心理テスト❺ 視線の合わせ方であなたへの好感度がわかる
◆人間関係とは磁石のようなもの ◆話を聞いてあげるだけで、人は勝手に癒される ◆キーワードは「私たちって似てますね」 ◆「わかりました」はコミュニケーションではない ◆仲良しとは付き合わない ◆まるごとの相手ととりあえず付き合う ◆口もとがゆるんでいるかチェックする
距離の心理学を知ると、人間関係は大きく変わる
論文の研究データを収集するために、中学校に行ったときの話です。
私は休み時間に校舎の屋上から、地上をボーッとただ見ていました。
すると、子供たちが校舎からわ ーっとあふれ出てきました。
全員好きなほうにバラバラと動くんだろうなと思っていたら、実はそうでもないのです。
友だち同士くっついているグループがあるかと思えば、はなれてぽつんという子供がいたりと、意外と法則的な動きをしているのにびっくりしました。
私は心理学を研究する前は化学をやっていたものですから、分子の動きに似ていると思いました。
たとえば水と氷は同じ物質で作られていますが、分子の並び方で水になったり氷になったりします。
そして水を氷にしたり、気体に変えたりするのは温度です。
人間関係も同じで、親しい同士や犬猿の仲、それから他人同士といろいろな関係はあるものの、もとは同じ人間の集まりです。
要するに分子の並び方で親しい同士になったり、犬猿の仲になるにすぎないと考えたのです。
では、何が人間関係の分子配列に影響を与えているかと言えば、これは距離や空間です。
お互いの距離が遠いと何も起こらないけれど、近いと引き合ったり逆に反発したりします。
結局、人間関係とは磁石のようなものです。
プラスとマイナスの磁場があって、それぞれが近づくとぴったりくっつく。
でもプラスとプラスなら反発するだけ。
そして距離が遠くなれば何の反応もしません。
好かれたい人に好かれるという本章のテーマに沿って言うならば、好かれたいならまず相手との距離を縮めなさいということでしょう。
そのためには「私はあなたが好きです」「私はあなたが信頼するに足る人物です」というメッセージを送って、警戒レベルを下げてもらうことが必要なのです。
話す時間の 3倍聞こう 好かれる人の特徴として、よくあげられるのが「聞き上手」です。
はじめは興味がなかったのに、相談に乗ってもらっているうちに恋愛感情が芽生えて付き合うようになったという声をよく耳にします。
人は誰かに話を聞いてもらえると、癒されて心に元気を取り戻すことができます。
たとえばミヒャエル・エンデの『モモ』という作品には、話を聞くことで人の心を癒す不思議な少女のことが描かれています。
「モモに話を聞いてもらっていると、ばかな人にも急にまともな考え方が浮かんできます。
モモがそういう考え方を引き出すようなことを言ったり質問したりした、というわけではないのです。
彼女はただじっとすわって、注意深く聞いているだけです。
その大きな黒い目は、あいてをじっと見つめています。
するとあいてには、自分のどこにそんなものがひそんでいたかと驚くような考え方が、すうっとうかびあがってくるのです。
」 なぜこんなことが起こるかというと、話を聞いてもらううちに相手の心の中に「浄化」と「洞察」という二つの作用が起こったからです。
浄化とは、心の中に抱えていたものを誰かに話すことで気持ちがすっきりする作用です。
そして洞察とは、いろいろ話をしているうちに頭の中が整理されて「そうだったのか!」と気づきを得る作用です。
相手の話を否定しないで聞く こうしたことでもわかるように、話を聞いてもらうということは相手にとって、非常に気持ちが良いことなのです。
実際に、こんな研究があります。
面接会場で、受験者に対し次のような態度で面接官は接しました。
A はじめの 15分間はふつうの面接 B 次の 15分間は、頻繁にうなずいて面接 C 最後の 15分間は、うなずくことなく面接 発言の様子を調べてみたところ、受験者が発言する量が一番多かったのは Bの「うなずきながらする面接」でした。
人生は楽しいことばかりではありません。
ときには嫌なことだってありますし、納得できないという思いを抱えることも少なくありません。
そんなとき、抱えきれない痛みや苦しみや秘密を一緒に背負う人がいればどれだけ心が楽になることでしょう。
だいたい人は、話を聞くよりも話すほうが好きです。
ということはきちんと話を聞いてくれる人は、案外少ないということになります。
もちろん聞いても面白くない話もあります。
そんなときも「なるほど」「それは大変だった」と相づちを入れたり、うなずいたりして「あなたの話をきちんと聞いていますよ」という姿勢を見せることです。
もちろん同意できないときもあるでしょうが、そんなときは「そうか。
確かにそんな考え方もあるね」と否定しない態度が重要なのです。
誰だって自分が好き ある学生寮で、学生たちがどのようにして仲良くなっていくかという実験をしました。
そのとき、一番はじめに仲良くなったのは、部屋の近くにいた人間でしたが、最終的に仲良くなったのは、自分と趣味が合う人間でした。
つまり共通点がある人間です。
なぜ仲良くなっていくかというと、共通点の多い人間はお互いの考えていることがわかるので、心を開きやすいのでしょう。
話すのは苦手というのなら、見た目から共通感を醸し出していくというのも一つの方法です。
前にも紹介したミラーリングという手法ですが、さりげなく相手のしぐさをまねているうちに、勝手に相手が仲間と見なしてくれるというものです。
お互いの間に気持ちがながれあうつながりができた状態を、臨床心理学ではラポールと呼びますが、会話の前にこうしたラポールを築くことができれば、見知らぬ人との話であってもずいぶんと楽になります。
その上で、話の所々や相手に向けるあなたの態度にさりげなく「私たちって、似てますね」というメッセージを盛り込みましょう。
重ねるごとにメッセージは相手の心にボディブローのように効いていき、あなたと心理的距離を縮めることに対する抵抗がなくなっていきます。
あなたから裸になろう 私の主観ではありますが、最近の若者はコミュニケーション・スキルが身についていません。
スキルというのは技術ですから、練習してテクニックを磨かなければ何も身につきません。
これまであったコミュニケーション・スキルが年々低下していまのようになったというのではなく、もともとスキルがないのです。
スキルがないのに見ず知らずの人と心を通わせて友だちをつくるというのは、まずもって無理な話です。
では仲良くなるにはどうしたらいいかというと、あなたが裸になることなのです。
人は周りの外敵から身を守るために、さまざまな鎧を身につけています。
鎧はあなたを外敵から守る反面、友だちや味方もよせつけません。
相手にはあなたの本当の姿がわからないのです。
そこで「実は私、こういう人なんです」と少しずつ鎧や服を脱いでいきます。
すると相手も「そうでしたか、実は私もこんなことをやっていまして」と脱いでくれて、お互いのことがわかるようになるのです。
これが心理学でいう Self-disclosure(セルフディスクロージャー/自己開示)です。
人間関係ではこのセルフディスクロージャーを互いに重ねていくことで、心理的距離が近づいていくと言われています。
セルフディスクロージャーとは、英語で書くとおわかりのように、 self(自己)の closeを解くから disclosure。
自分の中で閉じているものを開く、それがセルフディスクロージャーなのです。
名刺交換したり、趣味の話をしたり、家族の話をしたり、会社の話をしたりして、徐々に開いていくのです。
ぼくらはみんな閉じている インターネットなどにアクセスすると、とても自由で開放的な感じがします。
どんなところにでもアクセスできるし、掲示板にコメントしたりブログを開いたりして、オープンな形でコミュニケーションができます。
しかし、コードをやりとりすることをコミュニケーションと考えると、あれはコミュニケーションではありません。
お互いに、自分の都合の良い情報を伝え合っているだけです。
ですから、実際の人間関係の中でのやりとりとは少し違ってくるのです。
もともと人間関係というものは閉じているのです。
どんな相手に対しても開かれると考えるのは幻想にすぎません。
だから何もしなければ、人間関係は構築できないと考えておいたほうがいいのです。
友だちができないと悩む人がいるのは、当たり前です。
自分でつくらなければ回路は開かないし、できません。
質問すると涙ぐむ学生たち 学生と長年付き合ってきて「ああ、彼らはコミュニケーション・スキルそのものを身につけてきていないんだな」と思う場面に、最近よく出くわすようになりました。
私も教師なので、学生の成績や出席率が悪いと呼び出して「なぜ?」と話を聞くことがあります。
昔から同じようなことをやっているわけですが、最近は私の前で何も言えなくなって涙ぐむ学生がときどきいるのです。
はて、涙ぐませるほど高圧的に言ったかなと考えると特段そんな様子はありません。
何か理由があるのであれば「わかった、ではこれからはがんばりなさい」ですむのですが、それが言えないのです。
もともとスキルがないから、どのように反応すればよいかがわからないようです。
それで、ただ「すみません」「わかりました」「今後気をつけます」というのをワンパターンに繰り返していくしかないのです。
そう言えば許してもらえると思っているのでしょう。
けれど私が聞きたいのは謝罪ではなく、理由なのです。
意地悪と思われるかもしれませんが、私は「わからない」も許しません。
なぜなら、何の説明にもなっていないからです。
本人が「何がわからない」から「わからない」と言っているのか、ただ「わからない」だけでは話が成り立ちません。
まったくのディスコミュニケーションなわけです。
相手が求めていることに対して何か答えなければ、コミュニケーションは成り立ちません。
適当にはぐらかすのでもいいし、もっと言えば適当に嘘をつければその場が収まることだってあります。
でも、そういうことができないのです。
こうした現状から人間関係を良くするには、コードを知ることと、いろんな人と付き合うことが大切なのだと思います。
子供にはまず「ダメ」と言え 息子が小さい頃、よくキャッチボールをしていました。
大人と子供だと全然スキルが違うから、捕りやすいように子供のミットにむけて投げてやります。
そうすると「あ、捕れた」と、嬉々として子供はキャッチボールを続けます。
けれど、同じことを 100回繰り返しても、うまくはなりません。
結局は受けている球が、捕りやすい球ばかりだからです。
本当にうまくなろうと思うなら、悪球を捕ることが大事です。
本当の試合で、捕りやすいストライクゾーンばかりなどということはまずありません。
すごく高い球だったり、いきなり横に飛んでいったりと、捕りにくい球のほうが多いのではないでしょうか。
球を捕るには、飛びついたり走ったり、いろいろ考えて動かなければならなくなります。
これが結果的にキャッチボールの技術をのばすのです。
実は人間関係でも一緒です。
円満であることは大切だけれど、そうあるためには悪球がきてもキャッチできる力が必要です。
批判されたり叱られること、注意されたり、拒否されたときにどうするか。
それが大事です。
野球の球でいうならビーンボールでしょうか。
「お父さん、おもちゃ買って」「ダメ」 たいてい子供は怒ります。
しかし自分で自分のことを慰めてみたり、「じゃあ、誕生日だったらいいでしょう」と、切り口を変えて交渉してみる。
それでもだめなら「これからはもっと勉強します」と言ってみたり、「このおもちゃは英語の勉強にもなるんだよ」と説得してみる。
こうやってコミュニケーション・スキルは、少しずつ磨かれていくのでしょう。
あえて嫌いな人と付き合え 子供はある程度家で過ごしてから幼稚園に行くようになると、「おうちに帰りたい」と泣きます。
それは知り合いばかりの居心地の良い家庭から、異質な世界に放り出されるからです。
子供なら泣くのはわかりますが、大人になって大学でそんな行動を取るというのは、人間として成熟していない証拠です。
残念なことに、大人になりきれていない大人が増えているようです。
ゼミの学生と話をすると、最近はサークル活動や部活に入っていない人が多いようです。
昔からの知り合いとか、好きな友だち同士とか非常に狭い世界の中で生きています。
これでは人間関係のスキルは身につきません。
だから入学や入社で新しい環境に放り込まれると「友だちができない」と悩むことになるのでしょう。
私はよく「仲良しとは付き合うな」と学生に言います。
自分が苦手な人、付き合いにくい人と付き合ってこそ、好きな人に好かれるスキルも磨かれていくのです。
恋愛というのは「きっとあの人はこういう人に違いない」という妄想の中で始まります。
しかし妄想通りのことというのはほとんどなくて、たいてい自分が考えている理想とそぐわないことが出てくるものです。
そのとき「この人は私の考えているような人ではなかった」とあきらめてしまうのか、それとも「これも魅力の一つだ」と考えるか。
好かれたい人に好かれる人というのは、すべてを受け止めることができる人なのだと思います。
味わい深い人間関係は、自分が苦手な人がつくる 精神科医の斎藤茂太先生は、「人間関係とはきんぴらごぼうのようなもの」と話されています。
つまり、噛めば噛むほど味わい深くなるものということです。
なんだかいけ好かない人だな、と思っていてもそれで付き合いを断ってしまうのではなく、糸 1本だけ残しておくのです。
すると付き合っていくうちに相手のいろいろなところが見えてきて、意外と面白い人だということがわかることがあります。
「嫌いな人だから」「付き合ってもメリットがないから」とばっさり切り捨てることは簡単です。
でも、自分が切り捨ててしまった人の中にいい人がいるかもしれません。
結婚したカップルに相手の印象を聞くと、「最初は本当に嫌な人だと思ったけれど、意外と優しいことがわかってきて結婚しました」 という話もよく聞きます。
一期一会とも言いますが、あなたとその人が出会ったのには何らかの理由があるはずです。
第一印象はどうあれ、まず付き合ってみるということが自分の器を広げるきっかけにもなります。
すると相手の「好きなところ」「嫌いなところ」を、まるごと受け入れることができるようになります。
人は自分のすべてを受け入れてくれる人を心地よいと感じますから、好かれたい人にはより好かれるようになるでしょう。
見つめていても好かれているわけではない あなたは人と話すとき、どんなふうに相手を見つめていますか。
視線の合わせ方は相手への興味の度合いを示すマジックコードです。
つまり目の合わせ方さえ見れば、相手が自分のことを好きかどうかがわかるということです。
まず、相手が視線を合わせない。
これは残念ながら絶望です。
いまのところあなたに興味がないか、あるいは否定的な感情を持っています。
もし話をしているにしても、他に気になることや用事があって早く話を終わらせたいと思っています。
では、ずっとこちらを見つめているというのはどうでしょうか。
一見、こちらに興味があるのかと誤解しがちですが、相手はあなたに敵意を感じています。
猿は山で敵に遭遇したとき、視線を外さずじっとにらみます。
これも同じで「何か仕掛けてこないように、逃さず監視しているぞ」というメッセージなのです。
会議のときにこうした視線を相手がとっていたら、「今日は徹底的にやってやるぞ」という宣戦布告ととらえたほうがいいでしょう。
同じずっと見る視線でも、口もとが少しゆるんでいたら、それはあなたに見とれている証拠です。
鼻の下が伸びるなんてことを言いますが、相手に夢中になっていたり好意を抱いていると、口もとがゆるんでしまうのです。
目が合う人は「脈あり」なのか ことあるごとに視線が合うというのは、好意の表れです。
少なくとも、あなたの意見に同意している人たちです。
会議のときは、どれだけこうした視線をしている人が出席者にいるかで、動向が変わってきます。
ではどれぐらい好きなのかというと、性別によって若干ばらつきがあります。
あなたが前から気になっていた女性と、チラチラ目が合ったとします。
ここで「脈ありか!」と喜ぶのは時期尚早です。
ぬか喜びに終わる可能性が、多分にあるからです。
親和欲求といって、人は何らかの不安を感じているときに誰かに一緒にいて欲しいという感情が働きます。
女性には親和欲求の強い人が多いのですが、このとき頻繁に目を合わせる傾向が強くなります。
もともと女性は男性に比べると視線を合わせることには抵抗が少なく、目を合わせる回数も多く、時間も長くなる傾向があります。
「あなたに興味があります」ということではなく「この場所から抜け出したい」という思いの表れかもしれません。
ただこの場合にしても、相手の不安をぬぐい去ってあげたりすることで、その後気持ちが変わっていくことはあり得ることです。
もし頻繁に視線が合うのならば、何らかのアクションを起こしてまず大丈夫ということになります。
視線は会話の句読点、とも言います。
的確に視線を読むことで、相手の心を読めば好かれたい人にも好かれるようになっていくものです。
名前の連呼が好感度をつくる「ちょっと、手伝ってもらえませんか」 「Aさん、ちょっと手伝ってもらえませんか」 あなたはどちらの問いかけに YESと答えるでしょうか。
名は体を表すと言いますが、嫌みにならない程度に相手の名前を挟み込むと、好感度が上がっていくのです。
これも心の距離の問題になってくるのですが、「あなた」と呼ぶのと「 Aさん」と呼ぶのでは心の近接度が違います。
人間は距離が近いほど親密な関係になりますから、当然、親しみを感じてくれるというわけです。
また名前をつけることで、他の誰でもないあなたに言っているのですよという意味が伝わります。
そうしたことも心に好感を育てる芽になります。
「ところで Aさん、今回の議題ですが……」「そうなんですよ Aさん、その通り」「おっしゃっていることはわかるのだけれど、 Aさん。
そこはこちらのほうが」 とタイミングを見つけては挟み込んでみましょう。
ただし 2、 3分に 1回も口にしてしまうのはかえってマイナス。
初めて会った女性に対して 15分間に 6回以上相手の名前を呼ぶと、「うさんくさくてなれなれしいと感じる」との実験結果があります。
第 5章のまとめうなずきながら話を聞くだけで、相手は心地よさを感じてくれる。
「私たちって似てますね」と互いの共通点を見つけていくと、心理的な距離が近づく。
コミュニケーションスキルを磨くコツは、苦手な人と付き合うことである。
視線の合わせ方で、相手の好意、敵対心、下心が見抜ける。
「キミ」「お前」よりも名前を呼ぶことで、相手の好感度は格段に上がる。
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