、今までに製造した商品の全ロットについて、一巻ずつ現物サンプルが保管してあるのを見せられた時には、清川社長の事業家としての良心と責任感に深い感動を覚えた。「この人は必ず伸びる」というのが私の第一印象だった。

そして、まさにその通りとなったのである。

数年前に、清川社長は自ら開発した半導体暖房を企業化した。それは、性能、耐久性、安全性、経済性など卓越した特色を持っていながら、その販売は極めて難しかった。

それというのも、これは私のいう「世の中になかった商品」だったからだ。見込客に対しては、実証による説得以外に方法がないのだ。

初期の頃、力を入れたのは豚舎の床暖房であった。豚は吹きさらしでないと病気にかかるという。そのために、冬期は餌のカロリーの可成りの部分が体温維持に費される。そのカロリーを暖房によって軽減するために、肥育効果がよく、餌代の節約が大きいのだ。

とはいえ、いくら養豚家に口で説明しても納得させることなどできるものではない。豚舎の床のコンクリートの中にすき込んで、実験による説明以外にないのだ。

清川社長は、何力月も豚と共に豚舎に寝たという。たまに家に帰ると、奥様から「豚臭い」と云われたという(初期の、恐らくは言語に絶するこのような苦しみは、清川社長のみならず、大方の創業者社長の殆んどは経験しているといってよい)。この経験から、豚の品定めは玄人はだしで、一日見ただけでその健康状態から心理(?)まで読みとれるという「豚博士」である。

その外にも、苗床の暖房、雪国の屋根の融雪、ゴルフ場のグリーンの暖房など、様々な暖房実験を行った。

それでも、初めの数年間は売上げは微々たるもので、赤字の連続であった。それを、歯を喰いしばって耐えた。

こうしているうちに、次第にその性能が顧客に認められていった。そして札幌オリンピックの陸上競技場のロイヤルボックスの床と、両陛下の椅子暖房、聖火台ヘの階段の融雪用に採用されたことにより、その真価がさらに広く認められた。

その他にも、いろいろな可能性を徹底的に追究しているうちに、公共施設―病院、老人ホームなどに採用されて、その優れた性能と経済性が証明され、引合いが次第に増えていった。

この情勢を見てとった清川社長は、販売促進の対象を公共施設に絞って、異常な情熱と執念を燃やしてキャンペーンを展開した。ようやく黒字基調になった収益の、その殆んどをキャンペーンに投入するという方針をとった。これは極めて賢明というよりは、「事業家魂」とも呼べるものである。これはただの鼠(技術者)ではない。

この投資がさらに収益を増大させる、という好循環が生れたのである。

一方、家庭用として絨たんに組み込んだ「快暖児」と称する商品も開発され、これも快調な売上げをあげている。

売上げの上昇に伴って、全国的な販売網も次第に整備され、事業は上昇一途、洋々たる将来が保証されている。

このような実績をあげていながら、清川社長の姿勢はいささかも崩れていない。顧客に対しては常に誠意を尽す。それが一番よく現われるのがクレームの処理である。

クレームがついた時は、社長自ら即刻お客様のところへとんで行ってあやまる。そのあやまり方が立派である。

「これは施工指導が至らなかった」と施工業者の顔を立てる。施工業者は「ホッ」とすると同時に、「この次から誤りない施工をしなければ」と自らに誓う。こうした場合施工業者に罪をかぶせることは、「百害あって一利ない」のである。

そして、誠心誠意、お客様の満足のいくまで、費用は一切おかまいなしに処置をとる。これにはお客の方が感心してしまう。

清川社長の言によると、大きなクレームほど、その後お客様から可愛がってもらっているという。

クレーム処理ほど社長の姿勢がよく分るものはない。社長の姿勢次第で会社の信用を高めもすれば、失うことにもなるのである。

世に、クレームを軽視する社長も少なからず居るが、それは、自らの手で自らの首をしめるものであることを肝に銘じて知ってほしいのである。

立場をかえて自分がクレームをつけた相手が誠意のない態度をとったら、どう感ずるだろうか、と考えてみれば分ることである。

新商品を考えている社長の大部分は、それが「売れないかも知れない」とか、「これを売ることは容易なことではない」というようなことは考えてもみない。

申し合わせたように頭から売れるものと決め込んでいる。しかし、いざ売ってみると売れない。そこで、初めて「これは大変だ」と感づく。

そして、あわてて販売を考え始める。といっても、販売など考えたこともない――問屋に見せれば問屋がとびついて懸命に売ってくれる。

あるいはエンドユーザーに持ち込めば即座に売れると思い込んでいた― のだから、どうしていいか分らない。これは宣伝が足りないのだろうと、カタログ、チラシ、ポスター、新聞、雑誌に広告をのせる。

それでも売れないと、今度はテレビのコマーシャルをやらなければ……と考える。その考え方のパターンは不思議なほど同じである。

一方では、価格が高すぎるのではないか、という心配をしている。流通業者が断わる日実が「高い」というからだ。

そのくせ、血の出るような販売の努力などは全然やらない。こんなことで売れるほど世の中は甘くないのだ。

新商品の販売には、「新商品ほど販売の難しいものはない」という基本認識がまず絶対に必要である。現在、圧倒的な市場占有率を誇るフクバのホーキー(手押掃除機)でさえ、初めの一台を売るのに数力月かかった。その時、福場社長はあまりの嬉しさに乾杯したという。

岩塚製菓のドル箱商品「お子様せんべい」は今までのせんべいの常識を破って、醤油を使わなかったので、色が自っぼくてお客の食欲をそそらなかったために、その素晴らしい美味にもかかわらず初めの二年間は売上げがみじめなほど少なかった。三年目頃から伸びだし、たちまち同社のトップ売上げの座についた。

高松電気の「Qヒューズ」(一四一ページ「不可能に挑戦する」を参照されたし)は比類のない高性能と小型という強味を持っていながら、本当の意味で売上げが軌道に乗ったのは、発売後五年目だったのである。

「世の中になかったもの」は、初めのうちはこうしたものなのだ。採算に乗るまでには、長く苦しい努力と多くの費用がかかるものなのだ。この覚悟をまず持ってもら1ヽたい

その覚悟をふまえ、ク正しい販売クを行わなければならない。それは、価格政策に始まり、販売網、販売促進、さらには市場戦略の展開など、生やさしいものではない。それには、市場原理、販売法則・手法を知らなければならない。さらに、販売態勢を整備し、社長が先頭に立って奮闘しなければならない。

価格政策、市場原理、販売法則。手法などの基本的なことについては、拙著「販売戦略・市場戦略」篇を参照していただくとして、ここでは、その基本原理をふまえて、どうやって新商品を売るか、新事業を軌道に乗せるかをのべてみることとする。

販売チャンネルを間違えると売れない

計量米びつを開発したのは、浜松市の富士製作所である。初め、金物屋のチャンネルを利用したが、その売上げは僅かで、いつまでたっても伸びなかった。そこで試みに米屋のチャンネルを使ってみた。俄然、売上げは伸びだしたのである。

米びつは鉄でできているので、金物屋ということになったわけであるが、これはよく考えてみるとク天動説クである。店に陳列することまではやるが、これを来店客に一人一人説明して、「どうですか」とはやってくれないのである。何百種類もある商品の中から、特定の商品だけを、いちいちお客様にすすめるようなことは、する筈がない。そして、計量米びつは、「今まで世の中になかった商品」だったのである。だから売れなかったのだ。

それに反して米屋では、どうせ米を戸別に配達するのだから、車に米びつを積んでいって、 一人一人のお客様に説明することは、それほど面倒なことではない。だから売れたのである。

「今まで世の中になかった商品」は、「お客様一人一人に説明しなければ売れない」ということを忘れてはならない。誰かに説明してもらわない限り、そういう商品があることを、お客様は知らないからである。

新商品の販売チャンネルで興味深いのは、武田薬品で発表した「いの一番」である。常識的な食料品ルートを使わずに、米屋のルートを使ったのは、その裏にある苦心のほどが想像される。激烈な薬品業界の販売戦で鍛えているだけに、考え抜いた末に決めたことであろう。

どのような販売チャンネルがよいか、ということは、本当のところ、「やってみなければ分らない」のである。

だから予め考えられる複数の販売チャンネルを選びだしたら、あとは実験によって確かめるより外はないと思うべきである。こうしたテストをク市場実験クという。

この場合に、複数の販売チャンネルを同時に実験したほうが比較できて判定が楽にできるという利点がある。

市場実験は、その商品の性格に従って、地域、販売チャンネル、店舗、対象業種などを限定し、 一定期間の販売活動を行ってその結果をみるのである。

結果の判定についての明確な基準というものはないといってよい。前項にあげたように、強い商品力を持っていても、なかなか売れない商品もあれば、初めは順調のように見えても、あとはサッパリだというようなものがあるからだ。だからといって、何の基準もないでは困るので、 一般的な判定基準をのべてみよう。

一、市場実験で順調な売上をあげたチャンネルは、あげないチャンネルよりよい

二、消費財や業務用品のように、流通業者を通して売るものは、 一年又は一シーズンやってみて、売れ行きが芳しくなければ、その販売チャンネルは不適と思っ

三、(二)の場合には販売チャンネルを変えてみる。それでも売れなければ、それは「商品力がない」と思わなければならない

四、エンドユーザーに直販する場合は、二年やって実績が上がらなければ、それは、ク経営者の我の申し子″だと思ったほうがよい

というようなところであろう。しかしこれは予め断わったように、絶対的なものではない。ク天動説病クにかかって、自ら売ろうとしなければ、たとえ商品力があっても売れないし、価格政策の誤りがあるかも知れない。大器晩成型の商品は熟成期間が足りないということもあるからだ。

だからこそ、社員の意見や数字だけでなく社長自ら外に出て、流通業者の意見をきき、流通の実態を確め、エンドユーザーの声に耳を傾け、そこから正しい判定をすることが大切なのである。

販売チャンネル選定の誤りについて、もう一つ別の実例を紹介しよう。

U社は、自らの優れた技術によって、電磁式の燃料ポンプを開発した。たまたま、同地区にバーナーのメlヵlがあり、社長同志が親しかったために、そのバーナーのメーカーと、総発売元の契約をしてしまった。

しかし、そのバーナーメーカーは限界生産者であり、販売数は知れたものだったためにその燃料ポンプの売上げは振るわなかった。限界生産者なるが故に、それを広く市販する能力などないからである。

そうこうしているうちに、その燃料ポンプの性能の優秀さに目をつけた業界ナンバーワンの会社から、その燃料ポンプを買いたいという申し入れがU社に来た。しかし、総販売権は既に他社に与えてあり、その会社は商売仇であるナンバーワンの会社に商品を売る筈がない。いくら技術優秀でも、造ることしか知らない会社は、こういう破目に陥ってしまうのだ。こういうのをク職人経営″という。職人経営は、名前はク会社クでもその実体はクエ場クにしか過ぎないのである。造ることしか知らず、売ることを知らなければ、いかに優れた技術でも、それは宝の持ちぐされ、である。

U社では、総発売元と話し合った上で、「ダミー」を通じて売るという突破口を見つけだしたからよかったものの、さもなければ、折角の大魚を逃がしてしまうところだったのである。

ところで、このような職人会社の社長というものは、自らの技術は下請加工にしか生かされないところに不満を持っており、申し合わせたように「ク自社商品クを持ちたい」という。下請加工の低収益性から脱出したいからだ。

そこで、あれこれ新製品(これらの社長は決してク新商品クとはいわない)を工夫する。

しかし、でき上がった新製品を、絶対に自ら売ろうとはしない。問屋任せ、代理店任せである。流通業者に任せておけば自然に売れると思い込んでいるのだから始末に負えない。

私は、そのような社長に、口を酸っぱくして「自らの商品は自ら売れ」「社長自身が販売の先頭に立て」と云っても、そのように行動する社長は極めてまれである。

申し訳的に営業部門を設けて、それに売らせようとする。これで売れたら、販売に苦労する会社など、世の中に一つもない。そして、販売部門から売れない理由をきくと、「過当競争でとてもダメだ」といって、それ以上の努力をしようとしない。

そして、その新製品は日の目を見ずに消えてゆくのが落ちである。

下請加工というのは、事業経営で最も大切で、最も難しく最も苦しく、最も根気強く推進しなければ成功しないク販売クという活動をしなくとも済むという、クぬるま湯ク的なものである。 一番苦しいことを避けているのだから、低収益は当り前であり、親会社をうらみに思うのは明らかに間違っている。親会社は、その難しく苦しい販売をやっているのだ。

下請の低収益から脱出したければ、販売というク難行苦業クに耐えなければならないことを知ってもらいたい。

販売の苦労はご免こうむりたいが、高収益だけは手に入るような新製品は、世の中にはないのである。

市場実験

市場実験については、前項ですでにのべたが、もう少し考えてみよう。

B社は輸入雑貨の問屋である。B社で輸入する商品は、予め東京と大阪にある直営の店舗で売ってみる。この実験をふまえて輸入するかどうかを決めるのである。

だから、B社の輸入品は見込み違いで売れないというようなことは殆んどない。賢明なやり方である。

F社で、使い捨ての屑箱を売りだそうとした時に、四種類の模様や絵をデザイナーに描かせて、『このうちのどれにしたらいいか』という質問である。そんなことが私に分る筈がない。私は、『その四種類を全部試作して、どこか実験店を選んで売ってごらんなさい。市場実験――つまりお客様にきいて決めるのが正しい』と答えた。

いくつかの試作品を作ると、「そのうちのどれにしようか」ということを、社内会議でああでもない、こうでもない、と論議している会社は意外に多い。こんなことは時間のムダだけでなく、間違った態度である。社内では予備的な検討にとめて、あとは市場実験でお客様に決めてもらうのが正しい態度である。

パッケージ食品などでは、新商品を発売する時には、売れるか売れないか分らない新商品のために、袋を多量に印刷しなければならない、という悩みが常につきまとう。

パッケージした漬物のメーカIT社では、新商品を発売する時に、袋は最低五万枚は印刷しないとコスト高になるからと、五万枚印刷する。そして、新商品を二〜三万個つくり全国にばらまく。売れる場合はいいが、売れなかった時には、多量の返品がどっとくる。売れない場合のほうが多いので、新商品を出すことに臆病になってしまった。といって新商品を出さなければ、現在の商品の陳腐化に対処できない。どうしたらいいか、という質問である。

このような悩みを持っている社長は意外に多いのである。私は、同じ漬物のメーカーである京都の大安の例で答えた。

大安では、市場実験用の袋を作っている。この袋には、シンボルマークであるかぶを表面に大きく印刷してあるだけだ。これに新商品を入れ、商品名は口紙に印刷して袋の日にまたがせてホチキスで止めてある、うまい方法である。これならば、口紙だけ印刷すればいいのだから、費用は安くつく。なかなか賢いやり方である。

もう一つ、T社の誤りは、売れるか、売れないか分らない新商品をいきなり数万袋も作ってバラまくというやり方である。このやり方は、袋を五万枚印刷する考え方と共に、「一袋当りのコスト」という間違ったコスト意識にある。

このような考え方は、初めの一袋から儲けようとするところに誤りがある。そのために、 一袋当りで利益が出るような数量をまとめて作る。しかし、これは全数が売れた時にはじめて利益がでるのであって、売れない時には、大損をするこ売れるか売れないかは、まだ分らないのだから、これを確かめることが先決なのだ。そして、売れなかった時に損害の総額を少なくすることが大切なのであって、一袋当りの製造コストを安くすることではないのである。何もかも単位当りでしか考えられないコチコチ頭の原価主義は、結局は大きな損失を招くのである。社長の発想は常に「全体でいくらか」であって、「単位当りいくらか」ではないことを知るべきである。

売れるかどうかを確かめるのが市場実験である。実験であるから、サンプルをとればよい。つまり、少し作り、限定した地域とか店舗、得意先などに売ってみるのである。売れるのなら本格的に売ればよいし、売れなかった場合には損害の絶対額が少なくて済むのだ。

この場合に気をつけなければならないのは、返り注文があった場合にそなえて、必ず在庫を持っていることである。だから、仮に二千個作ったら、そのうちの千個だけ売りに出して、千個は在庫としておくのだ。多くの会社では、これをやらずに全数を売りに出してしまう。売れるかどうか分らないので、作らずにいる。在庫がないから返り注文がきた時に、これに応ずることができない。お得意先にしたならば、「新商品でございますというのなら、返り注文に応じられるくらいの在庫は持ったらどうだ」ということになる。返り注文に応ずるというこんな分りきったことが現実には殆んどの会社でできていないのは、いったいどういうわけなのであろうか。

一つは販売を知らないからであり、もう一つは、ク任せる″という社長の怠慢がそうさせるのである。 一言いえば済むのに、それをやらないのだ。

プロジェクト・チームで推進する

A社は食糧品のチェーン店である。社長のA氏から『新商品を扱いたいのだけれど、今までいくつも新商品を導入したが、あまり成功したことはない。どういう売り方をしたらいいか』という相談である。

新商品は何かをきいてみると、クロレラだという。これなら商品力があり、その上服用し続ける確率が高い商品なので、その点はOKだ。

次に、いままでの新商品は、どんな売り方をしていたのかをきいてみると、いきなり各営業所に売らせたのだという。

この売り方では売れる筈がない。各営業所には、売上げ目標が与えられている。この中に新商品をぶちこんだら、どういうことになるだろうか。

新商品というものは、いきなり売れるものではない。販売に多くの時間をかけても、売上げはごく僅かしかないのだ。セールスマンは、そんなものに時間をとられていては、日標達成の妨げになると思う。そんなことをしているよりは、売上げ実績のある従来の商品を売ったほうが、より早く目標を達成できると考える。誰も本気で新商品など売ろうとしないからだ。ノルマをかけられている限り、会社の新商品よりも、自らの部門の売上げが優先する。社員は、我社の将来を考えて、自らのノルマを犠牲にして新商品を売ろうとはしないのである。

私は、右のような理由を説明した後に『新商品販売のためのクプロジェクト・チームクを編成して、クロレラだけを専門に売らせるようにする。クロレラ以外に売るものがないようにすることが大切である。このチームは必ず社長直轄とする。まず一つの営業所を選定し、営業所長と打合わせた上で、その営業所の担当地域内を一軒残らず訪問する。プロジェクト・チームの人件費も経費もすべて本社負担として、間違っても営業所に持たせてはいけない。持たせたら営業所長から反発を喰うからだ。しかし売上げは営業所につける。これで初めて営業所長は安心してプロジェクト・チームと協力する。売上げが軌道に乗ったところで営業所に移管する。そして、次の営業所で同じ活動をする』と勧告した。

このやり方は見事に成功し、クロレラはA社の主要商品の一つとなったのである。

さきに、未来事業は現事業と分離しなければならないといったが、これは開発活動だけではなく、新規商品を販売する時にも、それが軌道に乗るまでは、未来事業と考えて、現事業と分離するのである。この間は投入資源に比較して収益は少ないが、こうしなければ新規商品の販売を軌道にのせることはできない。初めから販売効果を考えたら、新規商品の販売は失敗することを心すべきである。

実績のないものは売りにくい

J社では、商品構成の充実を狙って温水器を開発した。慎重な製作と十分なテストを行って、性能や安全性に自信をもって売りだした。

これを特約店に持ってゆくけれども、なかなか受入れてもらえない。特約店では、説明はきいてくれる。しかし、いざとなると『販売実績はどのくらいか』とくる。新規だから販売実績はない。「実績がないのでは……」となってしまうのである。

K社でユニークな商品を開発した。水道管の特殊接手である。水道管というものは、地盤の不等沈下などで接手部分が壊れてしまうことがあり、ここからの漏水は膨大な量にのぼる。水資源不足時代にどこの水道局でも頭痛の種である。この不等沈下のために接手部にかかる破壊力を、K社の接手は特殊な機構で吸収してしまうのである。K社長の夢は大きくふくれた。全国の水道局の需要を考えたら膨大な数になるからである。

しかし、K社長の期待にもかかわらず、どこの水道局に話を持ち込んでも、その機構はほめてくれるが、どうしても買ってもらえないのである。

T社で開発したパワー・ユニットも、その性能品質には、ユーザー自身が「その点はあなたの会社の信用通りだ」と認めてくれる。「それでは」と見積書を提出する。

ユーザーの最後の質問は「今までの納入実績は」である。実績はないと答えると、「実績がないのでは……」といつもこれでおしまいである。

販売実績のないものは、それがどのように優れたものであろうと、お客様はなかなか買わないのである。それは、いつどこで、どのような故障や事故が発生するか分らない、という点を心配するからである。

万一事故でも起ったら、「今までどこでも使ったことのないものを何故使ったか」と責任を追及されるからである。買う立場というのはこういうものである。特に、それが故障した時に事故につながる公算のあるものは金輪際買ってもらえないと思うべきである。

そうしたお客様に、どうして売るか、ということになる。これは、故障した場合にも事故につながらない商品の場合は、『お代は要りませんから、とにかく使ってみてください』と現物を置いてくる手が有効である。

使ってみれば納得がいくからである。しかし、事故につながる危険のあるものは、この手がきかない。いったん事故を起したら、 一巻の終りだからである。公の認定制度のあるものならば、この認定を受ければよいけれども、こうしたものがない場合には、どうして買わせるかの方法は、私自身分らないのである。故障が事故につながる危険のある商品は、取組まないことが、むしろ賢明なのである。

初期故障対策に万全を期せ

N社は大型機械のメーカーである。同社の商品は一基数千万円から一億円以上もするものが多い。それだけに、苦心して開発した機械が売れるかどうかが、大きな業績の開きになってくる。

石油不況でN社の売上げも落ち、社長は頭痛鉢巻である。『お客様のところへ行ったことがあるか』ときいてみると、『ない』という。ここにも穴熊社長がいる。私は、『会社の中でいくら考えても頭痛は直らない、頭痛の良薬はお客様しか持っていないのだから、お客様のところへもらいに行け』とハッパをかけた。お客様のところへ出かけた社長は、思いがけないことにつぎつぎとぶつかった。

我社のセールスマンが、いかにお客様のところへ行っていないか、をまず思い知らされた。そして、お客様の要求をいかにきいていないか、ということも分った。

しかも、社長が行くと、先方でも偉い人が応対する、話題は自然に次元の高いものになる。事業方針とか、設備更新や設備予算の有無などの情報が得られる。セールスマンでは得られない貴重な情報である。

ある会社を訪問した時に、N社が数年前に発表した新商品― といっても大型機械だが― で、初めのうちは売れたが不評でバッタリ注文のこなくなった機械を、その会社では、『とてもよい機械だから、更新の時はまたN社に注文する』という。他社では「使いものにならない」として、不評を買った機械をである。不思議なことがあるものだと、いろいる調べたところ、次のようなことが分った。

その機械は、かなり欲張った機能を持っていただけに、いざ使ってみると、具合の悪い箇所が続出した。どんな機械でも、初期故障は避けられるものではない。自動車など、数年間テストにテストを重ねてきたものでさえ、発売当初はクレームや不具合が続出するものだ。だから、「自動車はモデルチェンジ直前に買え」という定説(?)ができ上がっているそうだ。

ましてや、N社の機械などは、ぶっつけ本番である。初期故障が出るのは避けられないのである。大切なことは、この初期故障にどう対処するかである。

この機械を、とてもよい機械だといった会社を担当していたN社のセールスマンは、誠心誠意、この初期故障と取組んで、技術陣と共に具合の悪い個所を直したのである、だからこそ、その機械はお客様の気に入るようになったのである。

それ以外のお得意のセールスマンは、この初期故障にチャランポランの態度をとったのである。そのためにお得意の不評を買った。大企業は、あちこちに工場があり、ある工場で購入した機械の良し悪しは、他の工場に知らせる。だからして、不評の機械の注文がパッタリと止まってしまったのである。

こうなったのは、担当のセールスマンの無責任には違いないけれども、私にいわせたら本当の意味で悪いのはセールスマンではなくて社長である。自らの機械が、お客様の要求に合っているかどうかを確かめようとしなかった社長こそ責められるべきである。

何社もない得意先を、社長自ら訪問しないという、その怠慢と無責任が、自らの会社の信用を落とし、売上げを減少させたのである。社長たるものは、お得意に対する定期訪問だけではなく、このような新商品については必ず初期に、自らの得意先訪間によって確かめなければならないのである。もしも、N社長がこのように行動していたならば、この新商品はN社の主要商品としての地位を確保できたかも知れないのである。

いくら新商品を開発しても、それが我社の主要商品としての地位を確保できないならば新商品開発の努力はすべてムダになってしまうのである。

販売網はこうして作る

K社はF県のI市にある食料品間屋である。社長は低マージンの食料品だけではいけないと、いろいろ考えていたが、幸いなことにある商社から、クロレラの全県一手販売権をもらうことができた。

いよいよ発売ということになり、商社の営業部員が販売指導にきた。まず、F県の地図を持ちだし、全県を碁盤目状(といっても行政区分に従って)に区分し、その一つ一つの地域の人口を調べ、人口に応じて代理店(サブ)と特約店(小売店)の設置の基準を決めた。この地域には代理店何社と小売店何社、という要領である。

この代理店と特約店の募集は、要所での説明会を開く、ということとし、業者名簿を繰って案内状を出すという。

私はこの話をK社長からきいて吹き出してしまった、天動説のかたまりである。こんなことで代理店や特約店を募集できたら太陽が西から出る。販売を業とする商社でありながら販売など全然分っちゃいないのだ。

私はK社長に、『商社が云うのだから、とにかくやってごらんなさい。そうすれば分る』と申しあげた。

それから六カ月ほどの間に、十数回もの説明会を開いたが、これで獲得できたのは代理店一社と特約店三社だけだった。代理店を通じ特約店にとりあえず一ケースずつ持ち込んだが、返り注文はいつまでたっても来なかったのである。

泰山鳴動して鼠は一匹も出ないのだ。私はK社長に申しあげた。『新商品の販売というものは、そんな甘っちょろいものではない。きれい事の観念論ではダメなことは、今回のことでよく分ったと思う。あなたの会社自身で、ドロドロになって売るものだ』と。そのドロドロになって売る方法というのは次のようなものである。

『まず第一には、K社でクロレラ専門の販売員を一名(もっと多ければなおよい)決めること、この販売員は社長の直属とし、クロレラ販売以外の仕事は一切させてはいけない(これは、三二〇ページのA社のやり方と同じだ)。

次には、I市内に特約店候補を一店舗選ぶ。これは、K社の既存の得意先でいい。

この店に社長が行って「仮の特約店」になってもらうよう話をつける。そしてクロレラを一ケース持ち込み、「店に陳列しなくともよい」ことにして、どこかに保管してもらうのである。小売店の立場からすれば、売れるか売れないか分らぬ商品を、貴重な売場に陳列することはできないのだ。ク天動説病患者クにはこの辺のところが分らないので、ムリに陳列させようとして、小売店から反発を喰うので

その次には住宅図を持ってきて、仮の特約店を中心として半径五百メートルの円を描く、この円内を仮の特約店のテリトリーと決める。そして、その円内の家庭を文字通り、しらみつぶしに訪間する。これは売り込みではない。クロレラのチラシに、その仮特約店のハンを捺したものを、「新しくクロレラを取り扱うことになりました」という営業案内のご挨拶状を配布するのである。この場合に、決して売り込みをやってはいけない。売り込みをやろうとすると、どうしても敷居が高くなるし、時間がかかる。ご挨拶だけならばそうしたことはないのである。

訪問数は一日四百軒とする。隣から隣だから、 一軒平均一分として四百分、 一日八時間で四百八十分としてまだ八十分のゆとりがある。これを、最初の一カ月に二回訪問する。それ以後は普及率十%までは毎月一回。十%に達した時には、改めて計画する、という作戦を伝授したのである。これは仮特約店に予め説明して了解してもらう。ところが、K社長は欲を出して、「売れるものなら売ってよい」と現物を持たせた。

そのめに、 一日六十軒しか廻れない、ということになってしまった。廻る効率は下がったが、面白一いもので、 こうして廻ると、 一日に数個・は士冗れる。 一カ月にヽすると十万円くらいにはなる。

K社長は、『売れたもののマージンを小売店と我社でどのような割合で配分したらいいか」という質問である。私は『一円たりとも取ってはいけない。そのテリトリーは仮特約店のものだからだ。もしもあなたのところでとれば、「特約店だといいながら、自分のところで売っているではないか」という不信感を持たれる』と答えた。

一カ月に一回、売上げマージンを仮特約店に持参する。そして、どことどこの家で買った、 一個一カ月分だから、なくなる頃に声をかけたらいかがですか、とすすめたのである。

仮特約店では、何もしないでマージンが手に入るだけでなく、クロレラは売れるものだ、という印象を持つのである。

この機をみて、『お客様が買いにくるかも知れないから、先に預けてある品を陳列してはどうですか、それに、ここにポスターを持ってきましたから、貼っていただけたら有難い』と勧めたのである。この勧めは効を奏した。

この作戦を、専任者を増して、まずI市、次にO市、Y町というように拡げていった。普及率が五%程度になると戸別訪間を止めても、あとは自然に売上げが増えることも分った。

このような販促活動を、 一年ほど続け、まだ県下の半分の地域にも達しないうちに、単品でK社のトップ売上げの商品となり、商社の設定した販売目標を突破してしまった。私自身、目をみはるような成果をあげたのである。

新商品というものは、このように、文字通り自らがドロドロになって売るものなのだ。「流通業者をして売らしめる」というようなク天動説病″にかかっているうちは、永久に売上げを伸ばすことはできないのである。

このような作戦は、初めのうちは恐ろしく効率が悪い。その上、徐々にしか売上げは増加しない。ある時期がくると、順調に伸びだす。効率の悪い発生期の辛抱が報われて、成長期に入るのである。成長期に入れば、あとは効率のよい販売促進活動ができるのである。

こうして、F県全域に販売網ができ上がった時に、初めに商社が計画したような状態になるのである。血の出るような努力の末に作りあげた販売網を何の努力もせずに初めから手に入れられるような錯覚を起してしまったのである。これもク天動説クのしからしむるところである。販売網をつくりあげるのは容易なことではないことを、よくよく肝に銘じなければならないのである。

蛇口作戦

L社は錠前のメlヵlである。かつては鋼製家具錠前オンリーだったが、業界の多角化を行って建築錠前に進出していた。

収益性を向上させるためには、さらに建築錠前を充実する必要があるという社長の考えに基づき、玄関用の高級錠前を数タイプ試作した。これはもう完全にインテリアロックといえる豪華なものである。L社長は、『こんな高価なものが事業として成り立つかどうか』という質問を私にぶつけてきた。

私は一目見た瞬間に「これはいける」と感じた、それは素晴らしいデザインであったからであり、もう一つは私の持論である「中小企業は世の中になくてもいいものを狙え」にぴったりの商品だったからである。

L社は、『では早速サッシメーカーに持ち込み、あとは一流の建築金物問屋に売る』というのである。私はこれを止めた。『あなたの会社は、既に鋼製家具錠前と建築錠前で、下請の悲哀をいやというほど味わわされてきている。それだからこそ自社商品を持ちたいという長年の念願があった筈で、それなればこそ、この商品を開発したのではないか。

自社商品というのは、自社で開発した商品のことではない。たとえ自社で開発しても、これをメーカーに売るのでは結局は下請である。開発費など一文もみてくれないし、値段は叩かれ放題であることは、あなたの会社自身が一番よく知っている筈だ。いったい何のために自社で苦労して開発したのか、自社開発の努力が完全にムダになってしまう。

自社商品というのは、″流通業者又はエンドユーザー、消費者に売る商品クのことであって、自社開発であるかどうかということは関係ない。仕入れ商品でも、これを流通業者に売るのであれば自社商品である。こうしたものは、自らの販売努力で売上げを増大できる、いいかえると、ク自らの会社の自主性を持つことができる商品クのことである。だからこそ自社開発の意義があるのだ。売り方は私がいくらでもアドバイスするから、社長は考え方を変えて流通業者に売ることを決意すべきである』とすすめた。

L社長は、『自社商品の意味が分った』と流通業者に売ることを決意した。そこでいよいよ販売指南に入る。

『まず第一にはク品種構成クを充実させることである。お客様は、いろいろ見比べて買うのだから、ノブ式を四〜五タイプ、ハンドル式をセパレートとワンピースをそれぞれ二〜三タイプは最小限最初から必要だ。あとは新タイプを加えては、売れないタイプを切り捨ててゆくことにする。さらに、錠前だけでなく、この錠前に合った蝶番とノッカーを数種類、それにノゾキ眼鏡があったほうがよい。あとはドアチェッカーがあるが、これは専門メーカーにまかせたほうがよい』と。すると『蝶番は設備も技術もないからムリだ』という。

私は『また職人根性を出す。 一倉は自社製造せよといっているのではない。「自社商品として揃えよ」といっているのだ。世の中には製造能力はあっても販売力のない会社がゴロゴロしている。蝶番メーカーにも必ずあるだろうから、そこから仕入れるのだ』と。そして、それを見つけだすことができた。しかも粗利を三十%もとれる。L社では『作るよりよほどよい』と大喜びである。L社の従来の自社製造品でも二十%とれないものが可成りあるからだ。続いて二番目の指南に入る。

『次はク価格政策クだ。他社の同種商品の価格を調べて、それよりもやや高めな最終価格を設定する。決して「安い価格」を設定してはいけない。最終価格が安ければ売れるのは実用品であって、高級品は安いからといって売れるものではない。

最終価格は高めに設定して、流通業者に対する仕切価格を安くする。目安としては、小売店へは掛率六十とする。こうすれば、小売店は四十%のマージンがあるから、魅力的な商品であるし、商談の時に値引きの余地が大きいから競合にも強い。これを、最終価格を安くすれば必然的に流通マージンが圧迫されるから、「低収益で競合に弱い」ということになり、魅力のない商品になってしまうのだ』と。これは、L社長には意外にきこえたらしい。しかし、『一倉のいうことをきいていれば間違いない。心配無用』と押しきった。

価格を検討したところ、小売店への仕切りを掛率六十とし、間屋出しの掛率を六十の八十%― つまり問屋マージンを二十%にしても、なおかつL社の収益は、従来商品とは全然比較にならないほどいいのである。『これが、世の中になくてもいい商品の特性だ』と説明する。

後のことになるが、流通業者との商談で、L社は新しい経験をした。それは「流通業者は、メーカーのような詳細な見積書は一切要求しない」ということであった。

流通業者の関心は、「いくらなら売れるだろうか、粗利益率はいくらなのか」ということで、メーカーの原価など全然関心がないということであった。

第二番目は、いよいよ販売法である。私は『問屋へ売るということは当面考えてはいけない。「問屋へ売る」という考え方は、「間屋は我社の商品を懸命に売ってくれる」と思い込んでいるからだ。これをク天動説クという。「問屋は売ってくれない」ことを知らなければならない。沢山の会社で天動説のとりこになり、どのくらい売上げ不振に泣いているかを、 一倉はいやというほど見せつけられてきている。

それにもう一つ、こちらから問屋に持ち込めば、必ず値段を叩かれる。将来は間屋を通じて売ることがあるかも知れないが、その時は間屋のほうから、「この品物を取り扱いたい」といわせることが大切なのだ。こうすれば価格交渉の主導権はこちらで持つことができる。そこで販売法だが、これは「金物店への直販」である』と。

これもL社長には意外であった。L社長の考え方としては、東京。大阪。名古屋などの大問屋へ話を持ち込むよう勧められると思っていたからである。私は、このようなところは大激戦地で、新参者の入る余地など殆んどないこと、ローカルの業者が東京や大阪に営業所を出して、「大消費地ならば売れる」と意気込んではみたものの、何年たっても業績は上がらず、営業所自体の経費さえ賄えないような状態から抜け出られず、社長の頭痛の種になっている例を多くみすぎていることを話して説得に努めた。L社長とすれば、自社では販売のことは全然経験がないので、半信半疑ながら私の意見に従ったのである。

基本的な方針が決まり、いよいよ販促活動である。セールスマンを二名専任にし、専務の直属とした(本来ならば社長直属であるが、L社の場合には専務がむしろ進んでこの役を買ってでたのでそうしたのである)。

チラシと価格表を作り、いよいよ出撃である。私の戦法は次のようなものだった。

L社は東京の隣接県なので、社長は東京から始めたかったが、私はこれも止めさせた。

東京や大阪などの金物屋では、すでに先発業者が長年の実績をもっていて、新参者など簡単に喰い込めるものではないからだ。

だから、そうしたところは後廻しにして、地元から始めるのが有利である。地元としての連帯感と親しみ易さがある。距離的にも便利だ、この地の利の強味を生かすのである。

まず、地元のN市の一軒の建築金物店を特約店とする。これは、社長又は専務が直接主人に会って回説くべきである。マージン率は四十%であること。当初は現物を置いてもらわなくともよいこと。お得意様である建具屋(それまでの調査で、建具屋が購買決定者であることが判っていた。これは工務店を数社当ってきいたところ、建具屋に建具類一切を一括請負いさせるとのことだった)に対しては、DMを特約店の名でL社の費用と手間でやること。その後でL社のセールスマンが建具屋を直接訪問して販売をすることなどである。そのために、金物店の得意先名簿を貸してもらうことなどである。

この、名簿を貸してもらうことは、相手がなかなか承知しない、というのは、メーカーにお客をとられることを警戒するからだ。心ないメーカーが自らのお得意様である流通業者のお客を奪い、流通業者に煮え湯を呑ませているケースが多いからである。だから、L社では絶対にそんなことはやらないと、社長の名において約束するくらいの誠意を見せなければならないことを強調したのである。

L社長は私の勧めに従って活動を開始した。地元に一社(建築金物店)特約ができた。話をもっていった時に、その金物店の主人は、『こんな高いものが売れる筈がない』といったが、L社で蛇口作戦をするし、資金負担はないので、とにかく引き受けてみようという気になったのである。

DM用の名簿の件については、意外なことに理解というよりは歓迎された。これは、L社の姿勢がそうさせたのである。つまり、特約店の名前で、特約店の封筒を使用し、L社の費用と労力負担で行う、ということである。こんな条件でメーカーが申し入れをするとは、恐らくは夢にも思ってはいなかったに違いない。

そして、『初めの一カ月に二回のDMをしてくれ』と得意先名簿を貸してくれたのである。L社長は、『一倉さんの言う通りのことを金物店の主人が言った』と驚いていた。いよいよ蛇口巡回が始まった。これは大変なことであった。というのは、建具屋は昼は建て込みに出かけて不在である。朝早く、建て込みに出る前に訪問して、夜の訪間の了解をとりつける。商談は無論夜の訪間の時である。文字通りの夜討ち朝駈け、ならぬ″朝駈け夜討ち″だった。

この作戦は意外なほどの成果をあげた。売った商品は現物と引換えに受領証をもらい、これを特約店に持参して特約店が納品書を切るようにしたのである。これがL社に対する特約店の信頼を得るための大きな力となった。

実績が上がるにつれて、特約店の主人のいうことが変ってきた。『こんな安いものはない』というのである。こうなると、特約店自身がク売る気クを起す。ある日、L社のセールスマンが特約店を訪問すると、主人が『今日は俺がお得意先を廻ってこの錠前を売る。お前も一緒にこい』と車の助手席に乗せられて、まる一日主人のおつき合いをさせられた。この作戦でも満足すべき成果をあげた。

もはや、特約店にとってL社はなくてはならない存在になったのである。L社のセールスマンが特約店を訪問すると『おお、よく来てくれたな、まあゆっくりしてゆけ』と声をかけてくれるだけでなく、奥に向って『おおい、カルピス』という。主人自らの心づかいである。他社のセールスマンには、こんなことは絶対にやらないのである。

数力月たち、L社の売上げは上昇一途を辿り、十分に販売経費を賄って余りあるようになった。この頃になると、二人のセールスマンでは手が足りなくなってきた。

開拓した得意先のフォローと新規得意先の開拓という両面作戦を同時に行わなくてはならないからである。

私は、L社長に、『セールスマンの増員を考えているか』ときいてみると、担当者からの希望はきいているが、いろいろな都合があり、まだ増員を決めていないという。ここで、「経営戦略」篇の二四四ページにのっているク明日の商品クに対する「企業の一般的態度」を参照していただきたい。それはク投入資源不足クである。  ・

そして、これが新商品育成の大きなブレーキになるのである。このブレーキは、社長自身がかけているのである。

私は『すぐ、セールスマンを三名ほど増員すること。この三名は、先に二名が開拓した蛇口を担当させ、二名は開拓に専念させる。いうまでもなく、この二名は専務が開拓した特約店の蛇口開拓である』と。

こうして、専務は特約店の開拓、二名の開拓専任セールスマンは蛇口開拓、開拓された蛇日はルートセールスマンにバトンタッチという分担ができ上がった。では、社長は何をするのかというと、ク市場戦略クの樹立である。

蛇口作戦の展開につれて、商品構成の充実の必要性が高まってきた。それはお客様の要望に、さらに答えることである。先発メーカーの商品構成を見ると、玄関錠とその関連商品はある。しかし、これらに見合う高級室内錠がない、ということである。これは明らかにおかしい。

玄関錠だけを豪華にするク一点豪華主義クの家ばかりではない。高級住宅ならば応接間、書斎、居間をはじめ、勝手回の錠前まで建物に見合う錠前が必要な筈である。

この中には、和室用の引違錠まで含まれるのである。こうなると、これは「高級室内錠シリーズ」である。この考え方に基づいて、ク商品構成一覧表クを図入りで作り、開発と発売の日程計画を作りあげた。                       

この室内錠シリーズは、一部の業者から意見がでた。『お前のところは玄関錠の専門メーカーだから、それ以外の錠は総合メーカーに任せればよい』というものである。L社長は迷って私に相談をかけてきた。私は『それは、あなたの会社が玄関錠を出したので、流通業者があなたの会社をそう見ているだけで、消費者の声ではない。このような場合は消費者のニーズに合わせるのが正しい。流通業者が何と云おうと現実に消費者のニーズを満たそうと考えている業者はないのだから、あなたの会社でこれをやるべきだ。流通業者に対してはあなたの会社の蛇口作戦の実績を知らせていけば分ってもらえる』と答えた。

この室内錠シリーズの別の利点は、L社の販売費はごく僅か増加するだけで、収益の殆んど大部分はそっくり残るのだ。つまり、高収益化を実現することになるのである。

商品構成の充実は蛇口作戦を効率的なものにしていった。品種を増やすごとに売上げは確実に増加した。こうして蛇口作戦を進めながら、次の販売戦略をたてていった。

建築金具店への直販は、望ましい姿ではあっても、全国の市場に対して総て直販というのは、L社の力からみてムリである。そこで、地元は直販方式をとり、それ以外の市場は間屋を通しての間接販売ということが考えられる。この場合に、直販地域と問接販売地域を明確に区分し、間屋にも十分説明して了解をとりつける必要がある。

問屋の選定については、全国的な販売網を持つ問屋は避けなければならない。このような問屋は、数千種類の商品を扱っているために、総売上高は大きくとも、個々の商品の売上高は必ずしも大きくない。このような問屋は、特定の商品に力を入れるというようなことはできないのだ。それよりも、地場の一流問屋か、大きくとも地方ブロック程度を商圏とする間屋とする。これらの問屋に対して、その主要蛇口をパトロールして販売促進をする。「いつ、いかなる時でも、自らの商品は自らの手で売らなくてはならない」のである。

右の基本方針のもとに、L社長自ら市場を廻り、自らの目と耳と肌によって得た情報をもとにして、やり易い地域から地域戦略を展開していく、あとは試行錯誤の繰り返しである。

大切なことは、あまり急いで地域を拡げずに、 一つ一つの地域の占有率を確実に高めてゆくこと。迷いや壁にぶつかったら、一倉のところへ声をかけてくればよい、ということにしたのである。

地域戦略

S社は電気機器のメーカーである。売上げの大部分は大企業の下請であるが一部は市販している。市販品の占有率は一%にも達せず完全な限界生産者である。本社はS県にあり、東京に営業所を持っている。

大部分の売上げは下請なので収益性が悪いため、収益性のよい市販品を強化し、将来はこちらを主力にしたいというのが社長の年来の願望であった。打ち続く不況の中で、社長はついに年来の願望の本格的な推進を決意した。

社長は、まず地元から始めたい、そして県内占有率二十%の最終的目標をたて、十%獲得を当面の目標とした。県内占有率は、殆んどゼロに近かったので、実際には新規参入である。「現在の商品を引っさげて、新市場に乗りだす」のである。その作戦をどう進めたらいいかという私への相談である。

私は、まず社長の覚悟をうながした。『市場はすでに過当競争である。そこへの新規参入だから、 一年や二年は実績など期待してはダメだ。その間、販売経費を賄うだけの収益は上がらないものと思わなければならない。それは、自動車がスタートした時は、ローギアでエンジンの回転は速くともスピードは遅く、ガソリンを多く喰うのと同じである。辛抱強く努力を続けてこそ勝利を得られるのだ』と。

私は社長に作戦をさずけた。『県内に作戦地域を限定するのは賢明である。この作戦は、この県内を更に細分化して、その細分化された地域毎に作戦をたてるのだ。

まず、県の東部にある二つの主要都市(県の人口の六十%を占める)をそれぞれ一つの地域とする。これを仮に、A地区、B地区とする。残りの地域を四つに分ける。これを、それぞれ、C地区、D地区、E地区、F地区とする。

A、Bの両地区は、第一次作戦からは除外する。多くの会社では、まっ先にA、B両地区を狙いたがる。「大市場だから売上げも多い」、という錯覚に陥る。これはク天動説クである。この地区にはすでに、大手をはじめ、すべての先発業者がひしめき合って、猛烈なせり合いをやっている。そんなところへ新参者が飛び込んだとて、成果など期待できない。これが第一次作戦地区から除外する理由である。

C地区は、先発のトップ企業と密着している間屋があり、これが圧倒的に強いので、これも第一次作戦から除外する。敵の強いところへは近づかないことである。(これは囲碁の原則でもある)残ったD、E、Fの三地区に、それぞれ一社ずうのディーラーをつくり、それぞれ一名のセールスマンを専属させて、徹底的な蛇口作戦を展開する』というものであった。

ところが、社長はすでにC地区の有力問屋、つまり、トップ企業と密着している間屋と取引の了解がついているので、これも作戦地区としたいという。私は、『社長がどうしてもやりたいというのなら、やってみるのもいいが、成果はあがりませんよ』と釘をさしておいた。                           

専任セールスマンは、セールスの経験者を使ってはいけないと社長に注意した。多くの社長は、すぐにセールス経験者、それもなるべく経験の深いものがいいと思い込む。しかし、こうした経験者は間違った経験に従って勝手な行動をとり、社長の方針など無視する危険がある。

蛇口作戦では、最も大切なのはセールスマンの商談能力ではなくて、定期巡回うまリパトロールなのである。このパトロールは辛気臭く、経験者は続かない。だから未経験で根気強く真面目な人間がよいのだ。販売戦略のところでのべた「訪間は売り込みではない、顧客確保である」という文句を思い出していただきたい。

パトロールは、蛇口を一週間一回訪間を基準として行う。社長は、最低一カ月に一回は必ずディーラーを訪問し、その際に数軒の蛇口を必ず訪問することとした。こうしなければ、社長が実態をつかむことはできないからである。

作戦開始以来六カ月ほどたった。D、E、Fの三地区では、少ないながらも月毎に売上げがジリジリと上昇していた。ところが、C地区の売上げは、たった一回、数万円あっただけで、あとはゼロであった。「敵の強いところはダメ」を絵に描いたような結果が出たのである。                          

私は、C地区から撤退を進言した。社長はC地区どころか、こんな少ない実績では、とても見込みがないから、すべての蛇口作戦を中止したいような口ぶりである。これが下請をしている社長の共通的な態度である。ちょっとした困難にぶつかると、すぐにヘナヘナと折れてしまうのである。

私は『とんでもないことだ。だから初めに言ったではないか。こんなことで戦意を失っては、あなたの会社は永久に救われない。社長は、こんな実績ではダメだと思われるだろうが、私にいわせたら、むしろ順調だ。ゼロからの出発で、二十年も先発している他社の中で、これだけの実績をあげたのだ。絶対額は少ないとはいえ、月毎に確実に売上げが上昇しているのは、「望みなき」ではなくて「大いに有望」なのだ。望みないのは、いつまでたっても少額売上げのまま横ばいの時だ。頑張るのだ』と気合を入れる。

C地区を撤退して、蛇口作戦を続けた。 一年たった時には、この三地区の売上げは東京営業所の涜上げを抜き去っていた。東京営業所はすでに十五年たっており、人員は二人である。その売上げを、同じ二人で、たった一年で、しかも遥かに小さなマーケットで上廻ったのである。

これは、市場原理からいって当然のことである。蛇口作戦を行った地区は、先発各社よりも数倍の兵力を投入したので、その地区で他社の強い地盤を荒らすことができたのであり、東京地区では、限界生産者だったから、いつまでたっても売上げは伸びなかったのである。

第二年目は、第一年目の実績と経験をふまえて、新たな作戦を展開することにした。

実績をあげたD、E、Fの三地区は、パトロール回数を半減する。それでも十分に戦えて、しかも占有率を高める自信がついたからである。浮いた時間は、第一年目に除外したA、B両地区に対して拠点作戦の展開である。この両地区は、市場が大きいので、ディーラーもそれぞれ二〜三社必要と思われるが現有勢力ではとてもそれらをカバーできないので、ディーラーは、それぞれ一社に絞り、その中での蛇回は数をごく僅かに限定して、この蛇口に対して密度の濃いパトロールを行う。これは、そのパトロールの効果がどれだけあるのかの実験である。先発各社の重点地区内であるだけに、敵の強さがどれだけのものかを知ることにより、次の作戦をどうたてるかを決めるためである。                         

もう一つは、C地区は依然除外地区とし、その地区を飛び越えて隣県の一部

敵の最も手薄な地区を狙って蛇口作戦の展開である。その成果はまだ分らない。現在推進中だからである。

S社の場合は後発の眼界生産者なので、主要市場は後廻しにして、敵の手薄なところを狙ったのであるが、強者の場合には初めから主要市場に進出できるのであ

M社の場合がその例に当る。M社は、機械部品に使われる成型品の下請をやっていた。下請の低収益から脱出して、高収益自主経営を目指してその商品の一部を選び市販を始めた。

事前の調査の結果は、いろいろな需要があり、標準品として商品化の可能性があることが分ったが、高級品なるが故に、どのメーカーもマーケットは知れたものだと思っていたらしく、ごく一部の市販品があっただけなのである。ユーザーは、必要なものが市販されていないので、止むなく特注として高い価格と一カ月以上の納期という条件に甘んじていたのである。              

このマーケットの盲点を埋める商品なるが故に、初めから地元大阪地区を狙って、現物カタログを作り発売に踏みきった。販売は、カタログを数社の問屋に配っておいただけなのに順調に伸び、私がかなり希望的観測を交えた予測線に、ぴたりと乗ったのである。強者とはこういうものである。

この実績をふまえて、次の作戦に入る。この商品と隣接し、同じく盲点になっている商品を、さらに戦力に加えること。大阪地区に更に問屋を増し(大型問屋がない業界なので、間屋を増す必要があるし、こうしても問屋間の過当競争の危険が少ないため)さらに、東京地区にも大手を振って進出を図ったのである。

新規事業でありながら、扱う商品はすでに世の中に存在するために、業界ではよく知っており、今更の説明を必要としない。「標準品を発売しました」というキヤンペーンだけで十分、というこんなに楽な商品も珍しい。

最も有難いのは、初めから「強者の戦略」をとり、いきなり中央市場に進出できることである。業界の盲点をついた、典型的な「シンデレラ」なのである。この商品の将来は楽しみである。 一つ気をつけなければならないのは、他社が気がついて乗り出してくることである。                       

普通の場合、新商品は、半年か遅くとも一年くらいの間には後発メーカーが乗り出してくるものだが、高級品なるが故に、業者は「あまり売れない」と思っている。だから、いつ他社が気がついて参入してくるか、が私の興味のマトとなっている。

人間の考え方というのは、同種商品の中での比較で、売上げ比率が小さいと、それが「あまり売れない商品」と思い込むらしい。比率それ自体は小さくとも、分母が大きければ分子の絶対額も大きくなることに気がつかないのである。

ここに盲点が生じ、「シンデレラ」が発生するものであることを、この事例はわれわれに教えてくれるのである。

右の二つの例は、新規商品(ばかりではないが)の販売というものは、ク弱者クとク強者クでこのように販売法が違うことを教えてくれる。ただやみくもに、市場も調べず、何の作戦もなく推進してもダメである。

市場原理に基づく計画的な作戦を展開してこそ、その成果が期待できるものであることを忘れてはならないのである。                       

社長たるものは、市場原理とその応用問題としての市場戦略について、正しい知識を持たなければならない。それは、このシリーズの「販売戦略・市場戦略」篇を参照していただきたい。

作戦の展開に当っては、自らその作戦予定地を歩き廻って、自らの日と耳と肌で情報を集めると共に、多方面からの情報を収集し彼我の戦力比較の上に立って計画を練らなければならない。

新事業の販売戦に勝つためには、右のような作戦計画のもとに、社長自らの陣頭指揮が不可欠の要件である。

営業部門に任せておけばいいというような安易な態度では、販売戦に勝つことはできないのである。

新事業を創る

M社から新商品を事業化したいから手伝ってくれという依頼である。

M社は、ある大企業の下請けをしているが、石油不況によって業績は大幅に低下してしまった。そこで、年来の懸案である自社商品によって収益増大を図りたいというのである。

その新商品というのは、ステンレス製の浴槽である。試作は数年前にやっており、商品に対する自信はある。そこで、浴槽の長期計画を作り、これから本格的に売り出したい、というのである。

その長期計画を見せてもらったところ、たしかに五年間の計画ではあるが、その内容は年度別の売上げ想定に対する社内の活動計画である。 一人当りの人件費や生産高、所要人員、設備、本社費負担額、金利、労働装備率、というようなものばかりである。

私は『これは内部計画である。事業というのは市場に対する活動だから、それに― うまリク販売クに焦点を合わせたものでなくてはならない』と、まず関心の誤りを正した。

M社長は、『販売の経験が全くないので、ルート販売(メーカー向け)と自社販売の組合せを考え、当初ルート販売で数を確保し、自社販売を毎年増やして、四〜五年後にはルート販売との比率を逆転したいと考えているが、まだ具体的にどうするかは決まっていない』というのである。社長の意図としては、しっかりした問屋に流したいということであった。

一通りのM社長の考え方が分ったところで、私は市場原理の説明から入らなければならなかった。言うまでもなく占有率の原理である。それは

一、事業を存続させるには、その商品が生き残るために必要な占有率を確保しなければならないこと。

二、市場はすでに過飽和の状態にあり、後発業者がこの中に喰い込むためには、先発メーカーより力が強くなければできないこと。言いかえると、先発メーカーの何倍も何十倍もの努力をしなければならない。そのためには、販売地域を限定しなければならないこと。

三、後発のM社が、単に「問屋に流す」つもりでいるが、その問屋に流すことさえ覚うかないこと。余程の安値でなければ受付けないだろう。

四、仮に、間屋に流すことができても、間屋は限界商品であるM社の浴槽など、カを入れて売ってはくれない。その結果は、失敗に終るだけである。というようなことであった。M社長の、そんな世間知らずの甘っちょろい考え方など全然通用しないことを、先ず認識させることから始めなければならなかった。そしてなおも、説明を加えた。

『M社長が、どうしてもやりたいというのならば、先ず不退転の決意をし、どんな困難にあっても負けずに頑張らなければならない。それでも初めのうちは、みじめなほど売上げは伸びず、必死の努力、二〜三年で、採算に乗れば大成功、場合によれば五年かかるかもしれない。ひょっとすると、何年たっても採算に乗る売上げを達成できないかも知れない。とにかくやってみないことには分らないことではあるが……

だからこそ、「問屋へ流す」というような安易な考え方は捨て、M社自ら直接小売業者(販工店― 販売と施工をやる店)に売り込むという直販方式をとらなければダメである。それも、ただムチャクチャに頑張るのではなく、明確な事業方針と、それに基づく計画がなければならない』と。

一般論からいうと、この事業は明らかに「やってはいけない事業」なのである。それは、M社にとっては大きすぎるマーケットだからである。それにもかかわらず、M社長の話にのったのは次のような理由である。

第一には、M社長はどうしてもやりたいということ。第二には過当競争というよりは、舷舷相摩すといったほうがいいような大激戦に見えても、そこには後発のつけ込むスキが可成りあることを知っていたから、作戦よろしきを得れば成功の公算があるからであった。

M社長は、この新事業推進については、私に全面的に手引をしてもらいたいというのである。

作戦開始に当り、まず何をおいてもやらなければならないのは情報収集である。

内部のことは、すでにいろいる計画されていたのに、外部情報は極めて僅かしかなかったからである。

外部調査に先立って、社員の持っているクコネクを調べておくことが大切である。

家族、親戚、友人、学校の先生、同窓生などの、勤務先と役職である。これは、何かの時にコネを利用するためのものである。集まった資料は、官公庁、団体、企業などに大分類し、さらにそれを小分類して、いつでも使えるようにしておくことにした。

次には出入りの業者の得意先を調べておく。これも何かの時に紹介の労をとってもらうためである。

マーケットに関する第一次調査として、基礎的な情報を集めた。それは

一、総需要

一 府県別人口と民度

一一 浴槽の機種別(ステンレス、FRP、ホーローなど) の年間販売台数

三 政府の住宅政策にある前期構想や通産省の新築住宅、住宅設備機器の需要

予測

二、機種別の主なメーカーとその販売台数

三、流通機構

一 流通経路とそのパターン

三 流通マージン

三 決済の慣行

四、先発メーカーの占有率

一 メーカー別製品規格と寸法

一一 メーカー毎のタイプ別販売台数と占有率

三 メーカー別販売価格

五、浴槽の機種別需要予測

六、その他

一メーカー別の製品の特色

二)あるサイズ別の需要先発業者の動向などである。

この調査の結果、ステンレス製の伸び率がFRPやホーローより高いこと、先発各社がかなり力を入れていること、新規参入を狙っているメーカーがいくつもあること、などが分ってきた。

外部情勢の検討とM社長の意図に基づき新事業の基本構想を決定した。

一、ステンレス浴槽を主体とし、これに灯油焼却兼用風呂釜を組合わせ、自社製造、自社販売を行う                            .

二、浴槽は、 一・五人用、二人用の二種類とし、それぞれにすべてのタイプを揃える

三、販売は、販工店への直販とし、状況により問屋への間接的販売を行う

四、商圏は、地域占有率を確保することを第一として、いたずらな拡大は行わな

付帯事項

将来、浴槽関連の機器を新たに加えて商品構成の充実を図り、さらに住宅設備機器の総合業者を目指す

というものであった。

右の決定について、いささか補足説明を必要とするので、それを次にのべる。

兼用釜は、マキ、ゴミなども焼却できるもので、M社で下請加工していたものを、発注先から仕入れて自社商品とすることにしたものである。これによって発注先に対しては下請であると同時にディーラーであるということになり、同等の立場に立つことができるようになった。これは、発注先が遠隔地で、M社の周辺地域にまで販売の手が廻らなかったので、発注先でも渡りに船と話がまとまったものである。

次に、浴槽のタイプであるが、これは、ある特定のタイプだけというわけにいかないのである。浴室の構造がまちまちのために、据置式、埋込式の二つがあり、それぞれにエプロン(化粧板)がつく。このエプロンが半エプロンと長エプロン、 一方、二方とあり、この二方が右勝手、左勝手とある。これらのすべてのタイプを揃えておかなければ、販工店の要求を満たせないのである。

付帯事項は、同一販売チャンネルに乗せる商品を充実することによる、販工店ヘのサービス向上と、販売効率の向上が同時に実現できるからである。

たとえば、風呂釜にしても、兼用釜だけではなく、都市ガス用、プロパン用、灯油用と揃えて、初めてク五体満足″ということになる。

その他、温水器、洗面台、流し台、エアコンなど、同一チャンネルに乗せる商品を扱うことにより、事業自体の充実を図れるからである。ただし、あくまでも顧客サービスの手が廻るという条件を満たしての上のことで、さもなければ手を出してはいけないのである。商品の間口ばかり広げると奥行が浅くなって、何にもならないからである。                                

右の基本構想に基づき、これを推進するために必要な調査を進めた。この第二次調査では

一、地元の販工店、間屋および設計事務所のリスト

ニ、販工店の特性

三、先発メーカーの販売網とマージン政策

四、個々のメーカーの販売方法とマージン率

五、長府製作所の販売方法

六、メーカー別販売数

などである。

右の調査で判明したのは、販工店のマージンは三十〜三十二%が最も多く、 一部で二十五%であった。ひとり長府製作所のみ四十%である。ここに長府製作所の強みがある。

長府製作所の販売方針は

一、流通の簡素化― ‐小売店直販方式                     .

二、三拝九拝するよりも、「もうけ」を売る――これが小売店のマージン率四十%と同業第一位であるところに表われている

三、アフターサービスの迅速― ‐そのために、小売店でできるように、毎月一回、アフターサービスの講習会を開いているというものである。

M社でも、長府製作所に負けずに、販工店に対するマージン率を四十%とすることにした。

右のような調査と併行して、社内では発売期日に合わせて生産態勢の整備を進めた。これはお手のものなので、私は一切タッチしなかった。

販売準備は、セールスマンの選定と教育、カタログ、チラシ、定価表、荷造用段ボール、営業車輌など、手落ちがないように気を配った。

いよいよ販売戦略の樹立である。何しろ、新参入で、占有率ゼロからの出発なので、当面生産数量を確保するために、某メーカーの下請加工を行うことにした。夕イプはM社のものとし、M社の自主販売は自由というメーカーがあったので、これと契約できたのは幸いであった。さて、戦略である。私の案は次のようなものであった。

一、販売法は販工店直販方式、ただし、遠隔地は間屋販売もあり得る

二、販売促進は、直販、問屋販売何れの場合にも徹底した蛇口作戦

三、作戦地域とその占有率目標は

一 M市とその周辺を最初の作戦地域として、販工店直販、占有率目標は三年以内に二十%以上、当面の目標は十%以上に 二番目の作戦地域は県内とし、三年以内に二十%以上の占有率を確保する。

この地域への作戦開始は、M市とその周辺地域で十%の占有率を確保した後とするに

県外への進出は、M市とその周辺で占有率二十%、県内占有率十%を達成した時とする

これは、かなり修正された。社長は、「こんな悠長なことはしていられない」というのが本当の気持だったのであろう。

当初から、M市とその周辺、県内、隣接一県を同時スタートすることになった。三カ月後には、さらに一県にディーラーをつくり、隣接の地方ブロック全体に商圏を持つディーラーと契約した。私は、それ以上はやたらに作戦地域を拡大しないように釘をさしておいた。

M社長は、蛇口作戦だけでなく、新聞広告やアドバルーン、展示場などの販促活動も行いたいという。ク天動説クである。こうしたことをすれば、顧客が見てくれて、M社を支援してくれる、と思い込んでいるだけなのである。

私は『そんなことをしても、誰も見てはくれないし、見ても何の反応も示さない。ムダ金を使うのは止めなさい』と止めた。広告とアドバルーンはあきらめたが、展示場は作ってしまった。といっても、もともと使っていないところだったので、これはうるさく言わないことにした。

浴槽の展示などしても、家を作る気のない人は無関心、無反応だし、家を作る人は業者にまかせきりである。業者はそんなものには無関心に決まっている。わざわざ展示場に出向かなくても、毎日のようにメーカーのセールスマンが押しかけてくるからだ。

蛇口作戦は、M市とその周辺に三名、県内一名、隣県一名の専任セールスマンでスタートを切った。それは、昭和五十年の一月であった。販工店を巡回する。辛気臭い、そのくせ注文は僅かしかないパトロールが続いた。

建築業界の不況で、メーカーは販工店への押込みに懸命である。新参会社の商品などたやすく売れる筈がない。『先発メーカーの壁の厚さをつくづく感じます』というのが営業担当常務の感想である。なにしろ、相手はもう二十年以上もやっている。そのキャリアと実績と知名度の強味は、簡単に新参者を寄せつけないのは当り前である。

その強敵を相手に戦を進めるのだ。根気強い訪問以外にはない。だからこそ私はセールスマンの資質として、根気強さを要求しているのである。苦しい戦といっても、全然売れなかったわけではない。それどころか、私に言わせれば蛇口作戦の強さをまざまざと見せつけられたのである。

販売数は、三カ月日には月間百槽を越し、七カ月日には二百槽を上廻り、十二カ月目には三百槽に達した。最初の一年で二千槽という実績をあげたのである。第二年目(昭和五十一年)には年商七千槽を突破してしまった。この数は、ステンレス浴槽のみを見れば、昭和四十八年の統計に当てはめると、主要販売業者三十社のうち十二位に当るのである。昭和五十一年度には需要は昭和四十八年の三倍程度と推定されるので、恐らくは二十位くらいのところであろう。成長は各社平均に伸びるのではなくて、上位ほど伸びるという寡占化の原理が作用しているからである。

この実績を、単純に人口比からの占有率に当てはめると、全国で一%強、作戦地域で六%、県内では十一%に当るのである。

全くの新参でこの実績は可成り高い評価ができるのである。しかも先発メーカーの大幅なダンピングが続く中を、これに対抗する値下げは最小限度に押えての成果である。

この成果を収めることができたのは、地域を限定しての集中的な攻撃という、タランチェスター戦略クと、他に比を見ない蛇口作戦の威力との相乗効果あってのことである。あとは、この作戦を進めればいい。

強大な先発メーカーがしのぎを削る激烈な競争の中に、力も実績もない中小企業がとび込んでも、その作戦よるしきを得れば成功することが実証されたのである。無方針、無戦略では、このような戦果は絶対に望めないことをよくよく心しなければならないのである。 

新事業は社長以外の誰の役割りでもない

H社は、業界第一の占有率を誇る優良企業である。社長のH氏は、自らの時間の大部分を、お客様のところへ行くことに費やしている。たまに会社に居る時に、社長の姿は常に開発室にある。お客様のところと開発室を行ったり来たりしているのである。これがH社の新商品が当り続けている最大の理由である。自らの目で見、耳で聞いたお客様の要求を、自ら開発室に入り浸って実現しているからである。業界ナンバーワンの秘密は、お客様のところへ社長自ら出かけていくところにあるのだ。

0社の社長室は、いつ行っても新商品や試作品に埋まっていて、どう見ても社長室の体裁を保っていない。いわば開発室である。0社にお伺いすると、社長はまっ先に新商品や試作品を私に示して説明を始める。その熱意には全く頭が下がるのである。

ファッション商品なるが故に、新商品の機能とデザインは決定的な重要度を持つ。機能面は実験や試用で結論がでるが、デザインはそうはいかない。いつも開発部長と激論である。そして、開発部長に押しきられてしまうことが多いのである。私は、若い開発部長に負ける社長を、微笑をもって見ている。ファッションについては、若い開発部長のセンスのほうが優れているに決まっているからである。

F社の開発室は、F社で最もゼイタクなスペースをとっている。二〇〇平方メートルもあろうかと思われるその半分は製図台、もう半分は試作室である。F社にお伺いすると、社長は必ず自ら私を開発室に案内し、試作中の商品について、微に入り、細にわたって説明してくれる。その説明を聞いていると、それらのものは社長の発想がもとになっていることがよく分る。しかも、その発想は常に実験結果から生れていると、私には感じられるのである。商品の性能や実用性について、いささかも妥協しないF社長の姿勢がそこにあるのだ。他に比を見ないF社の商品の品質と性能は、この社長がつくりあげるのである。

T社長は、会社に居るのは土曜日だけである。月曜日から金曜日まではお客様のところを廻っている。T社長の言によると『新商品のアイディアで思い患ったことなどない。お客様のところへ行って、お客様の要求や不満を聞くだけで、新商品企画など、いくらでもできる』という。開発された新商品は、慎重なモニターテストの末に発表される。発表が決定されると、T社長自ら現物をお客様のところへ持っていって説明する。その熱意には、お客様のほうからT社長に惚れ込んでゆくのである。

新商品、新事業の成否は、そのまま企業の将来の運命に直結する。社長の役割りは企業の未来を作ることにある限り、社長自ら新事業に取組み、総指揮をとるのが当り前である。

新事業開発の、本当の難しさは社内にあるのではなくてマーケットにある。市場と顧客の要求を見極めることこそ最も重要なことである。それなるが故に、社長自らお客様のところへ出かけ、お客様の要求とその変化を、自らの日で見、自らの耳で聞き、我社はお客様の要求にどう答えるべきかを決めるのである。

顧客の要求を聞かず、我社だけの「ひとりよがり」の考えで新商品、新事業を考えるとは大きな誤りである。同様に、自らの意図も方針も示さずに、開発担当者に任せるが如き態度は、社長として最も戒めなければならないことであろう。

企業の最高責任者である社長が、お客様の要求に基づいて、自らの意思で新商品、新事業の開発を決めるべきであり、他の誰の責任でもないことを肝に銘じていなければならないのである。

まとめ

◎ 我社の将来の収益を保証するものは、現事業ではなくて新商品、新事業である。

◎ 新商品、新事業の開発には、数々の盲点や陥し穴があることを知らなければならない。

◎ 顧客の要求を知り、これを満たすことこそ新事業を成功に導く。社長は顧客の要求を知ることに、大きな時間をさかなければならない。

◎ 未来事業は必ず現事業と分離しなければならない。さもないと現事業に押されて成功は望めないからである。

◎ 新事業の本当の難しさはク販売″にある。市場原理に基づくク市場戦略″とク蛇口作戦″こそ必須の要件である。

◎ 新事業開発とその推進は、社長以外の誰の役割りでもない。仮にも社員に任せるようなことがあってはならない。

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