他人の気持ちがわからず悔しい思いをしてきた人へ あなたの少し前を歩いている男性がいるとする。
地図を片手に持っていて、道に迷っているようである。
あなたは彼の後にくっついていくような感じで、しばらく歩いていた。
さて、ここで問題である。
もしこの先の道が二股になっているとすると、あなたの目の前を歩いている男性は、右の道を進むのだろうか、それとも左の道を進むのだろうか。
「そんなこと、わかるわけないじゃん!」 と読者のみなさんは思うであろう。
なにしろ判断の手がかりが少なすぎるのだから。
しかし、心理学者ならわかるのである。
それは〝左の道〟である。
人間は、迷ったときには、「左に曲がろうとする」という、はっきりした行動傾向を示すことが、すでに明らかにされている。
だから、目の前の道に迷った人間が、曲がり角にぶつかったとすれば、「左に曲がるだろう」と予測すれば、ほとんど正解してしまうのである。
山で遭難した人、道に迷った人は、左へ、左へと曲がるので、結局は、同じ場所をぐるぐると反時計回りに歩くことが知られている。
スーパーでもそうで、お客は、だいたい左に曲がることを知っているから、そのような設計がなされている。
ウソだと思うのなら、目隠しをしてまっすぐ歩いてみてほしい。
10メートルも歩いてから、元の場所からのズレを確認してみよう。
おそらく、きちんとまっすぐは歩くことができずに、必ず左に曲がっているはずだ。
水泳でもそうで、目を閉じて泳ぐと、どうしても左のほうにいってしまう。
この例でおわかりになると思うが、 人間の行動というのは、ある程度の確率でもって、 予測したり、見抜いたりすることができるのだ。
本書は、科学的な心理学の研究に基づいて、「人の行動を読む」指南書である。
わかりやすくいえば、読心術の本である。
取引先の担当者が、自分の話に興味を持ってくれているのか。
自分がどれくらい上司にかわいがられているのか。
社内で、自分はどのような存在だと思われているのか。
などなど、自分の知りたいことを知るための手引書として本書を利用していただきたい。
これまで、他人の気持ちがさっぱり読めず、悔しい思いをしてきた読者のみなさんにこそ、本書をお読みいただきたい。
読心術を身につければ、人づきあいでのストレスもずいぶん軽減されるはずだ。
相手が何を考えているのかがわかれば、その対策を立てるのも、決して難しいことではないからである。
どうか最後までよろしくお付き合いいただきたい。
ひそかに人を見抜く技法 目次他人の気持ちがわからず悔しい思いをしてきた人へ
第 1章 「自分」を読む
他人に「どう思われているか」は、ほぼ見抜けるあなたは「名前」で呼びかけてもらえているか他人に見られる「自分」を読む方法「ホンモノの笑顔」と「ニセモノの笑顔」の差はココ語彙力から、その人の「人気度」が読めるお世辞をペラペラ言う人は、嫌われ者か誰にでも許される「うらやましい人」の共通点とは?相手との「距離」は心理的な「距離」に比例する column‐ 1 自分の実力は 20%くらい低くみる
第 1章 「自分」を読む
あなたは「名前」で呼びかけてもらえているか 相手が、あなたのことをどれくらい好意的に評価しているのか。
相手が、あなたにどれくらい親しみを感じて、なじんでくれているのか。
そういうことを一発で判断できる手がかりがある。
ここに注目すれば、ほぼ間違いなく好かれているのか、それとも嫌われているのかがわかるというポイントがあるのだ。
それは、会話をしているときに、きちんと名前を呼びかけてもらえるかどうか、である。
「ねぇ、ちょっとこの書類なんだけど……」 と名前も呼ばれずに、いきなり話しかけられるのだとしたら、あなたはその人から嫌われている(あるいは何とも思われていない)可能性が強い。
なぜなら、もしあなたに対して相手が好意を持ってくれているのなら、おそらくは次のように話しかけてくるはずだからだ。
「ねぇ、篠田さん、ちょっとこの文書なんだけど……」 日本語では、主語が省略されることも多いので、いちいち相手の名前を呼ばなくとも、会話自体は成立してしまうという特徴がある。
けれども、もし相手があなたのことを憎からず思ってくれているのなら、絶対に名前を呼ぶはずなのだ。
どうでもいい相手の名前などは呼ばなくともかまわないが、好きな人の名前なら、呼びかけたいという心理が働くからである。
一度や二度くらい、名前を呼ばれないからといって、それがそのまま嫌われていることの証拠にはならない。
たまたま相手が名前を呼び忘れるということもあるし、あまりにしつこく相手の名前を連呼するのも失礼だという遠慮があるからである。
一日に何回か、名前で呼んでもらえるなら、全然問題はないわけである。
しかし、自分の記憶をたどってみて、「あっ、そういえば、あの人から名前で呼んでもらったことが一度もない!」 というのなら、それはあなたが嫌われていることの証拠になる。
相手との関係をもっと改善する努力を払おう。
カリフォルニア大学のチャールズ・キング博士が、 55組のカップルを調べたところ、お互いに「名前を呼び合わない」カップルは、 5カ月後には 86%が別れていたそうである。
相手に対して愛情がなくなり、気持ちが離れていくときに、真っ先に消えるのが、「相手の名前を呼ぶこと」なのだ。
他人に好かれやすい人は、「 ○ ○くん」とか「 △ □ちゃん」などと、必ずニックネームや名前で呼びかけられる。
けれども、嫌われるタイプは、決して名前で呼ばれることはないし、せいぜい苗字で呼ばれるくらいである。
自分がどれくらい好かれているのかを判断するのは簡単だ。
出会う人から、どれくらい名前で呼ばれるのかを確認してみればいいのである。
10人中 8人の人から名前で呼びかけられるのなら、あなたは社内でも人気者だといえる。
逆に、 10人中 2人くらいしか名前で呼んでもらえないなら、どこかあなたの性格や態度に問題があるということになるのだ。
他人に見られる「自分」を読む方法 みなさんは、おしゃべりするときにたくさん身ぶりをまじえるだろうか。
手をさかんに動かして話すタイプなら、あなたはおそらく聞き手から、好意的な反応を引き出せるだろう。
ところが、おしゃべりをするとき、あまり大げさな身ぶりをまじえないというのであれば、おそらくは否定的な印象を与えている、と予想できる。
「大げさな身ぶりをしていると、かえって相手から嫌われるんじゃありませんか?」 このような疑問をお持ちになった方もいらっしゃるかもしれないが、そういう心配はまったくの杞憂である。
むしろ、大げさな身ぶりを怖れていたら、いつまでも好ましい印象を与えることができない、というリスクについて心配したほうがいいだろう。
ミネソタ大学のスタンレー・ストロング博士は、会話中の身ぶりが、聞き手に与える印象を調べ、次のような結論を得たという。
このデータを参考にすれば、「自分がどういう印象を与えがちなのか」を読むことができるだろう。
自分が会話をしている場面を頭のなかで思いだしてみて、身ぶりをたくさんしているようなら肯定的な印象を与えているだろうし、そうでないのなら、残念ながら、あまりいい印象は与えていないと考えられるのだ。
私たちは、静止した物体よりも、動的な物体を好むところがある。
静止した物体は、しばらく眺めていると飽きるのだ。
優れた絵画は、何時間見ていても飽きないというが、基本的には静止した絵画よりも、動きのあるアニメや映画のほうが、何時間でも見ていられるものである。
身体をまったく動かさず、ただ口だけを動かしておしゃべりする人は、「なんだか、つまらない人だな」という印象を与えてしまう。
だから、おしゃべりをするときには、なるべく大きな身ぶりを加えたほうがいいのだ。
もし自分の身を振りかえってみて、あまり身ぶりをとっていないと思われるのなら、今日からでも遅くはないから、ぜひ身ぶりをまじえて話すクセを身につけたほうがいい。
手を大きく開いたり閉じたり、頭を大きく振ったりして、大げさな身ぶりをとればとるほど、あなたの評価は確実に高くなるのだ。
「ホンモノの笑顔」と「ニセモノの笑顔」の差はココ 職場でデスクを隣り合わせている女性が、とても疲れているように見えた。
そこであなたは、彼女の心を軽くしてあげようと、 「〝委託内容〟なんて、読み〜〝いたくないよう〟 !」 という会心の(?)ダジャレを聞かせてあげたとする。
すると、彼女は、あなたのほうを見て、ニッコリと微笑んでくれたとしよう。
では、彼女は本当に楽しんでくれたのだろうか。
心から笑ってくれたのだろうか。
もしみなさんが心理学者なら、彼女の笑顔を見て、それがホンモノなのか、それともニセモノなのかを正確に区別することができるはずだ。
今回は、笑顔の見分け方についてのお話をしよう。
どちらのイラストも笑顔だが、どちらかがホンモノで、どちらかはニセモノである。
このイラストは、スコットランドにあるアバディーン大学の心理学者リンデン・マイルズ博士の実験で実際に使われた写真をもとにして作成したものである。
正解をいってしまうと、 Aのほうがニセモノで、 Bのほうがホンモノの笑顔になる。
ここでの判断のポイントは、「目元」と「口元」である。
私たちが、本当に心からおかしさを感じているときには、目元が下がって、小さなシワができ、口元があがって、頬がぐっと盛り上がるものなのだ。
つまり、〝大きな笑顔〟が見られるわけである。
ところが、愛想笑いや、ニセモノの笑いのときには、たしかに笑顔にはなるけれども、目元もそれほど下がらないし、口元もそれほど上がらない笑顔になる。
つまり、〝小さな笑顔〟になりやすいという特徴があるのだ。
したがって、もしあなたがジョークやダジャレを言ったとき、相手が小さな笑顔しか見せてくれないなら、それはお追従笑いであって、心からあなたのジョークで笑っているわけではない、という証拠になるのである。
また、本気で笑うときには、どうしても「声」が出てしまうという点も、ホンモノの笑顔と、ニセモノの笑顔を区別するポイントになる。
ニセモノの笑顔のときには、表情だけでニッコリと微笑むだけで終わりであり、声を発することは少ない。
ところが、ホンモノの笑顔のときには、笑顔を見せると同時に、「ウフフ」「アハハ」という声を発するものなのである。
しかも、その声が大きければ大きいほど、その笑顔がホンモノであることもわかる。
ニセモノの笑いのときには、たとえ声が出ても、 2、 3秒ですぐに終わってしまうのだ。
こうした手がかりを知っておけば、あなたも相手の笑顔の意味を見抜くことができるだろう。
相手が本当に笑っているのかどうかを知りたいときなどに、ぜひお試しいただきたいと思う。
語彙力から、その人の「人気度」が読める だいたい 5分もおしゃべりしていると、その相手の特徴がいろいろと見えてくるものである。
ふだんからたくさんの本を読んでいる人は、やはり表現力が豊かで、語彙も豊富である。
そういう人はまた、一般に、頭がいい。
逆に、あまり本を読むこともない人は、語彙が貧弱である。
もし何か気に入らないことがあったとき、「非常に不愉快です」 と話す人は、おそらく知的なタイプであり、「なんかムカツキます」 と話す人は、あまり知的なタイプではない。
ものの 5分もおしゃべりしていれば、その話し手の語彙力も理解できるので、知性についても見抜けるわけである。
ちなみに、おしゃべりをしている最中の語彙力についていえば、さらにその相手の「人気度」までもが判別可能だということをご存知だろうか。
つまり、語彙力がある →人気者語彙力がない →嫌われ者 という判断ができるのである。
つまり、取引先の担当者が、話していて、あまりにも語彙力が貧困なら、「この人って、社内でもみんなに煙たがられているんだろうなぁ……」とみなしてもよいわけである。
「語彙力がない人は、人気がありません」 と述べているのは、アイオワ州立大学のアーマ・ガレイス博士。
博士は、子どもの生徒に語彙力テスト、表現力テストをやらせる一方、担任の先生に、それぞれの生徒のクラスでの人気度を教えてもらった。
すると、語彙力テストで高得点を挙げた生徒は、先生の評価で人気者とされた人たちであることがわかったという。
たくさんの言葉を知っているほど、人気者になりやすかったのだ。
言葉をあまり知らない人は、不用意な発言や、失言をよくする。
言葉を知らないために、言葉の選び方もうまくできないためである。
その点、語彙力が豊富な人は、相手の気持ちにも敏感に反応でき、ソツのない言葉の選び方ができるので、相手が満足できる会話ができるわけである。
だから、そういう人ほど好かれやすいのだ。
語彙力が貧困だと、それだけで知的でないという印象を与えるし、自分が嫌われやすいことまでも相手に見抜かれてしまう。
だから、なるべくたくさんの本を読んで、語彙力と表現力を磨くことが、人間関係を円満にやるためには必要であるといえるだろう。
読書家で、いろいろなことを知っている人は、人気者になりやすいのである。
お世辞をペラペラ言う人は、嫌われ者か「語彙力のある人ほど、職場の人気者」だとみなせるというお話をした。
これに関連して、ひとつ読心術を追加させてもらうと、「よくお世辞を言う人もまた、職場の人気者である」といえる。
もしあなた自身がお世辞をよく言うのなら、あなたは人気者であろう。
「やぁ、 ○ ○クン、今日も冴えてるね」「おっ、 ○ ×ちゃん、今日は眩しいくらいキレイだね」 こういうホメ言葉や、お世辞をちょこちょこと口から出している人もまた、人気者であるとみなしてよいのである。
「お世辞ばかり言っていると、軽い人だとみなされ、嫌われてしまうのでは?」 と思った人がいるかもしれないが、それは考えすぎである。
お世辞をポンポンと言える人は、一般に、人気者である。
なぜかというと、お世辞を言われて、嬉しくない人はいないからだ。
カナダのウォータールー大学の心理学者リサ・シンクレア博士は、学生に好かれる教授についての特徴を調べてみたことがある。
その結果、教え方がうまいとか、説明が丁寧というようなことなどより、「学生をよくホメる」教授ほど、学生から好かれることがわかったのである。
しかも、よくホメられた学生ほど、やる気を出して、成績もよくなったという。
お世辞やホメ言葉の上手な人は、人気者であるだけではなく、相手にやる気を出させるのがうまい人でもあるとみなしてもよいだろう。
従業員を見かけるたび、「キミは服装がピシっとしているから好ましい」とか、「キミを見ていると、元気が出てくる」などと声をかける社長がいるとしよう。
すると、その社長に対しては、「従業員から好かれているんだろうな……」という読心術と、「きっと従業員は張り切って仕事をしているんだろうな……」という読心術ができるわけである。
人間は、ホメられれば単純に嬉しいのであって、けなされれば悔しい。
だから、ホメてくれる人を好きになるのであるし、批判してくる人を嫌いになるのである。
これは当然なのだ。
せっかく相手のために何かをしてあげても、少しもお礼や感謝の言葉を述べてもらえないなら、「こういうヤツは、みんなに嫌われるんだよな」という読心術をする一方で、自分はそういう人間にならないように気をつけよう。
反面教師とするわけである。
読者のみなさんも経験的におわかりだと思うが、ホメ上手な人ほど、周囲からは好かれやすく、人気者である。
そういう人になる努力をしてほしい。
誰にでも許される「うらやましい人」の共通点とは? 職場で上司にエコヒイキされ、取引先の担当者からはかわいがられ、お客さんからは指名され、初対面の人にも必ず好かれる人には、どのような特徴があるかを、読者のみなさんはご存知だろうか? そんなに難しく考える必要もないが、どういう人ほどチヤホヤされやすいのかを考えてみてほしい。
おそらく、すぐに答えがわかるはずだ。
それでは、正解を言おう。
それは、顔だちのかわいい人(ようするに美人やハンサム)である。
「男は(女は)、顔じゃないんだよ!」「内面の美しさなんだよ!」 というのは、まったくの妄言で、世の中というのは、美人とハンサムばかりがトクをする構造になっているのである。
文化も社会も時代も問わず、昔から、顔だちのいい人ほどチヤホヤされるものなのだ。
フランスにあるピーア・メンデス大学のミヒャエル・デュボーは、 96名のホテルのマネージャーに 6枚の履歴書を見せ、「あなたなら、だれを採用しますか?」 とたずねる実験をしたことがある。
どういう人ほど採用されやすいかを調べるための実験だ。
なお 6枚の履歴書には、それぞれの応募者の顔写真も添付されていた。
とても魅力的な顔だちのものと、まったく魅力を感じさせない写真が用意されていたのである。
その結果、ホテルのマネジャーたちは、履歴書などをあまりしっかり読まず、ただ履歴書に貼りつけられた応募者の「顔だち」から判断を行っていることがわかった。
結局は、顔だちがすべてだったのである。
「あそこの会社って、絶対に〝顔〟で人を採ってるよね」企業によっては、このように陰口をいわれているところもあるが、それはしかたがないのである。
顔だちのよい人のほうが、社内的にも、社外的にもチヤホヤされやすく、それゆえ人間関係がうまくいくものだからだ。
私などは、「顔で採用するのは、少しも差別的なことではないし、むしろ当たり前のこと」だと思っている。
お隣の韓国では、就職活動を控えた学生が、男女ともに美容整形を受ける人が多いというけれども、それはそれで正しいやり方である。
顔がいい人ほどチヤホヤされるし、面接で採用されやすいのだから、美容整形を受けておくのも、事前準備のひとつであろう。
もし、あなたがリーダーや上司で、対外的な折衝などが多く、向こうの会社の人とも仲良くやっていかなければならないような仕事をまかせるときには、「顔だちのいい人」に白羽の矢をたてるのが正解である。
彼(彼女)なら、きっと向こうでもかわいがってもらえるはずだから、仕事もスムーズにいく。
どんなきれいごとを並べても、しょせん「人間は顔が命」である。
顔だちがいい人ほど、仕事もうまくいくと予想して大丈夫なのだ。
相手との「距離」は心理的な「距離」に比例する 私たちは、「なんだか、この人イヤだな……」という人からは、なるべく距離をとろうとする。
嫌悪感があると、どうしても近づいていけないのである。
カエルが嫌いな人は、カエルを目にすれば、なるべく遠く離れようとする。
生理的に苦手なものに対しては、おいそれと近づくことができないからである。
それは相手が人間であるときもそうで、「なんだか嫌い」という感情があると、その人のそばには近づけないのだ。
したがって、目の前の人物と、あなたとの物理的な距離を測ってみれば、その人があなたに気を許しているのか、好意を抱いているのかなどがわかるのだ。
物理的な距離感は、そのまま〝心理的な距離感〟をもあらわしているわけである。
もしあなたが好かれているのなら、相手はテーブルにお腹をくっつけるほど、身を乗り出してくるだろう。
なぜなら、好きな人には近づきたいというのが自然だからである。
逆に、あなたが嫌われているなら、相手はできるだけ椅子を後ろに引いて、なるべくあなたと距離をとろうとするであろう。
あなたに近づいてほしくないと思っているから、どうしても離れようとするのだ。
カリフォルニア大学のデール・ロット博士は、こんな実験をしたことがある。
お互いに向き合っておしゃべりをさせるのだが、「好きな位置に椅子を動かしてかまいませんよ」と伝えておいたのである。
すると、気楽な相手の場合には、近い位置に椅子を動かしたのに対して、「どうも苦手」というときには、椅子を後ろにずらして座る人が続出したのだ。
あまり近づかれても困る、ということであろう。
相手との距離感を見て、相手がテーブルの上に身を乗り出してくるようなら、あなたは好かれているということであり、あなたの話は面白いと相手が喜んでくれているということであり、もっとずっと一緒にいたいという意思表示である。
こういう場合には、打ち合わせにしろ、商談にしろ、スムーズにいくことが多い。
なにしろ、相手はあなたのことを受け入れているのだから。
安心してそのまま話をつづけても大丈夫だろう。
ところが逆に、相手が椅子を引くような格好をとったり、背もたれにもたれかかるようにして、あなたから身を引いているのであれば、あなたが嫌われているか、話が退屈であるか、とにかく危険なサインである。
こういうときには話題を転換するとか、相手を楽しませる努力をしたほうがいい。
相手が何に対して不愉快な思いをしているのかわからないが、その原因を排除しておかないと、話が進展しないからである。
部屋の室温が暑すぎるとか、早く帰りたいとか、そういう気分のときにも、相手はあなたと距離をとろうとする。
ともかく不快を感じているのは間違いないので、その原因を潰しておくことが大切だ。
column‐ 1自分の実力は 20%くらい低くみる 本書は、「人を見抜く」ための本であるが、 1章では「自分を知る」ためのテクニックについて考えてみたい。
他人を知ることも大切だが、自分の本当の姿を知ることも、同じくらい重要だからである。
孫子は、「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」と述べ、「敵を知る」ことと同様に、「自分を知る」ことをも重視している。
「他ならぬ自分のことなんて、自分が一番よくわかっているさ」 と鼻で笑いたくなった読者もいるだろうが、それは大間違いだ。
自分を知るのは、本当はとても難しいことなのである。
なぜなら、私たちが、自分を見るときの目は、とんでもなく曇っているからである。
私たちは、自分に対しては〝いい点数〟をつけがちである。
他人には厳しい目で見るくせに、自分のことに関しては、とても甘い点数をつけがちなのだ。
たとえば、「あなたの仕事の実力はどれくらいですか?」と聞いてみると、本当は 60点の実力しかない人でも、平気で 80点くらいの点数を自分につけてしまうことが知られている。
ビジネスマンを対象にした調査で、「あなたの仕事ぶりは、平均以上ですか? それとも平均的ですか? あるいは平均以下ですか?」と尋ねてみると、 7割以上の人が「平均以上」と答え、残りの 3割が「平均」と答え、「平均以下」と答えた人はゼロだったという。
それくらい私たちはうぬぼれ屋さんなのだ。
また、こんな調査もある。
テキサス大学の K・ S・マイケルソンは、小さな子どものいる夫婦約 2000名に対して、子どもと遊んであげるとか、ご飯を食べさせてあげることなど、 11の行為について、自分の貢献度を教えてもらったことがある。
すると、不思議なことに、父親も母親も、自分の貢献度を高く見積もっていたのである。
「私は(俺は)、子育てをこんなに頑張っているんだぞ!」とお互いに思っていたのだ。
マイケルソンによると、夫婦は自分の貢献度を 17・ 6%も多く見積もる傾向があったという。
数多くの研究を総合的に考えると、だいたい私たちは、実力にしろ、払った努力にしろ、約 20%くらい大目に見積もってしまうといえる。
したがって、本当の自分の姿を知りたいなら、自分が考えている自分の姿よりも、逆に 20%くらい差し引いて考えたほうがよいのである。
そのほうが、自分の姿を正確に知ることができるからだ。
あなたが自分のことを 80点くらいのハンサムだと思っているのなら、自分の得点からさらに 20点を引いて考えよう。
それがあなたの本当の魅力の得点になる。
あなたが自分のことを知能指数が 150を超える〝大天才〟だと思っているのなら、そこからさらに点数を 20点くらいひいて、「ほどほどの秀才」だと思ったほうがよいかもしれない。
自分の本当の姿を知るのは、苦痛なことかもしれないが、正確に知りたいと思うのなら、自己評価は辛めにつけておいたほうがいいのである。
自分を甘やかしていたら、本当の姿はいつまでもわからないからだ。
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