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騙し方入門 ~騙されない人になる方法 ~

本書は騙す方法と騙されない方法を説明しますが、あくまで一例を示すのみで絶対に騙されないことを保証する本ではありません。しかし、実践すれば騙される頻度を減られます。

自己矛盾をチェックせよオレオレ詐欺人工知能詐欺技術の世界の新技術詐欺誤魔化しを糾弾する誤魔化し誤魔化しの歴史教科書ニンジャの錯誤 木を飛び越えるアキレスと亀と永久機関善意の嘘に騙されない絶対に遂行できないプロジェクトテレビの錯誤、単純化と物語左右対立の錯誤 間違っているのは両方だグラフ目盛りの錯誤数字は物語るの錯誤

可能性はゼロではないの錯誤イチゼロ思考の錯誤 宇宙人はいるかいないか常識・みんながそう思っているに騙されない正義の味方はたいてい詐欺師エコ、伝統、愛国は詐欺の宝庫騙されない方法を指南する詐欺師藁人形論法と論旨のすり替え中立を偽装する詐欺師・中立は中立ではない沈黙は中立ではない・口を黙らせる詐欺師自分で調べろは詐欺師の甘い罠【日本死ね】と【韓国死ね】の違いは何かチコちゃんに叱られることは悪いことなのか?オウム返しという詐欺テクニックオウム返し戦略の具体的事例【全部読んだら違っていた】という騙し方反論できない鉄壁の騙し方・根拠の不明示根拠のない根拠を提示する方法オープンソースとボランティアはタダなのか?という問題 2タイプある【天才プログラマー詐欺】否定形詐欺・誤った結論に導く定番二重否定文で騙す方法・嘘について嘘をつく方法詐欺師の目的・詐欺師の 2タイプの言葉検証のスキルはどう得るか信頼できる味方を作れ詐欺師の撃退方法まとめの三箇条あとがき奥付既刊案内

目次

まえがき

本書は人を騙す方法論の入門書である。

その知識で人を騙せと言っているわけではない。

騙されないためには、騙しのテクニックを知っている必要があるのだ。

では最初に簡単な事例を出そう。

ここには Aさん、 Bさん、 Cさんの 3人の人物が登場する。

Aさんは正しい判断をしただろうか。

考えてみて頂きたい。

Aさんは Bさんから相談を受けた。

不当な主張繰り返す Cさんから守って欲しいという。

Aさんは最初 Bさんを信用しなかった。

Bさんは Cさんの主張について説明した。

確かに Cさんの主張は間違っている。

だが、それでも慎重な Aさんは Bさんが嘘を付いている可能性もあると考えて、 Cさんの主張が書かれたビラを第 3者を通じて手に入れた。

その結果、確かに Cさんの主張はおかしいと確信した。

Aさんは Bさんの味方になって Cさんと戦うことにした。

ここで Aさんは正しい適切な行動と判断を行ったと思う人は詐欺のカモである。

実は Bさんは詐欺師で、 Cさんをぶちのめすために Aさんを味方に引き込んだだけだったのだ。

二人で Cさんを袋だたきにして、物語は終幕となった。

結局、 Bさんは犯罪者として警察に捕まり、 Aさんは共犯としてやはり捕まった。

慎重に行動したはずの Aさんはなぜ犯罪者になってしまったのだろうか。

そのメカニズムを説明することが、本書の目的の一つである。

いくら注意しても騙される

まずはっきりさせよう。

いくら注意しても、騙そうとしている人や詐欺から完全に逃れることはできない。なぜなら、詐欺とは、人の心の間隙を突く行為であり、誰でも人はどこかに心の隙を持っているからだ。

そして、優秀な詐欺師であれば、警戒を解いて油断した瞬間を狙ってくる。なぜならそれが詐欺師の仕事だからだ。

●いくら注意しても、詐欺から完全に逃れることはできない。

詐欺事件で大金をだまし取られた人たちが全員警戒心のないボンクラだと思ったら大間違いだ。

それなりに警戒心もあり、注意も払っていたはずだ。

だが、だまし取られた。

なぜなら、全ての人間が詐欺のカモになり得るからだ。

なかでも最も危険な状態は、「私は騙されない」という確信を持って疑わない状態だ。

「もしかしたら騙されているかもしれない」と思って自己チェックを繰り返す人は、そこで騙されたことに気付く可能性がある。

だが、自己をチェックしない者は、騙されたら最後まで騙され続ける。

●私は騙されないと自信を持った状態が最も危ない 逆にいえば、「絶対に騙されない方法がある」と言葉巧みに寄ってくる者がいるとすれば、それは詐欺師である。

既に騙され掛かっているだけなので注意払うべきだ。

では、騙されない方法はないのだろうか。

絶対に騙されない方法は存在しない。

だが、騙されにくくなる方法ならある。

●騙されにくくなる方法ならある 詐欺のトリックのパターンを知ることで、「あ、こいつ詐欺を仕掛けてきているな」ということが分かりやすくなるのだ。

ただし、詐欺師が新しいパターンを思い付いたら無力である。

だが、既知のありきたりのトリックで騙されるケースも多し、新しいパターンと言っても既存のパターンの亜種に過ぎないことも多いので、多くのパターンを知るだけでかなりの詐欺を回避できる。

それにも関わらずなぜ騙される人が後を絶たないのだろうか。

詐欺に興味が無い人は、ありきたりの既存のパターンすら知らないからである。

義務教育に人の騙し方のレクチャーは入っていないのである。

本書は、この良くある騙しのパターンをいくつか紹介するために書かれた。

詐欺師は善人の顔をしてやって来る

詐欺師は犯罪者である。犯罪者であるから卑劣漢のようなひねくれた顔の男を連想するかも知れない。

だが、これは詐欺師に関しては誤りである。詐欺師とは、善人の顔をしてやってくるものである。

●詐欺師は善人の顔でやって来る

つまり、人柄が良さそうで、いかにも善良そうでみんなに好かれる良い人が優れた詐欺師の外見である。人から敬遠されるような外見の詐欺師は、詐欺師として二流三流である。

(ただし、人から敬遠されるような外見で哀れを誘うという手口はある)

そんなに人に好かれたら逮捕されるどころか議員にでもなるのではないかと思うかも知れないがそれは正しい。

実は本当に優秀な詐欺師は人を騙しつつ人に好かれ、逮捕されることはない。

では超一流の詐欺師は最終的に何になるのか。宗教的な教祖になるのだ。そもそも宗教とは嘘八百を並べてそれを真実と主張する行為に他ならない。

たとえ歴史の長い宗教であろうとも、教典に書かれた神話の神々が神として実在したことを証明できた事例はない。

まして新しい宗教である。

しかし、超一流の詐欺師が最終的に行き着く先は自らが宗教の教祖になることである。

それは本当の宗教とは限らない。

企業のトップになり、熱狂的で忠実な支持者を集める場合もある。その場合の行き着く先は宗教家ではなく経営者ではあるが、雰囲気は似たようなものになる。

●超一流の詐欺師は教祖か宗教的支持を受ける経営者になる 当然のことなら彼は刑務所には入らない。

逆に聖人君子とあがめられて、人の手本になる。そして、子供達は「ああいう人を目指しなさい」と言われるがなれない。なぜかといえば、その人物像は詐欺によって構築された虚像であって実在しないからである。

では、 1980年代 ~ 1990年代に世間を騒がせたオウム真理教の麻原彰晃も超一流の詐欺師だったのだろうか。

たとえば彼の空中浮遊はトリックだったことが知られているから詐欺師の一種であったことは間違いない。

あれだけの支持者を集めたのだからかなり優秀だったとは言えるが、最終的に犯罪者として処罰されてしまったので超一流とまでは言えない。

超一流の詐欺師とは、死んでもなお「惜しい人を亡くした」とみんなが思ってくれる人のことをいうのだ。

●超一流の詐欺師は刑務所に入らない。

死んだらみんなが悲しんでくれる 犯罪者として処罰される詐欺師は、二流三流か、あるいは致命的なドジを踏んだ詐欺師に過ぎない。

では、世間から聖人君子として高く評価されている人物が仕掛けてくる詐欺に対抗する手段などあるのだろうか。

普通に行けばそれはない。

そのような人物の発言に従わない人間は人でなしと罵られるのがオチだ。

●超一流の詐欺師に逆らうと世間から人でなしとののしられる ではどう対処すれば良いのだろうか。

そういう人間とはできるだけ関わらない方が良い。

距離を取って傍観しよう。

●超一流の詐欺師からは距離を取れ だが、もしも立場上距離を取れないときはどうすればよいのだろうか。

超一流の詐欺師は無理強いはしてこないので、角が立ってもはっきりと断ると良い。

●はっきりと断れ。

超一流の詐欺師は無理強いしてこない なぜ断って良いのだろうか。

実は超一流の詐欺師の手口は、【無理強い】よりも、【ソフトな包囲でジワジワ】だからだ。

ソフトにいつの間にか包囲され、真綿で首を締められるようにジワジワとやられる。

犯罪になりがちな無理強いはしてこない。

●ソフトな包囲に警戒せよ ソフトな包囲は致命的なレベルに達する前なら抜け出すのは容易だ。

とっとと抜け出して縁を切ろう。

だが、抜け出して追跡されることはないのだろうか。

おそらくない。

なぜなら、ソフトな包囲の罠に気付かないカモは人数が多いからだ。

警戒心豊富な面倒な相手は放っておいて、罠に掛かったカモを美味しく頂く方がずっと旨味があるのだ。

●世間にカモはいくらでもいるので、騙しにくい相手は標的なりにくい

たとえば、オレオレ詐欺的な電話詐欺も、相手が引っかからないと思うとすぐに次の相手に掛けてしまう。

たいてい、騙されにくい相手を時間を掛けて騙すよりも、騙されやすい相手を騙す方がずっと楽である。

時間を掛けすぎると採算が取れなくなる。

頭の良い人を騙す方法

実は頭が良ければ詐欺耐性は大きいと言うことはない。

むしろ、「オレは頭が良いから騙されないぞ」という自信があればあるほど危ない。

なぜなら心の隙を狙うのが詐欺師だが、隙の有無は頭の良さとはあまり関係ないからだ。

たとえば「おまえは子供が可愛いか」と言われたら頭の良さに関係なく、可愛いと思う人は多いだろう。

そういうところに隙はできる。

●頭の良さと騙されやすさには関係がない しかし、騙すための攻め方が少し変わってくる。

詐欺師は、普通の人を相手にした時は単に「 XXを今買うと値上がりして儲かるよ」と囁く。

その証拠となる資料を見せたりする。

だが、頭の良い人を騙すときにはそういう言い方はしない。

そのような場合は結論を言わない。

言ってしまうと「結論に誘導しようとしているのではないか」と疑われるからだ。

そこで、結論ではなく材料を与えるのである。

その結果、頭の良い人は材料を組み合わせて「 XXを今買うと値上がりして儲かる」という結論を自分で組み立てる。

こうなると「騙されている」という警戒感は存在しない。

何しろ、「 XXを今買うと値上がりして儲かる」という結論は自分で導き出した答なのだ。

自分で自分を騙すわけがない。

もちろん、これは方法論の一つであって、必ず行われるわけでも必ず成功するわけでもない。

しかし、頭の良い人も詐欺師には騙されるわけである。

騙すための方法論はいろいろとある。

付け入る死角はいろいろあるのだ。

●頭が良くても付け入る隙は多い では抵抗は無意味なのだろうか。

そうではない。

手口を知っていれば簡単にはね除けられる。

問題は、「私は優秀だから騙されるわけがない」と思った人は改めて手口を知ろうなどとは思わないことだ。

つまりカモである。

社会は、詐欺師のカモになって何らかの勢力のスポークスマンに成りはてた頭の良い人でいっぱいである。

UFOと宇宙人と超能力

筆者は子供の頃、 UFO大好き、宇宙人大好き、超常現象大好きであった。

身近の UFOを信じるおじさんはいたし、ジョージ・アダムスキーの本は 12冊全部読んだし、 UFOと宇宙という雑誌も知っていたし、清家新一の本も 1冊持っていた。

福島正美の【四次元の世界をさぐる】も持っていた。

ちなみに、少年少女講談社文庫には、ムーミンやトムソーヤーの冒険も含まれている立派なラインナップでそれなりに権威ある存在に見えた。

まさか何もかも嘘とは思わないまた、【四次元の世界をさぐる】の巻末には、ハード SF作家石原藤夫の大真面目なブラックホールに関する科学解説も付いていた。

つまり、四次元はブラックホールに連なる科学的な存在として説明されていたのだ。

であるから、子供の筆者は子供にできうる限りの科学的な視点で UFOを目撃してやろうと待ち構えていた。

だが、 UFOは一度も筆者の前には姿を見せなかった。

UFOを見たという友達は何人もいた。

だが、筆者は見たことがない。

これはおかしいと思うようになった。

大人になる過程で、 UFOは存在しないと結論した。

より正確に言えばこういうことだ。

●地球以外に知的生命体が存在する可能性はゼロではないが、彼らが今宇宙船の乗って地球を訪れている可能性は低く、それを自分が目撃する可能性はほとんど無いに等しい だが、筆者の子供の頃はテレビでよく UFO番組を放送していて、「君は UFOの実在を信じるか」と言っていた。

類似番組としてスプーン曲げ等の「超能力番組」もあった。

そして、「信じる」という大人も多かったのだ。

問題はその先だ。

この当時、多くの人が UFOの実在を信じ、超能力の存在を信じた。

なぜ多くの人に存在しないものを信じ込ませることができたのだろうか。

そこから人を騙す方法論に興味が出てきたわけである。

そして、その結果分かったことはとんでもなかった。

騙しのテクニックは UFOよりも面白く、四次元よりも奇抜だった。

そして、大多数の人たちはあまりにも騙しのテクニックに対して無知でありすぎた。

UFOは実在しないが UFO現象は実在する

学生時代に読んだ本で極めて印象に残っているのは「 UFOは実在しないが、 UFO現象は実在する」という文言だ。

つまり、こういうことだ。

● UFOは実在しない ● UFOを目撃した人たちには UFOが見えていた これで UFOを扱う切り口がシャープになった。

本来 UFOは定義が存在しない。

文字通り未確認飛行物体だけを UFOと呼ぶ立場から宇宙人乗り物、地底人の乗り物、未知の生物など様々な解釈があるからだ。

これを真面目に議論するのは難しい。

だが、 UFOは実在せず、存在しないにも関わらず人が見てしまうもの……と考えれば議論の発散が止まる。

そして、【 UFOを目撃した人たちには UFOが見えていた】というのは、詐欺の世界では定番の状況に過ぎない。

【詐欺師を信じた人たちには詐欺師は信用に足る立派な人間に見えていた】のだ。

こうなると、 UFOという問題は宇宙規模のスケールの大きい問題から単なる詐欺の 1バリエーションに縮退していく。

UFOを論じることは詐欺を論じることであり、詐欺を知ることは UFOを理解することであったのだ。

このあたりから、宇宙から地球に戻り、詐欺と騙しの各論に入っていこう。

人間と同じなのに意識がない人造人間の問題

最近ネットで興味深い文書を見たので、アレンジの上で以下に掲載しよう。

人間と全く同じものを作成できたとして、そこに意識が宿っていなかったら興味深い。

霊魂のような科学で解明できないものが存在することになる あなたはこの文章をどのような論旨として読んだだろうか。

【科学では解明できない霊魂は存在するか否か】と読んだろうか。

それとも、【意識をもたらすものは霊魂か肉体か】と読んだろうか。

筆者は、【典型的な詐欺的トリックの例文】と読んだ。

どこにトリックがあるのだろうか。

実は、この文章は全体で自己矛盾を起こしている。

【人間と全く同じ】というならそこに意識が含まれていないとおかしい。

普通の人間は意識を持っているものである。

もし含まれていないなら【人間と全く同じ】ではない。

つまり、霊魂の存在を強引にひねり出すために、文章を矛盾させているのだ。

実はこの文章は厳密に言えば、【人間と全く同じものを作成】ではなく、【全ての科学的な知識を動員して同じものを作成したら】である。

要するに科学では推し量れない霊魂が存在するという主張である。

ところが、科学的な知識とは日々アップデートされるものであって、新しい発見で科学的な真実は常にアップデートされている。

とすれば、意識が宿らなかった理由は、霊魂が存在するからなのか、それとも科学的知識がまだ不十分なのか区別が付かない。

【科学で説明ができないものがある】という根拠とするにはまだ弱い。

しかも全体が【作成できたとして】なので仮定の文章である。

とても霊魂の実在を示した文章とは言いがたい。

しかし、この文章は何となく人の手が届かないところに霊魂が実在するようなニュアンスを持ってしまっている。

そのようなニュアンスを与えるように文章を構築した結果として、論旨が矛盾しているわけである。

論旨が矛盾している主張はだいたい詐欺と思って良い(後述の意図せざる詐欺を含め)。

なぜなら、実際に実行しても言った通りの結果が出ないからである。

自己矛盾をチェックせよ ある主張が正しいか否かを判定するには、論拠を 1つ 1つ確認していく必要がある。

たとえば、【東海道新幹線は 1964年の東京オリンピックに合わせて計画された】という文章の正しさは、当時の国鉄の状況と東京オリンピックに関する詳細な知識がないと検証は難しい。

だが、かなりの割合の詐欺的言説は、そのような面倒な検証を経ずとも真偽の判定をある程度行うことができる。

実は論旨が前半と後半で違っている等の理由で自己矛盾を起こしている場合が多いのだ。

たとえば、以下のような文章をどう思うだろうか。

新入生歓迎のハイキングを計画してみんなで高尾山に登った。

自分の足だけで上がると爽快だ。

(中略)次はリフトに乗ろうとみんなで話し合って別れた。

ちなみに、高尾山にはリフトとケーブルカーがあるから、【次はリフト】ということは【今回はケーブルカーだった】というニュアンスを示している。

だが、前半の文章は【自分の足だけで上がると】と書かれていて、乗り物は使わなかったように読める。

もちろん【次はリフト】は【今回は徒歩】を示す可能性もある。

だが、この文章が既存の文集から適当に文言を寄せ集めて作ったキメラ的な合成文書ではないと断言することはできない。

つまり、黒とは言わないまでも疑わしい。

実は、こういう【黒とは言わないまでも疑わしい】あるいは【完全に矛盾して真っ黒】という文章は多い。

たとえば、以下は完全に真っ黒の例である。

クーラーが故障していて動かなかった。

暑かった。

(中略)オレはクーラーを切って外出することにした。

故障していたはずのクーラーのスイッチをなぜ切る必要があるのか。

●論旨の自己矛盾をチェックせよ。

大抵の詐欺はそれで分かる こんなもの、分かるに決まっていると思う人もいるが、実は【中略】の部分が長いと意外と気付かない人が多い。

逆にいえば、中間を長く取ると矛盾に気付かせないで騙せるとも言える。

長すぎる文章、語りは詐欺の常套手段である。

ネットにも中味のない文章を長くダラダラ書いただけのブログ記事がけっこう存在するが、その一部は詐欺と思って良いだろう。

●不必要に長い文章、語りには詐欺が潜んでいる可能性がある

オレオレ詐欺 いわゆるオレオレ詐欺は、「オレだよオレ」と家族を装って金を引き出す詐欺である。

この詐欺は、また別の方法論で構築されている。

その方法論とは、以下の通りだ。

●予期しない衝撃を与えて判断力を奪う ●冷静に考える時間を与えない 人間はショックを受ければ判断力が鈍る。

そうなると、あまりにも幼稚な偽装が見破られないことがある。

だが、これも本当は突っ込みどころが多い。

たとえば息子が「会社の損失を与えてしまった。

いますぐ現金が必要だ」と言ってきたとしても、それは全て息子の自己主張に過ぎない。

息子を救う望ましい方法が現金の引き渡しかどうかは分からない。

人生経験の浅い息子がそう思い込んでいるだけかも知れない。

もっと状況を良く聞けば、より望ましいアドバイスが可能かも知れない。

逆に「今すぐ現金が必要なんだ」という状況はそもそも怪しい。

企業間の取引なら請求書を発行して銀行口座に振り込むことが多いはずだ。

むしろ、振り込まないで現金が必要とされるような状況は犯罪の臭いさえする。

さすがに無理が多いのか、もう最近は典型的なオレオレ詐欺の話はあまり聞かない。

その代わり、もっと巧妙になった詐欺が行われているようだ。

この場合は警官や銀行員も登場して一つの物語を構築する物語型詐欺(後述)に近くなっていく。

人工知能詐欺 直接金を奪う詐欺というわけではないが、人工知能に関して嘘や騙しのテクニックが横行しているので、それについて触れておこう。

2010年代の人工知能ブームは、主に、ディープラーニングという学習能力の向上によりもたらされた。

逆にいえば本当の意味でのブレークスルーはそれしかない。

著しく向上した学習能力により、たとえばどれが猫の写真かを判定できるようになった。

猫の写真を多数学習させれば、どれが猫の写真か判定可能になるのである。

しかしながら、それは学習の結果でしかない。

学習させたのは人間である。

今の人工知能はまだ自分の考えというものを持っていないし、近いうちに持つ見込みもない。

さて、何年か前に人工知能 botがヒトラーを賛美する発言を行うようになって停止させられたという報道があった。

これを【ヒトラーは正しかったと人工知能が認めた】と解釈する者達がいた。

だが、現在の人工知能に自主的な考察能力など存在しない。

実際は【ヒトラーは正しかった】という文言を執拗に教え込んだ利用者達がいた、ということでしかない。

人工知能 botは教えられた文章をただ繰り返したに過ぎない。

自主的に真偽などは考えていないのだ。

実は、このようなタイプの錯誤を利用した詐欺が意外と多い。

つまり、【人工知能がこんな結果を出しました】と言って結果の正当性を担保する振る舞いだ。

だが人工知能が出す結果など、学習者次第でいくらでも変化する。

犬も猫もすべて猫だと教え込まれた人工知能は犬の写真を与えられても猫と判定する。

つまり不適切な学習を行った人工知能の判断など全くあてにならない。

それにも関わらず、【人工知能が出した結果です】と言えば、何やら人間よりも優れ論理的な存在が人間には思いも付かないような凄い方法で下した結論であるかのように思い込んで、平伏してしまう人が多い。

これは無知につけ込む詐欺と言えよう。

人工知能を何か凄いものと受け止めるのは、飛行機と神とあがめる原住民と大差ないが、それゆえに詐欺師につけ込まれやすい隙である。

社会からまだよく理解されていない新技術を活用した新技術詐欺と言える。

技術の世界の新技術詐欺 では、技術者の世界に新技術詐欺はないのかといえば、そうでもない。

以下のようなパターンは昔からよくあるからだ。

我が社の製品は、現在業界標準の XXに対して速度 2倍、生産性 10倍を実現します。

是非お乗り換えを 実際に使ってみると、ベンチマークテストで使う目玉機能以外はさほど速くないし、生産性も上がらない。

しかも肝心な機能に欠落が多く実用性もない。

だが、【速度 2倍、生産性 10倍】に舞い上がってしまった上司は使え使えとそれを現場に押しつけてくるのである。

そんな使い物にならないゴミを売りつけていったい何の意味があるのかって? お金の取引は発生するからだ。

使えないソフトでも売れれば金になる。

正体がバレる頃には会社を潰して売上げを持って逃げれば良い。

いや、逃げる必要すらない。

「旧弊な頭の硬い技術者達は我々の製品を使いこなせなかったクセに、腹いせに悪評ばかり垂れ流す」とマスコミ相手に愚痴れば良いのだ。

マスコミは広告主には甘いから、そういう言葉も広めてくれる。

つまり、繰り返しこの詐欺は実行できる。

誤魔化しを糾弾する誤魔化し 最近ネットで興味深い文書を見たので、アレンジの上で以下に掲載しよう。

月 100万で 1年でクビになる仕事と、月 30万で 30年続く仕事のどちらが良いか。

コンサルタントは前者を選んで 1200万で起業しろというが、 30年間続く安定雇用なら凄い金額が借りられるので後者の方が良い これを読んでどう思うだろうか。

月 100万で 1年間が良いと思うだろうか。

月 30万で 30年間が良いと思うだろうか。

実はこの文章はそもそもおかしい。

なぜかと言えば、何年勤続できるかなど事前に分かるはずもないからだ。

30年も先のことが分かるはずもない。

逆に、月 100万で 1年間しか働けないという根拠も良く分からない。

良い結果を出したので、契約延長ということもあるのではないか。

ではこの文章の真の構造は何か。

コンサルタントの否定である。

コンサルタントが言いそうな文章を提示して、それを否定してみせることがこの文章のの目的である。

1年間働いて金を貯めて起業しろというコンサルタントが言いそうな言葉を否定するために文章全体が組み立てられているので、かなり無理のある 30年勤続という設定が飛び出してしまっている。

つまり、この文章はコンサルタントの誤魔化しを糾弾するために誤魔化しのかたまりを含むような文章になってしまっているのである。

詐欺的文章としては無理があり、それほど出来は良くないが、印象的ではある。

何しろ、月 100万で 1年間か、月 30万で 30年間か、選ぶ自由があるかのように読める。

しかし、実際には大多数の人に月 100万の仕事にありつくチャンスは無いだろうし、確実に 30年勤続できることを保証された仕事もない。

誤魔化しの歴史教科書 1990年代ぐらいに、とある社会問題化した歴史教科書が一般販売されたので読んでみたことがある。

非常に興味深い内容であった。

要約すると以下のようなことになっていた。

●前文・価値観の多様性を主張するなら俺達の教科書を排斥するのはおかしい。

俺達も認めろ ●本文・価値観の多様性は一切認めない。

各論併記は絶対にやらない つまり、これも自己矛盾である。

この教科書が認められるべき根拠を価値観の多様性に求めているのに、本文はそれを否定している。

自己矛盾である以上、これも詐欺の一種と見なして良いだろう。

では、これは政治的な状況下でのみ存在する詐欺のパターンかと言えば意外とそうでもない。

実はオタクの世界にも見られるのだ。

よくある主張は要約するとこういうことだ。

●この世界にはどんな表現があっても良いのだ。

巨大ロボットを否定するな ●俺達は巨大ロボットしか欲しくない 要するに巨大ロボットのアニメやゲームを正当化するために、「表現の多様性と自由」を主張しつつ、彼ら自身は巨大ロボット以外を認める気は全く無い。

ちなみに、彼らがロボットと並んでもう 1つ承認するのは美少女であるので、巨大ロボットが出ない作品は美少女だらけというケースが多い。

表現の多様性とは無縁の世界だから、彼らの主張は非対称である。

つまり、【俺達を承認せよ】【俺達はおまえを承認しない】という非対称パターンである。

意外とこのパターンで騙しに掛かってくる詐欺は多い。

「多様性を承認するならこれも認めろよ」と心の広さを強制的に認めさせられるが、彼ら自身の心は広くないのである。

ニンジャの錯誤 木を飛び越える 忍者には以下のようなトレーニング方法が存在するという。

苗木を植える毎日その上を飛び越える。

最初は簡単。

苗木が巨木になる頃には、巨木を飛び越えられるジャンプ力になっている 実はこれは詐欺の論理そのものである。

なぜ詐欺なのだろうか。

人間のジャンプ力には限りがあるからだ。

慣れや練習で拡大できるとはいえ、それにも上限がある。

ジャンプしているうちに徐々につらくなって、最終的に飛び越えることは不可能になるだろう。

巨木は越えられない。

しかし、これに類する詐欺は意外と多い。

定期的に小さなことをコツコツと積み重ねていけば何か大きな成果が得られると主張する人はけっこういる。

たとえば、毎日 500円玉を貯金していればいつかは大金が貯まる……的な話はけっこうある。

だが、それはなかなか上手くはできない。

結局、財布の中にあるか貯金箱の中にあるかだけの差で、資産の総量は変化していないのである。

しかし、借金と複利が絡むとこの問題は破滅的に化ける。

借金という巨木は返済能力というジャンプ力を一瞬で超えて行き破産は不可避である。

アキレスと亀と永久機関 足の速いアキレスは、足の遅い亀に永遠に追いつけないというパラドクスがある。

亀がいた場所にアキレスが到着した頃には亀はもう前進しているからそこにはいない。

何度繰り返しても同じである。

つまりアキレスは亀を追い越せない。

これも詐欺のトリックとして使われる。

実際にやってみれば分かるが、アキレスは簡単に亀を追い越す。

この場合のポイントは【アキレスは常に亀の過去の位置を目指して移動している】ということである。

これでは永遠に追い越せなくて当たり前だ。

しかし、実際のアキレスは亀を追い越そうとして前に向かって走っているから簡単に追い越してしまう。

一見正しそうな込み入った理屈を組み立てて簡単な嘘を分かりにくくするのは詐欺の常套テクニックである。

太陽光発電も同じだ。

普通に考えると曇ったら発電量が減り、夜になると発電できなくなる太陽光発電はあてにならない。

しかも設置には大面積が必要だから、自然破壊の規模も大きい。

誰でも簡単に分かる。

ところが、エコ、二酸化炭素削減、脱原発などの言葉と混ぜて使うことで太陽光発電のデメリットが見えにくくなっている。

昔からある定番は永久機関だ。

永久機関(正確には第一種永久機関)は作ることはできない。

だが、詐欺の定番である。

また、エネルギーの供給抜きに無限にエネルギーを取り出せる第一種永久機関を作ったという主張は簡単に詐欺だと見抜かれるので、【宇宙エネルギーを取り込んで動作する】的な説明が付加されることもある。

しかし、やはりインチキである。

そもそも宇宙エネルギーが何なのか分からない。

宇宙にはいろいろなエネルギーが存在するが、それぞれには名前が付いて区別されている。

曖昧な宇宙エネルギーというようなエネルギーはない。

これも、ストレートに【永久機関】というとすぐ見抜かれるので、【宇宙エネルギー】でワンクッションを入れて分かりにくくしている詐欺のテクニックだ。

アキレスと亀と永久機関 足の速いアキレスは、足の遅い亀に永遠に追いつけないというパラドクスがある。

亀がいた場所にアキレスが到着した頃には亀はもう前進しているからそこにはいない。

何度繰り返しても同じである。

つまりアキレスは亀を追い越せない。

これも詐欺のトリックとして使われる。

実際にやってみれば分かるが、アキレスは簡単に亀を追い越す。

この場合のポイントは【アキレスは常に亀の過去の位置を目指して移動している】ということである。

これでは永遠に追い越せなくて当たり前だ。

しかし、実際のアキレスは亀を追い越そうとして前に向かって走っているから簡単に追い越してしまう。

一見正しそうな込み入った理屈を組み立てて簡単な嘘を分かりにくくするのは詐欺の常套テクニックである。

太陽光発電も同じだ。

普通に考えると曇ったら発電量が減り、夜になると発電できなくなる太陽光発電はあてにならない。

しかも設置には大面積が必要だから、自然破壊の規模も大きい。

誰でも簡単に分かる。

ところが、エコ、二酸化炭素削減、脱原発などの言葉と混ぜて使うことで太陽光発電のデメリットが見えにくくなっている。

昔からある定番は永久機関だ。

永久機関(正確には第一種永久機関)は作ることはできない。

だが、詐欺の定番である。

また、エネルギーの供給抜きに無限にエネルギーを取り出せる第一種永久機関を作ったという主張は簡単に詐欺だと見抜かれるので、【宇宙エネルギーを取り込んで動作する】的な説明が付加されることもある。

しかし、やはりインチキである。

そもそも宇宙エネルギーが何なのか分からない。

宇宙にはいろいろなエネルギーが存在するが、それぞれには名前が付いて区別されている。

曖昧な宇宙エネルギーというようなエネルギーはない。

これも、ストレートに【永久機関】というとすぐ見抜かれるので、【宇宙エネルギー】でワンクッションを入れて分かりにくくしている詐欺のテクニックだ。

善意の嘘に騙されない 実は、悪意ある詐欺師が存在しないのに悲劇が起こることがある。

100%善意の人が善意あるアドバイスを行い、それを忠実に実行した結果として破滅的な結果に陥る場合があるのだ。

たとえば、返品不可絶対お買い得の家を【ここは凄く良いから今すぐ買え】とアドバイスして実は酷い家だったということがあったとしよう。

この場合、アドバイスに悪意はないかも知れない。

こういう誤ったアドバイスを好意で与えてしまう者は【善意の詐欺師】とでもいう存在になる。

【善意の詐欺師】は、一般の詐欺師以上にやっかいだ。

なぜかといえば、一般の詐欺師は目的に沿って計画的に行動するが、【善意の詐欺師】は何をしでかすか予測もできない。

悪意がないから糾弾もしにくい。

このような問題に巻き込まれないためには、相手がどれほどの善人であろうともその発言の自分に関係する部分にはきちんと検証を行うことが重要だ。

検証についてはまた後で述べる。

絶対に遂行できないプロジェクト 【善意の詐欺師】には亜種がある。

それは、【謝ったら死ぬ病】だ。

たとえば、上司が作った工程表に矛盾があって実行できなかったとしよう。

東京で荷物を運んだ直後、大阪で釘を打つような作業は移動時間がなく実行できない。

その点で直してもらおうと話をしに行くと、しばしば【サボタージュ】【上司への不服従】【さぼり】と認識する人がいる。

そうなると、問題点の指摘は受け付けられない。

【工程表の通りにやれ】の一点張りである。

そして、工程表の通りには実行できない。

結果は実行できなかったその人の責任にされてしまう。

ここで、詐欺師は存在しないにも関わらず詐欺事件のような構造が発生してしまう。

虚偽を提示する者と、虚偽を実行してババを引く者が出現してしまうのだ。

では、なぜ虚偽は虚偽と明らかにならないのだろうか。

その理由は簡単で、詐欺で騙される人間がいることと同じ理屈である。

人は信じたいことを信じるのであって、目の前の現実は見ないのである。

テレビの錯誤、単純化と物語 テレビの報道はだいたい真実を流していない。

そうではなく取材で得た素材を元に構築された物語を流している。

だから、話が綺麗すぎる。

きちんと始まって見せ場があって終わりがある。

誰でも安心して見られる。

しかし、事実からは乖離している。

テレビはエンターテイメントなのである。

この【事実をもとにした物語化】は詐欺師が使う定番のテクニックでもある。

事実とは、実は分かりやすくないし、聞いて面白いものでもない。

しかし、それを物語化することで、聞いて面白い物語になる。

そして物語に再編する途中で詐欺師に都合が良い嘘を紛れ込ませるのも容易である。

聞く側からすれば、淡々と続く事実の羅列を聞いていても面白くない。

再編された物語を聞いている方が面白い。

誠実な事実を告げる人よりも詐欺師が好まれる理由である。

左右対立の錯誤 間違っているのは両方だ 右翼のライトさんは言った。

「国を愛するなら絶対に国を守れるだけの戦力を整備しないと」 左翼のレフトさんは言った。

「軍隊は人殺しの集団だ。

私たちは殺されてしまう。

軍隊廃止」 はたして、どちらが正しいのだろうか。

あなたはどう思うだろうか。

結論から言えば、どちらも間違いである。

絶対に国を守れるだけの戦力を整備したら国家財政が破綻して国は滅びる。

かといって、軍隊をなくしても、簡単に侵略されて国が滅びる。

ところが、意外と「相手が間違っている以上正しいのはこっちだ」という理屈がまかり通っている。

話を一般化しよう。

彼らの世界観には以下の 2つが存在して競い合っている。

●我々は正しく敵は間違っている ●敵は正しく我々は間違っている だから敵の間違いを証明した時点で正しいのは我々だと決まる。

だが実際は 2つではなく 4つの可能性がある。

●どちらも間違っている ●我々は正しく敵は間違っている ●敵は正しく我々は間違っている ●どちらも正しい 【どちらも正しい】といのはあり得そうもない話なので除外するなら 3通りである。

そして、この場合は【どちらも間違っている】が正解だ。

ところが、対立する二者がいると、どちらかが正しく、どちらかが間違っていると考える者が多い。

そこに詐欺師の付け入る隙がある。

どんなに間違ったことを主張していても、敵の誤りを指摘していれば自分は正しいかのように振る舞えるのである。

●対立する二者を見たら両方とも間違っている可能性を考慮せよ

グラフ目盛りの錯誤 以下のグラフは架空のグラフを作成した。

赤の需要が 2000年から 2010年に減少していき、緑の需要が代わりに大きくなっていることを示している。

これを見ると、単純に赤の需要が消えて代わりに緑の需要がその穴を埋めたように見える。

ところが、赤は 100から 0になったのに、緑は 0から 10になったに過ぎない。

とても赤の需要減を緑が満たしたような話ではない。

だが、このグラフだけ見ると緑の需要が多いように見える。

実は、この手の尺度の違ったグラフを重ねるという誤魔化しが昔から多い。

ただし詐欺的なインチキグラフと、理系の必然性があって変形させられたグラフは同じではないことに注意が必要だ。

変化を強調するために特徴を強調したグラフや対数グラフなどの加工されたグラフはそれなりに必然性があって存在する。

とはいえ、それらの特殊なグラフを持ち出して誤った印象を与えるために使用される場合があるので、そこも注意が必要だ。

たとえば、対数グラフは対数を分かっていない人が見ると結果を誤認する可能性が高い。

そして詐欺師は誤認を誘発させることを通して自らが利益を得る存在である。

これを見ると、単純に赤の需要が消えて代わりに緑の需要がその穴を埋めたように見える。

ところが、赤は 100から 0になったのに、緑は 0から 10になったに過ぎない。

とても赤の需要減を緑が満たしたような話ではない。

だが、このグラフだけ見ると緑の需要が多いように見える。

実は、この手の尺度の違ったグラフを重ねるという誤魔化しが昔から多い。

ただし詐欺的なインチキグラフと、理系の必然性があって変形させられたグラフは同じではないことに注意が必要だ。

変化を強調するために特徴を強調したグラフや対数グラフなどの加工されたグラフはそれなりに必然性があって存在する。

とはいえ、それらの特殊なグラフを持ち出して誤った印象を与えるために使用される場合があるので、そこも注意が必要だ。

たとえば、対数グラフは対数を分かっていない人が見ると結果を誤認する可能性が高い。

そして詐欺師は誤認を誘発させることを通して自らが利益を得る存在である。

数字は物語るの錯誤 「 XX首相の経済政策は正しい! 数字がそれを物語っている!」という勇ましい主張が 5年ぐらい前によくネットで見られた。

しかし、これは初歩的な間違いである。

というのは、数字は嘘を付くからである。

「数字が物語っている」と強調する者は詐欺師である可能性がある。

では具体的に数字はどう嘘を付くのだろうか。

たとえば、以下の宣伝文句は信用して良いのだろうか。

「我が社のコンパイラは 1000行のソースコードをライバル社よりも 10倍速く処理します!」 もしかしたら、こういう事実が隠されているかも知れない。

「我が社のコンパイラは 100000行のソースコードをライバル社よりもむしろ 2割遅く処理します!」 実用ソフトが 1000行ということはないので、もしかしたら実際は速くないコンパイラということかもしれない。

だが、宣伝文句は 10倍速いである。

数字は嘘を付いているわけである。

宣伝に使われる数字は、どういう条件で何を意味した数字かよく確認しないと危ない。

そして、しばしば数字の根拠は曖昧である。

明確化すると数字の嘘がばれやすいからである。

根拠は隅に小さく書いてあるだけ、ということもある。

要するに突っ込まれると嘘がばれるので、できるだけ目立たないようにしたいわけである。

数字の嘘は詐欺師も使うが政府もよく使う。

最も有名なのは太平洋戦争中の大本営発表だろう。

沈めてもいない敵艦を全て集計して空母 X隻撃沈と宣伝していた。

今でも、「我が政府の政策はこんなに成果を上げている」として出てくる数字は要注意である。

実は他の要素を足したり削ったりして、景気の良い数字が出るように加工している場合がある。

可能性はゼロではないの錯誤 「可能性はゼロではない」という文言が詐欺に利用される場合があることに気付いた。

「可能性はゼロではない」の正しい意味は、計算上可能性はゼロではないが、極めて小さく、現実的に実現する可能性はないことを意味する。

つまり、やるだけ無駄である。

たとえば、宝くじを 1枚だけ買ってそれ 1等になる確率のようなものである。

夢を買うのならともかく、成果を期待して買うようなものではない。

ところが、「可能性はゼロではない」を、【幸運の女神が微笑めば君にもワンチャンある】あるいは【本気を出せば達成できる】と解釈する人たちがいる。

この落差は詐欺師が付け入る隙である。

「可能性はゼロではないぞ」と励ましつつ、財産を全部注ぎ込ませれば彼は破滅。

詐欺師は大儲けである。

このようなトリックは【量の概念の欠如】という精神的な病理につけ込むことで達成される。

【量の概念の欠如】とは、この場合当たりを引くまでに想定される回数や期待値を計算しない、あるいはできないことである。

イチゼロ思考の錯誤 宇宙人はいるかいないか 【量の概念の欠如】はイチゼロ思考を呼び寄せる。

イチゼロ思考とは、【ある】【ない】あるいは【 OK】【 NG】に分類する思考である。

そこには中間値も確率の概念も無い。

ゼロとイチだけなんて、コンピュータみたい……と思うかも知れないが大抵のコンピュータはビットを束ねて使うからゼロとイチだけということはない。

古い 8 bit CPUであっても 8 bitあれば 0 ~ 255を区別できる。

つまり、イチゼロ思考しかできない人間はコンピュータ以下である。

だが意外とイチゼロ思考しかできない人間は多い。

そういう人間は確率でものを考えない。

「あんた、運が強いから絶対に当たりを引くよ」と言いながらおだててクジを引かせれば引いてしまうだろう。

だがクジである以上、いつも当たりが出るとは限らない。

当たり前である。

誰もがそれを知っている。

不当なことをさせられたという非難も通りにくい。

詐欺師からすれば良質なカモである。

常識・みんながそう思っているに騙されない 「そんなの常識だよ」「みんなそう思っている」という騙し方がある。

これは、みんなそう思っていないのに思っていると嘘を付くという話ではない。

実は周囲の人に聞くとみんなそう思っているのである。

だがこれは罠である。

実は、「みんなそう思っている」というのは、「厳密に確認したわけではないがテレビでそう言ってるし、そういうものなのだろう。

自分には直接関係ないからそれ以上興味を持たない」というレベルの「そう思っている」ケースが多い。

とすれば、たとえみんながそう思っていても事実かどうかは分からない。

たとえば、テレビで「今度上場する XX社の株が大人気」と大々的に報道されたとしよう。

多くの人は「そうか人気なのか」と思ってそれ以上は調べないだろう。

大多数の人は株を買わないからだ。

その後で詐欺師が「実は大人気の XX社の株を特別にお売りできます。

買いませんか?」と囁くことが可能だ。

誰に聞いてもその株は人気だと言うから、きっと買えば儲かると思って手を出してしまうかも知れない。

だが、買って儲かるかどうかは実は分からないのだ。

実は一部の熱狂的な支持者が買っているだけで、ほとんどの株は売れ残っているのかも知れない。

そうなれば、大儲けはできない。

しかし、一部の熱狂的な支持者が熱心に買っている光景を報道すれば、あたかも人気があるかのように見える。

そして、その瞬間、その場に限っては確かに XX社の株は大人気だったのだ。

ちなみに、歴史の研究をしていると世間で正しいと思われている主張に反する過去の資料を掘り出してしまうことがしばしばある。

要するに「みんながそう言っている」「偉い先生が言っている」「教科書に書いてある」を信用してはいけない。

詐欺師は、みんなが信じていることと現実の落差に付け入って、犠牲者を騙しに行くのだ。

現実問題として、太平洋戦争は世論が賛成していたが、結果はボロ負けで無条件降伏した。

みんな勝つと思っていたし、勝てないとしてもこんなに負けることはないだろうと思っていたのである。

でも結果はそれが事実ではなかったことを証明してしまった。

「みんながそう思っている」は実はとてもデンジャラスな罠なのである。

正義の味方はたいてい詐欺師(この章は 1. 01版で追加された) 本当の意味での正義の味方はフィクションの中にしかいないと思った方が良い。

あなたがいくら仮面ライダーを見て喜んでも構わないが、現実世界に仮面ライダーは存在しないのである。

仮面ライダーが戦うべき【誰が見ても明瞭は悪】を抱えた敵も存在しない。

現実世界においては、社会悪を糾弾する正義の味方のように振る舞う人物がいたら、それは詐欺師かも知れないと思う方が良い。

なぜなら現実の世界は善と悪に簡単には分けられないからだ。

どんな悪人であろうと小さな善行を行っているかも知れない。

むしろ、絶対悪が存在するかのように言う行為そのものが悪である。

実際にネットなどで叩かれるのは、絶対悪ではなく、【叩いて良い】という風潮が出来上がった相手である。

つまり、私刑(リンチ)である。

私刑は正義にはほど遠い。

つまり、正義を口にして私刑を行う者は詐欺師そのものである。

●私刑は正義にはほど遠い

エコ、伝統、愛国は詐欺の宝庫(この章は 1. 07版で追加された) エコ、伝統、愛国は詐欺の宝庫である。

かなり高い確率で詐欺に遭遇する。

なぜだろうか。

それぞれ全く違う話に思えるが、なぜここでは一括して書かれているのだろうか。

その理由は簡単である。

これらは【一般人は十分な知識を持っていないが、かといって無視もできない】という特徴が共通しているからだ。

逆にいえば、詐欺師はこの条件を持った言葉を探して活用する。

一般人が知識を持っていたらダメだ。

すぐに嘘がばれる。

また無視できる話題なら無視されて終わりだ。

その点でエコ、伝統、愛国、等々は便利だ。

たとえば、【数百年の伝統を持つこの祭りが我々の世代で途絶えて良いのか】と言われると普通の人間は反論できない。

相手の要求をできるだけ尊重するしかない。

しかし、これもじっくり調べると違うことも多い。

たとえば、以下のようなケースがあるからだ。

●昔は名前が同じだけで内容は別物だった (こういう内容になったのは数十年前に過ぎない) ●百年ぐらい途絶えていた期間がある (別に途切れなく続ける必要はない) あるいは愛国ならこういうこともある。

【愛国者なら休日に旭日旗を掲げるべきである】という主張があるが、歴史的にそんな習慣は存在しないのである。

愛国がうるさかった太平洋戦争中ですらそういう話はない。

一般的な慣習としてあるのは旭日旗ではなく日の丸を掲げるという話だけである。

しかも、それですらそれほど古い歴史があるわけではない。

エコも似ている。

【資源を節約するため。

道具はあり合わせの材料で手作りしよう】と言われたとしよう。

しかし、手作りするとむしろ資源の浪費になってしまうことも多い。

無駄なく工場の流れ作業で作った方が環境への負荷が低いことなど珍しくもない。

それにも関わらず、なぜこういう手法がよく使われるのだろうか。

それはマスを支配する効率の良い方法だからだ。

一般的に詐欺で相手を支配するのは楽ではない。

相手を良く知らないと弱点が分からないからだ。

しかし、マスを相手にするといちいち一人一人の弱点は研究できない。

そこで、一般論として反論しにくく、十分な知識を持った人も少ない分野を選ぶ。

エコ、伝統、愛国はその条件を満たす典型的な事例という話に過ぎない。

しかし、使い勝手は非常に良い。

だから良く使われる。

たとえば愛社精神といった言葉も同じ仲間に入る。

【会社を大切にしないとみんなが困ることになる。

会社を大切にしよう】と言ったらまず大抵の人は反論できない。

しかし、実際には社員が会社を大切にすることだけを要求し、会社は社員を大切にしないことも多い。

本当に社員を大切にする会社なら、愛社精神を訓示する前に給料を増やすはずである。

だから、まず愛社精神を訓示してくるような状況では、【何か隠したいことがあるのではないか】と疑うことも価値がある。

愛国も同じようなものだ。

自分が属する国を悪く言われて喜ぶ人はあまり多くないが、だからとって愛国、愛国と強調する人はあまりいない。

そんなことは当たり前の前提だからだ。

それにも関わらず愛国を強調するのは何か隠したいことがあるのではないかと疑う意味がある。

それは真の愛国者としては振る舞いが不自然なのだ。

この件についての良い処方箋は主張の一貫性を確認することである。

詐欺ならたいていボロが出る。

以下のような状況は実はよくあるのだ。

●エコだと主張していたがむしろ環境負荷は大きかった ●伝統だと主張していたが歴史は明治までしか遡れなかった ●愛国だと主張していたが実は自国の一部を悪者扱いしていた (自国の一部だけ持ち上げて別の箇所は貶めていた) こういう状況がよくあるのに信じ込んでしまう人が多いのは、単純に知識がないからである。

学校で何年も勉強したのになぜ知識が足りないのかって? 詐欺師はちゃんと一般人が知識の足りない分野を狙ってくるからだ。

知識がしっかり普及した分野は騙すためのコストが高く付くため、最初から狙ってこないのだ。

●多くの人が十分な知識を持っておらず無視もできないテーマはマスを相手にした詐欺の格好の材料になる

騙されない方法を指南する詐欺師(この章は 1. 07版で追加された) 詐欺テクニックの 1つの典型的なパターンとして、【詐欺に遭わない方法を伝授する】というものがある。

要するに「危ない。

それは詐欺ですよ。

引っかからないように注意しましょう」と声を掛けるのだ。

なぜそれが詐欺のテクニックになるのか。

それは詐欺師本人が詐欺師であることを悟らせないためだ。

詐欺を指摘する人間が詐欺師であるわけはないという心理を突くわけである。

たとえば、次々と UFO写真がトリックであることを暴いた上で、「最後のこの 1枚だけはどうしてもトリックを暴くことができなかった。

これはいったい何だろうか。

もしかしたら本物の UFOは存在するのだろうか」と言ってしまえば、割と多くの人に「 UFOはあるかもしれない」と思わせることができる。

最近では、テレビも同じようなテクニックを使っている。

テレビが「詐欺に警戒する」「デマに騙されない」といった番組を放送することで、テレビそのものが怪しげな情報を流しているという事実から目を背けさせようとしているのである。

だから、「その人はフェイクと戦っている」からといって清廉潔白かどうかは分からない。

むしろ、自らの正体を悟らせないために、戦っているふりをしているだけかも知れない。

その場合は【本当に達成したい詐欺】と【ダミーとしてわざと失敗させる詐欺】が 2つ用意されていることになる。

●騙されない方法を指南する人は詐欺師ではないとは言いきれない

藁人形論法と論旨のすり替え(この章は 1. 07版で追加された) 2020年のコロナ禍において、割と大量の藁人形論法、論旨のすり替えがよく見られた。

たとえば、以下がその典型的な一例である。

●布のマスクだって役に立つ ●プロンプターは使って良い これの反論は何に対して出されているのだろうか。

実は、その前段階にあったのは以下の論旨である。

●新型コロナ対策として布のマスクしか配れないとはどういうことか。

しかも性能で劣る ●自分言葉で喋れずプロンプターを読んでいるだけ この 2つを対比すると分かるが実は論旨が全く噛み合っていない。

第 1の論旨は、他にも有効な対策があるにも関わらず、布のマスクの配布という非力な方法しか選択できないのはなぜか、という批判である。

ところが、それに対する反論は布のマスクも役に立つというものだ。

そもそも、布のマスクが役に立つかどうかは問題にされていない。

本来の批判の論旨は以下の 2点にあった。

●他にももっと有効な選択肢があるにも関わらずなぜ布のマスクを配るという選択を選んだのか ●布のマスクは性能的に十分ではない つまり、【布のマスクに効果は無い】という論旨は含まれていない。

しかし反論は【布のマスクにも効果はある】になっている。

第 2の論旨は、原稿を読んでいるだけで自分の言葉で喋っていないという指摘である。

それに対する反論は、演説の際に原稿を表示するプロンプターが使用されることは一般定期であり、プロンプターは使って良いという主張である。

ここでも論旨がすれ違っている。

そもそもの指摘は以下の趣旨であった。

●原稿を読んでいるだけに過ぎず内容を理解していない

藁人形論法と論旨のすり替え(この章は 1. 07版で追加された) 2020年のコロナ禍において、割と大量の藁人形論法、論旨のすり替えがよく見られた。

たとえば、以下がその典型的な一例である。

●布のマスクだって役に立つ ●プロンプターは使って良い これの反論は何に対して出されているのだろうか。

実は、その前段階にあったのは以下の論旨である。

●新型コロナ対策として布のマスクしか配れないとはどういうことか。

しかも性能で劣る ●自分言葉で喋れずプロンプターを読んでいるだけ この 2つを対比すると分かるが実は論旨が全く噛み合っていない。

第 1の論旨は、他にも有効な対策があるにも関わらず、布のマスクの配布という非力な方法しか選択できないのはなぜか、という批判である。

ところが、それに対する反論は布のマスクも役に立つというものだ。

そもそも、布のマスクが役に立つかどうかは問題にされていない。

本来の批判の論旨は以下の 2点にあった。

●他にももっと有効な選択肢があるにも関わらずなぜ布のマスクを配るという選択を選んだのか ●布のマスクは性能的に十分ではない つまり、【布のマスクに効果は無い】という論旨は含まれていない。

しかし反論は【布のマスクにも効果はある】になっている。

第 2の論旨は、原稿を読んでいるだけで自分の言葉で喋っていないという指摘である。

それに対する反論は、演説の際に原稿を表示するプロンプターが使用されることは一般定期であり、プロンプターは使って良いという主張である。

ここでも論旨がすれ違っている。

そもそもの指摘は以下の趣旨であった。

●原稿を読んでいるだけに過ぎず内容を理解していない

ところが、反論においては【内容を理解していない】というニュアンスが消えてなくなり、ただ単にプロンプターを使って良いのか悪いのかという点だけが問題にされている。

このようなテクニックはあり得ない結論を説得するためによく使用される。

要するに、勝てない話に巻き込まれたら勝てる話にすり替えれば良いのである。

こういう【論旨のすり替え】は割と典型的にあって、意外と有効である。

なぜかと言えば、誠実に相手の反論に対して更に反論を付けようとすればするほど本来の論旨から離れて行くためである。

そして、そういう議論を聞いている周囲の人間は、最初にどんな論争であったのかなど覚えていない。

論旨をすり替えて最終的に勝てるフィールドに持ち込んで勝利するとギャラリーには自らを勝者として印象づけることができる。

本来正しいことを言っていたはずの犠牲者は、間違った意見を力説した間抜けであるという印象を与えることができる。

このような問題は、いわゆる【藁人形論法】あるいは【ストローマン】である。

●ストローマン ● https:// ja. wikipedia. org/ wiki/% E 3% 82% B 9% E 3% 83% 88% E 3% 83% AD% E 3% 83% BC% E 3% 83% 9 E% E 3% 83% B 3 このような手法を使うと、どれほど合理的で筋道のたった言い方をしている人間であろうとも、意味不明のたわごとを主張する頭のおかしい人のように仕立て上げることができるたいへん強力なツールである。

このような論法を使用された場合の対策としては、論争を継続するのではなく、【いつ私がそのようなことを言ったのか証明せよ】と迫る方が良い。

その証明はできないので、相手は逃げるしかない。

もっとも本人不在の状況で【藁人形】が使用されると迫ることもできないまま本人の名誉が著しく傷付けられてしまう。

第 3者として、その結論が藁人形ではないか疑わしい時は、論争の始まりと終わりとチェックして、同じ論旨について論じているかチェックすると良い。

途中で論旨が変化することもあるので確実ではないが、論旨をすり替えた疑いを持つことができる。

そして、途中で両者合意の上で論旨を変化させているのでなければ、藁人形は使用されたと思うべきだろう。

繰り返すが、これは詐欺師が使う典型的なテクニックの 1つである。

その場合は、おそらく以下の点で特徴的である。

●相手に面と向かっては言わないことが多い。

相手がいないところで言う (反論はさせない。

まともな反論を食らうと最初から勝てない) ●第 3者に、誤った印象を与えるために使用される ただ漫然と第 3者として話を横で聞いているだけだと、詐欺師は【正しそうなことを言っている善良な人間】に思えるが、内容的にはただの基本的な詐欺テクニックである。

念のために補足すると、 Twitterでは藁人形を相手に直接使って自爆している事例も多く見かける。

これらは、優秀な詐欺師とはいえない。

詐欺師の手先の鉄砲玉である。

勝てない前提、潰される前提で送り込まれるのである。

なぜかといえば、鉄砲玉が一方的にひねり潰されると、【ひねり潰された鉄砲玉さんが可哀想】と思ってくれて味方になってくれる人がいるからだ。

また、相手に無駄な時間と労力を浪費させ、疲労を狙うこともできる。

安価な使い捨ての鉄砲玉を多く用意できれば割とリーズナブルな攻撃手段となる。

●論旨が途中ですり替わっていないか要注意!

中立を偽装する詐欺師・中立は中立ではない(この章は 1. 08版で追加された) 対立する二者の間に入って中立で振る舞うことは実は難しい。

なぜかといえば、どちらむ無謬と言うことはあり得ないが、両者の罪が同等ということもないからだ。

そこで、どちらの罪をどの程度の見積もるかの目安について同意を得ることは難しい。

しかし、逆にいえばこれは詐欺師の付け入る隙である。

実は、完全に中立に振る舞うことは、強者の方に有利になる。

●完全に中立に振る舞うことは、強者の方に味方するのと同じ なぜかといえば、同じ罪が与えられたとしても事前に強ければ相対的に罪は軽いからだ。

たとえば、いじめの問題があっていじられた側が暴れたとする。

どちらも悪いから同等の罪を償わせる、という裁定が下ることも多い。

ところがこれは何の問題の解決にもならない。

いじめる側といじめられる側の力関係は一切変化しないからだ。

ただ単にいじめが継続するだけである。

このような特徴があるため、詐欺師は【中立を装いつつ片方に肩入れるする】ということが可能になる。

言動の上ではあくまで両者を同じように扱っていると見せかけつつ、状況を強者に有利な方向に誘導することができる。

●中立に見える者には警戒せよ

沈黙は中立ではない・口を黙らせる詐欺師(この章は 1. 08版で追加された) 対立する 2つの主張があった時、沈黙は中立ではない。

特に、改革と現状維持の対立の場合、意見を言わないことは【消極的な現状維持】への賛成と見なされることが多い。

●沈黙は消極的現状維持への賛成 従って、改革派は【どんどん発言すべきである】と誘導しがちである。

逆に、現状維持派は【黙っていろ】と誘導しがちである。

ここで詐欺師は、【発言すると不愉快な目にあうから黙っていた方が得だよ】と誘導することで、現状維持派に有利な方向に誘導することができる。

逆に、改革派に有利な方向に誘導したければ自分の考えを発言しようと勧めれば良い。

その場合、極めて高確率で現状維持派の望まない意見になるからだ。

たとえ本人に現状維持派を否定する気がなくても、現状維持派が望む通りの文言になっていない場合は味方と見なされない可能性が高い。

●自分の意見を言うことそのものが好まれない世界もある。

そこでは、自分の意見としての賛意が賛意として扱われない場合がある 実際に、専制国家においては自分の意見を持つことがそもそも悪である。

たとえ、意見が【専制体制の賛成】であっても自分で考えた結論は好まれない。

自分で考えた賛意は、いつ自分で考えて変更されるか分からないからである。

実際、軍事専制国家に変化することに賛成した者が国家への反逆者としてえ投獄されることなど珍しくもない。

自分で調べろは詐欺師の甘い罠(この章は 1. 08版で追加された) 他人を騙そうとする人は、間違った情報を吹き込む……と思っていると足を掬われる。

実は、間違った情報を一切言わず、【自分で調べろ】と要求することで結果的に騙すという方法論があるのだ。

これは、頭の良い人を騙す方法論とはまた別の問題である。

なぜ、自分で調べることを要求することで騙せるのか。

それは、一般人の多くは調査に関するスキルを持っていないからだ。

一般人が持っているスキルは、せいぜいこんなところだ。

●信用できる人に質問する ●詳しそうな人に質問する ●ネットを検索して検索結果の先頭数個の文書を読む ●必死に考える しかし、いずれも十分ではない。

調べたところで真実には到達できない。

だが、それだけならどんな結論に至るのか予測はできないはずである。

どうして騙しのテクニックとして成立するのだろうか。

それは、事前にちょっとした補助的な情報を付け加えることで行われる。

たとえば、【 Aさんは Bと言っていた】という人に【他人の意見に流されるな。

ちゃんと調べろ】という意見が付いた場合、調査スキルのないひとは【 Aさんの意見は正解ではない】という前提を置きがちである。

もし、詐欺師の意図が特定の意見から遠ざけることだけであれば、これで十分にその人の意見を支配したことになる。

この【一般人は調査スキルを持っていないことが多い】とは極めて重要な認識である。

調査スキルがないと真偽判定はできないが、かといってそのスキルを大半の人間は持っていないのである。

つまり誰もが騙されうる可能性を持っているのだ。

しかし、過度に悩む必要はない。

詐欺師は、ハードルの高いカモよりも、ハードルが低いカモを狙うからだ。

単に警戒感を絶やさないだけでも狙われにくくなるのである。

●【自分で調べろ】という要求はたいていの人には無理ゲーである。

警戒をすべき

●慢心した人間からカモになる。

たとえ調査スキルがなくても、十分に警戒しているだけでも狙われにくくなる ●ただし、【私は十分に警戒しているから大丈夫】と思い込むのは慢心であるから危険である

【日本死ね】と【韓国死ね】の違いは何か(この章は 1. 01版で追加された) 極めて興味深い事例が出てきたので簡単に紹介しよう。

【日本死ね】が許されるのに【韓国死ね】が許されないのはおかしい。

ダブルスタンダードである これは典型的かつ初歩的な詐欺的な言説トリックである。

しかし、騙される人が意外と多い。

詐欺の被害がいつまで経っても消えないわけである。

では解説しよう。

このトリックの基本的な方法論は、文脈を無視し、言葉が偶然似ていることだけを利用して、本来全く異なる主張を同じようなものだと錯覚させることにある。

【日本死ね】は本来 2016年の流行語大賞を受賞した言葉である。

本来は「保育園落ちた日本死ね」であり、待機児童問題の問題を扱ったものである。

日本の制度的な問題を示したものであり、日本人全員が死ぬべきだと言っているわけでもないし、日本という国家は無くなった良いという意思表示でもない。

これに対して、【韓国死ね】はいわゆる嫌韓ブームの中で出てきたもので、明確に他国への言論攻撃を意図したものである。

つまり、【深刻な待機児童問題が存在する】という問題を示す発言は許されるが、【開戦しているわけでもない他国への言論攻撃は好ましくない】と言うことであり、両者同じようなものとは言えない。

だが言葉だけ上手く抜き出すと【同じようなもの】に見せかけやすい。

各論に入るともっとぐちゃぐちゃである。

実は、【日本死ね】も当時は激しい批判に晒されていてけして無条件で許されていたわけではない。

つまり、どちらも痛烈に批判されていたのである。

しかし、【日本死ね】が流行語大賞になったことから、あたかも【許されていた】かのように語ることで、本来あり得ない論旨を構成しているとも言える。

相手が良く知らない過去を創作して主張に説得力を持たせるのも詐欺師のテクニックの一つである。

●【日本死ね】も【韓国死ね】も実際にはどちらも痛烈に批判されていた また、日本人が日本に対して言う言葉は内政の問題だが、他国に対して言う言葉は外交の問題になる。

内政と外交では従う規範が違ってくる。

内政は国内の法律に従うが、他国は別の法律に従って動くのである。

だから【許す】【許されない】の規範も同じにならない。

更に言えば、【言論の自由】を恣意的に変化させて【あれが許されるならこれも許されるはずだ】と主張している。

だが、【言論の自由】とは発言の自由でしかなく、社会がそれを受け入れるのかは別の問題である。

言論の自由とは、【社会が俺達の主張を受け入れないのはおかしい】という問題ではなく、【そもそも言えない】という状況に対して意味がある言葉である。

いずれにせよ、右翼も左翼も詐欺的言説トリックを呆れるほど多く使う勢力である。

だが、あまり高度なトリックは使用されない。

いずれも初歩的な簡単なトリックである。

しかも使い方は上手くない。

そして、驚くほど多くの人がそのトリックを見破れない。

チコちゃんに叱られることは悪いことなのか?(この章は 1. 02版で追加された) NHKの人気番組にチコちゃんに叱られる!というものがある。

簡単に言うと以下の順序で話が進行する番組である。

誰でも知っている話題に隣接する問題を提起する回答者に無理に答を言わせるそれは間違っていると痛烈に罵倒する正しい知識を説明する ここでは最後の【正しい知識】がけっこうな確率で【正しくない】という批判は横におこう。

問題はこれが【相手を罵倒するために構築されたハメ技】であるということだ。

詐欺師が使うテクニックに近いものだ。

そう。

これは誠実ではないのである。

どう誠実ではないのだろうか。

以下のような手順で話が進行すると高確率で相手をやり込められるからだ。

誰でも知っている話題に隣接して、分かりやすいがみんな考えないようなテーマを選定する無理にそれについての答を言わせる。

たいてい答えられないが、なんとなく答らしい言葉はひねり出せる大声で罵倒する相手は驚いて萎縮する つまり、これは知識を問うているのではなく、相手を罵倒して萎縮させる方法論なのである。

従って、このやり方は知識の正しさには何の意味もない。

相手を萎縮させたら勝ちである。

そもそも、相手が知っているはずがない知識持ち出している以上、知識が間違っていると指摘する人間は存在しないのである。

正しさは全く重要ではない。

詐欺師はこの手のテクニックを用いて、主導権を握ろうとする場合がある。

その場合に注意することはあるのだろうか。

この場合、知識の正しさよりも心理的な衝撃を与えることの方が重要である。

ビックリして相手のペースに飲まれてしまうことが多いと思うが、 1つ 1つ裏付けを取っていくとボロが出るケースが多い。

チコちゃんの場合は、ネットから知識のある者達の「それは不正確」という突っ込みが入ってミスが発覚してしまう。

「諸説ある」と言って誤魔化すしかないが、それでは誤魔化しきれないことをしてしまう場合もあり、難しい。

テレビで使いにくいテクニックであろう。

しかし、個人対個人の関係においてはツッコミを入れてくれる知識人はいないことも多く、相手のペースに飲まれてしまいがちである。

取りあえず、チコちゃんのように語る者は詐欺師の可能性大と覚えておこう。

あれは分かりやすい指標である。

余談だが他に詐欺的なトリックの事例として見ることができるテレビ番組はあるだろうか。

ある。

たとえば 2000年頃の人気番組【プロジェクト X〜挑戦者たち〜】が典型的な詐欺のパターンである。

この番組は【必死に歯を食いしばって逆境に耐えたら成功した】というという【物語】を語ることが多いが、当然ながら耐えるだけで成功はしない。

成功するには、成功するための積み重ねが必要だ。

だが、それを倒錯させることで、【耐えることを要求すれば成功につながる】という錯覚が日本社会全体に広がった。

詐欺のカモである。

耐えるだけで成功できると思うのはご都合主義である。

成功したければ、予算と人材を注ぎ込んでそれなりの環境を整える必要がある。

しかももそれをやってすら確実に成功するという保証はできない。

まず【耐えろ】ありきでは、失敗は不可避だ。

それは詐欺師のカモになった状態を意味する。

オウム返しという詐欺テクニック(この章は 1. 02版で追加された) 子供の口げんかに「バカ」「バカって言ったらバカなんだよ」というパターンがある。

つまり、「バカ」という罵倒に対して「バカ」と返す方法論である。

この方法は、大人が使うともうちょっと洗練されて分かりにくいテクニックとなる。

たとえば、「その主張はでっちあげだ。

根拠がない」という主張に対して言われた側が「おまえらこそありもしない話をでっち上げるな」と言い返すわけである。

この構造は一見単純に見える。

根拠が存在しない話をしている方が嘘を付いている。

ところが、話はそう簡単には行かない。

●裏付けを取るには手間も時間も掛かるので、根拠を知らべないことも多い ●そもそも、根拠を調べるという発想を持たない人もいる ●根拠に専門的な知識が含まれるとお手上げという場合もある ●理解できない難しい話が根拠になっている場合、難しい話をしているから正しいとも限らない。

(根拠の無さを隠ぺいするためにわざと複雑な話をすることがある) ●根拠になった情報はあってもそれが虚偽であるということがある ●自分が正しいと思う方に賛同しがちである ●喧嘩両成敗、どっちもどっちという自称正義の味方が出現する つまり、簡単にはどちらが正しいのか分からないことも多い。

ただし、構造的には比較的簡単で、批判される側は批判者から学んでいるのである。

たとえば、「それは捏造だ」と言われ続けると、そこで「捏造」という言葉を学び、自分たちも使い始めるという感じである。

つまり、相手をやり込める言葉を使えば使うほど彼らは言葉を学んで強くなっていく。

ただし、そのような行動パターンを取るのは優秀な詐欺師ではない。

本当に優秀な詐欺師は相手の上を行く言葉遣いを最初から習得している。

こういうオウム返し戦略を使うのは、政治勢力や宗教勢力などの手先となった雑魚としての詐欺師である。

雑魚なので相手が一人なら全く恐くないのだが、徒党を組んで包囲されるとさすがにやっかいである。

予算があって人数が動員できるときに使用される戦略と言える。

オウム返し戦略の具体的事例(この章は 1. 06版で追加された) トンデモのオウム返し戦略の絵に描いたような典型的な事例を採取できたので、それを紹介しよう。

2020年 2月 29日に、 Twitterのトレンドに【安倍やめろ】と【安倍やめるな】というワードが並んだ。

まずこれがどのようなワードかを説明しよう。

安倍とは、この時点での安倍晋三首相のことである。

安倍晋三首相の振る舞いには疑問が多いため、この日のしばらく前から【安倍やめろ】というハッシュタグが流行っていた。

ところが、この日になって急に【安倍やめろ】に対して【安倍やめるな】というハッシュタグが急にトレンドに出現した。

明らかに、 Twitter上で【安倍やめろ】だけが目立つ状況になってきたので、カウンターとしての【安倍やめるな】が誕生したものと思う。

もうちょっと厳密に言うと、 2月 29日 18時に行われた安倍首相の記者会見に不満を抱いた者が【安倍やめろ】を多く投稿したことに対して、組織的な抵抗として【安倍やめるな】が多数集中的に投稿されたものと思われる。

念のために言うと、ここではどちらの意見が正しいかのジャッジはしない。

【安倍やめろ】にも事実無根のおかしなことを言っている人はいるから、そっちがオリジナルで正当とも言い切れない。

さて、この言葉はどう解釈すれば良いのだろいか。

まず、【安倍首相は問題が多い】 →【安倍首相はどんな問題が起きても辞める気配もない】 →【安倍やめろ】という流れが存在する。

事実認識はともかく、この流れはそれなりに筋が通る。

それに対して、【安倍やめるな】は普通に解釈すると、やめようとする首相を引き留める表現である。

ところが、この時点で安倍首相は辞意を全く示していない。

辞めようとしていない人間に対して、【やめるな】といのは実は噛み合っていない。

実は懸念事項がもう一つある。

【安倍首相辞めないで。

ポスト安倍はボンクラ揃いだから】といった主旨のツィートが散見されたことである。

それ以前は、【野党には任せられないから安倍しかいない】が多かったが少し変化してきた。

安倍首相を支持しているのは与党だから、野党を攻撃することは間接的に与党を助けることになり、それはそれで筋が通る。

だが、攻撃対象が与党内に向けられると、安倍首相を首相たらしめている根拠の一部が敵として離反する可能性があり、実は安倍首相続投に対しては有利ではない。

これはどういうことか。

つまり、これは典型的な【トンデモのオウム返し】である。

【トンデモのオウム返し】は、攻撃者の言葉を学んでそれを自らも使うようになる、というものである。

しかし、真似るのは表面だけで本質は理解していないから論旨が破綻してしまう。

だが、表面的には両者は拮抗しているように見せかけられるし、その問題に興味のない第 3者には誤った主張を【説の一つ】と誤認させることができる。

繰り返すが、ここでいう【誤った主張】とは論旨の正しさを言っているのではない。

内容についてのジャッジはここでは行わない。

そうではなく、ある主張を構成する論旨を全て集めると自己矛盾を起こすという意味である。

従って、そのような主張は、たとえ支持されて実行可能になったとしても、実行することはできない。

(実行すると破綻するのは典型的なトンデモ特徴である) 余談だが、前章で【こういうオウム返し戦略を使うのは、政治勢力や宗教勢力などの手先となった雑魚としての詐欺師である】と述べたがまさに政治勢力が使った事例となった。

また【予算があって人数が動員できるときに使用される戦略と言える】とも述べたが、首相の演説に対応して短時間に集中的につぶやかれたことから考えて、明らかに予算を使って人数を動員した対応だったと思われる。

まさか、目の前に展開されたことを半年前の自分が書いたとは思ってもいなかった。

【全部読んだら違っていた】という騙し方(この章は 1. 10版で追加された) ネットでは恣意的な抜粋によって印象が操作されるという事件が多発した。

その結果、【全部読んだら違っていた】という状況が多発した。

まず恣意的な抜粋が詐欺師のテクニックである。

嘘は言っていないが印象をねじ曲げることができる。

しかし、オウム返し戦略でこれを学んだ者は、都合の悪い話が流布されると「不当な切り取り方をされている」「全部読んだらそうでもなかった」と言った主張を多発するようになった。

2021年初頭あたりの印象である。

問題は、これが 2つのテクニックの複合技だと言うことである。

一つはオウム返し戦略である。

ではもう一つは何だろうか。

たいていの人は長文を読みたくないという心理に付け込んだ抜粋戦略である。

通常、この戦略は契約書など、読みにくく長い文章を読む人は少ないという理由で使用される。

「この契約書には XXや YYが書いてあります。

あとはほとんど普通の契約書と同じようなことですよ。

さあ、押印して下さい」と言うのである。

ここでのポイントは【全て普通の契約書と同じ】とは言わないことである。

【ほとんど】である。

一部重要な特記事項があっても嘘は言っていない。

このテクニックは、【全部読んだら違っていた】という騙しのテクニックにおいては、全部読む人は多くないという理由により便利に使用される。

だから、「なんだ違っていたのか」という印象を誘発しやすい。

もちろん全員は釣れない。

だが、腋の甘い詐欺のカモは簡単に釣れる。

あからさまに嘘を言いながら、検証の手間が高いことによりばれにくくする作戦である。

詐欺師の頭脳プレーである。

ただし、これを使うのは、頭脳プレー派詐欺師だけでなく、天然系も存在するので注意が必要である。

天然系は、文章を読み取る能力が低いため文意を読み取れず、結果として【全部読んだら違っていた】と言っているだけである。

反論できない鉄壁の騙し方・根拠の不明示(この章は 1. 04版で追加された) 最近見た興味深い事例を元に、【根拠を明示しない騙し方】の方法論を紹介しよう。

この出来事は以下のような段階を踏んで筆者からは見えた。

トリチウムが含まれる汚染水が放出されて危険であると盛んに煽ったトリチウムは自然界にもともと存在するものであり、危険ではないという突っ込みが入る (水道水にも含まれる)他にもいろいろやばいものが入っていると言いだした さて、このやり取りのどこに注目すべきだろうか。

それは、【いろいろ】という言葉の使い方である。

そもそも、トリチウムという物質名が明確になってしまうと、簡単にウソがばれる。

確かに一般人には馴染みがないが、トリチウムとはどんなものであるか知っている専門家が山ほどいるからだ。

(トリチウムは原発から出る何かやばいものではなく、水素の同位体の三重水素のことであり、自然界にもともと存在する) これは騙しのテクニックとしては悪手である。

ところが、これに対する【他にもいろいろやばいものが入っている】という切り返しはよくできている。

なぜだろうか。

【いろいろとは具体的に何か】と質問されたら、【種類が多いからいろいろと言っているんだ】【具体的に列挙したらきりがないから、いろいろと言っているんだ】と切り返せる。

あるいは【過去にいっぱい言及しているからそれを見ろ】でも良い。

しかし、【いろいろ】に該当するのがどの発言か明確ではない。

【この物質のことか? それなら危険ではない】という反論には【それのことじゃないよ】と言い返すことができる。

鉄壁の難攻不落のウソである。

ただし、絶対に論破されない代わりに、絶対に自説の正しさを証明することもできない。

証明のためには具体名を出す必要があるが、それを行うと鉄壁のデフェンスである【曖昧さ】が壊れてしまうからだ。

もちろん、正しくない主張を証明するのだから、誤魔化しを含むウソ証明である。

しかし、証明っぽい体裁を取り繕う場合、どうしても具体名の明示は避けられない。

しかし、たいていの場合そこまでする必要はない。

大多数の人々は、不安を煽られるだけで狼狽してくれるからである。

証明もウソ証明もたいていは必要とされない。

あるいは、証明の体裁をなしていない具体性を欠いたウソ証明で十分ある。

根拠のない根拠を提示する方法(この章は 1. 03版で追加された) 質の悪い詐欺師は【何となく本当らしいように思える話】をする。

これは、何となく納得しやすい話をしているだけで、警戒心を持って根拠の有無をさぐるとすぐにボロが出る。

ところが、良質な詐欺師はそんなことは言わない。

主な方法論は以下の 2つだ。

●【何となく本当らしいように思える話】を言ったようなふりをして実は言わない (聞き手はそんな話を聞いたような気がするが実際には聞いていない) ●真偽を判定しにくい根拠を用意する 前者の方法論は、詐欺師が自らの手を汚さずに目的を達成する手段である。

何しろ彼は言っていないのだから、「誤解したのは相手の方」と言い抜けることができる。

いかにして、「誤解を招くようなことを言った」という非難を回避して言っていないことを言われたとように思わせるかが鍵である。

たとえばこんな感じである。

「オリジナリティ溢れる発明の天才ミスター発明の登場です。

彼に新製品を紹介してもらいましょう」 「彼の新発明か。

それは楽しみだ」(実際には昔からよくあるアイデアを実現した製品に過ぎない) ●優秀な詐欺師は嘘を言わないことがある。

相手にそれを聞いた気にさせる 後者は実際に根拠らしきものを提示することで信用を得る方法である。

たとえば、「 A社の製品は B研究所の研究成果に基づいています」と主張されたとしよう。

一見、第 3者の B研究所が関係しているので出任せの嘘ではないように見える。

だが、実は B研究所を運営する C社は A社と経営者が同じだったりして、第 3者ではなかったりすることもある。

このような状況はややこしいが、ツボさえ分かれば調べられる。

やっかいなのは根拠の循環だ。

ある製品が有効である根拠を示した本があるとしよう。

その本は別の書籍を参照していて根拠はその本に依存している。

その本はまた別の論文に依存していて、その論文も又別の本に依存している。

その連鎖を延々と辿っていくといつの間にか最初の本に戻っているるのである。

これを根拠の循環と呼ぼう。

わりと典型的な詐欺テクニックの一つだ。

問題は、循環が長いと最後まで循環を追い切れないことだ。

入手困難な書籍が挟まっても途中から連鎖を追えなくなる。

つまり、根拠は存在しないと証明することができない。

そこで、根拠が存在する

するかのような偽装が可能になる。

●詐欺師は根拠の存在を偽装する それ以前に、そもそも知識がない者は根拠らしきものがあるというだけで安心してしまう。

根拠とされる本にもっともらしい参考文献が書かれているだけで納得してしまう。

実は根拠の循環は短くてもたいてい大丈夫である。

さて、最近見たテクニックはそれの変形亜種と言える。

こんな感じだ。

「あなたの意見の根拠を教えて下さい」 「何を変なことを言っているんですか。

こんなにたくさんいろいろな情報を繰り返しつぶやいてます。

それを見ればわかるでしょう」 このようなケースでは、大量の情報から根拠と言えるものを探し出すことは極めて手間が掛かる。

面倒なので途中で断念しがちである。

しかも、【根拠と言いうるだけのものは含まれていなかった】という証明も難しい。

数が多いと必ず見落としが発生するからだ。

これは悪魔の証明に近い。

詐欺師は「ここに証拠があります」という言葉の真偽を確認するための手間、時間、コストなどを増大させることで、嘘が嘘であることを証明させる可能性を減らせるのである。

●証拠を確認する手間、時間、コストが大きいときは詐欺を警戒せよ 問題は放射能、電力、 AIなどの専門分野では根拠が専門知識に依存しているがゆえに証拠確認の手間、時間、コストがかるという問題が発生することだ。

この場合は必ずしも詐欺ではない。

その場合に詐欺が入り込むのは、むしろ「素人にも分かるように言ってくれ」という要望が出たときだ。

専門用語、専門知識に依存しない説明は例え話になって曖昧さが入り込んでしまうことが多い。

その曖昧さは詐欺師が付け入る隙である。

たとえば、こんな感じである。

専門家「ゼロデイ攻撃を受けました」経営者「もっとわかりやすく説明してくれ」

専門家「コンピュータウィルスにやられました」詐欺師「コンピュータウィルスならワクチンソフトを入れれば平気ですよ」経営者「全社にワクチンソフト導入だ」専門家「ゼロデイ攻撃って、ワクチンソフトでは防げないんだけど」経営者「わっはっは。

これで我が社は安全だ」詐欺師「儲かった」専門家「こんな会社やめよう」 詐欺師は「分かった気がする」「上手く行った気がする」という良い気分を与えてくれるが、詐欺師がくれるのは気分だけである。

真実の成功と金は持って行かれる。

●「分かりやすい言葉で言い換える」は詐欺師の付け入る隙 騙されないために、経営者、管理職は自社が扱う業務に関する基礎知識ぐらいは持っておこう。

社内情報システムに首を突っ込むつもりなら ITの基礎知識も必要だ。

意図せずして詐欺師の手先となって自社の情報システムを潰しに掛かってしまう経営者、管理職も珍しくはない。

隙を見せればやられると思って良い。

なぜなら、下っ端の社員を攻略するよりも、経営者、管理職を攻略した方が得るものが大きいからだ。

ただし、詐欺師にやられなくても中途半端な知識で自社 ITシステムを潰しに掛かる経営者、管理職もいるから、話はけっこうやっかいである。

専門家「コンピュータウィルスにやられました」詐欺師「コンピュータウィルスならワクチンソフトを入れれば平気ですよ」経営者「全社にワクチンソフト導入だ」専門家「ゼロデイ攻撃って、ワクチンソフトでは防げないんだけど」経営者「わっはっは。

これで我が社は安全だ」詐欺師「儲かった」専門家「こんな会社やめよう」 詐欺師は「分かった気がする」「上手く行った気がする」という良い気分を与えてくれるが、詐欺師がくれるのは気分だけである。

真実の成功と金は持って行かれる。

●「分かりやすい言葉で言い換える」は詐欺師の付け入る隙 騙されないために、経営者、管理職は自社が扱う業務に関する基礎知識ぐらいは持っておこう。

社内情報システムに首を突っ込むつもりなら ITの基礎知識も必要だ。

意図せずして詐欺師の手先となって自社の情報システムを潰しに掛かってしまう経営者、管理職も珍しくはない。

隙を見せればやられると思って良い。

なぜなら、下っ端の社員を攻略するよりも、経営者、管理職を攻略した方が得るものが大きいからだ。

ただし、詐欺師にやられなくても中途半端な知識で自社 ITシステムを潰しに掛かる経営者、管理職もいるから、話はけっこうやっかいである。

オープンソースとボランティアはタダなのか?という問題(この章は 1. 02版で追加された) 2020年の東京オリンピックでは専門知識を持ったスタッフをボランティアとして無償で使うという批判が起こった。

類似の問題として、コンピュータのソフトウェアを開発する方法論であるオープンソースにおいて、タダ乗りを行う「フリーライダー」への批判も存在する。

これらに共通して存在するのは【無料】の意味の錯誤である。

そして、それは詐欺に利用されやすい。

具体的にはどういうことだろうか。

こういうことがあったとしよう。

困っていることがある解決には金が掛かる無料で解決してくれる人が出現した次も無料で解決してくれることを期待する この物語のポイントは【次も無料で解決してもらえる可能性は低い】ということだ。

本来金が掛かることを無料で解決してくれたと言うことは、必ず何か特殊な事情がある。

たまたま暇だったとか、その時に持ち合わせていた余った材料で解決可能だったとか、恩を売っておきたいときだったとか、何かの事情があるはずだ。

その事情が存在しない時に「タダでやって」と言われてもタダではやってくれないだろう。

普通は、そのような状況を理解してもう一度無料は期待しない。

だが、そこで詐欺師は囁くのである。

「タダでやってくれたのなら次もタダでやってくれるよ」 そこで、タダという前提で計画を立ててしまうのである。

結果としてオリンピックでは批判が広範囲で起こったし、オープンソースのソフトウェアでもでも「私的利用はタダだが、商用利用は有料」というケースが多くあり、ライセンス上の問題が引き起こすことがある。

この場合重要なのは、タダであっても誰かがコストを負担しているという事実だ。

たとえば、大学生が趣味で作った優秀なソフトをタダで公開した場合でも、開発コストはタダではない。

開発機材にも技術知識にも作業時間にも全てコストが掛かっているのである。

そのコストは開発者本人が負担しているに過ぎない。

もしかしたら、本人ではなく、生活費を出している親が負担しているかもしれない。

タダで配布されるソフトを使うことは、開発者の親にたかっていることになるかもしれない。

もちろん関係者全員が納得済みなら問題ない。

しかし、そのような構造は見えにくい。

見えにくいので、詐欺師が跳梁するわけである。

たとえば詐欺師はこう言うのである。

「あそこに優秀なソフトがタダであるでしょ? ソフトはタダにできるんです。

金を払うなんてあなた騙されているんです。

ほら、あそこに百万円の業務ソフトがあるでしょ? 絶対にぼったくり価格だから買っちゃだめです。

ネットからダウンロードして使いなさい。

ライセンスキー? それもダウンロードできますよ」 そして、不正なソフト配布サイトに誘導させて犯罪者の仲間入りである。

2タイプある【天才プログラマー詐欺】(この章は 1. 09版で追加された) 世の中には、天才プログラマー詐欺が存在する。

それは、優秀な IT技術者を用いた詐欺であるが、これには 2タイプある。

●私は優秀であると見せかける詐欺 ●優秀な技術者がいれば問題は解決するという詐欺 まず前者の【見せかけ詐欺】から見ていこう。

そもそも、どうして【私は優秀であると見せかける詐欺】が成立するのだろうか。

本当に優秀ではなかったら成果を出せないのではないだろうか。

実は【優秀さ】【成果】の概念が現場と経営者の間では乖離している場合が多いのだ。

その乖離に付け込むことで詐欺は成立する。

【優秀さ】【成果】を偽装するためには、たとえば以下のようなテクニックが使用される。

●専門用語の多用 ●最新知識の披露 ●経営者にも理解しやすい成果の羅列 ●ライバルと自分の比較 (ただし公平かどうかは分からない) ●整ったセンスの良いファッション ●高いプレゼンテーション能力の披露 これらを行うと、実は素人からは優秀であるかのように見える。

実際、 00年代に流行ったいわゆる【渋谷のベンチャー】(いわゆるビットバレー)にもこのような事例が多かったことは有名である。

派手でアピールが上手い者達が渋谷に集まり、金と注目を集めたが、中味も技術的なレベルも低いとずいぶん馬鹿にされていたものである。

筆者も 00年代にさる【渋谷のベンチャー】に関わりがあったが、その時のトンデモ体験談を始めたらきりがない。

しかし、マスコミも世間も渋谷のベンチャーを持てはやし、結局日本の IT業界に傷跡を残したことは事実である。

こういう事例はベンチャーにだけあるわけではない。

伝統的な組織であっても、こういう人物は経営者からは【優秀なエース級人材】として現場をリードすることが期待されるが、現場では【顔だけで大きい仕事のできない邪魔な奴】と見なされがちである。

●【優秀さ】【成果】は偽装可能であり、優秀な IT技術者を偽装できるが現場レベルではすぐ偽装がばれる 具体的には、いくつも事例があるが、嘘か本当か前に本で読んだ事例を紹介しよう。

とある有名企業の話であった。

直線を描画するプログラムを作成する際、一ドットおきに描画するというズルを行って見かけ上高速化したプログラマーが経営者から優秀であると取り立てられたのが許せないという話を読んだことがある。

もちろん、嘘か本当か分からない。

しかし、割とよくあるパターンである。

これは【ライバルと自分の比較 (ただし公平かどうかは分からない)】に該当する。

そもそも公平ではない比較で自分の優秀さをアピールするというパターンは多い。

たとえば、【従来より 10倍速い】と標榜しつつ実は【禁止事項を無視して書かれていた】【機能が同じではなかった】【何倍も作業時間を取っていた】といった公平ではない比較の事例は多い。

(であるからこそ、本当に公平な比較をして他人より凄い成果を出した人物は本物の天才である) さてもう 1つ【優秀な技術者がいれば問題は解決するという詐欺】はどんなものだろうか。

例えば、こういう依頼が存在する。

●我が社の技術者では能力が足りないので問題が解決できない。

優秀なあなたに解決をお願いしたい この依頼が事実であればまことに結構である。

あなたは【我が社の技術者】よりも能力があると認められたのだ。

しかし、本当に平均的な技術者では解決できない問題などそう簡単に出てくるものではない。

よほどレベルの低い自称技術者を揃えた組織であっても、全員のレベルが低いという可能性はあまりない。

つまり、こういう依頼が発生する可能性はそれほどはないと思って良い。

緊急性が高いとか、専門性が高い場合はあり得るが、そうではなかったらまず発生しないと思って良い。

では実際はどうなのか。

問題が解決できない理由は、他にあると思うべきだろう。

たとえば、元請けから提示された制限事項が厳しすぎて作業が遂行できない、といった問題があり得る。

その場合、本当に必要とされているのは、【優秀な人材】ではない。

時間稼ぎを行うための別の生け贄である。

しかし、【生け贄を募集しています】と言われて集まってくる人材などいるわけがない。

そこで、【我が社の技術者では能力が足りないので問題が解決できない。

優秀なあなたに解決をお願いしたい】と言うのである。

優秀だと誉められてホイホイと寄ってくる人材を生け贄に出来るという仕掛けである。

契約してしまえばそう簡単には逃げられない。

実情が分かった頃には簡単に抜け出せない泥沼にはまっているわけである。

●優秀な人材がいれば解決する問題など滅多に無いが、優秀なあなたが欲しいという依頼は意外とある これに近いものは他にもある。

90年代に【第 2のビル・ゲイツを探せ】というかけ声で【優秀なパソコン少年を探す】という企画が流行った。

これは優秀な少年プログラマを発掘して育てればビル・ゲイツのような人物に育つという前提で行われる企画だが、実際にビル・ゲイツがプログラムを書いていたのは本当に初期の段階だけで、ほとんどの期間は純粋に経営者として振る舞っていた。

会社をスタートさせたビル・ゲイツはプログラマーであったかも知れないが、会社を成功させ大きくしたのは経営者としてのビル・ゲイツである。

つまり経営センスがない若者をいくら支援しても第 2のビル・ゲイツは生まれないのである。

もし、本当に第 2のビル・ゲイツを探したかったら、朝から晩までパソコンに齧り付いているパソコン少年ではなく、対人関係のあしらいが上手い人を探さねばならない。

事実、あれだけ【第 2のビル・

ゲイツを探せ】というかけ声があったにも関わらず第 2のビル・ゲイツは産まれていない。

否定形詐欺・誤った結論に導く定番(この章は 1. 11版で追加された) ここに駄目な商品 Aがあるとする。

是非ともこの商品を売らねばならないとする。

その場合は、比較のために駄目な商品 Bを持ってくる。

そして、顧客の前で Bの酷さを力説するのだ。

すると、顧客は「 Bを買うと酷い目に会う」と思って Aを買ってくれるだろう。

しかし、こういうとき、 Bが酷いことが事実であっても、 Aが同じぐらい酷い、あるいはもっと酷いことがある。

つまり、こういうテクニックが存在する。

●ライバルの欠陥を並べることで自らがより良いという印象を与える これは典型的なよくある詐欺師の言論術である。

ネットでも、この手の詐術は良く見る。

たとえば、【敵の政党はこんなにも酷い。

こちらの政党にも欠陥はあるが、こちらを支持するしかない】という種類の言論は非常に多く見られる典型的なパターンである。

この詐術にはパターンが二つある。

一つ目は、【そもそも比較していない】というものだ。

【敵は酷い】としか言わず、自分たちがどうであるかは言及しない。

しかし、酷さを強調すると何となく自分たちはマシだという印象を与えることができる。

これは割と簡単に見抜くことができる。

もう 1つは嘘を交えるパターンだ。

【敵を実態以上に酷く言う】【自分たちを実態以上に良いものだと主張する】という 2つの方法のうちの 1つまたは双方を利用する。

この場合は、嘘を見抜けないと見抜くのは難しい。

ただし、マンガチックに極端な差が付いている場合は、虚偽が混ざっている可能性が高いので、眉にツバを付けるべきだろう。

世の中、そんなに極端に優劣が付くことはあまりない。

●敵と自分に極端な優劣が付いた言論は要注意 たとえば【ライバル製品は全ての点において欠陥があります】と言った主張は要注意だ。

しかし、優れた詐欺師は、そんな警戒を誘発するような極端な話はしないので、これだけ警戒すれば良いというわけではない。

否定形詐欺・誤った結論に導く定番(この章は 1. 11版で追加された) ここに駄目な商品 Aがあるとする。

是非ともこの商品を売らねばならないとする。

その場合は、比較のために駄目な商品 Bを持ってくる。

そして、顧客の前で Bの酷さを力説するのだ。

すると、顧客は「 Bを買うと酷い目に会う」と思って Aを買ってくれるだろう。

しかし、こういうとき、 Bが酷いことが事実であっても、 Aが同じぐらい酷い、あるいはもっと酷いことがある。

つまり、こういうテクニックが存在する。

●ライバルの欠陥を並べることで自らがより良いという印象を与える これは典型的なよくある詐欺師の言論術である。

ネットでも、この手の詐術は良く見る。

たとえば、【敵の政党はこんなにも酷い。

こちらの政党にも欠陥はあるが、こちらを支持するしかない】という種類の言論は非常に多く見られる典型的なパターンである。

この詐術にはパターンが二つある。

一つ目は、【そもそも比較していない】というものだ。

【敵は酷い】としか言わず、自分たちがどうであるかは言及しない。

しかし、酷さを強調すると何となく自分たちはマシだという印象を与えることができる。

これは割と簡単に見抜くことができる。

もう 1つは嘘を交えるパターンだ。

【敵を実態以上に酷く言う】【自分たちを実態以上に良いものだと主張する】という 2つの方法のうちの 1つまたは双方を利用する。

この場合は、嘘を見抜けないと見抜くのは難しい。

ただし、マンガチックに極端な差が付いている場合は、虚偽が混ざっている可能性が高いので、眉にツバを付けるべきだろう。

世の中、そんなに極端に優劣が付くことはあまりない。

●敵と自分に極端な優劣が付いた言論は要注意 たとえば【ライバル製品は全ての点において欠陥があります】と言った主張は要注意だ。

しかし、優れた詐欺師は、そんな警戒を誘発するような極端な話はしないので、これだけ警戒すれば良いというわけではない。

詐欺師の目的・詐欺師の 2タイプの言葉 そろそろまとめに入っていこう。

詐欺師の目的は、人を騙して利益を得ることである。

しかし、この認識は十分ではない。

善人から騙されることもあるからだ。

善人が常に正しい知識を持っているとは限らないし、それを正しく語るとは限らない。

であるから、我々は人を騙すことも利益を得ることも目的としていない【善意の詐欺師】からも身を守らねばならない。

つまり、嘘に強くならねばならない。

では何に対して備えれば良いのだろうか。

詐欺師の言葉は分類すると二つに分けられる。

●明白な嘘 ●嘘ではないが異なる印象を誘発する言葉 明白な嘘とは、 XX先生は何も言っていないのに「 XX先生もこれは絶対に値上がりすると言っています」と言い切ってしまうことだ。

嘘ではないが異なる印象を誘発する言葉とは、 100人中 99人専門家が値下がりを予想しているのに、たった一人の言葉だけを伝えて「 XX先生は値上がりすると予想しています」と伝えるような行為だ。

もちろん、嘘は言っていないが、大半の専門家は否定的というニュアンスは伝わらない。

このうちやっかいなのは後者だ。

明白な嘘は実は裏付けを取りやすい。

「 XX社の株は大人気です」と言われも、いろいろな人に聞いてまわって誰も XX社の株に興味を持っていなかったら、それはかなりの確率で嘘だと分かる。

ところが、嘘ではないが異なる印象を与える言葉は違う。

「 XX先生、本当に値上がりを予想していますか?」と問い合わせても「そうだ」としか返って来ないだろう。

100人中 99人専門家が値下がりを予想したという話の情報はないから「この話は事実だ」とその時点で納得してしまうかも知れない。

つまり、我々が自衛のために必要としているのは、【与えられていない情報に関する検証能力】なのである。

そもそも優秀な詐欺師は、誤った結論に導くために筋の通った納得しやすい情報を与える存在である。

であるから、相手から与えられた情報にのみの頼っていたら負けである。

そこから踏み出していかねばならない。

検証のスキルはどう得るか とは言ったが、実は大多数の嘘は踏み出すまでもなく判定できる。

【自己矛盾を検証せよ】で説明し通り、大多数の嘘は論旨が一貫していない。

たとえば、最初のうちは「 XX社の株が大人気」という話をしていたのに、最後の方は「 XX社の将来性」の話に変化しているようなケースである。

最初は「みんな喜んで買っている」だったのに、いつの間にか「まだみんな気付いていない今こそ安く買うチャンス」という話に化けているケースがある。

こうしてみると矛盾は明白なのだが、長い話が中間に入ると意外と騙される人が多い。

聞いた話を全て覚えておき、論旨の整合性をチェックするだけで、実は高確率で嘘が分かる。

しかし詐欺師は口が上手いので、それを指摘しても被害者は上手く丸め込まれる可能性が高い。

過信は禁物である。

さて、この方法で嘘が分からなかったとしたらどうするべきか。

まず相手の言葉の裏付けを取ることから始めよう。

たとえば、「 X月 X日の新聞の切り抜きです」と言って切り抜きを持って来たとしよう。

本物に見えるからそれを信じたくなるのも無理はない。

だが、罠は多いのだ。

本当にその日付なのか、前後の不都合な文章は除去されていないか、等々調べることは多い。

たとえば新聞なら多くの図書館で縮刷版を見ることができる。

新聞は多くの版が存在するので厳密に同じかどうかは分からないのだが、それでも確認を取る価値がある。

たとえば、実際に縮刷版でチェックしたら【実は新聞記事ではなく、新聞記事風の広告が新聞に掲載されただけでした】というオチかも知れない。

実はこのレベルでばれる嘘も多い。

たとえば【アポロは月に行っていない】という主張の根拠の一つとして【アメリカの言ったことだからみんな信じた】という項目があるが、実際に当時の新聞を見ればベトナム戦争に絡んでアメリカの正義を信じない論調がいくらでも出てくる。

誰もアメリカの言うことなど信じていないのである。

その先はどうだろうか。

その先は、歴史研究で言う史料批判に近い世界に入っていく。

情報ソースの信頼度をランク付けして、より確からしい情報とあやふやな情報は分けて考えねばならない。

たとえば、直接情報の一次情報と、間接情報の二次情報ならば、一次情報の方が信頼度が高い。

転記する時に誤りが入り込む場合があるからだ。

下手をすると勘違いして嘘を書いてしまうことすらある。

ただし、常に情報を 2種類に分けられるわけではない。

その場合でも情報の信頼度にランクを付けることができる。

例えば、事件の直後に出た本と、その十年後に出た本では、事件の直後に出た本の方が信頼度が高いと考えられる。

(ただし、その後明らかになった情報を反映している分だけ十年後に出た本の方が優れているケースもある) また、証言は常に紙に劣る。

つまり、その事件の経験者の証言よりも、紙に書かれた資料の方が信頼度が高い。

記憶はどんどん曖昧になり、聞いた情報で上書きされていくが、事件直後に書かれた文字はずっと残るからだ。

たとえば、太平洋戦争中に墜落した B 29に女性搭乗員がいたという証言が多く残っているが、女性が B 29に乗っていたという情報を確認したことはない。

そこまで行かずとも、ネットの検索機能を使いこなすだけでも分かることは多い。

たとえば、デマの検証サイトがあれば、嘘情報と分かることがあるかも知れない。

ただし、そのデマの検証サイトが正かどうかを検証するスキルは要求される。

つまり、狐と狸の化かし合い、知力を尽くした嘘と真実の推理バルトが展開されるわけである。

ここで戦わないと決めたらカモになるしかない。

信頼できる味方を作れ とはいえ以上の全てをきちんと実行するスキルを得ることは難しい。

史料批判のスキルを得るために歴史の世界に足を踏み込むぞ、と思ってもどうせ【東日流外三郡誌】のようなトンデモにはまってカモになるのがオチである。

だから優秀な味方を作っておくことが重要である。

優秀な味方は安易な詐欺師の嘘をすぐ見破ってくれる。

ただし問題もある。

優秀な詐欺師は「そもそも味方の支援が必要だ」と気付かせてくれない。

味方がいても相談しないままカモになってしまう可能性が高い。

また、詐欺師も、人格高潔で頭も良くあてになりそうな人という条件にたいてい当てはまる。

味方だと思って詐欺師に相談していたということもあるだろう。

最も良くないのは、オレは【検証のスキルと得た】と慢心することだ。

慢心は心の隙を生み、そこを詐欺師につけ込まれる。

検証のスキルは嘘を暴くスキルだが、全ての嘘を暴けると保証されているわけではないのだ。

また嘘を信じ込ませる手段として利用される場合もある。

信頼できる味方を作れ とはいえ以上の全てをきちんと実行するスキルを得ることは難しい。

史料批判のスキルを得るために歴史の世界に足を踏み込むぞ、と思ってもどうせ【東日流外三郡誌】のようなトンデモにはまってカモになるのがオチである。

だから優秀な味方を作っておくことが重要である。

優秀な味方は安易な詐欺師の嘘をすぐ見破ってくれる。

ただし問題もある。

優秀な詐欺師は「そもそも味方の支援が必要だ」と気付かせてくれない。

味方がいても相談しないままカモになってしまう可能性が高い。

また、詐欺師も、人格高潔で頭も良くあてになりそうな人という条件にたいてい当てはまる。

味方だと思って詐欺師に相談していたということもあるだろう。

最も良くないのは、オレは【検証のスキルと得た】と慢心することだ。

慢心は心の隙を生み、そこを詐欺師につけ込まれる。

検証のスキルは嘘を暴くスキルだが、全ての嘘を暴けると保証されているわけではないのだ。

また嘘を信じ込ませる手段として利用される場合もある。

詐欺師の撃退方法 ここで重要なことは以下の認識を持つことだ。

●詐欺師はあなたより賢い。

正面から戦えばほぼ勝てない 詐欺師がそんなに賢いことがあるかと思うかも知れないが、あなたより賢いからあなたを騙しに来るのだ。

では絶対に勝てないのかといえば、そうではない。

こういう状況があるからだ。

●騙しにくい相手はスルーされる 騙しにくいと相手に思わせれば勝ちである。

たとえば、相手の言うことの裏付けを 1つ 1つ慎重に取っていくような相手は敬遠される。

手間が掛かる割にボロが出やすいからだ。

これであなたは詐欺師から狙われない。

もっと楽に騙せるカモは他にいくらでもいるからだ。

(ただし利益を目的にしていない詐欺師の場合はまた話が別である)

まとめの三箇条 ●方法論を構築しなければ対処できない ●確実に騙されない方法は存在しない ●自分は騙されているのかもしれないと常に自己検証を行う つまり、「オレは賢いから騙されるわけがない」と思った時点であなたはカモである。

あとがき まえがきに書いた小話の答合わせを行おう。

Aさんは Bさんから相談を受けた。

不当な主張繰り返す Cさんから守って欲しいという。

Aさんは最初 Bさんを信用しなかった。

Bさんは Cさんの主張について説明した。

確かに Cさんの主張は間違っている。

だが、それでも慎重な Aさんは Bさんが嘘を付いている可能性もあると考えて、 Cさんの主張が書かれたビラを第 3者を通じて手に入れた。

その結果、確かに Cさんの主張はおかしいと確信した。

Aさんは Bさんの味方になって Cさんと戦うことにした。

この話のポイントは、 Aさんは慎重に行動して話の裏付けを取って Cさんの誤りを確信して Bさんに味方したことである。

Aさんは、極めて立派で慎重な態度だ。

だが Aさんは詐欺のカモである。

なぜかといえば、 Cさんの誤りを確認した時点で Bさんの味方になってしまうからだ。

【左右対立の錯誤 間違っているのは両方だ】で述べた通り、この場合 Bさんと Cさんの正しさは排他ではない。

つまり、以下の 2つの組み合わせがあるという世界観は間違いだ。

● Bさんが正しく Cさんが間違っている ● Cさんが正しく Bさんが間違っている 実際は以下に 4通りがある。

●両方間違っている ● Bさんが正しく Cさんが間違っている ● Cさんが正しく Bさんが間違っている ●両方正しい もし、【両方間違っている】または【両方正しい】という場合、 Aさんが取るべき正しい行動はどちらかの味方をすることではなく、中立の立場で仲裁を行うことだ。

あるいは愛想を尽かして放置でも良い。

実はこのトリックを見抜けずカモになって悪党の共犯にされている者は割と多い。

さて、本書は個人的に持った疑問「なぜ明らかに無理のある UFOや超能力の実在を信じる人が多いのか」に対する一つの結論として書かれた。

今なら「なぜオレオレ詐欺的な特殊詐欺がいつまでもなくならないのか」というテーマに近い。

当初は「 UFOはいるか」「超能力はあるか」という問題だったはずのに、いつの間にか騙しのテクニックと間違いを信じ込む人間心理の問題に移り変わっていき、詐欺と隣接する世界に行ってしまった。

そのような立場から世の中を見ると「騙し」に対してあまりも無防備な人が多いと思っていた。

そこで、本書は騙されないための処方箋として書かれた。

しかし、一度成立した処方箋は裏をかくことが可能である。

常に慢心はカモへの最短コースと認識すべきだ。

あなたの賢さはカモにならない免罪符にならないのである。

筆者 2019/ 09/ 04

奥付騙し方入門 ~騙されない人になる方法 ~ ​ 2019年 9月 4日 初版 発行 ​ 2021年 10月 9日 Version 1. 11 発行著者 ​川俣晶発行者 ​川俣晶発行所 ​株式会社ピーデー ​東京都杉並区下高井戸 2-5-5サンフラット 106 ​株式会社ピーデー電子出版事業部既刊案内 UFOと夢中・あなたの知らない日本 SF誕生の秘密:トンデモと SFが一体だった時代 ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 091 PFLD 8 Bプールの歴史:井の頭の天然池ブール・多摩川遊泳場・そして金子の婦人専用プール ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 07 TYF 36 YCハイキングの歴史【改訂版】:登山、行軍、そして探勝 ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 07 PMDZR 4 X謎に包まれたもう 1つの【高尾駅】は実在したか? (PDミニブックシリーズ) ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 07 PFRFV 16謎に包まれた琵琶滝駅・高尾山ケーブルカーの中間駅は本当にあったのか? ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 07 N 84 XBGM京王帝国の興亡:激動の多摩丘陵百年史 ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 07 M 5 C 2 YKR歴史ノンフィクション・最も短い分水のミステリー 玉川上水下高井戸分水 ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 071 JNH 8 RH妖怪殺人事件 ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 01 N 30 TGLSあなたの知らない N-BASICの真実: PC-8001から 98 DO +まで ​ https:// www. amazon. co. jp/ dp/ B 07 GDBVQ 7 Q

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