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六、蛇口作戦

目次

流通業者は売ってくれない

K社は下請加工業者であったが、下請加工業からの脱皮を目指して、自社商品を開発した。この商品は、既に先発業者が成功を収めているものだけに、大きな期待をかけての開発であった。

商品の開発はできたが、販売が難しかった。有望な販路は、既に先発数社の競合が激しく、とても割込む隙はなかった。

そこで、新しい販売チャンネルとして、大手のプロパン業者M社と、総代理店契約を結んだのである。

ところが、売上げはさっぱりで、発売後一年で月商千台がやっとであった。採算ベースに乗せるには月商三千台が必要である。

私はK社長を説いた。『自分の会社の商品は自らの手で売らなければダメである』と。K社長はケゲンな顔をした。

『販売は総代理店に任せてあり、 一台当りの販売促進費まで負担しているのだから、M社で売るのが当り前である。こちらは製造を担当していればいい』というのである。

私は再び社長を説いた『総代理店だから我社の商品を売ってくれる、と思いこむのは全く間違っている。確かにM社と契約はした。

しかし、M社では総代理店になったからといって、売らなければならない責任など感じているわけではない。また一生懸命売ろうとするセールスマンなど一人もいないのだ。

M社で考えているのはM社の業績であって、あなたの会社の業績ではない。M社で総代理店になったのは、「ひょっとしたら我社の業績に貢献するかも知れない」と思ったからで、あなたの会社のためにあなたの会社の商品を売ろうとしているのではないのだ。だから、あなたの会社自身で売らなければならないのだ』と。

私の言はK社長にとって、よくは分らぬながら、かなりのショックだったようだ。いくらM社が売るべきだと思っていても、現実に売上げが伸びないので、私の言うことにも一理あると思ったらしい。

ともかく、私の勧めに従ってK社長は自ら売ってみようと思った。方法はトラック・セールスである。セールスマンがトラックに商品を積込んでM社の営業所を訪れ、その晩は一パイやって営業所員とまず親しくなり、翌日営業所員と同行セールスをするのである。

トラックニ台でこれを実施したところ、三カ月日には月商五千台を達成したのである。K社長は、初めて販売とはどういうものかを理解したのである。

T社にお伺いした時に、T社では売上げが伸び悩みであった。T社長は「穴熊」であった。私の勧めで問屋回りをしたところ、『我社の商品を持ち廻って売ってくれる問屋は一軒もない。いままで問屋が売ってくれると思っていたのは全くの間違いであることが分った』と認識を改めたのである。

S社長いわく、『我社では、創業した時には、全国に販売網を持つ大手間屋がいいと思って、大手四社と代理店契約を結んだ。しかし、さっぱり売ってくれない。仕方がないので、我社自身でサブ店や再販店を廻って売込みを行なわなければならなかった。その当時はシャクにさわったが、今では割切っていますよ。やはり、自分の会社の商品は自分で売らなければダメですね』と。

Q社にお伺いした時に「シンデレラ」らしい商品があった。私の六感に 「面白いな」ときただけでなく、その販売実績は販売法との比較でもシンデレラ的であった。

私の感じを社長に申しあげて、『力を入れて売ってみたら』と勧めた。

私の勧めに社長は『では、全国に販売網を持つ業者に売ってもらう』というのである。私は、「全国的な販売網を持った業者だから、我社の商品も全国的に売れる」と思うのは間違っている。

大きな業者になるほど、たくさんの商品を扱っていて、個々の商品の面倒見はできなくなることを説いて、Q社の商品にふさわしい流通業者は、地域占有率の高い専門業者であるから、そのような業者と結ぶことを勧めたのである。

たくさんの会社で、代理店と契約すると我社の商品をその代理店が売ってくれると思っている。そして、その代理店は全国的な販売網を持って、手広く商売している会社がいいと思いこんでいる。これらはすべて完全な「天動説」である。

流通業者が忠誠を誓っているのは、代理店契約をしているメーカーではない。それは、自分自身の会社なのだ。メーカーと代理店契約をするのは、たくさんのメーカーの代理店になっていれば、その中には我社の業績にプラスになる会社が、いくつかあるだろう、と思って契約をするのであって、メーカーに忠誠を誓うためではないのである。

だから、代理店の収益に寄与しない商品は、代理店契約をしていようとも、決して力を入れないのである。

我社の商品を代理店が力を入れて売っているとすれば、それは代理店だからではなくて、「儲かる商品」だからなのである。代理店契約をしても、売ってくれるかどうか分らないような、頼りない流通業者ならば、何故、たくさんの会社が流通業者を代理店として利用しているのか、という疑問にぶつかることになる。 

ところが、代理店を利用することは大きな利点がある。それは、その代理店の持っている販売網を、即座に利用できるからである。

もしも、自分の会社で自社の商品を売る販売網を作ろうとすれば、多額の費用と多くの時間を必要とする。そのような努力を全く必要としないのが、代理店と契約するということである。その報酬が代理店に払うマージンなのである。だから、マージンというものは「販売網利用料」であって、「販売手数料」ではないのである。販売はあくまでも自らの会社で行なうものなのである。

問屋に払うマージンは、高速道路の通行料金と同じ性質なのだ。

高速道路通行料というのは、「道路利用料」である。だから、利用料を払ったからといって、高速道路公団の職員が自動車を運転してはくれない。

問屋にマージンを払ったとて、それは販売網利用料ではあっても、販売手数料ではない。問屋が販売してくれる筈がないのである。

我社の商品の販売は自ら行なわなければならないのである。

このことが理解できないのは「天動説」にとらわれているからであり、天動説にとらわれている限り、販売は永久に軌道に乗らないのである。

代理店に販売網利用料を払い、その販売網を利用して自ら売る、という態度こそ本当なのである。

このことは、小売店に対しても全く同じである。小売店に払うマージン(問屋を通す場合には間屋を通じて払われる)は、販売手数料ではないのである。その本質は「売場借用料」なのである。

自ら小売店舗を作るには、これまた多額の費用と時間を必要とする。そのようなことをやらずに済むのが、既存の小売店を利用することである。当然のこととして、売場借用料を払うのである。小売店の売場を借りて自ら売る、のである。

「天動説」を捨て、我社の商品は我社自らの努力で売ることこそ、生き残るための基本的態度なのである。

その基本的態度を、「例え」で考えてみよう。ここに油タンク(間屋)がある。タンクの中の油(我社の商品)が減らなければ、油を補充することはできないのだ。とするならば、タンクの油を減らすにはどうすればいいのだろうか。いかに頻繁にタンクの油の減り工合を見に行っても、油の減少速度を増加させることはできない。できることは、油の減り工合が分るということだけである。これは「促進」ではなくて「監視」にしかすぎないのである。

タンクの油を減らす手段は「蛇口」をひねることなのである(蛇口とは小売店のこと)。

小売店の売上げ増大こそ、販売促進なのである。では、最も効率的に蛇口から流れ出る油の量を多くするには、どうしたらいいかということになる。

多くの間屋では、「蛇口の数を多くする」ことに最も高い関心を示す。これが、「我社の商圏の中の、総ての小売店に我社の商品を入れる」という考え方と行動になってゆく。

これが、どの間屋にとっても、「新規開拓」という「神話」を生みだしているのである。

これが、 一つの小売店に対して、たくさんの問屋のセールスマンが売込みを計るという、どうにもならない過当競争という現象を生みだしているのである。全く阿果らしいことである。

販売促進とは、小売店の数を増やすことではなくて、販売金額または数量を増やすことである。この平凡な原理が分らないのである。

蛇口から流れ出る油の量を多くする効率的な方法は、蛇口を大きくすることと、蛇口を開いている時間を多くすることである。理想は「たれ流し」である。これがうまく行なわれれば、蛇回の数は少なくともよい、というよりは、これこそ望ましい姿なのである。

そのためには、小売店に対して販売促進をかけることである。これを「蛇口作戦」という。蛇口作戦こそ販売促進の本当の姿なのである。

この蛇口作戦をさらに進めると、直接消費者に働きかけることになる。真の販売促進は、ここまで徹底しなければならないのである。

そんなことまでするのなら、間屋などいらないではないか、いや、間屋をバカにすることになるではないか、という感じを持たれる方がおられるかも知れない。

そういう人は小売店の実態を知らないのである。「小売店が我社の商品を売ってくれる」と思いこむのは「天動説」である。小売店はたくさんの会社の多種多様な商品を扱っている。特定の会社の商品を常に力を入れて売ることなどないのである。

小売店はメーカーや問屋に忠誠を誓っているのではなくて、自らの事業に忠誠を誓っているのだ。だから小売店は売れる商品に力を入れるのであって、売れるものならメーカーなどどこでもよいのである。

つまり、小売店は決して我社の商品を売ってはくれないのである。ただ、売場に並べておくだけなのである。売るのではなくて、「売れてゆく」にすぎないのである。

我社の商品を売ってくれない小売店を、ではなぜ利用するのだろうか。それは、小売店は売場を持っており、その売場を使わせてもらえるからだ。

繰返すが、小売店に払うマージンは明らかに「売場借用料」であって、販売手数料ではないのだ。

売るのはあくまでも自分の手で行なうのである。これが販売促進の正しい態度なのである。同時に、最も効率のよい売り方なのである。

この、最も効率のよい売り方を、殆んどのメーカーは最も効率の悪い販売法と思い違いをしているのである。そして、最も効率の悪い、というよりは販売監視にしか過ぎない問屋訪間にうき身をやつしているのである。

そこで、この章では、効率的販売の決め手である「蛇口作戦」とはどんなものかを、色々な事例で考えて見ようというのである。その前に、この項のまとめをしておこう。

いつ、いかなる場合にも、自らの商品は自らの手で売らなければならない。流通業者は我社の商品を売ってはくれないのだ。問屋の持っている販売網を利用し、小売店の持っている売場を借りて自ら売るのである。という基本認識に立ってこそ、販売は成功するのである。販売の成功は事業の成功なのである。

以上は、消費財や業務用品などについてのことであったが、生産財についても蛇口作戦は全く同様である。流通業者に販売を任せて、我社は製造をやっていればいい、というような考え方では、販売は成功しない。「蛇口」つまリエンド・ユーザーに根気よく、定期的に働きかけてこそ、成果が期待できるのである。

蛇口をひねる

G社は家庭用品のメーカーである。私がお伺いした時には、 一年半も前から売上げの伸びが止まって一進一退の状態であった。

社長は売上げ増大に懸命だった。年間を通じてのテレビとラジオのコマーシャルに多額の費用を投じ、ポスターやチラシをつくっては代理店に持ちこんでいた。それらの策も売上げ増大にはつながらなかったのである。

営業員は二人しかいなかった。総代理店に販売をまかせているからセールスマンはいらないというのだ。こういう会社は、会社ではなくて「工場」という。

私は、『何がどうなっていようと、自らの商品は自ら売らなければならない。それは「蛇口作戦」をやればよい。そのために必要なセールスマンは、内部管理の簡素化によって生みだせばいい』と社長を説いた。

間違ったマネジメントの思想に毒されて、多くの人員を「管理というムダ」に投入していたのだ。もったいない話である。私の目から見ると、二十名程は生みだせると思われるほどであった。

社長は私の勧告に従って自ら売ることを決意した。十五名ほどのセールスマンを配転によって生みだし、即席の教育である。教育は顧間のK氏が指導した。

その教育は、 一人がセールスマン役で売込み、一人が消費者で断わり、という「お芝居」であった。これはごく短期間で終り、営業にとび出させた。いうまでもなく「蛇口作戦」である。

まず、実験である。予め狙いをつけた小売店を訪れ、その売場に陳列してある商品を持出して、近所の家を回っての訪問販売である。 一日でその店のニカ月分以上も売ってしまう。三カ月分、いや四カ月分も売れることさえある。

これには小売店の主人がびっくりしてしまう。そして『こんなに売れるものなのか』と認識を新たにする。そこをすかさず、『だから、もっとよい場所に並べて下さい』とやる。

店主は一も二もなく承知する。それだけでなく、『今度特売をやってみたいが応援してもらえるか』と全く態度が変ってしまうのである。協力を約束するのはいうまでもない。

ある時、G社長は笑いながら『実は昨日の夕方、ある小売店の主人から電話があり、「今、おたくのセールスマンの方がお帰りになりました。

今日はこれこれの売上げをあげていただき、有難うございました」と礼をいわれました。うちのセールスマンに敬語を使いましたよ』と話してくれた。儲けさせてくれる人には敬語でも何でも使うのだ。

大型小売店に対しては、銀座のM店でまず実験をやってみた。過去の売上げ実績を調べてみたら、 一日一個平均の売上げで、ボーダー・ラインすれすれである。

実験というのは、 一週間に一回売場にゆき、陳列品の整備である。予めの調査で、売場が荒れていたためである。品物をピカピカに磨きあげ、きめられたディスプレーをするのである。その効果はたちまちあらわれ、何と一日十個の売上げを記録したのである。

以上の二つの実験で、「どうしたら売れるか」が分った。あとはこのやり方を計画的に強化し推進するだけでよい。 

一年半も頭打ちしていた売上げが、着実な足取りで上昇しだしたのである。

販売促進というものは、ただムチャクチャに押込みをやっても意味がない。

いろいろな売り方を実験して見て、その中から効果の大きな方法を探しだすのだ。これが分れば、あとは簡単である。「こうしたら売れる」という売り方を実験によって見つけだせ。これが販売促進の基本原理である。

蛇口作戦は、作戦開始前に必ず問屋に了解をとっておかなければならない。これは、誤解を防ぐためだけでなく、間屋に「貸し」をつくるためである。

メーカーが直接小売店の売上げ増進活動をやれば、小売店と問屋はメーカーに「借り」ができる。そのために、値引や値下げ要求がやりにくくなる。流通業者から、やたらと値切られるのは、メーカーが自ら売ろうとしないから、と思わなければならないのである。

同行販売作戦

G社で初めて同行販売を実施してみた。ある地区を三日間やったところ、三カ月分以上の売上げがあった。G社長は、こんな素晴しい販売法があろうとは知らなかったという。

ところが、 一回行っただけであとは訪問しなかった。しばらくして、その大部分は返品を食ってしまったのである。

これは、売れたのではなくて、小売店に置いてきたのに過ぎなかったのである。何のことはない、単なる押込みをしてきただけである。同行販売を売込みと勘違いしている。

同行販売の目的は売込みではなくて「顧客確保」である。その狙いの一つは、メーカーの姿勢を問屋や小売店に示すことである。

メーカーのセールスマンが、わざわざ小売店まで訪問してくれた、ということである。だから、この時に強引に押込み販売をすると、かなり成功する。セールスマンの顔を立ててくれるからである。

これを売上げと思いこんでしまうのである。返り注文が来ない限り、売れたのではないのである。

同行販売の場合に、間屋の態度は二つある。一つは間屋のペースで廻るのであり、もう一つはそのメーカーの商品をよく売る小売店だけを廻るというものである。

問屋のペースで廻るのでは効率が悪い。小さな店までおつき合いさせられるおそれが多いからである。よく売る小売店だけを廻ったのでは、実態を捉えることができないし、シンデレラ店を発見することはできないからである。

そのような欠点を承知の上で同行するのである。

同行販売は、メーカーの姿勢を示すものである限り、継続しなければ意味がない。といって、メーカーのセールスマンが問屋のセールスマンと同行ばかりしていたら、いつまでたっても「乳離れ」はできない。

それに、間屋のセールスマンにとっても有難迷惑である。だから、同行は一カ月のうち何日と決めて、あとは自主訪間をするのだ。

同行販売というのは、同行に意味があるのではなくて、「訪問」に意味があるのだ。だから、同行販売(実は訪問)と自主訪間を組合わせればよい。

つまり、間屋と相談して同行訪問何日、それ以外は自主訪間とすればよい。ただし、自主訪間の場合には、計画と実施報告を問屋に対して行なわなければならない。相手に貸しをつくるためである。

この自主訪間を行なうための情報を、同行訪間によって手に入れるのである。その情報とは、小売店の店格や立地条件、店主の方針や熱意などである。

自主訪間の利点はいろいるある。同行販売では、どうしても間屋のセールスマンのペースに従わなければならないという制約のもとで、効率の悪い訪間を行なわなければならないことは既にのべた。

聞きたいことや言いたいことも思うにまかせない。その上、間屋に貸しをつくることにはならないかも知れない。相手はこちらに貸しを作ったと思っているかも分らないからである。ところが、自主訪問どころか、同行販売さえも許してくれない問屋がある。

このような問屋に対しては、社長自ら説得にのりだすのである。しかし相手は警戒心が強いから、容易なことでは陥落しない。根気よくこちらの意図を説明することが大切である。

この場合、我社で行なっている実例で効果をあげるとよい。

それでもダメなら、いったんは引下り、機会を待つのがよいだろう。しかし、私の経験からすると、こういう問屋は優れた会社でない場合が多いことも事実なのである。どうしてもダメなら捨てたほうがよいと思うべきである。

訪間は売込みではない

P社は事務用機器の商社である。主力商品である電子複写機の売上げ実績が思うにまかせなかった。それは、更新需要があまりとれないからであった。

電子複写機は、いったん売ったら、更新まで四〜五年はかかる。その更新需要期に来た顧客を名簿から拾っては訪問していたのである。ところが、その殆んどはすでに他社から買ってしまったか予約済みであった。

売込むまではせっせと通い、売ったとたんに訪問しなくなるのでは、顧客から見たら現金な会社だ、と決して快くは思ってくれない。

ましてや三年も四年も音沙汰なしで、そろそろ更新期が来たからと売込みに来られても、そんな会社からは買いたいとは思わない。予約などなくとも「予約済みだ」ぐらいのことは言いたくなるのである。

こうした誤りをおかすのは、「訪間の目的は売込みである」という間違った考え方をしているからである。だから、いったん売ってしまえば訪問しなくなる。この考え方は、多くの会社に根強くはびこっているのである。

セールスマン不足という理由がこれに拍車をかけ、効率的販売という神話がその正当性を主張するのだから始末が悪い。また、ベテランのセールスマンほどこの考え方が強くなる傾向がある。

訪間の目的は、明らかに売込みではない。それは「顧客確保」である。訪問しなければ他社に顧客をとられるのだ。訪問こそ、市場戦略の基本的活動なのである。そして、それは訪間というよりは巡回―つまり顧客パトロールなのである。

警官のパトロールの目的は泥棒をつかまえることではなくて、犯罪防止にあるように、訪間の目的は売込みでなくて顧客確保なのである。

この正しい考え方を社長自身がまず持たなければならない。そして、顧客に対する定期訪間を厳しく指導しなければならないのである。

というのは、セールスマンは自らの売上げノルマを達成するために、最も効率的であると思う訪間をしたがる。それは「売込み訪問」にきまっている。

だからこそ、よくよく訪間の目的を説明し、訪間は売込みではなくて顧客確保であることを納得させる必要がある。

ところで、セールスマンの歩合給を採用していると、この定期訪間は不可能になる。歩合制なるが故に、セールスマン自身で最もよいと思う行動をとる。

またとってよろしいという会社の意思表示が歩合制だからだ。ということは、会社としての統一した方針に基づく市場戦略の遂行を放棄してしまっている姿がそこにある。これで戦に勝てるわけがない。

だから、歩合給などは、ごく特殊な場合を除いては、やるべきではないのである。自らの販売戦略に基づく、自らの手による計画訪問こそ、我社の市場と顧客を確保するものである、ということを肝に銘じなければならない。

セールスマンの顧客に対する定期訪問―つまり巡回を、いやが上にも効果的にするものが、社長の表敬訪間である。私のすすめでこれを行なった社長が異口同音に『こんなに効果があるとは思わなかった』という感想をもらすのである。

訪間を受けた側では「社長がわざわざ来て下さった」と強烈な印象を受けるからである。ということは、その裏をかえせば、世の社長族がどのくらいお客様のところへ行っていないかということなのである。だからこそ、相手を感激させるのである。

表敬訪間をやらずに、セールスマンだけに任せているのは、販売促進、占有率確保の大きなチャンスを社長自らが、逃しているということになるのである。

社長の表敬訪間は、実は「建前」なのであって、その建前だけでも絶大な効果があるのに、それに加えて「本音」の方にさらに大きなメリットがあるのだ。

そのメリットとは、まず第一に顧客の要求とその変化を的確につかめることである。社長が訪問すれば、先方でも偉い人が応待する。

偉い人ほど、雑談の中でさえ、事業経営に関する次元の高いことが話題になるからである。

第二には、我社のサービス不足やクレームを知ることができる。第二には、競合他社の動きに関する情報も入る。特に他社の社長が訪問しているかどうかは大切である。

訪問していることは、まずないといえるが、訪問していなければ我社は優位に立っているのだし、もしも訪問しているようならば油断はならないのである。

「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」という孫子の兵法は、現在の企業戦争においても立派に生きているのである。そして、孫子の兵法が、販売戦争ほど認識されていない世界はないといえよう。

だからこそ、この兵法を社長自らの得意先訪間によって実践したならば、その効果は大きいのである。まさに百戦危うからずということがいえるのである。

ここのところに、我社の業績向上と発展の大きな秘密がかくされているのだ。その秘密の活用は、社長自身の行動によってのみ可能なのであることを、よくよく心得ていなければならない。

蛇口作戦の正しい認識をもっていれば、「電話による受注伺い」なるものがどんな効果を持っているかが分る。電話には販売促進の効果などない。それどころか、電話で受注伺いをやっていたらお客様を失うことになる。

この電話だけで訪問しない、というやり方をとりたがるのが、ベテランのセールスマンに多い。業績の上がらないベテランのセールスマンについては、この点をチェックしてみることが大切なポイントの一つである。

電話による受注伺いがお客様を失うということであれば、これを逆に利用する方法がある。それは、切捨てたい得意先は電話による受注伺いに切換えるのである。

こうすれば、受注は次第に少なくなり、ついにはその目的を達することができるのである。しかも、相手にこちらの切捨ての意図をさとられないか、たとえさとられても、我社に対する悪感情を少なくできるという効用があるといえよう。

小売店直撃作戦

R社は関西地方の食品メーカーである。R社長は、『東京に進出したいが、どうしたらいいか』という質問である。私は『小売店を直撃せよ、社長自らの開拓活動によって小売店への売込みを実現することが第一である。

成功したら、「どの問屋を通して納入したらいいか」と小売店から問屋を指定してもらう。指定された問屋に話を持ちこめば成功疑いなし』と答えた。

R社長は、東京の大手スーパーS社に働きかけた。社長の懸命の努力が実って売込みに成功した。そして、S社の指定する間屋に出向いて、この話をした。

間屋ではびっくりすると同時に、一も二もなくこの話を承諾した。その問屋としたら、こんなにうまい話はなかったからである。

R社は間屋に対して大きな「貸し」を作ったことになる。案の定、その問屋ではR社の商品に力を入れ始めた。

小売店直撃作戦は、メーカーが新市場開拓の場合に最も有効な手段である。というよりは、これより他に手段はないと思ったほうがよい。

むろん、間屋に働きかけて口説き落すという作戦はある。しかし、この場合には「問屋にお願いして売ってもらう」ということになり、間屋に対しては「借り」ができることになる。

そのために、前にものべたように値切られたり、決済条件は間屋の言いなり、ということになってしまうことが多い。「遠隔地などでは、間屋に頼るより外に仕方がないではないか」という考え方も一理あって間違いではない。

しかし、この考え方では本当の意味での販売促進にはならない。特に新市場を開拓しようというからには、その市場は例え遠隔地であっても、我社にとっては重要なものの筈である。

我社にとって重要でない市場ならば、何もわざわざ新規に進出しなくともよいからである。その重要市場を、遠隔地であるという理由で、蛇口作戦を行なわずに問屋に任せるというのは、明らかに首尾一貫しない考え方である。

このような考え方をするのも「天動説」なのである。天動説にとらわれている限り、新市場の開拓も、その市場の占有率確保も不可能と思うべきである。

なにも、新市場の小売店を、くまなく開拓しなければならないというわけではない。有力な小売店を一店舗でいいから、社長自ら開拓すればよい。あとはセールスマンによる「同行販売」から始めて自主訪間を加えてゆけばよいのだ。

社長自らが陣頭に立って新市場開拓を行なってこそ、問屋も我社のセールスマンも真剣になって販売するのである。

セールスマンに新市場開拓をやらせるという「陣後督戦」と、間屋に任せるという「天動説」にとらわれているうちは、販売成果は期待できないことを忘れてはならないのである。

くどいようだが、社長自ら先頭に立って販売戦略の推進をする会社が少なすぎる。その理由は、忙しくてとてもそんなことまで手が回らない、というのが大部分である。

何がそんなに忙しいのかというと、社員の日常業務の指揮監督である。つまり「現場監督」なのである。事業経営にとって最も次元の低い業務を行なっていて忙しいというのでは話にならない。

だいいち、社長が毎日会社の中にいて、現場監督をしなければ会社が回らないというのであれば、そのほうが余程問題である。それは、社員を信頼していないからに外ならないのである。

なぜ信頼できないかというと、自らの姿勢を明確にせず、会社の行くべき道と方針を社員に明示していないからである。社員としたならば、それぞれが自分で正しいと思われることをするより外はない。

それが社長の意図と合致しない場合がしばしば起きるために、社長はこれをいちいち修正しなければならないのである。それを社員の無能や無自覚、無責任というふうにとってしまう危険が大きいのである。

こういう社長ほど、社員の能力を自分の物差で測る。社長の物差で測って合格する社員などめったにいる筈がない。社員の能力は、社長の物差の十分の一、いや百分の一で測って合格すれば、それ以上を望むのは、虫がよすぎるのである。

話をもとにもどすが、社員の日常業務などは、上手だろうと下手だろうと、会社の業績に対してたいした影響はないのだ。

会社の業績に影響を及ぼす日常業務は、お客様に対するサービス不良である。これは社長がお客様のところヘ行かなければ分らないのである。

次元の低い現場監督業務など、社長のやるべきことではないのである。

もう一つ、社長として知っていなければならないことは、社員が社長に対して指示を求めるのは、社員の「責任回避」なのである。

予め社長に申し出て指示や了解をとっておけば、もしも結果が悪かった時に、『それは社長の了解をとってあります』といえるからなのである。

社長に指示を受けに来る事柄の大部分は、社長の指示など受けなくとも差支えないことなのである。

社長がお客様のところへ行かないもう一つの理由は、「営業部門があるのに、何も社長がお客様のところへ行かなくともよい」ということである。この考え方は根本的な間違いである。

社長がお客様のところへ行くのは「営業」をしに行くのではない。市場と顧客の要求と、その変化の方向を的確につかんで、我社の事業が誤りない方向に進んでいるかどうかを確かめることであり、もう一つは、我社の販売戦略を進めるためのいろいろな情報― 我社の販売戦略はこれでいいのか、同業他社の動きはどうか、などを知るためである。

だから、我社のピンチを除いては、社長は自ら営業しないほうがよい。これをやると営業に関心が向いてしまい、もっと大切な事業経営に必要な情報を提え損うおそれが多いことを知るべきである。ただし、開拓営業は別である。

小売店出撃作戦

小売店出撃作戦というと、普通の場合は「催事」あるいは「特売」というところが相場であって、その期間中メーカーの販売員が小売店の売場に立つ。こうしたことは、それなりの効果がある。

特に食品の場合は「試食販売」が有効である。しかし、催事、特売は常時やるわけではない。また、効果を高めようとすると、その企画や実施に意外な費用とわずらわしさが伴うものである。当然、その頻度が制約されることになる。

費用が安上がりでわずらわしさもなく意外なほど効果をあげるものに、平常時にメーカーの販売員が小売店の売場に立つ、という作戦がある。

S社は、高級レジャー用品のメーカーであって、小売店への直販方式をとっている。ナンバー・ワンの小売店の売上高は、月商で五百万円程であった。

付加価値の計算では、販売員一名を専属させても、そのための売上増の期待があるので、社長に一人専属をおくことを勧めた。これは、毎日訪問するのではなくて、常駐して売場に立つのである。

私は、この常駐員は決して自社の商品だけ売っていてはいけない。その店舗の店員と全く同様に何でもお客様の要求する商品を売らなければならない。

ただ、我社と同種商品を買いに来たお客様には、我社の商品を勧めるようにするのであることを強調した。

その結果は目覚しかった。数力月後には売上げが一千万円以下の月はなくなり、多い月は一千五百万円にも及んだのである。

この小売店は、一店舗としては日本有数の売上げをあげているだけに、土曜日、日曜日などは、猫の手も借りたいくらい忙しい。この時に、メーカーの常駐員が自分の店の者と全く同様にやってくれるのは有難い。

そのために、小売店の社長をはじめとして、その店の店員全部がS社に恩を着ることになり、そのお返しとして、二十人以上いる小売店の店員が、全員S社の商品をお客様に勧めるようになったのである。

一挙に二十人以上のセールスマンが増加したのと同様なことになった。そのために売上げが急増したわけである。

この常駐員作戦成功のポイントは、その店舗の店員になりきることである。ところが、これを知らない会社が実に多い。

T社はS県のナンバー・ワンの売上げを誇る家電製品のチェーン店である。

その本店は立地条件もよく、大型店舗なので、家電メーカーではディーラー・ヘルプと称して、日曜日などは競ってこの店舗にセールスマンを派遣してくる。

しかし、どのメーカーのセールスマンも自社商品以外は売ろうとしない。お客様が店員と思って声をかけると、「自分は店員ではない」と知らん顔である。

T社にとっては有難迷惑なのである。お客様の機嫌をそこねるからである。私は、そんなものは断わって、その分、販売費をもらうように交渉しなさい、と勧めた。

こんな出向は、ディーラー・ヘルプか何か知らないが、販売の何たることかを全くご存知ないのであり、やらないほうがよい。

どだい、「ディーラー・ヘルプ」とは何事であるか、といいたい。これも「天動説」である。「ディーラーに我社の商品を売らせてやっている。そのディーラーを助けてやろう」というわけである。

だからこそ、我社の商品しか売ろうとしない。「我社の商品を売ってやるだけでも、ディーラーは有難いと心得よ。したがって、常時我社の商品販売に力を入れなさい」という思想である。

その誤った思想が、ディーラーに迷惑をかけて我社の信用を落していることなど思ってもみないのだから、お目出度い限りである。

流通業者は我社の大切なお客様であって家来ではない。それを、家来だと思っている会社が多すぎる。だから、我社の商品に力を入れないのは怪しからぬことであり、よく売ると「表彰状」を出すのである。この表彰式がまた面白い。

A社ではディーラーを集めて社長が壇上から訓示をたれた後に、壇下に家来を呼びつけて、壇上より表彰状と金一封を下げ渡すのである。

その金一封は、「この表彰状を社長室にかける額代の一部である」と思っているかどうか知らないが、雀の涙である。

A社のあるディーラーは、この表彰式にプンプンである。というよりは、メーカーの協定によって販売の割りふりをするという天動説のために思うように仕入れもできないからである。

私はメーカーを変えるように勧めた。

A社は名門意識におぼれ、顧客を無視しているために、売上げは思うにまかせない。アウト・サイダーの猛烈な追い上げで、近く第一位の地位を明け渡さなければならない日が来るのは、もう時間の問題であることを、数字が物語っているのに、それに気がついていないのである。

ディーラー・ヘルプの話から脱線してしまったが、脱線するだけの価値のある重要なことであることは、ご理解いただけると思う。

この、小売店出撃作戟で私がいいたいことは二つである。一つは、「自らの商品は自ら売らなければならない」ということであり、もう一つは「相手の立場に立て」ということである。流通業者の立場に立ち、流通業者のためにサービスをすれば、相手もこちらのために働いてくれる、ということである。このことについて、もう少し考えてみることにしよう。

相手の立場に立って

Y社は木製家具の問屋である。顧客第一主義の会社であるが、石油ショック不況には勝てず、売上げは二十%も落ちてしまった。

この不況を突破する道は、さらに顧客第一主義を徹底させることしかない。それは、小売店の立場に立って、小売店に儲けてもらうようにすることである。

この時期に、売上げ不振に陥った多くのメーカーは、間屋を通さずに直接小売店に安値で持込むという作戦をとりだしていた。

価格の点ではY社はどうしても高くなるというハンデを背負っての販売促進であった。

このハンデをカバーし、さらに売上げを伸ばす道は、メーカーにできないサービスをすることである。

その第一は、毎月品種毎に売上高のベスト・テンをチラシ風の一覧表にし、これに「貴社の立地条件からして、お勧めする品は丸印をつけたものでございます」というキャッチ・フレーズをつけて得意先に配布したのである。これはメーカーにはできない芸当である。

この作戦は見事な成功を納めたのである。小売店には毎日のように、メーカーのセールスマンが数社押しかけ、安値で新型の売込みを強引にすすめていた。小売店にしてみれば、たしかに安いので買いたいのは山々であるが、売れ筋かどうか分らない。

売れなければ、どんなに安く買っても引合わないのだ。たまたま安値につられて買ってはみたものの、売れないということもしばしばあつたのである。そのために、安値だからといって売れるかどうか分らぬ商品を買うことをためらっていたのである。

このような時に、Y社の情報は小売店にとっては有難かった。T社の情報による仕入れで、婚礼セットの回転率が四倍にもなって、小売店から感謝されたことがあった。

この作戦は成功したがために、クレームが小売店から起こったのである。というのは、小売店を刺激しないように、隣りの小売店は五百メートル以上離れた店にすることにしてはいても、やっばり隣りの店が気になる。

お互に偵察してみると、我社の売れ筋商品がある。これが面白くないといって、この地域は我社だけで他社には売るな、というクレームが両方の小売店からくる。

社長は私にこのことをボヤクが、私は笑って取合わない。『こんな結構なクレームなんてあるものではない。ゼイタクなボヤキなどせずに、有難いと思え』というのが私の気持である。

これをどう処置したらいいかは社長が自分で考えるべきで、個々の事情を知らない私に分るわけがないからである。もう一つの作戦は、小売店のための展示即売会を企画し、小売店と協同作戦を遂行することであった。

大部分の小売店では、特売といっても名のみで、店舗の陳列も変えず、特価の赤札を商品に貼り、新聞に折込広告をし、店頭に特売表示をするくらいである。こんなことで売上げが伸びる筈がない。

特売をするからには品揃えも陳列もかえ、企画はニカ月前に終えて、この二カ月間をキャンペーン期間に当て、Y社のセールスマンが小売店と協力してチラシ作戦を展開したのである。

これが、また成功したのである。評判をきいて小売店からY社に特売協賛依頼が殺到したのはいうまでもない。

さらにもう一つ、Y社のショー・ルームを充実させ、小売店に対してこの展示場にお客様をご案内していただきたい、と申入れたのである。そのショー・ルームというのは、倉庫を改装というよりは床にカーペットを敷いただけのものである。

定期的にY社にお伺いしている私は、ある日、それは日曜日であったが、五十足揃えたスリッパが足りなくて困ったという、ショー・ルーム責任者の二コニコ顔の話をきいた。見に来るお客様の九十%は買って下さるというのだから、Y社も小売店もこんな有難いことはないのである。

こうなると、不況に苦しむ小売店にとって、Y社はなくてはならぬ存在になってしまったのである。そのためにY社の売上げは力強い足取りで伸びていった。

小売店の立場に立ち、小売店の売上げ増進を推進したY社は、自らも同時に売上げを伸ばすことができたのである。

I社は菓子のメーカーである。社長のI氏は私の尊敬する社長の一人である。I氏の考え方は、「お客様である間屋の繁栄なくて我社の繁栄はない」というのである。

そして私に対して、『重要な得意先を選ぶから、 一倉さん、経営指導をして下さい。報酬は我社の方に請求していただきます。ただ条件が一つあります。それは、「我社の商品に力を入れるように」とだけは絶対に言わないで下さい』というのである。

私は頭が下がってしまった。I氏の依頼による会社のお手伝いに、私は「I社の商品に力を入れるように」とは一言も言わなかった。それにもかかわらず、I社の商品の売上げは伸びたのである。

以上二つの例は、相手の立場に立ち、その売上げ増進を計ることこそ、我社自身の売上げ増大につながることを、われわれに教えてくれるものである。

「相手を儲けさせる」ということこそ、我社の儲けを増大させる道であることを、よくよく心得ていなければならないと、つくづく思うのである。

消費者直撃作戦

M社は木製家具の小売店である。石油不況で売上げが落込んで社長は頭をかかえていた。

店舗を一通り見せてもらうと、文字通り何でも屋である。地方都市によく見られるタイプである。

マガジン・ラック、スモーキング・スタンド、スリッパ立てというような小物はいうに及ばず、額入りの絵、額縁、電気スタンド、本立て、置物、漆器類から、碁盤や将棋盤まである。

これではどうにもなら私は、「何もかも少しずつ置くというのは、何も置いていないのと同じと思わなければならない。

あなたの店の商品は「買廻品」だから、お客様は「見くらべて買う」のだ。見くらべる物が少ないのでは、お客様は買ってくれない。だから商品の大整理をして、一つ一つの商品の充実を計らなければならない。

そのためには、商品の「売上高のABC分析」をして、売上高の極端に少ないものから切ってゆく。そして、その半面、売上高の多い商品を充実してゆくのだ』と説いた。

M社長は『売上高ABC分析はやってある』という。どう活用したのかを聞いてみると『忙しくて何もしていない』というのである。

その表を見せてもらうと、婚礼セットと鏡台で売上高の五十%である。私は『この二つを最重点商品として販売促進活動を展開すること。店にいてお客様を待っていてはダメだ。こちらから消費者のところへ出撃してゆくこと。そのためには、まず、結婚の情報を手に入れなければならない』と勧告した。

結婚の情報は、情報屋がいるというので、「それを利用することはもちろん、広く自ら情報を集めなければならない」として、結婚式場、貸衣裳屋、美容院、ミシンのセールスマンなどから広く情報を集めた。期待しなかった美容院が、なかなか有力な情報源であることも分った。

こうして集めた結婚の情報にもとづいて、その家を、社長が先頭に立ち社員を督励して訪問した。訪問した車でお客様を店と倉庫にご案内して見ていただくようにした。

この作戦は大成功であった。情報の約一割のお客様が買って下さるのであった。

婚礼セットの売上げが増えるに従って、店舗陳列だけで何も販売促進していない他の商品の売上げも伸びだしたのである。

お客様は、「一度買った店から他の商品も買う」という買い方をすることが、この作戦でハッキリと分ったのである。

むろん、今までも漠然と感じていたことではあるが、これがハッキリした限り、婚礼セットと鏡台だけに販促活動を集中すればよいわけである。

売上げは急増した。石油不況で泣いている同業他店を尻目に、開業以来最大の実績を収め、M社長は『利益が出すぎて困りました』という。

私は『売上高の少ないものを切るべきですね』と申しあげると、M社長は、『忙しすぎて、そこまで手が回りません。もう少し先に延ばします』という始末であった。

N社は地方都市の石油販売業である。ガソリンスタンドを数店舗もち、あとは三者(サブのこと)販売であった。三者販売は、まあまあの成績をあげているが、直営店の業績が振わないという。そこで、社長の最も頭の痛い付近の小さな町の店を見せてもらうことにした。

なるほど、売上げは振わず、その店自体の費用さえも賄えないでいた。客数を調べて見ると非常に少ない。半径五百メートルを第一商圏と考えてみると、もっと客数がなければならない。

お客様のところを訪問しているか聞いてみると、やっていないという(石油業界には協定があって、戸別訪問と、中元、歳暮はやらないことになっている)。案の定である。

私は『協定を盾にとっての怠慢だ。半径五百メートル、いや隣接店との中間地点まではこちらの商圏だ。他店の商圏まで荒らすのは自粛するとして、自らの商圏確保はやらなければならない。あなたの店は他店から侵害されているのだ。商圏内の戸別訪間の実施だ』と勧告した。戸別訪間を実施するにつれて、

お客様は一軒、また一軒と増えていった。これらのお客様は、ガソリンやオイルだけでなく、冬期には暖房用燃料も買って下さるのである。問もなく、この店は黒字転換をしたのである。

P社は事務用品の商社である。P社で売った複写機の印画紙と薬品を、定期巡回によって補充している。これは、販売増進と顧客確保を同時に行なうことができる。

R社も事務用品の商社である。問題はお客様に対する消耗品の補充であった。

毎日毎日、お得意様からたくさんの電話注文があり、これを届けるだけで大変な労力であった。大手の得意先になると、 一日に数回も電話注文があり、納品して帰社してみると、もう次の注文が入っているという具合で、まるでピストン運動であった。

セールスマンは配送に追われ、まともな営業活動など、ろくにできなかった。これでは業績など上がるわけがない。

私は、大手の得意先に対しては「コック・システム」を勧めた。直訳すれば「蛇口方式」であり、日本流にいえば「富山の置きぐすり方式」である。

お得意先に事務用消耗品棚を置かせてもらい、これに必要なものを入れておく。お客様は随時この中から必要な物をとって使えばいい。

一カ月に一回、立会い棚卸と補充を行なう。代金は使ったものだけをいただくのである。この方式は、先方にとっては「在庫零」で、しかも必要なものはいつでもある、という便利なものである。

大手の得意先からお願いをして、この方式をとらせてもらった。最大手の得意先では、 一工場内に二十力所も置き場ができた。

この方式は大成功であった。僅かな品切れ補充の注文はあったが、そんなものは従来から比べたら問題にならなかった。

セールスマンの時間は、他にふり向けられたのはいうまでもない。それだけではない。こうしたお得意様は、他社から侵されることはまずないのである。

社長は蛇口を廻れ

N杜はびん詰食品のメーカーである。ご多分にもれず「穴熊社長」であった。私は社長が蛇口を廻ることを勧めた。

社長は先ずデパートを廻ってみた。そこにあるのは、あまりにもお粗末な陳列と、不手際な接客法であった。

これではいけないと、社長自ら陳列法の指導をし、時々は自ら売場に立ってお客様と応待した。みるみる売上げが増大していった。

こうなると現金なもので、デパート側の態度が変り、陳列台の増設や、あるデパートの如きは売場の一角をそっくり提供するから思うようにやってみてくれ、というような申入れが次々にあるようになったのである。

次は酒店である。問屋のセールスマンと同行した社長は、次から次へと意外なことにぶつかった。

問屋のセールスマンは、その日に廻る予定の店に配送する商品を、ボンボンと荷台に放りあげる。それも、どうも勘でやるらしいのである。

小売店の店頭に車をつけた問屋のセールスマンは、小売店の意向など聞かずに、品物をおろし、納品書をきってゆく。そして、サッサと次の店に向うのである。

さらに、酒店の実態を見て、社長は自らの認識不足を痛感したのである。小さな酒店は、夫婦でやっているところが多い。

朝起きると、主人は配達にとび出す。あとに残ったおかみさんは、食事の仕度、子供の世話、来店客の応待、注文電話の承りと、てんてこ舞いである。N社長の頭の中にあったク小売店クという概念とはあまりにも違いすぎるのである。

N社長は、いままで問屋も小売店も我社の商品を売ってくれていると思いこんでいたのである。『全くの認識不足でした』というのが、N社長の感想であった。

N社長は「天動説」を捨てた。そして、相手の立場― うまり相手の儲けの手伝いをすることを決心した。

その手段として、各食料品店から、その店の大切なお得意様を十軒選んでもらって、そのお得意様に、食料品店の店名を捺した進物用としてのおすすめのダイレクト・メールを実施したのである。

これは、かなりの成功をおさめた。ある店のごときは、お得意先の会社から多量の中元用の注文を受けたといって、お礼の電話が入ったりした。

食料品店に対する売上げが力強く伸びだした。いままでかなりあった返品は目に見えて減っていった。セールスマンの情報によると、店の目立つ場所にN社の商品を陳列してくれる店が多くなっているという。

小売店のセールスマンに対する態度も変り、昼食時などには、座敷に引張り上げられて昼食をご馳走になることもあるという。

数力月後に、N社長が再び食料品店を訪問した時には、どこでも大歓迎を受けた。N社長は、『少なくとも一年に二回は食料品店を廻らなければいけませんね』と私に語った。

その年の暮に、N社長のところに問屋の社長から、ウイスキーの瓶が一本お歳暮として届いた。これは全くの逆であり、取引開始以来初めてのことであった。

聞くところによると、その問屋では石油不況による売上げ落込みがなかなか回復しないでいるところに、N社の商品だけが伸びたので、売上高のランクが急上昇した。

それがN社長の自らの蛇口訪間の成果であることは明らかなのでそのお礼だったのである。

N社長の蛇口作戦はまだある。それは、デパートで行なう「催事」である。この時に、N社長のセンスが大きな効果を生む演出となるのである。そのためにどのデパートでもN社の催事大歓迎である。

ついには、東京のN社において、有名なファスト・フードのM社の売場と選手交代となったのである。これは催事というよりは、もう常設売場である。そして、ここでも上々の成果を納めているのである。

N社の変貌は、N社長が変ったからであり、N社長を変えたものは、社長自らの蛇口訪問だったのである。

問屋を動機づける

L社は襖のメーカーである。私にお手伝いの依頼が来たのは、石油不況の最中の昭和四十九年の夏であった。

当時L社は過大な在庫をかかえて、売上げ不振にあえいでいた。メーカー価格千八百円のものが値崩れを続け千五百円でも売れず、千四百円台にまで落込んでいたのである。

これではとても採算がとれない。といって、コスト・ダウンは既に極限まで下げてきただけに、これ以上はできそうもなかった。それだけではない。

某大企業がその資本力に物をいわせて近代的な量産工場をつくり、低コストの襖を多量に安価で売りだし始めていたのである。これが本格化したら、L社のような小企業は、ひとたまりもない。どうしたらいいのか、という相談であった。

私は現物を見せてもらった。そこにあるものは、形だけのもので、「ブスマ」ともいうべきものであった。

ここに「コスト病」つまり「安値病」があると直感した。この病気にかかると、「安いことはいいことだ」という全く片輪な考え方になってしまい、お客様の要求はどこかに行ってしまうのである。お客様の要求に合わない商品が、お客様に本当の意味で支持されることはないのである。

私は、とにもかくにも「ブスマ」ではなく「フスマ」を作るべきだと思った。

L社長に、間屋の意向をきいてみてもらったところ、一社だけ「高くともよいから、もっとよい物をつくれ」という声があった。その声に力を得て、「フスマ」を試作し、あとはお客様に判定してもらうことにした。

L社長は、私の勧めで「ブスマ」でなく「フスマ」をつくり、二千五百円で売ってみることを決めたけれども、こんな高いのではとても売れる自信を持つことはできなかつた。

私は、こういう時こそ、自ら売込みを行なってお客様の反応を見るべきであると、強引にすすめた。

ようやくのことで、社長自ら売ることを決意した社長は「よい物を売れ」と勧めてくれた問屋の社長に「同行販売」の了解を求めた。

ところが、間屋の杜長は『メーカーの社長たるものが、同行販売などするものではない』と許してくれない。私はL社長にねばるように勧め、やっとのことで二日間だけのお許しを得たのである。

L社長は二日間ではどうにもならないという。私との約束で一年間に延二千店訪間の約束をしていたからである。私は『かまわないからあとは無許可でやれ、実績が上がれば黙認されるにきまっている』とハッパをかけた。

昭和五十年の一月からL社長の同行販売(問屋のセールスマンは実は道案内)が始まった。L社長が建具店と話をつけ、問屋のセールスマンが納品書を切るのである。見る見る実績が上がっていった。案の定、L社長の行動は黙認された。

L社長の頑張りは凄かった。学生時代にスポーツで鍛えた体が物を言った。毎晩のように夜中の十一時、十二時である。

L社長の奥様は『毎晩主人のおつき合いで、寝るのは一時、時には二時にもなり、ふらふらですよ』と私にこぼす。しかし顔はニコニコであつた。経理担当の奥様は、売上げ増大と利益大幅増によって資金繰りの悩みがあっという間に解消されてしまったからである。

二月末頃までに、L社長は何と三百四十五店舗を訪問した。 一日の最高記録は十九店舗であった。この頃になると製造部門の必死の努力にもかかわらず殺到する注文をさばききれないのであった。

これ以上やったら社員は倒れてしま私は社長と相談した。社員の健康をそこなってまでの事業経営は許されないからである。

そして、L社長の蛇口作戦は一時中止された。こんどは供給体勢の整備をすることになった。正直なもので、社長が蛇口作戦を中止したとたんに、売上げは横這いに転じたのである。

ニカ月程すると、間屋の社長からL社長に電話があり『メーカーの社長は横着者ばかりだ。自らの商品の販売を問屋にまかせて自らは売ろうとしない。心を入れかえて社長自ら売れ』というきついお叱言である。

半年前には、メーカーの社長は同行販売などしてはいけないといっていた社長がである。L社長は平あやまりにあやまった。そして心を入れかえることを誓ったのである。お得意様にはあやまるのが最上の策だからである。

それからまた暫くたった秋も間近い頃に、今度は間屋の社長がL社を訪れた。前代未間の異常事である。その用件というのは『この秋に特売会をやりたい。ついては、L社の襖を重点商品二つのうちの一つにしたいから協賛をせよ』ということだったのである。

ついに問屋の社長が動きだしたのである。問屋にとって、L社はもうなくてはならぬ大切な存在になっていたのである。

L社長の努力は立派に報われた。ついでながら申し添えると、大企業の作った襖はさっぱり売れずに、折角の大設備も殆んど遊んでいるという。

その失敗の原因は、安いことはいいことだという「安物主義」と、我社で作っている材料をさばくための設計に大きな欠陥があったからである。

いくら大企業で力があっても金があっても、お客様を満足させることを忘れたひとりよがりでは、事業を成功させることはできないということを、われわれに教えてくれるのである。

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