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第 3章 「見た目」で読む

コンプレックスは「顔」にあらわれるまず相手の「顔」に注目せよ批判的な人は、片方の「口角」があがっている大きな瞳の持ち主は、「ウソつき」であるおでこが広い人は本当に賢いのか「メガネをかけた人は頭がいい」は真実か身長が高い人は「プライド」も高い「大きいもの」を好む人は「不満」をかかえているその人の持ち物の「色」に注目する「色」派は感情的、「デザイン」派は理性的 column‐ 3 相手の本音の読みやすさと年齢差の関係は?

まず相手の「顔」に注目せよ 読心術をする場合、何よりも重要なのは、相手の「顔」に注目することである。

その人の手や足の動きが、その人のホンネをあらわすことがないわけではないが、もっとも目につき、しかも多くの判断材料を教えてくれるのは、やはり顔だからである。

心理学では、相手の表情から、その人が何を感じているのかを正しく見抜けるかどうかを測定するテストがある。

このテストは、 ERA( Emotion Recognition Accuracy)と呼ばれている。

困った顔、喜んだ顔、不機嫌そうな顔などの写真を次々に見せて、その人物の表情から感情を読み取っていくわけだ。

カリフォルニア大学のヒラリー・エルフェンベイン博士によると、このテストで高い点数をとれる人ほど、交渉上手であるという。

彼らは、相手の気持ちを読むのがうまいので、交渉のかけひきもうまくできるのである。

まずは、顔の表情から、相手がどんな感情なのかを正確に読み取れる力を養おう。

それが、読心術の第一歩である。

といっても、そんなに細かい感情を見抜こうとしなくともよい。

だいたい、次の6つの感情を読みとれるようになれば十分である。

個々の表情をはっきりと区別できるのが、この6つであることがすでに明らかにされているからだ。

さて、読者のみなさんはこの a〜 fの顔の表情と、どの感情を結びつける事ができるだろうか。

その人の表情を見て、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、あるいは怒っているのかがわかれば、まずは合格点だといえる。

「なんだ、そんなことでいいのか……」と拍子抜けされる人がいるかもしれないが、初心者の読心術というのは、そんなものでいいのである。

相手の表情から、6つの感情を読みとることができれば、ソツのない対応をとることができるだろう。

人に会うときには、相手の顔をよく見ることである。

それだけでも、けっこうその人のことがわかるからだ。

なお、相手の顔を見るときには視線をできるだけゆったりと動かすのがポイントである。

相手の顔をあまりジロジロ見るのは失礼だと思われるかもしれないが、それは視線をささっと早く動かそうとするからおかしく思われるのであって、ゆっくり視線を上から下へ、右から左へと移動させているぶんには、「ジロジロ見ている」という印象を相手に与えることもなく、じっくりと観察することができる。

批判的な人は、片方の「口角」があがっている 相手の顔をじっくりと観察すれば、その人の感情だけでなく、基本的なパーソナリティもすべて理解できる。

なぜなら、その人の顔には、その人の性質がすべて出てきてしまうからである。

いつも不機嫌で、始終怒ってばかりいる人は、怒ったような顔になってしまう。

ふだんから悲しいことばかり考えている人は、どことなく悲しそうな顔になる。

いつでも罪悪感を持っていると、やましいところがありそうな顔になる。

その人がどのような気持ちで毎日の生活を送っているのかによって、その人の顔が決まってくる。

人の顔には、その人の内面の性格が隠しようもないほどにあらわれてしまうのである。

心理学では、こうした現象のことをオスカー・ワイルドの小説にちなんで「ドリアン・グレイ効果」と呼んでいる。

この小説では、主人公の卑怯な行為が増えるにつれて、肖像画に恐ろしい表情が刻み込まれ、その顔がだんだん変わっていくのである。

毎日、楽しい気分で生活している人は、目尻に下がったシワができる。

また、口角には、えくぼのようなシワもできる。

なぜなら、笑顔になると、自然にそういうシワができてしまうものだからだ。

毎日、イライラして生活している人は、眉間にタテのシワができる。

眉根を寄せると、どうしてもそういうシワができてしまうからである。

そして、いったんそういうシワができると、自分は無表情でいるつもりでも、どうしても怒ったような顔になってしまうものなのだ。

じっくり相手の顔を観察してみよう。

どこか間の抜けた顔をしていれば、その人は、あまり深く物事を考えないという基本的な性格を有しているとみて、ほぼ間違いはない。

片方の口角をあげ、ゆがんだような口をしているのであれば、世の中を批判的に見ているニヒルな性格の持ち主であろう。

いまにも泣きだしそうな顔をしている人は、人に謝ってばかりで、他人に強く出られないタイプだ。

顔には、その人のすべてがあらわれていると言ってよい。

人を待っているときなどの、本人にとっては無表情であるときの顔だちを観察すると、それがよくわかる。

仕事で人と待ち合わせをするときには、待ち合わせ場所からちょっと離れたところで、相手の顔だちを隠れて観察すれば、その人の基本的な性格がわかるだろう。

本来は無表情であるはずなのに、怒って見えるようなら、彼はもともと怒りっぽいタイプなのである。

大きな瞳の持ち主は、「ウソつき」である 漫画の主人公は、だいたい瞳が大きく描かれている。

そのほうが魅力的に見えるからである。

目が細くて、一重まぶたの人物が、主人公になることはめったにない。

たいていは、ぱっちりした瞳の持ち主が主人公である。

基本的には、大きな瞳の持ち主ほど好意的に評価されやすい。

人間はだれしも、ぱっちりお目めの人間が大好きなのだ。

ところが、こういう瞳の持ち主は、実際のところ、「正直者ではない」というデータがある。

大きな瞳の持ち主に、性格テストを受けてもらうと、正直者というよりは、むしろ平気でウソをつくタイプであることが明らかにされるのだ。

これはプリンストン大学の研究で判明したことである。

なぜ彼らは、ウソつきなのか。

それは、彼らが正直そうに見えるために、ウソをついてもめったにバレないからである。

ウソをついてバレると、「ウソつき」呼ばわりされたり、仲間はずれにあったりする。

そのため、ウソをつくのが割に合わないことを学習して、正直者になっていく。

ところが、大きな目の持ち主は、小さなころからウソをついても正直者に見えるためにバレずにすんでしまうことが少なくない。

そのため、「なんだ、ウソをついても大丈夫なんじゃん」ということを学習してしまう。

その結果、どんどんウソつきになっていくのである。

これが、大きな瞳の持ち主が、ウソつきであることのメカニズムである。

大きな瞳の女性は、一見すると、とても感じがよさそうな、虫も殺さないような、ウソなど絶対につけないような、そういう雰囲気をぷんぷんと漂わせている。

けれども、そういう女性ほど、本当は平気でウソをつけるタイプなのだ。

たいていの男性は、「こんなにかわいらしい目をした人が、まさかウソなんてつかないだろう」と思い込んでしまうので、騙されてしまうわけだが、本当は彼女の言っていることを疑ってかかるくらいでちょうどいいのである。

「きれいなバラにはトゲがある」というのは、まさに言い得て妙な表現である。

大きな瞳を持った男性も、童顔に見えて、従順で、素直そうに見えるが、それはあくまでも「そう見える」だけであって、本当のところ、どれくらい腹黒い人間なのかはわかったものではない。

見た目のイメージで判断するのは危険である。

大きな瞳の持ち主で、子どもっぽい顔をしている人が、たまに会社のお金を横領して捕まることがあり、「どうしてあの人が、あんなことをしたのかわからない……」と社内の同僚たちが首をかしげることがある。

しかし、それは見た目の印象に騙されているだけであり、大きな瞳をした人はウソつきであることが多いという傾向さえ知っていれば、別に驚くことでもなんでもないのである。

おでこが広い人は本当に賢いのか「おでこが広い人ほど、頭がいい」という俗説がある。

おそらくは、広い額は、〝脳みそがいっぱい詰まっている〟ようなイメージを振りまくので、そんなふうに思われやすいのであろう。

あるいは、髪の毛が薄くなって、おでこが広くなっている人には、なぜか学者ふうのイメージがあって、そういうイメージのために、おでこの広さが知的だと評価される原因になっているのかもしれない。

私は、人相学などにも興味があるので、そういう本もよく読むが、だいたいの本には共通して、「おでこの広さは、知性をあらわす」といった内容のことが書かれている。

しかし、実際のところは、それとはまったく反対のことが正しいようである。

プリンストン大学のレスリー・ゼブロウィッツ教授によると、頭のいい工学部の学生は、同じ工学部のそんなに頭が良くない学生よりも、額はむしろ狭い傾向があったというのだ。

額が広いと、何となく頭が良さそうな、知的なイメージをぷんぷんと振りまくが、それはただのイメージなのかもしれない。

むしろ、実際には、頭のいい人のほうが、額がやや狭い傾向がある。

少なくとも、統計的な調査を行うと、そういう結果が得られるのである。

「おでこの広い人は、頭がいい」というのは、単なる俗説のようだ。

ただし、おでこが広いと、他の人から、「おでこの広い人って、頭がいいんだよね」と指摘されることが多いので、本人も何となくそういう気持ちになり、そのうちに頭がよくなっていく、ということはあるかもしれない。

ちょうど小さな子どもが、母親から、「お前は立派な大人になるよ」とさんざん言われていると、立派な大人へと成長していくように、他の人からおでこの広さを指摘される一方、「キミは頭がいい」と言われつづけていれば、本当に頭が良くなることもあるだろう。

けれども、ゼブロウィッツ教授のデータを参考にすれば、「おでこは、むしろやや狭い人のほうが、頭がいい」と考えたほうがよさそうである。

俗説を信用して、おでこが広いからといって、知的な仕事を与えたりすると、本人にとっても気の毒な結果になるかもしれない。

むしろ知的な仕事をまかせるのなら、おでこが狭い人のほうがいいのだ。

漫画などで、学者がでてくるときには、なぜか髪の毛が後退して、おでこが広くなった人が多いような気がする。

鉄腕アトムに出てくるお茶の水博士が、その代表だ。

しかし、私の個人的な意見では、大学の先生はむしろ髪の毛がフサフサしている人のほうが多いような気がするのだ。

額の広さは、俗説だとみなして、おそらくは間違いないだろう。

「メガネをかけた人は頭がいい」は真実か メガネをかけた人の中には、ゲームのやりすぎでそうなった人もいるだろうが、一般には、読書や勉強のしすぎで近視になってしまったのだと考えられる。

そのため、メガネをかけた人は、一般に頭がいいとみなしても、それほど間違いはない。

漫画に出てくる登場人物もそうだが、だいたいメガネをかけた人物は、「知的な人物」として描かれるのが普通だ。

名探偵コナン君のように、である。

メガネをかけているくせに、頭が悪いといえば、ドラえもんののびた君がいるけれども、大きな傾向としていえば、メガネをかけた人物はたいてい知的である。

「メガネをかけている人は、頭がいい」 というのは、おそらく読者のみなさんも薄々と気づいているとは思うのだが、今回はその科学的な裏づけについてお話ししよう。

米国ジョンズ・ホプキンス大学の心理学者カミラ・ベンボウらの研究グループが、 12歳の児童を対象に行われた全米の学力テストで、特に優秀な成績をおさめた 400人を調べたことがある。

すると、この 400人のうちの 60%が近視であるという傾向が発見されたのだ。

これは、同年齢の児童の平均の約 4倍もの数値であったという。

「メガネをかけた人は頭がいい」は真実か メガネをかけた人の中には、ゲームのやりすぎでそうなった人もいるだろうが、一般には、読書や勉強のしすぎで近視になってしまったのだと考えられる。

そのため、メガネをかけた人は、一般に頭がいいとみなしても、それほど間違いはない。

漫画に出てくる登場人物もそうだが、だいたいメガネをかけた人物は、「知的な人物」として描かれるのが普通だ。

名探偵コナン君のように、である。

メガネをかけているくせに、頭が悪いといえば、ドラえもんののびた君がいるけれども、大きな傾向としていえば、メガネをかけた人物はたいてい知的である。

「メガネをかけている人は、頭がいい」 というのは、おそらく読者のみなさんも薄々と気づいているとは思うのだが、今回はその科学的な裏づけについてお話ししよう。

米国ジョンズ・ホプキンス大学の心理学者カミラ・ベンボウらの研究グループが、 12歳の児童を対象に行われた全米の学力テストで、特に優秀な成績をおさめた 400人を調べたことがある。

すると、この 400人のうちの 60%が近視であるという傾向が発見されたのだ。

これは、同年齢の児童の平均の約 4倍もの数値であったという。

近視の子どもほど学力が高かったのである。

決して、漫画のなかだけのイメージではなかったのだ。

ちなみに、ベンボウらのグループによると、頭のいい人は「左利き」という特徴もあったという。

優秀な児童の 16%が左利きだったというのだ。

さらにまた、彼らには、「アレルギー体質」という特徴もあったという。

もし、 ①近視 ②左利き ③アレルギー体質という3つの特徴をすべて兼ねそろえているのだとしたら、かなりの高確率で、「頭がいい人」とみなせるのではないかと思われる。

なんだか、自慢めいて聞こえるかもしれないが、私は、この3つをすべて兼ねそろえている人間である。

相手が近視であっても、メガネではなく、コンタクトの使用者だったりすると、近視なのかどうかはわからない。

その意味では、多少、判別に困ることもあるだろう。

だがしかし、左利きかどうかは、書類に文字を書いている姿を見れば一目瞭然であるし、花粉症の時期に、涙目になっていれば、アレルギー体質であることも見抜ける。

したがって、これらの特徴をあわせもっている人に出会ったら、「ああ、この人はたぶんキレ者なんじゃないかな」とみなしてもよいわけだ。

身長が高い人は「プライド」も高い 仕事をするにあたっては、背の高さがモノをいう。

一般的には、背が高い人ほど、男女とも出世の見込みが大きくなることが知られている。

英国リバプール大学の T・メラメッド博士が、ある会社に勤める男女の従業員の身長と、それぞれの地位を調べてみたことがある。

なお、調べた対象の男性の身長は 163センチから 193センチまでで、女性は 147センチから 180センチまでであった。

その結果、男女ともに「身長が高い人ほど、出世して高い地位にいる」というきれいな比例関係が見られたという。

その人の仕事ぶりがどうのということより、その人の背の高さで、ある程度の出世も予測できたというのだ。

心理学者は、ある人物を見て、だいたいどのポジションまで昇進・出世できるかを予測できるが、それはその人の「背の高さ」を見ているわけである。

男女とも、背が高い人ほど昇進しやすいという傾向があるからだ。

別に難しい手がかりに頼っているわけではないので、これは簡単な読心術であるといえる。

なお、背の高さについては、もうひとつ読心できることがある。

それは、その人の〝プライドの高さ〟だ。

こちらに関しても、「背が高い人ほど、プライドも高い」というきれいな比例関係が見られることが判明している。

フロリダ大学のチモシー・ジャッジ博士によると、背が高い人ほど、プライドが高く、それゆえ負けず嫌いで、頑張り屋さんが多いというのである。

ジャッジ博士によると、背が高い人に組織のリーダーが多いのは、「プライドの高さ」が影響しているとのことである。

背が高い人は、意外に、鼻っ柱が強くて、プライドも高い。

そういう人には、冗談でも、悪口を言ってはいけない。

なぜなら、彼らはプライドが高いだけに、本気であなたに食ってかかってくるかもしれないからである。

ちょっとした冗談のつもりで言ったことも、彼らには冗談にならない場合が多いのだ。

「バカだなぁ〜」という軽い言葉で、「バカとはなんだ!」と怒鳴られて、険悪なムードになりたくなければ、その種の冗談は控えるべきである。

身長というのは、立った姿を見ればすぐにわかる手がかりである。

その意味では、簡単に読心術ができる特徴であるともいえる。

座ったままでは、相手の身長を判断するのは難しいが、並んで立ってみれば、自分の身長を基準にできるから、だいたいの身長を予測することができよう。

そして、もし自分よりも身長が高ければ、「ああ、僕よりもプライドが高そうだな」と考えてよいわけであるし、逆に、自分よりも身長が低ければ、「私に比べて、プライドは低そうね」とみなしてよいわけである。

「大きいもの」を好む人は「不満」をかかえている その人の持ち物は、その人自身について雄弁に物語る。

持ち物には、その人の願望が強くあらわれるからだ。

ニューメキシコ州立大学のケリー・ティアンは、あるハイテク企業の社員の持ち物を調査して、それぞれの社員の持ち物には、その人自身の性格が強く反映されることを突き止めている。

たとえば、背が小さかったり、小柄な体つきをしている人ほど大きな自動車を好む。

この場合の自動車は、その人の身体の小ささを〝補償する〟働きをしているのだと考えられるわけである。

一般には、大きなカバン、大きな手帳、大きなボールペン、大きなネクタイピンなど、大きなものを好む人には、自分のことを実際以上に大きく見せたいという強い願望があるものと考えられる。

自己顕示欲が強く、自己アピール願望が強いのだ。

「あれ、この人はこんなに大きなカバンを持って、重くないのかな?」「あれれ、この人はこんなに大きな万年筆で、使いにくくないのかな?」 そう思うのであれば、それは相手が今のポジションに満足しておらず、もっと大きな地位にあがりたいという欲求不満のあらわれか、あるいは自分を他人に顕示したいという欲求のあらわれだと解釈できるだろう。

逆に、小さな手帳、小さなメモ帳、小さなカバンなど、小さなものを好む人は、現在の自分に満足していて、あまり不満がない人である。

こういう人には、「何か欲しいものがある?」と尋ねても、「べつに……」と答えることが多い。

彼らは遠慮しているわけではなく、本当に今の自分に満足していて、別段ほしいものがないのである。

また、自分に満足している人は、所有物が小さいという特徴だけでなく、そもそも〝所有物が少ない〟という傾向もある。

余計なモノは、何ももたないというシンプルライフを実践している人は、あまり物事に執着することもなく、不満屋でもないのである。

そういう人にカバンや机のなかを見せてもらうと、驚くほど何も入っていなくて、スッキリしていることがわかる。

そういえば、私の個人的な印象では、携帯にじゃらじゃらとストラップをつける人間には、不満屋が多いという特徴があるような気がする。

彼らは、悶々とした不満をいつも抱えていて、自分を変えたいと思っているタイプが多いような気がするのだ。

不満がある人は、いろいろな持ち物を所有することで、代理的な満足を得ているのであろう。

そのため、その人の所有物の数を調べれば、どれくらい不満を抱えているかまでわかるのである。

その人の持ち物の「色」に注目する 持ち物の大きさだけではなく、「色」も重要である。

その人がどんな色を好むのかによって、その性格も見えてくるからだ。

相手のカバン、ペン、ベルト、ネクタイ、カフスボタンなど、相手のこだわっている小物を中心に、どんな色が使われているのかをみれば、およその性格はわかるものである。

アメリカの色彩心理学者 F・ビレンによると、成人の場合には、好きな色によって性格を見抜けるという。

「赤が好き」……感情の起伏が激しく、現実的な享楽主義者「茶が好き」……几帳面で鈍い「青が好き」……精神的な面を重視する内向型「オレンジが好き」……八方美人で個性がない「黒が好き」……二面性を持っている。

ジキルとハイド また、スイスの色彩心理学者のルッシャーによると、「紫が好き」……精神的に不安定 ということも判明している。

だいたいこれくらいの読心術ができれば十分であろう。

たとえば、いつでも赤色のハンカチを愛用している人がいるとしよう。

その人は、笑っていたかと思えば、すぐに怒りだしたりする感情的なタイプだ。

付き合いのがちょっぴり難しく、気難しいところがあるともいえる。

茶色の財布を何よりも大切にしている人は几帳面である。

このタイプは、事務的な作業に向いていて、忍耐力もある。

ただし、ヒラメキを必要とするような仕事にはあまり向いていない。

青色のシャツばかりを好んで着ている人は内向型だ。

青色というと、何となく社交的なイメージがあるかもしれないが、彼は本当は一人でコツコツと仕事をするのが好きなタイプだといえる。

オレンジ色の鮮やかなカバーの表紙を好む人は八方美人である。

こういう人は、だれとでもソツなく付き合うのが得意である。

ただし、いつでも「はい、あなたのおっしゃる通り!」と答えるイエスマンなところもあって、自分の意見をあまり出さない。

全身を黒一色でコーディネイトしている人は秘密主義で、だれにも本当の自分を見せない。

一応は、それらしく自分を演出するのだが、肝心なところで本性はさらけ出さない人である。

このタイプは、変わった趣味を持っている人も多い。

紫色を好む人はややノイローゼ気味である。

ちょっと病的な人が紫色を好むことが知られていて、作曲家のワーグナーや、レオナルド・ダ・ヴィンチが好んだ色でもある。

なお、色を手がかりにして読心術をするときには、「こだわりの持ち物の色」に注目することがポイントである。

スーツは黒、ネクタイは赤、カバンは茶色だったとしても、混乱してはいけない。

相手がどこに一番こだわっているのかを聞いて、「僕は、カバンにこだわっているんですよ」という答えが返ってきたのなら、茶色を中心にして読心術を行えばよいのである。

「色」派は感情的、「デザイン」派は理性的 持ち物のデザインもまた、読心術の手がかりを提供してくれる。

第一に、わかりやすいのは、〝直線〟を多用したデザインなのか、それとも〝曲線〟を多用したデザインなのかに注目することだろう。

相手のこだわりの持ち物が真四角であるとか、とにかく角っぽい感じのデザインなら、その人は〝男性的な性格〟である。

ズバズバと自分の言いたいことを述べ、競争的なところがあり、性格はサバサバしている。

逆に、ハート型や卵型などの曲線的な感じのやわらかい感じのデザインなら、その持ち主は〝女性的な性格〟だということがわかる。

このタイプは、モノの言い方が婉曲的でやわらかいが、あいまいでわかりにくい。

また、あまり人の上に立ったりするのが嫌いで、一歩引いた性格である。

女性の場合だと、パンツを好む女性は男性的で、スカートを好む人は女性的である。

だいたいパンツは、直線的なデザインでできているものが多く、それゆえパンツを好む女性は、男性的なのである。

スカートは、やわらかな曲線を描いたデザインのものが多く、したがってスカートを好んではく女性は、女性的な性格なのである。

私の個人的な感想でも、パンツルックの女性は、髪の毛がショートで、あまり化粧もせずにさっぱりした人が多い。

スカートの女性は、髪の毛もロングで、女性らしい女性が多いような気がする。

さらに、持ち物を選ぶときに、色を重視するか、それともデザインを重視するかによって、その人の性格もわかる。

アメリカの心理学者アルシューラーとハトウィックは、『ペインティング&パーソナリティ』という本の中で、 「色」に興味を示しやすい人は感情的で、「線」や「形」に興味を示しやすい人は理性的だと述べている。

したがって、「どうして、その小物を選んだんですか?」と質問してみて、「色が気に入ったから」というのなら感情的なタイプであり、「デザインがよかったから」と答えるようなら、理性的なタイプであることもわかるのだ。

また、アメリカの心理学者ショルらは、ちがった観点からの指摘を行っている。

彼らによると、「色」にこだわる人は、躁鬱的で外向的であるという。

笑ったり、落ち込んだりと忙しいが、基本的にはだれとでも平気でおしゃべりするような人物は、持ち物は色にこだわって選ぶのだ。

また、ショルらによると、「デザイン」にこだわる人は、分裂質で内向的だそうである。

何を考えているのかわからない不気味さがあって、だれとも口をきかないタイプは、持ち物を選ぶときにデザインを重視するらしい。

持ち物を選ぶとき、色を好む人と、デザインを好む人には、このようなちがいがあることも知っておくと面白いだろう。

column‐ 3相手の本音の読みやすさと年齢差の関係は? 小さなお子さんがいる親なら体験的に理解できると思うのだが、小さな子どものウソは、まことに読みやすい。

ウソをついていれば一発でバレてしまうのが小さな子どものウソの特徴である。

「あのね、お母さん、こ ーんなに大きなカブトムシがいたんだよ!!」 と両手をいっぱいに広げて、息子が言ってきたとしても、「へぇ、 1メートルはありそうね」と本気で感心する親はいないはずだ。

そんなに大きなカブトムシは現実にはいないからである。

このことから、次のような仮説を導くことができる。

子どものウソがバレやすいのだとしたら、その反対、つまりお年寄りのウソは見抜きにくいのであろうか、と。

これに興味を持った心理学者がいる。

米国ヴァージニア州にあるコモンウェルス大学のアイリス・パーハム博士だ。

博士は、若い男女(平均 19歳)と、年配のお年寄りの男女(平均 79歳)に、まずい飲み物をおいしそうに飲んでもらい、相手をだましてほしいという頼みをしてみた。

そして、それがうまくできるかどうかを確認したのである。

その結果、仮説どおり、若い人に比べて、お年寄りのほうがホンネを隠すのが上手であり、見ている人をだませることが判明したのである。

パーハム博士によると、お年寄りは、自分の感情やホンネの手がかりをあまり出さない。

無表情でいることが多く、しかもあまり身体を動かさないので、身ぶりも出さない。

それゆえホンネを読むのが難しいのではないかと指摘している。

そういえば、政治家のお年寄りたちも、若い記者から厳しい質問を受けても、のらりくらりとかわしては、自分のホンネを絶対に読ませない。

彼らのホンネが読みにくいのは、お年寄りだからである。

その点、まだ若い政治家のほうが、考えていることが読みやすいといえる。

仕事がらみの商談でも、相手が年配者だったりすると、非常にやりにくい感じがするのは、「相手が何を考えているのかわからない」という理由が大きい。

若い交渉者に比べて、年配者の交渉者は、心が読みにくいのである。

読者のみなさんも、ホンネを相手に読ませたくないなら、お年寄りの真似をすればよい。

すなわち、ずっと無表情で、身体を動かさず、声のトーンも一定にするなどに気をつければ、相手はあなたのホンネが読めなくなるはずだ。

とはいえ、あまりそういうやり方は、人間としての魅力に欠けるという印象を与えかねないので、たくさん笑って、たくさん身ぶりをまじえるなどをして、ホンネを偽装してしまうやり方のほうが、私はいいと思うけれども。

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