第 3章 「他人を平気で振り回す人」の精神構造
自分自身を過大評価する自分は何でもできるという万能感自分は特別という特権意識強い支配欲求マイルールを他人に押しつける傲慢さ自分の価値観を他人に押しつける強引さ欲求不満を処理する能力の低さ自分の言動が及ぼす影響への想像力の欠如自己中心的で打算的優れていることを認めてほしいという承認欲求
他人を平気で振り回す人は、しばしば自分自身を過大評価している。どうしてこんなに勘違いできるのかと周囲があきれるほど、自らの能力や容貌などを実際よりも高く評価していることも少なくない。 たとえば、ある会社の 50代の営業部長は、過去の成功体験ばかり語り、昔の非効率な仕事の仕方に固執するので、部下が困り果てている。「おれが若い頃は、取引先に嫌われても毎日顔を出したものだ。そうすれば必ず熱意は伝わる」といった、今では取引先にも迷惑な根性論にこだわり、時間のかかる非効率な仕事の仕方を押しつける。 何よりも困るのは、変化を嫌い、タブレットの導入を拒否することだ。社内の在庫管理にはすでにパソコンのシステムが導入されているので、それと連動するタブレットを導入すれば、取引先で注文を営業部員が入力するだけですむはずで、一元管理できて楽だと、ほとんどの部下が思っている。ところが、この部長だけは「注文票にきちんと記入して、会社に帰ってからパソコン入力するほうが間違いがない」と主張し、タブレットの導入をかたくなに拒む。 この頑固さの一因として、部長が I T機器の取り扱いにあまり慣れていないことがあると考えられる。一人に 1台割り当てられているパソコンでさえ使いこなせず、しょっちゅうフリーズさせているくらいだから、新たにタブレットまで導入されたら手に余ると思っているのかもしれない。 もっとも、実際に営業に行くわけではない部長は、タブレットを使って仕事をしなくてもいい立場である。にもかかわらず、タブレットの導入をかたくなに拒むのは、部下が取引先でタブレットに注文を入力するようになったら、直行直帰が増えて、部下を管理できなくなるのではないかと恐れているためらしい。 また、部下の仕事の効率が飛躍的に上がったら、昔ながらの仕事の仕方は非効率と思われるかもしれず、そうなれば、自分がこれまで主張してきた根性論まで否定されるのではないかという不安もあいまって、タブレットの導入に強硬に反対しているようだ。 このように、不安や恐怖からわが身を守るために自分自身を過大評価せずにはいられない人はどこにでもいる。自分自身の過大評価を、自己愛の傷つきへの防壁にしているわけだが、その結果、目の前の現実を直視できず、現実的な判断ができなくなる。自分は何でもできるという万能感 何の根拠もなく、自分は何でもできるという万能感を抱いている。こうした万能感は、幼い子供であれば持つことが許されるだろう。自分は何でもできるし、何にでもなれるのだと信じて壮大な夢を抱くことは、幼い子供にだけ許された特権ともいえる。 これは、フロイトが「ナルシシズム入門」(ジークムント・フロイト『エロス論集』中山元編訳、ちくま学芸文庫)で指摘しているように、多くの親が「かつて自分がそう思い込んでいたように『子供は王様』であるべきだ」と思っているからだ。「病気、死、享楽の放棄、自己意志の制限も、自然の法則や社会の法則も、子供には適用されるべきではなく、子供は宇宙の中心であり、核心であるべきである」と考えるのが親心なのである。 つまり、親は「すでに放棄した以前のナルシシズムを再生し、蘇生させたもの」をわが子に投影し、「子供にははるか昔に放棄された特権を認めようとする」(「ナルシシズム入門」)。したがって、親の自己愛のわが子への投影 =期待が強いほど、幼い子供が万能感を抱くのは当然である。自分は何でもできるし、何にでもなれるのだと信じていた時期は、誰にでもあるはずだ。むしろ、そういう時期がなかった人は、自己評価が低く、自尊心も持ちにくいように見受けられる。 もっとも、幼児期の万能感を成人してからもずっと持ち続けていると、ちょっと困ったことになる。というのも、大人になるとは、ごく少数の天才を除くと、「自分は何でもできるわけではない」という切ない現実を受け入れることにほかならないからだ。 これは、誰にでも覚えがあることだろう。幼い頃は、自分は誰よりも頭がいいはずだから、東大に入って研究者になろうと思っていたが、実際に入れたのは、それほど有名ではない中堅大学だった。あるいは、幼い頃は、プロ野球選手になってアメリカの大リーグで活躍することを夢見ながら、毎日キャッチボールをしていたが、実際には甲子園で活躍することも、プロ入りすることもできず、草野球チームで楽しみながら野球をやっている。 この手の話は掃いて捨てるほどある。われわれは成長するにつれて、自分の夢と現実の間のギャップに直面せざるを得ず、このギャップを埋め合わせる過程で、何でもできるという万能感を捨てなければ、現実に適応できない。 もちろん、非常に優秀で、名門大学を出てノーベル賞級の研究をしている科学者もいれば、イチローやダルビッシュのように実際に大リーグで活躍している野球選手もいる。だが、それはごく一部であり、むしろ例外的だ。そうではない圧倒的多数の〝凡人〟は、「自分は何でもできるわけではない」という現実を受け入れつつ、万能感を捨てざるを得ない。万能感の断念こそ大人になることだと言っても過言ではない。 ところが、それができない人がいる。耐えがたいからだ。そういう人は、万能感にしがみつこうとするあまり、他人を振り回す。自分の能力がどれだけすごいかを周囲に認めさせないと気がすまない。 たとえば、第 1章で紹介した、「自分より学歴が低い上司の下で働きたくない」と口癖のように言う高学歴の 30代の女性は、現在塾講師のアルバイトで食いつないでいるものの、現状には満足していないので、難関資格取得のための勉強を続けている。優秀なだけあって、いくつもの難関資格を取得しているのだが、コミュニケーション能力も協調性も足りないせいか、取得した資格を生かした仕事に就くことができないでいる。それでも、「今度は、こんな難しい資格を取ったの」と友人に自慢せずにはいられないようで、「資格がなかったら、安い給料しかもらえないわよね」と上から目線で友人の仕事にケチをつける。そのため、ほとんどの友人が閉口しているという。 この女性は、万能感を捨てきれないが、目の前の現実は自分自身の万能感を満たしてくれるほど甘くない。そのため、傷ついた自己愛を、難関資格の取得によって補完しようとする。だが、いくら資格を取っても、自己不全感を払拭できない。だからこそ、取得した資格を自慢して友人の仕事の価値をおとしめることによってしか、自分自身の価値を確認できないのである。
自分は特別という特権意識 自分は特別という特権意識も、他人を平気で振り回す人の多くが抱いている。何の根拠もなく特権意識を抱いている場合は、単に勘違いした〝痛い〟人として片づけておけばいいが、学歴、役職、美貌、財産など、それなりに説得力のあるものを根拠にして本人が自分は特別だから、少々のことは許されると勝手に思い込んでいる場合は、周囲への影響が大きく、厄介である。 こうした特権意識を臆面もなく出したせいで墓穴を掘ったのが、舛添要一・前東京都知事だろう。舛添氏は、神奈川県湯河原町の別荘にほぼ毎週末、公用車で行き来していることが発覚した後の記者会見で、記者の質問に対して「あのね、政治家というのはトップリーダーです」と答えているが、これは特権意識丸出しの発言である。 こうした一連の発言が東京都民の反感を買い、辞職に追い込まれたわけだが、舛添氏の特権意識は以前から強かったようで、 2010年に出版した著書『内閣総理大臣 増補版──その力量と資質の見極め方』(角川 oneテーマ 21)には、次のような記述がある。「庶民にはできないことを託されているからこそ選良なのである。その選良意識を誇り高く庶民にアピールするのが、本物の政治家であると私は確信している」 高級ホテルや別荘通いにこだわったのも「選良意識」のアピールだったのかと勘繰りたくなるが、舛添氏の強烈な特権意識がうかがえる一節である。しかも、特権意識を露骨に出すのは悪いことではなく、むしろ「本物の政治家」に不可欠の条件だと思い込んでいるように見受けられる。 この特権意識の根拠になっているのは、東大法学部を卒業後、東大助教授や国会議員などを歴任した華やかな経歴だと考えられる。もしかしたら、国際政治学者としてマスコミでもてはやされた経験も、特権意識に拍車をかけたかもしれない。 いずれにせよ、「自分は特別だから多少のことは許される」という特権意識ゆえに暴走した挙げ句自滅したのだから、自業自得なのだが、それによって振り回された都庁や都民はたまらないだろう。 高学歴であるがゆえに特権意識を抱いて暴走することは、若い世代でもあるようだ。その典型ともいえるのが、 2016年に東京大学の学生が起こした集団強制わいせつ事件、あるいは慶応大学や千葉大学医学部の学生が起こした集団強姦事件である。 いずれも、名門大学の学生が起こした事件であり、世間を震撼させた。この手の事件が後を絶たないのは、一つには、偏差値の高い大学の学生が、小中高時代に勉強ができることで親や教師から認められ、賞賛されてきたこともあって、「自分は特別だから多少のことは許される」という特権意識を抱きやすいからではないか。 もっとも、それだけでは説明できない。一連の事件の加害者を擁護するつもりは毛頭ないが、彼らを助長させた人間、つまりイネイブラーが周囲にいた可能性が高い。たとえば、有名大学の男子学生とのつき合いを一種の〝箔〟と考えており、将来官僚や医師になったり、大企業に入社したりするかもしれないエリート候補と今のうちから知り合っておきたいと思っている女子大生は少なくないはずで、彼女たちは典型的なイネイブラーである。 そういうイネイブラーとの相互関係こそ、強い特権意識の持ち主が他人を平気で振り回す土壌になる。この相互関係については、次の章でくわしく分析したい。強い支配欲求 第 1章で述べたように、支配は他人を平気で振り回す人がしばしば用いる手段であり、そうした人は当然支配欲求が非常に強いということになる。極端な場合には、何でも自分の思い通りにしないと気がすまず、独裁者のように振る舞うこともある。 たとえば、同族企業で専務の座に就いている 40代の男性は、社長の御曹司ということもあって、学生時代の友人や趣味の仲間を会社に入れたがり、役職に就けたがる。友人や仲間であれば、気心が知れているし、「よいしょ」してくれる。何よりも、自分の方針に異を唱えないので、全てをコントロールできる。 もっとも、役職が無限にあるわけではないので、年上の管理職が自分の方針に少しでも反対すると、平社員に降格させるために、あら探しをし、ちょっとした失敗を他の社員の前で徹底的に責める。そのため、嫌気がさして自ら退職を申し出る中高年の管理職が後を絶たないが、専務にとっては思う壺のようだ。 管理職のポストが空くたびに、後釜に自分の友人を据えて、好き勝手にやっている。足しげく通っていた高級クラブのホステスだった女性を自分の秘書として雇い、高給を払っているが、周りはイエスマンばかりなので、誰も何も言わない。いや、むしろ何も言えない。もちろん、この女性秘書が専務の愛人だということは社内では周知の事実である。しかし、そのことに少しでも触れると専務が激高するのはわかりきっているので、タブーになっているらしい。 この専務は、父親である高齢の社長が病気がちで経営方針にほとんど口を出さないため、社内の人事をほとんど全てコントロールできる立場にあるようだ。しかも、同族企業の社長の御曹司という立場ゆえに特権意識も相当強いだろうから、自分は何をしても許されると思い込んでいるのかもしれない。 それでうまくいけばいいが、この会社は現在倒産寸前で、給料の大幅削減が続いている。そのため、ある男性社員は、生活のために会社の仕事が終わった後もコンビニでのアルバイトを余儀なくされており、不規則な生活のせいで眠れなくなったと訴えて私の外来を受診した。 このような状況でも会社を辞めないのは、 40代後半で転職が難しいうえに、住宅ローンが残っていて、大学生の息子の学費も必要という事情によるようだ。彼の本音は、「つぶれるんだったら、早くつぶれてほしい。事業自体は需要があるので、つぶれたら、数年前に会社から追い出された社長の弟(専務の叔父)に今の社長と専務を追い出してもらって、みんなで会社を再建する」ということのようだが、こういう社員がたくさんいる会社の経営が行き詰まるのは、当然かもしれない。 こういう人が家族の一員だったら、さらに大変である。たとえば、 30代の会社員の男性は、自分が理想とする人生以外認めようとしない 20代の妻に手を焼いているという。「そろそろバレエとピアノを習わせて、小学校でお受験」という具合に、 3歳の娘が将来いい人生を送れるように、妻は育児についていろいろと考えているようだ。それはいいのだが、自分の考えに少しでも反対されると怒りだすため、親しいママ友が一人もいない。夫も、お金のかかる育児ばかり提案する妻に、うんざりしている。 また、中国人観光客の「爆買い」が減った影響で給料が下がったこともあって、夫が妻にパートに出ることを勧めても、「かえって服代や昼食代にお金がかかる」「パートなんかしたら近所の奥さんからバカにされる」などと理由をつけて、働こうとしない。それなのに、とくに節約することはなく、家事もおろそかなため、夫のストレスは増すばかりらしい。 この妻が自分の理想とする人生以外認めようとしないのは、前にふれた「自分自身の過大評価」と「自分は特別という特権意識」のせいだろう。自分自身の容貌や才能を実際以上に高く評価しており、自分はお姫様のような優雅な生活を送って当然の特別な人間だという特権意識を抱いている。それだけでなく、支配欲求も強いため、自分の理想を夫と娘にも押しつけずにはいられない。 こういう人は、娘が何をしたがっているのかとか、娘にはどんな才能があるのかということを一切考えようとしない。そんなことは、どうでもいい。それよりも、「すでに放棄した以前のナルシシズムを再生し、蘇生させたもの」を娘に投影して、自己実現を図ることが彼女にとっては何よりも大切なのだ。 当然、母子一体感が強く、娘を自分の分身とみなしているので、過保護・過干渉になりやすい。また、娘が自分の期待に添ってバレエやピアノのレッスンを熱心に受け、輝かしい成果をあげている限りは「いい子」とほめるのだが、そうでなければ、愛情を注ごうとしない。つまり、条件付きの愛情しか与えない。そのため、愛されたいという欲望が強い娘ほど、母親の欲望に振り回されやすい。 この手の母親に育てられた娘は、母親の愛情を得ようとして、勉強や習い事を一生懸命頑張る。だから、親の言いつけをよく聞く「いい子」になることが多いのだが、思春期を迎えると、自立をめぐる葛藤に悩むようになる。その結果、拒食症や過食症などの摂食障害を発症することもある。そういう少女の母親と面談すると、娘を自分の思い通りにしたいという欲望の強さに啞然とすることが少なくない。マイルールを他人に押しつける傲慢さ こういう人もどこにでもいるが、その典型と考えられるのが、第 1章で紹介した元銀行員の夫である。この夫は、家事や買い物の仕方などに細かいルールを決め、それに妻を従わせようとするので、妻が「主人在宅ストレス症候群」になっていることはすでに述べた。このようにマイルールを押しつけるのは、支配欲求が強いからだが、周囲を振り回して迷惑をかける度合いは、本人の細かさに正比例する。 たとえば、ある銀行では、支店長の細かさに行員全員が振り回されている。支店長は非常にまじめかつ几帳面である。これは優秀な銀行員になるためには不可欠
な資質であり、だからこそ支店長になれたのだろうが、困ったことに、この支店長のまじめさと几帳面さは度を超しており、細かいことにこだわりすぎるようだ。 あるときなど、店内に落ちていた 1円玉を部下に命じて警察に届けさせたらしい。「金融機関なんだから、お金に関して間違いがあってはならない。後からお客様が、 1円玉が落ちてなかったかと探しにいらっしゃったら、どうするんだ」というのが、その理由だったと聞いて、私は「そんな客って実際にいるんだろうか」と首をかしげずにはいられなかった。 たしかに、「 1円を笑う者は 1円に泣く」という言葉もあるので、 1円だっておろそかにはできない。しかし、いい年をしたスーツにネクタイ姿の男性が 1円玉を届けに来たとき、警官も面食らったのではないか。おまけに、 3ヵ月経っても、持ち主が名乗り出なかったので、わざわざ受け取りに行ったと聞いて、私は吹き出した。 この話をしてくれたのは、その支店に勤めている 40代の男性行員である。彼は、毎日支店長から細かく注意されたり、叱責されたりして、眠れなくなったと訴えて私の外来を受診した。支店長がどれだけ細かいかを示すエピソードの一つとして話してくれたわけだ。 この行員は、ハンコがちょっと斜めについてあっただけで、支店長から 30分以上ガミガミ叱られたり、付箋を貼る位置がちょっとずれていただけで、付箋の貼り方について 1時間以上も説教されたりして、疲れ果てていた。他の行員も困っていたようだが、「正しいことをきちんと実行」が口癖の支店長を前にすると、誰も何も言えなかったという。 ハンコのつき方にせよ、付箋の貼り方にせよ、この支店長は自分のやり方が絶対正しいと思っていたからこそ、マイルールを行員全員に押しつけようとしたのだろう。もしかしたら、支店長としての威厳を示すにはマイルールに従わせるのが一番だと考えたのかもしれない。だからこそ、マイルールとはちょっとでも違うやり方でハンコをついたり、付箋を貼ったりした行員を長時間叱責したのではないか。 それにしても、行内に落ちていた 1円玉を警察に届けさせるのは、いくら何でも細かすぎる。この細かさは、次のような場面でもそっくりそのまま発揮された。いつもはあまり使っていない応接室で、他の支店の管理職を招いて会議を行い、無事に終わって、くつろいでいたところ、壁のカレンダーが 1枚めくられておらず、先月のままだったのを支店長が目ざとく見つけて激怒した。その怒り方が半端ではなく、延々と続いたので、行員はみんな啞然としたという。 たしかに、カレンダーを 1枚めくるのを忘れていたのは落ち度だが、ちょっと注意すればすむことだ。しかも、普段は使っていない応接室なのだから、仕方がないだろう。他の支店の管理職だって、壁のカレンダーなど気にしていないはずだ。にもかかわらず、この支店長は延々と説教して行員を辟易させたのだが、間違ったことを言っているわけではないので、部下のほうも反論しにくかったらしい。 一事が万事この調子で、行員全員がいちいち細かいことを指摘されており、そのチェックに時間がかかるせいで、作業能率が落ちているようだ。当然、この支店の業績は芳しくない。全国の支店全体の中でも下から数えて何番目というくらい悪く、そのことも、支店長がガミガミ怒る一因になっているという。 これは、明らかに完璧主義の弊害だろう。この支店長は完璧主義者で、何事もきちんとしないと気がすまず、周囲から「几帳面」「仕事がていねい」と高く評価されることが多く、ずっとそれでいいと思ってきたのではないか。 若い頃は、完璧を期すための確認作業に少々時間がかかっても、自分が納得するまでやっていれば、それですんだかもしれない。だが、上司になってからも同じやり方を続け、周囲にも完璧を求めてマイルールを押しつけようとすると、ちょっと困ったことになる。部下は息苦しさを感じるし、何よりも間違いがないように綿密に確認することに時間を取られて、肝心の仕事ができなくなるだろう。 結果的に、この支店長のように業績の悪化を招くこともあるわけで、まじめとか、几帳面とか、完璧というのはたしかに美徳だが、度が過ぎると迷惑だ。やはり、ほどほどが一番とつくづく思うのである。自分の価値観を他人に押しつける強引さ 自分のものの見方や価値観を他人に押しつけるのは、自分が正しいと思っているからだろうが、押しつけられる側はたまったものではない。 たとえば、 30代の女性は、間違った昔の知識を実践するよう勧めてくる 60代の姑に閉口している。「抗生物質は万能薬」「風邪をひいたら体を動かして汗をかけば治る」などと、何かと昔の間違った知識を実践するように姑は勧め、 0歳児の娘の子育てにも口を出してくる。「 0歳児の育児については、姑の言うことは聞かないでください」と言う保育士もいるため、嫁は困り果てている。 この姑が自分の考えを嫁に押しつけるのは、その正しさを疑っていないからだろうが、それだけでなく、自説を嫁に実践させることによって、自分の優位性を誇示したいという欲望も抱いているのかもしれない。 このように、自説を嫁に押しつけることによって、自らの優位性を誇示しようとする姑はどこにでもいるようで、別の 30代の女性も、 60代の姑に手を焼いている。この姑は、何かにつけて家柄がいいことを嫁に自慢する。しかも、嫁をまるで家政婦のように扱い、「頭のいい人はみんなそろばんを習っている」「水泳なんか習わせると協調性のない子に育つ」などど、根拠のないことや偏見に満ちた持論を展開し、嫁に嫌味を言う。嫁が反論すると、何でも「家柄の違い」の一言で片づけ、聞く耳を持たないようだ。 実は、この姑の実家はそれほど大した家柄ではなく、自分が嫁いできたときに姑から同じようなことを言われたらしい。その話を、夫から聞いて、嫁としては何となく納得したという。このように、自分がされて嫌だったことを、次の世代に対して繰り返すからこそ、攻撃の連鎖が起こるのだが、これは第 2章で取り上げた「攻撃者との同一視」のメカニズムによる。 こうした自説の押しつけは、ママ友間でも起こりうる。たとえば、 30代の女性は、同世代のママ友が自分の育児法をしきりに勧めるので、困っている。このママ友は、育児に熱心である。それはそれで結構なのだが、自分の育児法を強く勧めることがあり、こちらが興味を示さないと不機嫌になる。ときには、「 ○ ○ちゃんのママは、あまり育児に興味がないみたい」という噂を流す。 そのため、彼女が勧める育児法に興味があるふりをするしかないのだが、そうすると、自分が育児にどれだけ時間とエネルギーをかけているかを延々としゃべる。途中でさえぎろうとすると、また不機嫌になるので、彼女の話を最後まで聞くしかなく、他のママ友もみな閉口しているそうだ。 このママ友が自分の育児法をしきりに勧めるのは、自分が絶対正しいと思っているからだろうが、ここまで強引で執拗だと、何か別の要因があるのではないかと勘繰りたくなる。もしかしたら、バリバリのキャリアウーマンとして活躍したかったのに望み通りにならなかったとか、仕事で忙しい夫との仲がしっくりいっていないという理由で自己不全感を抱いており、育児によって達成感を得ようとしているのかもしれない。 あるいは、実は自分自身の育児に不安を抱いており、その不安を払拭するには、それを他人に勧めて実践させることによって、「大丈夫。私のやり方は間違ってない」と自分に言い聞かせるしかないのかもしれない。 いずれにせよ、自説や自分の方法を他人に押しつける人は、優位性を誇示したいとか、不安を払拭したいという欲望を抱いている可能性が高い。だから、そういう人は要注意である。欲求不満を処理する能力の低さ 欲求不満をうまく処理できず、嫌なことや不都合なことがあると、すぐふくれるなど、大人げない振る舞いが多いのは、生来の気質によるところが少なからずある。この点は否定しがたい。ただ、それだけでなく、甘やかされて育ったり、許される環境にずっといたりして、自分の思い通りにならないときに感じる怒りやイライラを相手にぶつけてもかまわないと本人が思い込んでいることも見逃せない要因のように思われる。 たとえば、 30代の男性社員は、結果さえ出していれば協調性なんていらないと思っているのか、同じ課の人が困っていても、手伝おうとしない。上司が手伝うよう促しても、「僕の仕事ではありませんから」と言って、協力しない。上司が「君が困ったら助けてもらうかもしれないのだから、お互い様だと思って、協力するのが同じ課の仲間だろう」と諭しても、「僕、ちゃんと結果出していますよね? 僕、何かおかしなこと言っていますか?」とかたくなに手伝おうとしない。それどころか、「できない奴の仕事を手伝っていたら、自分の仕事ができないじゃないですか。結局、優秀でまじめな人間にしわ寄せがくるじゃないですか。そんなの真っ平ごめんです」と怒りだす。 たしかに、この部下は業績をあげており、上司としては反論しにくい。しかも名門大学を優秀な成績で卒業していて、将来の幹部候補として一部の役員から目をかけられているようだ。一方、直属の上司は出世コースからはずれているらしく、あまり厳しく注意できなかった。その結果、この社員は「自分は特別だから多少のことは許される」という特権意識を抱くようになり、上司から手伝うよう促されただけで怒りだすほど、欲求不満への耐性が低下したのではないか。
別の会社では、仕事はできるが、頑固なところがある経理部の 40代のお局社員にみんな戦々恐々としている。気に入らない社員は徹底的に嫌い、その社員がミスを犯すと、厳しく叱責する。しかも、それを後々まで蒸し返し、「あのミスのせいで、みんな大変だったのよ。二度とあんなことがないようにしていただきたいわ」「できない人が一人いると、大迷惑だわ。もっとスキルを磨いていただかないと」などと責める。おまけに、部長から注意されても、話し合いでの解決をかたくなに拒む。 とくに若い女性社員に対して厳しく、経費請求に難癖をつける。そのうえ、「腰かけ気分で会社に来てもらったら困るのよね」などと嫌みを言うため、自腹を切って必要な備品を購入している女性社員もいるほどだ。なお、このお局社員に睨まれてうつ病になり、会社を辞めた社員が三人もいるという。 このお局社員が気に入らない社員に対して大人げない振る舞いをするのは、勤続年数が長く、仕事もできるため、周囲が何も言えず結果的に許容してきたからだろう。しかも、いまだに独身であり、結婚や出産を一度も経験していないことも、若い女性社員に対する厳しい態度の一因になっていると考えられる。 協調性に欠けた男性社員にせよ、若い女性に厳しいお局社員にせよ、本来は上司が注意して、改めさせるべきだが、それができずにいる。もちろん、上司から注意されても怒りだしたり、拒否したりする本人に最大の問題があるのだが、それ以上強く言えない上司や見て見ぬふりで許容している同僚にも問題はあるはずだ。つまり、周囲にイネイブラーがいるからこそ、本人とイネイブラーの相互関係の中で大人げない振る舞いに拍車がかかるわけである。この点については、次の章でくわしく分析したい。自分の言動が及ぼす影響への想像力の欠如 この想像力の欠如も、他人を平気で振り回す人にしばしば認められる。その典型ともいえるのが、先ほど取り上げた舛添氏である。舛添氏は、私生活で二度の離婚歴があるうえ、二人の愛人に子供を産ませているが、こうした事実から浮かび上がるのは、シングルマザーや婚外子の生きづらさに想像をめぐらせることができない傲慢さである。もしかしたら、自分はエリートだから、これくらいのことは許されると思っていたのではないか。 同じような想像力の欠如は、出産直前の妻が入院している最中に〝ゲス不倫〟していたと報じられて、議員辞職した宮崎謙介・元衆院議員にも認められる。自分の振る舞いが妻をどれだけ傷つけるかという想像力が決定的に欠如している。 さらに、先ほど取り上げた東京大学、慶応大学、千葉大学医学部などの名門大学の男子学生にも、他人の痛みへの共感や想像力が欠如しているように見受けられる。わいせつ行為や強姦がどれだけ被害者の女性を傷つけるかということに考えが及ばないわけで、女性は自分の欲望を満たすための道具にすぎないと思い込んでいるのではないかと勘繰りたくなる。 想像力の欠如した男性とつき合うと、女性はいろいろと苦労する。たとえば、 20代の会社員の女性は、 3歳年上の男性とつき合っているのだが、彼はデート中も母親の話ばかりする。そのうえ、「お母さんと同じような料理を作ってくれる女性をお嫁さんにしたい」と言って、母親から料理を習うことを彼女に暗に強制する。そのくせ、彼女の親の話には興味を示さない。 この女性にとって何よりも耐えがたいのは、休日にデートの約束をしていても、直前に彼から電話がかかってきて、「ごめん。今日、お母さんの買い物につき合わないといけないから」などと突然キャンセルされることだ。そういうことが何度もあり、母親との用事を優先する彼に「やっぱり私よりお母さんが大事なのね」と叫びたくなったこともあるという。 一度など、彼がデートに母親を連れてきたことがあり、彼女はびっくり仰天した。彼の母親は、見た目は上品で、「お邪魔してごめんなさいね」と言いながらも、一緒に食事している間中、家族や会社のことを根掘り葉掘り聞いたので、彼女は尋問されているように感じたそうだ。 この彼にも、自分の言動が相手にどんな影響を及ぼすのかという想像力が欠如している。彼女が直感したように、どんな女性よりも母親が大切なのであり、典型的なマザコンである。それがわかるだけに、彼と結婚したら大変だろうなあとは思いつつも、高学歴で一流企業に就職しているうえ、長身でハンサムなので、彼女はなかなか思いきれず、悩んでいるようだ。 彼女もまたイネイブラーになっている。こんなマザコン男と結婚したら苦労するのはわかりきっているのに、彼が持っている高学歴、高収入、長身、ハンサムなどの価値に目がくらんで、振り回されることを半ば許容しているように見える。こういう女性が多いからこそ、相手の痛みに気づけないマザコン男が増殖するのではないだろうか。自己中心的で打算的 他人を平気で振り回す人が打算的なのは、当然といえば当然である。とにかく自己中心的で、自分にとって損か得かということが唯一の判断基準なのだから。 たとえば、スーパーの 50代のパート社員は、自分が古株で仕事を熟知していたこともあって、新たに赴任した 20代の女性マネージャーが気に入らなかったようで、他のパート社員を巻き込んでマネージャーの陰口をたたいていた。ときには、マネージャーが挨拶しても、目も合わせず、無視することさえあった。 ところが、ひょんなことから、この女性マネージャーが社長の親戚で、子供のいない社長が後継者として考えているという噂が流れた。社長は、このスーパーの男性社員の一人と結婚させて跡を継がせようと考えているとか、女性マネージャーと男性社員が手をつないで一緒に歩いているところを目撃したという話までまことしやかにささやかれた。 どこまで本当なのかは疑問である。ただ、この噂が流れた途端、先頭になって女性マネージャーの陰口をたたいていた例のパート社員の態度が豹変した。それまでとは打って変わって、女性マネージャーに愛想よく接するようになったのだ。そればかりか、自分から積極的に女性マネージャーに話しかけるようになり、お世辞まで言うようになったので、同僚のパート社員はあきれているという。 こういう人は、どこにでもいる。自己保身のためにがらりと態度を豹変させるが、そのことに後ろめたさも罪悪感も覚えないようだ。とにかく、現在自分が手にしている収入やポストを失いたくないとか、できるだけ居心地のいい環境で働きたいという欲望が強く、それを満たすためなら何でもする。 あまりにも見え見えなので、周囲の反感を買うことも少なくないが、そんなことは一切気にしない。逆に、この手の打算的な人は、弱い立場にいたり、出世コースからはずれたりした人には非常に素っ気ない態度を示す。 つまり、相手が持っている権力や影響力を見て態度を変える「カメレオン」なのであり、自己保身のためにずっと「カメレオン」であり続けたのだから、そういう処世術をこれから変える可能性はきわめて低い。だから、そういう人だと割り切って、表面的なつき合いだけにとどめておくのが無難だろう。優れていることを認めてほしいという承認欲求 この承認欲求も、強い自己愛に由来する。承認欲求だけでなく、ほめられたいという賞賛獲得欲求も強いので、それなりに努力をして、かなりの成果を出すことも少なくない。しかし、それでは満足できない。常に自分が一番でないと気がすまないからだ。そのため、ときには自分の経歴や業績に関して嘘をつくこともある。 その典型が、 STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)をめぐる騒動を引き起こした小保方晴子氏だろう。小保方氏は、 2014年1月、 STAP細胞を発見したと発表した。 STAP細胞に関する論文が高名な学術雑誌『ネイチャー』に掲載されたこともあって、世紀の大発見ともてはやされ、小保方氏は、「リケジョ(理系女子)の星」としてマスコミの寵児となった。 ところが、世界各国の研究者が追試を行ったものの、誰も STAP現象を再現できなかった。そのうえ、論文に画像や文章の流用とか無断引用とかが見つかったため、 STAP細胞の信憑性に対して疑問が噴出した。そのため、小保方氏が当時在籍していた理研(理化学研究所)が調査委員会を立ち上げて内容を吟味したところ、論文には改竄や捏造が多数あったことがわかり、論文の撤回を余儀なくされた。 その後、理研は検証実験を行い、 STAP細胞を確認できなかったと結論づけた。世界各国の研究機関も、軒並み STAP細胞の存在を否定している。結局、小保方氏は理研を退職したのだが、一連の騒動の渦中で、彼女の上司であり、 STAP論文の共同執筆者でもあった男性が自殺する悲劇が起こっている。 こうした経緯を振り返ると、小保方氏は「空想虚言者」であるように見える。「空想虚言者」とは、スイスの精神科医、アントン・デルブリュックが 1891年に報告した 8例の症例に共通する症状を記述し、それに対して命名したものである(アントン・デルブリュック『空想虚言者』秋元波留夫訳、創造出版)。
別の会社では、仕事はできるが、頑固なところがある経理部の 40代のお局社員にみんな戦々恐々としている。気に入らない社員は徹底的に嫌い、その社員がミスを犯すと、厳しく叱責する。しかも、それを後々まで蒸し返し、「あのミスのせいで、みんな大変だったのよ。二度とあんなことがないようにしていただきたいわ」「できない人が一人いると、大迷惑だわ。もっとスキルを磨いていただかないと」などと責める。おまけに、部長から注意されても、話し合いでの解決をかたくなに拒む。 とくに若い女性社員に対して厳しく、経費請求に難癖をつける。そのうえ、「腰かけ気分で会社に来てもらったら困るのよね」などと嫌みを言うため、自腹を切って必要な備品を購入している女性社員もいるほどだ。なお、このお局社員に睨まれてうつ病になり、会社を辞めた社員が三人もいるという。 このお局社員が気に入らない社員に対して大人げない振る舞いをするのは、勤続年数が長く、仕事もできるため、周囲が何も言えず結果的に許容してきたからだろう。しかも、いまだに独身であり、結婚や出産を一度も経験していないことも、若い女性社員に対する厳しい態度の一因になっていると考えられる。 協調性に欠けた男性社員にせよ、若い女性に厳しいお局社員にせよ、本来は上司が注意して、改めさせるべきだが、それができずにいる。もちろん、上司から注意されても怒りだしたり、拒否したりする本人に最大の問題があるのだが、それ以上強く言えない上司や見て見ぬふりで許容している同僚にも問題はあるはずだ。つまり、周囲にイネイブラーがいるからこそ、本人とイネイブラーの相互関係の中で大人げない振る舞いに拍車がかかるわけである。この点については、次の章でくわしく分析したい。自分の言動が及ぼす影響への想像力の欠如 この想像力の欠如も、他人を平気で振り回す人にしばしば認められる。その典型ともいえるのが、先ほど取り上げた舛添氏である。舛添氏は、私生活で二度の離婚歴があるうえ、二人の愛人に子供を産ませているが、こうした事実から浮かび上がるのは、シングルマザーや婚外子の生きづらさに想像をめぐらせることができない傲慢さである。もしかしたら、自分はエリートだから、これくらいのことは許されると思っていたのではないか。 同じような想像力の欠如は、出産直前の妻が入院している最中に〝ゲス不倫〟していたと報じられて、議員辞職した宮崎謙介・元衆院議員にも認められる。自分の振る舞いが妻をどれだけ傷つけるかという想像力が決定的に欠如している。 さらに、先ほど取り上げた東京大学、慶応大学、千葉大学医学部などの名門大学の男子学生にも、他人の痛みへの共感や想像力が欠如しているように見受けられる。わいせつ行為や強姦がどれだけ被害者の女性を傷つけるかということに考えが及ばないわけで、女性は自分の欲望を満たすための道具にすぎないと思い込んでいるのではないかと勘繰りたくなる。 想像力の欠如した男性とつき合うと、女性はいろいろと苦労する。たとえば、 20代の会社員の女性は、 3歳年上の男性とつき合っているのだが、彼はデート中も母親の話ばかりする。そのうえ、「お母さんと同じような料理を作ってくれる女性をお嫁さんにしたい」と言って、母親から料理を習うことを彼女に暗に強制する。そのくせ、彼女の親の話には興味を示さない。 この女性にとって何よりも耐えがたいのは、休日にデートの約束をしていても、直前に彼から電話がかかってきて、「ごめん。今日、お母さんの買い物につき合わないといけないから」などと突然キャンセルされることだ。そういうことが何度もあり、母親との用事を優先する彼に「やっぱり私よりお母さんが大事なのね」と叫びたくなったこともあるという。 一度など、彼がデートに母親を連れてきたことがあり、彼女はびっくり仰天した。彼の母親は、見た目は上品で、「お邪魔してごめんなさいね」と言いながらも、一緒に食事している間中、家族や会社のことを根掘り葉掘り聞いたので、彼女は尋問されているように感じたそうだ。 この彼にも、自分の言動が相手にどんな影響を及ぼすのかという想像力が欠如している。彼女が直感したように、どんな女性よりも母親が大切なのであり、典型的なマザコンである。それがわかるだけに、彼と結婚したら大変だろうなあとは思いつつも、高学歴で一流企業に就職しているうえ、長身でハンサムなので、彼女はなかなか思いきれず、悩んでいるようだ。 彼女もまたイネイブラーになっている。こんなマザコン男と結婚したら苦労するのはわかりきっているのに、彼が持っている高学歴、高収入、長身、ハンサムなどの価値に目がくらんで、振り回されることを半ば許容しているように見える。こういう女性が多いからこそ、相手の痛みに気づけないマザコン男が増殖するのではないだろうか。自己中心的で打算的 他人を平気で振り回す人が打算的なのは、当然といえば当然である。とにかく自己中心的で、自分にとって損か得かということが唯一の判断基準なのだから。 たとえば、スーパーの 50代のパート社員は、自分が古株で仕事を熟知していたこともあって、新たに赴任した 20代の女性マネージャーが気に入らなかったようで、他のパート社員を巻き込んでマネージャーの陰口をたたいていた。ときには、マネージャーが挨拶しても、目も合わせず、無視することさえあった。 ところが、ひょんなことから、この女性マネージャーが社長の親戚で、子供のいない社長が後継者として考えているという噂が流れた。社長は、このスーパーの男性社員の一人と結婚させて跡を継がせようと考えているとか、女性マネージャーと男性社員が手をつないで一緒に歩いているところを目撃したという話までまことしやかにささやかれた。 どこまで本当なのかは疑問である。ただ、この噂が流れた途端、先頭になって女性マネージャーの陰口をたたいていた例のパート社員の態度が豹変した。それまでとは打って変わって、女性マネージャーに愛想よく接するようになったのだ。そればかりか、自分から積極的に女性マネージャーに話しかけるようになり、お世辞まで言うようになったので、同僚のパート社員はあきれているという。 こういう人は、どこにでもいる。自己保身のためにがらりと態度を豹変させるが、そのことに後ろめたさも罪悪感も覚えないようだ。とにかく、現在自分が手にしている収入やポストを失いたくないとか、できるだけ居心地のいい環境で働きたいという欲望が強く、それを満たすためなら何でもする。 あまりにも見え見えなので、周囲の反感を買うことも少なくないが、そんなことは一切気にしない。逆に、この手の打算的な人は、弱い立場にいたり、出世コースからはずれたりした人には非常に素っ気ない態度を示す。 つまり、相手が持っている権力や影響力を見て態度を変える「カメレオン」なのであり、自己保身のためにずっと「カメレオン」であり続けたのだから、そういう処世術をこれから変える可能性はきわめて低い。だから、そういう人だと割り切って、表面的なつき合いだけにとどめておくのが無難だろう。優れていることを認めてほしいという承認欲求 この承認欲求も、強い自己愛に由来する。承認欲求だけでなく、ほめられたいという賞賛獲得欲求も強いので、それなりに努力をして、かなりの成果を出すことも少なくない。しかし、それでは満足できない。常に自分が一番でないと気がすまないからだ。そのため、ときには自分の経歴や業績に関して嘘をつくこともある。 その典型が、 STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)をめぐる騒動を引き起こした小保方晴子氏だろう。小保方氏は、 2014年1月、 STAP細胞を発見したと発表した。 STAP細胞に関する論文が高名な学術雑誌『ネイチャー』に掲載されたこともあって、世紀の大発見ともてはやされ、小保方氏は、「リケジョ(理系女子)の星」としてマスコミの寵児となった。 ところが、世界各国の研究者が追試を行ったものの、誰も STAP現象を再現できなかった。そのうえ、論文に画像や文章の流用とか無断引用とかが見つかったため、 STAP細胞の信憑性に対して疑問が噴出した。そのため、小保方氏が当時在籍していた理研(理化学研究所)が調査委員会を立ち上げて内容を吟味したところ、論文には改竄や捏造が多数あったことがわかり、論文の撤回を余儀なくされた。 その後、理研は検証実験を行い、 STAP細胞を確認できなかったと結論づけた。世界各国の研究機関も、軒並み STAP細胞の存在を否定している。結局、小保方氏は理研を退職したのだが、一連の騒動の渦中で、彼女の上司であり、 STAP論文の共同執筆者でもあった男性が自殺する悲劇が起こっている。 こうした経緯を振り返ると、小保方氏は「空想虚言者」であるように見える。「空想虚言者」とは、スイスの精神科医、アントン・デルブリュックが 1891年に報告した 8例の症例に共通する症状を記述し、それに対して命名したものである(アントン・デルブリュック『空想虚言者』秋元波留夫訳、創造出版)。
デルブリュックが報告した症例は、ルーマニア王の子だと主張して多くの人々をだました女性や恋人とその家族をさまざまな嘘でたぶらかした男性などだ。これらの症例に共通する症状として彼が見出したのは、次の三つである。 1 嘘をつく。 2 この嘘を他人に信じ込ませる。そうすることによって、しばしば詐欺行為を行う。 3 この嘘を自分自身も信じている。「空想虚言者」に特徴的なのは、自分がついた嘘をいつの間にか自分でも事実だと信じてしまうことだ。自分でも信じているがゆえに、作り話であっても独特の説得力がある。したがって、「比類なき嘘の手腕」を持っていることも少なくない。 デルブリュックが挙げた三つの症状は、全て小保方氏に該当するように私の目には映る。何よりも重要なのは、 STAP細胞の存在が客観的な事実とは反するにもかかわらず、小保方氏自身はあくまでも真実だと信じていたことだ。だからこそ、記者会見の際、「 STAP細胞はあります」と断言したのだろう。「空想虚言者」になりやすいのは、やはり認められたいという承認欲求の強い人である。当然、強い自己愛の持ち主に多い。自己愛が強いと、必然的に注目を浴びたいという自己顕示欲も強くなりがちだが、小保方氏は、承認欲求も自己顕示欲も人一倍強そうに見えた。 承認欲求や賞賛獲得欲求が強いのは、自己愛性人格障害の特徴であり、自己顕示欲が強いのは、演技性人格障害の特徴である。この二つの人格障害の特徴を併せ持つ人ほど、「空想虚言者」になりやすい。 自己愛性人格障害と演技性人格障害の特徴を併せ持つといえば、新たにアメリカの大統領に就任したドナルド・トランプ氏もそうだろう。トランプ氏を「空想虚言者」と診断するつもりはないが、少なくとも他人、ひいては他国を振り回すことにかけては相当な人物のように見受けられる。 トランプ氏は、尊大で傲慢な態度を貫き、女性や移民などを蔑視する暴言を吐いている。また、自分自身の言動がどういう影響を与えるのかという想像力も、他人の痛みへの共感も欠如しているように見える。「トランプ・タワー」などと自分の名前をつけたがるのも、自己愛性人格障害の特徴である。 一方、過激な発言や芝居がかった態度で注目を浴びたがるのは、演技性人格障害の特徴である。日本の核武装を事実上容認した過去の自身の発言を、大統領当選後に「言っていない」と否定するなど、発言がコロコロと変わっているが、これも、注目を集めるためにその場の乗りで過激なことを言う演技性人格障害の特徴が表れただけではないか。 自己愛性人格障害と演技性人格障害の二つの人格障害を併せ持つ人は、とにかく周囲を平気で振り回す。トランプ氏も、大統領選に勝利するやいなや、オバマ政権が推進してきた環太平洋経済連携協定( TPP)からの離脱を表明した。その結果、何年にもわたって続けられてきた各国の努力が水の泡になった。 TPPに関しては賛否両論あったので、トランプ氏の決断の是非を問うつもりはないが、少なくとも平気で「ちゃぶ台返し」をする人物であることは間違いない。 また、台湾の総統と電話会談し、中国大陸と台湾がともに「中国」に属するという「一つの中国」原則について「なぜわれわれが縛られなければならないのか」と疑問を呈するなど、これまでの外交の常識を打ち破るようなことを平気でやっている。 もちろん、こうした振る舞いを行動力や決断力があるとか、常識にとらわれず革新的と評価する向きもあるはずだ。また、大衆の怒りや欲望を察知するトランプ氏の能力は天才的で、衰退した中間層の不満を移民への敵意に巧妙に置き換えることに成功したからこそ、大統領選に勝利したのだろう。 だから、トランプ氏の言動を批判するだけでなく、大統領としての手腕を注意深く見守らなければならないのだが、ただ一つ断言できるのは、彼がこれからも世界中を平気で振り回すということだ。これは、自己愛性人格障害と演技性人格障害を併せ持つ人の特徴である。しかも能力がそれなりに高く、強い権力も手にしているだけに、影響力が非常に大きい。万一、悪い影響が出れば、世界中に多大な迷惑をかけることになりかねない。 世界最強の国であるアメリカの大統領にこういう人物が就任したのだから、トランプ氏との共通点をいくつも持つ「ミニ・トランプ」がこれから世界中に登場するのではないか。そうなれば、他人を平気で振り回す人だらけになるはずで、要注意である。
これまで他人を平気で振り回す人の手段や精神構造について述べてきたが、こういう人はターゲットを嗅ぎ分ける嗅覚が非常に鋭い。当然、誰でも振り回すわけではなく、格好のターゲットを見つけて振り回す。つまり、ターゲット =振り回されやすい人と振り回す人の相互関係の中でさまざまな騒動が起こる。 問題は、振り回されやすい人が、たとえ自分がターゲットにされていても、それに気づかず、自ら罠にはまっていく傾向があることだ。上司や同僚、あるいは親兄弟や隣人などと違って、恋人や友人は自分で選べるはずなのに、なぜか他人を平気で振り回す人に近づき、さんざん振り回されて苦労する羽目になる。 振り回される本人は、自分の愛情、忍耐、献身などによって相手を助け、現状を変えることができると思い込んでいるのだが、実際にはなかなか難しい。皮肉にも、全ての努力が振り回す人をかえって助長し、その傲慢な振る舞いに拍車をかけているようにしか見えないことさえある。 その典型が、第 1章で紹介した、派遣社員の女性が正社員の男性に結婚を餌にさんざん振り回されている事例である。この女性は家政婦のように掃除や料理をさせられ、お金まで無心されているにもかかわらず、婚約さえしていない。それでも唯々諾々と従っている。彼女がイネイブラーになっているのは明らかなのだが、いまだに気づいていないようで、周囲からいくら「だまされてるんじゃないの」と言われても、聞こうとしない。 これは、振り回している男性が、振り回されている女性が信じたがっている幻想を信じさせるようにしているからだ。そう、結婚できるという幻想である。彼女の強い結婚願望につけ込み、それを満たすような幻想を与え続けて、この男性は自分の望み通りのものを手に入れているわけである。 この女性のように、「結婚できたらいいのに」という願望があたかも実現されるかのような幻想を抱いて、「結婚できる」と思い込むことを、精神医学では「幻想的願望充足」と呼んでいる。「幻想的願望充足」に陥りやすいからこそ、振り回されやすいのだともいえる。 幻想的願望充足につけ込むのは、他人を平気で振り回す人の常套手段である。愛されたい、ほめられたい、昇進したい……などと願っている人に対して、そういう願望を自分なら叶えられるのだという幻想を与えながら、「その望みを叶えてほしいのであれば、これこれの条件を満たすことが必要」というメッセージをそれとなく送る。これは裏返せば、「自分が出す条件を満たさなければ、あなたの望みは叶えられない」というメッセージでもある。 当然、愛情欲求や承認欲求の強い人ほど振り回されやすいのだが、それだけで実際に振り回されるわけではない。それに加えて主に次の七つの要因が積み重なると、罠に落ちやすい。 1 低い自己評価 2 困難な状況 3 強い欲求不満 4 他力本願 5 孤立 6 警告サインの無視 7 恐怖 いずれか一つの要因があるだけで振り回されることはまれだ。複数の要因が重なってはじめて振り回される。当然、多くの要因が積み重なるほど、振り回されやすい。 それぞれの要因について、先ほど取り上げた、結婚をほのめかす正社員の男性に振り回されている派遣社員の女性の事例に即して分析しよう。
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