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五、新組織論

伝統的な組織論は、企業体というものを全く認識せず、ただ内部のみを管理するという理論である。企業の内部がどうあろうと、それとは関係なく外部の事情は変ってゆく。お客様の要求は変り、競合他社からの圧力は高まってゆく。

それらの変化に対応を誤れば、企業をピンチに追いこむ危険が大きい。伝統的な組織論は、まさにこの危険をはらんでいるのだ。

急激に変貌してゆく現代の産業社会には、もはや役に立たないどころか大きな危険をはらんでいる組織論は、捨て去られなければならないのだ。われわれは、外部の激しい変化に対応して生き残るための新しい組織論を必要としているのだ。

目次

よい組織とは

よい組織を定義づけてみると、それは、優れた業績をあげられる組織、という以外にはない。そして、優れた業績をあげられる組織の実態は二つしかない。

  • 優れた顧客サービスができる組織
  • 競合他社と戦って勝てる組織

である。

S社は、社員四百名の加工業である。S社長の悩みは生産部長の無能であった。社長の方針や指令は生産部長のところでストップしてしまい、思うような生産が上がらなかった。生産課長達からは、戸惑いや部長に対する不満などの直訴が絶えない、という状態だったのである。

S社長はさんざん悩んだ末に、その無能部長を、企画室を作ってその室長に棚上げをし、自ら生産課長を直轄する、と決心し、その可否を私に質問してきた。それも、一年間という期限付きである。私は全面的に賛成した。『社長、自分の信ずることをやって下さい』と激励したのである。

私の賛成に力を得た社長は、生産部を直轄下においた。効果はたちまち現われ、納期遅れでお得意先に迷惑をかけていた事態は解消したのである。

ところが、外野から雑音が入りだした。親工場から、税理士から、顧間の学者からである。いわく、『こうした、アミーバ組織はいけない。多人数の生産部門を社長が見ていたら、社長の仕事ができなくなる。組織には原則があるのだから、この原則を守らなければならない』と。

組織論にうとい社長は迷いだした。「経験豊かな人達が口を揃えていうからには、僕が間違っているのだろうか」と。

迷った末に、ついに元の組織に戻すことになり、無能と知りつつせっかく棚上げした部長を、再び生産部長に任命した。その間、たった四カ月であった。そして、無能な生産部長のもとで生産は再び落ちだしたのである。後になってこのことを聞いた私は怒った。そして社長を叱らざるを得なかった。

社長は何というバカなことをしたのだ。いくら外野がうるさかろうと、そんなものに耳を傾ける必要は全くない。新組織で業績が上がったということは、それがあなたの会社にとってはよい組織だという実証である。

それを、無責任な外野の声をきいてこれに従い、上がりかけた生産― ひいては業績― を落してしまうとは何事か。社長は会社の業績と組織論とどちらが大切なのか。

それにもう一つ云いたいことがある。組織を変える時に私に相談をかけながら、元に戻す時に私に相談をかけないとは何事か。私に相談をかけてくれたなら、元に戻すことには反対したのだ』と。

組織論者は「企業目的達成」が組織の目的だと口ではいうが、実際にはそんなことは全く考えようとしない。いや、考えたくも企業そのものを知らないのだから考えようがないのである。

だから、ひたすら形を追い、スタティック(静態的)な指令系統統一論や責任権限論にのめりこみ、企業の実態とは全くかけ離れた観念論となり、これが企業に導入された時に、さまざまな害毒を流すことになってしまうのである。

企業は生きものであり、一つ一つの会社の事情は全部違うのだ。画一的な組織論で律しきれるものではない。私の後輩が、『これが正しい組織だ、というものがあるのなら、それを法律できめればよい。そうすれば、つぶれる会社はなくなる』といっていたが、まさに至言である。

組織の形など、どうでもいいのだ。要は、優れた業績をあげられるかどうか、である。

A社は機械類の商社であり、私がお伺いした時には百名余りの陣容で急成長中であり、業績は群を抜いていた。

その組織は、社長の下に直接部長、課長、係長などの管理職がぶら下がり、それらの各々に第一線の平社員が配置されていた。つまり、部長の下には課長も係長もおらずに平社員が直につながり、課長の上には部長がおらず、下には係長も主任もいないで、直接平社員というわけである。

部長とか課長とかで、どこか違う職分でもあるのかと思って聞いてみると、勤続年数の違いだけだというのである。

したがって、組織的にみれば、社長―管理職―平社員、ということになる。社長と平社員の間に一つの階層しかないという、組織論者からいわせれば「アミーバ的」である。

これは素晴らしい組織である。その理由は素晴しい業績をあげているからだ。そして、その業績が続く限り、この組織を変更する必要は全くないのである。組織に定型はない。このことを社長はまず認識していただきたい。

ここで間違ってはいけないことは、定型はなくとも原理はある、ということである。われわれが知らなくてはならないのは、「正しい組織原理」である。これについて考えてみよう。

正しい組織原理

この原理は、観念論者の頭の中から生れたものではなくて、数々の実戦の経験から生れたものである。

それは、深く人間性に根ざし、成功と失敗の教訓を十分に取り入れたものでなくてはならないのだ。われわれは、まず、この組織原理を知った上で、我社の体質に合った組織をつくり、これを運営してゆかなければならないのである。

その組織原理の根幹をなすものは、企業組織の特性― 変化に対応する― をふまえたものでなくてはならない。

それは、企業の二面性― 一つは「お客様の要求を満たす」という企業本来の任務を果すための「サービス集団」であり、もう一つは競合他社と戦って勝たなくてはならないという、生き残るための要請にもとづく「戦闘集団」という二つの面である。

サービス集団としての基本認識は、「会社はお客様のためにある」ということであり、会社の中のすべての考え方と行動は、お客様の要求を満たすことに始まり、ここに帰ってくるということである。

お客様の要求を満たすことは、面倒臭く、能率が悪く、経費がかかるものである。このことを肝に銘じ、ただただお客様にサービスをしなければならないのだ。それが企業人のつとめなのである。

しかも、お客様の要求は、決して我社の都合は考えてはくれない。あくまでもお客様自身の都合なのである。たくさんのお客様が、それぞれ自分の都合だけからの要求を我社にぶつけてくるのだ。

それらは、我社の実情に合わないのは当り前どころか、それらの要求を満たすために、ではなく、満たさなくてはならない我社には混乱がまき起るのである。

お客様の要求を満たすための混乱は、避けられないのだ。

ところが、伝統的な組織論は、これとは全く反対に、組織内の混乱を避けて円滑に業務を処理することをもって、基本的な理念としている。

そのために、どのくらいお客様の要求が無視され、お客様の信頼を失い、知らぬ間に業績を落しているか計り知れないのだ。

「社長たるもの、お客様の要求を満たすために、自ら先頭に立って社内に混乱をまき起せ」というのが私の主張なのである。これ以外に生きる道はないからだ。

会社の真の支配者はお客様であり、お客様の命令は絶対である。この絶対君主の要求を満たすこと以外に、会社の中には何もないのである。会社の中にある自由というのは、お客様の自由のみである。我社の自由も、社員の自由も全くないのである。

「社員の自由意思を尊重する」というマネジメントの理論は、会社を全く知らぬものの誤った理論であり、会社をつぶす危険思想なのである。

次に、戦闘集団としての基本認識は、いうまでもなく「敵に勝つ」ということである。敵を知り、己を知って百戦危うからぎるような体制と行動を必要とする。

我社のすべて――商品力・販売力・供給力は、敵との比較で評価されなければならない。革新力も変化への対応力も、敵に上廻らなければならない。我社の過去の実績を、対前年比というような物差しで計るのは全く誤りで、競合他社との伸び率の比較でなければならないのである。

右のようなことも、すべてにおいて敵に勝るというわけにはいかない。しからば何が敵に劣るかを知り、その弱点をカバーして敵に勝つ作戦を練り、果敢な行動によってこれを実現しなければならないのだ。

それは、我社の総力をあげての「戦い」であり、生死をかけた戦闘なのである。戦いである限り、総大将の総指揮のもとに、 一糸乱れぬ行動をとらなければならない。

総大将の意に反する、いかなる行動も許されないのである。限りある戦力で勝つためには、重要戦略に集中的な戦力投入もやむを得ない。

当然手薄なところもでれば犠牲を強いられることもある。各部隊長の顔を全部立てることなどできないのである。その上、各部隊の緊密な連繋が絶対的に必要であり、機を見てふられる総大将の采配には、敏速に応じなければならないのである。これが戦いというものである。

伝統的なマネジメント論には、こんな考えは薬にしたくともない。あるのは、平和な春の野のピクニックの理論だけである。

ピクニックの理論だから、好き勝手なことをいくら云ってもやっても構わない。やれ自由意思だ、能力に合った仕事だ、(人間の能力など計ることができないことを考えてもみない、ノータリン人種の寝言に過ぎない)上から押しつけてはいけない……などなど、際限もなくでてくる。では、これを地でいったらどうなるだろうか。

0社は自動車の販売会社だった。社長は厳しく、毎日毎日早朝自宅を出る。そして営業所廻りである。営業所長が出勤すると、所長の椅子に社長が座っているのであった。当然のこととして業績は急進した。

この社長が栄転した後に来た社長は、部下の自由意思に任せたのである。社内の規律は次第にゆるみ、ついには営業部長がウイークデーにゴルフをやるようになってしまった。

その結果として赤字転落してしまったのである。0社の社員は何れも一流大学出の人材だったのにである。

観念論者の主張とは違い、これらの人材は、自由な雰囲気の中で意欲を燃やして自らの職務に取り組まなかったのである。人間とはこうしたものなのである。そして、社員の人気は厳しい前社長が圧倒的だったのである。

企業戦争に観念論はいっさい通用しないのである。どんなに難しかろうと、どんなに苦しかろうと、逃げるわけにも、やらないで済ませるわけにもいかないのである。自由意思など、もともと存在する余地などないのである。

「楽しい職場」などという言葉は、どこのバカが云いだしたか知らないが、戦いの場に「楽しい戦い」などある筈がない。

戦いというものは、総大将の統率と指揮のもとに戦線を展開し、戦闘を行なうものである。個人の考えによる自由行動などあるわけがない。そんなことをしたら戦いは負けである。

企業組織が戦闘集団である限り、個人の自由はないのだ。 一貫した作戦のもと、与えられた部署での豪勇ぶりを発揮するだけである、ということを肝に銘じておかなくてはならないのだ。

組織の長である社長は、右の二面性をふまえた上で組織を指導し、運営してゆかなければならない。

これは、云うは易くて行なうのは容易なことではない。というのは、組織には、いったん生れると「組織それ自体の存続」が最も重要な課題となってしまい、他の要請が無視されてしまう、という厄介な性格があるからだ。

しかも組織が大きくなるにつれて、大きさの二乗に比例して「組織第一」が強くなってゆくからである。この力に押されて、会社の業績を大きく損なう危険があるのだ。

社長たるもの、この力に負けずに正しい組織をつくりあげ、つくりかえてゆかなければならないのである。

その正しい組織とはどのようなものなのか、サービス集団であると同時に戦闘集団である企業組織のあり方はどんなものだろうか。以下、これについて述べてみたいと思う。

社長の意図が正しく伝えられ、実行に移されなければならない

組織というものは、縦には階層があり、横には専門的な機能と役割を持った部門に分化されている。

階層の違いによって仕事の次元が大きく違う。トップは「事業の経営」が仕事であり、管理職の役割は「日常業務の管理」である。そして一般社員の仕事は「決められた仕事の実施」である。それらの間には、考え方と行動に大きな断層がある。横に分化された部門間には、それぞれ特有の考え方のパターンがあり、立場の違い――たとえば製造部門と営業部門の間― には反発が起ることは珍しくない。

上下も左右もそのような有様だから、放っておくと人々の考えがバラバラになって、それぞれ勝手な方向に走り易い。

組織というものは、本来こうしたものなのだ。それを一つにまとめてゆかなければならないのである。ここに、社長の強力なリーダーシップが必要になってくる。

このリーダーシップこそ、社長の経営理念を実現するための方針なのである。社長は、自ら信ずるところに従い、自らの考えを打ちださなくてはならない。そして、これを経営計画書に明文化しなければならないのだ。

経営計画書こそ必要不可欠なリーダーシップの絶対的条件である。リーダーシップの第一要件は、リーダーが、「自らの意図を明らかにする」ことだからである。

これをやらずに何のリーダーシップか、と云わなければならない。組織の成員が社長の意図が分らずに動けたものではないのである。

これは、私自身の会社勤めの中で、イヤという程思い知らされたことである。私が若い時に勤めていたF社が、親会社から縁を切られて存亡の危機に立った時に、社長は「どうするか」について、ついに私達社員に何も示さなかったのである。あの時程困ったことはない。全く動きようがないからである。そしてF社はつぶれたのである。

社長が自らの意図を示さないために社員が困るのは、何も危急存亡の時だけではない。むしろ平常時のほうが、ある意味ではなお始末に悪い。長期間にわたるからである。

社長の正しい方針こそ事業経営の根幹であり、組織を正しく管理し、正しく運営するためには無くてはならないものなのである。組織の命題は、「社長の方針をいかに実現するか」ということに尽きるのである。

社長の方針によって会社の運命が決まるのである。会社の全責任は社長にあり、社員にはないのだ。だから、会社の中の責任のあり方として正しいのは、会社の利益責任は社長ただ一人が負うのであって、社員に利益責任はない。社員に責任を負わせる″事業部制クなどはとんでもない誤りなのである。(その実証は後述する)。

社員の責任は、

社長の方針を忠実に実施すること、なのだ。つまリ「実施責任」である。

社長は「利益責任」を負い、社員は「実施責任」を負う。これが正しい責任論である。

社員が、自ら会社の業績に責任を感じ、利益責任を感ずるのは立派なことであって、こういう社員は会社にとって本当に有難い社員である。

しかし、これは社員個人のことであって、社長が要求することは間違いである。ましてや、「組織論で云々する事柄ではないのだ。

社員が自ら会社の利益に責任を感じてくれるのは結構であるが、一歩間違うと前述の「社員はお客様に対して責任を持たない人種と知れ」にあるようなことになるから、なまじ利益に対する責任感など持ってもらうより、方針を忠実に実行してもらうほうがよい、というのも優れた社長の本音であることを、私はしばしば見せられるのである。

話を元に戻そう。会社の業績が上がらないのは、あくまでも社長一人の責任であって、社員には全だから、社員が責任を追及されるのは、方針を忠実に実行しなかった場合である。方針を忠実に実行しても業績が上がらないのは、方針が悪いのであって、社員には責任がないのである。

I社長いわく、『先生の思想に共鳴して、利益責任は社長唯一人だと打ちだしたが、こんなに苦しいものだとは思わなかった。しかしお蔭様で業績は順調です』と。I社長は、この思想にもとづいて、セールスマンの、夕売上げノルマクを外してしまい、ク訪問ノルマクを課したのである。

営業会議で、社員がウッカリ売上げのことを口にすると、『数字のことは社長が考える。君達は訪間とお客様サービスを考えよ』と叱りつける。

「売上げノルマ」を外されて「訪問ノルマ」を課せられたI社のセールスマンは、『売上げノルマがあった時のほうが、よっぽど楽だった。ノルマを達成すればあとはノンビリできた。

達成できなかった時には社長にチョッピリ叱られればそれで済んだ。ところが今は、売上げが上がろうと上がるまいと全く手が抜けない。

今月はこれでよい、というところがないのだから』とボヤイているのである。社長は「利益」で苦しみ、社員は「実施」で苦しむ。これがI社の姿である。そしてI社は素晴らしい高業績なのである。

ところで、方針を誤りなく実現してゆくための組織として、基本的な要件が二つある。

その第一は「階層は少なく」であり、第二には「無能な管理者を外す」ということである。

第一の「階層は少なく」は「組織に定型はない」 (一八四頁)のところでA社の実例を紹介したが、非常に重要なことなので、ここに改めて取り上げることとする。

世の組織論者は階層を整備することに極めて熱心である。それは、お役所や軍隊などの大組織をお手本にしていることの外に、中味のない組織論にハクをつけるためではないかと勘ぐりたくなるのである。

そしてそれは、組織図をカッコよくしてくれる。このカッコよさは社長も気に入るらしい。立派な会社に見えるからだ。

だから、五十名にも満たない会社で、部長―課長―係長と、管理層が三つもある会社を私は見ている。三階層くらいの会社はけっして珍しくないのだ。百名の会社で、社長―副社長―事業部長―部長―課長―係長、というのにぶつかったことがある。

わが国の会社の「階層病」は膏盲に入っているのだ。

階層が多くなると、社長の意図が想像以上に下に伝わりにくくなる。その度合は「階層の二乗に逆比例する」のである。

管理層が一つの場合を「一」とすると、二階層になると「四分の一」になり、三階層になると「九分の一」になってしまうのである。これに対しては説明の要はない。社長自身が日頃痛感していることだからである。

D社は百五十名の商事会社だが、社長―課長―一般般社員、という階層であった。D社長いわく、『管理層を三階層にすると、私の方針が、一般社員に徹底しなくなる』と。

G社はメーカーであり、私がお伺いした時には三百五十名だった。0社は販売会社で、私がお伺いした時には二百九十名だった。

どちらの会社も、かつては部長がいて管理層は三階層だったが、私のセミナーを聞いて部長を廃止して課長だけにしたという社長の説明であり、両社の社長は全く同じ感想を述べてくれた。

それは、『管理層を課長だけと一階層にしてからは、上下の風通しがどちらからも非常によくなって、仕事の流れが見違えるようによくなりました。そのために、課長も社員も喜んでいます』と。

階層を減らすメリットは、これを体験したものでなくては分らないものらしい。たくさんの会社の社長が、形式にとらわれて多階層組織をつくり、自らを苦しめているのである。

思いきって階層を減らすことに踏みきってほしいものである。

階層を少なくするのはよいが、今度は、社長が直接指導しなければならない管理職が多くなってしまうではないか、という疑間がわくかも知れない。

こういう疑間は、社長が、日常業務の管理に関心の焦点を合わせている証拠である。

社長の仕事は、日常業務の管理ではなくて「事業の経営」である。お客様と競合相手に対してどうするか、という「決定」こそ会社の運命を決めてしまうものである。

決定後は、これを指令する、あとはチェックだけである。それ程時間を喰うものでもない。だいいち、階層を多くして指令する人を減らしたところで、指令自体が減るわけでも、チェックの回数が減るわけでもないのだ。

階層を減らせば指令はより的確に伝わり、チェックも的確にできるのだ。そのメリットは大きいのである。実際のところ、社長が管理職を十五人や二十人直接指揮できないことなどあり得ない。

社長の広範な仕事や、次々に出す指令の数こそ問題なのであって、直接指揮の管理職が五人だろうと二十人だろうと、そんなことは全然問題にはならないのである。

第二は、「無能な管理職を外す」ということである。

Z社の社長が、緊急に相談したいということで、会って話を聞いてみると、『十年ほど前にスカウトした技術部長が無能で、新商品の開発に大きな支障を来している。

それだけではない、有能な部下がいや気をさしてやめてゆく。下ろしたいのだが、私がスカウトしたので下ろしにくく困っている』ということであった。

私は、『無能な管理職は、社長の方針実現の大きな壁になっているだけではなくて、部下が腐ってしまって、やる気をなくすどころか、やめてしまう(その通りだと社長は云った)。

早く下ろさなければダメだ。無情のようでも会社の将来にはかえられない。何か名前だけの役職でもつくって棚上げすべきだ。

苦しいだろうが、社長の決定というものは、それが重要であればある程、苦しいものである』と勧めた。私の言に力を得て、この部長を外した。とたんに技術部が生き返った。

当分の間、社長の直属としたこともよかったのかも知れない。間もなく、十年来の収益力のある新商品が生れたのである。

N社長の悩みは製造部長の無能にあった。年齢は五十歳を過ぎ、管理能力は最低だった。ムリもない、年功序列に従って任命された「職人」なのである。

私は、製造部長を勇退させて、若い人材を任命することを勧めた。N社長は『若い人材がいれば苦労はしない』と云うのである。

私は、『やらせてみなくては人材かどうか分らないではないか。いまの製造部長では、これ以上のことは期待できないことは分りきっているのだから、事態の打開は新人にかけるより外にはない』と強引にすすめた。

N社長はやっとのことで、それも不安のうちに製造部長を交替させた。結果は上々だったのである。終身雇傭の日本では、年功序列によるエスカレーター人事が最も一般的である。

これが無能な管理職を生む原因と分っていても、現実にはなかなかうまくいかないのである。会社が生れたばかりで、まだ組織とよべるものさえ定かではない時に、古いものがあれこれ指図するのは当り前であり、これの延長で役付きということになってゆく。

それも会社が小さいうちは、たとえ能力不足でもたいした不都合はないが、会社が大きくなるにつれて管理能力の不足が顕在化して、その部門がうまくいかず、ひいては会社全体にブレーキをかけるようになってゆくのだ。

といって、粗末にするわけにはいかない。人材など来てくれる筈のない小さな会社に来てくれて、社長とともに真っ黒になって働いてくれたのであり、今日の会社の基礎をきずいた大功労者なのである。

過去の大功労者が現在の壁になっているというのだから、社長としてはどうしてよいか分らずに悩むわけである。そのままにしておけば会社のブレーキであり、切れば社長の不人情である。

この二律背反を解決するにはどうしたらよいのだろうか。この場合に、最も大切なことは会社のもっている社会性である。「会社は社会の公器である」という言葉に表わされているように、社会のために尽すのが会社の使命である。だから、この使命を優先しなければならないのである。

昔の人は「大義親を滅す」といった。これが人間の社会というものなのである。心を鬼にして無能なものは管理職から外すのである。

しかし、この無能な管理職といえども会社の功労者であるから、たとえ管理職から外しても、その処遇には十分に心を配らなくてはならないのである。つまり、功労者に価する報酬は与えなければならないのである。

無能な管理者を外す場合に、いったんはそうしようと思っても、いざ実行しようとすると別の障害が生れてくる……、と社長は思いこむのだが……。

それは二つある。 一つは、外した当人に割り当てる適当な仕事がないということであり、もう一つは、替りの人材がいないということである。もっとも、これは苦しい決定を避けるためのデッチアゲの感もなきにしもあらずではあるが― 。

第一の、当人に割り当てる適当な仕事などある筈がない。それだけの能力があれば、とっくにやらせているからだ。もはや当人に割り当てる仕事はないのである。本当のところ、もう用済みの人間なのである。

こういう人間に何か仕事をやらせても、何もできないどころか会社にとってマイナスになる公算のほうが大きいのである。部下をつけたら部下が腐ってしまう、という厄介なことが起るのである。

では、どうしたらよいかというと、「隔離」して何もやらせない、というのが唯一の正解である。常務という無任所大臣も一つの隔離であろう。こうすれば、会社は本人の給与しか損をしないからである。

何かやらせると、本人の給与の何倍も何十倍もの損害をこうむるのであることを知ってもらいたいのである。もう一つ、替りの人材がいない、という理由は、社長がそう思いこんでいるにすぎないのだ。

社長という人種は、社員の能力に過大な期待を持ちすぎている。(あまりにも低い給与しか与えていないくせに、である)。

もう一つは、年齢が若く経験が少ない、というだけで、若い社員の能力を過小評価するという悪いくせを持っているのが、社長である。

ある社長が、『あの男は優秀だけれど、何といってもまだ三十前だ、課長には早過ぎる』と云った。すかさず私は『社長は何歳のときに社長になりましたか』と聞き返した。

父親が早く亡くなったので、若くして社長の職についたからだ。社長の返事は二十七歳であった。社長は私に一本とられてしまったのである。

年齢と経験が人材の要件だと思いこんでいる社長が多すぎる。そのために、「経験豊富な人材」を求める性向が非常に強い。この、経験豊富な人材と思って、カスの中のカスを、高給と重要な地位を約束して入社させて失敗するのである。

二十年も二十年も経験を積みながら、独立できずにスカウトに応ずるというのは、独立する能力がないからである。ベテランというのは「カスの看板」なのであることを知ってもらいたいのである。

人材は、年齢と経験とは無関係なのである。会社に一年もいれば、人材は必ずどこかにその片鱗を示すものである。

こういう人間こそ、機会をみて思いきって登用するのである。まだ力不足と思っても、あえて登用に踏みきることこそ名社長である。この人材は必ず社長の期待に応えてくれるものである。

社長の意図を実現するための正しい指導については、本書そのものがそうであるけれども、そのために必要な、最も基本的な管理職の心構えについての指導こそ大切である。

管理職とは、社長の意図を実現する人である。

世にゴマンとあるマネジメント論では、管理職とは「部下とその仕事を管理する人」と定義されている。そして、部下を管理する以外には全く関心を示さず、「事業への貢献」という思想は薬にしたくともない。こんな誤った思想はない。

管理職の役割は、「社長の意図を実現する」ことである。社長が社員の一人一人を全部見るわけにはいかないから、社長のかわりとなって、社長の意図の徹底を図るのが管理職なのである。

管理職は、社員の自由意思を通すための防波堤になることでもなければ、社員の相談役でもないし、社員の意向をとりまとめて社長に伝達する人でもないのだ。

社長は、管理職とは「社長の意図を実現する人」であって、「部下を管理する人」ではない、という意識革命から行なわなければならないのだ。

さもないと、マネジメントの間違った思想にかぶれて、部下のみに関心を示し、事業への関心も、社長の意図の理解への努力もしない、という困った管理職ができ上がってしまうのであることを知らなければならない。

管理職は、下を向くことではなくて、上を向くことこそ正しい態度であることを教えなければならない― そして、これは社長の役割である。

それは、まず第一に「経営計画書」の方針と目標の繰返しての強調であり、プロジェクト計画書の作成を命ずることであり、これをチェックすることである。次には、状況に応じて社長から出る指令や、自らの状況判断による結論を実行してゆくことである。

そして、それらのことは、ムリであったり、管理職や社員の立場を無視しなければならないことも数々あることを、よく認識し、部下に対する説得力をつけさせるようにしなければならない。

これこそ、企業戦争に勝ち抜くための心構えとして、絶対に欠かすことのできない大切なことであることを、社長自身がよく知ってもらいたいのである。

成果第一主義が貫かれている

N社は食品問屋で、年商は十億円であった。

人員は社長以下四十四名。大幅な赤字をかかえていた。

N社の組織は完全な「赤字型」であった、ということは、社長が事業経営の何たるかを全く知らずに、伝統的な組織論の教えるところに従っていたためである。

社長の下に専務が「統括本部長」となっており、その下に営業部長と経理課長と総務部長がいる。すでにこれで二段階の管理層である。

営業部長の下には、営業課長が一人いるだけである。全く屋上屋を架しているのだ。その営業課長のスタッフとして営業課長代理がいる。「課長事故ある時の代行」というところだろうか。

その営業課長の下に、営業員三名、営業事務係がなんと十一名も配置されているのである。コンピュータを使っているために、これだけの人間が必要なのである。それに、配送係が九名である。

経理課長の下に事務員七名、総務部長の下には総務課長ただ一人、ここにも屋上屋がある。その総務課長の下に事務員が六名いるのである。そのくせセールスマンがたった二人という、全くの販売無視である。業績が上がる筈がないのだ。何とも果れ返った組織である。

社屋は三百坪程の総三階で、 一階が倉庫と受払事務室、三階は奥に通ずる廊下をはさんで右側が会議室、左側が商談応接室が三つ、奥は大きな事務室と豪華な社長室である。事務室の入口傍には発来簡係がいるのである。

このような、社員の日常の繰返し仕事に焦点を合わせた管理指向型組織は、このN社のみならず、程度の差こそあれ、多くの会社のおかす誤りである。

こうした会社は、経済的成果を高める道は、日常の繰返し仕事を管理することだと思いこんでいるらしいのである。この誤った考え方からして直してゆかなければならないのである。

経済的成果を高めるためには、経済的成果に焦点を合わせた組織でなければならない、という何とも当り前のことを行なえばよいのである。

会社の中の人々の活動は、大きく分けて四つになる。それは、販売活動・開発活動・管理活動と現業である。

販売活動は「今日の収益」をあげる活動であり、開発活動は「明日の収益」をあげる活動であって、新商品や新事業開発と、新市場や新得意先を開拓する活動と二つある。管理活動とは、日常の繰返し仕事のコントロールである。現業は、日常の繰返し仕事を行なう部門である。

右の、四つの活動に対する人的資源の配分を、多くの会社で間違ってしまっている。現業部門の人的資源は、物理的条件によって決まってしまうのでおくとして、管理部門に最優先配分し、販売部門はごく僅か、開発部門は貧弱極まるか、全くないか、といったものが最も多いのである。

マネジメントの思想では、常に管理を最重点におく。マネジメント理論のそもそもの発祥が、フレデリック・テーラーによる「科学的管理法」であり、その思想の単なる発展が、マネジメント理論であり、事業経営を全く知らない学者や技術者が「これこそ科学的経営」と思いこむのもムリはない。

かくいう私も、若い時は熱烈な科学的管理の信者であった。そして、科学的管理こそ会社発展の「きめ手」であると思いこんでいたのである。

その私に痛棒を喰わせたのが、私の勤めていた会社の倒産であった。その会社で、私は生産技術者として製造部門の生産性を大幅に上げ、工程管理を完璧に近いまでに極めて小人数の投入で実現した。

それは、他社に大きく水をあけているという自負もあり、外部からの賞讃もあったにもかかわらず、会社はつぶれてしまったのである。

この経験が、私に「事業経営」への開眼となったのである。それは「事業とは市場に対する活動である」ということである。

「管理こそ重要」というマネジメントの理論が、「経営学」なる名目によって、事業経営を全く知らぬ学者や観念論者によって、広く深く会社の中に浸透し、数多くの会社を「管理第一主義」という誤りに陥らせてしまったのである。

管理第一主義は、社長の関心を事業の経営からそらせてしまうのだ。管理は最小限にすませ、経済的成果の達成に焦点を合わせなければならないのである。当然のこととして、人的資源の配分も、経済的成果に焦点を合わせなければならない。

人的資源の配分を最優先しなければならないのは「販売活動」である。販売活動こそ今日の経済的成果― うまり収益を手に入れる活動だからである。

それは、単に最優先というだけでなく、市場戦争に勝ち抜くために必要な人員を確保する必要があるのだ。

大よその見当としては、メーカーの場合は、年商五千万円〜一億円にセールスマン一人、流通業者の場合は、年商一億円〜一億五千万円にセールスマンが一人くらいである。

右の数字は、あくまでも一応の数字であって、メーカーで年商三千万円につき一人という例を知っている。むろん高収益会社である。いや、セールスマンをこれだけ確保していることが高収益を生むといったほうが正しいのである。

中小企業の場合に、流通業者は、ほぼ必要セールスマンを確保している会社が多いが、メーカーになると、私がみて必要な数のセールスマンを確保していると思われる会社は非常に少ない。反対に、極端に不足している会社が多すぎるのである。そして、このような会社は必ず業績不振なのである。

セールスマン一人当り売上高は、多ければ多い程よい、と思っているのは全くの間違いで、ある程度以上多いと、お客様に対して正しいサービスができなくなるだけでなく、競合他社との販売戦に敗れてしまうのである。

セールスマンの増員は、会社の事情の許す限り積極的に行なわなければならない。

そしてその際の経済計算は、社長学シリーズ第五巻「増収増益戦略」篇の中の「戦略的決定における増分計算」(二五一頁)のところで述べておいたので、参照していただきたい。

増員したセールスマンが、ごく僅かの売上げをあげるだけで、会社の中の重要な数字がよくなることを知っていなければならないのである。

とにかく、販売力を強化せずに事業の発展は絶対にあり得ないことを肝に銘じ、何をおいても販売部門に人的資源の最優先配分をしなければならないのである。

次は、開発部門への人的資源の配分である。開発活動は、企業の将来の収益をあげるために、現在行なっている活動である。

現在の我社の商品も得意先も、我社の将来の収益を確保してくれるという保証はないのだ。お客様の好みは変り、競合他社からは、いつどんな新商品が生みだされるか分ったものではない。

得意先とて将来繁栄し続けるという保証もなければ、永久に我社と取引を続けてくれるという契約をしているわけではないのだ。

いつ起るか分らない将来の危険にそなえて、まだ我社の現在の商品・市場・得意先から収益を得られている時に、手を打たなければならないのだ。つまり、将来の収益をあげるために現在行なっている活動を開発活動というのである。中小企業では、 一般に開発活動が低調すぎる。意識としてはあるのだが、実際の活動は行なわれていないのである。

どこの会社でも、新規得意先の開拓は叫ぶが、社長の明確な方針もなければ、的確な指導もない。個々のセールスマンの、個々の考え方にもとづく″飛込みクくらいのものである。これも、まれにはある程度の成果が上がることもあるが、殆どは得られた成果よりも、失うものが多いのである。それは、すべてク市場戦略ク面からのマイナスである。

新商品についても、流通業者はメlヵlに期待するだけで自ら開発しようとはじメーカーも、国では新商品開発をとなえているが、なかなか本気で取り組もうとはしない会社が多い。「現在の事業に忙しくて……」「人手が足りなくて……」というような口実が常に用意されている。「本当はあまりやりたくないのだ」というのがク岡ロクである。未来部門に人的資源を殆ど割いていないし、たとえ割いても、どうみても有能とは思えない人を充てて平気でいたりするからである。「将来の危険に備えないことの危険」こそ回避されなければならないのである。

社長は、我社の将来の事業は、どんなものでなければならないか、どんな事業はやってはいけないのか……を考え続けなければならないのである。― ―これについては拙著社長学シリーズ第四巻「新事業。新商品開発」篇を参照されたい。

そして、明確な方針をたてなければならない。それは必ずしも当っているとは限らないかも知れないし、暫定的――とにかくこうしよう― なものであっても、無方針に勝ること数等である。無方針は間違った方針よりも恐ろしいことを肝に銘じなければならないのである。間違っていれば成果が上がらないから間違いに気がつくのだ。気がつけば変えればよいからである。

本当のところ、未来事業などというものは、たくさんのク物にならないク活動や商品という失敗を踏んで生れてくるものなのである。

その開発活動は、当然のことながら、何年も先の収益に焦点を合わせた長期的なものであり、この部門への人的資源の配分こそ大切である。配分の考え方としてはク最小限確保クである。どうしてもやりとげなくてはならない事は、常に最小限のギリギリのところ、これだけ必要だ、という考えに立たなければならないのである。開発活動を成功に導く条件としては三つある。

第一には、会社の中で最適任と思われる人材を充てることであり、第二には、社長の直轄として明確な方針を与えて、計画的な運営とチェックを行なうことである。

そして第二には、現事業とは全く分離して、文字通り専任させることである。このことは、前掲書「新事業。新商品開発」篇でも強調しておいた通りである。限りある人的資源を、まず販売部門に最優先配分し、開発部門に最小限確保してしまうと、残りの人的資源は僅かになってしまい、管理部門への配分は当然のこととして甚だしく不足する。

大切なことは、この不足する人員で管理活動を行なわなければならないということである。そのためには、いやでもク最小限管理クを行なわなくてはならないということである。詳しくは後に述べるが、この考え方は従来のマネジメントの理論とは全く違うのである。

従来のマネジメントの考え方は、仕事の円滑化を図ることこそ事業経営にとって最も大切な要件であって、そのためには、ああしなければならない、こうしなければならない、ということだけしか教えない。事業経営など全く無視(マネジメント論者は事業無視どころか、これこそ事業経営に貢献することだと思いこんでいるのだ)しているのである。

事業の経営とは、経済活動なのだ。経済を無視したら、事業ではなくなって遊戯になってしまうことを肝に銘じておかなければならない。

厳しい企業戦争は、遊戯の理論では勝ち抜けないのだ。我社の人的資源をいかに活用するかに、社長は脳漿を絞り尽して考えなければならないのである。その厳しさの度合は、管理部門をいかに縮小するか、で計られるのである。

M社は陸運業で、超優良会社である。M社の管理部門への人的資源の配分ぶりを紹介しよう。M社長から話をきいた時点での配分は、次のようなものだった。社員数六百三十名、車輌五百台、営業所十九カ所という布陣で、本社は社長以下なんともかんとも、たった十二名である。社長と常務と社長の運転手を除くと九名になってしまうのだ。これで立派にやっているのである。さきにあげたN社で、総員四十四名で事務員が二十四名というのと、何と大きな差があることだろう。

そこには、数々の工夫と知恵がある。その一例として、給料日には給料袋に金を入れる仕事が間に合わない。これには銀行から応援の人を借りて来るのである。人のフンドシで角力をとるのである。その給料は、営業所から取りに来させることはしないのだ。幸便で届けるという徹底したものである。まだある、十九カ所の営業所には、事務員が一人もいないのである。これが超優良会社というものである。

M社の話を私から聞いたある社長は、M社に出向いてこの実態を見せてもらい、早速自分の会社の本社人員を半減してしまった。この社長も立派である。管理とはこういうものであり、人員が少なければ少ないなりに、何とか工夫をしてやってゆけるものなのである。

それをやるか、やらないかは、すべて社長の考え方にあるのだ。一事が万事ということが、この場合にも当てはまる。厳しい姿勢で経営にのぞむ社長は、こうしたことにまで厳しく、怠慢な社長は、ムダな管理部門というよりは寄生的な部門に対しても、これをそのままにしておくのである。その理由は、社員の批判を恐れるということなのである。成果達成主義で、もう一つ大切なことがある。それは、指令がいかに早く伝達され、実施に移されるか、ということである。

万国博の時に、大阪国際空港のターミナルビルが建て替えられた。ビルの正面に大きな駐車場を隔てて、敷地際にネオンの広告板がズラリと並んだ。その時一番先に、中央部にできたのが松下電器の「ナショナル・パナソニック」の広告板である。

夜は暗い中にネオンが輝いて広告効果抜群であった。二番目はそれから三カ月程してコカコーラであった。あとはタッチの差で勢揃いという感じであった。

なぜ、松下電器だけ三カ月も他社より早いのであろうか。それは、指令の伝達法が違うからだ。九州松下電器の青沼専務(創業当時)の話から伺ってみよう。

「とにかく、動脈硬化が最大の敵です。九松では、私の指示を一時間以内に全員に浸透させる確信があります。組織は運用のためにあるのであって、それに凍結されてはならない。たとえば部長が課長をさしおいて主任に命令することは職制を乱すという思想があるが、わたしのところは専務が組長を呼んで指示するし、組長もそれに応答します。もっとも、組長は直属上司にそのことを即刻伝達するよう決めてあり、ツンボ桟敷を防いでいます。

むかし、爬虫類の王者に恐竜というのがいた。あいつは、日のところをカーンとやられて、″アッ痛いな″と思ってもそれが尻尾までゆくのに二秒かかった。それで死滅しちゃった。伝播・伝達が遅かったからなんですね……。やはり経営も″神経の伝達速度クだと思うんです」(「松下連邦経営」ダイヤモンド社刊より引用)

これが、その秘密である。組織論にはク指令系統の統一´という原則があり、「あなたの上司は一人しかいない」というような教え方をしてク短絡クを禁じている。職制を乱すからという理由である。

お役所ならば、これでいっこうに差支えない。しかし、つぶれることがある会社では誠に危険な思想である。情勢の変化に対応する場合に、職制を通していたら後手をふむ危険がある。

大切なことは職制を守ることではなくて、迅速な行動である。そのためにはク短絡″のほうがよいのだ。松下電器は、この当り前のことを行なっているにすぎないのだ。

われわれは、観念論者の世迷い事の理論に惑わされず、正しい行動をとらなくてその正しい行動も、社長の方針として「うちは、必要に応じて指令の短絡を行なう」ということを明確に打ちだしておかなくてはならない。そうでないと、管理職から異論が出たり、社長の指令の実行を遅らせるような行動をとられるおそれがあるからである。

ところで、ク指令系統クというものは、とんだはき違いが発生するから気をつけなければならない。特に管理訓練など受けたり、マネジメントの本を読んだりした場合に起ることが多い。

K社で、MTPの教育を受けた時に、困った事が発生した。それは、ク指令系統の統一″についてである。

営業課で、お客様から納期の問合せがあると、これが課長を通じて営業部長に行き、営業部長から製造部長に、製造部長から課長、課長から主任に伝わり、返答がその逆のコースを通って営業の担当者に返ってくる、という手続きを踏むようになった。『これでは仕事にならなくて困っています。どうしたらいいのでしょうか』という営業部長からの質問である。

私は唖然としてしまった。こんなところにも、管理教育の弊害が出ているのである。私は、『それは、ク指令″ではなくて″情報クに関することです。情報伝達というものは、当事者間で直接行なえばいいのです。指令系統とは別のことです』と答えた。営業部長の悩みは、これで解消してしまった。

S社でコンベアーシステムを導入した時である。難物の溶接工程を五人で流すこととした。テストの結果は上々だった。後日様子を見にいったら、不良品の山ができている。検査係に事情を聞いたら、『ああ、これは新しい人が流れに入ったのです。

第二工程ですが、そこで出る不良ですよ』と、すましたものである。溶接の主任に話をしたかをただすと、『いえ、していません。私の上司は検査課長ですから検査課長に報告しておきました』と云うのである。これも、指令と情報を混同している例である。指令と情報は、このように社員にとっては区別がつけにくいものであり、そこから笑えぬ笑話が発生するのだ。注意していただきたい点である。

変化に対する機動力と弾力性をもたせる

L社は、製紙機械と電線機械のメーカーである。

石油ショックによって受注が減少し、業績は思わしくなかった。それでも昭和五十二年頃から、まず製紙機械の受注が恢復してきた。これは、新規需要というよりは、衰損に耐えかねての更新需要のようであり、そのためか納期は非常に短かった。

短納期なるが故に、設計期間が非常に短かった。設計部門に大きな負担がかかり、残業、休日出勤してもなお出図が遅れていった。L社の設計部門は、製紙課に二十名、電線課に二十名の、計四十名だった。製紙課の二十名は大忙しであるのに、電線課の二十名は仕事がないためにノンビリムードであった。

私は、社長に次のような勧告をした。

『今、あなたの会社で大切なことは、短納期の製紙機械を納期通りに完成させることだ。そのために必要なことは、設計の遅れを取り返すことである。遊んでいる電線課の技術者に、製紙機械の設計の応援をさせるべきだ。製紙機械も、電線機械も、 一部を除けば同じようなものだ。電線課の技術者でできることは多いのだ。組織の壁など取り除いて、会社の成果を第一に考えるべきである。それをやるのが社長の仕事だ』と。私の勧告は、社長によって実施された。たちまち設計が遅れを取り戻したのはいうまでもない。

組織というものはク分掌主義クが建前である。会社の中のさまざまな仕事は、会社が大きくなるにつれて、一人の人間、一つの部門ではこなしきれなくなってくる。そこで分担ということになるのは自然である。

分掌主義は、同じような特性をもった仕事の一つ一つを分担することによって、増大する仕事量をこなすことができるようになった。

その反面に、新たな不都合がいろいろと発生した。その第一は、人的資源のムダであり、もう一つは機動力と弾力性が失われたことである。

それぞれの部門の仕事量には必ず波がある。それは、 一つには事業自体の特性によるものであり、もう一つは客観情勢の変化によるものである。

決算期の前後は、経理部門では大忙しであるが、製造部門は閑散期で仕事が少ない。モデルチェンジで技術部門は猫の手も借りたい程だが、営業部門はそれには関係ない。新入社員が入った当座は総務部門が忙しく、特売や展示会では営業部門だけがやたらと忙しい、というようなことで、部門毎の仕事量は常にチグハグである。

会社全体でみると、すべての部門が同時に忙しい、というようなことはまずないし、特定の部門だけが常に忙しい、ということも少ない。

特定の部門が特定の期間だけ忙しい、という状態が最も多い。それぞれの部門では、繁忙期に仕事が遅れないように、平常時の人間にユトリがあっても、これを減らそうとは、なかなかしない。

そのために、会社全体では常に人員が余りながら、特定部門の特定期間では常に人員不足ということになっている。「人が余りながら人が足りない」というのが分掌主義の泣きどころなのである。

それにもかかわらず、このような状態がク泣きどころクと感ぜられずに、当り前の状態であるかの如く、感ぜられている。あまりしばしば、または周期的に会社の中に起っているために、馴れてしまっているのだろうか。これは当っていない。組織理論それ自体の考え方の中に、その根本原因があるのだ。

つまり、「仕事を分担して、それぞれの仕事に責任を持つ」という思想である。そして、それ以外の何物もない。もともとお役所の組織理論だからだ。お役所ならばこれで何の不都合もない。市場もなければお客様もなく、競争相手もいない。仕事が遅れても困るのは国民だけだからだ。だから、自分の部門のことだけ考えていればよい。他部門のことなど初めから考えようとはしないのである。

この考え方が、企業組織にもそのまま学者によって持ち込まれたのである。そして、職位記述書とか職務分掌規定とかによって、それぞれの部門の仕事を決めている。それらのものに決められた職務を行なう責任があるということになっている。これは、「決められたことだけを行なえばよい」ということになり、「決められていないことに対しては責任を持たなくてもよい」というふうに解釈されてしまう。

N社にお伺いした時に、総務部長が『うちでも職務分掌をつくりましたが、それでは粗すぎるので細則をつくりました。しかし、まだうまくいきません。どうしたらいいでしょうか』というのである。職務分掌規定よりも細則の方が数倍の量である。私は、『会社の中の仕事を、規定によって行なわせることはできないのです。もし、それをやろうとしたら、細則どころか、細則の細則、そのまた細則と、どこまでいってもきりがないのです。それは、企業というものは市場を対象とした活動であり、その市場は常に変り、新しい事態が次々と起ってきます。新しい事態に対処する規定などある筈がない。そして規定にないということで、これは自分の部門の責任ではない、ということになって対処をしようとしなくなってしまうのです。

規定では、外部情勢の変化に対処できないのです。そして、企業は外部情勢の変化に対応しなければ生き残れないのです』と。規定主義でいくと、外部情勢の変化に対応できなくなってしまうのである。

生き残らなければならない企業にとって大切なことは、「どうやって生き残るか」であって、組織論や規定を尊重することではないのである。

社長は、ただただ「生き残るためにはこうしなければならない」ということを考え、決定し、これを実行することである。この場合に必要なのが″指導力″である。

指導力は、個々のケースについてはいうまでもないが、真の意味の指導力というのは、社長の経営理念にもとづき、明確な未来像を社員に示し、自らの決意にもとづく自らの行動から生れるものである。この指導力は、事にのぞんで明確な指令となって会社を動かす、その目的は唯一つ、会社を生き残らせるためである。それは、客観的あるいは主観的条件の変化に対応して、会社全体が体制を変え、行動することである。

野球の例で考えてみよう。

三遊間に打球が飛んだ時に、三塁手と遊撃手はどちらもその球を処理するためにスタートを起す。結果はどちらかで処理するにしてもである。これを、「監督は三塁手と遊撃手の守備の境界線を決めてくれないから、三遊間に飛んだ球の処理はできない。これは監督の責任である」とはいわない。ところが、会社の中では、これと全く同じことが平然として云われているのである。「責任権限が明確になっていない」というやつである。組織論とはこのくらい非常識なのである。

一塁線にバントされた球に向って一塁手は突進する。 一塁は、投手か二塁手がカバーする。決して空家にはしない。ところが、会社の中では、「一塁の守備の責任は一塁手にある」といって、誰もこれをカバーしようとはしないのである。組織論の正体はこうしたものなのだ。私が「会社をつぶす危険思想」というわけがお分りいただけると思う。

会社をつぶす組織論は会社の中に入れてはいけない。会社に必要なのは「生き残るための思想」である。それは、「会社の中の人的資源を、生き残るためにどう使うか」なのである。

情勢は変転極まりない。その情勢の変化に対応するためには、会社の中の人的資源も、変化に応じて機動的、弾力的な配置替えを、機を失せず行なってゆかなければならないのである。そして、それを命ずるのが社長である。これをク采配″という。社長の采配のもとに全社が動く、これあってこそ会社は生き残れるのである。「機動力と弾力性を有効に発揮させるために、初めから分掌組織にしておかない。

その時の状況に応じてチームを組んでゆく」という考え方が生れたのは、当然のことではあるが賢明である。こうした考え方をクプロジェクト主義´といい、この主義にもとづく組織を、″プロジェクト組織クなどという。T社がこの主義にもとづく組織の典型的な例である。

T社の事業はプラント建設である。プラント建設は、その期間が少なくとも数カ月、普通には数年に及ぶ。その期間に、さまざまな資源と努力を継続的に投入しなければならない。こういう事業では、分掌主義よりもプロジェクト主義のほうが適している。

つまり個々の物件について、それぞれクプロジェクトチームクを組み、プロジェクトマネジャーが総括責任者となり、この下に技術・購買・施工。経理などの担当者がメンバーとなって、この物件建設の活動を最初から最後まで一貫して行なう、というシステムである。

物件が完成すると、このプロジェクトチームは解散し、それぞれの人間はそれぞれ別の新たなプロジェクトチームの要員として組み込まれてゆく。この組織の特性は、極めて機動力と弾力性に富んでおり、人的資源を有効に使うことができるということである。

この組織が世の話題となった時に、「うちでもプロジェクト組織にしたいが、どんな資料を揃えたらいいか」というような、トンチンカンな相談が私のところへ舞いこんできたことがある。

恐らく、「ユニークな組織だ」ということをどこかで聞いて、それがどんなものかも知らずに「では、うちでも」というようなことで、私のところへ話を持ちこんだのだろうc

笑話はとにかく、この思想こそ、人的資源を有効に利用するものといえよう。

とはいえ、どこの会社でもクプロジェクト組織クとするわけにはいかない。T社のような業態だからこそできたのである。 一般の会社では、この組織は不適である。

大切なのはプロジェクト組織ではなくて、プロジェクト主義の思想なのである。

そして、この思想は分掌組織の中で立派に活かすことができる。その実例がここで紹介したL社のやり方である。

平素は分掌組織にしておき、「いざ」という時にプロジェクト主義によって人的資源の活用を図るのである。

U社は、S社の部品の梱包輸送を行なっている。

梱包基地はS社内に一カ所、S社外に一カ所ある。仕事量は波があるために、片方が忙しい時にもう片方では忙しくない、というようなことがしばしば起る。この時は、忙しいほうから忙しくないほうに、人員・車輌の応援を頼む。頼まれたほうは「よっしゃ」とこれに応ずる。その反対の場合も同じである。

U社は、こうして人的資源を有効に使っている。これがプロジェクト主義の実践なのである。しかも、この相互応援は、その都度社長の指示によって行なわれるのではなくて、当事者の自主的な意思で行なわれるのである。といっても、これは初めからそうなのではなくて、社長の明確な方針があるのであり、方針にもとづく強力な指導がなされているのである。その結果として、社長がいちいち指図しなくとも自主的に行なわれているのである。

プロジェクト主義は、部門間だけではなく、同一部門内においても行なうことができるのである。

H社の生産技術課は、課長以下五名で、四名の課員は時間測定係一名、工程編成係一名、設備係一名、治具設計係一名であった。

この四名の忙しさが、いつもチグハグなのである。時間測定係の仕事などあまり無くて、大部分がヒマな時間であって、適当に仕事をして、あとはノンビリしている。モデルチェンジの時などは、工程編成係や特に治具設計係は、残業また残業であるが、時間測定係や設備係は、知らぬ顔の半兵衛である。増産で工場拡張となると、設備係は徹夜をしても、他の係のものは他人事である。生産技術課などといっても、中味は全くのバラバラであった。そして、どの係も人を増やしてくれと課長に泣きついている。

職務分掌規定などという阿呆なものを作って一人一人の職務まで決めてしまうから、こんなことになるのである。仕事の繁閑に対する機動力も弾力性もゼロになって、ヒマな人間がいながら大切な仕事が遅れてゆくのである。その上、他人といっても同じ課の人間に対してさえも協力しようとしない冷たい人間を作ってゆく。職務分掌規定は、人間性までもダメにしてしまうのである。その罪悪は大きいのである。そのくせ、 一方では人間関係を云々いっているのだからおかしいのである。

私は社長に勧告した。『職務分掌規定など作るから、こういうことになる。こんなものは会社の仕事など何も知らないやつの空論である。会社の中の仕事は常に繁閑がある。

それを、 一人一人にまで職務を割り当ててしまうから、社員はそれ以外のことはやろうとしなくなってしまうのだ。そのために、ブラブラしている人間がいながら、大切な仕事は常に人手不足ということになる。職務分掌規定など廃止して部門内の人員は、プロジェクト主義にもとづいて仕事をさせるのだ。

モデルチェンジの時には治具設計チームをつくる。チームは、二人ですむか四人必要かは課長に決めさせるのだ。工程改善のときには、工程改善プロジェクトチームを作って、時間測定も工程編成の検討も、レイアウトの変更計画もすべて行なうのだ。

このチームに何人かかるかは、状況によるのだ。生産技術課だけでできる場合は、課長に任せておけばよいが、足りない場合には、社長の特命として他部門からも応援させたらよい。国では少数精鋭主義なんてお題目をとなえながら、やっていることは全くのお役所仕事ではないか』と。

これを実施した結果は、仕事が順調に進みだしただけではない。課員の一人一人が喜んでくれたのである。いままでは、分掌規定にしばられて、応援してもらいたくとも、応援したくともできなかった、というのである。こうして、生産技術課は活気が出た上に、人間関係もよくなったのである。

職務分掌規定がいかに間違ったものであり、会社の中に大きな害毒を流しているか、をこの例からでも知ってもらいたいのである。職務を細分化することは、百害あって一利ないことを知るべきである。

実力に応じた昇進と抜擢を行なう

人材の活用をこの上なく必要とする企業にとって、実力のあるものを昇進させ、あるいは抜擢してその力を発揮させることの重要さは、いまさらいうまでもない。

しかし、実際にはなかなか実行されない。口では実力主義、少数精鋭主義といいながらである。これは、社員にドライヴをかけるためであって、本気で考えているのではないらしいのである。

これが行なわれない第一の理由は、人間関係である。昇進しなかったもの、抜き去られたものの立場や気持を思うと、つい実行がにぶる。これらの人々の不満が嵩じて会社をやめられでもしたら大変である、というようなことである。そんな心配をするのなら、実力主義など打ちださないほうがよいのだ。

お題目だけとなえて実行しない社長では、業績をあげられるわけがない。打ちだした限りは、やらなければならないのだ。ただでさえ人数が少ない中小企業で、社員の力を活用せずに、どうやって生き残るというのか、と私はいいたいのである。

もう一つの理由は、抜擢する程の実力のあるものがいない、ということである。これは、いないのではなくて、いるにもかかわらず認めようとしないのである。

優秀な社員がいると、その人間の欠点をあげる。「積極的で能力もあるが、どうも他人とぶつかることが多い」「計画性はあるが、協調性がうすい」というようなことをいう。これは間違っている。優秀な人間や、積極性のある人間は、勇み足や他人とのトラブルはつきものなのだ。沈香をたくやつは屁もするものだということを忘れないでもらいたい。若いうちから他人との間をうまくやってゆくようなやつは、有能でないにきまっているのだ。

もう一つは、実力は認めるが「まだ若い」という理由で抜擢をしないという困ったクセを社長族はもっているのだ。

実力は年齢とは関係ないのだ。「まだ若い」というのはク経験クが浅いという意味であることは分るが、優秀なやつは一年の経験で、普通の人間の三年も五年もの経験、いや十年分もの経験と同じことをチャンと学びとっているものだ。それでも人間的に錬れが足りないというかも知れないが、それを補って余りある若さと情熱と馬力があることを忘れないでもらいたいのである。

若さの持つ強味を早く活かしてこそ、優秀な人間は、さらに精彩を放つものである。

ク若い″ということは抜擢をためらう理由ではなくて、抜擢を決める理由であることを忘れないでもらいたいのである。

抜擢されたことに感激して、懸命に努力し、社長の期待に応えてくれることは間違いないのだ。

社長は、優秀な人間は、まだ若いうちにドンドン抜擢して腕をふるわせるべきで凌だこれは、制度化する必要も何もない。社長の決心一つでできることである。

しかし、これは社長一人でガムシャラにやる、というものではない。(やっても構わないが……)渋る重役の説得もしなければならず、幹部社員や、場合によっては抜擢する社員の先輩同僚までク根廻し″することさえやるのである。これについての、優れた実例を紹介しよう。

昭和四十一年のことである。九州松下電器で佐賀工場を建設した時に、青沼専務は、初代工場長に二十二歳の村井という主任を抜擢した。副長・課長代理・課長の三段階を飛びこえての大抜擢であった。

村井は三日間足がふるえ、夜も眠れなかったという。もっともである。この場合に、抜擢されなかったものが、ショックを受けて″やる気クをなくす心配がある。

青沼専務は、事前に十分の根廻しをした。社員を各階層毎に分けて、二十回にも及ぶ説明会を開いた。

まず、村井抜擢の理由を十分に説明した後に、『もしも能力がなくて実績をあげられない場合は、もとの主任にもどす。諸君、村井を応援してやってくれ』と。

また、同期の桜についても、『同期のものが一度に工場長になれるわけではない。この次にはもっと大きなチャンスがあるかも知れない。ひがまずに次のチャンスを狙え』と。この抜擢は大成功だったのである。

抜擢されないほうもさることながら、抜擢したほうに対して社長はどうしたらよいのだろうか。これについて、いささか気がひけるが、私自身の経験を紹介しよう。

F社に入社して二年目に、私は混乱している資材課の課長を命ぜられた。課員は十七名程だったが、全員私より入社が早いのである。中には、十年に近い課員がいた。ただ年齢だけは私が最も高かった。

実力としては自信があったが、なにしろ部下は全員私より古いときては、やりにくいのは分りきっている。そのために、私は、いままでの部下のうちから信頼できるものを一人つれて行きたいと思い、社長に希望を述べたのである。

その時に、社長は私を叱りつけた。『お前は何を考えているのか。お前の旧部下を連れていったら、それだけでいままでの課員とお前達二人の間に溝ができてしまう。それで資材課がうまくいく筈がない。だから、お前一人だけでゆくのだ。あとはお前の努力と実力で資材課をまとめ、成績をあげよ。それでこそお前はク男クになれるのだ』と。

この小言は、私がこれまでにいただいた数多くの恩師・先輩・知人からの忠告のうちでも、最も貴重なものの一つになったのである。そして、私が資材課長になってからも、陰にも日なたにも、特にかばうようなことは全くしなかったのである。

夕長クには生殺与奪権の一部を与える

私が若い時に勤めていたS社の社長は、完全なワンマンコントロール社長であった。文字通り何もかも社長が指図をしていた。

伝票は、それがどんなものであろうとも全部社長が目を通し、社員寮の電話料が多いといって総務部長が大目玉を喰い、現場の水道の蛇口が完全に締めきらずにチョロチョロと水が出ていたといっては設備課長が呼びつけられて、その怠慢を最低三十分は叱られるのであった。製造部長が事務所の机についていると、「事務所にいて製造部長が勤まるか。現場に出て指揮せよ』とやられる。

そんなふうだから、管理職など文字通り何の権限も与えられていない。昇給やボーナスの査定は全部社長がやる。千五百名もの会社で、どうしてそんなことができるのかというと、古手の社員― ‐それは平か、せいぜい主任どまり― ‐を呼んで聞くのである。(一般社員は″スパイクといっていた)。

ボーナスは、社長室に一人一人呼んで、お説教をした上で手渡す。もらったほうでは、ちっとも嬉しくない。この日は社長室の前にはいつも十名程の社員が行列していて、庶務係長が一日中交通整理である。

こんなことだから、管理とは名のみであった。課長は部長のいう事をきかず、係長や主任は課長の指図をきかない。 一般社員は係長や主任のいうことなど完全無視であった。文字通り会社中が″面従腹背クだったのである。生産性など上がる筈がなく、品質が悪いのでクレームが絶えなかったのである。

社長が不在の時の社内は、全くだらけきっていた。いったん社長が会社の正門を入った途端に、その情報が会社中に拡がる。 一斉に機械の音が高まり、管理職は全部工場に入って運搬工や検査工に早替りしたのである。ワンマンコントロールの恐ろしさを、私はこの目でイヤという程見せつけられているのである。

管理職というのは、社長の手足となって実施の代行をする人々である。その人間がいかに優秀だろうと、「優秀だ」ということだけで、それが直ちに「管理職として優れた業績をあげられる」とは限らない。部下ににらみをきかせるものを持たせなければダメである。

「部下を掌握していない」と、管理職を批判する前に、部下ににらみをきかせるものを持たせているかどうかを考えてみなければならないのである。そのにらみとは、ク生殺与奪権の一部クである。具体的にいうならばク昇給昇進とボーナスの第一次査定権クである。

普通、ク賃金規定クの中にこの査定権が織りこまれている。これは、単に昇給査定に止まらず、ク部下を使いこなす″上に不可欠の要件であることを十分に認識してもらいたいのである。

管理職の査定自体が多少適正を欠いたりしても、そんなことは社長が修正してしまえばよいのであって、ク査定権を与えておくクそれ自体こそ重要なのである。

私がF社で課長職にあった時に『課長なんか少しも恐ろしくないけれど、課長は僕達の昇給の査定をするから、いうことをきかないわけにはいかない』と、ヌヶヌケと私に云ってのけた部下がいた。その部下は実によく私のいうことをきいて、懸命に仕事に励んでいたのである。この部下の云うことこそク本音クなのである。そして、それでよいのだ。重ねていうが、管理職に生殺与奪権の一部を与えることこそ前提条件なのだ。

このことを忘れて、管理職のリーダーシップから始まって、実にさまざまなことが云われている。それ自体は全くその通りで、これらは個人の研鑽努力についての優れた指標であることに間違いはない。

しかし、それがエスカレートして、あたかも管理職たるものは、人々が望ましいと感じている資質と能力の、すべてを持たなければならないと勘違いして、これをシャニムニ管理職に要求している。

その一例として、ク監督者の具備すべき条件クなるものを、マネジメントの文献で見ると、監督者どころか製造部長、いや重役がつとまるような能力を要求しているのだ。どうみても正気の沙汰ではない。

監督者でさえ、とんでもない能力を要求されるのだったら、管理者にはどんな能力がなければならないか、ということになる。

全くあり得ないような能力を管理職に要求しているのだから、管理職に対する批判ばかりで、その能力や努力を認めようとしなくなってしまう。

管理職に対する社長の過大な期待は全くの誤りであることを知り、批判をするよりも、部下ににらみをきかせるための生殺与奪権こそ大切なのである。これを与えた上で、部下に気がねや遠慮をすることなく、自分の思う通り部下を使うよう要求することこそ正しいのである。

そうしなければ、自らに与えられた責任― ‐くどいようだが方針の実施責任を果せないことを繰返し強調することが大切である。これがなければ、組織は名のみで実のないものになってしまうことを、よくよく管理職に認識させることである。

未来部門は必ず分離し、社長直轄とする

これは、すでに前掲書「新事業・新商品開発」篇で述べているし、本章でもさきにふれたことであるので、復習にとどめるが、重複するにもかかわらず、あえてここにあげたのは、それだけ大切なことだからである。

未来事業は我社の将来をきめてしまう。遅れは許されないのだ。これを現事業と同一の部門にやらせたら、現事業に時間をとられて、未来事業はこれを行なう時間がなくなるにきまっている。

現事業はどうしてもやらなくてはならないし、それだけの目に見える成果もあがる。これに反して、未来事業は何も今日やらなくてもよいからだ。

だから、必ず現事業と分離しなければならないのである。それだけではない。社長直轄として、強力に推進しなければならないのである。

それが新商品の開発にしろ、新商品の販売、新市場の開拓にしろ、なかなか難しくて、おいそれと進むものではないからである。

もしも、それが社運をかけるようなものであれば、社長自ら「プロジェクトマネジャー」になって、自ら取り組むのである。

本当のところ、現事業は、体勢を整え、明確な方針を与えておけば、あとは定期チェックでコントロールできるが、難しい未来事業は、それらのことを的確にやったからといってうまくいくとは限らない。

いや、うまくいくようであれば、それはあまり重要でない未来事業で、会社の業績寄与もそれ程大きなものではない。

真に重要な、社運を左右するような未来事業は、多くの困難や障害、制約条件を乗りこえ踏みこえての末に達成されるものであり、社長自ら行なってこそ実現できるものである

三権分立

S社の検査課は製造部に属していた。

この検査課はみじめだった。いくら良心的な検査をしても、製造部長が廻ってきて不良品を検査し、『この程度はよろしい』と合格品にしてしまうからであった。それだけではなかった。『不良品の手直しをせよ』という命令が検査課長に下る。検査課長は、『うちは検査課でなくて手直し課です』とぼやいていた。

これは、検査課の人間のやる気をなくさせた、というような生やさしいことでは済まなかった。お客様から「S社の商品は品質が悪い」「加工が雑だ」という批判が絶えず、お客様の信用を失い、常に他社よりも安く売らなければならなかったのである。

この製造部長の態度は明らかに誤りであり、製造部長としての資格に欠けることはいうまでもない。

しかし、こういう組織を作った社長こそ責められるべきである。

製造部長とて人間である。生産実績を云々されたり、納期に追われたりしたら、ついこういうことになるのは避けられない。しかも検査課の検査というものは、製造部門から見ると常に厳しすぎるのだから、なおさらである。

このような、人間の弱味があればこそ、そしてこれがお客様に不良品を提供することになることを防ぐために、会社の中にもク三権分立´が必要なのである。

検査部門は、検査基準にもとづいて検査を行なうが、検査基準をつくることはで

そして、検査不合格品については、製造部門は一切の文句は云えないのである。

購買部門は、購買命令か購買依頼がなければ注文書の発行はできない。

注文書のないものは、受入部門で受入れはできず、受入品といえども検査係の検収印がなければ、経理部門は支払いができない。

倉庫では、出荷指図書か出庫依頼書がなければ出庫してはならないようになっている。

右のようになっていない場合は、実務の都合上、省略されているだけで、原則は変りないのであるc

立法・司法・行政という三権分立は、会社の組織の中に厳然として存在しているし、存在させなければならないのである。

これがなければ組織自体が実質的に崩壊してしまうのは、他のすべての組織と全く同様である。

これあってこそ、組織の秩序が保たれ、相互牽制による不正が防止されるのであるc

これは、組織における最も基本的なルールであって、これのために組織の運営に支障を来すとか、事業目的を阻害するようなことはない。もしあるとすれば、それはルールそのものではなくて、夕手続きクとク処置クの問題である。繁雑すぎる手続きや、間違った責任権限論、そして、それにもまして″顧客サービスクを忘れた規定主義、しゃくし定規な予算主義などのなせる罪悪であって、三権分立の基本ルールそのものとは関係ないことである。

大切なことは、「仕事をうまく流すため」という理由で、この三権分立を乱すようなことがあってはならないということであるc

この辺のクハキ違い″がないように注意してもらいたいのである。

他部門を管理する部門を設けてはならない

Z社にお伺いした時に、社長が最初に私に提示したのは組織図だった。そして、『この組織でいいか』という質問である。

こういう社長は私の最も苦手とするタイプである。社長の関心の中心は内部管理であり、事業の経営をうまくやれるかどうかは、社内をいかに管理するかにかかっていると思いこんでいるからだ。こういう社長は、私が口をすっぱくして事業の経営とは内部を管理することではなくて、外部―― つまり市場に対応するものだ、と説いても頑として受け付けようとはしないからだ。

こういう会社は、調子のよいときはどうということはないが、いったん情勢の変化で業績が下がったときには、業績の挽回が非常に難しいのである。

それはとにかくおくとして、組織図を見ると、私は自分の眼を疑いたくなった。そこに、五十年前の亡霊を見たからである。″集中管理方式´と称するものである。

「会社の中のすべての活動を、一つの部門で集中的に管理する」という思想であり、これが最も能率的で効果的な方式だといわれていたものである。

この方式が、五十年前に世界的ともいえる流行をしたことがある。そして、ただ一社の成功も見ずに消え去ったのである。

この理論は極めて魅力的であり、 一も二もなくとびつく社長が多かったが、その理論どおりにはいかず、会社の中に混乱と経費増だけをもたらしたのである。会社の中の活動を一つの部門で管理することなど、現実にはできないのである。

まず、その管理部門の人間が大勢必要である。そして、それぞれ分担して管理をすることになる。集中管理とは名のみ、実態は分担管理であり、分担して管理をする人が一つの部門に集まっているだけなのである。

それらの人々が、それぞれの分担に従って部門を管理しようとしても、そこにはすでに管理職がいる。この管理職は、現実にその部門を管理する責任がある。管理部の人間が評論家みたいなことをいっても、「ハイ、そうですか」といってはくれない。この間に、さまざまなトラブルが発生する。このトラブルは、次第にエスカレートして始末に負えなくなる。どちらも管理責任を負わされているのだから解決のしようがない。

こうして、集中管理方式はたちまち馬脚を現わして消滅してしまったのである。この方式の誤りは、「屋上屋を架す」ことにあるわけだが、根本的な誤りは「他部門を管理する部門をつくった」ことにあるのだ。

部門管理者というのは、その部門の管理について全責任を負わされているのだ。

それを他部門から云々いわせること自体に間違いがあるのだ。部門責任者に要求したいことは、その管理者の上司がいうべきものなのだ。たったこれだけのことである。何とも当り前のことを、当り前にやっていればいいのである。

それを、現実を知らない観念論者が、頭の中だけで作った空論をふり廻したために、無用の混乱を起してしまったのである。

Z社長は、この空論に惑わされて集中管理方式を導入し、そこから起る全く無用の混乱に困り果てていたのである。

しかし、私は、このZ社長を笑えないケースに、かなりしばしばぶつかるのである。不良品が多いといって検査課長を叱りつける社長。売掛金や在庫が多いといって経理課長に『よく見てやらなければダメじゃないか』と小言を云う社長。

社長からこういうことを云われると、その課長が「社長から云われている」とばかりに、他部門のことに口を出してゆくことになるcこうして、会社の中に無用のトラブルを発生させているのだ。そして、社内の空気をおかしくしてゆくのだ。

社長は、云いたいことがあったら、直接、その部門管理職に云えばよいのであって、他の部門のものを通じて云わせてはいけないのである。

「いちいちそんなことを云っていたら、社長の体がいくつあっても足りない」と思われる社長は、社員の管理法を知らないだけである。

そのやり方は簡単である。経営計画書をつくり、その中に″我社で実現したいことクを明確に示し、管理職に要求すればよい。必要に応じてクプロジェクト計画書″の作成と提出を命ずるのだ。

あとは一カ月に一回チェックを行なえばよい。これを行なうと、日常業務に関する社長の仕事はみるみる減ってゆき、日常業務の管理に関して、社長は夕失業″してしまうことは、経営計画書をつくった数多くの会社で実証されているのである。

事業部制を排す

第一話

U社は三百五十名程のメーカーで、私がお伺いした時には、数年前から事業部制をしいていた。高度成長下のことであり、売上げは伸びていたが、経常利益は年々低下の一途を辿っていた。

U社長は、業績挽回に苦慮しており、その方策は、さらに一層の事業部制の強化を行ない、責任体制の明確化を行なって、各事業部長の格段の奮起を促す外はないと思いこんでいたのである。社長の役割とは、どういう事業部を作るか、やめるかまでであって、あとは事業部長に任せるものだと教わっていたからである。

U社の業績低下の根本原因は、事業部制そのものにあった、というよりは、事業部制こそ業績をあげる最良の方策であると思いこんでいる、社長自身にあったのである。

私は、『事業経営は社長自身の考え方と行動にあるのだ。事業部制をしいて社長自身何もしないでいて業績など上がる筈がない。論より証拠、あなたの会社の業績は低下一途ではないか』と忠告し、社長自らの意思を打ちださなければならないこ

U社長は、私の云うことを理解してくれた。いままでは事業部長に任せていて、自らの意思さえ思うように云えなかったことへのもどかしさを感じていたからであるが、何といっても、低下する業績を喰い止めなければならないという切羽つまった要請があったからである。

しかし、社長は自らの意思を事業部制を通じて実現しようとした。私も強いて事業部制をやめたほうがよいとは勧告しなかった。社長が気がつくのを待つつもりだったからである。

当面の課題は、遅々として伸びない売上げを伸ばすことであった。

私の勧告の第一は、製造事業部にダブついている管理人員を、営業事業部に応援に出すことであった。 一倉式販売法では、素人で立派に、いや、素人のほうが販売実績が上がるからだ。

これは、U社にとっては考え方の大革新であった。いままでは自分の部門のことだけで、会社全体のことなど誰も考えなかったからである。

私の勧告が実施に移されることになり、社長は製造。営業の両部長を呼んでこの指令を出し、『細かいことは両事業部長で相談して実施せよ』ということになった。まっ先に両部長の話合いの対象になったのは、何と営業事業部に応援に出す製造事業部の人間の給料を、「どちらの事業部で持つか」だったのである。

私は社長を叱りつけた。『両事業部長のあの話合いを何と思うか。両部長の頭の中には会社の業績など全くない。あるのは自らの事業部の利益だけだ。事業部の責任を追及するという、事業部制の考え方がいかに間違っているかが分ったと思う。会社の業績を落し、社員の心までダメにしてしまう。事業部制の大罪でなくて何であろうか』と。

第二には、私の目から見たらクシンデレラクと思われる事業部があった。何もキャンペーンをしなくとも、お客様のほうから探して来て下さる。収益性はよい。マーケットを調べてみると、十分すぎる程の需要があり、しかも、世界中にこれといったメーカーがないという、シンデレラとしての条件をすべてそなえていたからである。

しかし、そこにはネックがあった。熟練した手作業を必要とする、ということである。いろいろ調べているうちに、最近加工機械が開発されたという情報が入った。現物を見ると、手作業の大部分が代替できることが分った。価格も手頃なのでこれを一台試験購入することに決った。これで、この事業の飛躍が大いに期待できるようになった。

ところが、いつまでたってもその機械を購入しないのである。不思議に思って事情を聞いてみると、そこの事業部長が、『あの機械なら自分のところで作れるから、高い金を払って買わなくともよい』と云ってきたので、買わないことに決めた、と云うのである。

私は、『では、その機械はいつ頃できるのか』とただしたところ、『それは分らない』とのことであった。

私は社長に苦言を呈せぎるを得なかった。『また事業部制の弊害が出た。事業部長としては、高い機械を購入すると、自分の事業部に減価償却費と金利負担増がかかってくる。その分自分のところの利益が圧迫されるので、自分のところで作るという口実を設けてこれを防止したのだ。その証拠に、いつ自分のところで作るとはいっていない。つくるつもりなどないのだ。だから、社長から催促されたら、その時に、今年中につくるとかなんとかの逃げ口上で切り抜けるにきまっている。百歩を譲って一年後にできたとして、その間の時間のロスは永久に取り返せないのだ。時間のロス程恐ろしいものはない』と。

エンドユーザー向けの商品を作っている事業部では、遅々として売上げが伸びなかった。超スピードで技術が進歩するエレクトロニクス業界なるが故に、それについてゆくことができなかったからである。ムリもない。事業部なるが故に、営業活動から新商品の開発、設計、資材手配、生産まですべて自分の事業部だけでやらなければならないのだ。こんなことは社長の能力と努力を必要とする。そんな人材など滅多にいるものではない。そして、この事業部長には、社長に相当する能力はなかった。この事業部長は半分ノイローゼになっていたのである。

輸入品事業部とて、事情は同じようなものだった。輸入先との交渉、複雑な輸入業務、販売など、僅か数人でできる筈がなかった。

中心になる自社商品の製造部門では、新商品の開発がさっばり軌道に乗らなかった。開発活動は、常に費用を喰いながら、当期の利益にはつながらないために、事業部長は消極的であった。そして、関心の焦点はコストダウンであった。外注品が多いので、このコストダウンが重点となっていた。それは、ネットを安くすることだった。そのために、外注先は次第に小型化から零細化への傾向を辿り、外注先は増加の一方だった。

それは、当然のこととして、外注先の技術力・管理力・輸送力、そして資金力などのすべてが弱小化していき、それにつれて外注管理は難しくて費用のかかるものになってしまっていた。原材料の支給、品物の運搬、治工具から検測具、技術指導などすべてオンブにダッコである。不良品、納期遅れが多くなり、これが外注管理の混乱をさらに大きくしていたのである。

このように、事業部制は何もかもうまくいっていなかった。これが業績低下の元凶だったのである。

私に、次々と指摘される事業部制の弊害に、U社長も私の勧告を入れて事業部制を廃止したのである。

事業部制の廃上で、社長の方針の実行が円滑に行なわれるようになった。

まず第一に、外注業務の統合である。事業部制の時には、それぞれの事業部に外注係があり、別々に発注していたのである。次には、外注工場の大型化である。折からの不況によって仕事の減った工場が多かったために、U社よりも大きな工場を四社も新規外注先として獲得できた。これは大きな効果があった。特定商品の完全外注が可能となり、図面も、検査規格と注文書と取扱説明書をやっておけば、完成品を梱包して納入してくれるのである。

その結果、外注先が大幅に減少し、管理部門の人員が三分の一にまで減ってしまい、大幅なコストダウンが実現したのである。

しかし、何といっても大きく変ったのは、社長の意図がダイレクトに各部門に伝えられ実施に移されたことである。そのために、いままでモタモタしていた各部門一の活動が見違えるように活発に動きだし、当然の結果として、業績はたちまち上昇に転じた。U社は数年ぶりに事業部制の悪夢からさめて、会社本来の正しい姿に返ったのである。

第二話

L社は陸運と海運を事業としていた。営業所は、仙台。東京。名古屋。大阪・福岡で、陸海運とも国内の主要ルートは確保していた。

各営業所毎に独立採算制をとり、厳しくチェックがなされていた。それは、各営業所の人々の気持を引き締め、かなりの業績向上に寄与していたのは事実である。

しかし、そのメリットを上廻る、大きなデメリットが同時に発生していた。それは、お客様の不満による会社の信用の失墜であった。

輸送業務なるが故に、福岡から大阪とか、東京から神戸へというように物資が運ばれるのはいうまでもない。陸運の場合にはあまり問題は起らないが、海運の場合には荷役と陸運が必ず伴う。福岡から大阪への海運の場合には、福岡営業所にとっては、大阪港の荷役と大阪港からの陸運は自分の営業所の売上げとは関係ないために、その手配に熱が入らない。つい、「適当に……」ということになり、これで輸送の円滑を欠き、お客様から叱られることが多かったのである。このお客様の不満がだんだんと大きくなり、ついには無視できないまでになってしまった。

その対策として、営業部長主催による輸送円滑化のためのク連絡調整会議クを持つことになったのである。しかし、この会議とて決してうまく運営されたわけではない。情報の伝達には役立ったけれども、独立採算制がある限り、自らの部門の都合が最優先することに変りはないからである。

独立採算制自体が、社員にお客様の要求を無視し、会社の利益は第二にして、自らの部門の利益を最優先してしまう、という誤った考え方をさせてしまうことを知らずに、その誤りを新しい制度によって解決しようとしていること自体が、二重の誤りを犯してしまっているのである。

何事も、元を正さずしては根本的な解決はあり得ないのであるから、もしもうまくいかないことがあった場合には、その元が正しいかどうかの検討こそ重要なのである。

第二話

Z社は製造部門と営業部門が独立採算制をとっていた。

高度成長時代には、それで別にこれといった不都合は起らなかったが、石油不況による売上げ不振と、過当競争による市場価格の崩れによって、営業部門と製造部門の間にトラブルが発生したのである。

営業部門の云い分というのは、『値下がりは市況によるものであるから、製造部門も値下がりの一部を負担すべきである』というものであり、製造部門はこれに対して、『市況の高低は製造部門の関知するところではない。市場価格が下がったからといって、それを製造部門に一部負担せよというのは承服できない。値上げした時には、製造部門からそれに応じて高く買ってはくれなかった』というのである。調整役の専務は、どちらに軍配をあげるわけにもいかず、困り果てていた。たまたま久方ぶりでZ社にお伺いした私をつかまえて、『どうしたものでしょうか』という質問である。

私の答えは素気なかった。『何を馬鹿なことを考えているのか。社内売買価格をいくらにきめようと、会社全体では変らないではないか』というものだった。専務としてやるべき仕事は、値下がり分を社内価格で云々することではなくて、「どうやって値崩れと売上げ不振に対処すべきか」でなくてはならないのである。

それを忘れて、愚にもつかない社内売買価格などに頭を悩ますのも、独立採算制などという間違った考え方を導入し、本来経営者の責任であるべき会社の利益を、社員の責任に転嫁するという全くの誤りをおかしてしまったからである。

第四話

S社は、製造事業部と営業事業部に分れて独立採算制をとっていた。そして、それがS社の業績不振の元凶だったのである。

まず、営業部門である。製造部門からの社内仕入価格は、製造原価に一定の益率をかけて決定されるが、市場価格は、社内仕入価格に一定の益率をかけたもの、というわけにはいかない。益率の高いものと低いものができてくるのは当然である。そのために、益率の低い商品はどうしても販売に力が入らないということになる。部門利益を追及される限り、人情として当然である。こうして部門利益の低い商品の売上げは伸びない。

一方、益率のよい商品は「益率がよいのだから、多少の値引きをしても売上げをあげたほうがよい」とばかりに、値下げをして自ら益率を下げてしまうのである。益率の低い商品は販売に力が入らず、高い商品は値引きをして売る。こうして収益の低下を自ら招いているのである。

製造部門の方はどんな状況だったのだろうか。社内売買価格を決めた時には、製造原価に一定の益率をかけたものだが、売上げの増減や仕入価格の変動、合理化の進捗状況などによって、製造原価の変動が起り、益率のよい商品と悪い商品ができてゆく。

益率のよい商品は優先的に製造されるが、悪い商品はどうしても二の次となり、これが納期遅れを起したりして、お客様から叱られて会社の信用を落してゆく。

製造部門の益率と営業部門の益率と、どちらも高いものはよいが、それとて受注以上には売れないし、都合よく売上げが伸びるとは限らないのである。

販売部門の益率と製造部門の益率の違う商品は、営業部門の努力と製造部門の意欲がチグハグになってしまい、そのために士π上げ・が一伸びなかったり、阻生口されたりしていたのである。

こうして、S社は売上げも思うようには伸びず、益率の向上も実現せず、業績は低迷を続けたのである。

第五話

N社は六十名程の商事会社で、ローカルなるが故に、農薬・農業資材・工業原材料・食品原料・マテハン器機・ゴム製品など、その商品構成は多岐にわたっていた。業績は思わしくなかった。

本社の外に営業所が五カ所あり、営業所毎に独立採算制をとっていた。ご丁寧にも、各営業所毎に月次損益と月次バランスシートまで作成していたのである。

私は社長に『バランスシートが読めますか』と聞いてみたところ、社長はじめ社内にバランスシートを読めるものはいなかった。まさにナンセンスである。そのために、本社に経理課長以下六名もの人数を割り当てていた。それでも足りないとい

毎月の決算がなかなか面倒なのである。各営業所間の商品の融通は、その売買価格や数量がなかなか合わないからである。そのために、毎月各営業所長と担当者が本社に集まり、付合せや価格調整に二日間も費やしていたのである。

全くの本末転倒がある。事業を忘れ、お客様を忘れて、何が独立採算であろうか。そのために、全くムダな計算のために不必要な人間をかかえて業績不振に泣いているのだ。

私の勧告は、独立採算制など廃止して、事業経営本来の姿に戻ることであった。事業の任務は、お客様の要求を満たすことによる経済的成果の実現にあることを忘れ、あげられた成果を計算することに憂き身をやつしていたのでは、永久に救われることはないのである。

まず第一には、独立採算制をやめることによって浮く人的資源を、販売活動に振り向けることである。経理担当など二名もあれば十分だし、部門振替や毎月二日間も各営業所長が本社に集まって行なう打合せ会など不要になるのだ。

第二には、お客様の要求を満たすための内部体勢の組替えである。多岐にわたる業界と、多すぎる取扱い商品数は、明らかに社員の能力を超えていた。とりあえず農薬と農業資材を一つのブロック、他をもう一つのブロックに分けて、担当者もそれに応じて分けることである。二つのブロックは、得意先が全く違うので、分けても何の不都合がないだけでなく、集中的なサービスを行なうための、お客様指向型の体勢なのである。

N社長は、『そんなことをしたら、営業所長をどうするのか』という質問である。どうも、こうしたことは頭が固い。 一つの建物に二つのブロックの営業所が入ったと考えればそれでよいのだ。営業所の総務事項や留守居役、事務などは、ごく僅かな時間しか必要としないのだから、女子社員にやらせれば済むことなのである。

第六話

T社は、自社商品を持つ年商三十億円のメーカーで、全国六カ所の営業所は、それぞれ会社組織として運営されていた。といっても、それぞれの販売会社の社長はT社長の兼務であり、実質的には全く一つの会社であった。会社の業績は不振で、私がお伺いした時には、メーカーのみが黒字で、販売会社は全社赤字だった。

事情を聞いてみると、対外的に具合が悪いので、販売会社への売渡し価格を値上げ(かなり大幅だった)して表面をつくろっているのだ。

私は社長に苦言を呈せぎるを得なかった。『こんなことをして何になる。実質的には粉飾だ。それも便宜的というかも知れないが、本当にそれだけだろうか。本拠の製造会社が黒字だということは、実際には赤字だと分っていても、どうしても黒字という安易感がどこかにでる。また、販売会社にしたならば、もともと利益責任を明らかにするために販売会社として独立させられたものであり、便宜的に仕入価格を値上げしたものだと分っていても、赤字という決算は情ないだけではなく、納得はしていない。現に私がそれとなく販売会社の幹部に聞いたところ、あからさまではないにしろ、明らかな不満をみせ、やる気をなくしていたのである。

恐ろしいのは、社員の不満もさることながら、こうしたク逃げ場クをつくることによる社長の安易感だ。事業経営はク背水の陣´こそ正しいのだ。それをやらないから、赤字でありながら、社員の責任を追及するが(実は自分の責任逃れ)業績挽回に対して何の方針も、計画もないではないか』と。

T社の赤字の原因は、事業部制とは別のところにあった。実用品なるが故に、商品のデザインも色柄も全く考慮されず、戦前というよりも明治以来、色も形もあまり変っていなかったことにある。

そのための売上げ不振で、数力月分の在庫をかかえて動きがとれなかったのである。 一部、試験的に社員の提案にもとづいてつくった、明るい色柄のものはよく売れていた。それにもかかわらず、社長はこれに力を入れようとせず、みすみす売上げを逃していたのである。

″穴熊社長クの危険がここにある。お得意様のところへは行かず、そのためにお客様の好みの変化に気がつかず、ク実用一点張リクでいいと思っていたことが、業績不振の根本原因だったのである。

第七話

C社は、中堅どころの工業材料のメーカーだった。系列の会社は、C社に原料を供給する会社、設備機械等を供給する会社、C社の製品を材料として最終製品をつくる加工会社など、十数社あった。それらの会社の社長はC社長の兼任であった。

業績は、中核のC社は実質万年赤字、系列の会社は大部分が黒字で、中にはかなり高業績を実質的にあげている会社もあった。                   ・

その高業績会社の一つであるK社の専務は私にボヤクのである。『うちは実質的にはかなりの好成績をあげているのですが、社長はク節税クだと称してC社への納入価格を大幅に値下げしてしまい、市価よりも安く売らなければならないのです。そのために、うちの利益が大幅に圧迫されてしまいます。そして、昇給や賞与は業績が低いということで、いつも低く抑えられてしまいます。これではやる気など起りません』と。

同じく、実質的に高業績をあげている最終製品メーカーの専務も、『うちは実質的にはかなりの成績をあげておりますが、社長が節税と称してC社からの仕入価格を大幅に値上げしてしまい、そのために低業績の決算を余儀なくされています。これでは浮かばれません。本当のところ、C社からではなく、どこかよその会社から世間相場で材料を買いたいのです』と私に語った。

本家のC社では、原材料や設備機械などを、系列会社から、他社よりも安く買入れ、製品のかなりの部分を、他社よりも高く系列会社に売っているために、知らず知らずのうちに安易感が生れ、真剣に仕事をする気構えがなくなり、生産性向上も創意工夫もあまりなく、赤字脱出どころか、ついに倒産してしまったのである。

C社グループは、実質的には事業部制である。C社長は、中核のC社の業績向上を忘れ、節税と称して価格操作を行ない、「いくら節税できた」と、全く見当違いのところで自己満足していたのである。

そのために、社長自身が、死にもの狂いでC社を黒字にすることなど忘れて邪道に踏みこみ、C社をはじめ、系列会社のすべての人々のやる気をなくさせてしまったことにも気がつかず、倒産の悲劇を自ら招きよせたのである。阿果社長の見本である。

すべて、事業部制、または事業部制に準じた組織を運営する場合には(私自身は事業部制など評価していないが)厳密な″忌避宣言権クを与えなければならないのである。これは「高すぎると思ったら、買入れを拒否して系列外の会社から買う」「安すぎると思ったら、販売を拒否して系列外のお得意に売る」という権利である。

これによって、クなれ合い″やク甘えクを防止するという建前である。しかし建前はそうであっても、もとは同根、いや実質的には同一の会社である。たとえ忌避宣言権があろうとも、これをそのまま適用したらク角クが立ってしまう。どこで恨みを買ってシッペ返しを喰うか分ったものではない。あぶなくてとても使える代物ではないのだ。

忌避宣言権など、理論的には正しくとも、外国ではいざ知らず、少なくとも日本の会社では実際に活用は難しいのである。

第八話

K社では、数年前から分離していた販売会社を製造会社と合併して、もとの一つの会社にしてしまった。

K社長いわく、『よかれと思って販売会社をつくったのですが、最近いろいると弊害がでてきました。それは、二つの会社がだんだんと別の会社になってゆくのです。もとは一つで、古い社員はお互いに知っているのでそれ程ではないのですが、新しく入った社員は別々の会社の社員であり、どうもしっくりいかなくなったのです。我社もこれからが大切な時期であり、お客様第一に全社が心を一つにし、さらに新しい市場戦略を展開してゆくためには、 一つの会社でなければならない、と感じたからです』と。

戦後、アメリカから事業部制という考え方が導入された。ドラッカーの著書「現代の経営」では、ク連邦制組織クとして、ジェネラルモーターズの例を引いて論ぜられている。その他、ジェネラルエレクトリック、IBM他、 一流企業の事業部制が紹介され、それが極めて優れた組織として、大きな成果とさまざまなメリットを生んだということである。

アメリカでよいといわれたものは、何でも無批判に取り入れ、それを拡大解釈して一種の流行をつくりだすのが日本人である。

事業経営など全く知らない連中が、「事業部制ほど優れた組織はない」といわんばかりに、これをはやしたてたのである。そして、事業部制ブームが到来したのである。

それには、日本にもすでにその下地があった。″独立採算制クがそれである。独立採算制と事業部制は、その基本的な考え方は全く同じである。

違うところは、独立採算制が、単に部門利益責任だけをいっているのに対し、事業部制は、それぞれのグループが一つの事業単位として、商品開発、マーケティング、製造または仕入れ、資金から財務全般についての総合的な活動を行なうという点である。日本においては、この二つの区別がアイマイになり、中小企業では、名前の違いだけで実質的には同じというような会社もかなりある。二つの違いはたいして重視されていない。重視されたのは、夕部門利益責任クという考え方だったからである。

ク部門利益責任制´、これこそ事業経営者の心をとらえた考え方であり、これさえあれば、あとはどうでもよいのである。経営者として、こんなうまい話はない。自ら責任を負わなくてよいからだ。そして、この考え方こそ企業利益をあげるク決め手クであるかの如き論調が、広く深く企業に浸透していったのである。

皮肉なことに、ク部門利益責任クという考え方自体が、事業部制、独立採算制のク致命的欠陥´なのである。

「人間は、責任を負わされると責任を果そうとして努力する」という単細胞思考が、この制度の思想である。そして、それはたしかにその通りである。その通りなるが故にこの制度は企業に害毒を流すことを考えてみなかったのである。そこには人間のク心理クの無視があるのだ。

人間は、責任を負わされると、これを果そうとする。自らの部門の利益責任を負わされたのだから、これを実現しようとするのは当り前である。しかし、これはあくまでも部門責任であって、会社の利益責任を負わされたのではない。当然のこととして、社員は自らの部門の利益にのみ焦点を合わせて、自らの部門の利益が減ると思われるようなことは、たとえそれが会社の利益増になろうと、 一切考えようとしなくなってしまう。それだけではない。それぞれの部門では、他部門の利益との比較に関心が向く。

部門比較を社長からやられるからである。この場合に、部門責任者の眼は本社費の配賦に向く。自らの部門の業績が上がらないときには、ここに論議を向けてゆく。

そして、その配賦の妥当性がむしかえし論議されて大切な時間を空費してゆく。しかし、何といっても部門責任制の致命的な欠陥は、あくまでもク短期的利益″だけを追求することである。

当然のこととして、短期的な利益の追求のみで、長期的利益など考えてもみなくなってしまう。こんな恐ろしいことはない。

アメリカ経済の没落は、株主が配当を要求することが強すぎるために、そして、それがそのまま経営者の評価にもなるために、企業経営者は短期的利益をあげることのみに努力を集中し、長期的な展望に立つ、企業の長期的な発展を考えなくなってしまったのである。

アメリカの例をみるまでもなく、日本の部門利益責任制のもとでは、短期的利益しか考えない。事業部制をとった会社の社長からの、私に対する相談で最も多いのは、「新製品の開発がうまくできなくなった」というものである。当り前である。

新商品開発というものは、経費だけかかって、その期の売上げにはならない。その経費分だけ当期利益が減る。だから、新商品開発などやろうとしなくなるのだ。また、まだ売上げは少ないが、将来を期待する商品の売上げには熱を入れない。こういう商品は、経費に比較して収益が少ないからである。

その他、販売促進のための情報収集活動とか、販売促進費など、これを節約しようとする。設備投資も、金利と減価償却費の増大をもたらすために消極的になる。さらに、製造と販売を別会社にしている場合にしばしば起きることは、片方の会社が黒字で、他の会社が赤字だという現象である。

この時には、黒字会社の税金を減らすという目的で、両社間の売買価格を変えるという煩わしくも阿果らしい操作をする。何が個々の会社の利益責任なのか。両社間の売買価格の操作一つで、両社間の利益など、どうにでも変えられる。しかし、個々の会社の利益がどう変ろうと、両社の利益の合計は変らないのだ。利益責任制なんていってみても、その正体はこんな他愛ないことにしか過ぎないのだ。

ただ一つのメリットは、両社の経理的処理が繁雑になって、必要以上の人間を雇うというク失業者減らしクに貢献し、経費を喰うことによって、他社の収益を向上させることである。

このように、将来の収益をあげる活動を犠牲にして、現在の利益をあげようとする。その結果は、会社の業績は徐々にではあるが確実に低下する危険が大きいのだ。

各部門では、必死になって経費を節減しようとしても、部門毎に独自の活動をしなければならないための管理人員の増大によって、会社全体では、管理人員と管理費の肥大を招く、という皮肉な現象が起る。もう一つ、大きな罪悪をもたらしていることがある。

それは、外部情勢の変化に対応する、機動力と弾力性が失われてしまうことである。部門責任制は、自らの部門だけの成績が唯一つの関心となり、他部門のことなど、自分の部門との業績比較― ‐実はこれが非常に大きな関心として、常に一喜一憂している― ‐以外は我関せずである。他部門がいかに忙しかろうと、全くの知らぬ顔の半兵衛で、応援などしようとしない。これは分掌主義組織のもとでも起ることであるが、他部門の業績向上を喜ばないという対抗意識があるだけ始末が悪い。こうしてお客様へのサービスは悪くなり、せっかくの収益獲得のチャンスを逃してしまう。同時に占有率向上のキッカケも失ってしまうのである。数えあげてみると、まさにク百害あって一利なしクである。

このような体たらくになるのも、利益責任を部門に負わせるという、全く間違った考え方に根本的な誤りがあるからだ。

部門利益責任制といって、部門に責任を押しつけることはできる。しかし、責任を押しつけられた部門で、この責任を果すことは初めから不可能なのだ。

部門の長の立場を考えてみていただきたい。事業方針も、販売する商品も、与えられた人的。物的資源も、活動すべき地域も、すべて社長から基本的な枠をはめられていて勝手な行動など許されないのだ。

部門利益というものは、この基本的な枠組みによって、あらかたきまってしまっているのだ。部門長の能力と努力による部分は僅かしかない。そのような状態の中で利益責任を負わされたのでは、責任者は浮かばれないのである。

その、苦しまぎれの行動が、ここにあげた、さまざまな害毒を会社に与えることになるだけの話なのだ。そして、この責任は部門責任者には断じてない。すべてが社長だけの責任である。

以上に述べたことは、部門責任者の立場を云っているのであって、これが部門責任制をとってはいけない、という真の理由ではない。

真の誤りは″部門に利益責任を与えるクということ自体にある。会社の利益責任は、何がどうなっていようと、社長ただ一人が負うべきものなのだ。それを社員に与えること自体、無責任極まる社長の態度なのである。社長が、自らの責任を果そうとせずに、これを社員に要求するとは、言語道断というべきである。

この、根本的な誤りから、この節であげたような、さまざまな誤りが誘発され、これが会社の業績を落し、人々の魂までも腐らせてしまうという大罪を犯しているのである。

社長たるものは、「会社の全責任は自分にある」という正しい態度を堅持し、正しい経営を行なわなければならないのだ。そうすれば、部門利益責任制などという世迷い言に惑わされるようなことは起らないのである。

部門利益目標は社長の目標である

部門別利益責任制というのは、社長が自らの責任を忘れて、これを社員に押しつけている、ということである

これに対して、部門別利益目標というのは、社長が自らの責任を果すために、自らに課す目標である。

社長が、自らの会社を存続させるために必要な利益を生み出すために、「どうしたらいいか」という設問がなされるのは当然である。

社長は、この「どうしたらいいか」を決めるためには、会社全体を一つにして考えてもダメである。どうしても「細分化」して考えなければならない。

その細分化は、商品別、地域別、部門別など、必要に応じて行なうのである。いろいろな細分化の中の一つとして部門別細分化がある。部門別細分化が唯一つのものではない。

社長は、「部門別に細分化して考える必要がある」と思ったなら、この細分化を行ない、個々の部門について目標を設定し、この目標を達成するためのク方針クを明らかにしなければならない。

決定された目標と、それを達成するための方針は、経営計画書に明文化され、経営計画発表会をはじめとして、あらゆる機会をとらえて繰返し強調し、社内への浸透が図られなければならないのである。

この場合に、「目標に対する責任は、あくまでも社長ただ一人にしかない」ということを、社長自らが認識するだけでなく、社員にも認識させなければならないのである。

では、社員の責任とは何であろうか。それは「方針を忠実に実行し、積極的に推進する」という責任である。

だから、社員は目標が達成されなくとも責任を負わなくてよいが、方針不実施の責任は追及されるのである。

これこそ正しい姿である。この思想を革命的とも受けとる人も多いと思う。しかし、この思想は革命でもなければ、ユニークでさえあり得ないのである。当り前すぎる程当り前の思想である。蛇足ながら、この当り前の説明をしよう。

会社がつぶれた時に誰が責任を負うのだろうか。社長ただ一人が全責任を負うのだ。文字通り社長ただ一人が責任を追及されるのであって、いまだかつて副社長や専務の責任さえ追及されたことは皆無なのである。ましてや社員の責任など初めから全くないのである。

社長は、自らの責任を果すために、自らの意思で目標を設定し、方針を打ちだすのである。

社員は、社長の目標を理解し、方針を胸に刻んで、あくまでも方針にもとづく行動をとらなければならないのである。方針違背は許されないのだ。

社員が方針にもとづく行動をとる限り、社員には目標が達成されようとされまいと、会社が赤字になろうと、つぶれようと責任はないのである。結果が悪いのは方針が悪いのであって、方針を打ちだした社長が全責任を負うのである。

以上が、社員は目標達成責任がなくて、方針実施責任を負うという説明である。この当り前のことが、ゆがめられて当り前でなくなっているのが世の常であり、当り前のことが行なわれないと会社の業績も上がらないのである。

社長が結果に対する全責任を負い、社員に対しては方針の実施責任を負わせている会社は、会社の方向づけが間違っていない限り、必ず立派な業績をあげられることは、私のお手伝いしている多くの会社で実証ずみである。

こういう会社は、個人の販売ノルマなど無いのはいうまでもない。販売ノルマを外した会社では、例外なく売上げが上昇しているのである。I社長などは、『販売ノルマは諸悪の根元である』と私に云い切っているのである。

たくさんの会社で、社長が明確な目標や方針を打ちだせないのは、 一つには、社長が外に出ないために、お客様の要求も、同業他社の動きも、全くというくらいつかんでいないからであり、もう一つは、社長が自らたてた経営計画書を持っていないために、自分の会社のことさえハッキリ分らないところにある。外も内も分らないのでは、目標の設定も、方針の打ちだしようもないのである。

無目標・無方針経営にならぎるを得ない。そして、不安と迷いの中にいて、本当のところどうしていいか分らない社長にとって、部門利益責任制はク救いの神クとも思われる思想である。それは誠に素晴らしいものに映るのである。

「部門のことは、部門の人のほうが社長よりよく知っているのだから、それに利益責任を与えて、これの実現を図るのがよい。人間は責任を与えられると、その責任を果そうとする」という、もっともらしい説明に、 一も二もなく飛びつくという誤りを犯してしまうのである。

私の社長学シリーズで何回も繰り返しているように、事業というのは市場― そこにはお客様と競争相手がいる――に対する活動であって、会社の内部に対する活動ではないのだ。

当然のこととして、市場の状況を社長が知らなければ、正しい事業経営はできない。その市場の状況は、社員の報告だけでは絶対に知ることができないということも、繰返し述べている通りである。

市場の状況は、社長が自ら外に出ていって自分の日で見、自分の耳で聞き、自分の肌で感じとるよりほかに、絶対に方法はないのである。これは、私の勧めで外に出た数多くの社長が、自らの実感として私に語っているのである。

社長が外に出て、まっ先に気がつくことは、社員からの情報がいかに真実を伝えていないか、次元の低いことばかりであるか、ということである。

それと同時に、社長が自ら知った市場の状況から、我社はどうすべきかを決めることは、むしろやさしいのである。

そして、部門のことは部門の人々が一番よく知っている、などという主張が間違っており、部門の自由意思によって事業を経営することなどとんでもないことだ、部門目標も部門方針も社長自らたてなければならない、ということを痛感する筈であスOcそして、こうなってこそ事業の経営は本物であり、成果を期待できるのである。

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