第 2章 決断の方程式──戦う前に勝つ 孫正義の成功ルール
10 「求められる人」になるまで自分を磨く! 大企業とベンチャー企業で「求められる人材像」を把握する ゼロから新規事業を起こすことは、孫正義でも難しい 孫正義の成功ルール 11 「撤退する基準」を決めて突き進む! 「見切りをつける」判断は、企業でも個人でも難しい 見切りをつけて終わりではなく、成功への布石にする 孫正義の成功ルール 12 よいアイデアがあれば、即行動! 実績がないことをプラスにする 資金調達できる革新的なビジネスプランをつくる 孫正義の成功ルール 13 たくさんの失敗が成功をつくる! 孫正義が設定した3つの起業基準 「失敗をしてもあきらめきれないビジネス」が企業を救う 孫正義の成功ルール 14 迷ったら、「どうできるか」で決める! 家業を、重荷ではなく、ラッキーだと思え 一度は社会の風に当たったほうがいい 家業を発展させるのは、ベンチャーを起こすよりは有利

1年間に多くの学生が訪問してくるので、スケジュールの合う限り、会うことにしています。
そのほとんどが、進路の相談なのです。
中でも一番多いのが、この質問です。
おそらく、私が、三菱地所という伝統的な大企業に勤めた経験とソフトバンクという新興企業に勤めた経験の両方を持っていることを知っているからでしょう。
質問としては次のようなものがあります。
「学生時代にすでに起業しているのですが、就職したほうがいいでしょうか?」「大企業に就職してから、経験を積んで起業したほうがいいでしょうか? それともいきなり起業したほうがいいでしょうか?」「アルバイトしているベンチャー企業に入社をすすめられているのですが、このまま就職しても大丈夫でしょうか?」 質問には、次のように回答をすることにしています。
「まず、起業している会社が継続的に経営できるなら、継続したほうがいい」「アルバイトしているベンチャー企業に将来性があると感じるなら、そのまま就職したほうがいい」「勢いのあるベンチャー企業に、自分が会社に必要とされていると感じるなら、就職したほうがいい」「どれにも当てはまらないなら大企業に行くべきだ」 大企業とベンチャー企業で「求められる人材像」を把握する 理由は、簡単です。
基本的に大企業は、数多くの「普通の人」で仕事が成り立つ組織になっています。
一方、新興企業では、組織がそこまでしっかりしていないため、社員一人ひとりの能力が厳しく問われます。
ましてベンチャーを起業するとなれば、ほとんど自分の能力のみで会社の命運が決まります。
だから勝算がなければ、無理して起業しないほうがいいでしょう。
それに比べ大企業では、ある仕事を一人がずっと担当していくことはあり得ません。
官庁や銀行は 2年で部署を移ることは常識ですし、他の大企業でも 5年程度で異動することが一般的でしょう。
これは、不正を防ぐという意味もありますが、もう一つ、個人の能力に依存しすぎないようになっているのです。
極端に言えば、その会社の標準的な社員がやれば、同じようなアウトプットが出るようになっていて、あまり個人の特殊な能力は必要でないのです。
「組織全体として力を発揮していく」ことが日本の大手企業の特徴です。
それは、会社のブランド力やビジネスモデルがすでにでき上がっているから可能なこと。
一方で新興企業ではどうでしょうか? 新興企業というぐらいですから、その会社のブランドや商品・ビジネスモデルが十分ではないケースが多いでしょう。
このため新興企業では、ある人の能力が非常に問われます。
新興企業でよくあるパターンは、技術はすぐれているが、企業体力が不足しているために、サポート体制が弱く、購入後の運用サポートに不安があるなどの場合です。
このような場合、新興企業の営業マンは、お客さまに「商品を導入し、どのように運用をするか」まで提案しなければなりません。
その分、営業マンにも幅広い知識と経験が必要となるでしょう。
ですから、新卒でその新興企業に入った営業マンが成功できるかどうかは微妙です。
なぜならば、自社商品についてだけでなく、他社商品や業界情報についても、よく知る必要がありますし、お客さまの組織などについてもよく知る必要があるからです。
この点で言えば、大手企業に入り経験を積んだほうが、スムーズに身につきます。
しかし、新興企業は、ある分野では非常に尖ったビジネスモデルや技術力を持っています。
持っていなければ、「新しく興すこと」はできないはずだからです。
新興企業で自分自身が成功できると、客観的に思えるかどうかが、選択の要になります。
すでに自分自身がその新興企業でアルバイトをしていて、社員並みに仕事を任され、頼りにされているのであれば、「成功しそうだ」と考えていいでしょう。
「アルバイトで営業をしてみたら社員よりも契約をとることができたし、数年後にはチーム・リーダーもやれる自信がある」「自分が大学で研究していた技術が、そのまま利用でき、商用サービスとして活用されている」というようなことがあれば、新興企業に入社するべきです。
もう一つ、学生のみなさんに言いたいことがあります。
ベンチャー企業に就職したいという人は、学生のうちに自分の行きたいベンチャー企業にアルバイトとして潜り込むべきです。
また、起業したい学生は、学生時代に起業するべきでしょう。
そうすれば、事前に自分の適性をある程度知ることができるからです。
ベンチャー企業の社員や起業家にとってもっとも大事なことは、既存の枠組みにとらわれないことです。
しかし、大企業に就職活動をするようなタイミングで、「ベンチャー企業に就職するか、起業するか」という考えを持つのは、あまりに迂闊です。
正直に言えば、そんな人はベンチャー企業の社員としても、起業家としても、大きく成功することは難しいでしょう。
そういう人こそ、大企業に就職したほうが本人のためかもしれません。
ゼロから新規事業を起こすことは、孫正義でも難しい 孫正義の名言の一つに「戦う前に勝つ」という言葉があります。
「戦う前にすでに勝つべくして、勝つための陣組や商品力をつけておくこと」を言っています。
例えば、新しい事業を開始する際には、アメリカの No. 1企業と提携しジョイント・ベンチャーをつくる手法です。
この手法の成功事例でもっともわかりやすいのは Yahoo!でしょう。
当時、アメリカで有力ベンチャーだった Yahoo!の日本版として Yahoo! JAPANは始まったのです。
アメリカで No. 1というブランド力と、すでにビジネスモデルが確立していることから成功の可能性が飛躍的に高まっていました。
孫正義ほどのビジネスパーソンでも、まったくのゼロから新事業を起こすことは、めったにないのです。
多くの場合、ジョイント・ベンチャーや企業買収によるスタートです。
それほどゼロから事業を起こしていくということは難しく、不確実性の高いことなのです。
個人でもそうです。
基本的に新興企業とは、成功し続けることができるかどうかのリスクが高いでしょう。
また、社員としても、成功できるかどうかのリスクも高い。
しかし、その分、自分自身の興味に沿ったことができたり、自分の力を存分に振るったりできるかもしれません。
A どちらで成功し続けられるかを考える

「いつ見切りをつけたらよいのか?」という問題は、事業だけでなく、恋愛、投資など、あらゆるところで出てきます。
続けるべきか、やめるべきか? やめるなら、いつやめるか? ソフトバンクでも過去の歴史を掘り起こすと、数多くの失敗したプロジェクトがあります。
だれも思い出すことのない大型投資や企業買収の失敗も数多くあります。
失敗プロジェクトの時、ソフトバンクではいつ見切りをつけるのでしょうか? 基本的にはソフトバンクでは撤退の基準があります。
一定の期間で黒字にならなければ、その事業からは撤退します。
他の大企業でも、同じような撤退の基準を持っているところは多いでしょう。
また最近では、会計の面でも不採算事業の評価は厳しく、赤字の子会社の株式はすぐに価値がないものとされ、株式評価損が出る傾向があります。
「見切りをつける」判断は、企業でも個人でも難しい 撤退基準が必要になるのはなぜでしょうか? それは事業については、「いつ見切りをつけるか」の判断が難しいからです。
企業としては、投資した資金を回収できるかどうかが問題ではありません。
一つの事業には、社員の情熱と時間、取引先も含めて、多くの関係者がいます。
こんなことを考えると、事業からの撤退の決断が下しにくいのです。
合格率の低い弁護士や公認会計士試験も同じようなものでしょう。
司法試験では「法科大学院修了後 5年以内に 3度受験が可能」というような年数制限がついたので近年はいなくなりましたが、一昔前は「司法試験浪人 10年」という人もたくさんいたものです。
こうした人は 30歳を超えて、友人たちが会社で活躍しているのを横目に、抜き差しならない状況で、それこそ決死の覚悟で受験していました。
司法試験を受けようと思うからには、優秀な学生だったに違いありませんが、それでも受からないことがあるのが現実です。
なにしろ合格率が二十数%という難関資格ですから、当然とも言えるかもしれません。
合格できなかった人は「自分は運が悪いだけかもしれない。
来年受ければ受かるだろう」「今年はこの分野の勉強が足りなかった。
来年はもっと頑張ろう」「今回は体調が悪かった」などの理由を見つけるかもしれません。
そしてまた、年間 1000時間を大きく超えるような受験勉強を続けるのです。
受験勉強を続けて受かる人もいますが、受からない人もいます。
たまたま毎年、その人の苦手な部分が出題され続けているのかもしれませんが、失敗は失敗。
その結果、「司法試験浪人 10年」という人がいたわけです。
そこで、司法試験改革では「法科大学院修了後 5年以内に 3度受験が可能」という、ある意味、強制的に損切りを受験生に要求するような仕組みになったのです。
受験生にとっては酷な制度でもありますが、本来優秀な受験生に見切りの意思決定を促すための制度になったと考えると、すべて悪いわけではないと言えるでしょう。
見切りをつけて終わりではなく、成功への布石にする では、損切りをして、早め早めに見切っていけば、成功できるのでしょうか? ソフトバンクは、何でも事業を手掛けては、あきらめてきたのでしょうか? 当然ながらその答えは「ノー」です。
すぐあきらめる事業家が成功するわけはありませんし、個人としても、そんなにあきらめがよくては成功しないでしょう。
ソフトバンクの歴史を振り返ると、しつこいくらい何度も同じテーマに挑戦していることがわかります。
その一つは、通信事業です。
ソフトバンクは Yahoo! B Bで知られるブロードバンド事業以前にも、何度も通信事業に参入しては失敗しています。
インターネットのプロバイダーをやったり、無線インターネット事業で日米の大企業とジョイント・ベンチャーを始めたり、日米間海底ケーブルの会社に出資したり、海外のケーブルインターネットの会社に出資したりしています。
すべて失敗し、売却され、数年の苦闘の後で損切りされました。
しかし、一方でこうした失敗の積み重ねが、現在のソフトバンクの携帯電話事業につながっていると言えるでしょう。
これが、実はソフトバンクが 30年以上も存続・成長し続けて、日本を代表するような大企業に成長できた理由なのです。
もちろん新規事業を成功させるために、当然、最大限の努力をします。
ビジネスプランを数えきれないぐらい作成し、必要な資金も調達して、人も雇い、寝ないで事業の立ち上げの努力をしてきました。
それでも失敗することはあるのです。
その場合は、撤退基準に基づいて撤退します。
しかし、あきらめることはありません。
失敗を踏まえて新しい角度でチャレンジするのです。
A 成果が出ない場合、一度撤退し、別のアプローチで再度調整する

この質問については、孫正義の言葉を答えとして提示しましょう。
「金は天から降ってくる」 これは、おばあちゃん子だった孫正義が、高校生の時におばあちゃんに言った言葉です。
私も孫正義から直接、このエピソードを聞いたことがありますが、その後の孫正義のビジネスのやり方を見れば、この言葉の意味がわかってきます。
「お金」の本質は「天下のまわりもの」ということです。
孫正義は、まずソフトバンクを創業するための資金をつくり出すために、携帯型自動翻訳機を作りました。
この携帯型自動翻訳機をシャープに売却して得た 1億円が、事業を開始するための最初の資金となったのです。
また、ソフトバンクは、株式を店頭市場に公開した直後、 5000億円を調達して、その後のベンチャー投資や買収のための資金としました。
最近でも、ボーダフォン買収やスプリント買収のために、それぞれ 1兆円を超える資金を調達しています。
孫正義はこのように資金を外部から調達することが大変上手なのです。
普通は、借金というと社長や会社にとって「悪いもの」「マイナスのもの」と捉えられがちですが、孫正義にとっては、そうではないのです。
むしろ、借金できるということは、それだけ会社が評価されていて、お金を預けてくれる人がいるということなのです。
実績がないことをプラスにする 銀行の仕組みを考えれば、わかります。
銀行は、私たち普通の人から預金としてお金を集めます。
いわゆる銀行にあるお金は、ほとんどがお客さまのお金で銀行のモノではありませんが、もちろん預金を集めることを「悪いもの」「マイナスのもの」とは考えてはいません。
むしろ、銀行では行員一人ひとりに預金ノルマがあったりもします。
預金の規模が大きいということは、信用ある銀行であるという証でもあるのです。
こうして考えてみると、「金を預かって、利子をつけて返す」という点では、銀行も企業も同じなのです。
「金は天から降ってくる」「金は天下のまわりもの」が孫正義のお金についての考え方です。
では、起業するための資金がない場合は、どうするべきでしょうか? 起業するために資金が貯まるまで待つ必要はありません。
日本では、創業前や創業直後の企業に対して、銀行が融資をすることは少ないと言われています。
その代わり、現代では、公的な融資制度などがかなり整っています。
きちんとしたビジネスプランがあり、事業に必要な資金が数千万円までであれば、借りられる可能性はかなり高いでしょう。
むしろ、創業してからよりも、創業前のほうが借りやすい面があるくらいです。
創業すれば、結果が出て、当初のビジネスプランがある程度、実績で評価されてしまいます。
しかし、創業前では、結果はまだ出ていません。
あなたの経験を十分に生かした独自性の高いビジネスプランで、それが十分評価されると、融資の可能性は高いでしょう。
また、エンジェル投資家と言われるような富裕層が、出資をしてくれる場合もあります。
さらに、一定の事業の成果が出てくれば、ベンチャーキャピタルが出資してくれます。
近年は、新興市場の株式公開が短期間で可能になってきたことや、スマートフォン向けゲームのように大当たりするジャンルが投資として魅力的になってきています。
このために、ベンチャーキャピタルが積極的に投資を進めています。
場合によっては数億円の資金を一社のベンチャーキャピタルが出すことも珍しくなくなってきました。
これはこの 10年で大きく変わってきた点でしょう。
かつては横並びで、株式公開直前に数千万円しか出資しなかったことと比べれば、随分と変わったものです。
資金調達できる革新的なビジネスプランをつくる こうした環境が整ってきた中では、むしろ資金を貯めるために働くのではなく、資金調達できる革新的なビジネスプランをつくったり、経験を積んで、その分野で知られる人物になったりすることのほうが大事になってきます。
かつては、起業したい業種でなく、畑違いでも高収入の仕事をして、その資金で起業するようなこともありました。
しかし、このやり方では、革新的なビジネスプランや評価される経験などを積むことは難しい。
もちろん、並外れた努力で成功することもあるでしょう。
資金調達をうまくやりながら事業を伸ばしてきた実例を見てみましょう。
私が社外監査役としてお手伝いしている会社に、「サイジニア」というビッグデータの分析をしてインターネットの広告を最適化する会社があります。
今、非常に注目を集めています。
みなさんもインターネットでの通販サイトを見ながら、「あなたには、こういう商品がおすすめですよ」というような広告を見たことがあると思います。
おすすめは過去の購買履歴や閲覧履歴をコンピューターが分析して、一人ひとりに最適化して作っているのです。
ちょうど行きつけのお店で、自分の趣味や嗜好に合った商品を店員さんが覚えていて、おすすめしてくれるようなテクノロジーです。
サイジニアは、そのようなテクノロジーをインターネット通販サイトに提供している会社です。
創業社長の吉井伸一郎さんは、サイジニアを創業する前に北海道大学の准教授をしていた人。
その前にはソフトバンクで技術者としてブロードバンド事業の技術開発をしていました。
当時、吉井さんは、技術担当で、孫正義から直接指示を受け、通信キャリアが通信規格について話し合う国際会議に出席したりもしていました。
吉井さんは、大学で研究をしていた時から、「将来は起業したい」という夢があったそうです。
だから企業というものがどういうものかを知るために、一旦ソフトバンクに入社したのです。
その後、大学の研究室に戻り、サイジニアの技術のベースになる研究をしながら、その研究結果を発表し、生徒に教えていたのです。
生徒のうち何人かは、現在、サイジニアで働いています。
大学をやめ、サイジニアを立ち上げた直後に、私のところに来て、ビジネスの方向性を議論したのです。
そうして現在のビジネスの原型が固まったのでした。
当時ベンチャー投資に興味を持っていた三菱商事を紹介すると、うまくいき、事業が本格化したのです。
創業から数年たって、アメリカのベンチャーキャピタルから数億円を調達しました。
サイジニアは世界的に注目され、「レッドへリング」というアメリカの雑誌で有望ベンチャーに選ばれ、「グローバル 100」という賞を受賞しました。
この賞は、グーグルなど、アメリカの有名ベンチャー企業が受賞した実績のある賞なのです。
サイジニアはその分野では、日本で有数の企業となり、将来の成長が楽しみな会社になってきています。
しかし、サイジニアの技術は当初、なかなか理解されず、海外から強力な競合企業が日本市場にも参入してきて、厳しい競争を強いられるなど、道のりは平坦ではありませんでした。
その都度、提携する企業や出資をするベンチャー企業が現れて、今までやってこれたのです。
資金というものは、有望な投資先を求めているものです。
まさしく「お金」の本質は「天下のまわりもの」です。
お金が貯まるのを待つのではなく、「お金が降ってくる」ことが可能なビジネスプランと経験と信頼をつくることが重要なのです。
A 必ず成功するビジネスプランがあれば、お金は集まってくる

時折、起業したい人から「具体的にどんな事業をしたらよいか」と聞かれることがありますが、この答えは非常に難しいのです。
講演会で質問されると正直困ってしまいます。
私が具体的に一つの事業を答えることはできません。
孫正義であっても、他人に「絶対これなら成功する」と答えることは難しい。
なぜならば、起業は、一人ひとりが自分の思いに従って人生をかけてやるものだからです。
たとえて言えば、結婚のようなものでしょう。
言い換えれば、「どの事業をしたらいいか?」という質問は「誰と結婚したらいいか?」と同じなのです。
すべての人に「この人と結婚したら幸せになります」とは言えません。
たとえ、結婚相手の収入が高い、高学歴、ルックスがいいなどの条件がそろっていても、相性が悪ければ、よい結婚にはならないでしょう。
最後に決めるのは起業家本人ですが、孫正義の事業選択の基準を見てみましょう。
孫正義が設定した3つの起業基準 孫正義の事業選択の基準は次のようなものです。
「プラットフォームとなる事業」 「No. 1になることができる事業」「すでに成功が証明されている事業」 が挙げられます。
まず、「プラットフォームとなる事業」ですが、これは社会の基盤の一つとなる事業ということです。
ヤフオクが一番わかりやすい例ですが、売りたい人と買いたい人を結びつける事業です。
一度、プラットフォームとして確立すれば、ますます売りたい人も買いたい人も集まってきて、成功が続きます。
ソフトバンクの事業は、この「プラットフォームとなる事業」なのです。
創業時のパソコン用ソフトウェアの流通も、ソフトウェアを作って売りたい人とソフトウェアを販売する家電量販店を結ぶビジネスでした。
携帯電話ビジネスも話をしたい人同士を結ぶプラットフォームなのです。
次に「 No. 1になることができる事業」ですが、これはある分野で圧倒的な No. 1になることです。
ある分野で No. 1になるということは、実は、起業家自身の能力や会社としての体力を前提にしているとも言えます。
ソフトバンクは今でこそ携帯キャリアですが、もともとはパソコンソフト流通から Yahoo!をはじめとするインターネット事業、ブロードバンド、携帯電話と本業を変えてきています。
その時々のソフトバンクの体力で No. 1になることができる事業をやってきたということです。
例えば、 10年前のブロードバンド事業を開始した直後であれば、携帯電話事業に参入すると言っても誰も信じなかったでしょうし、資金を調達することもできなかったでしょう。
最後に、「すでに成功が証明されている事業」ですが、基本的にはソフトバンクの事業は、ビジネスモデル自体の成功が証明されている場合がほとんどです。
すでにアメリカで成功しているビジネスモデルを持つ会社とのジョイント・ベンチャーや、携帯電話事業のようにビジネスモデル自体として、でき上がっている事業です。
ゼロから市場と事業そのものをつくっていったのは、ソフトバンク創業時のパソコンソフトの流通と、孫正義自身が第二の創業と呼んだブロードバンド事業の 2回だけ。
孫正義の事業選択の基準は、ある意味手堅い条件だと思う読者の人もいるかもしれませんが、ソフトバンクグループの歴史を振り返れば、成功しているグループ企業の陰には失敗した事業が数多くあるのです。
「失敗をしてもあきらめきれないビジネス」が企業を救う 例えば、今、大人気のスマートフォン向けのゲームを開発・販売するガンホー。
元をたどれば、オンセールというアメリカ企業とのジョイント・ベンチャーでした。
紆余曲折を経て現在のガンホーになったわけです。
オンセールを設立した 1990年代末には、ソフトバンクには数多くのジョイント・ベンチャーがありました。
しかし、その中で株式公開までたどり着いたのは、ガンホーを含めて数社しかありませんでした。
また、現在の携帯電話事業に至るまでの通信事業関連の失敗も数多くありました。
海外のケーブルテレビインターネットの会社に出資して失敗したり、日米間の海底ケーブルの事業に出資して失敗したりしています。
さらに歴史を遡ると、国内企業とジョイント・ベンチャーを起こして、インターネットのサービス・プロバイダーをしたのですが、結局撤退しました。
また、無線インターネットの会社を立ち上げて失敗もしています。
このように、実は孫正義も数多くの事業の失敗をしているわけです。
孫正義の事業選択の基準で選んだ事業であっても、必ず成功するとは限らないのです。
ある意味、事業の失敗は孫正義にとっては、当然のことで予測の範囲内です。
そうしたことを言い表す言葉があります。
「鮭のように卵を何千個産んでも大人になる鮭は数匹だ」 この言葉で表されているように、孫正義の選ぶ事業であっても成功する可能性は低いのです。
可能性を少しでも高めるために孫正義は「プラットフォームとなる事業」「 No. 1になることができる事業」「すでに成功が証明されている事業」といった視点で事業を選んでいます。
それでもやはり失敗のほうが多い。
だからと言って新規事業にチャレンジしなければ、企業は成長できません。
特に I T業界では技術革新が激しいので、新規事業の展開をしなければ、あっという間に衰退していくことになりかねません。
思えば、この 10年間、新興 I T企業として名前を馳せても、数年で消えていった会社が多くあります。
新しい事業を常につくり出していかなければ、 IT業界では生き残れないのです。
ソフトバンクが成長し続けることができたのは、失敗をすることを前提としながらも、一つ一つの事業の成功確率を限りなく高くし、臆せず新規事業を行ってきたことにあると言えるでしょう。
さて、こうしたことを考えると質問の答えは、「その事業であれば何度失敗してもトライできて一生をかける価値があるもの」です。
実は、ソフトバンクの「プラットフォームとなる事業」「 No. 1になることができる事業」「すでに成功が証明されている事業」といった事業選択の基準のさらに上位の基準としては、ソフトバンクの企業理念である「情報革命を通じて人の知恵と知識を共有し世界に貢献する」があります。
こうした理念があるからこそ、いくら失敗しても何度もチャレンジし続けることができるのです。
理念なくして、たまたま事業を一度成功させても永続する企業になることは難しいでしょう。
A 生き残るために、新しい事業を生み出す

毎年、私のところに、このような質問をしてくる学生や若い社会人がいます。
この質問について答える時、思い出すのは孫正義の子どものころの話です。
孫正義のお父さんが喫茶店の経営を始めました。
ただ、確保できた店舗は一等地でなく、路地を入った奥まったところにありました。
開店してみると、お客さんが入らず、お父さんは頭を抱えていたそうです。
お父さんは「正義、どうやったらよかろうか?」と聞きました。
孫正義は「ただでコーヒーが一杯飲める券を配ったらよかっちゃなかと?」と答えたそうです。
無料でコーヒーが飲める券を配ると、来店者はうなぎのぼりに増えて、すぐに満席。
無料でコーヒーを提供しているのだから、お店は赤字になるかと思うと、そうならなかったのです。
かなりの割合のお客さんが無料のコーヒーだけでなく、モーニングセットなどの有料商品をオーダーしたからでした。
結果、その喫茶店の経営は軌道に乗ったそうです。
家業を、重荷ではなく、ラッキーだと思え さて、この話を思い出しつつ、相談しに来た人にまず話すのは、家業がある家に生まれてラッキーだということです。
相談に来る人の多くが、家業について「自分が継がないといけない」と思って重荷に感じているのです。
しかし、親が経営し、様々な苦労を身近で見ることができるのは、幼少期からビジネス感覚を体得できる得難い環境です。
孫正義もそうですが、現在、ソフトバンクの社外取締役をしているユニクロの柳井正社長も実家の衣料品店の跡継ぎでした。
むしろ、家業があるということは重荷でなく非常に恵まれた環境だと思うべきでしょう。
ちなみに私がコーヒー無料券の話を聞いたのは、ソフトバンクがブロードバンドの事業の初期のころ、 3ヵ月間無料キャンペーンを始める時でした。
つまり、現在のソフトバンクの通信事業の大成功の陰には、孫正義が小学生のころ喫茶店の経営で成功したその体験が生かされているというわけです。
そして、相談しに来る人の多くは「事業がうまくいっていないのに、苦労をするぐらいだったら、サラリーマンを続けたほうがいいのではないか?」と思っているのです。
一度は社会の風に当たったほうがいい まず、学生の場合には、家業とは別に一度、会社に就職することもすすめています。
新卒で家業を継ぐと、世間の風を知らない温室育ちの経営者になってしまう可能性があるからです。
やはり、社長の息子であれば、どうしても色眼鏡で見られたり、腫物に触るように扱われたり、変にもち上げられたりする可能性が高いものです。
これでは、経営者になった時に、会社の仕組みやサラリーマンの仕事を理解できず、経営判断や組織運営に問題が出てくる可能性があります。
こういうことを避けるために一度、家業でない職場で働くことは重要なことです。
家業と関係あるところに勤めることは否定しませんが、業界が違っても急成長している会社で働くことが役に立つでしょう。
実際に 10年以上前、まだ現在の通信キャリアがないころのソフトバンクで、ある有名な二世が普通に、ほかの社員とともに働いていたことがありました。
彼らが、ソフトバンクで働いていた理由は、急成長しているソフトバンクの経営術を学ぶという点もあったでしょうが、それだけではなく、オーナー企業の下で働く社員の気持ちなどを含めて他社の風に当たることだったと思います。
さて、学生でなく、社会人の場合ですが、「継ぐか、継がないか」の結論を出す前に、実際にある程度、経営に関与することをすすめています。
直接的に社員に業務の指示を出すのは、混乱のもとになりかねないので、そこまではやるべきではないのですが、家業の経営状況を把握して、親の相談に乗るぐらいならば、会社の就業規則上も問題ないでしょう。
家業の状態を把握して、可能であれば、相談などを通じて、少しでも経営の感覚をつかめればいいのです。
自分だったら、どう経営するかを考える機会をつくりましょう。
家業を発展させるのは、ベンチャーを起こすよりは有利 必ずしも、家業のビジネスモデルをそのまま続けなければならないわけでもありません。
ユニクロの柳井社長も家業のジーンズなどを販売する普通のカジュアル衣料店から、 GAPのような海外に優良かつ安価な製造工場を持つ製造型小売業に、事業を展開していったのです。
会社の事業は一般的にも 30年間と言われてきました。
ちょうど一世代、現在であれば、サイクルはもっと短くなってます。
家業であっても、二代目、三代目になれば、新しいビジネスモデルに転換することが必要になるのは当然です。
こういうお話をすると、「昔ながらの社員や取引先との関係もあるのに、うまく事業転換できますか?」という疑問が出てくることがあります。
もちろんその問題はありますが、大企業でも同じです。
組織の風土や経営方針を急に変えることは容易ではありません。
実はこういう組織の風土や経営方針の転換に一番反対するのが親であるケースが多いのです。
家業を継いでからも、親が会長で、息子が社長という体制になることが多いでしょう。
経営方針をすり合わせるためにも、家業を正式に継ぐ前に、親とよく議論をしておくことが重要です。
しかし、ベンチャー企業をゼロから起こすことと比較すれば、圧倒的に有利です。
まず、社員もいて取引先もあり、過去何十年にわたってつくってきた看板・ブランドもあります。
これをゼロからつくる苦労に比べれば、事業展開するための苦労は、それほど大きいとは思えません。
もちろん、自分自身が家業と違う別のことをやりたいというのであれば、無理に継ぐ必要もないでしょう。
孫正義のように、家業の経営体験が別の事業で生きる可能性もあります。
親とよく話をしておくことが必要です。
親戚の誰かが継ぐことになるかもしれませんし、社員の誰かが社長として家業から脱した新しい経営体制を目指すことになるかもしれません。
重要なことは、家業が次の世代にも維持・発展できるために誰が見通しを持ち、責任を持ってやるかということです。
このためには、家業を継ぐべきか悩む人は、「継ぐ」ことを悩むのではなく、「どのように事業を維持・発展させるのか? どのようなビジョンを目指すのか?」ということを考えましょう。
これを踏まえて、答えを出せばいいのです。
A 「どのように事業を維持・発展できるか」を考える
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