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八、働く人間の管理

社員は同時に人間である。この、人間と仕事と会社との間には、社長として考えなければならない命題は数多い。ところが、これがなかなかうまくゆかないのである。間違ったり忘れたりである。

この章では、これらの間違いや死角・盲点などに焦点を合わせて、これらをどうしたらよいかを考えてみた。

目次

社員教育はどうやるか

「社員を教育する」ことは、「やる気を起させる」ことと並んで、社長の夢にも忘れぬ程の大きな課題である。

それでいながら、社員教育で大きな成果を収めることは、なかなか実現しないのである。いったい、これはどういうわけなのだろうか。

それは、「教育の時間がない」ということだけではなく、「有効な教育」とはどんなものかが分っていないところにある。

しかし、もっと根本的には、「社員教育」それ自体が分っていないところにあるのだ。

その実証は、外部講師による公開セミナーや社内セミナーが、社員教育の主体だと思っている社長が少なくない。むろん、これらは教育には違いないが、あくまでも補助手段であることを忘れてはならない。

それらのセミナーは、効果的なものもあるが、多くはむしろ「害」のほうが多いのである。

それは、事業の経営など全く知らない観念論者による伝統的な組織論や管理論、人間関係論が主体となっているからである。

しかし、本当に悪いのは、セミナーの内容も確かめずに社員に受講させる社長である。なぜ、大切な社員教育にこんなことをするのか。社長に「セミナーの内容」を確かめる時間がもしもないならば、「正体の分らないものは受講させない」という態度こそ本当なのである。

少なくとも、受講した会社に問い合わせて、効果があったかどうか聞くくらいはやるべきである。

根本的な誤りは、「社員教育は外部講師で」という社長の態度そのものにあるのだ。

社員教育は、あくまでも社内で行なうべきものである。一部の例外を除いて、である。

その例外とは「技術教育」「素養教育」というようなものである。「意識教育」「能力教育」などというものは、外部にやってもらうべき性格ではないのである。

教育の主体は、あくまでも自らの会社での「実務」の中で行なうものなのである。では、具体的にはどうしたらいいのだろうか。

社員教育の基本は、実に「経営理念」にある。そして、この経営理念にもとづく「経営計画書」こそ社員の「教科書」であり、「プロジェクト計画書」が「副読本」である。そして、その都度社長から発せられる「指令」は

「宿題」なのである。

それらの「講師」は当然のこととして社長であり、重役や管理職は「助手」として、日常業務の管理の中で教育し、指導してゆくのである。

社長が精魂をこめた経営計画書は、それだけで社員の意識革命と動機づけを実現することは、私の数多くの経験がこれを物語っている。方針書を繰返し強調する社長の熱意は、重役や管理職を大きく変えるのである。

もう一つ大切な教育がある。それは、外に出すことである。外とは、お客様のところが主体となることはいうまでもない。

外に出るのは、社長と営業担当者だけでよいのではないのだ。重役も、すべての部課長も、できれば、下級管理職である係長・主任までもである。監督職を出せばさらによいのだ。

それらの人々は、内部に職務を持っているから、特に忙しい期間―製造部門ならばモデル・チェンジや超繁忙期、経理部門なら決算期、総務部門なら四〜五月の新入社員教育期― は除いてもよいが、それ以外は年間のお客様訪問スケジュールを決めておいて実施するのである。

開発部門などは、外に出ている時のほうが多いくらいでなければならず、技術部門もお客様の意向を聞くために、少なくとも社内と半々くらいは外に出るべきである。その他の部門でも、一週間に一日はお客様のところへ行くべきである。

以上のようなことを実施しているI社では、一製造部長は、週のうち三日はお客様のところへ行く。そして、そのたびに顧客サービスの悪さ― それは気がつかずにやっていた― を痛感させられる、と製造部長は私に語っている。

お客様のところへ行けば行く程、お客様サービスの大切さの認識が深くなり、社長の顧客サービスの方針が痛い程感ぜられて、社長の方針を積極的に推進するようになるのである。これこそ、本当の教育である。つまり、教師はお客様なのである。

定期的人事異動を

H社の営業担当重役は、十五年間も福岡営業所長をやっていた。そのために、骨のズイまで福岡営業所長が滲みついてしまい、『福岡営業所のことなら分るが……』とばかり云っていて、どうしても営業担当重役の職務が果せなかった。実質的には「本社勤務福岡営業所長」だったのである。

K社は全国に四つの営業所をもっているが、K社長は『一倉さん、うちの社員は一つの営業所には二年を限度としております。「二年では、やっと馴れたところでこれからという時に転勤では……」という人もいます。

たしかに異動の当座はこの意見の通りのようにみえますが、長い眼でみますと、そのデメリットを補って余りあるメリットがあるというのが私の実感です』と語ってくれた。

N社は製造業である。N社長の方針は、管理職には計画的異動によって、いくつもの部門の管理職を経験させている。その効果は歴然で、能力的にも、人間の幅の広さでも、物の考え方でも、何かの原因で、たまたま一つの部門しか経験していない管理職と大きく違ってくるということを私に語ってくれた。

人間は、経験によっていろいろなことを学んで成長してゆく。狭い経験しかない人間は、どうしても狭い考え方しかできないものだ。そして、会社に必要なのは幅広い考えをもった人である。

右のことには誰も異存はないと思う。しかし、現実の問題になった時には、「そうそう簡単に異動するわけにはいかない」ということになる。

特に、中小企業は頭数が少ない。「分っていてもできない」ということになり易い。当座のデメリットを考えてしまうからである。

さあ、ここのところである、考えてもらいたいのは……。人は経験によって成長するといっても、会社の中での特定の部門の仕事というものは限定されたものである。

「ニつき三年」という言葉がある。三カ月で仕事に馴れて落ち着き、三年たつと仕事に馴れすぎて感激がなくなり、転職が多くなることを云っているのだ。

新しい仕事についた時には、意気込みも新たに「ようし、やってやるぞ」とばかり、懸命に仕事に励む。しかし、二年も同じ仕事をしていると、限定された仕事だけに、 一通りはこなすようになって、新しい努力をしなくても仕事はやれる。

これが仕事に対する情熱を失わせ、惰性とマンネリで毎日を「大過」なくすごすことになる。これが恐ろしいのだ。しかし、人間である限り、新たな刺戟がなければ、そのマンネリを批判しても意見をしても、その効果はないのである。

このような状態になった社員を、そのままの職務につけておくことは、あたら成長の可能性のある人間の成長の芯を止めてしまうことになるのだ。

これは、本人のためにも会社のためにも大きなマイナスである。多くの会社で、誰も気がつかないうちにこのマイナスを重ね、 マイナスを大きくしているのである。

人的資源を充実させ、これを活用することこそ会社の発展につながるのに、社長の当座の便宜主義によってこの道を閉ざしてしまうのが、「馴れた人間やベテランに、その仕事をやらせる」ということなのである。

そこにあるのは、「馴れているものなら、うまく仕事をこなす」という誤った考え方なのである。たしかに、 一応はうまくこなすけれども、決して情熱をもって仕事に挑戦してはくれないのである。

もうお分りいただけただろうか。会社の中に新風を吹きこみ、活力を深らせるものは、新事業や新入社員だけではなく、人事異動にも大きな効果があるのだ。それは、異動させられる本人が、新しい意欲を燃やすだけではなく、思わぬ「波及効果」をもたらすのだ。

M社にお手伝いした時のことである。どうしても新事業として、新商品開発の必要があるということになり、人材の最右翼といわれていた技術課長を開発課長に任命した。M社長は、初め大いにこの人事を渋った。技術課に大きな穴があくというのである。

私は渋る社長を説得し、『行き詰った現事業に人材を釘付けにすべきでない。人材なればこそ新たな可能性に投入すべきである』としてこれを行なったのである。

その結果は、開発課長が社長の期待に応えてくれただけではない。新しい技術課長が大きく伸びて、たちまち技術課の穴を埋めてしまった。しかも、それまでの技術課長と一味違った新味さえ出したのである。

人材は、優秀なるが故にその部門をすべてうまく切り廻す。それはそれで結構だが、だからといって、便宜主義でいつまでも一つの部門に止めておくと、その人材のみならず、その人材が上にいるために、あたら伸びるべき新人の芽までも摘んで

しまうという二重の損害を、これまた誰も知らぬ間に受けてしまうことになるのである。人材の下には人材がかくれていても育たないことを知るべきである。

さあ、こうなったら、もう社長は人事異動をためらうべきではない。異動当座の僅かな仕事の停滞など恐れてはいけない。「一文惜しみの百文失い」にならぬよう、人事異動を行なうべきである。

異動のための障害や制約条件などは、決意さえあれば、どうにでもなるものだ。躊躇せずに踏み切るべきである。適性がどうだとか、経験がどうだとか、あとが困るとかいっていたら、何もできないのだ。

障害は、当人に関することだけでなく、当人の上役からの反対がある。特に優秀な部下になると、『彼をとられると、仕事に大きな支障を来します』というのである。これに負けたら社長の価値はない。これは完全な上役のエゴなのである。その時は『そうか、いままでお前が職務を遂行できたのは彼の力だったので、お前の力ではなかったのだな』とビシッときめつけるのである。エゴを許してはいけないのである。人事異動は、定期的に行なうのがよい。そして、これを予め方針として打ち出しておくのだ。 一つの職務のタイムリミットは、二〜三年とするのがよい。こうすれば、当人のマンネリを防ぎ成長も早いからである。

管理職でないものは、特別に必要がない限り、部門を変えるというわけにはなかなかいかない。だから、本人の受持仕事を変えるのがよい。こうすると、その部門の仕事とか技術は、何年かすると全部できるようになる。また、リリーフマンがつとまるので、欠勤者の穴埋めに便利である。そして、これは管理職となる条件の一つを満たすことにもなるのである。 一石二鳥にも三鳥にもなるのだ。

これは、社長が自らの方針として管理職にやらせるのだ。そうでないと、これまた一時的な仕事の遅れを恐れて、やろうとはしないからである。

スカウトは最小限に

U社の社長からの相談で、『某大企業からベテランの営業課長をスカウトして、我社の営業部長にしたいがどうか』と云われた。私は、一も二もなく反対した。しかし、U社長はどうしてもほしいという。販売に関する著書まであり、会って見た感じでも好感が持てるというのだ。

私は、『社長がどうしてもスカウトするというのなら、いきなり営業部長にせず、当分の間は社長付として様子を見たらどうか』と提案した。

手腕力量はやってみなければ分らないし、大企業と中小企業では販売法は全く違うのだ。さらに、本人の「人物」がどうかを見る必要があるからだった。

スカウトされたその営業課長は、社長付となって、一番先に社長に対する提案は「販売組織」の改善案だった。それは、大企業式のもので、中小企業には全く合わないものだった。

次の提案は、「営業日報」の改善案だった。それは、私のいう「労務管理日報」だったのである。その二つの提案に三カ月程かかったが、その間にただ一社のお得意先訪間もしなかったのである。

それ以外にやったことといえば、経理から給料の前借りを百万円程したことであった。そしてそれはギャンブルに使う金だった。たちまち解雇ということになったのである。

T社では、得意先の大企業の敏腕と称する営業課長をスカウトした。しかし、全く使いものにならず、三年程我慢して雑用をやらせていたが、ついにこらえきれずにやめさせたのである。

K社では、得意先の停年になる工場長を「営業部長」としてむかえたいという。

私は反対した。K社長はどうしてもほしいという。その得意先からの受注増大を期待できるからだという。

私は、『いきなり入社させずに、まず嘱託としてやってもらい、実績を見た上で正式入社とすればよい』と勧告した。 一年間の受注実績は百万円にも満たず、四百万円の嘱託料と営業経費を損したことになり、一年後には嘱託をやめてもらったのである。

A社で、ある技術研究所からスカウトし、開発部長をやらせたが、十年間ただ一つ物になる商品を開発できなかったばかりでなく、技術者にありがちな管理能力不足によって、部下のやる気を全く失わせてしまった。

N社で某大企業からスカウトした開発部長は、N社生え抜きの技術部長と、開発方針で意見が真っ向から対立して開発活動が全く止ってしまった。

N社長はやむを得ず、せっかくスカウトした開発部長を社外に出して技術顧問とし、やっと退職するとゴネる技術部長をなだめることができたのである。

Nホテルでは、その道三十年以上のベテランを、他社からスカウトして営業部長としたが、自らの経験から得られた主張を変えようとせず、営業成績も上がらず、やめてもらうより外に方法がなかった。

Tキャバレーでは、経験四十年の超ベテランをスカウトして営業担当専務にしたが、業績を上げることはできなかった。

右にあげた例は、わざと失敗例だけあげたのではない。私のぶつかった例の殆どが失敗例で、その一部をここにあげたのである。

成功例も皆無ではないが、例外中の例外くらいにしか当らないのである。中小企業の社長連は、どういうわけかベテランのスカウトが大好きである。「人材がほしい」という気持は分らぬではないが、私にいわせたら間違っていると結論づけたいのである。

社長の頭の中には、「ベテランーイコール有能」という方程式がある。この方程式は明らかに誤りである。経験年数が永いということは、有能と無能とは全く関係がない。

経験があろうとなかろうと、有能な人間は有能であり、無能は無能である。経験は無能なものを有能に変えることはできないのである。

このことに気がつかずに、ベテランは有能であると思いこんでいるにしかすぎないのである。だいたい、ベテランになっても人に使われているというのは無能なるが故である。

もしも本当に有能なら、独立してしまうか、さもなければ重要な地位について手腕を発揮しており、スカウトなどには応じないのである。スカウトに応ずること自体が無能を証明しているのである。

ベテランとは、無能者の代名詞である。その無能者を、特に選んでスカウトするということになるのだ。

もしも、ある程度能力があったとしても、新しい会社に入って、永年の間に自らに滲みついた考え方を、新しい環境に順応させることは至難なことである。

それどころか、スカウトされたことは自らの能力を買われたという自負があるだけに、自らの考え方を通そうとするにきまっている。社長の意向など無視して、自分勝手に振舞うのにきまっている。うまくいく筈がないのだ。

ましてや、大企業からベテランをスカウトするなど論外である。

同じ日本の国の会社でありながら、大企業と中小企業は全く異質なものなのだ。

大企業では、歯車の一つとして狭い範囲の仕事を永年やっているために視野は狭く、組織への順応を強いられていたために、自分の仕事以外のことなど知らん顔で、自分の仕事でさえ積極性よりも責任逃れの言訳ばかりが達者だ、というようになってしまっているのだ。

そして、仕事のスピードは、まずは中小企業で育った人間の倍以上はかかる、というように、中小企業の体質には向かないように出来上がってしまっているのである。

だから私は、『大企業からの人間を雇うときには「火星人」を雇うと思え』という警告を発したくなるのである。ベテランのスカウトは、もう一つ、大きなマイナスをもたらす。それは、「生え抜きの社員がやる気をなくす」ことである。

S社の部長は、その殆どが外部よリスカウトした人で、生え抜きではなかなか部長になれないのである。社長は課長の能力を認めようとせず、スカウトをするからである。

スカウトされた部長が優秀ならば、まだあきらめもつくが、殆どが無能者ばかりだから浮かばれない。それだけではない、社長はこの無能部長をやめさせたり、自らやめたりすると、その後釜にまたしてもスカウトした部長を据えるのである。もう「何をかいわんや」である。そして、S社の課長連中は、誰も真剣に仕事をしようとはしない。これがまた、社長からみれば部長に抜擢するわけにはいかない、という悪循環の繰返しが、永年にわたって行なわれていたのである。

社長が有能者を求める気持は分るが、それを安易に社外に求めようとするのは全くの誤りである。それは期待した有能者が得られないということもさることながら、社長自身の考え方そのものが誤りであることを私は強調したいのである。

誤りの第一は、「人材がほしい、有能者がほしい」ということにある。社長が人材を求めようとすること自体が間違っていることは、社長学シリーズ第九巻「新・社長の姿勢」篇の「人材待望論の誤り」のところで述べた通りである。

人材というものは、求めて得られるものではなく、自らの正しい態度と努力から自然に生れるものである、というのが結論であったことを思い出していただきたい。

第二の誤りは、生え抜きの社員を評価してやらないところにある。永年、自らが指導し、仕事をやらせてきた社員をなぜもっと買ってやらないのか。人の長所を見ようとせず、短所ばかりを見ていては、たとえ有能な社員がいても、これを見つけだして腕をふるわせることなどできないのである。

社内の人材を認めようとせず、よその会社でどんな社長のもとに、どんなことをしていたのか、どんな人物かも分らぬ人間を、ベテランだということだけで有能と思いこんで、 一片の面接くらいで採用し、社長の直接の補佐役とか上級管理職に据えるとは、いったいどういう了見なのだろうか。

こんなことをしていたら、社員の信頼など永久に得られないのである。この考え方を根本的に改めない限り、「救い」はないのである。

人材や有能者を社外に求めることなど考えずに、生え抜きを育てることこそ本当なのである。

とはいえ、スカウトを絶対にしていけないといっているわけではない。私が云いたいのは、社内の人を育てず、認めずで、社外にばかり期待するのは誤りだということである。

外部に人材を求めるのもいいが、それは最小限にすることを心掛け、採用の場合にも、慎重な上にも慎重を心掛け、もしも見込み違いの場合には「降格」を社員に約束するくらいのことはすべきである。

本当に有能な人材なら、生え抜きの社員といえども文句はいえないのだから、その力量が分るまで正規の職制に組みこまずに、「社長付」にしたり、当分の間は部下を持たせないでやらせることも一法である。

こうしておいて力量を発揮したら、その時に正式の職制に組み入れても遅くはないのである。ただし、中途採用で下級管理職くらいのところにつけるのは差支えないだろう。

あとは実力である。

社長は、社員にばかり期待するのはやめて、まず自身が姿勢を正し、懸命の努力をすることこそ本当である。そうすれば、スカウトの必要性それ自体が大幅に減るということなのである。

貢献度評価と報奨

昇給をどうやってきめるか

R社にお伺いしている時に、S常務との話がたまたま昇給のことに及んだ。

S常務いわく『うちでも、かつては合理的な賃金を目指して人事考課制度を導入したことがあります。ところが、人事考課制度による評価法をそのまま昇給にあてはめると、とんでもないこととなって、とてもそのまま使えるものではない。

仕方がないので、社員の氏名と現在の給料、学歴、年齢、勤続年数などを記入した一覧表をつくり、「勘」できめてゆくようにしています。これが一番問題のないやり方ですよ』と。

S常務の言こそ、人事考課に代表される、従来の業績評価法の欠陥を最も端的に表現したものである。その欠陥を考えてみよう。

業績評価法の評価項目を見ると、積極性・熱意・仕事に対する理解・協調性・計画性・統率力・責任感というようなものがその対象となっている。

これらのものは、明らかに貢献度でも業績でもない。本人の「資質」や「潜在能カ」あるいは「人物」のことである。それらのものが優れておれば、よい業績をあげられる可能性は大きいだろうが、それは業績に対する期待であって、貢献度評価でも実績の測定でもないのだ。つまり、似て非なるものなのである。

それだけではない。評価法そのものが全くおかしなものである。というのは、それらの評価項目の一つ一つは、一律に十点とか五点とかの点数が与えられていて、これを合計した点数によって評価しようとしているのだ。

なぜ、積極性と計画性と協調性が、同じ十点になるのかという根拠が全く分らない。これを考案した人は、この点についてあまり考えてもみないに違いない。こうしたものは、便宜的にきめたという以外には理由などないのである。

その上、その点数たるや、評価する人の能力や性格、偏見、感情などによって、大小さまざまな不公平や誤りが織りこまれたものなのだ。こんな不合理、不公平な評価をされ、昇給に差をつけられたのではたまったものではない。

現実には、その不合理や不公平は、上司の調整で、ある程度は緩和される(時には拡大されることもある)ことになる。

しかし、その上司の調整とて「勘」である。これが、現在行なわれている業績評価と称するものと昇給の実態である。では、昇給に対する正しい評価法はあるのか、ということになるが、これは残念ながらないのである。

しかし、正しい評価法がないからといって、誰も一律昇給というわけにもいかない。明らかに会社に対する貢献度が違うからである。

この設間に対する答えは何だろうか。正しい貢献度評価ができない限り、これは「勘」でやるより外にはないのである。現実とはこういうものなのだ。といって、「勘に頼っている」ということになったのでは、この頃の社員は納得してくれない。

そのためには、『勘に頼ってはいませんよ。ちゃんと科学的に公平に評価していますよ』というゼスチュアとして「業績評価」をし、これを勘によって直せばよい、というような皮肉を云いたくなるのが、伝統的な評価法なのである。

しかし、皮肉を云っているだけで済む問題ではない。現実には、何等かの方法で、勘よりもより良い評価をしなければならないからである。これについて考えてみよう。

まず第一の認識は、「真に正しい評価はできない」ということである。人の貢献度や力量の正しい評価は、本当のところ不可能なのだ。

だとすれば、その認識の上に立って、どうすべきであろうかを考えることである。

貢献度の正確な評価はできないとしても、「会社に貢献すると思われる態度や行動とは、具体的にどんなことか」ということを考えて、あくまでも具体的な評価項目を定めることが大切である。(伝統的な評価法も、意図としては分るが、あまりに抽象的すぎて使いものにならないのだ)。

この評価に、社長自身の物差しによる本人の実績を合成して、貢献度の評価点を出すのである。

評価点といっても、もともと数量化できないものを数量化するのだから、ムリもあれば不合理もあり、公平さを欠くことにもなる。この評価点を、きめられた昇給基準にあてはめて昇給額を出すことになる。

よくても悪くても外に方法がないのだから、これでやるより外に仕方がないと思わなければならないのだ。これが会社であり、世の中なのである。ところで、具体的な評価基準とはどんなものがよいのだろうか。それについて考えてみよう。

具体的な評価基準とはまず、管理職に対する評価基準を考えてみよう。

管理職の役割は、「社長の意図を実現すること」であることはすでに述べた。だから、評価基準も当然のこととして、この点に焦点を合わせるべきである。

一口にいえば、「方針を理解し、これの実現に努力しているか」ということになるのだが、これでは総合点ということになるので、この総合点を出すために、その中身を具体的な評価項目に分けて採点することになる。

その項目の一例として左にあげてみよう。

  1. 顧客の要求を最優先しているか
    1. 顧客のために自己の部門の都合を無視しているか
    2. 品質と納期を守ることに努力しているか
    3. 顧客のための他部門への協力を惜しみなく行なっているか
    4. クレーム処理を最優先しているか
    5. きめられている顧客定期訪間を行なっているか
  2. 環境整備を正しく行なっているか
    1. 清潔整頓を常に指導しているか
    2. 安全に常に心を配っているか
  3. 方針書の理解と実現への努力はどうか
    1. 方針書を正しく理解しようとしているか
    2. プロジェクト計画書の作成とその推進に努力しているか
    3. プロジェクト計画の実現に支障が起きた時の対策はどうか
    4. 社長の指令を確実に実施しているか
    5. 方針書に示された基準を守る態度はどうか
  4. 部下に対する指導はどうか
    1. 部下に対して方針書の徹底に努力しているか
    2. 指令や指示は的確迅速に行なっているか
    3. 正しい仕事のやり方を指導しているか
    4. 必要に応じて「プロジェクト計画書」を部下にたてさせるか
    5. 部下が、方針違背、指令不実施、基準無視をした時に、厳しく注意し、あるいは指導しているか

というようなことだろう。

監督職に対する評価項目の一例を次にあげてみよう。

  1. 顧客第一の行動をとっているか
  2. 環境整備に力を入れているか
  3. 上司の方針を理解し実現しようとしているか
  4. 三日間の仕事の予定を立てているか
  5. 部下に対する仕事の指示を的確に行なっているか
  6. 正しい仕事のやり方をよく教えているか
  7. 仕事が遅れた時に取り返す努力はどうか

などであろう。

一般職になると次のようなものだろう。

  • 出勤状況はどうか
  • 規定・規則をよく守るか
  • 上司の指示をよく守るか
  • 仕事を確実に行なっているか
  • 始業、終業時刻を守るか
  • 後始末をきちんとするか
  • 物を大切にするか

というようになるだろう。

右のような評価項目は、「お客様の要求を満たすことが会社の務めである」にもとづいてきめられたものである。ここのところが大切なのである。

社長は、自らの会社を自分の意図通りに持ってゆくための指導をする、ということはいうまでもない。それならば、評価も社長の意図を実現するための考え方や行動に焦点を合わせなければならない。伝統的な評価など、全くのク死物´であることを知ってもらいたいのである。

だから、評価項目は社長自ら筆をとって書くべきである。人まかせにすることは怠慢以外の何物でもないのだ。それは、ここに私があげた評価項目通りでなければならないということではない。あくまでも社長自らの意図を盛りこんだものであることを、重ねて強調しておく。

これらの項目は、すべて一律に、たとえば一項目十点というような点数をつける必要はない。いや、それは誤りである、といったほうが本当である。ク一律十点クの根拠は何もないからであることは、先に述べた。ではどうしたらよいのか、ということになる。そのク答えクは「ウエートづけ」をすることである。

そのウエートづけの根拠は、社長が「これは特に重要である」と思っている項目は大きな点数をつけるのが当り前である、ということ以外に何もない。科学的な根拠でもなければ、論理的なものでもないのだ。社長の意図する方向に会社をもってゆくのが事業経営であるからだ。事業経営は人間がやるものである限り、ク人間臭いクものとなるのが当り前なのである。

ウエートづけによる点数ぎめの要領として、この節にあげた管理職の採点項目に

例をとってみれば、百点満点として、

  • 顧客サービス     五十点
  • 環境整備       二十点
  • 社長の方針      二十点
  • 部下指導       十 点

というように大枠をきめ、その枠内の一つ一つについては、その枠に割り当てられた点数を分割して割り当てればよい。この割当ても、むろん″ウエートづけクを行なうのである。

右のような評価項目とウエートづけは、固定的なものではないことを心得ていな一ければならない。ということは、客観情勢も変れば社内事情も変る。評価項目の実現や実践の度合もまちまちになってくるからである。固定していたのでは、実情に合わなくなってくる。

だから、必要に応じて評価項目の増減や変更も行なうし、ウエートの配分も変えてゆくのである。たとえば、 一般職について、初めは出勤状況に百点満点中五十点を割り当てていたとしよう。 一般職は、何といっても出動しなければ仕事はできないし、出勤状況それ自体が、本人の意欲や心構えのバロメーターといえるからである。だから、まずこれに大きなウエートを置いて出勤状況をよくするようにするのだ。その結果、習い性となって出勤率がよくなったとしよう。この時は、出勤状況の点数を四十点に落し、さらに二十点に落す。しかし、各項目の中では最高の点数をつける、というようなことを行なうのである。これで浮いた点数は、他の項目とか新評価項目とかに割りふればよいのだ。

こうすれば、「出勤は、常に社員にとって最重要事項である」という社長の意図を徹底することに役立ち、ウエートづけを変えることによって、社員の意識づけや関心のあり方の指導ができるからである。

そのためには、この評価項目と点数は、毎期首に全社員に公表され、十分な説明が行なわれなければならないのである。

従来の評価方式では、期首に評価基準の説明が行なわれるようなことは殆どない。評価対象が力量や潜在能力だから、発表する必要もないし発表しても意味がないからだ。このような無意味な評価法が、永年にわたって広く行なわれているとは誠に不思議としかいいようがないのである。あってもなくても別に困らないからこそ、こんなものが長続きするのである。本当の評価や昇進決定は、すべてク勘クによって行なわれている証拠である。

誤解をされないために一言付け加えるが、私はク勘クによることが間違いである、と云っているのではない。先に述べたように、どんな評価も結局はク勘クによるものであり、よくも悪くもク勘´以外に評価の方法はないのである。

私が云いたいのは、「結局は、ク勘クに頼るにせよ、だからといって無意味な評価を行なっていてよいということにはならない。昇進。昇給・賞与は、定期的に行なわなくてはならないのだから、無意味な評価に終らず、これを有意義なものにすべきである」ということである。

それは、何といっても社長の意図する方向に会社を持ってゆくことに役立てることであり、たとえク勘´であるにせよ、それは単なる個人の力量や能力の評価ではなく、確固たる方式にもとづく評価でなくてはならないのである。

評価をどうするか

評価法についても、「これが絶対に正しい」という方法があるわけではない。社長の思った通り行なえば、それでいいのである。そもそも、貢献度を数字で表わすこと自体ができない相談なのだ。それを知りつつ数字を使うのは、方便としてこれ以上のものが見当らないということ以外に何の理由もないからだ。

最も常識的な評価法としては、昇進・昇給・賞与のために定期的に行なうものとして、 一般社員については、その直接の上司である下級管理職(または監督職)が行ない、その評価を中級管理職がチェックし調整して、これを決定とする。下級管理職については、その直接の上司である中級管理職がチェックし、上級管理職が調整して決定する、という要領で順次行なうということだろう。むろん、これがベス卜というわけではないし、評価点はあくまでも評価者のク勘クである。上司によるチェックと調整は、評価する人の評価の好みやクセや偏りによって、個々の人間や部門間のデコボコができるのをならす必要があるからである。

上司による評価法といえば、せいぜい以上に述べたことぐらいで、これ以外にどう工夫してみても、全く独創的な評価法でも発見されない限り、所詮、どうやっても一長一短、五十歩百歩のものになってしまうだろう。

上司によらず、夕自己評価クをさせるのがよいという主張があるが、私はこれを行なっている会社の実態を調査したことがないので、具体的にどうこういう資格はない。ただ、物の本で読んだところからの感じとして、この主張は、「部下の自由意思を尊重する」という思想から生れたらしい。そして、私の思想としては、「部下の自由意思を尊重するというのは、単なるクきれい事″にしか過ぎない」ということだけである。

昇給・賞与については、僅差をつけるな

Y社にお伺いしていた時に、人事部長から悩みごとの相談を受けた。『我社で業績評価制度を導入してから、退職する社員が急に多くなったような気がするが、どうしたわけなのだろうか』という意味である。

毎年四月に昇給するのだが、七月の賞与をもらった後にやめる社員が多く、十二月の賞与の後には退職者はそれ程でないというのである。

評価による昇給決定について聞きただしたところ、「ハハア」と思った。賃金のランクが小刻みにきめられているところに、評価点の僅かな違いに従って差をつけるため、昇給額も、同期でありながら僅かの違いが生れてくる。ここに原因があると考えられるのである。(戦後の若者は、平気で昇給額を他人に教えるので、お互いに昇給額を知ってしまうのだ)。

社員にとっては、この僅かな昇給額の差が我慢ならないのである。人間誰しもうぬぼれを持っている。俺はあいつよりもよくやるし、能力も上だと思っている。それを、逆に差をつけられたのでは心外だからだ。

しかし、それよりももっと我慢がならないのは、「僅かな差」なのである。「あいつと俺と、どうして五百円の差をつけるのか」ということになる。

しかも、その差が少なければ少ない程、大きく自尊心を傷つけられるのである。だからやめてゆくのである。

誰もこのことが分っていない、というよりは「考えてやらない」ということこそ問題なのである。相手の立場に立つことができなければ、社員に対してだけでなく、すべての人間関係がうまくいかないのである。

そして、これがお客様の立場を無視し、お客様の要求など全く考えないということに通じ、お客様を逃してしまうという恐ろしい事態を引き起してしまうのである。

評価点を、そのまま賃金のランクにいちいち当てはめることは避けなければならないのである。もともと「勘」による点数である。僅かな違いなど何の意味もないのである。

では、どうしたらよいのだろうか。

まず第一には、入社後三年間くらいは昇給額に差をつけないことである。

入社直後はよくても、その後は伸びなかったり、入社直後はダメだと思っていたのに、二年目、三年目でジリジリよくなってゆく社員もある。前者は温暖地の出身者に比較的多く、後者は東北地方の出身者に多いタイプである。

だから、三年間はジックリと見て、四年目にハッキリ差をつけるのだ。こうすると、優秀な社員は納得し、差をつけられた社員はあきらめる。

これを不満としてやめてゆく社員があるかも知れないが、これはいたしかたがないことである。そしてそれを入社時によく話してきかせておくのである。

この、「ハッキリ差をつける」ということは大切である。三年間も見られた上での差なのだから、少なくとも一年間で見るよりも妥当性があるし、三年分の差を一度につけるのだから大きいのは当り前である。

それ以後でも、一年ずうで見るよりは二年または三年くらい見た上で差をつけるほうがよいのだ。ただし、特別によいものと特別に悪いものについては、例外もあるのは当然である。

繰り返すが、公平な賃金や公平な昇給など、もともとできないのだ。だから、あまり技術的に行なうよりは、評価点以外の要素を組み合わせての包括的なものにすることを考えたほうがよいのである。

その意味で、この節に述べた私の考え方を参考にしていただきたいのである。私の考え方がベストであるという保証がある筈はないのだから、この点に誤解ないように、「あくまでも参考である」と思っていただきたいのである。

会社の過去の功労者に対する処遇を忘れるな

激烈な競争に打ち勝って、生き残らなければならない会社にとって、実力のあるものは抜擢して腕をふるわせる、ということがいかに大切か、ということは誰でも知っている。

しかし、現実にはなかなか行なわれにくいのである。年功序列、エスカレーター人事は、常に、無能力者が大切なポストについてしまうのを知りながら、これを行なってしまう。

その結果は、その部門の業績が上がらず会社全体の業績の足を引っ張ってしまう例はあまりにも多い。その上、部下が腐ってしまい、やる気をなくしてゆく。やめてゆく人間さえいる。それにもかかわらず、なかなかその管理職を外せずにいるのだ。

社長の気持とすれば、まだ会社が会社とは名のみの時に、安い給料で我慢して一所懸命働いて、今日の会社の基礎を築くことに貢献してくれた人間を、今になって能力が足りないからといって役職にもつけないということはできない、という気持から出ているだけに、ある程度のことは覚悟してつけた役職なのである。

しかし、いざやらせてみると、想像していた以上に会社の業績の足を引っ張る。ここに、社長の悩みが生れるのである。このままではいけない、と知りつつそのままにしておく。ズルズルと時が流れてゆく。その間に、会社の業績は伸び悩みを続けてゆく。

ここのところである、社長が考えなければならないのは……。その人間の面子や個人的な感情を尊重して、会社の業績を落し、部下のやる気をなくしていいのだろうか。これは明らかに、会社を存続させ、さらに発展させなければならない社長にとって間違っているのだ。

小義を捨てて大義につかなければならない。昔の人は、「小の虫を殺して大の虫を生かす」といったではないか。

この決定は、社長にとっては苦しい。この苦しさに耐えて、無能力者をそのポストから外さなければならないのである。

外した人間は、会社にとっては功労者であるから、十分な給与は保証しなければならないのである。ただし、重要な役職につけないのである。また、部下もつけない。つけたらその部下が腐るからである。

この場合に大切なことがある。それは、社内からこの人の処遇に関する批判がでるからである。「仕事らしい仕事もせずに高給をとっている」と。

こうした批判が出た場合には、社長は強くこの批判を抑えなければならない。『いま、仕事をしていないからといって、これを批判するのは間違いだ。今何もしていなくとも、過去において今日の報酬を得るだけの貢献をしているのだ。君達がこうしておられるのも、そのお蔭なのだ。君達自身のことに置きかえて考えてみよ。

将来君達も、会社への貢献によって高給をとるようになった時に、後輩から高給をとっていることに対して批判された時に君達はどう思うか。

会社の功労者に対して、いまのことだけを見て批判してはいけない。これが功労者に対する「礼」なのである』と。

会社への過去の貢献はこれを評価するが、将来への貢献が期待できないのならば、重要な仕事からは外す、というように割り切る必要があるのだ。

これをやらないと会社をおかしくする。ただし、これですべてが割り切れたのではない。割り切れない部分が残るのである。といって、解決法などないのが世の中なのであることを心しなければならない。

社長とは、そうした苦しみにたえずさらされている人種なのである。

不慮の災害は助けてやれ

伊勢湾台風の時の、近鉄社長佐伯勇の決断については、社長学シリーズ第九巻「新・社長の姿勢」篇で述べたが、あの時には、近鉄社員とその家族七百人が大きな被害を受けたのである。

ョーロッパでこの報告を聞いた佐伯社長は、直ちに『罹災社員の救済は、前例にかかわらず徹底的にせよ』という電報を打ち返したのである。

佐伯社長が、特に「前例にかかわらず」と云ったのは、このような場合に、社長から何も特別の指示がなければ、「前例に従って」ということになるのが落ちである。

これでは本当の救済にはならないという判断からであった。

七百人もの人間が、家を失い、生活の本拠それ自体をなくして途方に暮れているのだ。前例に従った見舞金など、本当の意味での救済にはならないのである。佐伯社長はそのことを知っていたのだ。だからこそ「前例にかかわらず徹底的に」という指令を発したのである。

佐伯社長のこの指令によって、七百人は生活のピンチを切り抜けることができたのである。佐伯社長は、まさに「地獄に仏」だったのである。これらの社員が、ムロ風の復旧ならぬゲージ統一という一大事業に、死にもの狂いの活躍をして社長の温情に報いたのである。

このことは、罹災しなかった社員にとっても、佐伯社長に対する大きな信頼感をもつことになったのである。「うちの社長は、社員が生活のピンチに立った時には助けてくれる」という信頼感をである。

「ストのない近鉄」とは、このような社員の社長に対する信頼感あればこそなのである。社員の生活を守ることは、社長の最も重要な責任の一つである。社是にうたっている会社も多い。それは、単に給与や社業の隆盛だけではない。不慮の災害に対してこそ、この責任は果されなければならないのだ。

慶弔規定など、それ自体は結構ではあるが、これは「おつきあい」の域を出ないものだ。天災。人災で家を失ったり、大怪我をしたり、本人の長期病欠だけでなく、家族の長期入院なども生活の大ピンチだ。

本当のところ、長期入院に対しては健康保険など何の役にも立たないのだ。差額ベッドと付添人の費用が大変で、数力月で生活は破綻してしまうのである。完全看護は、まだ完全には実施されていないのである。

社員が右のような窮地に陥った時にこそ、社長は、社員の生活防衛のための救いの手をさしのべてやらなければならないのだ。これこそ、社長の社会的責任であろう。そして、これでこそ、社員は社長を信頼して懸命に働いてくれるのである。

最も悲しい事態として、社員の死亡がある。Y社では「理由の如何を問わず、本人が死亡した場合には、遺族に対して長期的な援助をする」というようになっている。

未亡人が再婚するか、子供が成人するまで、本人が生きていて会社に勤めている場合に近い金額を支給するのである。社員の家族にとって、これ程力強いことはない。

そしてY社長は、『会社創立以来二十年近くなりますが、まだ該当するケースはありません』と語っていた。

社員とその家族のために、こうした制度を持つことは、人道上だけでなく、社員が安心して働けるという大きなメリットを持つものだけに、私は導入を勧めたいのである。そして、それが会社の経営にとって、大きなプラスをもたらすことは間違いないことであろう。

第二の人生を考えてやる

俸給生活者にとっては、停年は絶対にさけることができない大きなショックである。会社側とすれば、退職金とか年金を払えば、規定の上では済む。

しかし、停年になった社員とその家族にはまだ生活がある。そして、いままでとは全く違った条件のもとでの生活が始まるのだ。

永年―というよりは、人生の大部分を会社のために捧げた社員を、停年だからといって、規定だけの手当で縁を切るということは、社長としては忍びないというのが当然であろう。

停年社員の第二の人生を考えてやることこそ、社長として大切なことであるに間違いない。

停年社員の第二の人生といえば、自営組や数少ない悠々自適組を除けば「再就職」である。この再就職について面倒をみてやることである。

A社の社長が私に語った構想を紹介しよう。

A社長は「老後産業」という定義づけで、小鳥をかう、熱帯魚をかうというような動物飼育業、育苗、盆栽、花等の栽培業など、それぞれの好みと得意の業種を選ばせて、会社で面倒をみながら自立できるような指導をしていきたい、というのである。

F社長は、停年退職者に養豚をやらせたい、という考えをもっている。豚毛を自社製品に使っているための発想である。

K社では、停年退職者には資金を貸して工場をつくらせ、自社の下請としている。私はこの方法が最も面白いと思う。

退職者としたならば、全く知らない会社に守衛とか荷造梱包とか、雑役工として雇われるよりは、自らの技術を生かして、永年勤めた会社から仕事をもらってするというのは、最も有難いことに違いない。

また会社としたならば、技術も気心も知り尽している人達を下請に持つことになり、しかも継続的に停年退職者を送りこむことも可能である。その上、ただでさえ下請比率が低い中小企業にとって、これを高めることにも貢献するのである。

停年退職したとはいえ、まだ十年や十五年は働ける人達である。親会社の世話にばかりならずに、自らの努力で新しい得意先を開拓することを実現してゆけば、それはもう立派に一人前の会社になってゆくのである。 一石二鳥の方法として誠に面白いと思う。

右のような考えで、停年退職者に新たな職場を作ってやっているH社がある。タクシー会社をつくって、これに停年の運転手を充てるのである。ベテランであり、安全運転を行なってくれると、お客様からはすこぶる好評なのである。

社員の第二の人生まで心をくばる社長は、私の知る限り、すべて「名社長」である。これは決して偶然ではなく、真剣に自らの事業に打ちこんでいる間に、自然に社員の第二の人生まで考えてやるようになるのではないか、と私には思われるのである。

採用面接には社長の方針を語れ

F社は小さな単店スーパーだった。開業以来の苦労が実り、業績も上がってきたので、これからの飛躍にそなえて、従来の縁故採用から一般募集にり替えた。

第一回募集の面接時に、社長は経営計画書を示し、そこに盛られた方針を語った。これが応募者の心を打ち、「ぜひ雇ってもらいたい」という希望者が二人も申し出た。

採用したところ、いずれも優秀な人間だった。そのうちの一人は『実は、私は数社の応募をしていました。その数社の採用試験では、どの会社でも社長さんの方針をきくことはできませんでした。

ところが、ここで初めて社長さんの方針をきかせてもらいました。それだけでも私にとっては感激でした。

しかも、社長さんの方針が私の心を深くゆさぶりました。社長さんの方針にそって、全力をあげて努力したいと思います。どうか採用してください』という、自らの気持をF社長にぶつけてきたのである。

S社は四十名余りの小企業であるにもかかわらず、その社員は一騎当千の強者ばかりである。毎年大学卒を採り続けているのに、たまにはカスがいても仕方がないと思うのだが、カスは一人もいないという。誠に不思議である。こんな小さな会社に応募してくる大学卒は、カスというのが普通の状態だからである。

その秘密は、大学への募集申込みに、普通は会社案内や募集要項のようなものなのに、S社では経営計画書の中の方針書をコピーしたものを添えることである。

この方針書を読んだ学生は、優秀な人間がこれに反応し、共鳴して「この社長ならば……」という気持になって応募してくるということである。面接の時にも、面接というよりは社長の方針を説明するのである。だからこそ、優秀な人間が採用できるのである。

T社では、地域合同採用試験の時に、大学卒百二十名が応募し、二十数社の試験が行なわれたが、ここでもT社長の方針説明に感じた応募者は何と四十名、三分の一はT社を志望したのである。

二十数社のうち、T社より大きな会社があったにもかかわらず、その会社はT社より遥かに少ない志望者しかなかったのである。

採用試験の際の面接は、殆どの会社で会社側からの一方的な質問による「人物鑑定」という感じである。会社としてはそれでいいかも知れないが、救われないのは応募者の方である。

応募者にしたならば、これから自分の働くかも知れない会社― そして、一生を託すかも知れない会社は、「いったいどんな会社であろうか」ということこそ重大事である。

これに対して会社の情報といえば、せいぜい会社案内と募集要項くらいのものである。

情報とはいえないような僅かな情報では、会社のことなど全く分らないというのが本当のところである。そんな状態のまま応募する人の気持を、社長は考えたことがあるのだろうか。

採用試験では、会社側からの質問ばかりで、会社のことなど何も話してもらえない。

分るのは、会社の所在地と、建物とその内部の様子と、面接してくれた人の顔かたちくらいのものである。こんなことで、たとえ採用通知を受けたところで、心から喜びを感じるだろうか。

新しい人生の第一歩を踏みだす会社に、「ようし、頑張るぞ」と意欲をもって出社日を待つだろうか。いずれも「ノー」であることはいうまでもない。

出社第一日から不安な気持で出社するのだ。新入社員のことなど考えてやってはいないと云われても、返す言葉などない筈である。

採用通知を出しても、これに応じない理由の大きなものの一つがここにあるのだ。

賢明な社長は、応募者に対して自らの経営理念・信念・経営方針をよく説明すべきである。これは、応募者に対する社長の責任であるのだ。

そして、そうすればこそ応募者は社長の考えに共鳴もするだろうし、この社長のもとに働こうと決心もするのである。面接後も、他社に応募した友人から話を聞いて、他社との比較もでき、決心をさらに固めることになるのだ。

大切な新戦力となる新入社員採用時に、社長の方針を明らかにし、事前の動機づけをすることは、新入社員にとり、会社にとり、必ず大きなプラスとなることは間違いないのである。

「経営計画書」こそ、社員の心に革命をもたらす

T社は千三百名余りの優良会社である。T社にお伺いしてから八年程たった頃のこと、久しぶりにT社を訪れた私に、社長は次のようなことを語ってくれた。

つい先日のこと、この地区の警察の公安担当者が突然T社を訪れ、『七〜八年前のあなたの会社は、尖鋭な革命党員が三十七名にも増え、なお増加する勢いを見せていた。この分では、T社の倒産も時間の問題というのがわれわれの見かただった。

ところが、最近は党員は七名にまで減少してしまい、その七名も社員からは相手にされないらしい。いつたいどんな対応策をとつたのか、参考までに聞かせてもらいたい』という意味のことを云われた。

これに対して、社長は『特別に何もしておりません』と答えたという。これは本当である。文字通り特別には何もしていなかったのである。革命党員が増えていった当時は、事業の業績は芳しくなく、社長は迷い悩んでいたのである。

私は、社長に経営計画書の作成を勧めた。経営計画をつくる段階で、社長は変っていった。社長が変るに従って役員が変っていった。でき上がった経営計画は、立派な経営計画書にまとめられ、社員に発表された。この瞬間から社員が変り始めたのである。

二年、三年とたつうちに、会社の業績はうそのように好転していった。『うちの管理職は社長の考えなければならないことを考えてくれるようになりましたよ』と私に語ったのはこの頃である。

会社が変るにつれて革命党員は減ってゆき、ついに七名になってしまったのである。この七名は純粋のオルグであった。そのオルグは社員から相手にされなくなってしまったのである。

L社にお伺いしたのは、丁度春闘の時期だった。会社中、壁といわず窓といわずベタベタとアジビラが貼られ、赤旗が立って、まさに闘争の最中だったのである。

私は社長に申しあげた。『あなたは、尖鋭な労働組合で、ろくに働きもせずに要求だけは人並み以上にする誠に始末に悪い連中だ、と思っておられるかも知れないが、それは違う。すべて、あなたが悪いのだと思わなければならない。社員としたならば、こうした行動に走るより外に方法がないところまで追いつめられているのだ。

いま、あなたがやらなければならないのは、社員を抑えつけることではなく、あなた自身が姿勢を正し、事業経営に専念することだ。それには経営計画書という道具を使い、自らの事業を考えるところから始めなければならない』と。

経営計画書と顧客訪間によって社長は開眼した。三年後には全く別の会社に生れ変った程の大躍進を実現した。月給もボーナスも世間相場を上廻った。それにも増して、社員が社長を信頼するようになった。

経営計画書に社長のビジョンが明示されており、それが実現してゆくことを知ったからである。「社長の示す方針に従って努力すれば会社は発展する」という社員の認識が生れたのである。

尖鋭な労働組合の闘士は、会社をやめていったのはいうまでもない。

世の社長の社員に対する期待は、社員が懸命に働いてくれることが第一であり、第二には社員が成長してくれることである。世にゴマンとある、管理者訓練や人材養成に関する文献やセミナーは、すべてここに焦点を合わせている。

しかし、それらのものがどれだけの効果を発揮しているか、ということになると、社長の期待は僅かしか満たされてはいないのである。それどころか、「失敗した」という声は決して少なくないのである。

管理職の責任や職務を説いてきかせただけで管理職が動機づけられ、社是・社訓やさまざまのスローガン、そして朝礼の御説教などで社員が懸命に働くと思ったら大間違いである。こんなことで社員が動機づけられるのなら、誰が苦労をするものそれらのものが効果がないのは、人間というものを全く忘れているからである。

社員は、自分が働いている会社に自らの生活とその将来を託しているのだ。このことを忘れて何の動機づけか、というのが私の主張である。

社員の最大の関心は、会社の現在の姿もさることながら、明らかに会社の将来にある。

これに対して、殆どの会社が何の解答も社員に与えてはいないのである。会社の将来はどうなるのか、社長の考えはどうなのかを示してもらえない社員は、将来に対する不安をもつな、というほうがムリである。

加えて現在の業績も給与もあまりパッとしないというのでは、いくら社長が働け働けと気合をかけても、心底から懸命に働こうとする気など起る筈がないのだ。

そこに、革命党員の乗ずるスキがあるのだ。『君達は、いくら懸命に働いたところで会社を肥らせるだけだ。下手をすると、会社がつぶれて君達は職を失うかも知れない。そうでなくとも、君達にはロクな給与もくれない資本家のために、君達は「搾取」されているのだ。

こんなことをしていたら、いつまでたっても君達は浮かばれないのだ。だから、組合をつくって団結して資本家と闘わなければならない。

君達の生活は、君達自身で守らなくて誰が守ってくれるのか。どこそこの会社では組合をつくってこうなった、あそこの会社ではこうなった。団結して資本家と闘うのだ』というアジが効を奏するのである。

そして、ある日突然、組合が結成される。社長にとっては寝耳に水である。組合ができれば、たちまち社長にアレコレ要求がつきつけられる。

社長はこれに対応する術を知らない。なにしろ相手はプロで、社長はアマだからだ。こうして組合との対立となり、業績向上など望めなくなってしまうのである。

このような場合に、私の同情と共感は明らかに労働組合の方にある。社員の立場と気持は、私自身が会社勤めの経験があるから痛い程分るのである。

私は、会社をいくつも渡り歩いた不良社員であったが、その原因は「この社長のもとにいたのでは、自分の将来は灰色である」と感じたところにあったのだ。

そして、会社をやめる一年くらい前から悩みに悩み、そのうちに仕事など手につかなくなってしまう。年功序列型の日本の会社では、会社を替ることは、この年功を捨てることにもなるのだ。

社長が、自らの未来像を明示せずに、社員はどうして自らの未来を考えることができるのか。社員の最大の不安がここにあるのだ。

この不安を取り除いてやることは社長の責任である。これは、経営計画書を作ることによって自然に実現するのである。だからこそ、経営計画書をつくり、これを発表した途端に会社が変ってしまう。

『先生、経営計画書を発表したら社員がビックリしました。「社長の方針だけでなく、会社の中の何もかも洗いざらい、われわれ社員にぶちまけてくれて嬉しい」という声も聞えます。社員の日の色が変り、生産も販売も急上昇を始めました。まさに経営計画書は夕魔法の書´ですね』と、これはK社長の話である。

K社では、業界がブームの反動もあって三割以上もダウンしているのを尻目に、何と六割の売上げ増で、しかも生産が間に合わないという、全く考えてもみなかったことが起ったからである。

『先生、我社で経営計画を発表してから急に売上げが伸びだし、注文をさばききれなくなり、テリトリーの拡大どころか、いままでのテリトリー内だけの注文がこなしきれなくて、新工場を作ることにしました』というI社長の言である。不振をきわめる住宅業界でこれなのである。

『経営計画をつくってから、社員がまったく変りました。販売目標を対前年比四十パーセント増としたので、とてもムリだと思っていたのに、これが実現しています。経営計画の威力はたいしたものですね』と、これはS社長の言である。

右のような例は、「本当かいな」と思われるかも知れないが、すべて事実である。

しかも、これらは私がぶつかった数多くの事例の、ごく一部を紹介しているにしか過ぎないのである。

このようなことが起るのは、もともと経営計画がそのような力を持っているのに加え、社長自身のビジョンと魂が込められているからなのである。

私が初めてお手伝いにお伺いする会社では、殆ど経営計画書をつくっていない。たとえつくっていても、それはとても経営計画書とはいえないものである。

では、本物の経営計画書とはどういうものかは、私の「社長学セミナー」や、これを本にした、社長学シリーズ第二巻「経営計画・資金運用」篇に詳述してあるので、ご研鑽をおすすめする。

経営計画書こそ、社長自身を、本当の意味で事業経営に目覚めさせ、自らの心に「革命」を起させるものである。同時に、社員に対しては、会社の将来に関する不安を解消させ、社長を信頼し、希望にもえて働く意欲を心底から起させる、という心の「革命」を起させるものである。

経営計画書こそ、将に「革命の書」といえるものである。

著者 一倉 定(いちくらさだむ)氏について

事業経営の成否は、社長次第で決まるという信念から、社長だけを対象に情熱的に指導した異色の経営コンサルタント。空理空論を嫌い、徹底して現場実践主義とお客様第一主義を標榜。

社長を小学生のように叱りつけ、時には、手にしたチョークを投げつける反面、社長と悩みを共にし、親身になって対応策を練る。まさに「社長の教祖」的存在であった。経営指導歴二五年、あらゆる業種・業態に精通、文字通りわが国における経営コンサルタントの第一人者として、大中小五〇〇〇余社を指導。没後も、経営の本質を説く一倉社長学を求める人が後を絶たない。

著書に「一倉定の社長学シリーズ」全十巻と別巻二冊、「一倉定の経営心得」をはじめ、「一倉定の社長学講話シリーズCD ・DVD」「一倉定の社長学百講CD」「一倉定の中小企業の社長学CD」他多数。

一九一八年四月生まれ、 一九九九年二月逝去。

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