第14章過去の自分と決別する──自己強化と抹殺法
ケース─仕事中のパチスロがやめられない1仕事をさぼるのは行動の原理から見て不思議ではない2行動の自己管理3強化のための好子4抹殺法
好子の遮断で喉を乾かせ「サカモトさん、いやあ、困ってしまって」総務課長を兼務する管理部長の剣持が、ある日サカモトのところにやってきた。
「どうしたのですか?剣持さん」「今度は、改善提案制度をもっと活性化しろと、社長からお達しがありまして」真面目な性格の剣持は、難題を与えられると一生懸命に考える。
しかし行き詰まってくると、最近ではもっぱらサカモトに頼る傾向がある。
(ありがたいけれど、私もいつまでここにいられるかわからない。
いずれは剣持さんにも独力で頑張ってもらえるようにしないと。
まあ、そのために、今できることを一緒に全力でやろう)サカモトは心の中でつぶやいた。
そして言った。
「改善提案制度は、今すでにあるものですよね?」「そうです。
でも社長としては、現状の提案の数や質には満足していないらしくて。
もっと社員からどんどんいろいろなアイデアが生み出されることで、会社の雰囲気だけでなく、業務の質や生産性も高めたいと願っているとのことなのです」「確かに、提案制度の活性化は、会社のあらゆる面での底上げに通じますからね。
社長がそこに目をつけたのは、当然ではありますね」「ええ。
ですから私も、何とかしたいと思っているのですが」「剣持さんとしては、提案制度を活性化するための提案はないのですか?」サカモトが少し冗談めかして聞く。
でもこれは、大事なコーチングなのである。
会社において人を育てる基本的な方法に、ティーチングとコーチングがある。
ティーチングというのは、相手に答えを教えること。
コーチングは、相手が自分で答えを見つけられるように援助することである。
具体的には、上手な質問をすることで相手に考察を深めさせ、気づきを得させる。
どちらにも強みと弱みがあるのだが、相手を独り立ちさせたいときには、最初はティーチングで答えを教えても、最後にはコーチングによって相手が自分で答えを見出せるように指導しなければならない。
だからサカモトは、今回はティーチングを最小限に、コーチングを最大限に使って剣持を支援しようと考えたのである。
「私からの提案、ですか?」剣持は困った顔をした。
「そうですねえ。
以前、表彰制度の改革を教えていただいたわけですが、あそこで使った工夫は、今度は使えないのではと思っているんです」「たとえば?」「たとえば、互選というのは、ちょっと提案制度では考えられないでしょう?」「そうですね」「それに、トークンというのも」「使えませんか?」「トークンは、強化のタイミングを逃さないため、また強化の頻度を高めるための工夫ですよね?それと、褒めること以外にも好子を増やすという」「そうですね」きちんと理解しているな、とサカモトは少し感心する。
「でも、そういったことは、今の提案制度でも一応やっていると思うんです」「ふむふむ。
今は、どのような好子で、どのような強化をしているのですか?」「まず提案は、総務で受け付けます。
以前は提案箱に紙を入れてもらっていましたが、今はメールです。
それで、受付時にお礼の返信と、提案に対する報奨金のお知らせをします」「報奨金?」「ええ。
まあ、一件五〇〇円ですが、提案すべてに対して支給されます」「まずは提案時に、総務からの認知と報奨金が好子として提示されるわけですね」「そうです……報奨金を増やすべきなんでしょうか?」と剣持が聞いた。
「うーん、どうでしょう。
それで一時的に提案は増えるかもしれませんが、そのうちまた低迷してしまうかもしれませんね」サカモトが考えながら答える。
「私も、そう思うんです。
お金って、マンネリ化しやすいんですよね。
減るとものすごく文句が来ますが、増やしても、そのうち慣れて当たり前に感じてしまう。
だから、それで提案制度を活性化しようと思ったら、報奨金の額を上げ続けなければならなくなる」「その通りですね。
そのような、好子のマンネリ化を、行動分析学では飽和化といいます」「飽和化ですか。
なるほど……」剣持がうなずいた。
「他には、どういったことをしているのですか?」「そうそう、話の途中でした。
次に、毎週の社内ニュースに提案者の名前を載せて全社員に周知します。
認知の一環ですね」「載った人は、社内で評判になったりしているのでしょうか?」サカモトが突っ込んだ。
「どうかなあ……。
もう、ずっと続けているので、今ではあまり話題にもなりませんね」「ははあ。
飽和化が起きていますね」「ですね」「他には?」「あとは……強いていえば、提案が実現されることが好子になりますかね」「大いになりますよ。
提案が実現される頻度は、どれくらいなのですか?」「内容によりますが、小さなものはともかく、大きな話は、そう簡単には実現しないですね。
でも、これは、ある程度は仕方がないんじゃないでしょうか」「そうですね。
なるほど。
状況がつかめました」「どうしたらよいですか?」剣持が身を乗り出して聞く。
「どうしたらよいと思います?」サカモトは、わざと質問で返す。
「それがわからないから、相談に来ているわけじゃないですか」剣持は少し不満げになる。
「では、問題を一緒に整理してみましょうか」とサカモト。
「提案制度に用いられる好子ですが、もう一度、挙げてください」「ええと、まず総務からのお礼の言葉、それから報奨金、社内ニュースによる社内の認知、それから提案自体の実現、ですね」「提案が活性化しないのは、好子の数が不足しているからでしょうか?」サカモトが聞いた。
「いやあ、数的には、かなりやっているといえるんじゃないでしょうか」「なるほど。
では、好子の質の問題でしょうか?」「質、ですか。
うーん。
でも、それぞれ、それなりにできることをやっているという感じで、質の改良といっても、現実的な策はすぐに考えつきませんが」「そうですね。
すると、好子の数にも質にも現実的な問題は見当たらない。
では、今、制度が盛り上がらないのは、なぜでしょう?」「……嫌子を使うべきなんでしょうか?たとえば、一人何件かのノルマを課して、達成できなければ何らかの罰を与えるような」剣持から、思いがけない発想が出た。
「なるほど、好子がダメなら嫌子を使え、という考え方ですね。
いろいろな会社で、そのようなマネジメントがされているようですが、それは、どう思います?」「アメとムチの両方が必要な場面というのは、会社にはどうしてもあると思いますが。
でも提案制度にまで厳しく適用するのは、サカモトさんもよくおっしゃるような、ワクワク働く会社を作るという当社の方針に合わないのではないでしょうか?」「そうですね。
まあ、『提案を何もしない人が恥ずかしく感じる』というくらいの社会的な嫌子をしかける程度ならよいでしょうが、罰というのは、少なくとも当社向きではないですね」「そうなると、うーん……わからない」剣持は頭を抱えた。
「答えは半分もう出ていたのではないでしょうか。
剣持さんの話の中に」「えっ?」剣持は頭を上げてサカモトを見た。
「問題は好子の数でもなく、質でもない。
でも、今の好子が会社に与えている状況について、おっしゃっていましたよね」「マンネリ、ですか?いや、飽和化か」「はい」サカモトは大きくうなずいた。
「確かに、問題があるとしたら、もうそこしかありませんね。
でも、飽和化に対しては、どうしたらよいのでしょう。
報奨金の話で出たように、好子の中身をエスカレートさせるのは危険ないたちごっこになる可能性が高いでしょう?」サカモトは、手がかりを教えることにした。
「遮断という方法があります」「遮断?」「ええ。
好子を与えることを、一時的にやめるのです。
たとえば人間は水を飲まなければ生きていられませんが、でも、一度十分に飲んでしまえば、しばらくは水があっても見向きもしなくなるでしょう?しかし、時間がたって喉が渇けば、また水が欲しくなる」「つまり、提案に対してわれわれが与えていた好子をしばらく『おあずけ』にすることで、社員の間に渇望状態を作る、ということですね?」「さすが剣持さん。
その通りです。
好子自体は変わらないのに、遮断をすることで、好子の効果が増す。
このような操作を確立操作といいます。
遮断は確立操作の一つです」「そうか。
さっきの水の例でいえば、われわれは水を飲もうとしなくなった人に、もっとおいしい水をあげるべきなのかとか、水ではなくてジュースにしたほうがよいのかとか、的の外れたことを考えていたのですね」「まあ、たとえば病人に水分をとらせるようなシチュエーションでは、遮断をするよりもジュースやスポーツ飲料をあげる方法を考えるべきではあるでしょう。
ですから、新しい好子を導入して好子のバリエーションを増やすことも否定すべきではないと思います。
でも、確立操作は、それが可能な場合には、新しい好子を導入しなくても好子の効果をリフレッシュする実践的なメリットがあります」「よし。
それでいきましょう……どの好子を遮断すべきかな?」剣持は首をかしげた。
「どう思います?」とサカモトは、あくまで剣持に考えさせようとする。
「そうですね。
報奨金をやめてしまうのは、ちょっとリスクが大きいかもしれませんね。
それをやめたら、本当に提案がストップしてしまうかもしれない。
好子が与えられないことによる行動の消去、ですよね?」剣持が少し照れたように専門用語を出す。
サカモトも笑顔で、「いいですね」と言い、「すると、他の好子については、どうですか?」と先を促す。
「提案を受け付けたときのお礼をやめてしまうのは、あまりにも失礼だし。
提案の実現そのものを止めてしまったら、制度の存在意義がなくなってしまいますね。
となると、社内ニュースでの認知を、しばらく遮断してみますか。
それなら、やめることによる変な副作用というか、害もない」「うん、いい戦術ですね。
それでやってみましょうよ」サカモトも賛成した。
翌週から、前の週に提案があっても、社内ニュースにそのことは告知されなくなった。
提案者には、しばらく掲載は休むとだけ伝え、その他の社員たちには特に説明もしなかった。
二週間ほどは、それでも社内には何も起こらなかった。
皆、「たまたま、この二週間ほど提案はなかったのだろう」程度に捉えていたようである。
しかし、三週間を越えるあたりから、「一体どうなったのだろう?」という声が、社内で聞かれるようになった。
提案が皆無でないことは、提案者本人たちから周囲は聞いて知っている。
だから、提案制度がなくなってしまったわけではないことは、社員たちも認識していた。
でも、公共の場での認知がなくなってしまったことで、提案者たちの中には、「もう提案なんて、今の会社では大事なことではなくなってしまったんだろうか」と気にする者たちも出るようになった。
そしてある日、社員から総務にこのような提案がメールで寄せられた。
「今まで私は提案制度を使ったことがなかったのですが、初めて提案させていただきます。
以前、社員から提案があると社内ニュースに報じられていましたが、あれを復活させるべきだと思います。
もし何らかの理由があって、それができないのなら、別の形でもいいですので、提案者を社内で公的に認めてあげることはすべきだと思います。
やはりそれが提案者にとって励みとなると思いますし、掲載されることで他の社員たちへの刺激にもなります。
また提案の内容は、いろいろな部署で参考にして応用できることも多いです。
ですから、提案があったことを会社だけが知っているという今の状況は、改善すべきだと思います」この提案を見た剣持は、サカモトに言った。
「そろそろ、いいのではないでしょうか」「そうですね」サカモトが答える。
「それにこの提案、おもしろいじゃないですか。
『別の形で公的に認める』というあたり」「ええ。
今度この提案者とも話し合いながら、何か考えてみましょう。
とりあえずは掲載復活ですね」そして、すぐに社内ニュースでの認知が再開した。
これを見た社員たちは、「おっ。
またやるようになったんだ」と話題にし、そこに載った提案者に声をかけたり、提案内容について職場の話題にしたりするようになった。
そして、部下に提案を奨励する上司が出てきたり、何人かで共同提案をするグループも出たりして、提案の件数も増えた。
「よかったですね」サカモトは剣持に言った。
「はい。
サカモトさんのおかげですよ」「いや、今回は九割がた剣持さんが考えたことですよ」「そう言っていただけると……。
でも、提案制度に対する社内の関心が、改めてこんなに高まるとは、予想以上でした。
それに提案の件数が増えると、その中で実現できるものも増えますから、提案制度が社員自身にとって役に立つものなんだということが彼らに見えやすくなって、制度の活用が一層進む。
好循環になりますね」「そうですね。
古い制度でも大事なものは、もう一度リフレッシュすると再び効果を発揮する。
制度を長く続けていると、こういう視点は重要になりますね。
そういう意味では、新しく導入した表彰制度も、いつかは飽和化の危機が来るかもしれませんよ」「そのときには、確立操作ですね」剣持は少し自信を見せながら言った。
解説1.好子や嫌子の力は刻々と変わる好子の効力は常に変化する。
すでに見てきたように、同じ好子であっても、与えられるタイミングによって、効力は変わる。
もちろん、行動の直後に与えられるほどよい。
会話をする際に、相手からの反応が〇・三秒遅れるだけで違和感を持ち、発話が滞ることが実験的に確認されている。
それほど強化のタイミングは重要である。
その他にも好子の効力を変えるものがある。
食べ物はすべての人にとって重要な生得性の好子であるが、満腹状態では、ごちそうを目の前にしても食べるという行為は起こりにくい。
愛飲家でも、二日酔いのときはお酒を飲むのはおろか、見るのも嫌な場合がある。
一方、普段はあまり水を飲まない人も、スポーツのあとや塩辛いものを食べたあとでは、水は強力な好子になる。
だから、バーで塩味のナッツを出してくれるのをサービスだと思って喜ぶのは禁物である。
塩分を摂取することで喉が渇き、水分の強化力が増す。
その結果、お酒のお代わりを頼むはめになる。
無料のサービスだからとたくさん食べると、結局、酒量が跳ね上がる。
塩味のきいたナッツや乾き物は、店がしかける行動学的策略だと思ってよい。
満腹状態、二日酔いでは好子の効力は下がり、スポーツで汗をかいたあと、塩辛いナッツを食べたあとでは好子の効力は上がる。
このように、好子の効力を変えるような出来事を確立操作(establishingoperation)という。
2.いろいろな確立操作確立操作には、いくつかの種類がある。
ここでは代表的なものを三つ取り上げよう。
①遮断化満腹状態になり、食べるのをやめたとしても、しばらく時間がたてばいずれ空腹となり、また食べる。
食物をしばらく食べないでいると、すなわち、食物を遮断されていると、食物の効力が増すのである。
このように特定の好子を一定期間遮断することを遮断化という。
水分をしばらくとらないでいると、飲み物を手に入れるための行動が起こりやすくなる。
自動販売機を見つけたらコインを入れて飲み物を買ったり、喫茶店に入ったり、冷蔵庫を開けたりする。
禁欲が続くと性的刺激の強化力が増す。
給料日直後は散財しても、日がたつにつれ、手元資金が減ってくると、好子を減らすような大盤振る舞いはしなくなる。
②飽和化逆に、好子が豊富にある状態では効力は下がる。
これが好子の飽和化である。
たくさん食べて満腹になる。
飲みすぎて二日酔いになる。
長時間昼寝をしてしまうと、夜眠れなくなる。
好子を十分に摂取してしまうと、しばらくの間、好子の効力は低減する。
ただし、「ケーキは別腹」という言葉がある。
食事を十分とって満腹ではあるが、甘いデザートは何としても食べる場合だ。
クーリッジ効果というものもある。
第三〇代米国大統領クーリッジ夫妻の養鶏場での逸話だ。
したがって、確立操作は特定の好子に限定されると考えることができる。
飽和化を上手に使うことで、望ましくない行動を抑制することができる。
たとえば空腹のときに、スーパーマーケットやデパート地下の食品売り場には行ってはいけない。
遮断化で食品の強化力が増し、よけいなものを買い込みすぎるからだ。
食材を買いに行くときは、ある程度おなかを満たし、食品の効力を下げることで衝動買いを防ぐことができる。
③締切の設定来るべき大きな試験の日程をカレンダーや手帳に赤ペンで書き込んだ経験はおありだろう。
試験前に遊びの誘惑を我慢して、カレンダーの赤丸を睨みながら勉強に専念する。
この赤ペンの印は何の役に立つのだろうか?行動学的には単なる備忘以上の意味があると考えてよい。
遊びの誘惑にかられたとき、ふとカレンダーに目をやると、赤ペンで「試験」と書いてある。
その瞬間、「今勉強しないと試験に落ちるかもしれない」という不安が頭をよぎる。
カレンダーの赤い文字は、この不安を喚起する機能がある。
そして、諦めて試験勉強にとりかかると、不安がいくらか緩和する。
試験勉強はいつでもしさえすればよいというものではない。
試験前にしなければ無意味な行動だ。
だから、カレンダーの「試験」という文字は勉強の期限を示している。
だからこそ、「今やらないと危ない」という強い不安を喚起し、勉強することは不安という嫌子の消失によって強化される。
したがって、カレンダーは、試験に落ちるかもしれない不安の効力を強める確立操作といえる。
応募や申し込みに「先着○○名様」と書かれていることがよくある。
これは、数に制限があって書かざるを得ないという実際上の必要からなされるとは限らない。
「先着○○名」「限定○○名」と書いたほうが、人々に「今出さないと間に合わないかもしれない」という不安を起こさせる。
「先着○○名様」は、この嫌子を確立させる確立操作なのである。
3.ビジネス場面における確立操作ビジネス場面でも確立操作は使われている。
広告がよい例だ。
商品の広告には高額な出演料で有名なタレントが使われる。
有名タレントがその商品を使うことが確立操作となり、好子としての商品の価値が上がり、購買行動が促進されるからである。
ビジネス場面における確立操作の例をOBMの研究者アグニュー(Agnew,J.L.)に倣って見てみよう。
目標設定業績の向上には、フィードバックや強化と並んで目標設定がよく使われ、その効果も広く認められているが、目標設定はなぜ効果があるかの見解には異論がある。
目標は行動に先立って設定されるから、目標が先行刺激であることは間違いない。
オペラント行動に先行する代表的な刺激は弁別刺激(第9章)であり、目標は行動の弁別刺激になっていると主張する専門家も少なくない。
弁別刺激があるときは行動が強化(または弱化)され、ないときは消去(または復帰)される。
弁別刺激は強化を受ける可能性の合図である。
確かに、目標値を決めることにより、その目標に達することは強化されるかもしれない。
しかし、本来強化されるべきものは目標に達する行動ではなく、それに至るたくさんの行動、たとえば、一回一回の受注や顧客を訪問する行動である。
これらの本来強化されるべき行動は、目標の有無にかかわらず強化される。
ただし、目標を立てない場合より目標を立てるほうが、受注や顧客訪問の成果がより強化的になるのである。
「よし、これで目標まであと○○件」というように。
したがって、目標の設定は弁別刺激ではなく、確立操作と考えるべきである。
もちろん、目標達成の可否によって何らかのインセンティブを与えるという随伴性を付加した場合は、目標設定は弁別刺激といってもよい。
目標をやめてしまえばインセンティブは得られないのだから。
しかし、そのときでも好子の効力は増しており、確立操作も同時に働くことになる。
以上の考察から、目標設定はフィードバックなどの強化随伴性と組み合わせて行うと一層効果的だと推察できる。
実際、フィードバックだけを実施するより両者を組み合わせたほうが効果が上がることが実証されている。
トップマネジメントによる変革の支持確立操作は、個人の行動にとって影響を与えるだけではない。
行動分析学をビジネスに応用する究極の局面は、現場からCEOに至るまでの組織全体を随伴性の観点から再構築するような企業文化の変革である。
その試みの成否は、トップマネジメントがその改革を本当に支持するか否かにかかっているという指摘は多いが、なぜトップマネジメントの支持が重要であるかは確立操作で説明できる。
組織の大きな構造改革は、そこに働く人々に行動の変化を要求することになる。
業務が増えたり、まったくしたことのない行動を要求されるかもしれない。
たとえば、パフォーマンス・マネジメントが導入され、新しい行動評価システムを始めるとすれば、行動の測定や記録などの新たな仕事が増えるだろう。
新しい仕事は負担を増やすから、新たなプロジェクトに基づく仕事の遂行には弱化随伴性が働く。
だから改革は進まない。
このような場合、新しい取り組みをいかに強化するか、新しい取り組みへの好子の効力をいかに増大するかという配慮が必要になる。
そこでトップマネジメントが、新しい取り組みをいかに評価しているかを言葉を通して語りかけ、言葉や言葉以外のあらゆる手段を通して強化する。
トップマネジメントによる新プロジェクトの支持は、弱化随伴性の力を弱め、強化随伴性の力を強める確立操作なのである。
キャリア・ディベロップメントの支援かつての年功序列のように順調な昇進が約束されない企業のあり方では、働く人々のモチベーションを切らさずに、いきいきと働きながら、なおかつ企業を強くするさまざまな工夫が必要だ。
本書に登場するノルウェー・モバイルに吸収された大日本エレクトロン社のモバイル事業部では、社員は新しい上司と新しい企業の中で、新しい技能を要求される。
新しい技能を身につけ、キャリア・ディベロップメントを絶え間なく続ける社員が、会社を強くしていく。
しかし、その努力に応える従来型の昇進や定昇、ボーナスのアップなどの好子は、かつてほど期待できない。
これまで見てきたように、仕事に関わる努力を強化する随伴性があると同時に、弱化する随伴性もある。
一つの行動がいくつもの随伴性で何重にも制御されている。
しかも多くは、長期的には強化されるが、短期的に見ると弱化される。
だから、この効力の弱い強化随伴性を、いかに魅力的なものにしていくかの確立操作がどうしても必要になる。
社員がそれぞれ技能を高める努力を続けられるために、一人ひとりが「技能を高める」ことそれ自体が、いかに会社にとっても本人にとっても重要な好子であるかが、全社を通して確立していなければならない。
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