会社の中の人々― 特に管理職にある人々がどう活動するかで、業績は大きく違うことはいうまでもない。
それらの人々に正しい活動をさせるためには、経営計画書による方針・目標の明示を行ない、重要事項については、プロジェクト計画書を作成して推進させるわけである。
しかし、それだけでよいわけではない。それらの人々は忙しい、つい心にかけながら実施が遅れてゆく。難しくて行き詰ることもある。そのような状況の中で、どう管理職を指導し、管理してゆくか……の命題こそ重要である。
この章では、この命題と取り組んでみたものである。
環境を整備する
第一話
昭和三十二年頃のことである。
私は、田中パイプ(株)の工場を訪れたことがある。そして、大きな感銘を受けて帰ってきたのである。それは、環境整備の素晴らしさについてであった。
当時の田中パイプの工場は、数棟の仕舞屋の床を取り払って、そこに機械を据え付けていたという程度の粗末なものだった。
その粗末な工場は、文字通り塵一つ落ちていなかった。プレス機は、主軸のスクリュー部にさえも汚れた油など付いていなかった。
新しい機械のような、澄んだ油が付いていた。型工場には、加工中の材料しか置いていなかった。誠に不思議な工場である。普通、どこの工場でも喰いかけの材料や端材が乱雑にころがっているからである。
スージングエ場には五台程の機械が据え付けてあり、ピカピカに磨き上げられていたが、驚いたのはダイス棚である。碁盤目のその棚の中に納められたダイスは、横の方から見ると、そのツラが定規をあてたようにビシッと一直線なのである。
恐らくは、棚床の奥の方は隙間があって、もしも砂など入った場合でも、ダイスを押しこむことによって、その隙間から下に落ちるようになっているのであろう。
最も驚いたのは、アセチレンガスの発生タンクである。生石灰に水を注いでガスを発生させるのであるが、多量に出る灰白色のカスが、タンクの外側といわず、その付近はベタベタと汚れ放題というのが、どこの工場でも見られる光景だというのに、この工場は全く違うのである。
タンクの付近が少しばかり灰白色になっているだけで、タンクの外壁はいうに及ばず、どこにもカスらしいものがないのである。これは、全く信じられないようなことだったのである。私は、ただただ頭の下がる思いがしたのである。
というのは、環境の整備こそ、社長が自らに課した決意の現れだからである。私は、社長に限りない尊敬の念をいだいて会社を辞したのである。
今でも、私は田中パイプこそ日本一環境整備の優れた会社だと思っている。近代的な工場で、塵一つない工場はいくつも見ているのにもかかわらずである。ところで、私が社長の決意の現れだというのはなぜなのだろうか。それをこれから述べてみよう。
第二話
M社にお伺いしたのは、ある年の五月初めのことであった。
相談の内容は、長期計画ということであった。ところが、M社長は『長期計画の前にお願いがあります。それは、品質向上についてです。実は、今年の二月に親会社から品質についての厳重な警告がありました。現在ロット不良率が八パーセントもあるのですが、これを「今年の九月末までに三パーセント以下にしなければ、それ以後の発注は考慮しなければならない」というのです。もしも九月末までに三パーセント以下にならなければ、我社は大変なことになります。それを考えると夜も眠れません。
二月から前にも増して品質向上に必死の努力をしているのですが、不良率はさっぱり下がらないのです。あと四カ月しかないのです。長期計画は後廻しにして、品質向上の指導をお願いしたいのです』という切羽つまった依頼を私にぶつけてきたのである。
M社では、十年以上も前から品質管理課を設けており、今でも年に数回は親会社から品質管理の先生が派遣されて、いろいろ指導を受けていたのである。
そのような努力にもかかわらず、品質は少しも向上しなかったのである。「最後警告」を受けたからといって、どう努力しても品質など向上する筈がないのである。
私は、社長に対して条件つき受諾を申し入れた。その条件というのは二つあり、一つは、品質向上に関しては私が社長であり、M社長といえども私の指令には無条件で従ってもらうこと。もう一つは、金のかかることと生産に支障を来すことは、必ず社長に相談して許可を受ける、というものであった。「勧告では間に合わない」というのが、私の状況判断だった。
追いつめられた社長に異論がある筈はない。『すぐお願いします』ということになったのである。
私はM社長に『これから工場を廻りますから、 一緒にきてください』と、M社長とともに工場を一巡した。
三階の事務所から階段を下りたところが、現場との境のガラス窓であった。『社長、このガラスを見てください。これは素通しなのですよ』と。汚れ放題で向う側が全く見えないのである。ロッカー室には木のロッカーだったので、蝶番がこわれているものがかなりある。牛乳やコーラの空瓶が散乱し、油だらけの作業衣は放り出してある。壊れた洋傘、破れた靴、そして紙屑ボロ切れと、ひどいものである。
次の塗装場では、乱雑な職場の片隅に品物が山と積まれ「手直品置場」の立札がある。『社長、これは手直品置場ではなくて、手直不能になるまで錆びつかせて、スクラップ化する理由を作る場所ですよ』と、社長をやっつけた。
主作業場は、プレスと溶接であるが、どの機械もホコリだらけ油だらけ。スポッ卜溶接で水を使っているのだが、その排水溝の中に品物が頭を突っこんでいる。通路には、手直品を満載した台車がびっしりと置かれて、塗装場に運ばれる品物を積んだ台車は、ソロリソロリと進まなければならない。
洗面所はクレンザー、ボロ切れで汚れ、パッキンのいたんだ蛇日からは水が出っ放し、変電室の床には碍子や電線の切れっ端が散乱し、配電盤の前には絶縁用のゴムマットもない。
コンプレッサー室の出入日の戸は動かず、出入りができない。整備など全くやっていない証拠である。その動かない戸の、破れた穴から中をのぞくと、中は冷却水もれで水びたしである。
トイレは戸のいたみが甚だしく、開けっ放しの戸がいくつもある。中は鼠の巣のようだ。スクラップ置場は、不良品棄場という感じである。軒下や空地には、いたるところに手直品と称する不良品の置場になっているのである。
一つ一つ社長に指摘しながら見廻りを終った私は、社長に対して『こんな、話にもならない乱雑な職場で何が品質管理か、あきれかえるばかりだ。品質管理などとシャレたことを云う前に、まず環境を整備することだ。それも、いい加減ではダメだ。徹底的にやるのだ』と強くきめつけた。
社長は『それでは、品質管理はどうするのですか。私の望みは不良率を減らすことです』と云う。私は『だから環境整備をするのだ。環境整備のないところ、品質管理はあり得ないのだ。 一倉のやることが気に入らないのなら、 一倉は降りる。勝手にしたらいいでしょう』ときめつけた。事は急ぐのである。万策尽きていた社長は、渋々私の意見に従うことになった。品質管理については私が社長だからだ。
次には、役付を全員集めてもらい、まず社長から、品質管理については全面的に一倉の指示に従わなければならないことを云い渡してもらった後、私は一同の前に進みでて一発かました。『これからは品質管理については一倉が社長である。まず第一の指令は、従来の品質管理を全部やめること。不良撲滅など考えないこと。ただ一つ、環境整備だけにすべての関心を集中するのだ』と。
まず、見取図によって担当区分がきめられ、どう進めるかの説明の後に、計画書がつくられた。会社創立以来初めての環境整備が行なわれることになったのである。
私も必死だった。毎週一回お伺いするという、私のコンサルタント業務の中では後にも先にもないことをやったのである。お伺いするたびに、社長とともに、計画書にもとづく実施状況のチェックを行ない、不十分な点をビシビシ指摘してやらせた。
始めたのは五月の半ば過ぎだったが、六月、七月とたつうちに、品質管理のことなど何もやらないのに、不良率は自然に下がり続け、八月にはニパーセントにまで下がってしまった。
九月中に三パーセント以下という目標は、 一カ月早く一パーセントも低くなって実現してしまったのである。
八月に、労働基準局の安全査察があったが、基準局の人が『こんなに見事にやっている工場はない』と舌を捲き、優勝杯と表彰状をもらったのである。
この頃には、生産性が目に見えて上がり、そのために残業が減った。欠勤も減り怪我が大幅に少なくなってしまった。それだけではない、社員の服装から態度まで違ってしまったのである。まさに環境は人を変えるのだ。
私は社長に『社長、そろそろ品質管理でも始めましょうかね』と皮肉ったら、社長は『一倉さん分った分った』と大笑いになってしまったのである。
環境整備とは、このように大きな力があるのだ。経験のない人にはとても信じてもらえないようなことが、常に起るのである。
第二話
私の社長セミナーで、第一話と第二話を聞いたH社の副社長が、自らの会社について実施したことを私に語ってくれた。それは次のようなことだった。
H社は印刷業であり、二十年も前から品質管理を導入していたが、残念ながらあまり効果はなかった。ある主要得意先は特に品質にうるさく、常に高い納入不良率で、どうやっても不良率は低下しなかったのである。
たまたま私の環境整備の話を聞いて、これを実行してみた。専務を環境整備に専念させて、強力に推進したのである。それは徹底したもので、品質になど全く関係ないと思われる箇所にまで及んだのである。
環境整備が進むにつれて、徐々に不良率が減りだした。そして、半年後には難物の納入不良率の高かった商品が、ついにH社で予め見込んだ見積不良率を下廻ってしまったのである。
第二話のM社もこのH社も、不良の原因は技術水準の低さにあるのではなくて、明らかに環境不良にあることを物語っているのである。
第四話
K社は、マレーブル鋳物(可鍛鋳鉄)のメーカーである。
私の経営計画の海外実習セミナーに参加し、その最終チェックを熱海で行なった帰途、新幹線の中で熱海から新横浜までの僅かな時間に、私から環境整備の話を聞いたのである。たったそれだけの話で、K社長は直ちに環境整備を実施したのである。
その結果は、たちまち大きな成果を生んだ。不良率は下がるし、生産性は増大した。それだけではない。
社員の中から自然に「小集団活動」が生れ、いままでうまくいかなかった工程管理に取り組んだのである。そして、いままでどうしてもうまくいかなかった工程管理が、軌道に乗りだしたのである。
その成果は、間もなく主要得意先であるM重工の知るところとなり、M重工の信用が大きく高まった。M重工では、多くの協力工場に『K社を見習え』という指導を行なうようになった。それらの協力工場からの見学が殺到したのはいうまでもない。
ある時に、アメリカの会社から引合いがあり、先方の経営者が来訪した。工場を見せてもらったその経営者は、『これだけ立派な環境整備をしているのなら大丈夫だ。他の一切の調査は必要ない』という大変な惚れこみようで、直ちに契約が成立したのである。
小集団活動というものは、社長の望んで止まないものだ。
しかし、これは容易なことで実現するものではない。『うちの社員はどうも「自主性」がなくて…』などとボヤクのは全くの誤りである。
「自主性」というものは社員の間から自然に生れるものではなくて、優れた指導のもとに、その反応として生れてくるものである。
第五話
I社でのお手伝いの中でも、環境整備は重要なものの一つであった。
何回か社長と製造部長とともに社内巡視をした。そのたびに『今度こそ及第点をもらえると思ったのに……』とボヤかれる程、私の採点は厳しかった。部品箱の品名表示の不統一から、棚に置かれた時の前縁の不揃いまで指摘するからである。海軍にいたことがある製造部長に『まるで江田島ですよ』と云われる程だった。
海軍でも陸軍でも、軍隊で一番うるさいのは清潔整頓であった。精強な軍隊をつくるための基礎は清潔整頓なのであるからこそ、徹底的にうるさかったのである。
少しでも乱れれば、たちまち「江田島地震」に見舞われたのである。作業衣は白に変えることを提案した。本田技研はじめ、早くから白の作業衣を採用している会社はかなりある。初めは『白では汚れが目立って……』と云われた。
私の返事は『汚れが目立つように白くするのだ』というものであった。汚れるから汚れが目立たないような色にするのは、明らかに誤りである。白色の作業衣を着て汚れないような職場こそ理想なのである。
白の作業衣は、事務部門では一週間くらいもつが、製造現場ではせいぜい二〜三日、配送員は一日でかなり汚れてしまうのである。
私は『会社で洗濯し、アイロンをかけるべきだ。そのためにアルバイトのおばさんでも雇ったらいい。そして、事務部門では月曜日、製造現場は月曜日と木曜日、配送員は毎日、というように洗濯済に着替える日をきめて実施するのだ。
さらに、作業帽も安全靴も、もしあれば白にしなければならない』と強硬である。白色の安全靴はなかったが、薄いグレーがあることを私はこの時に知ったのである。
『洗いたての作業衣で機械をこすり、汚れなければ八十点、床をころげ廻って汚れなければ百点だ』というのが私の採点基準である。
百点など現実にはあり得ないのだ。つまり、「これでよい」ということはないのだ、というのが私の考え方なのである。
私の過酷とも思える考え方も、田中パイプに教わったのである。
I社長は頑張った。これに対して管理職は『環境整備はせよ、生産は落すな、と両方一度にはできません』という苦情である。これに対してI社長は『生産を落してもいいから環境整備をせよ』と要求したのである。
ところが、不思議なことに(私には当然のことであるが)環境整備を進めるにつれて生産が上がりだしたのである。いままでは毎月の生産目標を達成したことは一度もなかったのに、連続して目標突破の月が続くようになった。
こうなれば、もうしめたものである。あとは一路前進のみ、環境整備に「磨き」をかける段階に達したのである。
I社長は『「環境整備こそ仕事の原点である」ということがよく分りました』と感想を述べていた。
第六話
焼肉レストランのA社でのお手伝いの手初めは、やはり清潔整頓だった。三年前までは売上年計は上昇一途だったが、同地域に次々と増えてゆくレストランのために、二年前から売上年計は下降線を辿り、ピンチに瀕していたのである。
五店舗程あったそれぞれの店を見廻って、細かい点まで指摘していった。まず、屋根から外壁の洗海である。店内のポスターや張紙は全部取り除き、ゴテゴテした装飾も撤去してもらった。鉄板はどんな小さなカスも逃さず、鉄板取替えのトングはオシボリでぬぐって汚れを指摘し、コップは水滴が内壁につくのは油がある証拠で、ビールがまずくなることを説明した。調理場とトイレは最もうるさく、どこもかしこもピカピカに磨きあげることを要求したのである。
一カ月程過ぎて巡回してみた。かなりよくなってはいるが、私の採点ではせいぜい三十点か四十点だった。中に一店舗だけ殆ど前と変らないところがあり、採点は二十点以下だった。巡回を終ってから売上年計を見せてもらったら、私の採点の高い店程、年計が上がっていた。
三回目の巡視ではまたさらによくなっていたが、私の採点は辛く、八十点をとった店はなく、ある店舗のごときは前回より悪い点数だった。売上年計は、またまた私の採点と一致した。前回より悪い点数の店は年計も下がっていた。この時には、売上年計は三年前を突破していたのである。
私はA社長に申しあげた。『お客様サービスの原点が環境整備にあることがよく分ったでしょう。環境整備の精神ですべてのサービスを行なえば、あなたの店の発展は無限の可能性を期待できます』と。
環境整備というのは、誠に不思議な力を持っている。工場。倉庫といわず、店舗といわず、事務所といわず、会社の隅々まで文字通り整備することこそ仕事の原点、いや、ある意味では事業経営の原点なのである。
社長は、右のことをよく認識し、何をおいても環境整備の指導に力を入れなければならないのである。
環境整備とはどういうことなのか
たくさんの会社で、清潔整頓が叫ばれている。それにもかかわらず、では清潔整頓とはどういうことかということになると、どうもハッキリしない。そして、実効もまた上がっていないのである。
単に清掃するとか、きれいにするとか、片付けるということではないのである。明確な定義づけと、正しい指導があって初めて実効が上がるのである。そこで、ここではその定義づけを述べることとする。
環境整備というのは、
- 規律
- 清潔
- 整頓
- 安全
- 衛生
の五つを対象としていると考えるのがよい。
●規律
辞書を引くと「きまり」「秩序」というように出ている。旧陸軍では「上下等しく法規を烙守し命令必ず行なわる、これを軍規振作の実証となす」と定義づけていた。この定義づけを私はいただきたいのである。
これを現代風に云い直せば、規律とは、
- 指令が必ず行なわれる
- きめられたことを必ず守る
ということになる。
これこそ組織管理についての根本的要件であることは、説明を要しないだろう。誠に当り前のことながら、この二つはなかなか実行できないのだ。
だからこそ、本書においても「正しい指導」のところで「社長の決定や指令は守らなくてよい、という教育をしていないか」「方針・指令・規則違反は人前で叱れ」という二節をもうけて強調しているのである。
●清潔
辞書には「よごれのないこと」「きよらかなこと」というように書いてある。これを単に「きれいにすればよい」と考えたのでは不十分である。私の定義づけでは、
- ①いらないものを捨てる
- ②いるものを捨てない
というものである。清掃や拭浄は清潔の一部であって、それだけでは清潔とはいえないのだ。いくらきれいにしていても、使わない機械などを残しておいてはダメである。また小型の部品やメモ用紙を掃き捨ててしまったら、これまたダメである。
いらないものを捨てないのは「便秘」であり、いるものを捨てるのは「下痢」である。便秘と下痢をなくすことは健康の基礎条件である。
職場の中から便秘と下痢をなくすことこそ清潔なのである。職場の中から不要なものは一切取り除き、塵一つないまでに清掃し、窓ガラスは文字通り素通しに、機械はピカピカに磨きあげるのである。
●整頓
辞書には「きちんと片づけること」と出ているが、これでは不十分である。何もかも押入れの中にぶちこんで『ハイ片づきました』では整頓ではない。職場の中でも、『きれいに片づけろ』と部下に要求すると『片づけたら仕事にならない』『忙しいのに片づけてなどいられない』という反発が起る。整頓とは、片づけることではないのだ。それは、
- ① 物の置き場所と置き方をきめる
- ② 置場の管理責任者をきめて表示するということなのである。
私がまだ若かった頃、会社で残業をしていた時に社長が入ってきて『工場を見廻るから社長についてこい』と云われて、工場の出入国の扉の開閉をやらされたことがある。ある職場の作業台の上に、大型のノギス(精密物差)が放りだしてあった。
社長は『だらしがない、大切なノギスを』と、ひとり言である。その時に、私は「ハッ」と思った。「ノギスの置場はどこだろう」と。むろん、ノギスは大切なものだから、ちゃんと箱に入れて棚にしまうのだが、その置場は誰がきめるのだろうか、と。改めて職場を見廻しても、置場の表示は何一つなかったのである。みんな適当に置いてあるだけだった。
『片づける』とか『だらしがない』と叱る前に「どこに置くか」を決めてやらなければ、片づけるほうではどこに片づけたらよいかが分らないのである。だからこそ、置場所をきめることが先決である。
その置場は、仕事に最も便利なところにするのである。そして、どんな置き方をしたら最も仕事に便利かを研究するのだ。奥の方の物を取り出すのに前の方の物を動かしたり、上の物を取り除かなければ下の物が取り出せないとか、崩れやすかったり、傷みやすかったりしないように工夫することである。
置場の表示は、会社として表示板のサイズを二種類か三種類きめて、タテ・ョコに使い分けるとよい。文字は、会社で字のうまい社員に書かせるか、プロに書いてもらうのがよい。
担当は、新人は道具・工具・部品など、古い社員には治具・検測具というようにするのがよいだろう。そして管理監督職は建物保全・危険物管理・安全・防火。戸締りなどということになろうか。
担当者は、毎日終業時に自分の分担箇所を点検し、異状があれば上司に報告するのである。
私が製造部門の管理職をやっていた時に、工具の整理ボードを作ったが、終業時には揃っていたのに、翌朝出勤してみると、あれこれが紛失していて困ったことがある。他の職場の人が持っていって使うのだが、戻しておいてくれないのである。
あまりひどいので、戸棚にして鍵をかってしまったら『一倉は冷たい、自分だけよければいいのか』という逆うらみを受けたことがある。『冗談じゃない、使ってもかまわない。ちゃんと戻しておいてくれないから、仕方なくやったのだ』と正当防衛を主張しなければならなかった。
安全。衛生は、規律。清潔・整頓さえできれば自然に実現するから、特に考えなくともよい。
どう指導するか
まず第一には、社長の決意(いささかオーバーではあるが)こそ大切である。その決意を経営計画書の方針書に明示するのだ。
もしも「日本一にする」というような目標をきめれば、社員の動機づけとして効果は大きい。そのかわり「日本一うるさく」指導しなければならない。スローガン倒れは、会社をダメにするからである。
そして、プロジェクト計画書を作成して推進するのである。必ず分担区域と、それぞれの区域の責任者とメンバーをきめる。これは部門毎に分担するのが普通だろ
最初にやるのは、職場の中から、今使っていないものをすべて取り除くことである。「将来使うかも知れないから」という理由は通してはいけない。
あくまでも現在使っているものに、厳重に限定しなければならない。将来必要になったら、その時に持ちこむのである。この原則を崩すと、中途半端なものになってしまうのである。
取り除いたものは、思いきって捨ててしまうのが最高である。「将来いるかも知れない」といって捨てずにおいても、まずは使うことはないし、その時はもっとよいものが出ているから、新しく買ったほうが得策である。
いらないものを捨ててしまったら、そこで清掃である。天丼・壁・窓・床・機械・什器・工具道具類・車輌運搬具まで、どこもかしこも塵一つなくピカピカに磨き上げるのである。
注脂油を行ない、余分の油は拭きとる。屋根から外壁・門柱・塀・満・スクラップ置場まで徹底するのだ。傷んでいるところは修理し、汚れたり錆びたりしているところは塗り替える。特にトイレは、最も念入りにしなければならないのである。
清潔と並行して、整頓を進めるのは云うまでもない。整頓で工夫を要するのは「棚」である。棚にきちんと置くのが最も効果的である。多くの工場で見られる棚は、奥行きが深すぎ、中段が少なすぎる。押入れのイメージで棚をつくるからだ。これでは、使いにくいだけでなくスペースがムダになる。
棚の基準的な寸法は、奥行き四十センチ、中段の間隔四十センチである。これを二つ合わせると奥行き八十センチになる。
部品箱は、標準品をつくる。縦を四十センチ、横三十センチにすると、 一対確の関係に近くなる。深さは内法で十二センチ程度がよい。二つ重ねると、四十センチの中段でちょうどよい。鉄板製の市販品でもよい。
工具類は、整理板に影絵を描いて品名を書いておくと、工具の名前をワザワザ教えなくともよいc表示は品名置場だけでなく、通路表示・車輌進行方向矢印・速度制限などが必要である。
もう一つ、机の引出しの中の整頓が大切である。使いにくいのが中央引出しである。物を入れても、仕切りがないためにすぐガサガサになってしまう。これは、デスクのメーカーの顧客サービス不良の現れである。私は、L型の仕切板をワザワザつくった。また、引出しの中には、どの引出しに何を入れるかを必ずきめる。
引出しを整理すると、いままで机の上に並べていた書類― ‐私はこれを″居眠り用屏風´と呼んでいる――が引出しの中に納まって、机の上に障害物がなくなってしまう。
そして最後に大切なのが、安全装置・防護施設・火災予防・防火訓練・戸締りである。これは、管理職に特に強調し、全社的な委員会で推進する必要があるのだ。
社長としては、プロジェクト計画書を作らせるだけでなく、環境整備推進運動として、第一次。第二次など期間をきめ、社長自ら中間チェックを行ない、最終日には巡視を行なって採点し、表彰をするとよい。
それだけでなく、毎月定期巡回を絶対に行なうべきである。これこそ、社長の決意の現れである。そして、その良否はボーナス査定の最重要項目とするくらいでなければならないのである。そのくらい環境整備は、事業経営にとって絶対不可欠のものである。それなるが故に、私としても貴重な紙面をさいて細かいことまで書いたのである。
個別チェックこそ本当
社長学シリーズ第二巻「経営計画・資金運用」篇ですでに述べたように、方針書の一項目ごとにプロジェクト計画書がつくられ、必要に応じてそのプロジェクト計画書の活動項目毎に、プロジェクト計画書が必要であることを強調しておいた。
そして、定期的チェックが絶対に必要であることも述べておいた。チェックについての考え方は「経営計画」篇で述べたので、そちらを参照していただくとして、ここでは、チェックのやり方について大切なことを述べてみよう。
M社は石油販売業者で、超優良会社である。M社長の経営計画とプロジェクト計画の定期チェックは、SS (ガソリン・スタンド)マネジャーと、文字通り一対一である。所要時間は二〜三時間にも及び、ミッチリ行なわれるのである。
K社は農薬の問屋で、農薬業界では考えられないくらいの優れた業績を上げているが、セールスマンが出張する時には、販売担当専務が、セールスマンとマンツーマンでスケジュールと訪問先の一つ一つについて、詳しい指導と打合せをするのである。
優秀会社とボロ会社の数々の違いの中でも、チェックの違いは最も大きなものの一つである。
本当のところ、「チェックなくして正しい経営なし」である。これは、優れた会社程優れたチェックを行なっており、ボロ会社は、チェックなど本当の意味でやってはいないのである。
最も悪いのは、チェックするにもチェックのしようがない、つまり、方針も目標もなく、あるのは思いつきの「叱言」だけである。叱言が方針であり指導である、と思いこんでいる社長は数多い。
最も多いのは、 一応目標(らしいというべきかも知れないが)があり一応チェックしている、というものである。何でも「一応」であり、適当である。そして、そのチェックは会議で行なう。
会社全体の「前月実績」が一覧表となって、経理から提出される。この表によるチェックである。十把一からげとまではいかないが、こうしたやり方では効果の程は知れたものである。表面的なチェックしかできないし「断面」的検討になってしまうからである。
断面を検討するだけでは、本当のところは分らないのだ。時系列的な検討によって、「よくなりつつあるのか、それとも悪くなりつつあるのか」という「傾向」を見ることこそ重要なのである。というのは、実績を云々しても始まらないからだ。
本当に大切なのは、「方針が正しいかどうか」のチェックなのである。方針が誤っていれば転換しなければならず、方針が正しければ自信をもって方針を貫けばよいからだ。悪くなりつつあるのならば方針転換であり、よくなりつつあれば方針持続でよいのである。
傾向を見るためには、時系列的な検討でなければならないのであり、そのためには個々の商品、個々の営業所、個々の得意先について、 一つ一つチェックしなければ分らないのだ。
「個別チェック」こそ本当である。この節にあげた二つの優秀会社のチェックこそ、正に個別チェックなのである。
責任者あるいは担当者と、 一対一で商品。営業所・得意先の一つ一つを検討して、方針の適否を判定する。これこそ正しいチェックなのである。
利益計画で会社全体のチェックをするというのは、実は、チェックというよりは確認である。会社全体でどうなっているかをまずうかみ、方針・指導に誤りや不足があるのかないのかを大きく把えるのである。
そして、「さてどうするか」ということを見つけだすには、個別チェックでなければならないのである。
だから、利益計画では全体の確認、販売計画で個々にチェック、ということになるのである。
指令は文書で
『一倉さん、うちでは私の指令が社員に徹底しなくて困っています。社長の僕をピッチャーにたとえると、僕の投げた球が返ってきません。たまに返ってきたと思うと、違う球が返ってくるのです。これでは、いつになってもよい会社になれそうもありません。どうしたらいいのでしょう』と、M社長のボヤキである。社長の指令が徹底しないのは、多くの社長の共通的な悩みである。
その原因は、社長の意図が正しく役員や管理職に伝わらないところにある。社長は自らの指令の殆どを「口頭」によっている。
口頭で指令された事柄を、管理職は耳で聞くだけである。指令されたことをメモにとり、これを復唱する役員や管理職など例外的に存在するだけである。
そして、耳で聞いただけで、正確に社長の意図を頭にきざみこみ、これを実行することなど、大部分の人間にはできないことである。
毎日毎日、次から次へとさまざまなことが耳から入ってくる。自分の仕事に追われながら、それらのことを一つ一つ正確に記憶し、整理し、実行することは、もともと不可能なのである。
だから「重要なことは文書にする」ことにより、正確を期するわけである。公正証書、契約書、借用書等々……。それなのに、なぜ重要な社長の指令が文書によって行なわれないのだろうか。
この理由は「対外的でない」ということ以外には考えられないのだが、不思議なことである。対外的なものを文書にするのは、それがトラブル防止のためであることはいうまでもない。
口頭だけでは、たとえ悪意がなくとも記憶違いや忘れることがあるからだ。
口頭というのは、もともとあやふやなものである。そのあやふやな口頭で、大切な社長の指令が出されるというのはいったいどういうことなのだろうか。
社長自身が、口頭の指令ではそれが的確に実施されないことをイヤという程思い知らされているのに、それを改めないというのは、「社長の指令は的確に行なわれなくともよい」と、社長自身で思っているからだ、と皮肉りたくなるのである。
本当のところ、口頭指令は独り言にしかすぎないことを知ってもらいたいのである。
私は、会社に勤めていた時に、「長」という役職をもらってからは、指令はどんなことでも必ず書いて行なった。それは、文書というような堅苦しいものは少なく、「メモ」が大部分だったのである。
それは「十円収入印紙、百枚」というメモを女子社員に渡して買いにやらせた、というくらい徹底したものだった。これをやらないと、郵便切手を買ってくるかも知れないからである。
このようにしたお蔭で、私の指令は実に的確に行なわれた。「指令メモ」は、私にとっては仕事を進める上で、なくてはならないものだったのである。
だからこそ、私は声を大にして「指令メモ」を書くように社長にお勧めするのである。メモを書くことなど、簡単なものなら数秒で済むし、 一分以上かかることなど滅多にないのである。
つまり、秒単位の時間で、大部分の指令が的確に行なわれるメモを書くことができるのである。それだけではない。これには副産物まであるのだ。それを、Y社長の言によって紹介しよう。
『一倉さんのアドバイスで、指令はすべて文書でやるようになりました。お蔭でいままでとても考えられないくらい私の指令が徹底するようになりました。これだけでも素晴らしいことだと思っていたところ、最近、管理職が私を見習って、部下に指令を出すときにメモで行なうようになりました」と。
社長の行動というものは、このように部下に、そして社内に伝わってゆくものなのである。社長の行動即教育なのである。
私は「社員の行動は社長の鑑である」という考え方をもっている。これは、私がコンサルタントとしてたくさんの会社を見てきて痛感することである。社員というものは、文字通り社長の指導の通り行動するものなのだ。
さきに述べたことの繰返しになるが、「いくら云ってもやらない」といってあきらめてしまうのは、「社長の云うことはやらなくてもよろしい」という指導をしていることになる。つまり、社長の指導通りに部下は行動しているのだ。
社長が口頭で指令を出したところで、これが正確に伝わらないのを知りながら、日頭で指令を出し続けることは、「社長の指令は正確に伝わらなくてもよい」という社長の意思表示なのである。
だからこそ、社員は社長の意思通りに行動し、社長の指令を軽く扱って、覚えていたり忘れたり、やったりやらなかったり、そこは適当に処理してしまうのである。
だから、社長が自らの指令を的確に行なわせるためには、指令は絶対になうことをやらなければならないのである。
そして、この指令は秘書にメモをさせ、必ずチェックをするようにする。自らの意思を的確に実施させるための社長の行動なのである。
云わせてはならないこと
俺は知らない
D社長いわく『私は、管理職に対して「社長から聞いていないから、俺は知らない」とは云ってくれるな。社長は忙しいのだ。誰かに命じたことを、その都度全管理者に対して「誰にこういう命令を出しているから、協力してやってくれ」と云っているひまはない。そんなことをしていたら社長の仕事ができなくなる。
だから、「社長からこういう仕事を命ぜられているから協力してくれ」と頼まれた時には協力してやってくれ。それを、社長から聞いていないことを理由に協力をしなかったら、会社の仕事は何も進まなくなる。ここのところをよくわきまえてお互いに協力してくれ、と折りにふれ繰返し管理者に云っております。お蔭様で、近頃は「俺は知らない」と云って協力をしない管理職がいなくなりました』と。
A社の専務は『社長が何を管理者に命じようと勝手だ。しかし、俺は知らない』と広言してはばからなかった。人間というものは、それが何であろうと、自分が直接上司から話をされないと「無視された」という気持が起り、A社の専務のような態度をとりがちなのである。D社長は、ここのところを心得ていて、それを予め防いだのである。なかなか賢いやり方である。
それは不可能だ
R社を見学した時のことである。工場のいたるところに「本年度の日標・工数三割節減・製造部長」という貼紙があった。見学を終ってから、製造部長に、この目標について質問した。製造部長の返答は次のようなものだった。
『工数三割節減、べつに科学的な根拠はない。今年中にどうしても工数を三割節減しなければ、我社は激しい競争に打ち勝って生き残ることはできない、と製造部長としての私が判断したからだ。それ以外に何もない。そして、課長たちには、各自どのようにしたらこの目標を達成できるかを考えさせ、計画書を提出させた。私の役目は、この計画をチェックすることだ。とはいっても、これは容易なことではない。工数節減は今年はじめて行なうのではない。会社創立以来、十年間毎年行なっているのだ。そのうえさらに三割節減せよというのである。 一通りや二通りの努力でできることではない。だから各課長は「あれはできない、これもダメです。その理由はコレコレです」と云ってくる。
私は絶対にこれに耳をかさない。 一つ一つ理由を聞けば、もっともな理由があることは分りきっている。もっともな理由を聞けば、私も人間だ「できないことは仕方がない」と云いたくなる。また、そうすれば「話の分る部長だ」と云われることも知っている。
しかし、私が話の分る部長になってしまったら会社はどうなるのだ。私は鬼製造部長になるより外に道がないのだ。そして、あくまでも部下に目標達成を要求しなければならないのだ』と。
私は、深い感銘を受けて辞去した。この製造部長は大きな成果をあげて、若くして役員に抜擢され、R社長の懐刀といわれるようになったのである。
S社は陸運会社である。S社のF営業所は赤字続きだった。そこへ新たにT氏が営業所長として赴任した。T氏の赤字脱出計画のうちに、借りている倉庫九百坪を六百坪として、三百坪分の家賃を浮かせる、という対策があった。これに対して、社員は『とてもできません』と云ってくる。この時、T氏は『何としてもやりとげるのだ。柱を切り取ってでも、壁にカンナをかけてでもやれ』という、鬼の要求をし続けたのである。そして、見事にやってのけたのである。
「成せば成る、成さねばならぬ何事も成らぬは人の成さぬなりけり」という歌は、今も立派に生きているのである。社員というものは、何か命ぜられると、二言目には『できません』と云う人種である。
これに負けたら、企業間競争に負けるのだ。あくまでも要求し続けなければならないのである。
この時に、気をつけなければならないのは『できません』と云われた時に『そんなことはない、できる筈だ』と云ってはならないということである。できるかできないかは主観の問題であって、勝負は絶対につかないのだ。
社員は「できない」と思っているのに『できる筈だ』と云っても始まらないのである。社員が『できない』と云うのは、実は責任逃れの伏線なのである。つまり、社長に命ぜられたことがもしもできなかった時に『だから、あの時できないと申しあげた筈です』と云うためである。
だから、初めての時には『できるかできないか、やってみなければ分らないではないか』という説得が肝要である。もしも、以前に試みてできなかったことをやらせる時には『もう一度新しい工夫をしてみよ』と云ってやらせるのである。
もう一つ、社員が社長の指令をはねつける伝家の宝刀がある。それは『ムリですよ』という言葉である。これに対して『ムリではない』と云うのは、明らかに社長の負けである。
ムリかムリでないかは完全な水かけ論であって、決着は絶対につかないからである。
社員が伝家の宝刀を引き抜いて身構えているのだから、まずこの宝刀を叩き落さなければならない。これは意外と簡単である。『そうだ、社長もムリと思う』と云えばよい。社員の主張を社長が認めてしまえば、社員はもう何も云うことがなくなるのだ。宝刀を叩き落したら、こちらから切りこむのである。『社長もムリを承知で頼むのだ。やってくれ』と。
これで完全に社長の勝ちである。社長にムリを承知で頼まれたら、もう何も云わずにやってみる外はないのだ。
社員が『ムリですよ』と云うのは、これまた、できなかった時の予防線なのである。それを『ムリではない』と云えば、これは『できて当り前、できなければボンクラだ』と云っているのに等しいのである。これでは、社員はたまったものではない。『ムリだ』という主張を変える筈がないのだ。
『ムリだ』と社長が認める時には、できなくて当り前、できたら手柄になるのである。
ここのところのク理屈クというよりはク心理クというものを知っていることが大切なのである。
それを、観念論者は「ムリを云ってはいけない」と教える。ムリかムリでないかは、誰がどうやって判定するのだ。低能の発想以外の何物でもないのである。
『僕が社員に要求することは、我ながらムリばかり云っていると感じる。しかし、ムリを云わなければならないのが社長の立場だ。ムリを云わずにいたら会社はつぶれてしまう』と。これは、超優良会社I社長の言である。厳しい現実は、過去においてはできなかったこと、ムリなことをやってのけなければ存続はできないのだ。
ムリを社員に要求するということは、社長の威厳を示すものでもなければ、社員を苦しめるためのものでもない。それは、会社を存続させるためであり、これがひいては社員の生活を守るためのものなのである。
会議は最小限に
第一話
A社の工程会議は、毎朝きまって行なわれていた。専務が中心となって『今日は何が間に合わぬか』と組立係長に聞く。『何と何が足りません』という返事を聞いた専務は、それぞれの推進責任者に『いつ入荷するのか』と聞く。『何時に入ります』とか『生地がありません』とかいうことになる。
生地が間に合わぬ時には、プレス課長に『いつ生地が上がるか』と聞く。その間に営業課長から『納期遅れで困っている』とか『これは絶対に納期を守ってくれ』とかいう要望が入る。
またしても専務は『何が足りないか、いつ入るか』という問いである。こんな会議指導なら子供でもできる。それを毎日一時間もかけて行なっていたのである。これでは問題は永久に解決しないということが、専務には全く分っていなかったのである。
これを解決する道は、「生産計画」をたてて、これにもとづく活動を行なうことであるが、これを進言した私に対しては『それができれば苦労はない。いままでさんざんやってみたができないのだ』と、取り上げようとはしなかったのである。
A社では、毎月下旬に営業部門からプレス部門に対して、機種毎に『いくつ』という要求を出すだけで『いつまでに』という要求はしないのである。
これをやってもプレス部門で反発してしまうのである。その理由は、「見込生産だから、プレス部門で最も能率的に生地を生産することが売上げを最大にすることになる」というものだった。
こうして、プレス部門の責任者が、自らの部門の都合によって作っていたのである。全く顧客無視の原始的管理だったのである。そして、そのやり方が、さんざん試みた結果のやり方だったのである。
「納期」など、日で云うだけで全く考えず、ただひたすら生産能率を上げることだけを考えたやり方で、組立てと営業がそのシワよせを全部受けていたのである。
それならそれで、生産能率を最大にする計画を立てて推進すべきなのに、それは全くやらず、毎日の遅れのみに関心を向けるだけだったのである。
生産管理というものは、そうそう絵に描いたようにうまくいくものではない。しかし、それを回実にして生産管理の努力を怠るのは間違いである。何とか工夫をして、少しでも納期遅れをなくすことが会社のつとめである。
その解決策で効果的なのは、「在庫を増やす」ことである。しかし、これを行なう会社は非常に少ない。在庫増加を極端にきらうという妙な習性をもっているからである。では「一カ月分まるまる在庫が増えた時に、いくらのコスト増か」ということになると、計算はしていないのである。
殆どの場合に、在庫増によるコスト増よりも、在庫増による売上増大から得られる収益のほうが大きいのである。
もう一つは、外注増加である。しかし、これも外注費増加だけを見て、これをやろうとしない。殆どの会社で「間に合わない部分」だけを渋々外注するという程度である。外注費増加を上廻る収益増加を期待できるのに、その点の検討をやらないのである。
以上の二点を行なっただけで、納期遅れは大きく減少し、収益は増大するとともに、会議の必要性も大幅に減るのである。
第二話
N社の企画会議は、全社的に課長以上で行なわれる。主要業務の一つである催事企画だからである。
まず、それぞれの課長から意見が出される。それに対して、部長連中が集中的に批判を浴びせて、完膚なきまでにやっつけてしまう。それも、批判をするだけで自らの建設的な意見は何も述べないのである。つるし上げ以外の何物でもないのだ。
だから、この会議からは実りある結果が生れた試しはなく、斬新な企画など望むべくもなかった。そして、マンネリ化した企画だけを繰り返していたのである。
課長達は、部長連中の批判をかわすために神経を使い『もしも、こういう見解が正しいとするならば……』とか『……というのも一つの行き方かも知れない』というような、奥歯に物のはさまったような云い方しかしないのである。
もしも『私はこう思う』というようなことを云うと、『独断である』ときめつけられて、減点が最高になるからである。この会議の実態は、部長連中が自らの権威を集団で維持するために行なわれていたものである。
第二話
S社の週一回の部長会議は、社長の完全な独演会であった。
午後の六時頃から始まるのであるが、社長は、部長の一人一人を名指しで吊し上げてゆく。これに対して、誰一人として一言も発言しない。発言したら最後「大落雷」にあうからである。
それは延々四時間にも及び、十時頃からやっと議題に入る。これも完全な独演で社長が自分の考えを述べるだけで、誰も意見を云わないし社長も意見を求めなかった。社長の発言が、そのまま決定なのであった。
会議が終るのは、早くても十一時過ぎであった。相乗りで帰る自動車の中でも、誰一人として今日の会議には触れずに、別の話で五時間以上もの辛抱のストレスをほぐすのであった。
というのは、この会議は、会社がうまくいかない社長自身の、イライラと不安の発散の場であることを全員が知っていたからである。
そして、誰一人として真剣に社長を補佐しようとはしなかった。この会社の末路は、破綻だったのである。
第四話
M社の営業会議では、いつも製造原価でもめるのであった。『製造原価は、なぜそんなに毎日変るのか。そんなに変っては、営業としていくらで売っていいか分らぬではないか』というのが、営業部門の云い分であった。
それに対して、経理部門からの説明があり、それに関するやりとりの末に『そんなに原価が高くては、売価が高くなって売れるものではない』というのが営業部門の主張である。
この原価論争は、営業部門が売上不振の責任追及を逃れる手段として使われていたのである。
この論争は、ダイレクト・コスティングとチャージ計算(拙著社長学シリーズ第五巻「増収増益戦略」篇を参照されたし)によって、幕を閉じてしまったのである。
M社のみならず、営業会議なるものがいかに間違っているかということは、拙著同シリーズの「販売戦略・市場戦略」篇でも触れておいたので、そちらを参照していただきたい。
さまざまな会議の実態は、右のようなものが多く、有効な会議もないわけではないが、数少ないものである。その有効な会議でさえ、必ずしも会議によらなくてもよいものが、かなりあるのだ。
多くの会社で、ムダな会議が数多い。「会議会議で半年暮す、あとの半年寝て暮す」 式の会社さえ多く、人々は会議に閉口している。
そして、そのムダを知りながら「会議無用論」があまり起らない。せいぜい「回数を減らせ」くらいが関の山、会議は公然と「認知」され、多くの文献でも「上手な会議のやり方」というような、愚にもつかない論議ばかりである。
まさに「経営七不思議」の一つである。これには、何か理由がなければならない。
その理由は立派にある。そして、その理由は、明らかにされることはない。
会議を開く理由は「「安心感」を求めて」である。「会議の目的は、安心感を求めることである」とは云えない。だから、誰も口をつぐんでいるのである。
「みんなで相談したから」「意見を出し合ったのだから」「会議で方針を説明したから」ということで安心し、「責任を分ち合う」ような気がして安心し、「言訳をした」ことによって安心する。
そして、もう一つ「上司の威厳を示した」ことによる安心である。
われわれは、こんな下らぬ会議は否定し、何物にもかえ難い時間を節約しなければならないのだ。時間こそ、 一度ロスしたら絶対に取り返すことのできない資源だからである。
会議を否定するといっても、すべての会議を否定するのではない。真に必要な会議は別である。下らない会議を否定せよ、というのである。
必要な会議の主なものは「情報」会議である。情報の伝達と交換である。この二つは会議という形をとったほうがよい。
情報伝達は、決定の伝達が大部分で、それ以外のものは少ない。そして、形式的には会議でも、その本質は決定の伝達であることは、決して少なくないのである。
情報交換は、外部情勢に関するものと技術情報がその主なものである。特に、営業会議は「情報会議」としたほうがよい――これは「販売戦略」篇ですでに述べておいた。
外部情報が多くなればなる程、結論は自然に出る確率が高くなる。それだけ会議の必要性は減るのだ。この外部情報が、多くの会社で、あきれかえるくらい僅かしかないのだ。
殆ど無に等しいような外部情報では、外部のことなど分る筈がない。そして、外部が分らずに会議をしても、それは「ひとりよがり」か「トンチンカン」なものにしかすぎない。このような、無意味というよりは有害な会議が、どこの会社でも恐ろしく多いのである。
会議に費やす時間があったら、その分、外に出て情報を収集すべきである。その外部情報で最も大切なのは、明らかに社長自身が外に出て手に入れた情報である。会議で大切なことは、内容を別にして、開会と閉会の時刻を厳守することである。
そして、時間は二時間を限度とすべきである。長時間のダラダラ会議は、会議の効果を低めるからである。
開会時刻を守るには、「罰金」が最も効果的である。人間というものは「罰」を受けるということを非常に不名誉なことと思うからである。
閉会時刻を守るには、タイムリミットの十五分前にブザーを鳴らし、閉会時刻がきたら、たとえ中途半端でも断乎として会議を閉じることである。こうすると、会議の要領がよくなってゆく。
情報会議以外の会議の必要性はあまりない、と思ったほうがよい。そして、会議よりも有効な手段があると考えたほうがよい。
そしてその方法を研究すべきである。
一多くの会社で、会議会議と、夜も日も明けない原因は、一つは外部情勢が不明な点であり、もう一つは、ともすればバラバラになり易い社内を、一つにまとめる必要性からである。
外部情報についてはすでに述べたから、次に、会議によらずに社内をまとめる方法を述べよう。
まず、根本的なものとして「経営計画書」がなければならない、ということである。
経営計画書に盛られた「方針」と「目標」が、どのくらい人々の考え方と行動に大きな影響を与えるかということは、知らない人には理解できない。
これだけで、会議の必要性は大幅に減ってしまう。社長は、あらゆる機会に、経営計画書に盛られた方針と目標を繰返し強調し、浸透させるのだ。これによって、社内は一つにまとまるのである。
次に、方針と目標を実現するための「プロジェクト計画書」である。プロジエクト計画書が、いかに効果的であるかということは、すでに社長学シリーズ「経営計画・資金運用」篇でふれた通りである。
次に、「チェック」である。このチェックは、会議など開いてやってもダメである。 「必ず個別チェックでなければならない」ということは、本章で触れている。
この個別チェックは、経営計画やプロジェクト計画だけでなく、生産管理。工程管理・品質管理・クレーム処理などのチェックにもあてはまる。
そして、そのほうが会議など開いて行なうよりは、はるかに徹底するだけでなく、時間の節約になるのである。というのは、それらのチェックといえども、会議の場合には、何か一つの事をチェックしている時には、それに直接関係ない部門や担当者は「待たされている」のと同じだからである。
「他人のことでも聞いていれば勉強になる」と思うのは、甘ちゃんである。会議では、自分に直接関係ないことを本気で聞いている社員など少ないのである。
さらに、社長がその都度だす指令は、「社長は秘書を持て」(―ニニ頁) のところで説明したようにこれまた個別チェックである。
右に述べたことは、私がこの「社長学シリーズ」の中で、すでに述べてきたことの繰返しでしかない。そしてこれをやれば会議の必要性など殆どなくなってしまうのである。
この主張の裏付けとして、超優良会社M社の社長の言を紹介しよう。『うちは、営業会議は年一回しか開きません』と。
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