第3章ネガティブ社員はこう扱え──消去
ケース─皮肉屋の本音に迫れ1人にレッテルを貼るな2「皮肉を言う行動」の随伴性3消去の手続き4バースト5消去と弱化6消去は行動の変動性を高める
皮肉屋の本音に迫れ「聞いたよ、サカモトさん。
物流課のこと」ある日の昼休み、製造部長の岩崎啓太は、サカモトを食事に誘うと、ニコニコしながらこう言った。
「だいぶ大ナタを振るったんじゃないのかい?」岩崎は、初日のミーティング以来、サカモトを気に入っているらしい。
「いえ、そんなことありませんよ。
基本的には皆さん上から下までよい仕事をしたいと願っている方たちばかりですから。
私はただ、皆さんが思っていることを実現できるよう、ほんの少しのコツを行動分析学の見地からアドバイスさせていただいているだけで」「そう、その行動分析学とやらを、私にも教えてほしいんじゃが」「もちろん、結構ですよ。
ありがたいお申し出です。
でも、何か解決したい問題があるんですか?」「いや、ちょっとね。
行動分析学というのは、皮肉屋も変えることができるんじゃろか?」「皮肉屋ですか?」サカモトが詳しく話を聞いてみると、こういうことらしい。
製造部は生産第1グループと第2グループとに分かれている。
その第1グループのほうに、頭はよいのだが皮肉屋の若者がいるのだという。
「小田切というんじゃが。
現場ではもう一人前で、頭もよいので、できれば遠からず職長にしたいと思っているんじゃが。
これが最近、どうにもひねくれてしまって」「ひねくれて、ですか?」「そう。
特にノルウェー・モバイルにくっついたあたりから、皮肉ばかり言うようになってしまったんだ。
上司や周りの人間が反論しようとしても、小田切のほうが頭がよいもんじゃから、議論になっても勝てなくて」岩崎は苦笑しながら言った。
「そうですか。
私が一度、話してみましょうか」岩崎の顔がパッと輝いた。
「そうしてくれるか。
そうしてくれると助かるわ」話し合いの場所として、ちょうどこの時期に開かれる、次期の目標設定面談が用いられることになった。
この面談は通常、グループ長とグループ員との間で行われるが、今回は合併して初めての目標設定ということでもあり、部長の岩崎も同席することになっていた。
「ところで岩崎さん、面談の際に、お願いしたいことがあるのですが」とサカモトが切り出した。
「小田切さんが、もし皮肉を言ったりネガティブなことを言ったりしても、基本的に無視していただきたいんです」「無視?」「ええ。
これはグループ長にもお願いしたいことなのですが。
人間の行動というのは、随伴性というものによって維持されているんです。
小田切さんが皮肉を言うと、普通は皆さん、どのように反応しておられますか?」「それは、反論しようとするわな」「もしかすると、それが小田切さんの皮肉を言う行動を維持強化しているかもしれません」「どういうことじゃ?」「詳しくは別途ご説明しますが、簡単にいうと、小田切さんがネガティブなことを言うのは、周りが反論してくれるせいだ、とも考えられるのです」「うーん。
それは思いもよらなかったが。
でも、言わんとすることはわかる気がする」「ありがとうございます。
実はM&Aの現場では、こうした場面は珍しくないのです。
今回のケースについては、これはまだ仮説にすぎませんが、小田切さんが皮肉やネガティブなことを言うようになったのが特に合併後であるとすると、彼は大日本エレクトロンから切り離されたことや外資系企業に合併されたことに、絶望や不安を感じているのかもしれません。
そして、その絶望や不安を誰かに払拭してもらいたいと思っている。
そんな気持ちでいるときに、職場でネガティブなことを言ってみると、周囲が『そんなことないよ』とポジティブに反論してくれる。
それが彼の言動をかえって維持強化している可能性があります」「なるほど」「そこで、行動分析学でいうところの『消去』を今回は使ってみようかと思うのです。
消去についての詳しい説明はあとでさせていただきますが、この場合でいえば、要は、小田切さんが皮肉やネガティブなことを言っても、周囲が『そんなことないよ』などと言わない、という戦術をとるのです。
そうすれば、じきに彼のネガティブな言動は消去されると思われます」「そうか。
もし小田切がサカモトさんの言うような心理状態でいるなら、何も言ってやらないのは、ちと可哀想な気もするが」「確かに、短期的には可哀想かもしれません。
でも、その分、小田切さん自身のポジティブな言動を強化してあげればよいので」「なるほど、わかった。
それじゃあ、グループ長の金本にも伝えて、そのようにやってみよう」「きょうは、ずいぶんと大勢なんですね」目標設定面談が始まると、小田切は開口一番そう言った。
「うん。
今回はノルウェー・モバイルと一緒になって初めての目標設定でもあるから、岩崎部長と、HRビジネスパートナーのサカモトさんにも、同席してもらうことにしたんだ。
時間も倍とって」と、生産第1グループ長の金本が説明する。
「ふーん。
大きな会社に吸収されると、何だか複雑になって大変ですね。
偉い人が大勢で。
もったいない」と、さっそく小田切の皮肉が始まる。
金本は、思わずカッと反論しそうになるが、そこにサカモトが割って入った。
「きょうは、せっかくですから、私もただ見ているだけでなくて、小田切さんとお話しさせていただきたいと思っています。
よろしくお願いします」「はあ」と小田切。
そして、気を落ち着け、きょうは消去を使うのだったと再認識した金本グループ長との間で、面談が始まった。
「えーと、小田切君の昨年の業績は、目標達成率で一五〇パーセント。
とてもよい仕事をしてくれたね」「でも、その結果が事業部ごと売り払われるというのでは、頑張ったかいもありませんでしたけどね」またも皮肉。
しかし今度は反論を思いとどまった金本は、無視して話を続ける。
「今年の自分の目標については、どう考える?」「そんなの、親会社から与えられるんじゃないんですか?」「いや、現場の目標は現場の人間が考えないとね。
で、どうしようか、今年は」
(ほう、金本のやつ、小田切のペースに乗らずに話を進めようとしておる。
なかなかやるわい)岩崎は心の中でつぶやく。
「できない目標なんて立てたって、しようがないですよ」「できない目標?立ててもいないのに?」「立てたって無駄ですよ」小田切の反応は、だんだんと論理性を欠いてくる。
(何をわけがわからんことを言ってるんだ。
あいつらしくない)岩崎は興味をそそられながらも、なぜか一抹の不安を感じた。
一方、金本のほうは、要領を得始めたらしい。
小田切の暴言にも、「無駄なんてことはないよ!」などと正面から反論はしない。
(もう、その手には乗らないよ)とでも思っているのか、多少の余裕を見せながら、「まあ、ともかく立ててごらん」と促す。
しかし、そんなやりとりをしばらく繰り返すうちに、とうとう小田切が爆発した。
「こんなこと、意味ないですよ!」「こんなことって、面談がか?」「面談も目標設定も、仕事だってそうです!」小田切は、顔を真っ赤にして叫ぶ。
こんな彼を今まで見たことがない金本や岩崎は、あっけにとられてただ聞くばかりになった。
「真面目に目標を考えても、一生懸命にそれを達成しようとしても、結局は会社から捨てられちまったじゃないですか。
今度だってそうですよ。
頑張ったところで、いつかまた売り払われてポイなんだ。
それなら、こんなところで面談したって、しようがないんだ!」小田切の胸のうちは、やはり予想通りだったとはいえ、こういうシチュエーションでどうしたらよいのかは、岩崎や金本にはわからない。
反論するか?いやいや、それでは何のためにここまで消去してきたのかわからなくなる。
では問答無用で叱るか?いや、それで小田切がひねくれたりしては逆効果だ。
けれども、小田切の主張をその通りと認めるわけにもいかない。
それではわれわれみんなが未来を信じられなくなってしまう。
金本が返答できずに黙り込んでしまい、岩崎もどう反応したらよいかわからず口だけをパクパクさせていると、おもむろにサカモトが静かな口調でこう切り出した。
「小田切さん。
小田切さんは、何をやりたいと思って、大日本に入られたのですか?」意表を突くような質問に、小田切の激昂が一瞬、静止した。
「もう一度、お尋ねしますね。
小田切さんは、何を楽しみに、大日本に入ったのですか?」「え、えっ!?何を楽しみに……?」興奮をぶつける対象を失った小田切は、風船がしぼむように急速にテンションを下げた。
「そ、それは……生産ラインでモノが出来上がっていくのを見るのが楽しくて……」それを聞いたサカモトは、嬉しそうな顔をして言う。
「ほう。
モノが出来上がっていくのが、ですか?」「そう。
自分の父親は小さな工場をやっていて、だから自分も子どもの頃からものづくりの現場を見て育ったんです」「それはすばらしいご経験ですね」「でも、父親の工場は部品メーカーだったので、自分はいつか大きな会社で、世の中の人が直接手にとって使うようなものを作りたいと思ったんです」「それで、大日本に入った」「ええ。
配属されたのが携帯電話を扱う事業部で、これだったらカッコよいし、誰にでもわかるからって、自分なりに誇りにしていたんですが……」「小田切さん。
それって、今だって変わっていないのではないですか?」とサカモトが問うと、小田切は、ハッとしたような顔をした。
「確かにノルウェー・モバイルは、日本ではまだあまり普及しているブランドではありません。
でも、世界では最大。
ということは、地球上で最も多くの人が手にしているのが、われわれの作った携帯電話なのではないですか」サカモトがそう言うと、茫漠とした悲しみに覆われていた小田切の目に、光が灯りだした。
「小田切さんは、どう思いますか?」「うん。
……そうですよね。
携帯づくりは、これからだって、できるんだし……。
大日本では、携帯事業は儲からない小部門として低い扱いを受けてきたけど、ここなら、携帯を専門にやっているんだし。
ノルウェー・モバイルに来て、よかったのかもしれないな……」小田切が小さな声でそうつぶやくと、サカモトは満面に笑みを浮かべ、大きな声で、「そうですよ!ザッツ・ライト!」と叫んだ。
それからは小田切も落ち着き、目標設定は円滑に進んだ。
彼は今期の目標として、品質のさらなる改善を目指すことにした。
評価指標は良品率。
「大日本のときより、もっと高くしてみせる。
ノルウェー・モバイルの標準品質よりも高くして、どこにも負けないトップクラスの品質を狙う」小田切は今、燃えている。
「それにしても、一時は冷や汗をかいたよ」面談のあと、岩崎はサカモトに言った。
「またサカモト・マジックに助けられた感じだ」「いや、あれは金本さんのおかげです」サカモトは金本に言う。
「私が?とんでもない。
途中、調子に乗ってしまったせいか、配慮に欠けていたためか、小田切を怒らせてしまって。
消去の使い方が間違っていたんでしょうか?」「いえいえ。
金本さんの姿勢は、お見事でした。
最初からなかなか、あのようにはできません」「では、何がいけなかったんでしょう?」「実をいえば、いけないことは何もなかったと私は思います。
確かに金本さんが消去を続けたとき、小田切さんは激昂しました。
でもそれは、『バースト』という現象で、消去のプロセスでは、よくあることなんです」「バースト?」「行動分析学の用語なので、あとで詳しくご説明しますが、まあ、その名の通り、『爆発』するのです」「穏やかじゃないな」「ええ。
ただ、人や組織の行動変化は、いつも平穏に済むものではありません。
時には、こうした突発的なことも起こるのです。
それをわれわれはきちんと理解し、覚悟して会社をよくしていかなければなりません」「うーん。
やさしいだけでも、駄目なんだな」「その通りです。
ただ、相手が激昂したからといって、こちらも理性を忘れて感情的に牙をむくようなことをしては、逆に組織はバラバラになってしまいます。
ですから、バーストが起きたときには、相手の矛先を外し、かつ相手の心の中心にすっと剣先が向くような質問を、静かにしてあげることがコツです。
これは、行動分析学というよりは、実務家としての私の経験的なセオリーですが」「まるで剣道の極意だな。
サカモト竜馬の名に恥じない」岩崎が言う。
「ああ、それで、『何を楽しみに、この仕事を始めたのか』みたいな質問をされたんですね」と金本。
「その通りです。
バーストが起こることは予想できたはずなので、本当は金本さんにそのときの対処法を事前にお話しするべきでした。
すみません」「いやいや。
勉強になりました」「な、行動分析学というのは、結構役に立つじゃろう?」岩崎は自慢げに言った。
「部長。
部長は私と同じくらい、まだ行動分析学については知らないのに、何言ってるんですか」と金本はからかった。
「あはは。
そうじゃった。
では、サカモト君に、講義を受けようか」解説第1章と第2章で、人の行動を抑制する四つの基本随伴性について解説した。
強化随伴性が二種類、弱化随伴性が二種類であり、いずれも、行動直後の状況の変化が、行動の原因となっていた。
しかし日常生活では、行動をしても、状況の変化が何も起きないこともある。
それが本章で取り上げる消去だ。
1.人にレッテルを貼るな第3章では、製造部長の岩崎が部下の小田切についての相談をサカモトに持ってくる。
小田切は頭はいいが皮肉屋で、それを何とか変えたいというお悩みだ。
岩崎部長の真摯さが伝わってくる話だが、しかし小田切を「皮肉屋」と呼ぶことは慎みたいし、危険でもある。
小田切がネガティブな発言を多発する原因を「皮肉屋だから」と考えては、医学モデルに陥ってしまう。
皮肉屋だからネガティブ発言をすると考えるのではなく、人の話に対してネガティブな発言をする傾向のある人に、周囲はわかりやすく「皮肉屋」というレッテルを貼るのだと考えるべきだ。
皮肉屋だからネガティブ発言をするのではなく、ネガティブ発言という行動を「皮肉屋」とわかりやすく名づけたにすぎない。
「彼は○○屋だ」という具合に人間を定型的な分類に当てはめることは、人の話をするときには便利な方法だ。
日常生活でするぶんにはいっこうにかまわない。
しかし、相手の行動を変えようとするときには、意味がないし、危険だ。
そういう捉え方をしている限り、その人は永遠に変わらないし、変える手段も見つからない。
人を変えるためには、レッテルではなく具体的な行動に注目しなければならない。
それこそが実効性のある行動分析学的なアプローチである。
2.「皮肉を言う行動」の随伴性どんな行動でも、強化の随伴性があるから繰り返される。
小田切が皮肉に聞こえる言動を繰り返すのも、たとえば図3-1のような随伴性が成立しているからである。
現状では、小田切がネガティブな(皮肉な)発言をすると、周囲が反論する。
たとえば彼が「一生懸命に働いたって、ろくなことにはならない」と言えば、周りの人は「そんなことはないよ。
努力していれば、必ずよいことがある」と言ってくれる。
つまり、小田切が皮肉やネガティブなことを言えば、その結果として、一種の励ましが返ってくる。
これが彼の今の行動を維持強化していると考えられる。
ところで、図3-1を見ると、小田切の皮肉な発言を強化しているのは、周囲の同僚たちだ。
おそらく岩崎部長もだ。
周囲の人々は、小田切の皮肉を何とかならないかと苦々しく思いながら、実は、それとは気づかぬうちに自分たちが小田切の皮肉を強化している。
なぜだろう。
それは、小田切の皮肉を強化する行動もまた、図3-2のような随伴性でコントロールされているからだ。
たとえば小田切がネガティブな発言をしたときに、こちらが反論をすると、彼は安心したような満足したような顔をする。
その表情が好子となって、反論するという行動が強化されているのである。
3.消去の手続き小田切が不適切な発言をするのは、周りがそれに応えているからだ。
この論理は、周囲の人々には心外かもしれない。
まるで自分たちが小田切の言動を作っているようではないか──そう思う方もいるだろう。
だがある意味、その通りである。
人の行動は周囲の環境から得られる状況の変化によって決まる。
だから、まったく意識はしていないだろうが、小田切の皮肉な言動は、周りが作り出しているともいえるのだ。
だが、発想を転換すれば、これはグッドニュースだ。
なぜなら、周りの人間が小田切の行動を作っているのなら、同じように周りの人間が彼の行動を変えることもできるはずだからだ。
それでは、どうすれば小田切のネガティブな発言をやめさせることができるのか。
サカモトはここで消去という手法をとった。
消去これまで強化されていた行動に対して、強化の随伴性を中止するとその行動は減少する小田切の皮肉は周囲の人々が与える好子(反論)の出現で強化されていた。
だから皮肉を言ってもいっさい好子が与えられなければ、皮肉は強化されない。
つまり、言わなくなるというのが理屈だ。
小田切が皮肉を言っても、聞こえぬふりをして、こちらは無反応を決め込めばよいのである。
これが、この場合の消去の手続きだ(図3-3)。
4.バースト消去は、最終的には対象となる行動を減少させる。
しかし、その過程は一直線ではない。
消去の手続きを開始した直後に、行動の頻度と強度がかえって一時的に爆発的に増加することも少なくない。
小田切も、金本が反論しないことで強化の随伴性を中止したところ、まもなく「こんなこと(面接のこと)、意味ないですよ!」「面接も目標設定も、仕事だってそうです!」と、周囲が今まで見たこともない激しさでネガティブなことを言い連ねた。
これをバーストという。
壊れている自動販売機にコインを入れてボタンを押しても、ビールは出てこない。
消去だ。
しかしビールが買えないからと言って、すぐに立ち去るお人好しはいない。
まず、もう一度押してみる。
それでもだめなら、少し強く押す。
それでもだめなら、たたく。
蹴飛ばす!バーストだ。
バーストが起きたときには、どう対処すればよいだろうか。
小田切に対し「いやいや、そんなことはないよ」などと言ってしまうのは、最もよくない。
なぜなら、それでは強化の随伴性を復活させてしまい、さらに皮肉を言い続けることになる。
バーストが起きたら、まずはこちらが何より落ち着くこと。
バーストは予測される行動なのだから、決してうろたえたり逆上したりせず、そのまま消去を続けさえすればよい。
そうすれば、いずれは小田切のネガティブな発言は減っていく。
どれくらい消去を続けなければいけないかはわからない。
それまで皮肉がどのように強化されたか、強化の履歴によるからだ。
ただ、サカモトはここではもう少し高度な技を使う。
彼はバーストを起こした小田切に、静かな口調でこう尋ねるのだ。
「小田切さん。
小田切さんは、何をやりたいと思って、大日本に入られたのですか」これは、それまで小田切がわめいていたことへの反論ではない。
だから強化の随伴性を復活させたわけではない。
サカモトは、ここで静かに小田切の気持ちの矛先を変えようとしたのだ。
意表を突かれた質問に、小田切は肩すかしをくったようになり、思わず、「それは、生産ラインでモノが出来上がっていくのを見るのが楽しくて」と答えてしまう。
すると、それを聞いたサカモトは、嬉しそうな顔をする。
これは実は意図的な反応だ。
物が出来上がるのを見るのが楽しいという、小田切の前向きな発言を強化しようとしたのである。
そして、小田切の父親が小さな工場を経営しており、彼も子どものときからものづくりの現場を見て育ったという話を聞いて、「それはすばらしいご経験ですね」と言う。
これは、ポジティブな方向に向かい始めた小田切の発言を、さらに促すための強化だ。
そして小田切が話を続ける中で、彼がなぜ大日本に入ったのか、彼がやりたいことは何なのかも知ることになる。
そして、「それって、今だって変わっていないのでは?」という問いを発するのだ。
これで小田切の視点が変わる。
実は会社が変わっても、彼のやりたいことはできるのだと、彼自身が気づく。
そして思わず口をついて出た「ノルウェー・モバイルに来て、よかったのかもしれない」というポジティブな発言に、サカモトは満面の笑みを浮かべ、大きな声で「そうですよ!ザッツ・ライト!」というのだ。
これは、笑みや同意といった好子を提示することによる強化である。
こうして小田切は変わっていったのだ。
5.消去と弱化消去は人の行動を減らす。
一方、弱化も同じく人の行動を減らす。
両者の違いは何か。
消去と弱化はともに行動を減らすが、減る過程が違う。
消去を行うと、行動は一時的に増え(バースト)、それから徐々に減っていく。
しかし弱化を行うと、行動は一気に減る。
第2章で、嫌子を使うことの弊害を述べたが、この点を考慮すると、やむをえず嫌子による行動のコントロールが許される場合がある。
たとえば犯罪行為や反
社会的行為、生命に関わる行為など、すぐにやめさせることが必要な場合である。
消去を使っても、これらの行動は最終的には減る。
しかし、消去による行動の減少には弱化よりも時間がかかるし、その前にバーストなど起こされては、たまったものでは無い。
さらに、消去を実行するには、その行動を維持する好子が何か特定できている必要がある。
たとえば以前、ピッキング強盗という空き巣が都市部を中心に横行したが、連中が窓から侵入せず、わざわざ玄関のドアを開けようとするのは、それをすると鍵が開いてしまうからだ。
つまり、ピッキングという行動が、鍵が開くという結果によって強化されていたのだと考えられる。
これに対して、ピッキングに強い鍵をつけるというのは、一種の消去である。
開けようとする行動に対して、鍵が開くという好子が現れないようにするからだ。
世の中の家すべてがこうすれば、ピッキングは最終的には減る。
しかしその前には、バーストが起こる。
今までピッキングを繰り返してきた強盗が、ある日、一軒目を開けようとしても開かず、二軒目も開かないとなると、彼(または彼女)は開けられるドアを探して片端からピッキングを試みるだろう。
そして何軒目かで、たまたま鍵を開けることに成功してしまったら、ピッキングは再び強化されてしまう。
だからやはりパトロールを厳重にして、「ピッキングをしていると、見つかって逮捕される(罰せられる)」といった弱化の随伴性を導入することが必要なのである。
6.消去は行動の変動性を高めるそれなら常に弱化を使えばよいではないか、という疑問がわくかもしれない。
だが、消去には消去の利点がある。
まず消去は弱化よりも一般的には手軽だ。
好子の提示をやめるだけでよいのだから。
一方で弱化は、往々にして人手、手間、時間やその他のコスト(負担)がかかる。
だから、緊急性があまり高くない状況なら、消去のほうが現実的には経済的・合理的であるといえる。
また、消去の手続きは、弱化の手続きより人間関係上でも摩擦が少なくて済むことが多い。
弱化が必要ならためらわずに使うべきだが、しかし弱化にはさまざまな弊害があるのは第2章で説明した通りだ。
これまで強化されていた行動が消去されると、バーストが起きるということは、一方で、今までしなかったさまざまな行動が現れるということだ。
消去によって、行動の変動性が高まるのである。
そう考えると、消去では行動が減るのに時間がかかるという点も、いつも悪いこととは限らない。
そこには、「考える」「試す」「気づく」といった、人の成長にとって重要な新しい行動が現れる可能性が高まるといえるからだ。
考えたり試したりさせてはいけないこと(簡単にいえば、悪いこと)は弱化すべきだが、人があるべき姿に向かって自分の行動を変えていく道のりにおいては、少しくらい試行錯誤や迷いがあったほうがよいともいえる。
実際、消去による行動の制御では、弱化と比べて対象者は圧倒的に自分でものを考える。
そして、「気づき」の瞬間を得ることができる。
だから、ある程度、時間をかけて相手の成長を待つべき状況では、弱化より消去のほうが向いているといえるだろう。
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