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六、経営計画をチェックする

目次

経営計画書を活用する

経営計画書には、我社の事業経営のあるべき姿と、社長をはじめ全社員の行動の指針が示されている。

※経営計画書には、我社の事業経営のあるべき姿と、社長をはじめ、全社員の行動の指針が記載されている。

だから、社長をはじめ、計画書を配布されたすべての人々は、この計画書を繰り返し繰り返し読み、理解を深めなければならない。重要な会議には、必ず計画書を持参させ、抜き読みなどするのもいいだろう。

※経営計画書を配布されたすべての人々は、この計画書を繰り返し繰り返し読み、理解を深めなければならない。必ず常に携帯して会議で抜き読みなどを行う。

そして、書き込みやアンダーラインが増えてゆくことが望ましい。書き込みのスペースがなくなったなら、紙を貼りつければよい。 

※書き込みやアンダーラインが増えていくことが重要。書き込みスペースがなくなったら紙を貼り付けるなどすればいい。

一年後には、まっ黒によごれ、紙が折り切れして、セロテープで補修するくらいになりたいものである。

※ただひたすら使い込む。

K社で試みに書き込みを調べて見たら、社長のものはビッシリと書き込みがあり、以下順に重役、部長と少なくなり、課長のものは殆んど書き込みがなかった、という例にぶつかっている。立場の相違で、これ程差がつくものなのである。

※役職によって書き込み率が全く異なる。それは仕方がないことである。

定期的チェック

経営計画は、定期的にチェックされなければならない。普通の場合に、一カ月一回のチェックがよい。

※経営計画は、定期的にチェックされなければならない。少なくとも月に1回チェックが良い。

チェックには、まず実績の把握が必要である。これは、毎月一回、 一堂に会し、各自が持参した経営計画書に、経理担当者(でなくともよい。数字をまとめた人という意味)が読みあげる数字を、各自が自分で実績欄に記入するのである。

※チェックには、まず実績の把握が必要である。毎月1回、一堂に会し、各自が持参した経営計画書に、読み上げられる数字を各自が自分で実績欄に記入する。

自分で記入するところに意味があるのだ。大企業の社長といえども、自分で記入すべきである。他人につくらせた数字を理解するよりも、自ら記入したほうが、理解の度合いも深いし、印象も強い。それだけではない。

事態の把握に要する時間そのものが短いからである。ただ、大企業は規模が大きいから、つかむ数字も大分類による大きな単位でいいだけのことなのである。

※自分で記入するところに意味がある。

実績をとらえたら、その対策の検討である。このやり方は千差万別といっていい。定型などあるはずがないのだ。

まず、幹部社員に対してである。実績を記入したその場で行うこともあれば、それぞれに対して対策書の提出を命じることもある。

※幹部社員に対しては、それぞれに対して対策書の提出を命じることもある。

また、日をきめて社長と部門長、社長・重役対部門長、重役対部門長というような階層別のものもある。

特定のプロジェクトに関する関係者― つまり、社長とプロジェクト・マネジャーとプロジェクト要員――というような組合せもあるのだ。

しかし、決定的に重要なのは、社員に対するものではなくて、社長自身の自らの経営に対するチェックである。

※社長自ら経営に関するチェックをする。

次に重要なのは社長と重役……つまリトップ層のみのチェックであることを忘れてはならないのである。

※その次に

チェックの内容は、社員に対するものと、社長自身に関するものとでは全く違う。

※チェックの内容は、社員に対するものと社長自身に関するものは全く異なる。

社員に対しては、社長の方針にそった活動が行われているかどうかが最重要であり、あとは、個々の目標に対して何がどれだけ目標に対して上廻っているか、下廻っているかである。そしてそれらに対して、どのような対策をとろうとしているか、その対策は適切か、ということである。

※社員に対しては、社長の方針に沿った活動が行われているかどうかが最重要であり、あとはここの目標に対してどれだけ目標に対して上回っているか、下回っているかである。そしてそれらに対して、どのような対策を取ろうとしているか、その対策は適切かということである。

この、チェックに対して、大部分の会社で全く間違ったことをやっている。一般に、チェックというのは「目標(または計画)に対する実績の差異をとらえて、この差をつめること」と定義されている。ところが、この基本的な定義さえも理解されておらず、不達成の対策を忘れて原因の探究に走ってしまう。

※チェックの定義は、目標または計画に対する実績の差異を捉えて、この差をつめることと定義されている。この基本的な定義さえ理解されていない。

たとえば、売上目標一千万円、実績九百万円、不足百万円とすると、『何故あがらなかったのか』とくる。原因をしらべて何になるというのだろうか。何がどうであろうと、過去の数字はただの一円でも変えることはできないのだ。

※原因探して終わっていることが多々ある。過去の数字はただ1円も変えることはできない。

不達成の原因など、もっともな理由があるにきまっている。人間というものは、絶対に自分が悪いとは思わない動物なのである。

※人間というものは、絶対に自分が悪いとは思わない動物である。

デール・カーネギーの名著「人を動かす」の中に、極悪非道の殺人犯さえ、自分が悪いと認めるものはいないという。何故自分が殺人を犯さなければならなかったのかを、実にうまく説明する。だから自分は悪くない、というのである。殺人犯さえそうである。まして懸命に努力している社員が、自分が悪いと認めるはずがないのだ。必ず、自分以外の何かが悪いというにきまっている。

あるスーパーの社長が私に語ってくれたことは、なかなか面白かった。

ある店舗が、いつも売上目標を下廻る。そのたびに、『先月は何故売上げがあがらなかったか』ときくと、『雨が多かったので』という返答である。次にまた業績不足なので『何故か』ときくと、『風が吹いたので』という。ある月に、雨も風も少なかったが、やはり売上げは伸びなかった、というのである。こんなものである。近くの百貨店が決算大売出しをやったからとか、今月の特売品の品揃えがまずかったとか、言訳のネタなどゴマンとあるのだ。自分は悪くない。自分以外の何かが悪いというのだ。責任回避こそ、社員が最も真剣になることなのである。

※自分は悪くない。自分以外の何かが悪いと思う。これは人間の性質である。責任回避こそ、社員が最も真剣になることである。

「原因を探究して、これを除去することによって業績をあげられるのだ」という主張は、もっともらしくてその実全くの誤りなのである。

※原因を探求して、これを除去することによって業績を挙げられるのだという主張は、もっともらしくて全く間違っている。

原因は自分にあるのではなくて、自分ではどうにもならない客観事態だというのだから、原因除去など始めからできるはずがないのである。

例えば、売上げが上らないのは、近くの百貨店の特売にあるとする。他店の特売をやめさせることなど、できるはずがない。論より証拠、原因がこうなのだから、これを除去するにはこうすればいい、というような会議には、私はお目にかかったことはない。

反対に、原因をしらべたら、誠にもっともであり、実績があがらなかったのは止むを得ない、という実績の妥当性を証明する会議になってしまうのが落ちである。

※実績が上がらなかったのはやむを得ない、という実績の妥当性を証明する会議になってしまうのがオチである。

そして、誰も悪くない、これで安心、では会議はこれまで、式のものが殆んどである。

「うちの会議は何か決まったことがない」という感じを持つ社員が実に多いことを、社長は知らなければならないのである。実績の妥当性が証明される、ということは逆に、目標が不当だ、という意味になるのだ。

毎月毎月、会議で目標を否定していては、目標達成など夢の夢である。否定するための目標など、始めから無い方がいいのだ。

※毎月の会議で目標を否定していては、目標達成など夢の夢である。否定するための目標など、初めからない方が良いのだ。だからといって目標がなければいいということには決してならない。

如何なる理由があろうと、不達成は容認できないのだ。あくまでも目標が正当なのである。だからこそ、大切なことは目標を達成することであって、不達成の原因を追究するのは全くの間違いである。

※不達成は容認できないのだ。あくまでも目標が正当なのである。大切なことは目標を達成することであり、不達成の原因を追求するのは、全くの間違いである。

目標達成に必要な考え方は、「どうしたら目標を達成できるか」という「対策」なのである。

※目標達成に必要なことは、「どうしたら目標を達成できるか」という「対策」である。

死んだ子の年を数えて何になる。死因を云々してもどうにもなるものではない。不達成の原因を考えることはやめて、ただ一つ、「どうするか」でなければならないのである。

※不達成の原因を考えることはやめて、ただ一つ「どうするか」でなければならないである。

対策をたてるためには、今、自分のいる位置を確認しておく必要がある。実績が今自分の立っているところなのである。実績は対策のために確認するものであって、その原因を探究するものではないのだ。

※対策を立てるためには、今自分のいる位置を確認しておく必要がある。実績が今自分の立っているところなのである。実績は対策のために確認するべきものであって、その原因を探究するものではない。

これが、「目標と実績との差をとらえて、この差をつめる」という「チェック」の正しい考え方なのである。この正しい考え方をふまえて、ではどのような態度で対策を立てたらいいのだろうか。

※目標と実績との差をとらえて、この差を詰めるというチェックが正しい考え方である。

この対策についての考え方が、これまた誤ったものが多すぎるのである。チェックには二種類ある。一つは「管理的」チェックであり、もう一つは、「経営的」チェックである。

※チェックには、管理的チェックと経営的チェックの2種類ある。そしてこれまた誤ったものが多すぎるのである。

社長の行うチェックは、経営的チェックでなければならないのに、これは殆んど行われずに、管理的チェックを行ってしまう、という誤りをおかしてしまうのである。

※社長の行うチェックは、経営的チェックでなければならないのに。これはほとんど行われずに、管理的チェックのみを行うという誤りを犯す。

管理的チェックというのは、ミクロで(個々に)チェックし、ミクロで対策をたてる

※管理的チェックは、ミクロでチェックして、ミクロで対策を立てることである。

たとえば、生産計画のチェックは、計画を達成した品物はそれ以上やる必要はない。不達成の品物の挽回を図る。購買計画のチェックは、納期に間に合った品物は考えなくていい。納期遅れの品物を督促するのである。

これに対して、経営的チェックは、ミクロでチェックし、マクロで(全社的に)対策をたてるのである。

※経営的チェックとは、ミクロでチェックし、マクロで対策を立てるのである。

管理的チェックと経営的チェックは、 一部分の違いのようでいて、その実その違いは結果において決定的な違いとなるのである。

※あまり違いがないように感じるかもしれないが、その実その違いは結果において決定的な違いとなる。

経営的チェックをしなければならない社長が、管理的チェックをすると、その業績において決定的な違いとなるという意味である。

※経営的チェックをしなければならない社長が、管理的チェックをすると、その業績において決定的な違いとなる。

社長の行うチェックは、まず利益計画である。このチェックは、目標と実績が、それぞれの項目において金額的にいくら違っているかを確認する。

※一番最初に行うチェックは、利益計画である。このチェックは、目標と実績がそれぞれの項目において金額的にいくら違っているかを確認する。

それを、外部情勢の判断と合成して、このまま推移すれば、実績が目標より上廻るか下廻るかを推察し、もしも下廻るようであれば、直ちに対策をとらなければならないのである。

※外部情勢の判断と合成して、このまま推移すれば、実績が目標より上回るか下回るかを推測し、もし下回るようであればただちに対策を立てなければならない。

その対策を教えてくれるものが販売計画である。販売計画の目標と実績との差の意味するものを読みとって、誤りない手を打たなければならない。

※その対策を教えてくれるものが販売計画である。販売計画の目標と実績との差の意味するものを読み取って誤りない手をうたなければならないか。

ところが、多くの会社で、というよりは、殆んど大部分の会社で対策を誤る。というのは、このチェックを管理的に行い、管理的な手を打つからである。

※ほとんど大部分の会社で対策を誤る。というのはこのチェックを管理的に行い、管理的な対策をとることである。

われわれは、よくよくこのことを心して、正しい対策をとらなければならないのである。それがどういうものか、を実例で考えてみることにしよう。

※よくよくこのことを心して、正しい対策をとらなければならない。

S社は中堅どころの製パン業である。大手に対抗するためには、大手の弱点を突く必要がある。そのためには、マスプロのやりにくい調理パン(サンドイッチ)に力を入れようということになった。S社にとっては、大手に対抗するという重要な戦略商品だったのである。

初めてのことなので、どれだけ売れるか分らないけれども、戦略商品なるが故に、かなり意欲的な販売目標をたてた。三カ月程すぎたところで、実績が目標を三割ほど上廻る好調を示した。

私は、社長に対して調理パンにもっと力を入れることを勧告した。ところが、営業部長が『一倉さん、調理パンは目標を三割も突破しているのだから、これで十分です。それよりも実績のふるわない菓子パンを伸ばさなければなりません』というのである。

営業部長の販売促進策は、菓子パンの中で売れ行きの思わしくないものを拾いだしては、これを「特別販促商品」としてセールス・マンにハッパをかけていたのである。しかし、いくら販売努力をしても、成果は全くあがっていなかった。

※売れ行きが悪い商品をピックアップして、特別販促商品とするのは、愚策である。売れないものは売れないからである。

私は、営業部長にというよりは社長に対して『あなたの会社の販売促進方針は全く間違っている。

菓子パンが売れないのは、お客様が欲しがらないからだ。お客様に押しつけることはできない相談なのだ。ムダな努力は止めなさい。

※売れないのはお客様が欲しがらないからだ。お客様に押し付けることはできない相談である。無駄な努力と心得る。

それだけではない。お客様の欲しくない品物を陳列ケースにならべるのは、その分だけ陳列ケースが小さくなったのと同じである。売れない品物は取除いて、売れる商品を陳列するのが販売促進の正しい行き方である。

反対に、調理パンが目標を三割も上廻っているのは、お客様が我社で考えている以上に要求している証拠である、と考えるのが正しいのである。恐らくは、あちこちの売場で「売切れ」を起しているに違いない。

すぐに実態を調べてもらいたい。(これは、実態調査で確認された)ということは、こうした商品の売上高は、売損ないの可能性を含んだ数字である。調理パンこそ、重点販促商品である。そのための増産体勢をとるべきである』という勧告をしたのである。

ところが、増産したくともスペースがないという製造部長の返答である。私は、『売れ行きの芳しくない菓子パンを外注に出すべきだ』と主張した。

結局のところ、私の意見を理解した社長の指示により、菓子パンを外注して、二十坪程のスペースをつくり、ここで増産をした。その結果は、目標の三倍の売上げを記録し、たった一年で、売上げ、収益ともベスト・スリーにのし上ってしまったのである。

P社は洋菓子の直営店舗を十五程持つメーカーである。社長の頭痛の種は売上高が最低で、しかもジリジリと売上げ低下を来しているY町の売店であった。何とかして売上高を伸ばしたいと、次から次へと、いろいろな手を打ったのである。

まず第一におきまりの「店舗改装」である。売上げのあがらない店に対する大部分の社長の対策は、この店舗改装であるのは、いったいどういうわけなのだろうか。「売上げが上らないのは店舗が悪いのであって、自分のやり方は悪くない」という思想である。

※売上の上がらない店に対する大部分の社長の対策は、店舗階層である。売上が上がらないのは店舗が悪いのであって、自分のやり方は悪くないという思想である。

この考え方は、殆んどの場合に間違いなのである。店舗改装は売れている店について行うものなのだ。

※店舗改装は売れている店舗がやるものである。

Y町店の場合もそうであった。店舗改装は何の効果もなかった。社長が次に打った手は、店長を替えることであった。これも効果をあらわさなかった。

その次に打った手は、店長の進言によって、店の奥に工場を継ぎ足して、できたての菓子を売ることであった。それも売上げ増大に全く役立たなかったのである。

何をどうしても、売上げはさっばり上昇しないのである。打つ手に窮した社長は私に意見を求めた。

私の返答は「閉鎖」である。そして、そこから浮く人員を、現在売上高が最高のK町店に振り向けて、年中無休にもってゆく、ということであった。

※店舗を閉鎖して、浮いた人員を他の店舗に割り振り、年中無休にした。

K町店は、人手不足のために、週一日の休業をしていたのである。右の二つの例は、経営的チェックとはどのようなものであるかをわれわれに教えてくれる。

管理と経営の本質的な違いは「顧客」の有無にあるのだ。管理というのは、会社の内部のことであって、そこには「顧客」なる考え方はない。

※管理と経営の本質的な違いは「顧客」の有無にある。管理というのは、会社の内部のことであって、そこには顧客という考え方はない。

これに対して、経営とは「顧客」に対する活動なのである。我社の事業、我社の商品が顧客の要求を満たす度合いが、すなわち業績の度合いとなるのである。

※それに対して、経営とは、顧客に対する活動である。我が社の事業、我が社の商品が顧客の要求を満たす度合いが業績の度合いとなる。

我社で何をし、どのような目標をたてようと、顧客は一切関知しない。顧客は自分で欲しいものしか買わないことを知らなければならない。

※我が社で何をし、どのような目標を立てようと、顧客は一切関知しない。顧客は自分で欲しいものしか買わないことを知らなければならない。

その結果が、我社の売上実績となるのだ。それならば、目標などたてても意味がないではないか、という疑間が生れる。この疑間は当を得ていない。

※その結果が、我が社の売上となる。それでは目標など立てても意味がないのではないかという疑問が生じるが、それ的を射てない。

目標というのは、我社から見た顧客の要求が基礎となっている。(これに、もっと売りたい、という我社の意思が上のせされているのではあるが)

※目標というのは、我が社から見た顧客の要求が基礎となっている。これにもっと売りたいという我が社の意思が上乗せされる。

その目標と実績との差は、我社から見た顧客の要求と、実際の顧客の要求との喰い違いをあらわしている。つまり、顧客の要求に対する我社の見込み違いを意味しているのである。

※この目標と実績との差は、我が社から見た顧客の要求と、実際の顧客の要求との食い違いを表している。つまり顧客の要求に対する我が社の見込み違いを意味している。

実績が目標を下廻っている商品があるならば、それは我社で考えていたよりも顧客の要求が少ないのだから、我社でどう思っても、それとは関係なしに、これから収益を期待することはできない。

※実績が目標を下回っている商品があるならば、それは我が社で考えていたよりも顧客の要求が少ないのだから、我が社でどう思ってても、それとは関係なしにこれから収益を期待することはできない。

だとするならば、これに販売努力をすることは全くのムダである。

※つまりこの商品に営業努力をしても一切無駄になる。

それと同時に、どれくらい目標を下廻るか、それによって、期待した収益がどれだけ不足するか、ということも分るのである。これによって不足する収益を何で補うか、を考えなければならない。

※同時にどれくらい目標を下回るか、それによって期待した収益がどれだけ不足するかということもわかる。これによって不足する収益を何で補うかを考えなければならない。

反対に、実績が目標を上廻っている商品は、顧客の要求が我社で考えていたよりも高いということを知らせてくれるのである。

※反対に実績が目標を上回っている商品は、顧客の要求が我が社で考えていたよりも高いということを知らせてくれる。

これに対しては、「顧客の要求に我社を合わせる」という事業経営の原則に従って、さらに販売努力を強化することによって、売上げ増大を期待できるのである。

※これに対しては、「顧客の要求に我が社を合わせる」という事業経営の原則に従って、さらに販売努力を強化することよって、売上増大を期待できる。

経営的チェックと、管理的チェックは、右に述べたように全く異質なものであることをよく認識していなければならないのである。

経営的チェックに対する基本的な態度を、次にまとめてみると、

  1. 一、実績が目標を上廻る場合は、更に販売努力を強化するのである。顧客の要求が、我社で考えていた以上にあるのだから、これに販売努力を強化してゆけば、さらに大きな成果が期待できるからである。この場合には、量的な強化である。質的な強化はあとでよい。
  2. 二、実績が目標とほぼ一致する場合は、さらに販売を増大させる策は何かを考えるのである。その策とは、質的なものがまず考えられなければならない。したがって、量的な強化はあと廻しになる。
  3. 三、実績が目標を下廻る場合は、顧客の要求が我社で考えているよりも少ないのだと思わなければならない。だから、ガムシャラに新規資源を追加投入してはならないのである。

よく実態を見きわめて手を打たなければならないのだ。まず第一に確認しなければならないのは、「方針通りの活動が行われたか」ということである。

※よく実態を見極めて手を打たなければならない。第一に確認するべきことは、方針通りの活動が行われているかということである。

もしも、方針通りの活動が行われていなければ、方針通りの活動を行うことが先決である。これは、 一つには「決めたことは必ず行われる」という組織管理の根本問題であり、もう一つは方針通りやってみなければ、その方針がいいか悪いか分らないからである。

※方針通りの活動が行われていなければ、方針通りの活動を行うことが先決である。これは1つには決めたことは必ず行われるという組織管理の根本問題であり、もう一つは方針通りやってみなければその方針がいいか悪いかわからないからである。

もしも方針通りの活動が行われていながら、なおかつ実績が目標を下廻る場合には、売上げが上昇傾向(上昇傾向というのは、会社の総売上高の伸びより伸び率が高いということである)であれば、方針を持続して様子を見るのである。目標を下廻っても、それは望みなきにあらずだからである。

※もしも方針通りの活動が実施されていながら、かつ実績が目標を下回る場合には、売上が上昇傾向であれば、方針を持続して様子を見るのである。

特に新商品の場合などは、どうしても初めから過大な目標をたてがちである。しかし、初めのうちはなかなかスピードが上らないのは、いたし方がない。大切なことは、傾向なのである。もしも、発売当初からブームの様相を呈するようならば、その商品の寿命は極めて短いものでしかないのであるから、警戒を要する。

※新商品の場合は、どうしても初めから過大な目標を立てがちである。初めからスピードが上がるということはないので致し方がない。大切なことは傾向である。

売上高が下降傾向(絶対額の下降だけでなく会社の総売上高の伸び率より低い伸び率の場合も下降傾向である)の場合は、商品と販売法について、それぞれ只一回の修正にとどめる。

それで売上げが向上すればよし、売上げ向上がない場合には、成り行きまかせ、機を見て切捨てる。これは、顧客の要求がない、と考えられるからである。仮に顧客の要求があったとしても、我社ではその要求に合った商品の改良も、販売法も見つけだすことができない、ということを意味しているからである。

※売上高が下降傾向の場合、商品と販売法についてそれぞれ1回の修正にとどめ、それで売上が向上すればOK、売上に向上がない場合には、成り行き任せにして、機を見て切り捨てる。これは顧客の要求がないと考えられるからである。仮に顧客の要求があったとしても、我が社ではその要求にあった商品の改良も、販売法も見つけ出すことができないということを意味しているからである。

右の原則は、忠実に守られなければならないことを心していただきたいのである。

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