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第 8章 部族と試練──進化心理学と世界の平和

わたしたちはとても幸運なことに、他者への暴力が減りつつあるより平和な時代に生きている。日々のニュースを見ていると、そう感じられない人も多いかもしれない。しかし、過去一〇〇〇年、数百年、あるいはここ二五年のあいだも、先進工業国での暴力は減りつづけている。さまざまな理由によって、この幸運な状況は生みだされてきた。しっかり根づいた民主主義、強力な政府機関、国際貿易と観光といった多種多様な要素が、より深い相互理解とより平和な世界の実現を後押ししてきた。(国同士ではなく)個人のあいだの暴力が減った背景には、おもにふたつの要因がある。ひとつ目は、比較的公平で強力な法執行機関の存在が、偉大な政治哲学者トマス・ホッブズが特定した三つのおもな暴力発生源を抑え込んだということ。まず、公平で強力な国家のもとでは、多くの人は国家による罰を恐れ、誰かを攻撃して相手のものを奪おうとはしなくなる。次に、国家が護ってくれると認識しているため、自分のものを奪われないように相手を攻撃する必要もなくなる。最後に、自分や家族が誰かに攻撃されたとしても、国家が代わりに犯人を罰してくれると知っているので、報復する必要もなくなる。 個人間の暴力が減ったふたつ目の要因は(これはより推論に近いが)、先進工業世界がより安全な場所になるにつれて、幸運な住人であるわたしたち自身が暴力に対してより敏感に反応するようになったという点だ。安全はゆっくりと増していくため、わたしたちはそれに気づかないことも多い。しかし、長いスパンで見るとその影響力はじつに劇的だ。言うまでもなく、狩猟採集民と先進諸国の住民のあいだのもっとも大きな差は、現代医学を利用できるかどうかという点である。エール大学のブライアン・ウッド率いる研究チームが記録した、アフリカ各地のチンパンジーとさまざまな狩猟採集社会の住民の生存曲線について考えてみよう(図 8)。

左側のグラフからわかるとおり、チンパンジーの多くの集団では、ほぼ半数が五歳(チンパンジーにとってまだ幼児期)になるまえに死亡している。驚くべきことに、その生存率は狩猟採集民の人間とたいして変わらない。図 8右のグラフが示すように、二〇~四〇パーセントの狩猟採集民の子どもも五歳までに死亡している。人間の成人期が始まるのを二〇歳だと考えると、これらの社会の二五 ~五〇パーセントの人々が大人になるまえに死んでいることがわかる。狩猟採集社会における高い暴力発生率が死亡率を押し上げているのはもちろんのこと、反対に高い死亡率が暴力を駆り立てているのもまちがいない。いったん人々が苦しい状況に慣れてしまうと、互いに危害を加えたときの問題意識も薄れていく。 狩猟採集民のころよりも生活がずっと安全になったのは当然だとしても、現代という環境のなかでも安全性は大きく変化している。図 9は、二〇世紀のあいだのアメリカ国内の分娩中の妊婦の死亡率と五歳以下の子どもの死亡率の変遷をグラフにしたものである。これらのデータから明らかなように、出産と子どもを取り巻く環境は飛躍的に安全になった。一九〇〇年代はじめには、一パーセント近くの妊婦が分娩中に死んだ。さらに注目すべきことに、子どもの約二五パーセントが五歳までに死亡した(図 8の狩猟採集民の一部と同じ比率)。そのような世界の住人たちは誰もが、出産のあいだに合併症で死んだ母親を知っていたし、五歳になるまえの子どもを失った親たちを知っていた。

左側のグラフからわかるとおり、チンパンジーの多くの集団では、ほぼ半数が五歳(チンパンジーにとってまだ幼児期)になるまえに死亡している。驚くべきことに、その生存率は狩猟採集民の人間とたいして変わらない。図 8右のグラフが示すように、二〇~四〇パーセントの狩猟採集民の子どもも五歳までに死亡している。人間の成人期が始まるのを二〇歳だと考えると、これらの社会の二五 ~五〇パーセントの人々が大人になるまえに死んでいることがわかる。狩猟採集社会における高い暴力発生率が死亡率を押し上げているのはもちろんのこと、反対に高い死亡率が暴力を駆り立てているのもまちがいない。いったん人々が苦しい状況に慣れてしまうと、互いに危害を加えたときの問題意識も薄れていく。 狩猟採集民のころよりも生活がずっと安全になったのは当然だとしても、現代という環境のなかでも安全性は大きく変化している。図 9は、二〇世紀のあいだのアメリカ国内の分娩中の妊婦の死亡率と五歳以下の子どもの死亡率の変遷をグラフにしたものである。これらのデータから明らかなように、出産と子どもを取り巻く環境は飛躍的に安全になった。一九〇〇年代はじめには、一パーセント近くの妊婦が分娩中に死んだ。さらに注目すべきことに、子どもの約二五パーセントが五歳までに死亡した(図 8の狩猟採集民の一部と同じ比率)。そのような世界の住人たちは誰もが、出産のあいだに合併症で死んだ母親を知っていたし、五歳になるまえの子どもを失った親たちを知っていた。

健康に関するほかの数多くの数値も軒並み向上している。たとえば二〇世紀はじめごろのイギリスでは、毎年一〇万人当たり一二〇人が食中毒で死んだ。一八九〇年にオックスフォードでフィッシュ・アンド・チップスを食べに出かけるのは、一〇〇年後のデトロイトのダウンタウンをぶらぶら歩くことよりも危険だったというわけだ。健康や寿命に対するほかのさまざまな脅威について似たような統計はたくさんあるが、その多くの数値が好転したのはごく最近になってからだった。 現代医学の大いなる発展について考えれば、健康上の数値がこのように向上したのはなんら驚くべきことではない。しかし別のさまざまなデータによると、安全性の変化は医学の進歩だけによるものではないようだ──お互いに対する人々の行動もまた変わった。たとえば、過去三〇年のあいだにアメリカの五大都市(ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ヒューストン、フィラデルフィア)の殺人率は著しく低くなった。一九八〇年代末から九〇年代はじめまで、これらの都市の殺人率は年間一〇万人当たり三〇人ほどだった。二〇一五年までに、ニューヨークとロサンゼルスの殺人率は三分の一以下に減り、ヒューストンとフィラデルフィアの殺人率は半分になった。九〇年代と近い殺人率を記録したのはシカゴだけで、それは近年の同市の犯罪率が上がったせいだった。これらのデータから、過去わずか三〇年のあいだにアメリカの大都市での生活がはるかに安全になったことがわかる。 殺人者とほかの一般市民を同じように扱い、これらのデータを広範にわたる人々の行動の変化だと結論づけるのは必ずしも妥当ではないかもしれない。より一般的な変化について見たければ、飲酒運転を例にするのがとくにわかりやすい。つい最近の一九七〇年代末ごろまで飲酒運転など日常茶飯の出来事であり、生活のなかで避けられないことだとさえ認識されていた。おそらくもっとも驚くべきは、人々が飲酒運転をちょっとした悪ふざけと同じような些細なものだと考えていた点だろう。誰かがパーティーで飲みすぎると、友人たちはその人物を車の運転席に坐らせ、代わりに鍵をまわしてエンジンをかけ、蛇行しながら進んでいく車を笑いながら見送る──。そんな光景は珍しいものではなかった。ハンター・ S・トンプソンの自伝的小説『ラスベガスをやっつけろ』のなかでは、明らかに酩酊状態で車を運転していた主人公に対し、警察官がそのまま運転を続けて家で休むようにうながす場面が出てくる。実際の出来事だったかどうかは別として、当時としては充分にありえる話だった。 一九八〇年に非営利団体・飲酒運転根絶を目指す母親の会( MADD)が設立されたことによってすべてが変わった。 MADDは、飲酒運転が運転手だけでなく他人を危険にさらす行為であるという(明々白々の)事実を世のなかに知らしめるうえで大きな役割を果たした。飲酒運転の統計がはじめてとられるようになった一九八二年から現在までに(それまで統計はとられていなかった!)、アメリカ国内での飲酒運転による死者数は年間二万人以上から一万人以下に減った。一九八二年以降、アメリカ人の車の走行距離が二倍に増えたことを踏まえると、その差はさらに際立ってくる。つまり、一九八〇年には現在よりも四倍の飲酒運転者がいたということになる。 安全に対する社会の大きな変化とともに、人々の態度も大きく変わった。そのような変化に関するわたしの個人的な例として、一九六九年に幼稚園からの帰り道で起きた出来事について紹介したい。その日は友だちのアンディーの父親(警察官)が、近所の子ども数人を車に乗せて家まで順に送り届ける番だった。後部座席には四、五人の園児が坐っていたが、誰もシートベルトを締めていなかった。当時、ほとんどの車にはシートベルトがついていなかった。家まであと数ブロックのところで車が角を曲がったとき、子どもたちの身体がベンチシートの上で横に滑り、わたしのほうに覆いかぶさってきた。なんとか押し戻そうとしたが、あまりの重さに抗うことができず、わたしの身体はドアに押しつけられた。次の瞬間、ドアが開き、外に投げだされたわたしの身体は道路の上を跳びはね、そのまま側溝に落ちた。アンディーの父親は車を止め、すぐにわたしを溝から引っ張りだしてくれた。友人の父親のその行為は驚くべきものではなかった。驚くべきは、家に着いたときのわたしの母親の反応だ。 あなたならどのような反応を示すか想像してみてほしい。幼稚園からの帰り道、友人が運転する車から五歳のわが子の身体が投げだされ、道路を転がっていった──。友人が家にやってきて、すまなそうにそう告白したとき、あなたはどういう態度をとるだろう? 後続の車には轢かれなかったと友人がすぐに説明をくわえたとしても、あまりの恐怖にほとんど言葉も出てこないはずだ。 しかし、母親はわたしの身体の腫れ、切り傷、擦り傷をひととおり見てからアンディーの父親に告げた。「問題なさそうね。心配しないで、よくあることだから」。わたしの母親が思いやりのない冷たい人間だったわけではない。同じような状況で別の友人が車から落ちたとき、彼の母親は「もっとしっかりつかまってなくちゃだめじゃない!」と叱りつけた。それが、つい最近までわたしたちが住んでいた世界だった。飲酒運転はちょっとした迷惑行為でしかなく、誰もシートベルトなど締めていなかったし、車の座席に子どもが坐ることなど想定されていなかった。が、全員がそれでいいと考えていた。 そういった社会状況のなかでの殺人や暴行は、被害者の家族や友人にとっては悲劇だったにちがいない。しかし数え切れない死と暴力にさらされながら生きるほかのすべての人々にとって、そのような犯罪は些細な目立たない出来事でしかなかった。時がたつにつれ、わたしたちはだんだんと慣れていった──安全な食べ物、シートベルト、飛散防止処理が施されたフロントガラス、身体を護るエアバッグ、嚙まない犬(放し飼いが禁止されたため)。すると、一つひとつの事件がよりはっきりと際立つようになった。 暴力的なテレビ番組やゲームの危険性を訴える人々は、そのような形態の疑似暴力によって現実と空想の境目がなくなると主張する。しかしわたしとしては、世界がますます安全になることによって、暴力的な娯楽の悪い影響はより小さくなっているのではないかと考えている。インターネットの普及によって、世界じゅうの大虐殺をリアルタイムで目撃できるようになり、若いころよりも世界が危険になったという認識が生みだされたことはたしかだ。だとしても、わたしたちの日々の経験は安全なものばかりだ。ここ数十年のあいだに殺人、レイプ、暴力は減った。安全な世界でより穏やかになった人々の感覚こそが、これらの暴力を永続的に減らすうえで大きな役割を果たしてきたにちがいない。 先進工業国の国内の安全性の向上と暴力の減少によって、国家間の争いも同じように減ってきた。にもかかわらず、世界の安全は絶え間ない脅威にさらされている。ヨーロッパ、中東、アフリカでの紛争はしばしば手に負えないほど激しくなり、イスラム国などのテロ組織は宗教的緊張をあおろうとする。多くの国々が、世界全体により大きな影響力を及ぼしていた時代を懐かしみ、現在の国際秩序に反するような領土権を主張しようとする。そして、おそらくもっとも驚くべきことに、豊かで安定した国のなかでさえも外国人嫌いの政治家たちが引きつづき人気を得ている(本書の執筆時点では人気はさらに増している)。このような理由から、国際的な平和と安全が当たりまえのように存在するものだと考えることはできない。この章の残りの部分では、人間の進化した心理が地球上のこの危うい平和をどのように作り上げてきたのかを簡単に解説したい。集団間ではなく集団内で協力するように進化したヒト 第 1章では、人類がサバンナで生き残って繁栄したのは、親戚であるチンパンジーよりもはるかに協力的になることを学んだからだと説明した。原則として協力によって平和が訪れる可能性は高くなるものの、人間による協力はひどく選択的なものでもある。人間は集団の仲間のメンバーと協力するようには進化したが、ほかの集団のメンバーには非協力的になった。このような事態になったのは、先祖たちにとっては外部の集団とのつき合いが一か八かの賭けに似たものだったからだ。ときに外部の集団は新しいチャンスであり、ときに脅威だった。友好的な集団と出会うと、先祖たちはその集団から配偶者を見つけ、生殖の機会を増やす(近親交配を減らす)ことができた。しかし、友好的ではない出会いも多かった。外部の集団のメンバーたちはこちらの所有物を欲しがり、無理やり横取りすることもあった。 投石はサバンナでの生活を飛躍的に安全にしたが、まったく新しい脅威への道を切り拓くものでもあった。離れた場所から相手を殺す能力をもつことは、

高度な戦争行為のはじまりを意味した。集団で石を投げる能力を身につけた先祖たちはすぐに、集団で激しい闘いに挑む能力も身につけた。ホモ・エレクトスがその能力をさらに高めて計画と分業を生みだすと、戦略立案と軍事行動ができるようになった。結果、外部の別の集団は「きわめて危険な競争相手」という存在に成り代わり、自分たちの集団メンバーのみと選択的に協力することが先祖にとって堅実な選択肢となった。祖先たちが食物連鎖の頂点に上りつめると、ほかの動物がもたらす危険はみるみる減り、すぐに〝人間〟が自分たちにとって最大の脅威になった。 第 7章で見てきたとおり、小規模社会は外部の別の集団と対立状態に陥ることが多い。そのような対立のなかで起きるのは、先進国同士の戦争で起きるような大規模な闘いではなく、小競り合いや襲撃だ。しかし小競り合いや襲撃も、とくに長期にわたるときには致命的な結果へとつながることがある。闘いに勝った側のメンバーは自分たちの暴力から恩恵を受け、畜牛などの物質的な富を奪い、捕まえた女性を新たな妻にすることができる。つまり、集団間の対立がなくならなかった理由のひとつは、闘いの勝者により多くの生殖の機会をもたらすからだった。 資源をめぐる争いにくわえ、われわれの祖先は病原体との闘いにも向き合わなくてはいけなかった。異なる病原体をもつ外部の集団との接触によって、新たな病気の感染が集団内に広まる危険があった。医学が未発達の世界では病気の脅威は今日よりもはるかに大きなものだった。そこで人間は、病気の脅威に対する心理的な適応能力「行動免疫システム」を身につけていった。人間の生物学的な免疫システムは、病原体が体内に摂り込まれたときに対処する(病原体を体外に吐きだしたり、見つけて破壊したりする)。一方の行動免疫システムは、病原体がそもそも身体に入ってくることを防ぐために進化した。たとえば、糞便、化膿した傷口、菌、嘔吐物には病原体が満ち満ちているため、人間はそれらの見かけやにおいに嫌悪感を抱き、避けるようになった。ほかの人の傷口に興味を抱いて魅力的だと感じる人は、生き残って自分の子どもをもうける可能性がはるかに低くなる。このような進化の末に、嫌悪感がわたしたちを護ってくれるようになった。 病原体はそれぞれ毒性が大きく異なるため、人間の心理は、自身にとっていちばん危険な細菌を避けるようにうまく調整されている。例として、次のような場面の思考回路について考えてみよう。飛行機のなかでトイレの列に並んでいるところを想像してみてほしい。あなたの順番が来ると、トイレから出てきた人がなにやら恥ずかしそうな表情をしている。なかに入ってトイレの蓋を開けると、さきほどの男性の表情のわけがすぐさま明らかになる──至るところに、彼がひどい腹痛に苦しんでいる痕跡が残っていた。 ここで考えてみてほしい。胃腸に問題を抱えているこの人があなたの兄か弟の場合と、 21 Cの座席に坐る赤の他人の場合では、どちらのほうがより嫌悪感が増すだろう? ほとんどの人は、犯人が 21 Cの搭乗客だったときのほうが不快だと感じるにちがいない。これにはれっきとした理由がある。自分の兄弟の糞便よりも、見知らぬ人の糞便に接触したときのほうが病気になる確率はずっと高くなるからだ。これまで兄弟の細菌にたびたび暴露してきた経験をもつあなたには、すでにそれらに対する免疫ができている可能性が高い。 実際に大便を使った思考実験でも予想どおりの結果が出た。この勇敢な実験を行なったマッコーリー大学のトレバー・ケースと同僚たちは、赤ん坊を育てる母親を被験者として選び、子どもの大便がついたままのおむつをもって実験室に集まるように依頼した。研究者らは大便を容器に移し、被験者ににおいを嗅ぐように指示した。母親たちは、どの大便がどの赤ん坊のものかを嗅ぎ分けることはできなかったものの、他人の赤ん坊の大便をより不快だと感じた。自分の赤ん坊の大便を特定することこそできなかったが、母親たちの行動免疫システムは無意識のうちに、未知の病原体がより多く含まれた大便を避けようとしていた。 こういった実験の結果は、行動免疫システムにすぐれた感受性があり、病気感染の可能性が高い細菌を避けるための能力が進化してきたことを指し示すものだ。同じような傾向は、言語、宗教、自民族中心主義の地理的分布のなかにも見られる。北極・南極から赤道に近づくにつれて地域ごとの言語や宗教の数は増え、住民はより外国人嫌いになる。一見すると無関係にも思われるものの、これら三つの要素はすべて集団を区別するために役立っている。相手と同じ言語を話さず、宗教も共有せず、そもそも自分たちにほかのグループを嫌う傾向があるとき、外部の集団と交流する機会は減る。 なぜ赤道に近づくと言語と宗教が増えるのか? その数の多さが自民族中心主義に関連するのはなぜか? それらの問いへの答えは、温帯・寒冷地域よりも熱帯地域のほうが病原体の密度がはるかに高いという事実に隠れている。あなたがスウェーデンに住んでいるとすれば、八〇〇キロ圏内にある土地のすべての集団の住人たちが、数少ない同じ病原体をもっている確率が高い。一方、アフリカ中央部にあるコンゴに住んでいるとしたら、谷の反対側の集団が未知の病原体をもっていてもなんらおかしくはない。 熱帯地方に住む人間たちは、外部の集団と交流すると病気にかかりやすくなると気づき、交流そのものをやめてしまったのだろう。近代科学以前の世界では、自分の病気の原因は隣人にあると考えるのが一般的であり、感染を防ぐために彼らを嫌うのは当然のことだった(実際、部分的には妥当な方法だった)。嫌悪と恐怖によって隣人を自分たちから切り離し、いったん他者と交流しなくなると、言語や宗教も自然と分かれていく。すべてのプロセスは自己永続的なものであり、時間とともに集団の分離はさらに深まっていく。 病原体は人々の態度、行動、信念を突き動かし、集団を孤立させようとする。その影響力は、病原体が動物から人に感染する場合(マラリアなど)よりも、人から人に感染する場合(肝炎など)のほうがより強くなる。文化的な習慣が異なる集団に出会ったとき、多くの人は自分たちの文化的・宗教的習慣に危険が及ぶのではないかと不安になる。くわえて、他者の行動そのものが、病気の伝染の新たな経路になるケースもある。たとえば調理方法、通過儀礼、配偶システムのちがいは、新たな形の病原体の暴露へとつながりかねない。人間の行動免疫システムは、そのような異質な習慣をたんにちがうとみなすのではなく、同時にまちがっているとみなすように進化してきた。 このように、人間は病気から身を護るための態度を進化させてきた。しかしさきほども説明したとおり、行動免疫システムによって引き起こされる態度は、細菌に向けられたものではない。むしろこれらの態度はたんに、危険な病原体──進化環境ではまだ謎だらけだった病気の発生源──を避けるように設定されたものだった。たとえば、自分とは異なる行動を「不道徳」あるいは「誤ったもの」とみなすことによって、その行動をとる集団から人々は距離を置き、自分を護ろうとする。 人間は、繁殖の成功と病気の伝染防止をうながす行動(どちらに対しても同じ行動の場合が多い)をより道徳的にとらえる傾向がある。病気の媒介となる可能性があると知るとすぐさま「異なる物事のやり方」は「不道徳なやり方」に変わる。だとすれば、病原体への脅威こそが、象徴的偏見──自身とは異なる習慣や信念をもつグループに対する敵意──の根本にあるのかもしれない。いったんほかの集団が不道徳だとみなされると、多くの人々は互いを避けるようになり、対立が起きる確率も高くなる。 これらすべての理由が絡み合い、わたしたちは自身の集団のメンバーとのみ協力し、ほかの集団とは協力しないように進化してきた。この部族主義は、人間に本来備わる協力的な性質と矛盾するものだと考えられることも多い。しかし人間の進化の歴史をひもとくと、部族主義と協力が実際には表裏一体であることがわかる。人間の部族主義はじつのところ、協力的な性質の原因であり結果でもある。なぜなら、自身の集団の仲間たちを心配するという能力が、人間をすぐれた殺人者に変えたからだ。 人間が集団内のみでの選択的な協力を好むという証拠は至るところにあるが、人間とチンパンジーを比べたときにその差がもっともはっきりする。暴力や対立が起こりやすくなる要因を突き止めるために、ハーバード大学のリチャード・ランガムは、人間の狩猟採集民の集団における肉体的対立の頻度を調べた。正式な法律や警察に頼ることができない狩猟採集民は、現代的な政府が生まれるまえの人間の暴力の発生率について大きな手がかりを与えてくれる。狩猟採集民とチンパンジーの集団内の対立の頻度を比べると、肉体的な攻撃に頼る割合が人間よりもチンパンジーのほうが一五〇~五五〇倍高いことがわかった。その一方で、集団同士の攻撃や暴力については、人間の狩猟採集民とチンパンジーのあいだで暴力的行為の割合がそれほど変わらないことがわかった。サバンナへの移動によって、わたしたちの祖先は互いにずっとやさしく接するようになったが、それはあくまでも集団の境界線の内側だけでのことだった。 このような進化を遂げてきたにもかかわらず、集団のなかでの対立や競争もいまだ起こりつづけている。ときに人々は資源をめぐって争い、ときに共同体が抱える問題の解決策について反対し合う。集団内の協力に対してもっとも大きな障壁となるのが性淘汰だ。なぜなら、誰もが集団のほかの面々よりも自分の地位を高めることを望んでいるからだ。それこそ、メンバーが二〇~三〇人以上に増えた狩猟採集民の集団のなかで言い争いが絶えなくなる理由である。ところが、外部の集団による脅威は、集団内の対立を相殺する大きな力となった。ほかの集団からの脅威に立ち向かうために仲間同士で協力し合うという傾向は、人間の生存にとって欠かせないものだった。内輪の競争はたんに個人の地位への脅威でしかなかったが、外部のグループとの対立は集団の存続にかかわる脅威だった。 人間の進化した心理におけるこれらの相反する側面は、いまでも国内および国際関係に大きな影響を与えつづけている。注目すべきは、外部からの脅威がなければ、集団内の協力体制さえそのうち消えてしまう恐れがあるという点だろう。現在のアメリカ政治における極端なまでの二極化と過激化については、これまで多種多様な説明がなされてきた。しかし進化的な観点から見ると、根本的な原因の一部がソビエト連邦の崩壊であることはまちがいない。かつて、アメリカの政党同士の対立による問題は脇へと追いやれていた。当時は国内の対立よりも、国外の強力な敵に対抗するために結束を保つほうがずっと大切だった。ソビエト連邦の崩壊は米国の存続にかかわる唯一の真の脅威がなくなることを意味するものであり、結果として国内の対立を抑え込む要素も薄れていった。強力な外部の敵がもたらす脅威が消えていくと、政党はほかの国の行動のなかではなく、国内の競争相手との目標や意見のちがいのなかに大きな対立軸を見つけようとする。 外部の脅威がどれほど大きな影響を与えるのかは、大統領支持率の変遷を示す図 10を見れば明らかだろう。二〇〇一年九月一一日の同時多発テロ事件の直後、アメリカ国民は一致団結してブッシュ大統領を支持するようになった。グラフを見ると、脅威が収まるにつれて、急激に高まった支持率が少しずつ下がっていく様子がわかる。その後アメリカがイラクを侵攻したときに、より小さな割合で再び支持率が一気に上がった。

第 7章で取り上げたとおり、指導者たちはしばしば、人間の進化した心理におけるこの側面を利用しようとする。彼らは外部の集団がもたらす潜在的な脅威をかまびすしく喧伝し、集団内部の問題や自分たちの指導力の低さから支持者の注意を逸らそうとする。この戦略には集団内の忠誠心と協力を高める効果があり、指導者の立場を強めることにつながる。しかしこれらの利点は、外部の集団との関係悪化という継続的な犠牲のうえに成り立つものでしかない(関係悪化が長引くと貿易で損失が生じ、対立だけが増していく)。つまり人間の協力的な本質によって、集団同士の対立が大きくなる場合もあるということだ。とくに集団のリーダーが全体の目標よりも自らの特権的な立場を保つことに重きを置くとき、対立はいっそう激しくなる。 人間の進化した心理のこういった側面が、集団同士の協力への大きな障壁になることはまちがいない。しかしながら、不信感を抱き合う集団同士でさえも、貿易や安全保障といった包括的な目標を達成するために互いに協力することはできるし、実際に多くの集団がそうしている。歴史をとおして今日まで、小規模社会では集団間の争いが多いのと同時に、集団同士が協力し合うケースも多い。より強力な対立相手に一緒に対抗するための協力はもちろんのこと、集団間の結婚や貿易をとおして協力関係が結ばれることも少なくない。だとすれば、集団間の関係についての人間の態度は、自分の集団に自動的に有利に働く姿勢と、外部の集団へのあいまいな姿勢が合わさったものだととらえるのが妥当だろう。 このあいまいな姿勢によって、外部の集団を進んで好きになることもあれば、嫌いになることもある。すべては、相手が脅威とチャンスのどちらをもたらす公算が大きいかにかかっている。しかしここで重要になるのが、ほかの集団に対して否定的な気持ちだけではなく、つねにあいまいさがともなうという点だ。あいまいな態度を保っておけば、外部の集団が眼のまえに現われたときにチャンスを見いだし、集団の枠組みを超えて互いに利益のある共同事業を起ち上げることもできる。すべての当事者が同じ目標を共有するとき、条約や同盟はもっとも大きな効果を発揮する。こういった状況下では集団間の脅威が和らぎ、不正行為は「不可能なこと」「無益なこと」だとみなされるようになる(この点についてはこのあとくわしく掘り下げる)。集団同士の関係をぶち壊す相対性 第 4章で見てきたとおり、公平さに対する人間の感覚は、社会的ネットワークのなかの自分と他者の成果の比較に大きな影響を受ける。このような〝相対性〟が生まれるのは、地位階層のなかの相対的な位置が生殖相手としての魅力を決定づける要素となるからだ。さらに集団間の地位の差も、個人の成果を左右する大きな要素となる。ホモ・サピエンスが地球全体に住みはじめるころまでに、人々は資源をめぐって、外部の集団とたびたび衝突するようになった。たしかに人類史の大部分は、強い集団が弱い集団を押しのけて好ましい狩猟場、水飲み場、漁場を奪うという物語に占められている。わたしたちはきまって、未知の世界に踏み込んでいった先祖たちの大胆さに驚嘆する。しかし人類の広がりと探求のかなりの部分は、勇気ではなくむしろ絶望に突き動かされたものだった。〝探求〟の多くは「先祖たちが逃げだしたこと」「強く攻撃的な隣人によって好ましい場所から追いだされたこと」を意味するものだったのだ。 多くの学者は人類の過去について空想的な見方をもっており、人間の暴力は現代的な暮らしが招いた結果であり、都市生活によって生みだされた孤独と無秩序の産物だと考えたがる。しかし、スティーブン・ピンカーが『暴力の人類史』ではっきりと指摘したように、そのような考え方は正しいとはいえない。現代的な生活が始まる以前の人々がそれほど互いに親切に接していたとすれば、古代人の身体の化石に発射物による創傷が数多く残っているのはなぜだろう? さらに、身体の左側に傷が集中しているのはなぜか? 頭の左側、左腕、左胸ばかりに自然と岩が落ちてくることなどありえない。しかし、右利きの敵がもつ武器からの攻撃は身体の左側に集中する。そう考えれば、祖先の多くが身体の左側への傷によって最期の時を迎えたのも驚きではない。 集団間で渦巻いていた敵意の痕跡は、アメリカ南西部や世界じゅうに点在する古代の断崖住居にも残っている。遺跡を訪れた多くの人は不思議に思うかもしれない。なぜ古代人はこんな崖の急斜面で子どもを産み、子育てしようと考えたのか。もっと下の谷底のほうが危険は少ないのではないか? 当然ながら、当時の人々がコロラドやニューメキシコの断崖絶壁にわざわざ住むことを選んだのは、眼下の谷より安全だったからだ。 谷底で生活していれば崖から落ちる危険はほとんどないものの、まわりに凶暴な動物がいる場合、そこはとても危険な場所になりうる。一方、崖の斜面で生活していれば、攻撃から身を護るのはより簡単になる。もちろんそこには大きな代償もあり、不安定な梯子でしか断崖住居にたどり着くことができない生活には死やケガの影がつねにつきまとう。このような危険な生活環境は、人類が逃げることによって世界各地へと移り住んだ証拠であり、別の集団の力が勝ったときの犠牲がいかに大きいかを示すものにまちがいない。このように〝相対的な公平さ〟は、集団内と集団同士の両方の関係に大きな影響を与えている。 相対的な公平さを重んじた人間は、騙される恐れに対して敏感に反応するよう進化していった。この敏感さの影響は、人間の心理のさまざまな側面で垣間見ることができる。たとえば、論理的な言葉で淡々とルールを説明されたときに比べて、違反者を見抜くよう指示されたときのほうが、人の問題解決能力は向上する。例として、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のレダ・コスミデスの研究チームによる実験で使われた次の問題について考えてみたい。図 11の四枚のそれぞれのカードには、その人物が朝食で食べたメニューが表に描かれ、飲んだドリンクの種類が裏に描かれている。あなたに課せられたタスクは、最小限の枚数のカードだけを裏返し、「シリアルを食べる人はみんなオレンジジュースを飲む」ことを証明するというものだ。

見てのとおりジョルディーはシリアルを食べ、マヤはパンケーキを食べたが、彼らが何を飲んだのかはわからない。一方、サムはオレンジジュースを飲み、ソフィアはコーヒーを飲んだが、何を食べたのかはわからない。なるべく少ない枚数のカードだけを裏返して「シリアルを食べる人はみんなオレンジジュースを飲む」ことを確かめるとき、あなたはどのカードを選ぶだろう? ジョルディーかマヤ、またはその両方の飲み物を確かめようとするだろうか? あるいは、サムかソフィア、またはその両方が食べたメニューを確かめるという手もある。コスミデスの研究チームの説明によれば、正しい答えを導きだすためには論理学にもとづく思考が必要であり、これは比較的むずかしい部類の問題になるという。読者のみなさんも、少し時間をとって自分なりに答えを考えてみてほしい。 正しい答えについて検討するまえに、コスミデスが実験で使った別バージョンの問題についても考えてみたい。この問題であなたに課せられたのは、「タトゥーを入れている人だけがキャッサバ・ドリンクを飲むことができる」というルールの違反者を見つけるというものだ。 図 12の四枚のカードを見てわかるように、ジョルディーはキャッサバ・ドリンクを飲み、マヤはオレンジジュースを飲んだが、タトゥーが入っているかどうかはわからない。一方、サムの腕にはタトゥーがなく、ソフィアの腕にはタトゥーが入っているが、ふたりが何を飲んだのかはわからない。一問目と同じように必要最小限の枚数のカードだけを裏返し、「タトゥーを入れている人だけがキャッサバ・ドリンクを飲むことができる」というルールを破った人物を突き止めたいとき、あなたはどのカードを確かめるだろう? コスミデスによると、これは解くのが比較的簡単な問題だという。ここでも時間をとって、ぜひ答えを考えてみてほしい。

一問目に戻ると、コスミデスの実験の参加者の大多数と同じだとすれば、あなたはおそらくジョルディーのカードを裏返し、彼がオレンジジュースを飲んでいることを確かめたにちがいない。しかし、ソフィアがシリアルを食べていないことを確かめるのを忘れた人は多いはずだ。ソフィアはコーヒーを飲んでいるため、もしシリアルを食べていたら、「シリアルを食べる人はみんなオレンジジュースを飲む」という法則に反することになる。つまり法則が護られているかどうかを確かめるには、ジョルディーとソフィーのふたりのカードを裏返す必要がある。パンケーキを食べている人がオレンジジュースを飲んではいけないというルールはないので、マヤが何を飲んだかは問題にならない。同じ理由で、サムが何を食べたかも関係ない。なかには正解にたどり着く人もいるだろうが、誰のカードを確かめ、誰を無視していいのか、かなりの集中力が必要になるはずだ。 これとは対照的に、キャッサバ・ドリンクとタトゥーに関する二問目については、多くの人が単純明快な問題だと感じる。なぜならこの問題は、違反者を探しだすという人間の進化した能力を利用するものだからだ。多くの人はジョルディーのカードを裏返し、彼の身体にタトゥーが入っていることを確かめる。次にサムのカードもひっくり返し、彼がルール違反をしてこっそりキャッサバ・ドリンクを飲んでいないか確認するはずだ。マヤはこのルールの条件にはとくに当てはまらないので、彼女のカードを確かめる必要はない。同じく、タトゥーが入っていることがすでにわかっているソフィアが何を飲んでいようが関係ない。彼女はキャッサバ・ドリンクを飲みたければ飲むことができるが、飲まなければいけないわけでもない。 まったく同じ問題にもかかわらず、「論理学的な規則」という観点から出題されたとき、多くの人は答えを導きだすのに苦労する。しかし、たんに「ルールにしたがう」「違反者を見つける」という観点から出題されたときには、解くのが一気に簡単になる。人間は論理的に問題を解くことをあまり得意とはしていないが、進化の末に違反者を見抜くのはとても得意になった。この実験結果から、不正行為について人間がつねに注意を払っていることがわかる。そのため、わたしたちの認知機構は、不正を突き止めるという文脈でより効果的に機能する。そして集団同士の関係においてはおそらくなにより重要なことに、この認知的な感覚は不正に対して敏感に反応する一方で、不正が不可能だと人々が考える状況になるとこの感覚は薄れる。 では、相対的な公平さと不正行為についての懸念は、世界の平和と安全のための取り組みにどのような影響を与えるのか? 実際、こういった懸念が不運な結末へとつながることもある。集団、社会、国家が平和条約や貿易協定を結ぼうとするとき、相手に有利な取引条件を与えたくないという双方の思惑によって交渉はたびたび決裂する。公平さへの懸念は相対的なものであり、両者の現状に合わせて利益を分配するだけの合意は充分とはいえない。むしろ、どちらか一方により大きな利益があるとみなされない視点が必要になる。相対的な地位に対する懸念の影響力はきわめて強い。たとえば、たとえ現状より条件のいい協定であっても、他方により大きな利益があるとみなされると、人々はその協定を拒もうとする。 相対的な結果についてのこの懸念は、過度な感受性によってさらに強まっていく。相手が不正を働き、合意にもとづく義務を果たしていないのではないかと人々はつねに不安を抱く。人間はこのような不正行為にとても敏感であり、少しでも不正の疑いがあれば過度に反応し、自分に課せられた義務を果たすのをすぐにやめ、相手が相対的優位に立つことを防ごうとする。たとえば、ふたつの国が核実験の一時停止に同意したとする。しかし、双方が相手の不正を疑っていたら? 核兵器開発競争で後れをとるのを避けるために、両国ともに秘密裏に実験を再開するにちがいない。不正を突き止めて罰する能力と権限が充分にないとき、どんな種類の協定もすぐに骨抜きにされてしまう。 もちろん、国際的な規則を作って違反者を罰することもできる。しかし主権国家は往々にして、自国が対象になりうる制裁が含まれた国際条約に同意することを嫌う。最近の例として、一九九六年に国連海洋法条約に批准した中国の一件を見てみよう。二〇一六年、南シナ海上の領土に対する中国の主張について、ハーグ常設仲裁裁判所は国連海洋法条約に違反するという判決を下した。が、中国側は判決を受け容れることを拒み、決定には「拘束力がない」という外務省声明を発表した。この点に関していえば、中国の対応が珍しいわけでもなんでもない。たとえばアメリカ政府も、自国の行動に対して国際機関が法的権限をもつことについて、同じように消極的な姿勢を示してきた。この法則には例外もあり、世界じゅうで数多くの貿易・軍事合意がきちんと機能している。しかしそのような協定は、すでに信頼関係が築かれている場合、あるいは対立相手との利益が一致する領域で結ばれることが多い。 視点を変えれば、互いの不信感によってすぐに頓挫するような合意でも、不正行為を防ぐための技術的解決策があれば、成功へと導かれるかもしれないということだ。たとえば、核濃縮計画について何か取り決めたとしても、各国が平気で噓をつく恐れは充分にあり、密かに計画を進めてしまったほうが得策だと考える国も出てくるかもしれない。物理学者たちはこの状況を打破するために、大気中の変化をとおして商用観測衛星がプルトニウム生成を探知できることを証明してみせた。それ以降、条約違反を示す確実な証拠が手に入るようになった。そのような証拠を使えば、兵器開発競争──誰ひとり望んでいないにもかかわらず、後れをとらないように参戦しなければいけないと誰もが感じている競争──が激しくなるのを未然に防ぐことができる。自己欺瞞的な偽善者に進化した人間 捕食者と被食者の関係の終わりには必ず死が待っている──一方が夕食の献立になるか、もう一方が飢え死にするか。対照的に、同じ種のメンバー同士の競争ではきまって、暴力をともなう対立へと発展するまえに、どちらがより強いかをはっきりさせるための複雑な合図のやり取りがある。肉体的な喧嘩になれば勝者もケガをすることになるので、じつのところ勝者も敗者も資源をめぐる闘いなどしたいとは考えていない。そのため両者は実際に闘いをするのではなく、闘いが起きたと想定したときにどちらが勝つかを決めようとする。その決定が下されると、負ける定めにある側はすぐさま服従するか逃げるかを選ばなくてはいけない。対立する両者が互角だと思われる場合にのみ、資源をめぐる争いが実際の肉体的な戦闘へとエスカレートする。 このような理由から、同じ種のメンバー同士の競争では暴力の脅威が対立の抑止力となり、実際の暴力に発展することはまれだ。人間の対立も、ほかの動物と同じ原則にしたがって進む。しかし戦争がこれほど多く起きているという事実は、両者のどちらが勝つかについて合意に至らないケースがたびたびあることを証明している。 競争が暴力へエスカレートすると、たいてい両者ともになんらかの犠牲を払うことになる。そのため同じ種同士の争いは、相手を降参させることを狙った〝真実と誇張〟の組み合わせによって始まることが多い。自分の能力のほうが高いと見せつけることに犠牲がともなわなくなると、誇張行動は消える。たとえば、ケーキの最後の一切れをめぐって Aさんと Bさんのあいだで争いが起きたとする。自分のほうが強いと考えた Aさんは、 Bさんをただ殴ってそれが正しいと証明することもできる。しかし、この作戦を試すことには大きな犠牲がともなう。当然ながら、 Bさんが殴り返してくるかもしれないからだ。運が良ければ、 Bさんのパンチは不発に終わる。しかし Bさんのほうが強ければ、 Aさんはしたたか殴られることになる。このように競争には必ず犠牲がともなうため、ずる賢い人はなんとか相手の眼を欺き、自分の強みを強調し、弱みを隠そうとする。この種の誇張行動は、あらゆる動物に共通するものだ。ヘラジカやハイエナは背中の毛を逆立てて身体を大きく見せ、カニは不必要なほどはさみの殻を大きく成長させる(殻のなかに筋肉はない)。 第 5章で見てきたとおり、自己欺瞞に満ちた自身過剰も人間にはつきものだ。多くの人は実際よりも自分が優秀で、強く、速く、魅力的だと信じている。この自信過剰によって、負ける運命にある側が勝つと思い込んでしまうことも多く、それが対立をエスカレートさせる大きな原因となる。たとえば一九世紀に起きたアメリカ南北戦争では、両軍ともに開戦から数カ月のうちに勝ち、犠牲者もわずかにとどまると信じていた。双方の政治家たちが抱いていたこのような自己欺瞞的な信念によって、六〇万人以上のアメリカの同胞の命が奪われることになった。外部の集団との協力を拒もうとする傾向にくわえ、自身の集団が勝つ可能性を信じることこそが対立に向き合う原動力となる。 負ける側が負けを予想できない大きな要因は自己欺瞞にある。その一方で、核兵器の出現は新たな現実を作りだした。実際に使用されなくても、人々は

核兵器の並外れた威力に大きな抑止力があることを認める。核兵器の大きな利点は、勝者側にも耐えがたい損失がもたらされるという共通の認識にある。そのような認識をもつ両陣営は、たとえ自身の勝ちを信じつづけたとしても、闘いが泥沼化しない道を選ぼうとする。 自己欺瞞によって人は、実際よりも自分が強く賢い人間だと感じるようになる。それどころか、他者と自分が似たような行動をとったとしても、自分の行動のほうが道徳的だと信じようとする。わたしが二切れ目のケーキを食べて、あなたの食べる分がなくなってしまったとしよう。一見するとじつに利己的なこの行動について、うっかりミスだったとわたしは自分に言い聞かせるはずだ。あなたがまだデザートを食べていなかったのに気づかなかっただけだ、と* 1。しかし、自分が同じことをされたら、わたしはあなたのマナー違反と食い意地の汚さに愕然とするにちがいない。 相手と自分がまったく同じ態度で人生を歩んでいたとしても、人は自らの思惑だけを肯定的に書きなおす傾向があるため、自分の行動を相手よりも道徳的だととらえる。この偽善は人間性の根幹をなすものであり、より一般的な自己欺瞞と同じように、他者をこう説得するために進化した──わたしの行動が模範的ではないとしても悪気はありません。同じ集団内では疑わしい点を好意的に解釈する傾向があるため、この偽善の良い影響は自分の仲間たちにも及ぶ。ところが、そのような好意的な態度がほかの集団に向けられることはない。 われわれは自分の属する集団の思惑は信用するものの、ほかの集団の思惑を疑おうとする。たとえば、米国には大量の核兵器があるにもかかわらず、アメリカ人は自衛のため以外にそれを使用しないことを知っている。核兵器が攻撃ではなく抑止のために作られたことは、アメリカ人にとって自明の理のようなものだ。しかしアメリカ人は、同じ点について他国を信じようとはしない。アメリカ人とっては、イランが核兵器を保有する必要などなく、彼らはたんに中東の規律を乱したいだけということもまた自明の理のようなものなのだ。これらの〝事実〟は、米国民にとって当たりまえのことでしかない。そのため、ほかの国々が攻撃的な意図はないと否定したり、アメリカの主張に疑問を投げかけてきたりしたとき、そういった否定や疑問視の態度は不誠実であり、戦略的交渉を狙ったものだと認識される。当然ながら、アメリカと対立する国の視点はまったく逆だ。彼らにとって、このようなアメリカ側の偽善的な主張はどこまでも疑わしいものでしかない。 ここまでの議論を要約すると、人間は互いに積極的に協力し合うように進化したものの、その根底には生存のための闘いという進化圧があった。そのような協力的な性質が進化する過程で、人間はさらに凶暴な競争者になった。こう考えれば、協力的な性質の恩恵が外部の集団メンバーには自動的に及ばないことも驚きではない。事実、生き残りをかけた先祖たちの闘いのなかでは、外部の集団はしばしば深刻な脅威となった。かくして、集団の垣根を越えた協力をつなぎ止めるものは、薄っぺらな信頼だけになった。公平さは相対的にとらえられるため、両者が取り決めた合意から相手のほうがより大きな利益を得ているとどちらかが感じると、きまって集団間の信頼に危機が訪れる。(合意がまったくない状態よりも)合意が存在するだけで利益が生まれることが明らかな場合でも、そのような考え方は変わらない。最後に、人間には偽善的な側面がある。わたしたちは自分の集団の思惑を肯定的にとらえるが、外部の集団が同じ思惑を抱いたときには疑いの眼を向ける。ほかの集団の疑わしい点を好意的に解釈しようとはしないが、相手がこちらの意図を好意的に解釈しようとしないときには反感をあらわにする。 これらすべての心理的要因が、異なる民族、宗教、国家の人々と平和と安全を末永く保とうとする人間の能力と意欲に対して大きな壁として立ちはだかる。しかし、人間の進化した心理はまた、状況の変化にとても敏感に反応する。なんといっても、認知と態度に柔軟性があったからこそ、人間は進化的に大きな成功を収めることができたのだ。これらの深く根づいた心理的傾向が生みだす平和への障壁を乗り越えるために必要なのは、たんなる安請け合いや否定の言葉ではない。むしろ、かつて敵対関係にあった集団の利益と一致する構造、プロセス、合意をとおして乗り越えることができるのではないか? あるいは、これらの懸念を回避するための合意や検証戦略によって乗り越えることができるはずだ。 自分たちの集団と外部の集団の利益が一致することがわかったとき、または合意に対して不正を働くことが不可能だと考えるとき、人々はもはや不正行為に過度に警戒などしなくなり、ズルしようという気持ちも薄れていく。対立が長く続く場合はとくに、異なる集団と利益を一致させるのは容易ではない。しかしゆっくり時間をかければ、さまざまな社会的集団はこの目標を達成することができる。民主主義を広め、より密接な交流をとおして異文化への意識と理解を深め、いろいろな社会的な変化を起こすことによって、多くの集団は対立から遠ざかって協力へと近づいていく。 旅行、貿易、観光(およびインターネット)によって深まる国際社会のつながりには、特定の部族、民族、国家、宗教の一員という枠を超え、〝仲間の人間同士〟という集団としてのアイデンティティーを生みだすチャンスが隠れている。もちろん、利益を一致させたり、集団の境界線を引きなおしたりするのがむずかしい場合もある。そのようなときには、不正を見抜くための科学の進歩と、人間の進化した心理の現実的な理解にもとづく合意を組み合わせ、さらなる検証をとおして互いに信頼し合える状況を作りだすこともできるはずだ。

*1 自分自身による正当化を信じることも、自己欺瞞の一形態といえる。

第 9章 進化はなぜ人間に幸せをもたらしたのか 二〇〇七年のとある金曜日の朝、ワシントン DCの地下鉄の通勤客たちは一生に一度の大チャンスに遭遇した。その日、ワシントン・ポスト紙が行なった心理実験のなかで、世界的なバイオリン奏者のジョシュア・ベルが都心の地下鉄駅の構内でストリート・ミュージシャンに扮して演奏した。ベルはおよそ四五分近くにわたってストラディバリウスでクラシック音楽を奏で、そのあいだに一〇〇〇人を超える通勤客が彼の眼のまえを通りすぎた。ポスト紙は大騒ぎになったときに備えて綿密な計画を立てていたものの、不安は杞憂に終わった。立ち止まってベルの演奏を一分以上聴いたのは、わずか七人だけだった。 通勤者たちが知らなかったのは、ベルの演奏を聴くために世界じゅうで何千人ものファンが大金をつぎ込んでいるということだった。ファンたちは一張羅を着込み、ホール近くでなんとか駐車場を探して車を止め、舞台から遠く離れた席に坐ってベルの演奏に酔いしれた。この実験と結果については、さまざまな議論が巻き起こった。引く手あまたの世界的バイオリン奏者が、なぜ地下鉄の駅では無視されたのか? ワシントン・ポスト紙は、ベルは「額縁のない絵」だったと説明した──地下鉄の駅という状況のなかでは人々は彼の演奏を理解できず、楽しむことができなかった。たしかに、この解釈にも一理ある。たとえば、まったく同じ一枚の絵画があったとしても、それがピカソの作品だとわかったときには値段が吊り上がり、無名画家のものだとわかったときには値段が一気に下がる。しかし、この話にはより深い真実が隠されている。意図的にせよ無意識にせよ、ワシントン・ポスト紙によるこの実験は、人間の精神の奥深くに根づいたある特徴を暴くものだった。 これを理解するために、一九七〇年代はじめに行なわれた古典的な心理学実験について考えてみたい。プリンストン大学のジョン・ダーリーとダニエル・バトソンが注目したのは、新約聖書の「善きサマリア人のたとえ」だった。見知らぬ人が強盗に襲われて道で倒れていたとき、祭司とレビ人は無視して通りすぎたが、身分の低いサマリア人だけが介抱したという話だ。イエス・キリストによるこのたとえ話は、誰もが隣人であり、社会の最下層の人々も大切な役割を果たしていることを説くためのものだった(当時、サマリア人は一般大衆から忌み嫌われていた)。ダーリーとバトソンはこのたとえ話から異なる教訓を導きだし、サマリア人だけが強盗の被害者を助けたのは、彼に急ぎの用事がなかったからなのではないかと考えた。サマリア人よりも高い地位であるレビ人と祭司には何か別の用事があり、ケガ人を無視して通りすぎてしまったのではないか? そこでダーリーとバトソンは、道端で倒れている人を助けるか否かは、通りかかった人物が急いでいるかどうかで決まるという仮説を立てた。ふたりは心やさしい研究者だったが、自分たちの主張を証明するために彼らが考えだした方法は、とりわけ残酷なものだった。 実験のなかでダーリーとバトソンは、神学を専攻する学生たちを被験者として集め、善きサマリア人のたとえから学びとれる教訓について別会場で簡単な解説をするように頼んだ。学生たちには、次の三つのうちのどれかひとつの指示が与えられた。 ①解説を録音する会場に行く時間の余裕がたっぷりある。 ②時間の余裕はそれほどない。 ③予定より遅れており、急がなくてはいけない。説明を受けて部屋を出た学生たちは、会場に向かう途中、道端で倒れている人に遭遇する──。 ダーリーとバトソンはこの実験のために役者を雇い、地面に横たわってうめき声を上げるように指示した。役者は道のほぼ中央に倒れており、学生たちはその身体をほぼまたぐように進まなければさきには行けない。「困っている人を助けることが大切」というテーマの話をするために移動中の学生たちのうち、いったい何人が教えにしたがって倒れた人を助けるのか? ダーリーとバトソンが予想したとおり、時間に余裕がある場合には助ける割合が増え、予定より遅れているときは助ける割合がはるかに少なくなった。しかし、おそらくもっとも驚くべきことに、三つのうちどの条件を与えられたかにかかわらず、すべての神学生のなかで立ち止まって倒れた人に声をかけたのはわずか五三パーセントだけだった。 多くの学生が困っている人を助けなかったという驚くべき事実は、ワシントンの地下鉄の通勤客がジョシュア・ベルの前を素通りした謎を解く手がかりを与えてくれる。どちらの例でも、人々は未来に眼を向けていた。おそらく神学生の多くは、助けを必要とする人がいるという事実にはっきりと気づいてはいなかったのだろう。倒れた役者を実際にまたいだ学生もおり、その身体が視界に入っていたことはまちがいなかった。しかし彼らの頭のなかは、善きサマリア人のたとえをうまく説明することに支配されており、倒れた人にほとんど注意を払えなかった。ワシントンの地下鉄の通勤客のケースでも同じように、思考という騒音にかき消され、彼らにはジョシュア・ベルの演奏などほとんど聞こえていなかったのだろう。面倒な上司とどう接すればいいのか? 冷蔵庫からいつもランチを盗む同僚にどう向き合うべきか? 彼らの頭のなかにはそれしかなかった。 第 6章で説明したように、頭のなかで時間旅行に出かけ、将来のための複雑な計画を立てるためのこの能力は、人間に選択的な優位性をもたらした。しかしそれは代償がともなうものであり、将来のことを考えるあいだ人々の現在への注意は散漫になる。眼のまえの状況にほとんど注意を払えず、その瞬間の喜び(や必要性)を理解できないことも多い。わたし自身の例でいえば、おいしいお菓子を食べているにもかかわらず、ほぼ味わっていなかった経験が何度となくある。そんなときのわたしの頭のなかは、次の講義や家族旅行のことでいっぱいだった。あるいは、スピード違反切符をまた切られた件をどう妻に説明するかを考えあぐねていた。 未来に思考を向けて現在を無視するという人間の傾向は、一朝一夕に解決できる問題ではない。しかしながら、世界じゅうで〝マインドフルネス〟に対するさまざまな取り組みがあることは、多くの人がこの問題を解こうと試みている事実を反映するものにまちがいない。そのような瞑想法のほとんどは、人々に現在を生きることを説こうとする。立派な目標であることはたしかだとしても、達成するのは驚くほどむずかしい。なぜなら、人間の進化した技術とは相反するものだからだ。過去一〇〇万年以上にわたって、人類は未来に眼を向けることによって恩恵を受けてきた。現在の必要性や喜びがとりわけ大きく、眼のまえの出来事に無理やり注目を引き戻すほどの力がなければ、将来への思考を頭から締めだすのはきわめてむずかしい。 対照的に、わたしの飼っているイヌたちは、そのような内なる葛藤に悩まされてはいないようだ。思考を未来に送ることができないイヌは、つねに現在を生きている。家族の夕食の残りものなのか、獣医のところに連れていくための罠なのかにかかわらず、ご褒美を与えればイヌは嬉々として食い尽くす。明日のことを計画するのが苦手なイヌたちの生活はわたしに管理されており、イヌがわたしの生活を管理することはない。ほかの数多くのことと同じように、進化は一方の手で何かを与え、他方の手で何かを奪う。ここで、おそらく人間にとって最大の疑問が浮かび上がってくる……。なぜ人間はいつも幸せではないのか? 宝くじに当たり、使い切れないほどの大金を突如として手にしたらどうなるのだろう? わたしはそう妄想することがよくある。わたしはそもそも宝くじを買わないので、当たるわけがない。しかし当然ながら、ほとんどの人の宝くじの夢も実現しない。じつのところ、この事実はそれほど悪いことではない。信じがたくはあるものの、宝くじの当選者は当選前より幸せになるわけではなく、むしろずっと不幸になる人も多くいる。当選した翌日こそ大きな幸せを感じるだろうが、一年か二年たつとほとんどの人は新しい現実に慣れ、幸福感は当選前と同じ状態に戻る。以前よりも高級な車を運転しているとしても、眼のまえのひどい渋滞に悩まされるという事実に変わりはない。

それどころか、なかには思いがけない大金が引き起こすさまざまなトラブルに巻き込まれる人もいる。たとえば、当選後はきまって友人や家族がぞろぞろとやってきて、幸運を分けてくれとせがんでくる。二〇〇六年にミズーリ州の宝くじで二億二四〇〇万ドルを仕事仲間一二人と獲得したサンドラ・ヘイズはこう語った。「まわりの人々の欲と要求に耐えなければなりませんでした……愛する人たちが急に吸血鬼に変わり、わたしの命を奪い取ろうとしてくるんです」 わたしたちにはみな夢がある。でもたとえ夢が叶ったとしても、以前より幸せになることなどめったにない。それが悲しい真実だ。新たな成功は必ず新たな挑戦をもたらす。ディズニー映画の決まり文句「それからみんなずっと幸せに暮らしましたとさ」より、ドイツの格言「楽しみにすることはいちばんの喜び」のほうがはるかに現実的であることは言うまでもない。 目標を達成するという夢は、生涯にわたる幸福を与えてくれる。にもかかわらず、その目標を達成したときに感情的な幸福は与えられない。進化はなぜこんな汚い手を使ってくるのだろう? なかには、原因はわたしたちの現代社会にあり、現在と過去の暮らしぶりの大きな乖離のせいだと訴える人もいる(この点についてはこのあとくわしく解説する)。しかし、問題はそれほど単純ではない。農業の出現はさまざまな大きな変化へとつながったが、その多くは幸福を邪魔するものだった。しかしじつのところ、狩猟採集民の先祖たちもまた、長続きする幸せを手にすることなどできなかったのだ。 この問題に対するより大切な答えは、繁殖さえうまく進んでいれば人間が幸せかどうかは進化には関係ないという事実に隠れている。幸福とは、遺伝子に最大の利益を与える行動をとるよう、人間を動機づけするために進化が使うツールだ。もし人間が永遠の幸せを手にすることができたら、進化はもっとも便利なツールのひとつを失うことになる。 例として、ふたりの架空の先祖サグとクラッグについて考えてみたい。いまから約一万年前まで続いた更新世の時代に生きていたふたりは、どちらも洞窟のなかに坐ってトカゲの尻尾を食べつつ、マンモスに似た巨大な哺乳類マストドンを殺すことを夢見ていた。ひどく冷たい氷河の上を歩きつづけ、危険な動物に立ち向かうのはどこまでも困難なことだ。この架空のシナリオのなかでは両者とも夢を実現させ、ひとりで獣を殺すことができた……いや、それはあまりに非現実的なので、マストドン狩りをふたりが取り仕切ったとしよう。当然ながら、サグもクラッグもこのうえない幸せを感じ、それぞれの一族のなかで人気者になった。 サグがずっと幸せを感じつづける一方で、クラッグのほうは一週間ほどで以前の精神状態に戻ったとしたら、何が起きるだろう? 頭のなかで狩りの功績にいつまでも酔いしれるサグは、もう外に出て狩りをする必要などないと考え、洞窟のなかで毎日のんびり過ごす。対照的にクラッグは新たに達成するべき目標を見つけ、再びやる気をメラメラと燃やす。野心に駆り立てられた彼は、すぐさま洞窟を出て氷河の上に戻っていく。これがさらなる成功へとつながり、クラッグは伴侶を得て、一族から尊敬される存在となる。友人たちからも感謝され、眠るときには焚き火のそばの特別な場所を与えられる。 しかし、のんきなヒッピーになったサグは生産性を失い、集団からほとんど見向きもされなくなる。マストドン狩りについての自慢話などもはや誰も聞こうとはせず、人々はむかしながらの質問を口にしはじめる──「最近、あなたはわたしのために何をしてくれたのですか?」。でも、サグはそんなことは気にしない。結局のところ、彼はいつも幸せだからだ。しかしながら、社会的・生殖的な影響を免れることはできず、次の世代を生きるサグの子孫は少なくなる。サグとクラッグのこの壮大な物語からも明らかなように、永続的に幸福を保つことができないという事実が後押しとなり、先祖たちはより大きな目標を達成しようとがんばった。結果として、それが次の世代により多くの子孫を残すことへとつながった。 幸せが人のモチベーションに長期的に与える影響を調べると、今日にも同じようなパターンがあることがわかる。心の底から幸せな人々は大きな目標を達成することはほとんどない。なぜなら、そもそもその必要がないからだ。アメリカを代表する実業家で、 CNNの創業者として知られるテッド・ターナーはかつてこう言った。「すぐれた業績を上げた人のほぼ全員の動機は、少なくとも部分的には不安感によって保たれている」。ターナーのこの言葉は実際のデータとも一致する。バージニア大学の大石繁宏の研究チームが突き止めた、過去の幸福と将来の収入の関係を見てほしい(図 13)。

棒グラフのいちばん左側を見ると、一九八〇年代なかばに不幸だった人々は(横軸が幸福度)、二〇〇〇年代はじめになると、より幸せだった国民よりも少ない収入しか稼いでいないことがわかる(縦軸が収入)。これは驚くべきことではない。幸せな人は、悲しい人よりも精力的で魅力的だ。当然ながら、精力的で魅力的な人はより多くの収入を得ることができる。 ここでの議論にとってより大切な点に注目しよう。横軸の中央より少し右あたりに位置する「適度に幸せな人々」は、一五年後にもっとも高い収入を得るようになった。しかし、いちばん右側の「もっとも幸せな人々」の収入は、「不幸せな人々」とほとんど変わらない。つまり、ある程度の喜びは明らかに人生の成功へとつながるが、過度の幸せは経済的な危機につながるということだ。だからこそ進化は人間が適度に幸せになるように設定した──たびたび有頂天な気分にはなるものの、すぐにそのような幸せは消え、また個々の幸福は基準値まで戻る。自己啓発の専門家たちの多くは、最大または永続的な幸せを手にすることが人間の目標だと信じさせようとする。しかし進化的な観点から見れば、そのような目標はそもそも達成できるはずもなく、望ましくもない。 幸せはきちんとした理由のもとに進化した。幸せになるために、人間はマストドンを狩りに出かけた。しかし、幸福はたんなる動機づけのためのツールではなく、精神と肉体のつながりにおいて重要な役割も果たしている。では、人を幸せにするものはズバリ何かという問いに眼を向けるまえに、意地っ張りな気むずかし屋にとってさえ幸せが大切なワケについて少し考えてみたい。幸せと健康 一〇年ほどまえのある晩、わたしの携帯電話に見知らぬ番号から着信があった。海外からの電話で音が不鮮明だったため、相手の男性の名前を聞き取ることができなかった。しかし、「ラトガース大学」という言葉が聞こえた気がした。おそらく人類学部のスタッフと思われたが、わたしはあえて訊き返さなかった。こんな時間に電話をかけてくる人などめったにおらず、相手の素性と用件はすぐにわかるだろうと考えたのだ。少し世間話を交わしたあと、相手は本題を切りだした。翌年にベルリンで研究休暇をとる招待を受けたその男性は、わたしに一緒に来ないかと誘ってきた。わたしとしては研究休暇にもベルリンにもなんの反感もないし、むしろ両方とも大好きだ。しかし個人的にやるべき用事がいくつかあったため、わたしは珍しい申し出を丁重に断わった。その時点になってやっと、電話の相手がロバート・トリヴァースであることに気がついた。 その電話の五年ほどまえ、わたしは小さな学会で彼とはじめて会う機会を得た。以降、電話で数回しか話したことはなかった。しかし、トリヴァースはかすれ気味の特徴的な声の持ち主だったため、相手の声は聞き取りづらかったものの、そのうち彼の声だと気づいたのだった。サバティカルへの招待がトリヴァースからのものだとすれば、話はすべて変わってくる。わたしは少し待ってほしいと彼に言い、携帯電話の送話口を手で押さえ、ベルリンでのサバティカルについてどう思うか妻に尋ねた。楽しそうだと彼女が答えたので、わたしはぜひ一緒に行きたいとトリヴァースに伝えた。 二〇〇八年一〇月、わたしたちはかの有名なベルリン高等研究所にやってきた。わたしの計画は、それから半年にわたってトリヴァースと一緒に研究し、(第 5章で取り上げた)自己欺瞞に関する彼の理論の構築を手伝うというものだった。トリヴァースはたぐいまれな才能をもつ学者としてだけでなく、気まぐれな性格の持ち主としても業界では伝説的な存在だった。この点については、彼の自伝『ワイルド・ライフ』( Wild Life)[未訳]を読めばすぐにわかるはずだ。ベルリンで再会した時点では、わたしはトリヴァースのことをそれほどくわしく知らなかったため、共同研究がどう進むか少し心配だった。最終的にはとても仲よくなったものの、一週目のスタートはまちがいなく前途多難なものだった。 はじめのころの話し合いのなかでトリヴァースは、人間の免疫システムは〝銀行の役割〟を果たしうると主張した(意味はまったくわからなかったが、わたしはふむふむとうなずいてみせた)。トリヴァースはさらに、歳をとるにつれて肯定的な考えをもつように人間が進化したのは、免疫機能を高めるためだと語った(ここでも、彼の言わんとしていることがよくわからなかった)。わたしがその時点で知っていたのは、高齢者は否定的なことよりも肯定的なことを多く記憶する傾向があるのに対し、若い成人はどちらも同じように記憶するという事実だった。この現象の原因として心理学において有力な説は、高齢者は限られた時間しか生きることができないと認識しているため、肯定的な感情体験を優先するというものだった(友人たちと離ればなれになる卒業間近の学生にも同じ傾向がある)。この理論に説得力があると感じていたわたしには、トリヴァースの新たな説はまったくの見当ちがいとしか思えなかった。さらに、進化は生殖後よりも生殖前の人間にはるかに強い影響を与えることを知っていたため、年齢とともにより肯定的になることに進化的な根拠があるとはとうてい考えられなかった。 かなりの議論(とかなりの説明)が重ねられたのちにやっと、これが研究に値する考えだとわたしはついに納得するようになった。本書の冒頭でも述べたとおり、近代的な医学が発展する以前の時代、祖父母は孫の生存において大切な役割を果たしていた(このあと、さらにくわしく論じる)。おじいちゃん、おばあちゃんがより長く生きるのは孫にとっても重要なことだった。たしかに、人間は高齢になってからいくつかの適応を進め、その機能を高めようとする。たとえば、高齢者にのみ影響を与える神経系の衰え(アルツハイマー病など)に抗うため、遺伝子構造が変わる。このような発見は、進化が高齢者の動機づけシステムをも形作り、なるべく長く生きるようにうながしている可能性を浮き彫りにするものだ。しかし、免疫システムを〝銀行〟だとたとえたトリヴァースは何を言わんとしていたのか? なぜ高齢者がそれを利用するのか? 幸せの大切さ、健康と幸せの関係にどのようなつながりがあるのか? ここから、その問いにひとつずつ答えていきたい。 発達と維持にかかるコストという側面から考えたとき、人間の脳がもっとも手のかかる器官であることはまちがいない。数学の問題を解いているにしろ、ドラマの再放送を見ているにしろ、脳はつねに代謝エネルギーの二〇パーセントを消費する。その消費が止まることはなく、たとえ身体のエネルギー需要が利用可能な供給量を超えたとしても、脳からエネルギーを拝借することはできない。一方で筋肉は、休んでいるときよりも活動中のほうがはるかに多くのエネルギーを使う。したがって原則として、坐ってリラックスすれば筋肉からエネルギーを借りることができる。ただし、この戦略にはある問題がある。先祖たちにとって、エネルギー消費をともなう緊急事態のほとんどは、筋肉の反応を必要とするものだった。マストドンが眼のまえに現われたときに坐ってリラックスするのは効果的な選択肢ではなかったため、緊急時に筋肉からエネルギーを借りることなどできなかった。 ここで、免疫システムの出番となる。免疫システムも大きな代謝コストを必要とするが、そのほとんどは現在ではなく将来の必要性に対するものだ。人間の身体のなかではつねに膨大な数の免疫細胞が駆けめぐっているため、代謝エネルギーの供給が逼迫したときには、免疫細胞の生成をいっとき中断することができる。つまり、身体がもっている量よりも多くのエネルギーが必要になったとき、はじめに犠牲となるもののひとつが免疫機能というわけだ。 先祖たちはどんなときに緊急のエネルギー供給を必要としたのだろう? おそらく、腹を空かせた剣歯虎から逃げたり、こん棒で敵をたたいたりしているときが代表例にちがいない。トラの熱い吐息を背中に感じつつ、いちばん近くにある木まであと数メートルのところまで命からがら逃げてきたとき、明日引くかもしれない風邪を予防しようとエネルギーをわざわざ浪費して免疫細胞を作る必要はない。この場面で必要なのは、手に入るすべてのエネルギーを脚へと送り込み、なんとか生き延びて再び咳やくしゃみが出るような状況が訪れるのを願うことだ。生き延びるために闘ったり逃げたりすることは幸せなひとときではないため、進化はその事実を利用して肉体的なシステムを心理的な状態と結びつけた。 そのような進化の末に、人間の免疫システムは幸せなときにもっとも円滑に働き、不幸せなときに動きが劇的に遅くなるようになった。これこそ、長期的な不幸による免疫抑制効果の低下があなたを文字どおり殺す恐れがあり、高齢になってからの孤独が喫煙よりもはるかに危険な理由だ。たしかに六五歳

を過ぎたら、自宅でただひとり坐っているよりも、友だちと一緒にタバコを吸いながら暴飲暴食に明け暮れているほうがずっと健康になるはずだ。 一連の事実をもとにトリヴァースは仮説を立てた──高齢者はこの肉体と精神の関係を逆手にとって利用するという戦略を進化させ、人生のより肯定的なことに眼を向けて免疫機能を高めるようになった。この戦略が若い成人よりも高齢者に有利に働く理由はふたつ。ひとつ目は、高齢者の免疫システムは若い成人のものより弱く、腫瘍や病原体による脅威にさらされているということ。ふたつ目の理由は、高齢者は若い成人より世界について多くの知識をもっているため、まわりの出来事に対してあまり注意を払う必要がないという点だ。たとえば、態度の悪い銀行員や客室乗務員と向き合ったとき、高齢者は似たような経験から得た豊富な知識を頼りに、それほど深く考えずに状況にうまく対応することができる。結果として高齢者には、人生の不愉快な物事をうまくやり過ごす余裕が生まれる。 ベルリンからオーストラリアのクイーンズランド大学の研究室に戻ったわたしは、引きつづきトリヴァースと連携しつつ、研究室所属の学生エリース・カロケリノスに、博士号の研究材料としてこの仮説が正しいか先頭に立って確かめてみないかと話を持ちかけた。彼女は興味を示し、証明するための方法をすぐに探しはじめた。それから一年ほどのあいだにエリースは、若者と高齢者を被験者として何度か研究室に招いた。彼女は被験者に肯定的な出来事の写真(何匹もの子イヌでいっぱいのカゴなど)と否定的な出来事の写真(飛行機の墜落現場など)を見せ、記憶力の差について調べた。案の定、六五歳以上の被験者は、飛行機の墜落よりも子犬の写真をより鮮明に記憶する傾向があった。これは、彼らが肯定的な物事により注意を払っているという事実を示すものだった。一方、若い被験者は両方の写真を等しく記憶していた。 それから一年後と二年後の二回にわたり、エリースは高齢の被験者を研究室に呼び戻して採血し、彼らの免疫機能を調べた。免疫システム全体は巨大なものだが、このはじめの研究では CD 4陽性細胞と呼ばれる白血球の型に焦点を当てることにした。これらの細胞は、ほかの白血球の細胞( B細胞と呼ばれる)を活性化させて抗体を作りだすことによって免疫機能を高める。エリースは、否定的な写真よりも肯定的な写真をより鮮明に記憶するという現象は、実験から一 ~二年後の CD 4陽性細胞の数の多さと活性化率の低さに関連していることを突き止めた* 1。 一般的に、 CD 4陽性細胞の数が多いほど、病気と闘うための準備がより整っていることを意味する。反対に、 CD 4陽性細胞の活性化率が高いほど、その人物は感染との闘いに忙しく、健康状態が悪いことを意味する。言い換えれば、現在の記憶が肯定的であるほど、一 ~二年後の健康状態が向上するということになる。肯定的な記憶と CD 4陽性細胞のあいだのこの関係は、人生の肯定的な側面に焦点を合わせることによって、人が自身の免疫機能を高めている可能性を指し示すものだ。 これらの発見は、「年齢とともに前向きになるのは、残された時間が限られているという高齢者の認識によるもの」という理論にぴったりと当てはまるものではない。しかし、「幸せが健康と長寿にとって大切な役割を果たしている」ことを示すほかの研究結果には一致するものだ。たとえば、研究者が意図的に被験者を風邪のウイルスにさらすと、社会的支援が不充分な不幸な人々よりも、社会的支援を充分に受けている幸福な人のほうが風邪を引きにくいことがわかっている。さらに、科学的な研究のなかで意図的にケガをした場合でも、社会的支援を充分に受けている幸せな人のほうがケガの治りは早い。 人間の親戚である霊長類にも同じことが当てはまる。モロッコの山岳地帯に棲む野生のサルを調べたところ、より強い友好関係をもつ群れのほうが、寒い気候やほかのサルからの攻撃に対する生理的ストレス反応が低かった(糞のなかのステロイド・ホルモンが少なかった)。ここで注目したいのは、サルにとっても人間にとっても、大切なのは友情と社会的支援であるという点だ。他者との満足のいく関係こそが、適切な免疫システムの機能において大切な役割を果たしているのだ。 この現象に関するわたしのお気に入りの実験に、オハイオ州立大学のジャニス・キエコルト =グレイサーの研究チームによるものがある。彼らは二度にわたって被験者の夫婦たちを研究室に招き、小さな真空吸引装置を使って前腕の内側に水ぶくれを作った。八つの水ぶくれを作ったあと、研究者たちはそれぞれのてっぺんの皮膚を剝ぎとり、その上に小さなプラスチック製の容器をかぶせた(恐ろしい実験に聞こえるものの、実際にはそれほどたいした傷ではない)。これらの容器によって人工的な水ぶくれの空洞ができあがり、研究者たちはそこから出る膿を集め、この実験に対する細胞性免疫反応を調べることができた。 一度目の実験のとき、研究者らは被験者の夫婦にそれまでのふたりの関係の歴史について話し合うように指示した。二度目の実験のときには、その時点における意見の不一致(義理の両親やお金の問題など)について話し合うように求めた。夫婦が会話するあいだ研究者たちは部屋から出ていったが、あとで分析するために会話する姿を撮影した。なかば公開の場に置かれているにもかかわらず、夫婦たちはほぼ本音で話をした。「今晩セックスしたいから、やさしくしているだけでしょ?」「どうしてわざと意地悪するんだ?」……。 この実験からいくつかの興味深い事実が明らかになった。まず、一度目の実験での肯定的な会話のあとよりも、二度目の実験での意見の不一致についての会話のあとのほうが、水ぶくれが治るのに一日多くかかった。次に、意見の不一致についての会話のあいだに互いに態度が敵対的だった夫婦は、そうでない夫婦に比べて傷が治るのに二日も多くかかった。第三に、水ぶくれのなかの細胞性免疫活性と傷の治り具合が一致することがわかった。意見の不一致についての「敵対的な話し合い」のあとには、腫れがより大きくなる傾向があった。一方、意見の不一致についての「敵対的ではない話し合い」のあとにはその傾向はみられなかった。 心臓血管疾患や糖尿病などのほかのさまざまな病気でも、同じような炎症反応が起きることがわかっている。まさにこれこそ、幸せな結婚によって寿命が延び、不幸せな結婚(と孤独)によって寿命が縮まる理由だ。これらの実験結果はさらに、ひとりで生きることを楽しんでいる人にも、人との定期的な接触、信頼できるグループ、強い友情が必要になるワケをはっきりと示してくれる。理想的な友だちの数や会う頻度は人によって異なるものの、健康と幸せを保つためには誰にとっても社会的なつながりが必要になる。 では、幸福の目的とはなんなのだろう? ここまでの議論からもわかるとおり、この問いに対する唯一の正しい答えなど存在しない。幸福は、生存と繁殖の助けとなるための行動をとるよう人間を動機づけしてくれる。しかし、幸福はそれ自体が目的ではない。進化はしばしば、ほかの目標のために幸福を犠牲にする──痛みや絶望を感じることができない人は、悪い相手、状況、考えを回避する能力も低くなる。たしかに、否定的な感情は肯定的な感情と同じくらい(あるいは、それ以上に)大切だといっていい。なぜなら計画が失敗したときの損失は、成功したときの恩恵をはるかに上まわる可能性があるからだ。 第 5章で説明したとおり、幸せは他者には一目でわかるものであり、その信号は潜在的なパートナー、協力者、または敵として相手を品定めしようとする人々にもはっきり伝わる。その意味でいえば、幸せはきわめて重要な社会的感情でもある。さらに幸福は自身の身体へのシグナルとしても役立ち、健康の回復や病気の予防にエネルギーを費やすべき最良のタイミングを教えてくれる。

*1 活性化された CD 4陽性細胞は感染と闘いつづけるが、活性化前はたんに必要なときに利用が可能になる。

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