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第 5章ダークな性格は遺伝するのか

第 5章 ダークな性格は遺伝するのか

1 性格は、遺伝か環境か優生学の広がり/心理学における、環境への注目/再び遺伝への注目 2 性格特性は連続的なものである性格特性の遺伝とは/親から子にどれくらい伝わるのか/集団と個別ケース 3 性格に与える環境の影響環境と言ったとき、何をイメージするか/双子の研究でわかること/ダークな性格の遺伝率/育てられ方で差が出るのか/予測不可能性はダークな性格を助長する/ダークな性格と生活史戦略 4 自分の中にダークな性格を見つけたら自分の中にダークさを見つけた脳科学者/性格の安定性とは何か/ダークな性格の安定性

1 性格は、遺伝か環境か 性格が遺伝するのか、という問題は、多くの人々が気になる点ではないでしょうか。ダークな性格についても同様です。どれくらい遺伝の影響を受けるのでしょうか、それとも、育ちで決まるものなのでしょうか。また、ダークな性格は成長とともに高まっていくのでしょうか、低くなっていくのでしょうか。 このあたりの問題についても、これまでに研究で扱われています。†優生学の広がり 性格が遺伝で決まるのか、それとも環境で決まるのかという問題は、古くから扱われてきた研究での大問題です。そしてこの問題は、優良な遺伝形質を残すことで人間集団の質的向上を目指そうとする、優生学の歴史と切り離すことはできません。さらにいえば、心理学の歴史も優生学と密接な関係を持ってきました。 心理学の中で優生学と明確に結びついた概念の代表は、知能でした。二〇世紀のはじめにフランスでビネが初期の知能検査を開発した頃、すでに優生学の考え方は広く社会に広がっていました( 123)。アメリカのインディアナ州で優生断種法が州議会を通過したのは一九〇七年のことです。その後、アメリカの三〇以上の州が同様の法を制定していきました。これらの法律では、犯罪者や知的な遅れがある者、てんかん、強姦者、大酒飲み、麻薬中毒患者、梅毒患者、性的倒錯者などに対して、強制的に断種つまり子どもを生むことができなくする手術を行うことができるようになっていました。 日本でも一九四〇年に国民優生法、第二次大戦後の一九四八年には優生保護法が定められ、強制的な優生手術が行われています。日本で優生保護法が廃止されたのは、一九九六年のことでした。 優生学が広まる中で、学者たちは知能検査に注目するようになっていきました。特に、知能検査によって知能指数( I Q)という数値が算出できるようになると、多くの優生学に基礎をおく研究者たちがこの検査を利用して研究を進めるようになります。†心理学における、環境への注目 一方で心理学では、遺伝ではなく環境がすべてを決めていくというアプローチが優勢になっていきます。一つの流れは、精神分析学です。二〇世紀に入る頃、ジグムント・フロイトが精神分析学という新しい学問を創始します。人間には無意識の領域があり、私たちの行動は無意識に大きく影響を受けるという仮定から成り立ちます。 その後の精神分析学の発展の中で、無意識の領域であるエス、意識的な主体である自我、エスと自我をまたぐ形での内在化された規範を意味する超自我という構造など、多くの理論へと発展していきます。精神分析学で重視されるのは、生まれてからの幼少期の親子関係などの経験であって、遺伝的な要因ではありません。幼少期に受けた問題が無意識の領域に内在化され、成長後に問題となって現れてくることを想定します。この意味で、きわめて遺伝的ではなく環境主義的な理論だと言えるのではないでしょうか。 もう一つの流れは、行動主義心理学です。アメリカの行動主義心理学者ワトソンが、コロンビア大学で行った講義や初期の論文で行動主義という考え方を世に出したのは一九一二年のことです( 124)。彼はそれ以前の心理学の主流であった、意識的経験を報告する内観を中心とした心理学から脱し、動物を研究するときと同じように、観察可能な行動だけを研究対象とするべきだと主張しました。 行動主義もその後、さまざまな理論へと派生していきます。スキナーの徹底的行動主義では、観察可能な行動だけでなく、意識や認知についても行動主義的な研究が可能であることを示し、この考え方は行動分析学という、いわば精神分析学とは対極に位置するような学問へと展開していきます。しかし基本的には、行動主義においても、行動の原因として重視されるのは遺伝ではなく環境です。 ワトソン流の行動主義における性格というのは、長期にわたる実際の観察によって把握される人の諸行動の総和だとされます。性格は習慣が体系化された結果であり、生まれながらに初期値が与えられるようなものとは考えられていません。生まれたときには個人差はほとんど存在せず、生まれてからの経験の中で学習が行われ、習慣が形成されることでまた環境への対応の仕方が個々人で少しずつ変わっていきます。その蓄積が性格のような個人差となって現れるという考え方です( 125)。 ワトソンは著書の中で、次のように書いています。「私に一ダースの健康な乳児と、彼らを育てるための特殊な世界を与えたまえ。そうすれば私はランダムにその中の一人を取り上げ、彼の才能、好み、性癖、能力、適性、祖先の家系に関係なく、私が選んだ専門家──医師、法律家、芸術家、社長、そうだ、乞食や泥棒さえ──に、きっとさせてみせよう( 126)」。この一節は、環境によってすべてをコントロールすることができるという心理学者の傲慢な考えの反映であるかのように引用されることもあります。しかし、当時世の中を席巻していた優生学を念頭に置いていたとすると、その「当たり前」に対する挑戦を表すような一節にも思えてきます。†再び遺伝への注目 二〇世紀後半になると、行動主義に基づく心理学と精神分析学の考え方が世の中に広まっていきます。そして、子どもが思うように育たないのは適切ではない親の育て方のせいであると考えるのが当たり前であり、生まれながらの要因は過小評価されていました。 一九五〇年代、ニューヨークで心理学者トーマスとチェスによる研究プロジェクトが始まりました。この研究では八五家族一三三人の子どもたちが対象となり、初回の調査は生後三カ月未満、その後二〇歳を超えるまで追跡調査が行われています。この研究プロジェクトは、子どもたちの気質パターンについて重要な研究知見を報告しているのですが、報告された結果は、その気質のパターンが必ずしもすべてが環境要因によって形成されるわけではないことも示唆しているのです。 どのような両親のもとにも一定の確率で、生後間もなくから生活リズムが不規則で、刺激に対して強く反応し、新しい環境の変化に適応するのに時間がかかる、親にとっては非常に育てにくい気質をもつ子どもが生まれます。最初の子どもが育てにくい子どもになるかもしれませんし、一人目は育てやすいのに次の子どもが育てにくい子どもであるかもしれません。おおよそ 10%は、このような子どもが生まれるとされています。そして研究によると、この育てにくい気質が判明する前の親には、何も特徴的な育て方や子どもへの対応の仕方が観察されるわけではなかったのです。 当時、育てにくい気質の子どもを授かった親たちは、「子どもの問題は親の子育てにある」という精神分析学的な思想を信じていました。わが子の育てにくさに直面したとき、その親たちは自分の子育てのどこが間違っていたのだろうと落ちこみ、大きなストレスを抱いていたそうです。しかし、研究結果は、親の育て方が育てにくい気質の子どもをつくり上げることを指し示してはいませんでした。むしろ、「この子育ての方法だからこうなる」ではなく、親は子どもの状態や特性に合わせるようなかたちで、子育てをするものではないでしょうか。 世の中の考え方は、次第に環境だけで決まるわけではない、という方向へと揺れ動いていきます。 二〇世紀半ばになると、行動遺伝学と呼ばれる学問領域が少しずつ発展していきます。これは、行動を扱ってきた心理学と、遺伝を扱ってきた遺伝学との

あいだの学際的な領域に生まれて発展してきた学問です( 127)。 2 性格特性は連続的なものである†性格特性の遺伝とは 行動遺伝学の研究知見が蓄積するにつれて、世の中では「知能の何%が遺伝で決まる」「性格の何%は遺伝」という話が広まることになりました。テレビやネットの記事などで、皆さんも目にすることでしょう。しかし、行動遺伝学の研究知見を理解するために、いくつか押さえておかなければいけない基礎的な知識があります。 まず前提となるのは、「はじめに」でも触れたように、ほとんどの心理的な特徴は「ある」「ない」というカテゴリではなく、連続的に表現されるという点です。「外向的」か「内向的」かのいずれかだけではなく、世の中にはとても外向的な人からとても内向的な人までが存在しています。そして多くの人は、極端に外向的でも、極端に内向的でもない、中間的な特徴を示すのです。 そして、このような現象を説明するときには、一つの遺伝子が一つの心理特性を決定するという考え方ではうまくいきません。一つの連続的な心理特性には、とても多くの遺伝子が影響していると考えるのです。性格を外向的な方向に進めるように影響する遺伝子は非常に数多く存在しており、その遺伝子を多く持つ人ほど、より外向的な性格となるのです。これを、ポリジーン遺伝モデルと言います。 ちなみに、連続的な量を表す代表的な値に、身長があります。身長の遺伝子を特定する試みも二一世紀に入ってから行われるようになりました( 128)。初期の研究では、身長に関連する四〇個の遺伝子が見つかりましたが、これらを合わせても身長のバラツキの 5%しか説明できませんでした。その後、身長に影響する遺伝子がどんどん見つかっていきます。 二〇一八年には七〇万人のデータから、三三〇〇個の遺伝子が見つかります。しかしまだ、身長のバラツキの 25%しか説明することはできませんでした。さらにその後、身長に関連する可能性がある一万個近い遺伝子が見つかっていますが、やはり個々人の身長の違いの 40%程度を説明することしかできません。このように、身長についても一つひとつの遺伝子の影響力はとても小さいものであり、非常に多くの遺伝子が身長に関連することで、身長の遺伝状態が成り立っていくのです。 これだけ多くの遺伝子が身長に関係するわけですが、そもそも、一つひとつの遺伝子は「身長を高める・低める」という役割だけをもつのではありません。 これはあくまでも仮想的な例なのですが、ある遺伝子を考えてみましょう。その遺伝子をもつと、ほんの少しだけ脚の大腿骨が長くなります。すると、その遺伝子をもつかもたないかは「身長の高さ」に影響を与えることになります。大腿骨の長さは、身長の構成要素だからです。しかし同時に、その遺伝子をもてば大腿骨が伸びるわけですから、大腿骨の重みが増し、結果的に「体重の重さ」にも影響を与えます。 また、別の見方をすれば、大腿骨が長くなるということは足が長くなるわけですから、「足の速さ」にも影響するでしょう。それに、足が長くなるわけですから「外見のスタイルのよさ」にも影響するとも予想されます。あるいは観点を変えれば、この遺伝子は「バスケットボールに有利」とか「バレーボールに有利」という結果にも影響することになってくるのです。このように、ある遺伝子はあること「だけ」に影響するとはかぎりません。その遺伝子をどのように解釈するかは、私たちの観点に依存するのです。 この考え方は、心理学的な特性にも応用することが可能です。たとえば知能という概念を考えるとき、単純に「知能指数が高いほどよい」と考えてしまいがちです。ここで、先ほどの架空の遺伝子のように、「どのような観点からそう言えるのか」を考えてみることには価値があります。知能指数が高い人は低い人に比べて、学業成績が良好であり( 129)、中年期における身体的な健康度も高い傾向があり( 130)、さらには将来の死亡率の低さにもつながる可能性があります( 131)。 しかし、知能指数はダークな性格にはほとんど関連しませんし( 132)、ビッグ・ファイブ・パーソナリティとの関係では安定して開放性との間にはプラスの関連を示しますが、他の相関は非常に低い値です( 133)。知能指数が高くても、あまり人生の幸福や満足感や、自分自身を肯定する程度には関連しなさそうです。「知能は高い方がよい」というとらえ方は、どのような観点から行っているのかを考えてみるとよいでしょう。 これは、ダークな性格についても同じです。どのような観点から「ダークな性格は望ましくない」と言えるのかを考えていくことが重要です。†親から子にどれくらい伝わるのか 行動遺伝学の結果を知ると、「親から子に知能や性格の何%が伝わる」と考えてしまう人がいます。しかし、このような単純な考え方は、正しくありません。 行動遺伝学の研究結果として示される「遺伝率」は、ある特性について観察される人々のあいだのバラツキに対して、遺伝の影響力がどれくらいあるのかという数値です。 ふたたび身長を使って説明してみましょう。 身長の遺伝率は、「 80%」くらいだと言われています。この言葉を聞くと、人々の多くは「親の身長が子どもに八割伝わる」とか「親と子の身長は 80%の確率で同じになる」といったように、誤って解釈してしまいがちなのですが、この一節を読んで、実際にそのように考えた方も多いのではないでしょうか。 親と子の身長の関連については、わざわざ遺伝のことを考えるまでもありません。実際に、親の身長と子どもの身長を測定して、相関がどれくらいなのかを検討してみればよいのです。実際に、八歳から九歳の子どもたちと両親の身長を四〇〇組以上集めて検討した研究があります( 134)。 その結果によると、親の身長と子どもの身長とのあいだの相関係数は 0・ 47という値でした。この数値を二乗すると、説明率を意味します。実際に二乗してみると、 0・ 22という値です。これは、「親の身長の情報を手に入れると、子どもの身長の約 22%を説明できる」ということを意味しています。「身長は八割が遺伝で決まる」という話と、数字にずいぶん大きなズレがあると感じるのではないでしょうか。 論文の中に報告されている数字を応用すると、次のようなことが言えます。 父親の身長が一七〇㎝で母親の身長が一五八 ㎝という、おおよそ日本人成人の平均身長と同じだったとしましょう。このカップルに女の子が生まれたとして、成人したとします。すると、その子の身長は、一五八 ㎝を中心に、おおよそ一四八 ㎝から一六八 ㎝くらいまでのバリエーションをもつ可能性があるのです。さらに確率は低くなりますが、偶然、もっと高い、あるいは低い身長になることもあり得ます。 実際、妻と私のもとに生まれた長子は、明らかにこの研究から推測される身長の範囲から外れて、高い身長に育ちました。両親の身長から 22%が予測されるというのは、これくらいの広いばらつきを意味するということがイメージできるのではないでしょうか。 さて、では、「身長の八割は遺伝で決まる」というのは、どのような意味なのでしょうか。まず、親から子に伝わるのは「身長」ではなく「遺伝子」です。そして、先に説明したように、身長に影響する可能性がある遺伝子が約一万個あるとしましょう。父親と母親からこの一万個の遺伝子がすべて子ども

に伝わるわけではありません。子どもに伝わるのは、父親から半分、母親から半分の遺伝子です。親の遺伝子を半分にしないと子どもの遺伝子が親の倍の量になってしまいます。すると、世代を経ていくうちに細胞が破裂してしまうことでしょう。 ただし、どの遺伝子が子どもに伝わるのかは、簡単には予測できません。たまたま生まれた子どもに背を高くする遺伝子が少ないかもしれませんし、とても多いかもしれません。父親がつくる多くの精子と母親がつくる多くの卵子のうちどれとどれとが結びつくかで、遺伝的な身長の高さには大きなバラツキが生じる可能性があるのです。 もしも同じ両親から二〇人、三〇人と同じ性別の子どもが生まれるのであれば、子どもたちの身長はどこかを中心に正規分布を描くようにばらつくことでしょう。もちろん、両親とも非常に背が高ければ、平均的に子どもの身長も高くなることは期待されます。しかし、それはあくまでも確率の問題であって、確実な予測ではありません。†集団と個別ケース さて、知能も性格特性も、身長に比べるとずっと両親と子どもとの相関係数は小さな値になります。たとえば親の知能指数と子どもの知能指数との間の相関係数は 0・ 3程度と、身長の親子間の関連よりも小さいのです( 135)。性格特性に関しては、おそらく知能よりも小さな値をとることでしょう。このように考えると、もちろん当てずっぽうよりはましな予測をすることはできますし、大きな集団の中で確率の偏りを考えていくことには意味があるのですが、ある一人の子どもについて「親が賢いから」「親がこういう性格だから」と推測していくことは、あまり正しいとらえ方ではありません。 私がよく取り上げる例ではあるのですが、ここでも宝くじを例に出してみましょう。 サマージャンボや年末ジャンボ宝くじは、二〇〇〇万分の一という確率で一等が出ます。これは、くじに書かれた組と番号から確認することができます。二〇〇〇万分の一というのは、とてつもなく低い確率です。このような低い確率で当選するものにお金を支払うことは、確率的に考えれば非常にばかばかしい行為だとも言えてしまいます。おそらく、私が明日、通勤途中で交通事故に遭う確率の方が、はるかに高いのではないでしょうか。 しかし一方で、毎年、年末ジャンボ宝くじの一等は二〇本前後あることになっています。これは、二〇〇〇万枚のセット(ユニット)をそれくらい用意して売り出すからです。少なめに見積もっても、毎年の年末と夏のジャンボ宝くじで数十人が、一等を手にすると考えられます。このように書くと、宝くじは当たるような気がしてきます。 確率的に物事をとらえることと、個別のケースで物事をとらえることとの間のイメージの違いが、ここに反映しています。宝くじは確率で考えれば非常に低い確率なのですが、個別ケースで考えるとそうは思えません。むしろ、ジャンボ宝くじ以外にも宝くじは数多く販売されており、これだけ毎年当たる人がいるのですから「知り合いが当たった」「いとこが当たった」という話を耳にしてもおかしくはありません。 この例は、確率的な問題は確率的な問題で、個別ケースの問題はそれぞれで議論することの重要性を示しています。これは視点をどこに置くかという問題でもあります。政治家や大企業の経営者が、俯瞰した観点から大きな集団について問題とするときには、確率的な考え方が向いています。しかし、自分の子どもについて考えるとき、目の前の人物について考えるときには、確率的な判断ももちろん役には立ちますが、必ずしもそれだけで判断することはできないと認識すべきです。なぜなら、目の前の人は宝くじを当てた人であるかもしれないからです。 遺伝と環境の話を考えるときにも、この観点は重要です。遺伝率も環境の影響力も、そこで表される数値は「平均」であり、それは「あなたがどうか」「私がどうか」を考えるときにそのまま当てはまるとは限らないのです。 3 性格に与える環境の影響†環境と言ったとき、何をイメージするか ここまでは、遺伝の話をしてきましたが、もちろん遺伝だけで性格が形成されるわけではありません。遺伝的な初期値に対して、環境が影響を与えていきます。 一口に「環境」といっても、人生を通してさまざまな環境が次々と私たちの周りに現れます。これも、さきほどの遺伝子と同じように考えてみてはどうでしょうか。たとえば、小学生のころのある日、これまで話をしたこともないクラスメイトと初めて会話を交わしたとします。この日のこの出来事という「環境」そのものが、私たちの知能や外向性やダークな性格に決定的な影響を及ぼすようなことがあるかというと、それは考えにくいでしょう。しかし、もしかしたらこの瞬間の出来事は、外向性をほんの少し、誰にもわからないくらい少しだけ押し上げるかもしれません。この体験が毎日続けば、少しずつ外向性は押し上げられていくかもしれないのです。 同じ「環境」という言葉を使いながら、ときに話が嚙み合わないことがあるのは、人によって何をイメージしているのかがずいぶん異なるからではないかと思うことがあります。「環境」は、細かい単位で微視的に捉えることもできますし、大きな単位で巨視的に捉えることも可能です。ある日のある時間にどこにいる、という環境の捉え方もあれば、「厳しい態度で子育てをする」という数年、数十年にわたる継続的な「環境」の捉え方もあるのです。 しかし、比較的、時間や場所を超えて安定した心理的な特徴に影響を及ぼす「環境」のことを考えるときには、インパクトと継続性という二つの側面を想定する必要がありそうです。転校や、学校を卒業して就職すること、海外に留学すること、転職すること、結婚や離婚をすること、子どもが生まれること、仕事をリタイヤすることなど、人生の中でも大きな出来事は、性格を変化させる可能性があります( 136)。このような人生の中での重要な出来事は、生活をする環境を大きく変化させるインパクトを持ちます。加えて、その変化が比較的長期間にわたって持続する可能性も大きなものです。 性格のような心理的な特徴は、一回二回の授業やセミナーで永続的に変化することをあまり期待できません。それらがきっかけとなり、生活そのものに大きな変化が生じることで、心理面でも変化が期待できます。大学生に対して一五週間、特定の性格特性が変化するように生活習慣を徐々に変化させていく実験が行われています( 137)。 最初は、初対面の人と笑顔で挨拶をするという段階から、徐々に行動の強度を高めていきます。次第に、友人と一緒に食事に行ったり、パーティに参加して見知らぬ人とも会話をする段階へと進んでいき、最後は人々が集まるイベントを企画したり、自分と趣味が共通する人々を集めるイベントを企画するという段階にまで至ります。 毎週目標を定め、課題をクリアしていくことで、外向的な行動を積み重ねていくのです。すると、熱心に課題に取り組んだ学生たちは、実際に外向性の得点が上昇していく可能性があるのです。まさに、食習慣や運動習慣を変えていくことで、身体的な改造が成功するのと同じイメージです。 図 ②に表されているように、 Aさんは遺伝的により外向的で、 Bさんは遺伝的により内向的な状態になります。そこに、環境が影響を与えていきます。両者が育ち、長期間接する環境が大きく異なれば、次第に Aさんと Bさんの外向性の程度は逆転する可能性もあるのです。これは、体重について考えたときに、遺伝的に決まる部分と食習慣や運動習慣で変動する部分の両方があることを想像してみれば、理解できるのではないでしょうか。

(138) ただし、このあたりの話はさらに複雑になります。「環境」というのは、本人の特徴と無関係に、外から与えられるだけのものばかりではありません。それぞれの人は、人生の中で自分が居心地がよい場所へと移動していくものです。自分が何かに向いていると思えば、その場所に居続けようと思いますし、「何か違う」と思えば別の場所へと移動していきます。これは、自分自身の遺伝状態に合った環境を自分で選んでいくことも意味しています。つまり、遺伝と環境は完全に切り離されたものでもなく、自分が持つ遺伝的な特徴が環境を呼び寄せることもあり得るのです。 さらに、環境が整うことで、それまで表に出てこなかった遺伝的な特徴が表れてくる可能性もあります。本当は水泳を練習すればほかの人よりも速いスピードで習得できる遺伝的な素質を持っているのに、トレーニングの機会を逃していれば、その素質が開花することはありません。ここには、時代や文化や地域など、多くの要因も関係してきます。 たとえば、あるスポーツをすることに有利な遺伝的な素質を持っている人がいたとしても、現在その地域でスポーツがほとんど普及しておらず、似たような他のスポーツでそれなりにうまくいく、ということはあるでしょう。本当にぴったりなスポーツは別のところにあるのに、時代や文化や地域の要因のために、本当はもっているはずの本来の能力が発揮できない、ということがあるかもしれないのです。 ただし、おそらくほとんどの人の中で、このような状態が何度も繰り返されているのではないか、とも思います。自分がもつ素質が開花するような場面にうまく巡り合うことができれば、それはとてもラッキーなことです。しかし、それでも人生の中でそれなりにうまく対応しながら生きていく、というのも実際の姿ではないでしょうか。†双子の研究でわかること 行動遺伝学の研究では、双子の類似性を分析の対象とします。 双子には一卵性双生児と二卵性双生児がいます。一卵性双生児の兄弟姉妹は、もともと一つの受精卵が分割して成長していますので、同じ遺伝情報をもっています。それに対して、二卵性双生児の兄弟姉妹は、二つの卵子に別々の精子が受精して成長していますので、遺伝の一致率は 50%です。 つまり、細胞の核の中にある染色体のある場所に位置する遺伝子について、二卵性の兄弟姉妹で一致するかどうかの確率が、父親由来か母親由来かの半々になるということです。なお、父親と子ども、母親と子ども、自分と年の離れた兄弟姉妹も、遺伝の一致率は 50%となります。二卵性の双子というのは、同時に生まれた兄弟姉妹なのです。ですから、二卵性の場合には男女のペアもあり得ます。 さて、一卵性双生児の兄弟姉妹と二卵性双生児の兄弟姉妹を比べると、身長も体重も学力も知能指数も、外向性も自尊感情も、そしてダークな性格の得点についても、ほとんどすべての測定された指標は、二卵性双生児よりも一卵性双生児のほうが、類似度が高くなります。一卵性双生児の兄弟姉妹のほうが、二卵性双生児の兄弟姉妹よりも、心理的な特徴についてもずっとよく似ているのです。 しかし、一卵性双生児の兄弟姉妹の類似度と、二卵性双生児の兄弟姉妹の類似度の差は、測定している指標によって異なります。一卵性双生児はずっと似ているのに二卵性ではあまり似ていないことが観察される指標とか、一卵性双生児のほうが似ているのですが二卵性双生児とあまり変わらないことが観察される指標とか、知能や学力や性格など分析の対象となる指標によって、さまざまなケースが存在するのです。 このような違いの背景に、遺伝と環境の影響力の違いが存在すると考えられます。たとえば、ほとんど遺伝の影響だけを受けるような指標の場合には、遺伝子の類似度の影響だけが兄弟姉妹の類似度に反映しますので、一卵性双生児の類似度はほぼ 100%、二卵性双生児の類似度はほぼ 50%となります。 また、一卵性双生児の類似度と二卵性双生児の類似度があまり変わらないような指標の場合には、家庭環境が大きく影響している可能性があります。一卵性双生児も二卵生双生児も、兄弟姉妹は同じ家庭で育ちます。もしもその指標が遺伝の影響をあまり受けず、同じ家庭で育つことに大きく影響を受けるのであれば、一卵性でも二卵性でも兄弟姉妹が同じ家庭で育つことには変わりません。すると、一卵性双生児の兄弟姉妹の類似度と二卵性双生児の兄弟姉妹の類似度は、あまり変わらなくなると考えられるのです。このように、双子の兄弟姉妹を類似させる方向に影響する環境要因を、共有環境といいます。 さらに、一卵性双生児の類似度が 100%に届かず、二卵性双生児の類似度が 50%に届かない場合も多々あります。このような場合には、兄弟姉妹それぞれに独自の環境要因が影響していると考えます。これは、一卵性双生児の兄弟姉妹であっても二卵性双生児の兄弟姉妹であっても、双子の兄弟姉妹を互いに似ない、異なる方向に進ませる環境です。このような環境要因を、非共有環境と言います。 これらのような仮定を考慮に入れた上で、一卵性双生児の兄弟姉妹と二卵性双生児の兄弟姉妹から得られたデータを統計的な解析にかけます。そして、遺伝の影響力と環境(共有環境と非共有環境)の影響力を推定していくのです。「知能の遺伝率は何%」という数値は、このような考え方のもとで推定された値です。†ダークな性格の遺伝率 さて、前置きが長くなりました。ダークな性格の遺伝率は、どれくらいだと報告されているのでしょうか。カナダの心理学者ヴァーノンたちが行った研究があります( 139)。調査の対象となったのは、七五組の一卵性双生児と六四組の同性の二卵性双生児です。年齢の範囲は一七歳から九二歳まで幅広く、平均年齢は四一歳でした。 測定されたダーク・トライアドについて、一卵性双生児の兄弟姉妹間の関連と二卵性双生児の兄弟姉妹間の相関係数を示してみましょう。相関係数は、マイナス 1・ 0からプラス 1・ 0までの値をとり、完全に一致する関係にある場合にはプラス 1・ 0、完全に一致しない関係にある場合には 0・ 0、完全に逆方向の関係にある場合にはマイナス 1・ 0という値をとります。 ナルシシズム……一卵性 0・ 52、二卵性 0・ 33 マキャベリアニズム……一卵性 0・ 68、二卵性 0・ 57 サイコパシー……一卵性 0・ 54、二卵性 0・ 44 これらの数値を見ると、ダーク・トライアドのいずれの得点についても、二卵性双生児の兄弟姉妹よりも一卵性双生児の兄弟姉妹のほうが相関係数の値は高く、お互いに類似していることがわかります。 次に、遺伝、共有環境、非共有環境の影響力を推定していきます。 ナルシシズム……遺伝 0・ 59、共有環境 0・ 0、非共有環境 0・ 41 マキャベリアニズム……遺伝 0・ 31、共有環境 0・ 39、非共有環境 0・ 30 サイコパシー……遺伝 0・ 64、共有環境 0・ 04、非共有環境 0・ 32

これらの数値は、それぞれのダークな性格の個人差に対して、遺伝、共有環境、非共有環境が何%説明できるかを表しています。たとえばナルシシズムの個人差に対しては遺伝が 59%、非共有環境が 41%の説明要因になっているということです。また、研究で扱われているサンプルサイズ(調査参加者数)も大きくはありませんので、細かい数値の違いはあまり考慮せず、おおよその値で考えるのがよいと思われます。 ナルシシズムとサイコパシーについては、六割前後の遺伝の説明率があります。一方でマキャベリアニズムは約三割と遺伝率が低くなっています。また、ナルシシズムとサイコパシーの個人差には共有環境の影響力がほとんど見られないのに対して、マキャベリアニズムは共有環境の影響が見られる点も特徴的です。 ちなみに、ビッグ・ファイブ・パーソナリティの五つの性格特性については、遺伝の影響力がおおよそ四割から六割の間、非共有環境の影響力もおおよそ四割から六割で、共有環境の影響力がほぼゼロであることが報告されています。このように見ると、マキャベリアニズムの個人差に対する共有環境の影響力は、特徴的です。 先ほども説明しましたが、ダークな性格について遺伝の影響力が三割とか六割というのは、親のダークな性格が子にそのまま伝わるパーセンテージではありません。しかし、遺伝がダークな性格に影響を与えることは確かだと言えます。†育てられ方で差が出るのか ダークな性格のうち、特にマキャベリアニズムの個人差については、共有環境の影響力が大きいことが示されました。しかし、ナルシシズムとサイコパシーについては、共有環境の影響力はほとんど認められません。 行動遺伝学では、共有環境というのは双子を類似させるように影響を与える環境要因であり、主に家庭環境のことだと解釈されています。しかし、共有環境の影響力がほとんどない、というのは、何を意味しているのでしょうか。 影響力がないというのは、関連がない状態だということです。両者に関連がない二つの得点というのは、片方の情報を手に入れたとしても、もう片方の情報を予測することができないことを意味します。ある人が国語と数学のテストを受けたとしましょう。もしも国語と数学の得点の間にプラスの高い関連があれば、国語のテスト得点が高い人は数学の得点も高いことが期待されます。しかし、両者の相関がゼロに近い場合には、国語の得点の情報を手に入れたとしても、数学の得点を予測することはほとんどできません。 さらに、関連と因果関係は異なります。世の中にある関連のほとんどは、因果関係ではないと言われるほどです。たとえ、国語と数学のテストの間に関連が認められたとしても、数学の能力が国語の能力に影響するとか、国語の能力が数学の能力に影響するという現象があるかどうかはわかりません。もちろん、部分的には生じる可能性はあります。たとえば、数学のテスト問題も言語で表現されますので言語的な能力が影響する可能性がありますし、国語の論理的な思考力に数学で用いられる思考力が影響する可能性もないわけではないでしょう。 しかし、勉強時間、塾に通っているかどうか、親の勉強に対するサポート、学校の教育内容など、国語と数学のテスト結果にともに影響する要因を数多く測定することも可能です。国語にも数学にも両方に影響する要因が多数存在するのであれば、双方に因果関係がなくても、国語と数学の得点は同時に上下する傾向が見られるのです。 話を戻しましょう。ナルシシズムやマキャベリアニズムに対する共有環境の影響力がほとんど見られないというのは、親の特定の養育態度や家庭の中に存在する環境など、双子を類似させるような要因について、「この要因が備わっていればこうなる」という法則がほとんど成り立たないということを意味しています。つまり、たとえば「甘やかして育ったからナルシシズムが高まるのだろう」とか、「放任して育てたからサイコパシーが高まるのだろう」といった、「こういう要因があるからこうなる」と私たちがつい考えてしまいがちな「法則」が成立しない可能性が高いということなのです。 しかし、子育てにおける何らかの共通点がある可能性も報告されています。ジョナソンの研究によると( 140)、愛情が薄かったり冷たかったりするなど親の養育の質が悪かったと報告することと、ダークな性格との関連が見られています。また別の研究ではイランでも、ダークな性格と親子関係の質との関連を検討する試みが行われています( 141)。ダークな性格の中でも、特にマキャベリアニズムの高い人は、親との関係性の質が悪く、葛藤も多く感じており、愛情や深さに欠けるような関係をとる傾向にあることが報告されています。 双子の研究からは、マキャベリアニズムの形成に対して家庭環境の影響力が存在することが示唆されていました。ここに関しては、冷淡な親子関係や愛情の不足など、何らかの共通要因が存在する可能性があるかもしれません。†予測不可能性はダークな性格を助長する ダークな性格を助長する環境として注目されているのが、育つ環境の厳しさや予測不可能性です( 142)。 環境の厳しさというのは、たとえば育ってきた地域の貧困や死亡率の高さ、犯罪発生率の高さといった問題、それから家庭そのものの貧困や支援の少なさなどのことです。 また、予測不可能性の例としては、家庭の中の混乱や混沌とした状況を挙げることができます。たとえば、家庭の中でつねに何かしら騒動が起きていて落ち着いた環境が続かないこと、必要な物をなかなか見つけられないほど家の中が散らかっていること、家の中でゆっくりとリラックスして過ごすことが難しい環境であること、家の中で静かに会話することが難しいほど騒がしい状況であることなどが、混沌とした予測不可能な状況の例です。研究の中で用いられる家庭の混乱度を測定する質問項目の中には、「私の家の中は、まるで動物園のようだ」という表現のものもあります。 そして、これらのような厳しく予測不可能な環境のもとで幼少期を過ごすことは、成長後のダークな性格の高さに関連するのです。ダークな性格は一定の範囲で遺伝からの影響を受けます。しかし、遺伝だけでダークな性格が形成されるわけではなさそうです。ここでポイントになるのは、先が読めない予測不可能性という環境の特徴です。 人類の長い歴史を考えてみれば、そのほとんどの時期はかなりの予測不可能性の中にあります。食糧が不足するかもしれませんし、突然怪我をすることもあります。病気や死が目前に迫ってくることもあるでしょう。現代の社会の中に生きている私たちは、それほど「死」を間近に見ることはないかもしれません。しかし、少し前の歴史を思い浮かべれば、死はとても身近だったはずです。 たとえば古くからある墓地に行くと、墓石に彫られた人の名前と年齢を見ることができます。私の実家近くの墓地でも、一歳や三歳で亡くなった人々の名前をたくさん目にしたことを思いだします。現在の私たちの感覚からすると、どうしてこんなに子どもたちが死んでしまうのだろう、と不思議に思えるかもしれません。 生後一年で死亡する比率のことを乳児死亡率と言います。人口動態調査によれば、一九二〇年の乳児死亡率は一〇〇〇人の出生のうち 165・ 7だったのが、二〇二〇年ではたったの 1・ 8という数値にまで減少しています( 143)。すべての死亡に占める乳児の死亡の割合を見ても、一九二〇年は 23・ 6%だったのが、二〇二〇年には 0・ 1%という値にまで低下しています( 144)。赤ちゃんが死ぬことは「当たり前」だった時代から、たった一〇〇年間で医療技術と生活水準が向上し、「ほとんど死なない」というレベルにまで低下していることがわかります。 世界が予測不可能性に満ちており、将来何が起きるかわからないような状況の中では、できるだけ他の人よりも速く多くの利益を得て生存していく必要

に迫られます。このような状況の中で自分を有利な立場に導き適応的な結果を残すことにつながりうるのが、ダークな性格だと考えられるのです。†ダークな性格と生活史戦略 何かの本や記事で、「(魚の)マンボウは三億個の卵を産むが、生き残るのはその中で二匹しかいない」と書かれていたような記憶があります。実際にはこの話は一〇〇年以上前に書かれた論文から脚色されており、あまりに多くの産卵数に対して少ししか生き残ることができないという点を強調されたもののようです( 145)。 生物の中には、マンボウのように非常に数多くの卵や子どもを産んでその後は放っておき、育てることにはほとんど手をかけないタイプと、数少ない卵や子どもを産んで大きくなるまで手間をかけて育てるタイプがいるのは確かです。私たちも生物ですが、人間は数少ない子どもを産んで長い期間手間をかけて育てるパターンをもっています。 生物の生涯では、限られた環境の中の資源をいかに多く獲得し、いかに多くの子孫を残すかが生存のためのカギになります。限られた資源を、成長や自己保全、繁殖といった重要な活動にどのように配分していくかという戦略の観点から、それぞれの生物種や個体差について考えていく理論のことを、「生活史理論(ライフヒストリー理論)」と言います( 146)。 生活史理論では、資源をどのように配分していくかというトレードオフに注目します。そして、それぞれの重要な活動に資源をどのように配分するかという観点から、 r戦略と K戦略という二種類の戦略を想定します。これらのパターンのことを、「生活史戦略」と言います。 短期的戦略とも呼ばれる「 r戦略」は、比較的小さな生物が多く、性的な成熟が早く、パートナーや子どもの数も多く、産まれた子どもたちにあまり投資をしない傾向があります。一方で長期的戦略とも呼ばれる「 K戦略」は、 r戦略とは逆に、比較的大きな生物が多く、性的な成熟は遅めで、限られたパートナーとの間に少ない子どもをもうけ、子どもたちに大きな投資をして大切に育てていく傾向を示します。 これら二つの戦略は、生物に広く当てはめることができるのですが、人間の中でもばらつきがあり、個々人で異なる傾向が見られると考えられます。人間は他の生物に比べれば、明らかに遅い戦略をとっています。二〇歳になるまで、あるいはそれを過ぎても親や家族からの資源を受け取り、自分自身で資源を獲得することをしません。しかし、個々人に注目すると、多くの恋愛相手と関係を持ち、子育てをあまり重視しない r戦略の持ち主から、多くの資源を子どもに投入する K戦略の持ち主まで、同じ人間という比較的遅い戦略の中でも個人差が存在するのです。 生活史戦略の個人差を測定する心理尺度も開発されています( 147)。広く人間の生活の中で、生活史戦略に関連する特徴を抜き出して質問項目にしたものです。内容には利他主義、両親との関係、計画性、自己コントロール、家族や友人からの支援など、多岐にわたる領域が含まれています。 そして、生活史戦略を測定する尺度と、ダークな性格との関連も検討されています。そして研究から、ダークな性格の中でも特にサイコパシーとマキャベリアニズムは、 r戦略つまり速い生活史戦略に関連することが明らかになっています( 148)。 ダークな性格の形成には、冷淡な親子関係や予測不可能な環境が密接に関連するということでした。まさに、戦略をとることは、両親の不和や貧困など、厳しく予測不可能な環境の中で育つことに関連すると言われているのです。 4 自分の中にダークな性格を見つけたら†自分の中にダークさを見つけた脳科学者 アメリカの神経科学者ジェームス・ファロンは、著書『サイコパス・インサイド』(金剛出版、二〇一五年)の中で、自分自身の脳をスキャンした話を書いています( 149)。 彼は、健常な人々の脳と犯罪者や精神疾患をもつ人々の脳を、ポジトロン断層法( PET)と呼ばれる手法を用いてスキャンし、画像化して比較していました。その中で、明らかにサイコパスとされる、サイコパシー傾向が強く、実際に何らかの社会的な問題を引き起こした経験をもつ人々には、明確な脳の特徴が見られることが明らかにされました。 彼が脳の画像を確認するときには、その画像が誰のものなのかを明かされていません。事前にその画像が猟奇殺人を犯した犯罪者のものだとわかっていては、判断を歪めてしまうからです。サイコパスの脳画像は、共感性や自己制御に関連する前頭葉から側頭葉の特定の領域で活性度が低いという特徴をもつそうです。 ある日、彼はサイコパスに典型的な脳の特徴を示す画像を見つけました。記録から、その画像が誰のものであるのかを調べていきます。すると、その画像は、ジェームス・ファロン自身の脳の画像だったのです。彼は機械が壊れているのではないかと疑い、調べてみたのですが、機器に異常は見あたりませんでした。 まさかサイコパスの脳を研究している自分自身の脳が、サイコパスの典型的な特徴をもっているとは思いもしなかった彼は、さらに自分の遺伝子を調べていきます。すると、攻撃性や暴力、共感性の低さなどの遺伝的な特徴についても、自分自身がもつことがわかっていきます。しかし、彼は神経科学者であって、犯罪者ではありません。 ですが、彼がこれまでの自分自身の言動を思い起こすと、衝動的であったり攻撃的であったり、他の人々の気持ちを考えなかったりするエピソードに思い当たりました。さらに祖先をたどると、家族を殺した殺人者が存在していたことも判明しました。ファロンは、サイコパシー的な要素を明らかにもった人物なのでしょう。しかし、彼は日常的に暴力をふるうわけでも、誰かをおとしめようとするわけでもありません。 この本の中で明らかになるのは、彼がとても厳しく愛情をもって育てられたという経験です。決して乱雑で、予測可能性が低く、貧困など厳しい環境の中で育ったわけではありませんでした。たとえサイコパシー的な素因をもっていたとしても、幼少期の経験、家庭の要因、養育の要因によっては、社会の中で適応的に人生を送ることができるのかもしれません。 さらに彼は、自分自身の中にサイコパシー的要素が存在していると知ってから、それを隠すのではなく、著書の執筆にまで昇華させています。自分を知った上で、では何をするのか、何をすべきかについては、意志の力を信じたいところでもあります。†性格の安定性とは何か ダークな性格は遺伝と環境から影響を受けつつ、形成されていきます。では、この性格は大人になったらもう変化しないのでしょうか。「性格が何歳で完成するのか」という議論は、昔からよく行われてきました。一般的にも、素朴な疑問として「性格は何歳で決まるのか」ということが言われますし、さまざまな説が提唱されます。 しかしここで重要なのは「完成する」や「決まる」とは何かという問題です。性格の発達的変化を検討するときには、年齢に伴う性格の得点の「安定性」を検討します。この安定性が、いわば「完成」や「決定」を意味するというわけです。ただし、「安定性」は一つではありません( 150)。 第一に、平均的なレベルの安定性です。幅広い年齢集団を対象にしてデータを取得していきます。あるいは、特定の集団を長期間にわたって何年も追跡調査をしていきます。ある性格特性について縦軸に集団の平均値、横軸に年齢をとってグラフを描いたとき、ある年齢までは平均値が上昇や下降もしくは上下動を示していて、ある年齢を過ぎるとその後はほとんど上下動を示さず平均値があまり変わらなくなったとします。このとき、平均レベルの安定性という観点から見た性格の安定性が観察されたことになります。 第二に、順位の安定性です。各個人に注目したとき、年齢に伴ってある性格特性の得点が上昇したり下降したりします。これがバラバラに生じたときに何が起きるかというと、得点が上位だった人が下位になったり、下位だった人が上位になったりして、順位が安定しないという現象が生じます。順位の安定性は、一度調査を行った同じ集団に対してもう一回以上、追跡調査を行うことで確認することが可能です。一回目の調査と二回目の調査におけるある得点について、相関係数を算出します。 もしも相関係数の値がプラスで大きければ順位の入れ替えが少ないことを意味しており、相関係数の値が小さい(ゼロに近い)のであれば順位が大きく入れ替わっていることを意味します。そして、もしもある年齢よりも前の段階では二回の調査間の相関係数が小さく、ある年齢を超えると相関係数が大きくなることが観察され、それ以降の年代ではその値がほとんど変わらないのだとすれば、その年齢で順位の安定性の観点から見た性格の安定性が観察されたことになります。 第三に、構造の安定性です。ある心理特性と別の心理特性との関係のしかたが、年齢とともに変化していくことがあります。たとえば若い頃は二つの性格特性が結びついていて明確に分けられない一方で、年齢を重ねるとその二つが意味的に分化して、明確に二つの性格特性へと発展していくことも考えられます。このような場合には、若年層ではこれらの相関係数が高く、年齢とともに相関が小さくなっていく様子が観察されます。 同じような現象は、ここまでにも何度か説明の中で登場してきた、複数の変数の背後に共通する要因を見つける統計手法である因子分析でも見出すことが可能です。ある年齢段階までは因子分析を行うと数少ない性格の因子数しか見出されないのですが、ある年齢からは複数の明確な性格の因子が見出されるようになるというのが一例です。このような場合に、その年齢で構造の観点からみた性格の安定性が観察されたことになります。 第四に、個人の安定性です。ここまで説明した三つの安定性は、集団を観察したときに示される安定性を意味します。しかし各個人に視点を置いた場合には、それぞれの個人が異なる年齢で性格の安定性を示す可能性があります。これは、赤ちゃんが生まれてから寝返りをうつことができるようになること、立ち上がることができるようになること、言葉を発することができるようになることなどを思い浮かべてもらうとイメージしやすいかと思います。 赤ちゃんを観察していると、寝返りをうとうと試みるものの、なかなか成功しない時期が続くことに気づきます。しかしあるとき、ふとした瞬間に寝返りに成功します。すると、その赤ちゃんはコツを摑んだかのように、どんどん寝返りをうつようになるのです。この時期は、他の赤ちゃんとだいたい同じ時期なのですが、それぞれの赤ちゃんで異なります。早めに寝返りをうつ子もいれば、なかなか成功しない子もいます。集団で見ると、「平均は生後何カ月」と算出することができるのですが、個々の赤ちゃんに注目するとそれぞれが異なる時期に寝返りをうつようになるのです。 性格の安定性についても、同じようなことが言えるかもしれません。ある人は一三歳以降に安定し、ある人は二〇歳、ある人は四〇歳で安定するという、各個人における安定性のポイントが存在する可能性があるのです。 最後に、イプサティブな安定性と呼ばれる観点があります。これも、集団ではなく個人に視点を置く安定性の見方です。たとえば、ダーク・テトラッドで考えてみましょう。ある人は、若い頃からダーク・テトラッドの四つの性格特性の中では、ナルシシズムが高い傾向を示していました。ですがさまざまな経験をする中で、全体的にダークな性格は抑制されていきます。しかし、全体的に得点が低くなっていったとはいえ、ダーク・テトラッドの四つの性格特性の中で比べると、やはりこの人はナルシシズムが比較的高い傾向を示していました。 このように個人の中で、どの得点が高く、どの得点が低いという関係性が安定することがあります。これが、イプサティブな安定性の例です。また、ある人の複数の性格特性の得点プロフィール(個人の性格検査の得点をグラフに表したもの)を描いたときに、時間が経過しても、また全体的に得点が上下をしても、高いところは高く、低いところは低くなるというかたちで、同じような得点プロフィールを描く場合に、イプサティブな安定性が見られたことを意味します。†ダークな性格の安定性 さまざまな安定性について、ビッグ・ファイブ・パーソナリティについては詳細な検討が行われています。たとえば、平均レベルの安定性に関しては、成人期以降、年齢とともに神経症傾向が低下し、勤勉性と協調性は上昇し、外向性と開放性はあまり明確な一定の変化を示さない傾向が報告されています( 151)。またおおよそ同じような年齢に伴う平均値のトレンドは、日本でも報告されています( 152)。 一方でダークな性格については、このさまざまな安定性のすべてが検討されているわけではありません。その中でも、日本で調査された二〇〇〇人規模と四〇〇〇人規模の二つのデータセットを用いて、ダーク・トライアドの三つの性格特性について二〇歳以降六九歳までの平均値の変化を検討した研究があります( 153)。ダーク・トライアドの測定には、代表的な心理尺度である SD 3と DTDDがそれぞれ用いられています。 分析の結果から、マキャベリアニズムとナルシシズムに関しては、年齢が上になるほど直線的に平均値が低下していくことが示されました。一方でサイコパシーに関しては、逆 U字の曲線を描きながら平均値が低下していく様子が報告されています。加えて、男女で比較すると、ナルシシズムでは年齢に伴う変化に明確な男女差は見られませんでしたが、マキャベリアニズムとサイコパシーに関しては、男性よりも女性の方が年齢に伴って大きく低下する様子が見られています。ただし、ナルシシズムに関しては、測定に用いる心理尺度によって異なる年齢との関連も報告されていますので、少し結果の解釈には注意が必要です。 英語圏で行われた調査データを用いて、ダーク・トライアドではないのですが同じようなダークな性格として、第 1章でも紹介した「 D」因子の年齢に伴う平均レベルの安定性を検討した研究もあります( 154)。結果を見ると、二〇歳から五〇代までの間の年齢で、 Dについても、 Dの構成要素についても、年齢とともに平均値が直線的に低下していく様子が見られました。 どうやら、日本でも海外(英語圏)でも、ダークな性格は成人期を通じて平均値が低下していく傾向が見られると言えそうです。実は、成人期を通じて社会の中でより望ましいとされる心理的な特性の平均値が上昇し、望ましくないとされる心理特性の平均値が低くなっていく現象が見られることが知られています。たとえば自分を肯定的にとらえる傾向である自尊感情についても、人生の中で平均値が低いのは一〇代後半の高校生の頃であり、いちばん平均値が高くなるのは中年期後期からそれ以降、六〇代や七〇代の頃なのです( 155)。 人生の中で、成人期の生活に有利に働くような心理特性や性格特性を次第に身につけていくことを「成熟の原則」と呼びます( 156)。社会の中で新しい役割を担うたびに、少しずつ性格特性が変化していくことにより、全体的に平均値として望ましい方向へと変化していく現象が生じるのではないかと考えられています。 たとえば、恋愛関係の中でうまく相手と長期間つき合っていくためには、自己中心的であったり共感性に欠けたりする状態は不利になります。実際に、新たな人間関係の形成は、性格の変化につながることが知られています( 157)。同じように、学校間の移行、学校から職への移行、結婚、離婚、死別など、人々が経験するライフイベントによって、ある一定方向の性格の変化が生じる可能性があるのです。 ダークな性格が年齢とともに低下していく様子も、人々が人生の中で次第に社会へ適応していく成熟の原則を表現しています。「若い頃と違って歳を重ねて丸くなった」というのは、全員に当てはまるわけではないにせよ、一定の範囲で見られる現象なのです。

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