まえがき
販売は戦いであるというが、では、その戦いとはどんなことなのかということは、多くの会社で全くといっていいほど分っていない。それは、営業部門任せ、営業部門は価格競争ということだけで、あとは競争しているという「意識」しかない。
その証拠に、「市場戦略計画書」に類するものにお目にかかったことがない。本当のところ、これほど未開の分野はない。だから、敵に攻勢をかけられると全くなすすべがない。ただオロオロして右往左往するだけということになってしまう。
だから、絶えざる市場情報を収集し、これにもとづく一貫した市場戦略をもつ会社は、恐ろしく有利な戦いを進めることができる。
この戦略の最も優れたものこそ「ランチェスター戦略」である。
この戦略は、業界・業種・業態・規模を問わず、すべての企業に導入が可能であり、その応用範囲は無限といってよい。
社長たるものは、ランチェスター戦略をよく理解し、自ら情報を検討し、自らの意志によって自ら市場戦略をたて、陣頭に立って推進しなければならない。そこには、大きな成果が待ち受けており、これを手にすることによって市場における優位性を確保することができるのである。
とはいえ、ランチェスター戦略のみが唯一最善のものではない。そこには自ら限界があることを心得ておかなければならない。この限界を知った上で、ランチェスター戦略を遂行することこそ、本当の意味でこれを生かすことになるのである。ますます激化する競争の中で、自らの会社を生き残らせるために、ランチェスター戦略を十分に駆使し、成果をあげることこそ社長の役割である。
一九八五年七月
一倉定
※本書は、一九八五年に出版した一倉定の社長学シリーズ第八巻を復刻した新装版である
序章 小企業が全国的な販売網を持つでも
一話
A社は四国のT市にあるパッケージ食品のメーカーで、従業員は百三十名ほど月商は二千万円、損益分岐点は三千万円である。大幅な赤字である。市場の大きさは月十億円であり、占有率はたったの二%にしかすぎないのである。
完全な「限界企業(限界生産者ともいう) 」である。
小企業が全国的な販売網を持っても営業所は全国主要都市にもうけられであった。まず、本社に四名、あとは北から仙台一名、東京四名、名古屋一名、大阪六名、広島一名、福岡二名、計十九名という布陣だった。
営業所別の「売上年計」をとってみたら、どの営業所も例外なしにジリ貧である。典型的な限界企業型である。
売上げ不振を挽回しようと、社長以下必死であった。「売れないのではない。売らないのだ」というスローガンも虚しいものだった。
新商品を次々に開発してみるが、売れなければそれまで、先年、売れる商品が開発されて、やれ嬉しやと思ったのもつかの間、たちまち大手競合会社に真似されて売上げは頭打ちしてしまっていた。どうしてよいか分らぬ苦しい状態が続いていたのである。
私のまず第一の勧告は、新商品開発についてであった。『いくら売れる商品を開発しても、限界企業は販売力が弱い。そのために、これを真似た大手業者にメリットを提供するだけに終ってしまう。つまり、「モルモット」になるだけなのだ。自らの会社で開発費をかけて敵を利することになる。カッコいい新商品開発の夢も限界企業にとっては、「幻」にしかすぎないことを知らなればならない。
だから、新商品開発の夢は将来に延期して、今やるとすれば現在の商品の味をよくすることに限定することである。現商品だけで商品構成としては大きな欠陥はないのだから、その点はあまり心配しないこと。
そして、第二にやらなければならないのは何をおいても売上げ増大である。
そのために、まずやらなければならないのは販売網を再整備することである。販売はあなたの会社だけでやっているのではない。競争相手とのお客様の争奪戦だ。
しかも、競争相手は総べてあなたの会社より遥かに大きな会社ばかりである。そして、あなたの会社はその競争に敗れ続けている。その証拠が売上年計のジリ貧である。
もしも戦いに勝っているのなら、売上年計は上昇している筈である。「販売戦に敗れ続けている」という認識を持つことこそ大切である。
「我社は戦いに敗れ続けているのは、あなたの会社の戦法が間違っているからである。だから、今のままの戦法でいくら必死に頑張ってもダメである。
戦法を変えるところからやり直さなければならないのである。先ず、あなたの会社の戦法のどこが間違っているのかの検討から始めよう。
根本原因は、あなたの会社が「限界企業」であることだ。
業界の占有率があるパーセント以下の業者を「限界企業」といい、限界企業は販売競争においては、あらゆる点で不利なのである。(占有率についてはすでに社長学シリーズ第一巻「経営戦略・利益戦略」篇でのべているし、本篇でも後に繰返し解説がでてくる) 。
だから、大手と同じような考え方で、同じような販売促進策をとってもダメなのである。
その点を、あなたの会社の営業所の配置について考えてみよう。あなたの会社は全国的な販売網を展開しているのに、全国占有率がたつた二%しかない。
いったいこれはどういうわけなのだろうか。少なくとも五%や七%くらいはあってもいい筈だが・・・。
占有率五%になれば、あなたの会社の月商は五千万円、七%なら七千万円にもなる。全国的な販売網を展開して既に十年にもなるのにいまだに二%とは・・・。
これではいつまでたっても黒字転換は望めないではないか。その理由というのは、あなたの会社はどの営業所でも競争相手との戦いに敗れているからである。
「戦い」というものは、力の強いものが勝つのだ。あなたの会社はどの営業所でも負けているのだが、その理由は兵力が敵より遥かに少ないからに外ならない。
いくら頑張ってみてもー(どこの会社のセールスマンの力量もそんなに違うものではないし、どこの会社のセールスマンも一所懸命に活動しているのだから)人数の違いは決定的ともいえる要因なのである。
あなたの会社のセールスマン数は、大手より遥かに少ないのだから、この兵力を分散してはダメだ。兵力を集中して、その戦場では敵よりも優位に立つことによって初めて勝利を収めることができるのだ。
そのためには、あなたの会社の営業所配置とその人数は次のようにすべきである。
まず、本社は四名でそのまま。あとは仙台・東京・名古屋・広島・福岡の営業所は全部撤収してこの人員を大阪営業所に集中する。
そうすると大阪営業所の陣容は十五名となる。この十五名で敵に勝てる戦場ー敵の人数が十五名以下の地域に集中攻撃をかけて敵を圧倒するのだ。これが「戦い」というものである」と。
私の勧告を聞いた社長は、自分の考えていたことと全く逆のことを云われたので驚いてしまったらしい。意外だという口ぶりで「とんでもないことだ。今、これだけ販売網を広げて頑張っているのに売上げが伸びないのに、一倉さんは販売地域を大縮小すべきだという。そんなことをしたら売上げは大幅に下がってしまう』といって聞き入れようとはしなかった。
私はいろいろと手をかえ品をかえて説き続けた。そして、『何も一度にそうしなくともよい。まず仙台営業所を閉鎖してその人員を大阪に振りむけ、新戦略を展開して様子をみる。
そして効果が上がったら今度は広島を引上げる、というようにすればよい。もし、どうしてもそれが不安なら、何とか人員を一名ひねり出して、れを大阪営業所に投入し、成果があれば次は仙台を撤収して大阪に振りむけるというようにしてもよい」と。
その新戦略は、地元T市の実験で大きな効果をあげていたのだ。それでも社長は私の勧告を聞こうとはしなかった。口をすっ。はくして説いても、私の説得は効を奏さなかった。私はお手伝を辞退するより外に方法はなかったのである。
第二詰
もう一つの例を紹介しよう。
関西地方のある化粧品のメーカーである。社長の、是非にもとの希望でお目にかかつてお話をうかがった。
年商は五億円で、売上げはジリジリと下降線を辿っている。そして赤字であった。特約店は、全国のすべての府県にもれなく配置されていたのである。
当時の化粧品の市場は年五千億円だった。五億円では占有率はたったの0・一%、限界企業どころか超限界企業だったのである。私の勧告は次のようなものだった。
『あなたの会社は限界企業どころか超限界企業である。それにもかかわらず全国的な販売網を展開している。これは全く誤った考え方である。その実証が売上年計のジリ貧である。あなたの会社はすべての地域でお客様から無視されている。それは「知名度」が低いというよりゼロに近いからだ。
お客様は知名度の低い商品は買おうとはしないものである。
知名度を高めるには、地域をきめて集中的な広告宣伝と販売活動をしなければならない。
あなたの会社は小さいのだから、全国的な活動はできないのだ。
あなたの会社に見合う・市場は人口十六万人の淡路島である。とにもかくにも、セールスマンを一人ひねり出して淡路島だけを担当させ、戸別訪問を徹底的に行なうのである。
広告もむろん淡路島だけに集中するのだ。そうすれば知名度も自然に上がり、売上げも増えていく。こうなれば、淡路島における有名商品となるのだ。淡路島の市場を人口割りで見れば年間八億円ある。少な目に見ても五億円はある小企業が全国的な販売網を持っても
だろう。その一%の五百万円(月当り四十万円)を売れば占有率は全国平均の十倍となる。もしも占有率五%の二千五百万円(月商二百万円)を売ることができれば専任セールスマンの人件費と販売経費を賄って、なお「お釣り」がくる。
月商四百万円を売ることができればーこれは三年間頑張れば不可能とはいえないー全国平均の百倍の十%の占有率を実現できる。
そして、それはあなたの会社の現在の売上高の十%に当るのだ。いかに効率がいいかお分りになる筈である。
販売とはこういうふうに考えて行なうものであり、こういう戦略を市場戦略というのである。あなたの会社は市場戦略を持つことによって業績が飛躍的に向上する可能性がある。
現在のように、ただ全県くまなく特約店を持ってもダメである』と。社長は私の勧告が気に入らないようであった。何も自分の意見を云わずに黙って立ち去ってしまった。
沢山の中小企業の社長が、右の二社の社長と同じように考えている。品物が売れなくなったから、全国的に販売を展開したい。
そのためには各県に一名ずつセールスマンを配置したいという会社。全国的に貸マンションを展開したい、というような相談があとからあとからと私のところに持ちこまれる。
それらの社長さんたちは、全国的に販路を広げることが販売を増大させる最良の方法だと思っている。しかし、それをやったところで殆どの社長の構想は挫折してしまうのである。その原因は、市場には競争があるということである。
そして、競争は強いものが勝つのである。ただ漫然と全国的に戦いを展開しても、まずは勝つことは不可能である。
数多くの会社が一つの市場の中にひしめき合って必死の販売戦を展開しているのだ。その中に小さな会社が飛びこんでみてもどうにもなるものではない。世の中はそんなに甘くないのである。
小さな会社、力のない会社は身分相応のことをやらなければいけないのに、それを忘れて力以上のことをやろうとしてもダメなことを知らなければならないのだ。
これに対しての反論はきまっている。いわく、小さな会社が身分相応なことをしていたらいつまでたっても大きくなれないではないか。それはおかしい。小さな会社だって大きな会社との戦いに勝って大きくなっていく会社が、世の中にいくらでもあるではないかと。
小企業が全国的な販売網を持ってもその通りである。しかし、そのような会社は大敵と戦って勝つだけの何等かの力を持っていただけでなく、販売戦略においても敵に勝つものを持っていたのである。
その戦略が市場戦略であるーたとえその会社が市場戦略を知らなかった場合でも、必ず知らない間に市場戦略の原理を実践していたごとは間違いないのである。
大きくなりたいのなら、大きくなれるための他社よりも何倍もの努力を重ねて、先ず他社よりも優れた力量を持つことが大事であり、その力量を最も有効に駆使するための市場戦略を持たなければならない。
市場戦略がなければ、如何に優れた力量を持っていても、これが。宝の持ちぐされ。となってしまうのである。
市場戦略は、大きな会社が他社を圧して陥1の地位を手にする戦略であると同時に、小さな会社が大きな会社と戦って勝つ戦略でもあるのだ。
「そんなものがある筈がない。相手はみんな違うのだし、どう出るか分らない。だから相手の出かたを見て臨機応変に行くよりほかにないではないか。また、それが一番、だ』と思われるかも知れないが、それは明らかに誤りである。市場戦略の原理は厳然として存在するのである。
というのは、市場戦略の原理ーこれを「フンチェスター戦略」というが、この戦略は机の上で頭のいい先生がデッチあげた、もっともらしい観念論ではない。数々の実戦から得られた「戦いの法則」に基づいたものである。文字通り実戦の教訓そのものなのである。
社長が絶対に知らなければならない市場戦略とはどんなものなのであろうか。それをしっかりと身につけてもらいたいのが本書の狙いなのである。
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