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五、市場戦略のための情報収集

目次

情報なくて市場戦略なし

「結果は情報量に比例する」とは、ウイlナの〈サイバネティックスの理論であり、あり、「敵を知り己を知らば百戦危うからず」とは、〈孫子の兵法の教えるところである。

情報こそ。戦い。の帰趨をきめるものであることは論をまたない。それにもかかわらず、社長の情報収集に関する認識たるや、お寒い限りである。どこの会社にお伺いしても情報らしい情報などない。それでどうやって市場戦を進めようというのだろうか。会社の中の情報の大部分は我社の内部における過去の情報である。

事業経営にとって、圧倒的に大切なのは外部の情報なのだ。それが事業の将来を決めてしまうからである。社長はまず自らの情報音痴を自己治療しなければならないのである。

そして、我社の事業になくてはならない情報を計画的・継続的に収集しなくてはならない。それはどんな情報が必要なのか、ということを社長がよく知っていなければならない。情報は多いに越したことはないのだが、多すぎても整理や分析ができなければ意昧がない。

そ乙で、本章においてその主なものについて、「これくらいは集める必要がある」と思われるものについて述べることとする。

基礎情報

私が使っているビジネスダイアリーの末尾に近いところに「府県別主要デlタ」という一表がある。

これは、府県別に面積(建設省国土地理院)、世帯数(総理府統計局)、総人口(総理府統計局)、有業者数(総理府統計局)、一世帯当り消費支出(総理府統計局)、消費者物価地域差指数(総理府統計局)、一人当り県民所得(経済企画庁)が載っている。

たったこれだけだが、何かと便利にしている。中には『先生、それをコピーさせていただけませんか』といわれることもある。

。統計。というものは、市場の実態を一覧式に載せてあるので極めて便利である。まずは政府の様々な統計を揃えることである。これは、政府刊行物販売所があるから、そこで求めればよい。場所が分らなければ役所に間合わせればよい。先ずは総理府・経済企画庁・大蔵省・建設省・通産省・農林水産省・厚生省あたりのものであろう。

次は都府県庁・市役所などの公庁、その次は銀行・民間調査機関・民間各種団体(商
工会議所・日経連など) から始まって、新聞・雑誌や、そこで別に刊行している文献類など。業界別には、業界誌紙類などたくさんある。会社別には、有価証券報告書(証券取引所で閲覧できるし、コピーもとれる)社誌など。

右のようなものは、ちょっとの心掛けで集めることができるものばかりである。それでいて、結構役に立つ情報が数多く得られるものである。

経済圏は行政区分と一致しない

市場戦略におけるテリトリl区分は必ずしもというよりは、しばしば行政区分と一致しないということを知っている必要がある。これを知らないと、大切なところで戦略遂行に支障を来すということになるからである。

このようなことが起る原因は大きく分けて二つになる。それは、

(2) (1)

江戸時代の「国」と府県の区分が一致していない

地理的条件や気象条件による人の移動である。

右の二つは、それぞれ独自の条件による場合もあれば、お互いに関連し合っている場合もある。以下、これについて述べてみよう。


江戸時代の固と府県の区分が一致しない

青森県の八戸市のスーパーをお手伝した時のことである。店内にインストアベl

江戸時代の固と府県の区分が一致しない

カリ!として青森市のパン屋が入っていた。

そのパン屋が、どうもあまり熱心ではないのである。いろいろ話合ってみても乗ってこない。品揃えもいい加減だし、お客様応対も適当にやっているという感じである

業を煮やした社長はついにこのパン屋を追出して直営としたのである。考えてみると、これはうまくいくわけがないのだ。というのは、同じ青森県であっても、青森は津軽藩であり、八戸は南部藩である。この二つの藩はク犬猿の仲。だったのだ。

大阪のある商事会社が、北陸地方へ進出した時に、北陸三県の拠点として富山市に営業所を開設した。ここで不思議なことにぶつかったのである。

金沢市の業者に出したDMが送り返されてきたのである。DMは、関心のない会社では屑かごに放りこまれるのが相場だが、何故不要なものをわざわざ郵送料をかけてまで送り返してきたのだろうか。

金沢は、前田百万石のご城下町である。そして、その領地は、はじめ富山県では高岡と富山の中間の呉羽山までだったのである。つまり富山は他領だった。後に前田藩に編入されたが、あくまでもク外様ψ である。「外様のくせにご城下の金沢の会社にDMをよこすのは怪しからん」というわけである。

大阪に本社があっても、営業所の所在地が富山市なら、お客様は富山市の会社と見るのである。どのテリトリlは、どこから攻めたらいいとか悪いとかというのは、この営業所の所在地を攻撃拠点としていうのである。

お客様は、名刺や型録にある営業所の所在地を見て、受入れたり拒絶反応を起したりするものであることを、シッカリと頭の中に叩きこんでおく必要があるのだ。だから、富山県全域を制しようとするならば、富山市と高岡市の両方に営業所が必要なのである。高岡市からならば金沢市を攻めてもよいのである。何しろ高岡市には前回公の城があったのだから、どちらもご城下なのである。

広島県福山市のT社にお伺いした時に、その得意先分布をしらべたら、県都の広島市にはごく僅かしかお得意先がない。多いのは岡山県である。社長と話をしても、広島市にはあまり関心を示さず、岡山県の得意先の話が多い。そして新規得意先開拓についても、北九州とか大阪に進出したいというのである。福山市は備後の国であり、広島市は安芸の国である。広島は他国であり、岡山県は備前・備中という閉じ固なのである。だからこそ、福山の人は岡山県の方を向いているのだ。福山を攻めるのは、当然のこととして岡山からがよいのである。江戸時代の藩というものは、日本列島に人間が住みついて以来の歴史の積み重なりの結果、自然に出来上がった経済圏に基づいているのだ。地理的条件・気象条件・土質・水質などによって、産業と流通が自然にきまってきた。それに伴って人々の集散・移動・固着などのパターンがきまり、様々な地域特性・風習・文化などが生れてきた。隣国との争いもあった。何千年もかかってでき上がったものだけに、明治維新による廃藩置県によって、旧藩の惰性を消すために、故意に分割したり、くつつけたりしただけで、簡単に人々の考えや経済圏が変わるものではないのである。だからこそ、県単位で考えると間違う場合がでてくるのである。

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地理的条件や気象条件

岩手県の経済は、北上山脈によって三陸海岸と内陸部とに二分されている。かつて、三陸地方の大船渡市にコンサルティングに行った時に、花巻空港から北上山脈を横断して大船渡市まで自動車で二時間半もかかった。その問、目ぼしい市街地など全くない。道筋からやや離れたところに遠野市があるだけである。交通機関の発達している現在でさえ自然と経済圏は別になってしまうのである。

福島県は、阿武隈山脈によって太平洋岸の「浜通り」と東北本線沿いの「中通り」||いわき、郡山11東山温泉聞を自動車で走ってみると、その交通量が非常に少

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つ臼に分割され、さらに「会津」は別市場という三分割された市場となっている。郡山ないのがよく分る。面白いのは、NHKの天気予報である。福島県の画面は前記三地区毎に予報がでるのは当り前として、その左上に新潟県の天気予報が出る。この予報画面から、会津地方と中越地方との経済関係の状態を推測できるのである。戊辰戦争の時には、会津藩と越後の長岡藩は幕府方について薩長軍に敗れている。そのために、明治政府から冷たい扱いを受けることになったのである。

郡山市のM社は、洋装品店舗のチェーン展開をしている。店舗は郡山・いわき・会津若松・東京であるという。「この店舗展開の適否はどうか』というのが社長の相談だった。またまたおきまりの東京進出である。

私の見解は『東京はダメだから撤収したほうがよい。また会津若松もうまくいっていない筈だ。経済圏が別だからである。それよりも栃木県の北部に進出したほうがよい」と答えたところ、M社長は目を丸くして『一倉さんはどうして私から様子も聞かないのに、そんなごとまで分るのですか。おっしゃる通り東京は業績不振で撤収を決めたところです。会津若松もパッとしません。それに、云い落としました

つdqa nL が、栃木県の大田原に最近出店しましたが、そこが好調なのです』と。社長のやり方は同じ筈だから、あとは市場原理と市場特性で業績が決まるのである。東京と会津若松の不振は、一つは大市場、一つは別経済圏であり、栃木県の大田原は、昔から福島県の人々が北栃木地方に移っているために実は同一経済圏だからである。北茨城地区も福島県からの人々が多く移り住んでいるので、いわき市から攻めると成功の確率が高いのである。

広島市のY社長の話を紹介しよう。『今年になってから、新市場の開拓を島根県と岡山県とに同時に推進しましたが、島根県は順調なのに、岡山県はサッパリです』と地図を見ていただけば分るが、広島県と島根県境の中国山脈は山が低く、交通がやさしかったために人の交流が多かったことが考えられる。岡山県は平地が多く、豊かな土地だったために、強いて他国との交流を強めなくとも生活できたのである。そしてそれは、現在でも工業県としての特色を持っているのである。

大阪府と奈良県、和歌山県の関係は全く違う。大阪府と奈良県の県境は、山というより丘といったほうが適切であろう。そのために、昔から経済的な交流が盛んで

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ワ臼あり、今も阪奈国道の交通量は非常に多い。それに反して大阪と和歌山を結ぶ阪和高速国道はいまだに開通していない。経済的な交流が少ないために、高速道路の必要性が少なく、地元の関心が低いためになかなか工事が進まないのである。大阪は商人の町、そして和歌山はぷ」三家ψ の一つとして気位が高く、大阪とは肌が合わないためである。大阪・堺の人々は、さして高くもない和泉山脈を決して越えようとはしないのである。

地勢の状況から別天地が生れるのは必然である。三陸海岸・淡路島・高知県・長野県の飯田市・熊本県の人吉市などである。これらの地域は、弱者が有利に戦いを進められるところである。

また、離島・半島経済という特殊性がある。大きくは北海道・四国・九州などであり、必然的に自足自給的な閉鎖経済の特色をもっている。渥美半島を攻めるには、まず豊橋に拠点を設けることが肝要であり、五島列島は長崎市から、大隅半島・薩摩半島は鹿児島市が拠点となる。

特殊経済圏として知っておかなければならないのは、徳川ご三家の所在地であった名古屋・水戸・和歌山である。

これらの都市は、愛知経済圏・茨城経済圏・和歌山経済圏ではなく、それらの中内ぺUで別の経済圏11つまり独自の経済圏を形成しているという点である。ご三家の城下町としての誇りがこれを築いたといえよう。

経済圏が違えば当然のこととして市場戦略が違う。どこから攻めるか、どんな攻め方をしたらいいかである。「郷に入ったら郷に従え」

夢、- 】

略に組離を来すからである。の格言を忘れると、市場戦

社長たるものは、自らの商圏についての経済圏はどうなっているかを自ら調べ、自ら戦略を練り、明確な方針を打ちて、実戦の結果を検討して方針の適否を判断し、誤りあればすぐに改めなければならない。

ク試行錯誤ψ こそ、テリトリl毎の当を得た方針を見つけだすために最も重要で、最も早道であることを肝に銘じておかなければならないことである。

ク県民性ψ を知れ

「名古屋ほど入りにくいところはない」ということは、大方の知るところである。

また、私は「陳腐化した商品や機能的に欠点のないキズ物は名古屋でさばけ」という主張をもっている。東京人はキズ物は安くとも買わないが、名古屋人は機能に差支えなければ、安い方を買う。だから商品を見切るには、名古屋が最も効率的である。

名古屋に入りにくいのは、名古屋の人々が閉鎖的だからではない。名古屋のN社のN社長いわく『一倉さん、滋賀県人は閉鎖的ですね』と。私は『冗談じゃない。名古屋人のほうがよほど閉鎖的だ』ときめつけたら、N社長は『そうかなあ、私はそんなことはありませんよ』という。『社長、あなたのところでは、新聞は中日新聞で、銀行は東海銀行ですね。それ以外の新聞や銀行は考えたこともないのと違いますか』ときいてみると、その通りだという。つまり、名古屋以外は意識の中にないのだから、排他という意識もないのだ。

「仕入れはど乙の会社」ときめていて、他から買うということは考えてもみない。

これが「入りにくい」ということになるのだ。京都のK社では、ある得意先で大変可愛がってもらっていた工場長が名古屋工場長に転勤になったので、さっそく名古屋工場に行って注文をもらおうとしたが、どうしても注文がとれなかった。同じ会社の中でさえ、名古屋人はこうした態度をとる。名古屋人の面目躍如たり、である。もう一つ、名古屋人の面白をご紹介しよう。

岡山市のT社長が病気で入院した時のことである。T社長の親友である名古屋のM社長は、夫妻そろって岡山まで病気見舞にいったのである。これが名古屋人である。他の地方の人が、忙しい中を夫妻そろって病気見舞をするだろうか。

名古屋は、このように冠婚葬祭、火事見舞を重要視する。これを怠ると相手にされなくなる。だから、得意先にこのようなことが起った場合には、商売を休んでも、社員を大勢お手伝に差出すのである。

だからとそ、名古屋に営業所を出しただけでは、なかなか売れないのである。このようなととが分り、名古屋人に相手にしてもらうには三年かかるのである。

名古屋人のこの壁をやぶる最も有効な道は、「お客様サービス」に徹するごとである。これは、T社が実証している。T社の顧客第一の姿勢から生れるサービスは、たちまちのうちに名古屋に実績を築いてしまったのである。さすがの名古屋人も、T杜のサービスには兜をぬがざるを得なかったのである。

また、名古屋三河地区はクケチ。で有名である。世界第二位の自動車会社トヨタの本社ビルを見た人は、そのクケチψ っぷりの徹底さに舌を巻くことだろう。このクケチクの由来について、ある社長から聞いた話を紹介しよう。

この地区は長い間、天下取りを狙って京に上る地方の豪族の軍隊と、これを防ぐ豪族の戦いの場となり、住民は家を焼かれ、田畠を荒され、食糧を徴発された。そのために、必死の自衛策をとらなければならなかった。毎食米を炊くときに、盃に一杯の米を取り分けて貯えたという。これがク天引き。の由来であるということで

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名古屋人が。ケチψ と云われるのも、極めて勤勉であるのも、そのような苦しい経験によるものである。

俗に、「名古屋の勤勉、大阪のソロパン、東京の政治」といわれるのも、それぞれの土地の歴史に由来するところが大きいのである。右のような地域性のたとえもいろいろある。

「富山県人は喰うに困ると泥棒をする。石川県人は乞食をする。福井県人は詐欺をする」というたとえは、富山県人のバイタリティー、石川県人のお坊ちゃん的な

四国人の県民性のたとえとしては「まとまった臨時収入があると、高知県人は呑ところ、福井県人の頭脳的な特質をあらわしたものである。んでしまい、香川県人は物を買い、愛媛県人はこれを元手として商売を始め、徳島県人は貯金をする」というのも、よくそれぞれの県民性を捉えているといえよう。

東北地方の人々が忍耐力が強いのは自然の厳しさに耐えてきたためであり、千葉県人が物に動じないのは、「板子一枚下は地獄」という漁師気質であろう。漁に出てシケに会ったら、どうアガイても仕方がない。「運を天に任せる」というところから出たのであろう。

ある社長が『暮れの目の廻るような忙しい時にも、千葉県出身の社員は平然としていますよ』と私に語ってくれたのである。

静岡県人と宮崎県人は、クノンビリ型。である。私が社長にいくらハッパをかけても全然通じない。温暖で自然の恵みが豊かなので、アクセク稼ぐ必要がなかったからであろう。

「日向かぼちゃに、はよい」という意昧で、いもがら木万」というのは、

男性は「いもがらの木万のように頼りない」宮崎県の女性は「色は黒いが昧ということを

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Aせ五っているのだ。右のようなことは、特別に努力して調べたわけではなく、私の仕事中に自然に得られた情報であるが、これが市場戦略に非常に役立つのである。

「名古屋は入りにくいから後廻しにする」「静岡県・宮崎県は入りやすい」「高知県は日本一の酒の消費県だから、酒のつき合いが大切」「姫路の人は勤勉だから、他所から入る余地が少ない」「小田原市や熊本市は城下町だったので保守的で入りにくい」|||城下町だったところは入りにくく、宿場町だったところは入り易いのであるーーというような状況判断ができるのだ。

商売というものは、最後にはお客様との人間関係が物を云うものである限り、客様の考え方、習慣、心理などをよく心得て、相手に合わせることが成功を収める道であることを知らなければならないのである。

占有率はどうなっているか

ランチェスターグラフ

まず第一に知らなければならないのは、自らの会社の業界における地位である。

それと同時に、業界の主な会社||それは当然のこととして我社でマークする必要のある会社||の業界における地位である。

これらについて占有率を調べるということはなかなか難しい。そして、これを毎年調べるということとなるとかなりわずらわしい。といって毎年調べなければその推移が分らなくなる。そ?」で、占有率に代わって業界の売上高のランクを調べるという便法をとるほうがよい。そしてそれで十分である。その調査は、上場会社なら有価証券報告書、非上場会社なら興信所の調査でよい。

興信所の調査報告書には「過去三年間の売上高」という項目がある。これを使つて一枚のグラフの上に調査対象会社すべての売上高を年度別(文は期別)にプロッ卜して線グラフを作るのである。このグラフをfフンチェスタ1グラフ。というのである。〈第6表〉がその見本である。

年度別の数字のプロットは年度線上に行なえばよいが、こうすると、同一の年度でも決算月は一月から十二月まであるので、十一カ月のズレが生ずるが、これは気にする必要はない。何故ならば、これは長期にわたって記入していくものであるから、この程度のズレは無視しても事態を見誤ることはまずないからである。もっとも、これを気にする方は、次の年度までの聞を十二カ月に見立てて、その年度のその月に相当する位置にプロットすればよい。

会社別の色分けは、しなくともよい。会社名は表のように矢印で示せばよい。ただし、自らの会社だけは色を変えたほうがよい。

作表上の留意点としては、表は必ず「ゼロ」から始まり、目盛の間隔は途中で変えたり、切ったりしてはいけないことと、長期にわたって使用するのだから、上方と右方は余裕をもったものを作ることである。

このグラフを見ての社長の感想の多くは、自分の会社の市場の地位が、自らが考えていたよりもかなり、ある会社の知きは社長が思ってもみなかったほど低いということである。

ここにも、「社長は我社のことをよく知らない」という実証を私は見るのである。この表では、各社の総売上高しか分らないということになる。ところが、各社によって商品構成が違い、また総売上に対する構成比が違うということである。だかそのことを承知の上で、それを頭の中で修正しながら読むのである。それがまたA斗品

qJU ら、この表の金額がそのまま業界の地位を表わしているのではない。社長の状況判断力を高めることにもなる。どんな情報といえども、我社のほしい情報がそのまま手に入ることは先ずはないのである。常に対象外の数字が入っていたり、反対に一部が欠けていたりするものなのである。

そのような不完全な情報の中から、少しでも実態に近いものを読み取らなければならないのが事業経営の現実なのである。

ランチェスタlグラフの場合も例外ではないのは当り前であるが、といって、他の商品の売上高が入っていようと、総売上高というものは、その会社の。力。を表わしていることは間違いがない。この力が物をいうことを忘れいざという時には、てはならないのである。

ランチェスタlグラフは、これを見るだけで、社長は様々なことを考えるという不思議なものである。というのは、競合会社の総売上高しか画かれていないにもかかわらず、その中昧についての分析と考察ができるからである。それと同時に、「負けでなるものか」という覚悟を新たにするのである。こうした事例に数多くぶつかってくると、ランチェスタlグラフも事業経営には無くてはならない資料の一つであるとい、つこと存)、いやでも感じさせられるのである。

細分化

その最初のものは、「主要得意先別売上高年計グラフ」と「主要商品別売上高年計グラフ」である。これは既に「経営戦略・利益戦略」篇のところで述べているので参照されたい。

次は、「得意先別売上高ABC分析表」〈第7表〉と「商品別売上高ABC分析表」〈第8表〉である。

この二つの分析表によって、経営戦略的には得意先や商品の戦略格付・収益性格付・切捨て検討などを行なうわけだが、さらに市場戦略的な分析を行なうのである。それを次にのべよう。

得意先別売上高ABC分析表から行なう分析は、得意先売上高を地域毎に集計して、そのテリトリlの占有率又はランクを計算するのである。但しこれは、その得意先が大手で全国的な販路を持っている場合には、売先と金額が分らない限り、テリトリl別集計ができないところが泣きどころである。これを知るのには、その得FOAUZ意先からこれを教えてもらえるだけの信頼度と親密度が必要だということになる。テリトリi占有率やランクが分れば、現在の市場戦略の効果の測定ができる。さらに、新市場戦略の樹立に貴重なものである。

次には、重要得意先について、その得意先の全国占有率や地域占有率又はランクである。そして、その得意先に対する我社の納入高、占有率文はランクである。

占有率又はランクは、それが全国であれ地域であれ、はたまた納入高であれ、それが低位にあるほど市場戦略が難しくなる。それなればこそ、なおさら占有率が高いか低いかを知り、作戦をたてる時に誤らないようにしなければならないのだ。

さらに、それらの得意先の社長の年齢である。もしも七十歳以上であるならば、その会社の発展はあまり望めないと思ったほうがよい。社長の年齢が若ければ積極的か消極的かを見る。消極的な時には発展は難しいのである。

商品別売上高ABC分析表(第7表の「得意先別売上高ABC分析表」の得意先名を商品名に置替えた表) からは、まず第一には商品の類型分析を行なう。(類型分析については「経営戦略・利益戦略」篇を参照せられたい) 。次には重要商品についての全国占有率と主要テリトリ1の占有率である。

さらに、必要に応じて業界別・業種別・業態別・グレード別・年齢層別・得意先規模別などの占有率を分析する。

それらの分析は、市場戦略を展開する上で、非常に重要なのである。それらのうち、我社の強いところをさらに強め、弱いところは後廻しにするという、作戦上の優先順位をきめる時に、大きく役立つからである。

競合会社を偵察する

競合会社といっても、すべての競合会社でなくてよい。我社が特にマークする必要のある数社について特別な偵察を行なえばよい。それ以外は自然に入ってくる情報だけで十分である。

では、どんな情報を集めたらいいのだろうか。

ω有価証券報告書又は興信所調査表

これは毎年継続するごとが大切である。継続することによって傾向を捉えることnUEdqLができるからだ。たとえ数字の粉飾などがあっても、長期にわたって隠す乙とは不可能である。

取引先の変化、取引銀行の変更、役員の変更、在庫増減、減価償却などは、しばしば重要な情報となるから注意を怠らないことである。つ臼営業案内・カタログ・チラシ・見本市案内・展示会案内・特売・価格表販売活動の実態を知る貴重な手掛りであることはいうまでもない。見本市・展示・展即会にはスパイをもぐりこませることも大切である。経歴書は営業案内などに載っていることが多いし、それで十分である。

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これは、社長が何を考えているか、どんなことに関心が深いかを簡単に知ること会社案内・社内報ができる。

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組織図・職制表

多くの場合に、営業案内・会社案内などに載っている。これは極めて重要である。FHUヮ“社長が内部管理指向か販売指向かがよく分るものである。

問販売体勢

営業組織=営業所所在地と人員、その中での第一線セールスマンの数と年齢、セールス車・トラック・サービス車の数、配送センター・営業倉庫・小売業ならば店舗数と売場面積、陳列品・環境整備状況など、営業最高責任者・営業所長・店長の年齢・性格や長所短所など、調査すべき対象は多岐にわたる。

ハhU テリトリl占有率と主要得意先、得意先の地域分布、業種・業態別占有率なこれらのことが分っているかどうかは、実際の作戦計画に大きな差ができてくる重要調査事項である。

の活動状況

何といっても重要なのは、社長がお客様廻りをしているかどうかである。やっていなければ、必ず販売方針が明らかでなく、部長や営業所長のやり方が強く出ている

つまりク烏合の衆。と思えばよい。その弱点を探し出して乙れを衝くのである。まずは部長以下セールスマンの得意先巡回の瀕度が少なく、計画的な訪問はやっていないと思ってよい。本当のところ、これが分っただけでも作戦はたてられるものである。

次は配送サービスに抜かりがあるかないか、あればこれまた弱点、フォローが不十分ならば弱点、そしてクレーム処理がチャランポランであったなら、乙れは致命的ともいえる大欠陥である。いつかはボロを出すことを期待(?) してよい。返品を受けているか、断っているかも重要である。返品を断っていればこれまた弱点。

その他、セールスマンがよくやめていくとか、チャランポランであるとか、服装・言語・態度がよくないとか、長尻でお客様に迷惑がられているとか、車がきたないとか、お客犠の評判が悪いとか、逆にすべてきちんとしているとか。その他もろもろのことがすべて重要な情報なのである。ほんのちょっとしたことから相手の弱点を見つけだす乙とができるわけだから、「こんな些細なこと」などと思って営業日報に書かないというようなことがないように指導すべきである。

実地調査

情報収集で非常に重要なのは実地調査である。実地調査は市場調査業者などに依頼するものではなくて、自分の会社で行なう調査のことである。市場調査業者には、マクロ的なことや基礎的なことを依頼することはできても、文字通りの生きた調査を頼むわけにはいかないのである。自分の会社でやってこそ意昧があるのだ。実地調査には、抜取り調査とローラー調査がある。

抜取り調査は市場戦略的な調査ではなく、その前段階での市場の大よその見当をつけるとか、我社で不明な点を確かめるとかという場合に行なうものである。したがって、市場戦略そのもののためではなくて、予備的なものである。とはいえ重要なものであるのはいうまでもない。というのは、よく分らないテリトリlに、きなりローラー調査を行なったところが、案に相違していてムダになってしまったというようなととを未然に防止することができるからである。

ローラー調査というのは、調査対象とするテリトリlについて文字通りクしらみつぶし。に調査をすることである。市場戦略というのは計画的活動であるから、大ざっぱでもよいから全体を知っている必要があるのだ。

そして、それは書類だけの調査ではダメで、どうしても直接訪問によって予めきめられた調査項目を聞きだし、聞きこみ、観察などを併用して調べあげるのである。社員ではどうも具合が悪いという場合には学生アルバイトを使うという手がある。

F社で新テリトリl進出に先立って行なったローラー調査は学生アルバイトを使ったが、結果は予想外によかった。F社長の見解は「学生が卒論のための取材とでも思ったのではないでしょうか』というのであった。

セールスマンの行動を直接調査する方法としてタ尾行。がある。これは相手の営業所の付近に始業前から待機していて、相手の会社のセールスマンを尾行するのである。こちらは二人がよい。こうすれば、どんな会社を訪問したか、どれだけの客先滞在時間であったか、どこでお茶を飲んだか、食事をしたか、まで完全に調べることができる。

S社で行なった時に、S社長は『強敵だと思っていた会社が、案外たくさんのくだらない得意先をもっていたということが分り、だいぶ強敵感がうすれました』と私に話してくれた。この時に有難かったのは、車に社名が書いであったことだとつけ足してくれた。

さあ、守」乙である。多くの会社で車に社名を書いている。あれはどういう理由なEdのだろうか。宣伝のためという考え方なのだろうが、果たして宣伝になるのだろうか大企業で民生品を売っている場合にはたしかに宣伝効果はあるかも知れないが、そうでない場合は、まずは宣伝効果はない。

反対に、我社の活動状況を敵に知られてしまうという大きなデメリットがあるのだ。行動はすべからく密なるを要す。車に社名を書くなどというのは販売戦の何たるかを知らない会社のやることである。甚だしいのは、目立つ色彩などを使っているが、これなど結果においてはク利敵。になっているのである。

私は、お手伝する会社の車に対しては社名を書かないだけでなく、なるべく目立たない色彩にすることを勧めるのである。車だけでなく、社名をやたらに建物の壁やフェンスに書いたり、屋上にかかげるのは危険なのである。

ある会社で、新テリトリlに進出する時に、開業に先立って営業所の建物の屋上に社名看板をかかげた。これは大失敗であった。この看板を見た既存の業者は「強敵来る」とばかりに一斉に構えてしまい、いざ進出してみると、そのガ!ドの固さ作りにluは異常なばかりで、私がお伺いした時には、進出後既に二年もたつているのに、まだに業績は遅々としか伸びず、苦戦に苦戦を重ねていたのである。

大阪に本社を持つS社が、関東地方の販売実績が増加して来たために、関東に配送センターを設けることになり、私に相談があった。場所は埼玉県の南部であった。立地としては申し分ない。私のアドバイスは「倉庫の屋上や壁やフェンスに社名広告を出してはいけない。敵に?」ちらの意図を察知されるだけだ。関東にあるライパル会社がこれを知ったら何と感ずるかは、立場を変えてみたらよく分る筈であるというのであった。私の勧告を聞いてくれたためかどうかは分らないが、ライバルに知られるまでに一年ほどの期間があったのである。

市場戦略で大切なことの一つは、行動はすべからく密なるを要するという乙とである。それをわざわざ我社の行動を敵に知らせることになる社名広告をやたらにするのは全くの誤りである。

宣伝のためと思ってやっているのだが、その宣伝効果など全くないか、あっても分の会社や利害に直接関係のない会社や商品な極めて僅かなのである。人聞はど、見ても全く反応しないものなのだ。

ある社長は『最近は高層ビルが多くなって来たから、これからは自動車の屋根にも社名広告を書くべきだ』という。まさにク天動説。、誰が高層ビルの窓から道を通る自動車に注意を向けるというのだろうか。

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勺’

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セールスマンの生態を知れ

第一話

N社は家具問屋であった。お手伝で真っ先に社長にお願いしたのは得意先訪問である。殆どお客様訪問などしたことのないN社長は、思ってもみなかったことに次次とぶつかったのである。

会社の近くの喫茶店には我社のセールスマン||それもベテランが何人もたむろしているのにしばしばぶつかり、『注意したほうがいいでしょうか』という私への質問である。私は『注意してもムダですよ、河岸をかえるだけですから。大切なことはそんなことをしなくなるような状態をつくりだすことですよ』と返答申しあげて実例を紹介した。それはK社でのお手伝の時のととであった。

K社は大型機械で一基数億円もする商品を主として販売していた。当然、一基売るとその更新までに少なくとも八年や十年はかかる。だから新増設でもない限りは大型機の受注はなく、メンテナンス受注しかなかったのである。ただし、付帯設備などの受注はその聞にいくつかあるのだった。私が先ず勧告したのは、社長以下セールスマンまでの定期表敬訪問だった。

セルスマンが足りないので、社内スカウトによって若年セールスマンを増員したのであるが、若年の新人セールスマンは訪問計画に従って忠実に訪問したが、ベテランlま

『そんなことはムダだ。大型機は寿命が来ないうちは訪問したからといって注文がとれるわけではない』と営業部長のいうことを聞かないのであった。営業部長と相談してベテランにはしばらく何もいわずにいることにした。

そのうちに、新人がいろいろな注文をとってくるようになり、その件数も金額もQJパカにできないものになってきた。ベテランセールスマンの受注は僅かしかなかった。これではベテランの権威が保てない。ベテランたちはあわてだして得意先訪問を始めたのである。

N社長にこの話をして、定期訪問を実施させれば自然に解決するから心配しないように申しあげた。

N社長にとって意外だったのは、セールスマンは、社長が廻ってもらいたいと思い、当然廻っていると思っていた大型店、店格の高い店にはあまり訪問せず、訪問しなくてもよいと思われる店に瀕繁に訪問していることだった。その訪問先とは、小型店・ニチャン店(ジイチャン、パアチャンだけの店)、場末の店などであった。

N社長は初めて我社のセールスマンがどんな行動をとっていたかを知ったのである。そして、その理由は大型店、店格の高い店で要求する商品を取扱っていなかったことによるのであった。仕入れ方針などはなく、「よきに計らえ」式の仕入係まかせ|| 実は放任ーーだったからである。我社のどこを直さなければならないかが自然に分ってきたのである。

なたの会社のセールスマンは実に熱心だ。殆ど毎日訪問してくれる。セールスマンAUnb まだあった。ある得意先を訪問した時に、丁度先方の社長が居り、その社長から『あはすべからく、かくあるべしとうちの社員に話しているのです」ということを聞いた。社長は『オヤ』と思った。というのは、その得意先への売上げ実績はごく僅かしかなかったからである。

調べてみたら、そのセールスマンの学校時代の同級生がその得意先に勤めているということが分った。何のことはない。毎日友達のところへ遊びに行っていたのであった。

第二話

K社はアパレル(衣料品) メーカーだった。得意先別売上高ABC分析表を作ってもらい、K社長に得意先の格付をしてこれを表に記入してもらった。ところが、かなり上位の得意先に、社長は「D」という格付をしたのである。私は合点がいかなかった。売上げ実績からすれば悪くても「B」の資格はあるからだ。

私の質問に対する社長の返答というのは、その得意先は文房具店で、担当のセlルスマンがその得意先の社長と特別に親しく、毎日のように訪問しているために売上げ実績が高いだけで、社長としては重視せず、当然格付とすれば「D」だというのである。

このことを社長は知っていながら、そのまま放任しているのであった。この社長にしてこの社員ありである。

商品というものは、どんな店に何をおいても売れるものなのである。ある雑貨店に座車が陳列してあるので、きいてみたら『でも売れるのですよ』という売場の担当者の返事である。社長にきいてみると、そんなものまで仕入れろとはいっていないという。当然だ、雑貨店だからである。この会社は大きな赤字を背負っていたのである。

店舗というものは、売れれば何をおいてもいいというものではない。採算がとれるだけ売れなければならないわけだ。そのために取扱品種品目をきめておかなければならないという、こんな阿呆みたいなことさえ分らないから赤字なのである。無方針、そして放任、これは赤字会社の共通点である11 何でこんなくだらないことを書かなければならないのか。社長の怠慢、無責任があまりにも多いことを私は常に見せつけられているのである。

第話

I社はK県の総合建材問屋だった。地域防ーでありながら業績は振るわず、このままでは赤字転落必至の情勢であるというのがI社長の悩みだった。ローカルの、しかも辺境にある会社のために、時勢に遅れることを心配して、経営学の勉強には極めて熱心で、書物、セミナーには積極的に参加して勉強し、なお足りずとして経営コンサルタントの指導を受けたこともあるということだった。

しかし、その勉強は全部。経営学ψではなくて。管理学。にしか過ぎなかった。間違つた学問のために、社長の指導は内部管理だけで、組織、権限、経費節減、社員教育、人間関係などで、お客様のクおの字。も競争相手のクきの字。もなかった。販売活動はすべて営業部門まかせで、得意先は大手ゼネコンへの売上げが大きく、その低マージンが業績不振の主な原因であった。

私は大手ゼネコンへの依存度を減らして地場のゼネコン、有力工務店などの依存度を高め、さらに深耕することによる売上げの増大と、収益性向上を計るべきであると勧告した。そのためには、社長をはじめとするセールスマンまでの得意先定期社長の得意先訪問は徐々ではあるが確実に効果をあらわし、やがて業績は心配なqJFOqL訪問である。いまでに回復した。

ある日の夕方、社長は得意先訪問を終って帰社の途中、ふと気がつくと自分の車の前方に我社のあるセールスマンの車が走っているのに気がついた。誰かと思って確かめると、そのセールスマンは毎日終業時刻きっかりの午後五時にキチンと帰社している社員だった。

後からついていって分ったことは、丁度終業時刻に到着するようにスピードを調節していることだった。どうせセールスマンには残業手当がつかないのだから:という何ともドライな計算だった。

セールスマンの帰社時刻というものは、社員のドライさの現われではない。社長の指導の優劣のバロメーターであることを知らなければならない。社長の指導が正しくなるにつれて、社長が何もいわなくともセールスマンの帰社時刻は次第に遅くなっていく。同時に売上げ実績も上がっていく。しまいには遅くなりすぎて、う少し早く帰社して体を休めなさい』というととをいわなくてはならなくなるという破目に陥るものなのである。

社長自らの指導の悪さを棚にあげて『帰社時刻が定刻だなんてダメだ。もっと頑張れ』などと気合をかけても、社員はどこかで時間をつぶして帰社時刻を遅らせるだけである。

第四話

M杜は雑貨問屋だった。売上げ不振のM社に勧めたのは、いうまでもなくお客様定期訪問作戦である。

作戦開始に先立って、営業日報から得意先訪問の実態を調べてみた。むろん、報告が真実であるという保証があるわけではないが、これより外に資料はないのでいたし方ない。

この資料から、あるセールスマンは、あるスーパーの本部に毎日訪問しているということが分ってきた。乙れはおかしい。本部だから商談のわけだが、本部商談は普通は週間一回が相場である。

調べてもらうまでもなく、傍できいていた専務||社長の奥さんが、『あの社員Fhu の奥さんがそこに勤めているのですよ』と。

第五話

P社はビニールサンダルのメーカーだった。

広範な販売網をもっていたが、市場戦略など全くなく、問屋まかせでテレビコマlシャルが主な販促手段だった。

そこで、社長を説いて市場戦略を展開した。市場戦略のべlスはいうまでもなくタ蛇口作戦クであり、社長に納得してもらうために先ず蛇口訪問の実験を行なった。効果はたちまち上がり、最高は売上げが三倍にもなった蛇口さえあった。

また、「どんなデザイン、どんな色が売れるか」を報告させた。いままではコンピュ1タでデlタをとっていたが、コンピュータで結果が出た時には時既に遅くそれを製造して市場に出したのではシーズンが終ってしまうので、このデlタは使いものにならなかったのである。

シーズン物の売れ筋は発売後一週間で、どんなに遅くとも二週間以内につかまなければ意昧がないことを社長に説明して、この実験で得た情報を毎日電話で報告さなったのである。「一週間や二週間で、それもごく一部の蛇口から得られた情報の《hunhu せることにしたのである。

会社始まって以来、初めて生きた情報が得られるように信頼性には疑問がある」と思われる方は、単なる数学者である。全く心配ないということを、私は多くの経験から知っているのである。商品というものは、それが店舗売りであれ、通信販売であれ、訪問販売であれ、売れる商品は必ず発売当初から売れスベリ出しの悪い商品は最後まで売れないものなのである。

市場実験から本格的販売に移行した蛇口作戦は、たちまち売上げ増大をもたらした。それは、丁度タイミングよく大手ライバル会社が市場戦略を転換し、大市場に重点移行をして中小市場から手を抜き始めたという情報をキャッチしてク空巣狙い。に力を入れたこととの相乗効果があったからである。

会社の総売上は社長の予想を上廻る成果をあげた中で、肝腎な東京営業所の売上げだけは遅々として伸びなかった。一年以上たっても事態は変わらなかった。社長は「一倉さん、東京営業所の売上げ不振の原因をつきとめてくれませんか」という。

私は『社長が自分でツキとめもしないで私に頼むのはいけない』ということで、結局は社長と共に東京営業所に行くことにした。日を決めて社長とともに東京営業所に出向いた。午前中は営業所長の報告を聞き、氏U

午後は蛇口を廻ることを予め決めておき、午後は社長と私、営業所長と営業課長のメンバーで、運転は課長で蛇口訪問にでかけた。予定は三店舗であった。

訪問先は営業所長に任せたが、こうした場合に営業所長はどんな蛇口を選ぶだろうか。当然のこととして優れた蛇口にきまっている。これを承知の上で廻れば「優れた蛇口でこの程度か」という乙とが分るのである。

第一番目の店舗への中途で、課長は車を止めて道順をきいていた。これでもう東京営業所の売上げ不振の原因が分った。所長も課長も蛇口訪問をしていないからで

←のヲ匂

目的地の商店街についても、訪ねる店がどこにあるか分る筈がない。あちらで聞きこちらで聞き、四回聞いてやっとのことでl指す店に辿りついたのである。

私は営業所長に聞こえないように『社長、もうお分りですね。これは完全な方針違反だ。厳重に責任を追及しなければいけません。とはいうものの、もっと大きな問題がある。

一年以上も方針違反を知らずにいた社長の責任だ。蛇口訪問を打ちだしながら、社長も蛇口を廻っていないということだ。これは私との約束を破ったのはいうまでもないが、それ以上に社員に対する約束違反である。そんなことよりも、社長自身が社長としての責任を果たしていないという重大問題こそ、本質的なことだ』と。もしも社長が率先して蛇口訪問をしていたら、業績は現在よりも数段上がつていることは間違いないのである。

番目の訪問先は駅前ですぐに分った。私は店内を一通り見わたした後に『社長、何か気がついた乙とはありませんか」と質問してみた。社長は全く答えられなかった。社長の目は節穴なのだ。店舗など殆ど見廻ったことがないからだ。この店がもしも、もう一ランク下ならば社長も気がつくことがある筈である。そのような店には、自分の会社の商品がごく僅かしか陳列されてないからだ。この店はランクが高

ミば」十ノこ、

lujプ, HFYYV かなりの品がならんでいたので、社長には気付いた点がなかったのである

私は社長に説明した。「社長、よく見て下さい。あなたの会社でよく売れている商品||つまり売れ筋商品は並んでいませんね。あまり売れない商品が多いでしょう。これは何を意味しているかというと、売れ筋商品はすぐに売れてしまうのですが、それのタ返り注文。がなされていないのです。何百種類も並んでいる商品で、特別によく売れる商品は覚えているが、それ以下になると、何が売れているかなど覚えていられるものではないのです。店主も店員も、あなたの会社の商品を特別に注意しているわけではないのですよ。

店舗廻りをしたことのない社長は、売れた商品はチャンと返り注文を出してくれると思い込んでいますが、それが誤りであることは、ここに実証があるでしょう。問屋とて同様です。問屋になったら恐らくは、二千点も三千点も、いやそれ以上の品目を扱っているのですから、あなたの会社の商品で何が売れているかなど分らないのです。返り注文が出なくとも、これをプッシュするなどは金輪際ないのですよ。だからこそ蛇口を廻って我社の売れ筋商品のフェース品切れを発見してリピートをとるようにするのです。蛇口訪問は極めて有効な販促活動なのです。との点を忘れていくらテレビコマーシャルをやっても小売店に商品が陳列しでなければ売れないのです』と。第三番目の店は東京は上野の大型店。アブアブクであった。

一階から八階まで隈なく見て廻ったが、どこにもP社の商品は並んでいなかった。見落としたかも知れないと、上から下へもう一度見て廻ったが、やはり見当らない。四人で見たのだからもう間違いはない。

何人もの店員にきいてみたが、様に『さあ:::』という、ばかりである。やっと聞きだせたのは年配の管理職らしい店員であった。その店員は『ああ、思い出しました。たしか三年ほど前までは扱っていましたが、今は扱っておりません』という返答だったのである。

第六話

T社は関西に本社がある。東京に駐在員としてベテランセールスマンを配置してあるが、売上げは駐在員のいなかった時と変わらない。蛇口訪問の報告書を提出せよと何回云っても提出しない。強硬な社長の要求に、やっと提出するようになったが、その報告書の内容たるや、どこの店舗に我社の商品の何が並んでいるとかいないとか、すべて陳列品に関するものだけである。『こんな報告書なら蛇口訪問しなくとも書ける。こいつ、全く蛇口を訪問しないな』というのが社長の見解だったが、業を煮やした社長が東京に出掛けて、そのセールスマンに案内させて蛇口を訪問したところ、訪問したと日報に出ている店へ行くのに道を間違えたのである。右にあげたような例は、。九牛の一毛。である。すべてのセールスマンがこんなことをしているわけではないが、こうした行動をとるセールスマンは社長の想像以上に多いのである。

訪問している筈なのに、社長と同行した時に、『ビルの何階かが分らずに入居会社の案内板を見ていた。あいつウソをついていやがった』とM社長はいっていた。

喫茶店からお得意先に電話して訪問したことにする、などは朝めし前で、地方出張の時などは、次の汽車の発車時刻に間に合わないと見ると駅前の公衆電話で間に合わせる。『どうも蛇口訪問回数が少ないので同行してみたら、わざと混雑する道路を通っていく。社長を盲目にしゃがって』とこれはK社長:::とあげていけばキリがないほどなのである。

セールスマンはいったん外出してしまえばもう何をしようと勝手なのだ。コントロール不能なのである。そして、デタラメをするのはベテランのほうが多い。このようなセールスマンなどいないほうがよい。だからこそ私は、セールスマンの条件として「真面目で陰日なたがない」ということを真っ先にあげるのである。

才気換発、弁舌さわやかに相手を説き伏せるというようなタイプのセールスマンは、ないどころか害がある。このようなセールスマンをほしがる社長は、さきに述べた

もう古いというより百害あって一利ないのだ。市場戦略には一騎当千の猛者は必要長篠の戦いで、精強無比な騎馬隊に頼って、信長軍の足軽の鉄砲隊の餌食になって破れ去った武田勝頼と同じ悲劇に見舞われるのである。

市場戦略に必要なのは、信長軍の鉄砲隊の足軽のように、忠実に命令を実行する

平凡で無口で真面目一方で気のきかないセールスマンなのである。このようなセiルスマンを使って、社長の思う通りの蛇口訪問を行なわせることこそ市場戦略で成功するための。決め手。であるということがいえよう。

セールスマンの生態で、もう一つ知っておかなければならないことは、自然の成行き|| つまり上司から方針や指令がない場合に一日に何社くらい訪問するものなのだろうか、どんな得意先を数多く訪問するものなのかということである。

〈第9表〉を見ていただきたい。この会社は東京の会社である。二カ月の訪問実績を営業日報から拾いだしたものだが、何と一人一日二社弱の訪問しかしていない。

社長は事の意外さに唖然とした。乙の会社の得意先というのは一つの地域に集中していて、隣から隣という状態なのにである。「いったいセールスマンは何をしているのか」というのが社長の気持だったのだ。

これは決して例外的に少ないのではなくて、東京・大阪・名古屋などの大都市の会社は一日二社が普通だといってよい。ローカルの都市になると乙れが一日四1五社となる。との遠いは、ローカル都市には時間をつぶす場所がないというところからくるのである。

もしも、これの二倍訪問しているとしたら、その会社は例外的に立派だといえる。

次に〈第叩表〉をご覧願いたい。セールスマンは放ったらかしておくとどんな得意先をどのような瀕度で訪問するかという設問に答えたものである。

A・B- Cという三つの会社||それは業種も違い、地域も違い、規模も遣うーーーを一つの表にまとめてみたものである。

売上順位というのは、それぞれの会社の得意先毎の売上高をABC分析の要領で、上位から累計でベストテン、八十%:::という要領で区分したものである。

その区分毎に年間売上高をだし、それの一カ月当りの売上高とセールスマンの訪まず、A社を見ょう。訪問一回当りの売上高が、ベストテンでは三百万円、下位FHU 問回数を記入した。

五%の百十六社については何と八万円である。こんな大きな聞きがあるのだ。そして、下位五%の会社については売上げ増大の可能性は非常に低い。それは、得意先の殆どが限界企業であるからだ。

売上げ順位が上位より八十%以下から九十五%の百六十九社についても、あまり売上げ増大は望めそうもない会社である。このことは、あなたの会社で得意先別売上高ABC分析をしてみて、このランクの会社の顔ぶれを見ていただけば分る筈で

←のザ〈出

。A社はこのランクの会社に総訪問回数の四十%以上をさいているのだ。そして、九十五%以下の会社を合わせると何と訪問回数の七十%をたった二十%の売上高に注いでいるのだ。しかも売上げ増大の可能性のあまりない得意先にである。

見方をかえて、一カ月一社当りの訪問回数を見ょう。ベストテンと下位五%では、何と二対一の聞きしかないのだ。このように、セールスマンというものは得意先の重要度も売上高もあまり関係なく、万遍なく訪問しようとする習性をもっているものなのである。

次いでB社とC社を見ょう。何とA社と全く同じパターンで訪問を行なっているワ白ことがお分りいただけると思う。このことは、業種・業態・規模の相違があっても、そんなことに関係なしに全く同じ行動をとるものであることを我々に示しているのである。そして、その効率の悪さは目を覆いたくなるほどである。

一日当りの訪問回数は社長の期待よりも遥かに少なく、その少ない訪問回数で、効率の悪い訪問をしているのである。これが紛れもなく日本中のすべての無方針、無指導会社のセールスマンの行動様式なのである。

「餅は餅屋に任せる」という考え方が知何に間違っているかお分りいただけたと田山、っ。

セールスマンこそ、会社の中の人的資源の最大のムダである、と私が主張するのはこのような実態を見せつけられるからである。これはセールスマンが悪いのではない。無方針、無指導の社長こそ全責任を負うべき大問題なのである。喰うか喰われるかの販売戦争において、こんなことでどうして勝利を収めることができよう。

ここで考えていただきたいのは、こんな非効率極まる行動をとっていても、現在の売上げを実現している、という現実である。だから、このセールスマンを有効に口可u使ったら、大きな売上げ増大を期待することができる、ということである。

私の経験では、一人一日当りの訪問社数は少なくともこの三1五倍|| 六1十社は可能である。私のぶつかった最高は一日二十五社、一カ月五百四十社という個人記録がある。一カ月二百社以上なんか珍しくとも何ともない。いや二百社ではむしろ少ない方だというのが優れた会社の実績である。

このような訪問回数を実現すれば、そしてその回数を有効に利用すれば、業績の向上は間違いなく実現する。

それには、社長自らの意思で樹立した市場戦略に基づく計画的訪問の実施である。セールスマンの自由意思に基づく訪問は長篠の戦いにおける武田勝頼箪であり、計画的訪問はまさに信長の鉄砲隊である。

信長の鉄砲隊||それはまさしく近代的市場戦略の象徴である。そして、それはセールスマンの計画訪問であることを、社長は肝に銘じてもらいたいのである。相手は勝頼軍のような個人プレlのセールスマンであるならば、戦いの帰趨は自ずから明らかなのである。

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