「身体」を忘れた日本人オウム真理教の身体軍隊と身体身体との付き合い方身体と学習文武両道大人は不健康脳の中の身体クビを切る共同体の崩壊機能主義と共同体亡国の共同体理想の共同体人生の意味苦痛の意味忘れられた無意識無意識の発見熟睡する学生三分の一は無意識左右バラバラ「あべこべ」のツケ
第五章 無意識・身体・共同体「身体」を忘れた日本人 私たちをとりまく壁、いつの間にか作ってしまった壁については、既にいくつか述べました。現代人は当たり前と思っているが、実際のところと「あべこべ現象」が起きているというのは、情報についての認識だけではありません。「あべこべ現象」と密接に関係しているのが「無意識」「身体」「共同体」の問題です。「意識と無意識」は脳の中の問題、「身体と脳」は個体の問題、そして「共同体」は、社会の問題です。 現代の日本では、それぞれにおいてよく似た現象が起きています。その現象を意識しない、または忘れてしまっていること自体が、日本人の抱えている問題ではないか、と考えられるのです。 戦後、我々が考えなくなったことの一つが「身体」の問題です。「身体」を忘れて脳だけで動くようになってしまった。といっても、「そんなわけはない。頭痛もすれば肩こりもする」「体重が増えて階段を上るのがキツイことを自覚している」と仰しゃるかもしれません。ここでいう身体の問題とは、そういうことではありません。オウム真理教の身体 これについては、まずは犯罪史としてのみならず、戦後思想史上の大事件と考えられるオウム真理教事件を題材にとってみましょう。 オウム真理教は、言うまでもなくあらゆる意味で大きな問題でした。が、私はそれをどう考えるべきか、なかなか整理がつかなかった。私が教えていた東大生も、ずいぶん引っかかった。どうして、あんな見るからにインチキな教祖に学生たちが惹かれていくのかがわからなかったのです。 しかし、竹岡俊樹氏の『「オウム真理教事件」完全解読』(勉誠出版)を読んでようやく納得出来た。竹岡氏は考古学を専攻している方で、この本ではその考古学の手法でオウム真理教を分析して見せます。 考古学の手法というのは、ここでは、教団の出版物やオウムについての本、新聞、雑誌の記事だけをもとに対象を分析していく、というやり方です。考古学は、後世に残された物証だけをもとに再構成するという学問ですから、オウム真理教について分析をする場合には、そういう手法になる。 彼は、信者や元信者らの修行や「イニシエーション」についての体験談を丹念に読み込みました。その結果、「彼ら(信者)の確信は、麻原が教義として述べている神秘体験を彼らがそのままに追体験できることから来ている」と述べています。つまり、麻原は、ヨガの修行だけをある程度きちんとやって来た、だからこそ修行によって弟子たちの身体に起こる現象について「予言」も出来たし、ある種の「神秘体験」を追体験させることが出来たのだ、と結論付けています。自らの身体と向かい合ったことのない若者にとって、麻原の「予言」は驚異だったことでしょう。 これを読んで、「何であんな男にあれだけ多くの人がついていったのか」という疑問がようやく解けた気がしました。軍隊と身体 ここでのキーワードは「身体」だったのです。かねてから、「身体問題」が戦後、日本が抱えていた共通の弱さというか、文化にとっての問題点だ、と私は考えていましたが、それが証明された、という感があります。戦時中まで、身体を担っていたのは軍隊という存在でした。が、それが終戦で綺麗に消えてしまいました。以降、実は自分にとって一番身近な身体の扱い方を個人がわからなくなってしまった状態のままなのです。 日本の場合、三代、四代遡れば殆ど皆、百姓です。つまり都市の人間ではない。そういう人たちが、近代になって突然、あちこちで自然が都市化したのに伴っていきなり都会人になってしまった。 ここでいう「都市」とは、前章でも述べた脳化社会のことです。すなわち、人間が脳の中で図面を引いて作った世界が具現化している社会のことを指します。およそ都市というのは、まず人間が頭で考えたものを実際にそこに作る、という作業から出来ています。 日本では、この都市化に伴って、近代になって急に身体問題が発生してしまっている。恐らくは古くから都市化の歴史を持っている社会、中国やユダヤ人の文化というのは古くから都市化をしていったために、こういう問題はすでに済んでしまったのだと思います。 それでも、日本においても、ある時期までは軍隊という形で強制的に、都市生活をしている男性においても身体を規定していった。軍隊というのは、どういう組織かといえば、とにかく考えずに身体の運動を統一させる組織です。戦場で下手にものを考えていたらその間に殺されるのですから、反射的に動くことを徹底的に訓練で叩き込む。上官が右、というのに、いちいち「ハテ本当に右を向いてよいものか」などと考えていては話になりません。身体との付き合い方 誤解の無きように申し添えれば、私は決して「徴兵制を復活せよ」といったことを主張したいわけではない。軍隊がいいとか悪いとかいうことではなく、それが存在していた時に、そこに所属していた者たちは、身体について考える必要が無かった、ということです。 考える前の段階で、訓練によって身体を強制的に動かされる。いわば、身体依存の生活を送らざるをえなくなります。そこでは否応無く身体を意識することになります。 では、軍隊が消失した現在において、身体とどう付き合っていくのか。その問題への答えを、ある種の若者たちに提示したのがオウム真理教、麻原彰晃だったのではないか、それこそがオウム問題の重要な点だったのではないか、と思うのです。身体の取り扱いがわからなかった若者に、麻原がヨガから自己流で作ったノウハウをもとに〝教え〟を説く。それまで悩んでいた身体について、何かの答えを得たと思うものはついていった、ということでしょう。 オウムに限らず、身体を用いた修行というものはどこか危険を孕んでいます。古来より、仏教の荒行等の修行が人里離れて行われる、というのは、昔の人間の知恵だったのかもしれません。身体と学習 身体を動かすことと学習とは密接な関係があります。脳の中では入力と出力がセットになっていて、入力した情報から出力をすることが次の出力の変化につながっています。 身近な例でいえば、歩けない赤ん坊が何度も転ぶうちに歩き方を憶える。出力の結果、つまりここでは転ぶという経験を経て、次の出力が変化する、ということを繰り返す。そのうちに転ばずに歩けるようになってくる。
第五章 無意識・身体・共同体「身体」を忘れた日本人 私たちをとりまく壁、いつの間にか作ってしまった壁については、既にいくつか述べました。現代人は当たり前と思っているが、実際のところと「あべこべ現象」が起きているというのは、情報についての認識だけではありません。「あべこべ現象」と密接に関係しているのが「無意識」「身体」「共同体」の問題です。「意識と無意識」は脳の中の問題、「身体と脳」は個体の問題、そして「共同体」は、社会の問題です。 現代の日本では、それぞれにおいてよく似た現象が起きています。その現象を意識しない、または忘れてしまっていること自体が、日本人の抱えている問題ではないか、と考えられるのです。 戦後、我々が考えなくなったことの一つが「身体」の問題です。「身体」を忘れて脳だけで動くようになってしまった。といっても、「そんなわけはない。頭痛もすれば肩こりもする」「体重が増えて階段を上るのがキツイことを自覚している」と仰しゃるかもしれません。ここでいう身体の問題とは、そういうことではありません。オウム真理教の身体 これについては、まずは犯罪史としてのみならず、戦後思想史上の大事件と考えられるオウム真理教事件を題材にとってみましょう。 オウム真理教は、言うまでもなくあらゆる意味で大きな問題でした。が、私はそれをどう考えるべきか、なかなか整理がつかなかった。私が教えていた東大生も、ずいぶん引っかかった。どうして、あんな見るからにインチキな教祖に学生たちが惹かれていくのかがわからなかったのです。 しかし、竹岡俊樹氏の『「オウム真理教事件」完全解読』(勉誠出版)を読んでようやく納得出来た。竹岡氏は考古学を専攻している方で、この本ではその考古学の手法でオウム真理教を分析して見せます。 考古学の手法というのは、ここでは、教団の出版物やオウムについての本、新聞、雑誌の記事だけをもとに対象を分析していく、というやり方です。考古学は、後世に残された物証だけをもとに再構成するという学問ですから、オウム真理教について分析をする場合には、そういう手法になる。 彼は、信者や元信者らの修行や「イニシエーション」についての体験談を丹念に読み込みました。その結果、「彼ら(信者)の確信は、麻原が教義として述べている神秘体験を彼らがそのままに追体験できることから来ている」と述べています。つまり、麻原は、ヨガの修行だけをある程度きちんとやって来た、だからこそ修行によって弟子たちの身体に起こる現象について「予言」も出来たし、ある種の「神秘体験」を追体験させることが出来たのだ、と結論付けています。自らの身体と向かい合ったことのない若者にとって、麻原の「予言」は驚異だったことでしょう。 これを読んで、「何であんな男にあれだけ多くの人がついていったのか」という疑問がようやく解けた気がしました。軍隊と身体 ここでのキーワードは「身体」だったのです。かねてから、「身体問題」が戦後、日本が抱えていた共通の弱さというか、文化にとっての問題点だ、と私は考えていましたが、それが証明された、という感があります。戦時中まで、身体を担っていたのは軍隊という存在でした。が、それが終戦で綺麗に消えてしまいました。以降、実は自分にとって一番身近な身体の扱い方を個人がわからなくなってしまった状態のままなのです。 日本の場合、三代、四代遡れば殆ど皆、百姓です。つまり都市の人間ではない。そういう人たちが、近代になって突然、あちこちで自然が都市化したのに伴っていきなり都会人になってしまった。 ここでいう「都市」とは、前章でも述べた脳化社会のことです。すなわち、人間が脳の中で図面を引いて作った世界が具現化している社会のことを指します。およそ都市というのは、まず人間が頭で考えたものを実際にそこに作る、という作業から出来ています。 日本では、この都市化に伴って、近代になって急に身体問題が発生してしまっている。恐らくは古くから都市化の歴史を持っている社会、中国やユダヤ人の文化というのは古くから都市化をしていったために、こういう問題はすでに済んでしまったのだと思います。 それでも、日本においても、ある時期までは軍隊という形で強制的に、都市生活をしている男性においても身体を規定していった。軍隊というのは、どういう組織かといえば、とにかく考えずに身体の運動を統一させる組織です。戦場で下手にものを考えていたらその間に殺されるのですから、反射的に動くことを徹底的に訓練で叩き込む。上官が右、というのに、いちいち「ハテ本当に右を向いてよいものか」などと考えていては話になりません。身体との付き合い方 誤解の無きように申し添えれば、私は決して「徴兵制を復活せよ」といったことを主張したいわけではない。軍隊がいいとか悪いとかいうことではなく、それが存在していた時に、そこに所属していた者たちは、身体について考える必要が無かった、ということです。 考える前の段階で、訓練によって身体を強制的に動かされる。いわば、身体依存の生活を送らざるをえなくなります。そこでは否応無く身体を意識することになります。 では、軍隊が消失した現在において、身体とどう付き合っていくのか。その問題への答えを、ある種の若者たちに提示したのがオウム真理教、麻原彰晃だったのではないか、それこそがオウム問題の重要な点だったのではないか、と思うのです。身体の取り扱いがわからなかった若者に、麻原がヨガから自己流で作ったノウハウをもとに〝教え〟を説く。それまで悩んでいた身体について、何かの答えを得たと思うものはついていった、ということでしょう。 オウムに限らず、身体を用いた修行というものはどこか危険を孕んでいます。古来より、仏教の荒行等の修行が人里離れて行われる、というのは、昔の人間の知恵だったのかもしれません。身体と学習 身体を動かすことと学習とは密接な関係があります。脳の中では入力と出力がセットになっていて、入力した情報から出力をすることが次の出力の変化につながっています。 身近な例でいえば、歩けない赤ん坊が何度も転ぶうちに歩き方を憶える。出力の結果、つまりここでは転ぶという経験を経て、次の出力が変化する、ということを繰り返す。そのうちに転ばずに歩けるようになってくる。
脳のモデルとして現在有効であると考えられている「ニューラル・ネット」というものがあります。これについては第六章で解説しますが、大雑把にいえば、このモデルを応用して、自ら間違いを訂正して学習をしていくプログラムを作ることが可能です。出力の結果によって次の出力を変えていくプログラム、と言ってもいい。これは人間の学習と同じ過程です。 例えばコンピュータに文字を識別させるプログラムを作る場合、こういう自ら学習するプログラムと、細かいところまで全て予め設定して識別するプログラムとでは、前者の方がはるかに効率が良く、簡単なプログラムで済むことがわかっています。文武両道 ここで言えるのは、基本的に人間は学習するロボットだ、ということ。それも外部出力を伴う学習である、ということです。「学習」というとどうしても、単に本を読むということのようなイメージがありますが、そうではない。出力を伴ってこそ学習になる。それは必ずしも身体そのものを動かさなくて、脳の中で入出力を繰り返してもよい。数学の問題を考えるというのは、こういう脳内での入出力の繰り返しになる。 ところが、往々にして入力ばかりを意識して出力を忘れやすい。身体を忘れている、というのはそういうことです。 江戸時代は、脳中心の都市社会という点で非常に現在に似ています。江戸時代には、朱子学の後、陽明学が主流となった。陽明学というのは何かといえば、「知行合一」。すなわち、知ることと行うことが一致すべきだ、という考え方です。 しかしこれは、「知ったことが出力されないと意味が無い」という意味だと思います。これが「文武両道」の本当の意味ではないか。文と武という別のものが並列していて、両方に習熟すべし、ということではない。両方がグルグル回らなくては意味が無い、学んだことと行動とが互いに影響しあわなくてはいけない、ということだと思います。 赤ん坊でいえば、ハイハイを始めるところから学習のプログラムが動き始める。ハイハイをして動くと視覚入力が変わってくる。それによって自分の反応 =出力も変わる。 ハイハイで机の脚にぶつかりそうになり、避けることを憶える。または動くと視界が広がることがわかる。これを繰り返していくことが学習です。 この入出力の経験を積んでいくことが言葉を憶えるところに繋がってくる。そして次第にその入出力を脳の中でのみ回すことも出来るようになる。脳の中でのみの抽象的思考の代表が数学や哲学です。大人は不健康 赤ん坊は、自然とこうした身体を使った学習をしていく。学生も様々な新しい経験を積んでいく。しかし、ある程度の大人になると、入力はもちろんですが、出力も限定されてしまう。これは非常に不健康な状態だと思います。 仕事が専門化していくということは、入出力が限定化されていくということ。限定化するということはコンピュータならば一つのプログラムだけを繰り返しているようなものです。健康な状態というのは、プログラムの編成替えをして常に様々な入出力をしていることなのかもしれません。 私自身、東京大学に勤務している間とその後では、辞める前が前世だったんじゃないか、というくらいに見える世界が変わった。結構、大学に批判的な意見を在職中から自由に言っていたつもりでしたが、それでも辞めてみると、いかに自分が制限されていたかがよくわかった。この制限は外れてみないとわからない。それこそが無意識というものです。「旅の恥はかきすて」とは、日常の共同体から外れてみたら、いかに普段の制限がうるさいものだったかわかった、ということを指している。身体を動かすことはそのまま新しい世界を知ることに繋がるわけです。 これもまた誤解されやすいので念のために付け加えておくと、別に転職の勧めをしているのではありません。大人だから環境を変えるには離婚とか転職しかない、と思われても困ります。同じことをずっとやっているようでも、その人の中での理解だとかプログラムの編成替えが行われる、というのは珍しいことではない。 同じことをやっているのが即駄目だ、ということになると、子供の頃から今に至るまで延々と昆虫採集をしている私は進歩ナシ、ということになる。しかし、もちろんそんな単純な話ではない。 昆虫採集ひとつとっても、かつての私と今の私とでは随分変わっている。例えば、あるゾウムシを採取したが、どの図鑑に照らし合わせても特徴が合致しないことがある。 若い頃ならば、「本と一致させられない自分の目がおかしいのだろうか」なんて思ったかもしれません。が、長い経験を経た今であれば、「これは本の方が間違っていて、自分の目が正しいのではないか」という可能性も考えることが出来る。長年の経験によって、同じことについても見方が変わってくることは珍しいことではないし、それは一種のプログラムの書き換えのようなものです。ただし、それには科学についての項で述べたように、常に検証の気持ちを持つ必要があります。脳の中の身体 身体の問題というのは、脳の面から見るとどうなるか。人間の脳では、てっぺんの部分で足を司り、その下が太腿、さらにその下が腹、という風になっています。実際の位置とは丁度逆転した形になっているのです。ところがこれが首のところまで来ると、そこで順番がまた逆転して今度は頭のてっぺんを司る、という構造になっています。 つまり足 →太腿 →腹 →胸 →首と来たら、順番からいくと、普通はそのまま、顎 →口 →鼻 →目 →頭、と丁度逆立ちをしているような順番になるはずです。しかし、実際には首の次は頭 →目 →鼻 →口 →顎という風に、脳の中では身体は割り付けられている。これを図示したのがペンフィールドのホムンクルス(小人)という図です。
人間は脳の中で、身体の上と下が首を境に分断されている。ちなみにコウモリの場合は、脳の中は頭のてっぺんから足まで、きちんと順番通りに配置されている。頭 →手 →腹 →足という風になっていて、人間とは殆ど正反対になっています。だから人間が常に頭を上にして歩いているのに対して、彼らはいつも逆さでぶら下がっているのではないか、と考えられます。 では人間の脳はどうして首で分断されているのか。首から上の運動と下の運動はまったく別であることが関係しています。つまり首から上の運動の代表は食物を摂る運動で、下は身体が移動する運動。目的もまったく別。そう考えると、脳味噌の中で、首のところで切れているのはある意味で合理的です。手がその間に入っているというのも実に理屈にあっている。 なぜなら首から上の運動には、人間の場合、食事の他にコミュニケーションという重要な機能がある。これをやるのは口と手。歩きながら食べているなんて動物は、人間の他に殆どいません。クビを切る 脳の中で首を境に身体が分断されている、という事実から考えると、「クビを切る」という表現には象徴的な意味があるように思えます。単に身体のなかで細い部分だから、切り易いからという簡単な話ではなくて、そこから上と下はそもそも分断されているものだ、ということを無意識に私たちは感じているのではないかと考えられるのです。 そもそも文明の発達というのは、この首から下の運動を抑圧することでもある。つまり、足で歩く代わりに自動車が出てくるというのは、首から下の運動を抑えることなのです。 首から下の運動は、本来は動物にとって基礎になる部分です。何せ「動物」というくらいですから、足で移動して動くのは基本なのです。その移動機能を文明社会は抑えることで発展してきた、ということが出来る。 このように、身体の問題をどういう風に考えていくのか。身体をどのように位置付けるのか、というのは非常に重要な問題です。ところが日本の文化ではまだ解決できていない。というよりも、そういう問題が存在するという意識もありません。 身近な例でいえば、私たちの生活はいつの間にか畳の生活から床の生活に変わりました。身体にとっては重大な変化です。普段、地面に座るか、イスに座るかで姿勢は異なるわけですから。 しかし、これがいつどう決まったのかもわからない。国会で「えー、日本の家は、和室が一つで、後は洋間にしましょう」なんて決めたわけではない。いつからイス中心の生活になったかも、もはや誰も覚えていない。 ことほど左様に、身体にとって重要なことがいつの間にか何となく決まった、というのが戦後の日本です。 また、日本は葬儀の際、もともと土葬だったのが戦後、高度成長期に一斉に火葬に変わりました。江戸時代は火事が起きるというので火葬は禁止だった。 ちなみに、私が勤めていた東大には今でも江戸時代のミイラがあります。当時の風習として、桶に入れて湿地に埋めた土葬の死体のなかには、腐らなくて濡れたミイラみたいな状態になっているものもある。保存状態がいいものは髪の毛もちゃんと残っていて、男か女か、故人がどんな人だったかもわかるようになっています。 ところが、今は火葬以外の埋葬は殆ど見られなくなっている。本来、死体をどのように扱うかというのは宗教にも関係する大問題のはずなのに、何となく変わってしまった。共同体の崩壊 個人にとって見過ごされてきたのが「身体問題」だとすれば、社会にとってのそれは「共同体」の問題でしょう。デカルトは「良識は全ての人に与えられている」と言っています。 普通にこの世の中、共同体のなかで暮らしていれば「共通了解」に達する、はずでした。ところがその「共通了解」が戦後の日本では偏ったか失われたかしている、ということになる。「共通了解」のもとになる共同体が一方で残っていて、一方で壊れてしまっているのが日本の社会の難しいところです。 昨今は不況のせいで、どこの企業でもリストラが行われている。しかし、本当の共同体ならば、リストラということは許されないはずなのです。リストラは共同体からの排除になるのですから、よほどのことがないとやってはいけないことだった。
本来の共同体ならば、ワークシェアリングというのが正しいやり方であって、リストラは昔で言うところの「村八分」。だから、それを平気でやり始めているあたりからも、企業という共同体がいかに壊れているか、ということがわかる。 日本人が好きな「世界は一つ」とか「人類みな兄弟」といったフレーズは、かつての共同体への幻想によって支えられている。なぜなら、共同体の論理を世界規模に拡大して考えている、ということなのですから。 もっとも、この論理を広げていけば、北朝鮮の難民だって、日本人として受け入れることも出来るようになってしまいます。多分、殆ど全ての北朝鮮国民は何代か遡れば「日本人」だった時期がある。ということは、領事館は駆け込んできた難民を亡命者ではなくて、堂々と日本人として受け入れてしまうことだって出来る。 別にこれが暴論ではないのは、ペルーのフジモリ前大統領の例を見れば明らかです。彼は、「実は日本人だった」という理屈によって日本に受け入れられることになったのですから。日本的な「共同体」の論理が、いまでも一部では通用している例でしょう。 北朝鮮による日本人拉致問題にしても、実行犯が日本人だというケースもある。ということは共同体の仲間がやったとも言える。少なくとも、そういう考え方がかつては存在していた。が、今の日本人はそうは受け止めていません。 まったく同様に、オウム真理教の問題では彼らをもはや日本人とは受け止めていない。マンションにやって来られては迷惑だ、というのはわかるけれども、地方自治体までもが転入届を拒んでいる。完全に共同体から排除してしまおうとしています。彼らの子供には何の責任もないのに学校に行けないようにしていた。これもかつては考えられなかった共同体の崩壊の表れでしょう。機能主義と共同体 共同体の成員というのは基本的に平等というのが建前です。その感覚から日本的悪平等というものが生まれている。これは、企業や組織で求められる機能主義とは相反するものです。 機能主義というのは、ある目的を果たすために、人間の使い方が、この人はこれ、この人はこれ、という風に適材適所で決まってしまうことになる。当然、「あの人もいい人だから、希望の部署に行かせてあげたい」とか「無能だけれど家族があるからクビに出来ない」といった物言いは通用しません。その機能主義と共同体的な悪平等とがぶつかってしまうのが日本の社会です。 それでどうなるかといえば、結局、日本の社会は長い目で見れば、機能しなくなって共同体になってしまう。機能主義に共同体の論理が勝ってしまうのです。 官庁、特に外務省がその典型でしょう。「外務省というのは何をするところか」という根本の議論がなされないまま、外務省に入った職員全体の利益のために皆が動く、ということになっている。外交によって国益を守るということよりも、省のために働くことが優先されているのです。少なくともそうとしか見えない。 ここでいかにも共同体的だと思えるのは二世、三世の世襲キャリアが非常に多いこと。そのくせ仕事は大して無い、というのは、他の官庁の連中が口々に言っています。 少々脱線しますが、いっそのこと外務省は宮内庁と一緒にしてしまって、「儀典庁」として儀式だけやっていればいい、というのが個人的な意見です。それならば二代目でも三代目でも世襲で入れてあげて、一応、何か使節団を作るといった時にだけ、ヒゲを生やした人がリッパな恰好をして外国に行けばよろしい。パーティに招かれた時のテーブルマナーとかそういうことだけきちんとしていれば済むでしょう。ただし、そういう奴等が大きな顔をする必要は無い。亡国の共同体 鈴木宗男氏との癒着の問題で、外務省の次官が外国から呼び戻された時に、帰国しての第一声で「外務省はこの難局に当たって一致団結し……」と言ったのは象徴的でした。実に頭に来ました。 それまでさんざん、同僚が愛人の名をつけた競走馬を買っただの、鈴木氏と癒着して勝手放題していただのという問題が指摘されたところにもってきて、「みんなで一致団結」というのはどういうことなのか。世間は誰もそんな姿勢を求めておらず、当然、悪い膿を出すことを期待していました。にもかかわらず「省員の一致団結」とは……。いかに彼らが世論を考えておらず、共同体の成員としての考え方しかないかというのが、その一言でわかった気がしました。 この状態は戦時中の日本軍と非常によく似ている。よく勘違いされますが、別に軍の武力だけが国を滅ぼしたわけではない。いかにも馬鹿馬鹿しい内部での抗争が国益を損ねていたのです。 戦時中は、陸軍と海軍の両方で張り合って互いに主導権争いをしていて、その合間にアメリカと戦争していた、という笑い話があるほど。使える飛行機がもはや零戦しか残っていないという事態になっても、航空予算は陸軍と海軍で半々だった。 その時も、現在、省庁間でやっている予算の取り合いみたいなことばかりやっていた。省庁あって国家無し、というのは、今に始まった話ではないのです。 現代ではかつてあった大きな共同体が崩壊する一方で、会社や官庁といった小さな共同体だけが存在している。そのために、他の共同体から見れば「それはおかしいんじゃないの」ということが、閉じられた共同体の中では起こってしまっている。これは「常識」が無いからだ、ということは既に述べました。 では、その常識がどうしてなくなったのかといえば、世間ではなく、小さな共同体の論理しかわからなくなっているからだ、と考えられます。理想の共同体 おそらく、社会全体が一つの目標なり価値観を持っていたときには、どのような共同体、または家族が理想であるか、ということについての答えがあった。それゆえに、大きな共同体が成立していた。 とすると、どういう共同体が理想か、という問題を考える場合、実はその問い自体に大した意味はないのではないか。 家族でいえば、大家族とか核家族とか、そういう形態は、あくまでも何を幸福として目指すのかということの結果でしかない。同様に、あくまでも共同体は、構成員である人間の理想の方向の結果として存在していると思います。「理想の国家」が先にあるのではない。 かつては「誰もが食うに困らない」というのが理想のひとつの方向でした。今はそれが満たされて、理想とするものがバラバラになっている。だからこそ
共同体も崩壊している。昨今の風潮でいえば、こうしたバラバラであることそのものが自由の表れであるかのような考え方もあります。これはどこか「個性」礼賛と似ている。 しかし、そうではないのではないか。「人間ならわかるだろ」という常識と同様、人間にとって共通の何らかの方向性は存在しているのではないでしょうか。 私は、一つのヒントとなるのは「人生には意味がある」という考え方だと思っています。アウシュビッツの強制収容所に収容されていた経験を持つ V・ E・フランクルという心理学者がいます。彼は収容所での体験を書いた『夜と霧』(みすず書房)や、『意味への意志』『〈生きる意味〉を求めて』(春秋社)など、多数の著作を残している。 そうした著書や講演のなかで、彼は、一貫して「人生の意味」について論じていました。そして、「意味は外部にある」と言っている。「自己実現」などといいますが、自分が何かを実現する場は外部にしか存在しない。より嚙み砕いていえば、人生の意味は自分だけで完結するものではなく、常に周囲の人、社会との関係から生まれる、ということです。とすれば、日常生活において、意味を見出せる場はまさに共同体でしかない。人生の意味 フランクルが七 ○年代にウィーンの大学で教鞭を執っていた際、アメリカからの留学生の六 ○%が「人生は無意味だ」と考えていたそうです。これに対して、オーストリア人、ドイツ人、スイス人で「無意味だ」と考えていたのは二五%だった。特にアメリカ型の思考を持つ人にこういう考え方が多いことがわかった。さらに当時の統計で、若い麻薬患者の一 ○ ○%が「人生は無意味だ」と考えていたともいいます。 フランクルは、強制収容所といういつ殺されるかもわからない状況下で、「生きるとはどういうことか」という意味について考えてきた。そして彼の人生の意味は「他人が人生の意味を考える手伝いをする」ことでした。 ガンの末期で寝たきりになった患者にとっての生きる意味を彼は問います。医者によっては、そういう人にはもはや生きる意味は無い、と判断するかもしれません。しかし、フランクルはこう考えました。「その人が運命を知ったうえで取る態度によって、周囲の他人が力づけられる」という意味があるのだ、と。 あるガン患者は、死んで子供たちと別れるのが辛いことを訴えました。これに対してフランクルは、あなたに身内がいなければ嘆くことも出来ない、少なくともこの世に置いていきたくないものを残しているではないか、それがまったく無い人もある、という風に答えます。 人生の意味、という問題は、今でも非常に重要です。ドラッグが流行っていることから見ても、人生は無意味だと思っている現代人が実に多いように見えます。人生の意味について考えていくことが、個人にとっても共同体にとっても、非常に必要なことなのではないか。 誤解を恐れずにいえば、九・一一のテロにおいては、被害の大きさもさることながら、あの犯人たちが強い意味を感じているということそのものがショックだった、とは考えられないでしょうか。 それに対するアメリカ側の反撃にはそこまでの意味が感じられない、というのがショックだったのではないか。身勝手だろうが何だろうが、テロリスト側が持っていたほどの強い意味をアメリカは持っていないように思える。 ただし、こうしたイデオロギーが人生の意味であるという状態(たとえば戦前の日本もそうでした)は、もはや終わっていると思います。正当化するつもりもない。しかし、だからといって人生の意味が無くなったという結論にはならない。 現代人においては、「食うに困らない」に続く共通のテーマとして考えられるのは「環境問題」ではないでしょうか。環境のために自分は共同体、周りの人に何が出来るか、ということもまた人生の意味であるはずなのです。 共同体が機能している時には、人間同士の貸し借りそのものがある種の人生の意味たりえた。生きていくうえでは何らかの付き合いがあって、そこではどうしても貸し借りが生じる。 何か借りがあれば恩義を返す。そこには明らかに意味がある。教育ということの根本もそこにあって、人間を育てることで、自分を育ててくれた共同体に真っ当な人間を送り出す、ということです。そしてそれは、基本的には無償の行為なのです。苦痛の意味 人生の意味を考えることはそう簡単なことではないかもしれません。なかなか答えが出るわけではない。正解が用意されているわけではない。「人生は無意味だ」と割り切った方が、当世風で楽に思えます。 しかし、それを真面目に考えないことが、共同体はもちろんのこと、結局のところ自分自身の不幸を招いている。 環境問題にしたって、「どうせ大噴火が起きれば環境もクソもない」とか「隕石が降ってくれば恐竜みたいに人間だって滅びるさ」と考えて何もしない、というニヒリズムに走るのは簡単です。しかし、これは非常に乱暴かつ安易な結論です。 病気の苦しみには何か意味があるのか。医師のなかには、そんなものには何の意味も無いとして、取り去ることを至上のこととする人もいるでしょう。しかし、実際にはその苦痛にも何か意味がある、と考えるべきなのです。苦痛を悪だと考えてはいけない。そうでないと、患者は苦痛で苦しいうえに、その状態に意味が無いことになって、二重の苦しみを味わうことになる。「苦痛に意味がある」というのは宗教的な考え方で、場合によってはいわれの無い社会的な差別のようなものまでを必然としてしまうという危険な面もあります。それでもやはり、たとえ苦痛にでもプラスの面もある、という多面的な考え方は必要なのです。 年々、自殺者が増えているということは、直接的には不況などが原因になっているとはいえ、突き詰めれば人生に意味を見出せない人が増えている、ということに他なりません。 傑作だったのは、『からくり民主主義』(高橋秀実著・草思社)のなかで紹介されている、樹海での自殺者の話。地元の人が樹海の捜索をしていると、自殺しそこねた人が現れて「クビを吊ったら枝が折れて落っこちて身体を打った。死ぬかと思った」と言ったといいます。これは笑い話ですが、この自殺者も、首を吊りそこねてお尻を打ったことで別の世界が見えてきたに違いありません。 意味を見出せない閉塞感が、自殺を始めとした様々な問題の原因となっています。かつて脚本家の山田太一さんと対談した際、彼は「日本のサラリーマンの大半が天変地異を期待している」と言っていました。もはや自分の力だけでは閉塞感から脱することが出来ない、という無意識の表れでしょう。実際には意味について考えつづけること自体が大切な作業なのです。フランクルの言葉を借りれば、人生が常に私たちにそれを問うているのです。 共同体について考える、というと、どうしても顔の無い人間の集合体のようなものを想定してしまいがちです。しかし、事は直接私たちそれぞれの幸福なり「人生の意味」なりにかかわっているのです。
忘れられた無意識 身体や共同体と同様、戦後私たちが排除してきた、もしくは考えなくなったのが、「無意識」の問題です。無意識を意識しろ、というのも矛盾した物言いですが、要は無意識が存在していること、そしてそれが重要な存在であることを自覚しなくなった、ということです。 私たちは現在、都市、脳化社会で暮らしています。その例としては、現代のほかに江戸や平安京をあげました。 脳化社会というのは、皆が思い思いに勝手に建物を作ってゴチャゴチャの状態の都市であろうが、最初から行政なり個人なりが全体をプロデュースして整然としている都市であろうが同じことです。「ウチの近所は都心のわりに公園が沢山あって緑が多いから自然の中で暮らしている」とかそういうものではありません。基本的に都市に住んでいるということは、すなわち意識の世界に住んでいる、ということです。そして、意識の世界に完全に浸りきってしまうことによって無意識を忘れてしまう、という問題が生じてきた。無意識の発見 フロイトが無意識を発見する必要があったのは、ヨーロッパが十八世紀以降、急速に都市化していったことと密接に関係している。それまでは、普通に日常に存在していた無意識が、どんどん見えないものになっていった。だからこそ、フロイトが、無意識を「発見」したわけです。 もともと無意識というのは、発見されるものではなくて日常存在しているものです。なぜならば、我々は、毎日寝ています。寝ている間は誰もが無意識に近い状態です。夢を見ているといっても、覚醒している時とはまったく異なる、低下した意識ですから。 この寝ている時間というのを、今の人はおそらく人生から外して考えていると思われます。脳によって作られた都市に生活している、というのもその理由のひとつでしょう。 若い人のライフスタイルを見ていると顕著です。彼らが主な客層であるコンビニは二十四時間営業。草木が眠る時間でも、コンビニだけは煌々と明かりを点し、若い人たちがたむろしている。要するに、彼らにとっては寝ている時間は存在していない時間であることの象徴です。 なぜ寝ている時間が無いのか。寝ている暇を勿体無いと思うのか。それは、無意識を人生のなかから除外してしまっているからです。意識が中心になっている証拠なのです。 だから、若者はとにかく起きていようとする。極端に言えば、ギリギリまで起きていて、ばったり倒れて眠る。そのためどんどん夜更かしになる。朝になると、多少とも仕事があって、仕方がないから行ってこようかという風です。熟睡する学生 そのせいなのでしょうが、大学生を見ていて、ここ二、三年で非常に目立つ現象があります。私が、一時間目の講義に行くと、既に机の上に突っ伏して寝ている学生が結構いるのです。放っておいて一時間半講義してもまだ寝ている。一度も目を覚まさない。 これがなかなか理解できない。私が喋っているのを聞いて退屈だから寝たというのなら、残念ではあるもののよくわかる。 しかし、彼らはもう最初から最後までひたすら寝ている。わざわざ朝の一時間目にやって来て、ひたすら寝ている。 もちろん、学問する気が無いから授業なんて聞く気はない、という面はある。彼らにとって重要なのは、授業がどうこうではなくて、友達と一緒にいるかいないか。それがほとんど興味の中心です。その友達が寝てしまうと、しようがないからということで、ゲームをやって、携帯電話でメールでもやって、そうするともう夜が更けてしまい、コンビニに行って何か買ってきて、深夜番組を見ながら食べて……という繰り返しです。 これを若い人たちが甘やかされて育った云々ということのせいにするのは簡単です。しかし、おそらく根本にあるのは、彼らが意識しているのは、起きている時間に何をするのかということだけだ、という点です。三分の一は無意識 脳化社会である都市から、無意識 =自然が除外されたのと同様に、その都市で暮らす人間の頭からも無意識がどんどん除外されていっている。しかし人間、三分の一は寝ている。だから、己の最低限三分の一は無意識なのです。その人生の三分の一を占めているパートについては、きちんと考慮してやらなきゃいけない。 無意識の状態でだって、身体はちゃんと動いています。心臓も動いているし、遺伝子が細胞を複製してどんどん増えて、いろんなことをやっているわけです。 それもあなたの人生だ、ということなのです。が、おそらく近代人というのは、それを自分の人生だとは夢にも思っていない。それは単に寝て休んでいるだけなのだと思っているわけです。人生から外して考えています。実はこれが、残りの起きている時間をおかしくしてしまう原因なのです。 完全に意識の連続の世界しか考慮に入れていないから、寝る前の自分と、目が覚めた後の自分が連続している同一の人間だ、と何も疑わずに安易に思ってしまう。 むろん、無意識を意識しろ、といっても矛盾しているというか無理な話です。ただし、あくまでも自分には無意識の部分もあるのだから、という姿勢で意識に留保を付けることが大切なのです。左右バラバラ 現代人の無意識についての状態を象徴的に示しているかのように見えるのが、右脳と左脳が分離している患者です。彼らはそれぞれの脳が正反対のことをやろうとします。左脳が靴下を脱ごうとしているのに、右脳は逆に履こうとしていたりする。 外から見ると、この人の右手は靴下を脱ごうとしているのに、左手で抑えている。左脳にある意識は、なぜそうなるのかわからない。本人には、左手がそんな風に意識しないところで妨害していることはわからないのです。 実は、人間誰もが似たような状況にあるのではないか。つまり、迷っている、悩んでいる、という場合、そういう状態だったりする。自分の中にも別の自分 =無意識がいるし、それは往々にして意識とは逆の立場を取っている。 だから人間は悩むのが当たり前で、生きている限り悩むものなのです。それなのに悩みがあること、全てがハッキリしないことを良くないことと思い、無理やり悩みを無くそうとした挙句、絶対に確かなものが欲しくなるから科学なり宗教なりを絶対視しようとする。「あべこべ」のツケ
我々は脳化社会に暮らしていますが、そういう自覚が出来ていない。いつの間にか、身体を忘れ、無意識を忘れ、共同体を意識しないままに崩壊させてしまっている。今の状態が昔から不変で当たり前のように思っている。 オウム問題、外務省を始めとした役所の問題、多くのことの根はここにあるのではないでしょうか。個々の社会問題についての原因探しも必要ですが、結局のところ、それを生み出している土台は何か、ということについての議論がなされていないように思います。 日本や欧米だけではなく、おそらく世界中、そういうふうに逆転が起こっているように思える。都市化して、あべこべの現象が起こっている。これは大学紛争の頃から世界中が都市化したことに起因している。石油エネルギーによる文明が蔓延しました。都市というのはエネルギーがなきゃ食っていけないところで、そのエネルギーが安価な石油という形で供給されたから、世界中に都市化が起こった。 都市化が起こったときの一番大きな影響は、本来、十代の半ばで職業につくはずだった若者たちが、職業につかないで大学に行って遊ぶ暇ができたことです。これが大学紛争の根本の原因です。この時、初めて人類の若い人に余暇ができた。 つまり、それまでは働かなきゃ食えないという状態が前提だったのに、働かなくても食えるという状態が発生してきた。 ホームレスというのは典型的なそういう存在です。ホームレスを生み出すのは必ず都会です。ホームレスは否定的に見られるし、蔑まれたりもします。 しかしよく考えると、実は、それは私たちが子供だった頃には理想の状態だったはずなのです。何せ彼らは「働かなくても食える」身分なわけですから。 なぜ戦後の日本人が必死で働いたかというと、この「働かなくても食える」という状態になりたかったからです。ところが、戦後五十年以上経った今、今度はテレビで「失業問題が深刻だ」とか何とかやっている。誰も飢え死にしないで食っているにもかかわらず、です。 一歩引いて考えてみると、漫画みたいではないでしょうか。要するに、「働かなくても食える」というのが理想の状態だと思って、一生懸命働いてきた。実際、働いた分、経済は成長し、社会はどんどん効率化していった。 ホームレスでも飢え死にしないような豊かな社会が実現した。ところが、いざそうなると今度は失業率が高くなったと言って怒っている。もうまったく訳がわからない。 失業した人が飢え死にしているというなら問題です。でも、ホームレスはピンピンして生きている。下手をすれば糖尿病になっている人もいると聞きました。 人間はコロッと忘れるものです。戦前の人が見たら、何と羨ましい人たちがそこかしこ、公園や橋の下に寝ていることか、という状態なのです。働かなくても食えるというのが暗黙の理想の状況だった頃を私はまだ憶えています。「あの人は働かなくても食える」と素封家を羨ましがっていた時代が嘘のようです。 様々な「あべこべ」によって生まれた現象のおかしさが、ホームレスについての認識に顕著にあらわれている気がします。
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