第16章コンプライアンスを高める──ルール支配行動、トークン
ケース─ミスを隠す組織からミスの発見を評価する組織へ1なぜ規則が守られないのか2ルール支配行動3よりよいコンプライアンスのためのさまざまな〝ルール〟4組織文化のマネジメント
ミスを隠す組織からミスの発見を評価する組織へ「やあ、サカモトさん、久しぶり」製造部長の岩崎が、しばらくぶりに訪ねてきた。
品質保証課長の仙道進も一緒である。
「岩崎さん、ご無沙汰しております。
その後、いかがですか」「いやあ、おかげ様で、みんないきいきと働いていますよ……と言いたいところなんじゃが」岩崎の笑顔が少し曇った。
「どうされたのですか?何かお手伝いできることでも、ありますか?」サカモトは、例によって挑戦を前にしたキラキラ光る目を向けた。
「うん。
サカモトさんには、ほんとにお世話になりっぱなしで悪いんですが。
生産1G、購買と見てきてもらって、いよいよ残った生産2Gと品質保証についても、何とかしたくって」「どうぞ、お話しください」「生産2Gでは完成品を作っているんですが、その不良品率を、もっと何とかしたくてですね」仙道が話を引き継いだ。
「なるほど。
品質保証課としては、気になるところですよね」「ええ。
工程内で不良が発生するのも問題ですが、市場に出回ってお客様の手に渡ってから不良品だとわかるのは、最悪なんです」「せっかくこれから日本市場に打って出ようとしているノルウェー・モバイルとしては、大きなダメージになりますね」「そうなんです。
ですから製造過程には最新の注意を払って、といつも言っているんですが……」「なかなか改善されない、というわけですか」「サカモトさん、何とかなるじゃろか」再び岩崎が口を開いた。
「そうですねえ。
原因が機械的なものでなく、人間の行動に起因するのであれば、行動分析学で改善は可能かもしれません。
一度、現場と話をさせてください」とサカモトは言った。
次の日、サカモトは、生産2Gのグループ長である小島悟と会った。
「製品の品質が不安定なようですが」とサカモトが指摘すると、小島は苦虫を嚙みつぶしたような顔をして、うなずいた。
「ええ……どうにも、うちのラインの悪い習慣になってしまっているようで」「習慣、ですか?」「いつも皆には口を酸っぱくして言って聞かせているんですが」小島の話は、こうだ。
生産2Gには二本の生産ラインがあり、各ラインには、およそ一〇人が並んで働いている。
製品は、そのライン上を流れていき、大部分は自動機械により、一部は人間の手によって組み立てられていく。
各作業者は、機械工程を含む前工程の出来具合をチェックしてから自分の作業を行う。
もし、前工程から流れてきたものにおかしな点があったら、ラインを止める。
「ラインを、止めてしまうのですか?」サカモトが尋ねると、小島はうなずいて言った。
「ええ。
今のところ、どうもそれが一番効率的な方法であるようなのです。
でも、それが今はうまく機能していなくて」「どういうことでしょう?」「作業員たちが、ラインを止めないんです」「止めない……というと、見過ごしてしまうということですか?」「まあ、彼らにも同情すべきところはあるんです。
流れているものが本当に欠陥を抱えているのかどうかは、実際のところラインを止めて調べてみないとわからない。
それで調べてみたら大丈夫だったということもあるわけで」「まあ、見込み違いはあるでしょうね」「でも、ラインを止めるということは、生産スピードを落とすことになるわけで。
不良が見つかれば、その場で前工程にフィードバックして工程改良できますから、それはとてもよいことなんですが」「止めるべきかどうか、迷っているうちにラインが流れていってしまうと」「そういう感じです。
もちろん、そもそも気づかないというケースもあるでしょうが」「うーん。
でもそれは、『気づきませんでした』では済まされないのではないですか」「もちろんです。
いずれにしても、これは一人ひとりの意識と集中力の問題なので、毎朝の朝礼では私から注意を促しているのですが……」「残念ながら、あまり効果は見られない、と。
……これは、コンプライアンスにも抵触するかもしれませんね」サカモトが言うと、小島は目を丸くした。
「コンプライアンスって……別に法律を違反しているわけじゃないですよ」「コンプライアンスは、確かに一般的には法令遵守と訳されますが、本来は『ルールを守る』という意味なのです。
ですから、工程上のルールを守らないことも、コンプライアンス上の問題と考えるべきです。
法令違反も、始まりは『これくらいは大丈夫だろう』という、ちょっとしたルール軽視がきっかけとなっていることが多いのですし」サカモトが言うと、小島は再び苦い顔でうなずいた。
もうこの表情が固定化してしまいそうだな、と心の中でつぶやきながら、サカモトは小島を気の毒に思った。
「ところで小島さん、もしラインを止めないと、作業をしている皆さんには何が起こりますか?」「何が、ですか?……別に、何も起こらないかもしれません」「ふむ。
それでは逆に、もしラインを止めると、どうなります?」「そうですね。
不良が見つかればそれを直して、見つからなければ、そのまま生産再開ですね。
でも、あまり頻繁にラインを止めると、最終的にはグループ全体のボーナスに響いてしまう可能性はあります」「生産ラインの皆さんのボーナスは、生産高で評価されますからね。
ラインを止めすぎて生産高が目標に達しないと、やがてはボーナス査定に影響が出るというわけですね。
なるほど、ルール支配行動が働いているわけだ」「ルール支配行動、ですか?」「いや失礼。
最後の一言は、独り言でした。
ルール支配行動というのは、ある行動が直後の結果によって強化・弱化されるのではなく、あらかじめ存在するルールによって左右されてしまうことをいいます」「ラインを何度も止めると、ボーナスが減ってしまうというのがルールというわけですか……」「ええ、だからラインを止めるという行動が弱化されてしまうのでしょう」「うーん。
どうしたらよいのでしょう?」
「そうですね……。
少し考えさせていただけませんか?」サカモトは言った。
数日後、サカモトは、ウィンスタンレー社長を訪ねた(彼らの会話は英語でされているが、ここではすべて日本語で記す)。
「おお、リョーマ。
元気ですか?」「ええ。
おかげ様で。
ウィンスタンレーさん、きょうは、ご相談があって来ました」「相談というと、例の件ですか?」「いえ……。
それについては、もう少し待っていただきたいんです」「そうですか。
リョーマの力を必要としている人たちが、待っているのですよ」「すみません。
お話はとてもありがたいのですが。
でも、まだあと少しここでやるべきことが残っているのです」「まあ、この会社にリョーマがいてくれれば、私としては大助かりですが。
それで、相談というのは何ですか?」「生産グループのボーナス評価指標についてです。
これを、少し変えてはどうかと思いまして」「ほう、どういうアイデアですか?ぜひ聞かせてください」それから三〇分ほど、二人の話し合いが続いた。
「なるほど、よくわかりました。
それでは、事業ディレクターの田宮さんと、製造部長の岩崎さんも呼んで、検討しましょう」ウィンスタンレーは、電話を取り上げて言った。
そして……。
「皆さん、きょうは大事な話があります」課(グループ)ごとに行われる月次の全体ミーティングで、生産2Gの小島グループ長が切り出した。
「製造部の評価と賞与に関する話です。
まず趣旨を田宮ディレクターからお話しいただき、そのあとで私から詳しい仕組みの説明をします」「皆さん、おはよう」田宮が前に出た。
「皆さんもよく知っての通り、われわれが日本市場で生き残り、勝ち残るためには、一にも二にも、品質が鍵となります。
品質はブランドを作り、コストとスピードをも最終的に改善するからです。
そこでわれわれの評価も、この戦略に沿ったものへと修正することになりました」田宮はそこでいったん皆の顔を見渡し、真剣に聞いていることを確かめてから、話を続けた。
「今まで私たちのボーナスは、単に生産量だけで決まっていました。
ですから極端にいえば、ともかく大量に作ればボーナスが出るという仕組みになっていました。
それをこれからは、生産量と良品率のマトリクス(掛け合わせ)で決まるという仕組みにします」「簡単にいうと、生産量が同じでも、良品率が目標より高かったときと低かったときとで評価が変わるということです」小島が補足した。
「具体的な内容は、これから小島グループ長に説明してもらいますが、この新しい評価方針は、製造部の全員に適用されます。
生産1G、2Gはもちろんのこと、品質保証課も、それから製造部長にも当てはまります」田宮がちらりと岩崎を見ると、岩崎は真面目な顔で大きくうなずいた。
「要は、みんなで責任を持ってよい製品を作ろうということじゃ。
頑張ろう」岩崎が力強く言った。
そして、小島による詳細説明が行われ、いくつかの質疑応答がなされて、ミーティングは終了した。
グループ員たちは、散会しながら、互いに言葉を交わしている。
「てことは、あれか。
不良品を見過ごすと、やがては俺たちのボーナスに響いてくる、っていうわけか」それを聞いたサカモトと小島は、顔を見合わせて、にこっと笑った。
「どうやら、新しいルール支配行動が生まれそうですね」サカモトは言った。
こうして、新しい評価制度が導入された。
そして、日々の操業においては、さらに次のような仕組みが入れられた。
操業中に不良品を発見した人には、そのたびに「撃墜マーク」の描かれたシールを渡す。
また、同じシールを、壁に貼った各ラインの操業表にも貼る。
つまり、不良品の発見状況が、各人だけでなく全員にフィードバックされる。
ちなみに、ラインを止めて不良品が発見されなかったときには、何もない。
「不良品を発見すると撃墜シールがもらえるなら、ラインを止めても不良がなかったときには、止めた人に何かペナルティを与えるべきではないか」という声も聞かれたが、それに対してサカモトは、「ラインを止めたら生産量が落ちるので、間接的にではありますが、ペナルティは受けています。
ですから、これでよいのです」と説明した。
ただし、工程内で一〇人がかりでも不良品を見つけられず、最終の品質検査でそれがわかった場合には、大きな「どくろ(髑髏)マーク」が、壁に掲示されたライン操業表に貼られてしまう。
つまり、撃墜マークと、どくろマークとが、ラインの良品率を即時ベースで伝えてくれるのである。
「やった!(不良品を)見つけた」「また一つ、撃墜!」「いけね。
どくろだ」仕組みの導入以来、生産2Gでは(生産1Gでも同様だが)、毎日みんなが操業表の前でワイワイガヤガヤとコンプライアンス状況を話し合うようになった。
そしてお互いに撃墜マークの数を競い、誇るようになり、マークの数が最も多い作業員は「撃墜王」と呼ばれるようになった。
「撃墜マークというのは、おもしろいですね」小島はサカモトに感謝の面持ちで言った。
「ええ。
これは『トークン』という、行動分析学のツールの一つなのです」「トークン?」「日本語に訳すと、『しるし』とか『代用貨幣』という意味になります。
ルール支配行動は、確かに人と組織を変えることはできますが、行動と結果との間に時間差があるという弱点を持っています。
トークンは、その時間差を埋めることができるのです」「ははあ。
時間差、ですか」「ええ。
不良品を見つければ期末の賞与が増え、見つけられなければ賞与は減る。
でも、期末のことまで全員が毎日意識しているとは限らないでしょう。
ですから、期末に起こることを、今想起させるための『しるし』、それがトークンなのです」「なるほど。
撃墜マークは単なるおもちゃではなく、賞与の『しるし』なんですね。
だから皆あんなに夢中になっているんだ」小島は納得がいったという風にうなずいた。
「それにしてもサカモトさん。
今の皆の雰囲気を見ていると、なぜか私は学生時代にやっていたラグビーを思い出してしまうんです」「ほう。
ラグビーですか。
小島さんはラガーマンだったのですね」「えへへ。
一応、レギュラーでした。
で、何が似ているかというと、不良品という敵を、ラインの一〇人が総がかりでストップしようとするわけですよ。
それでも突破されてしまったら、どくろマーク。
これが相手の得点ですよね。
逆に、不良品を見つけて工程を改善したら、撃墜マーク。
これが味方の点数になるわけです」「なるほど」「失点は、全員の責任。
一方、得点は、ゴールにトライした誰かがいるわけですが、最終的には勝利を全員で分かち合うことになる。
賞与が増えますからね」「うーん。
『ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン』(一人は全員のために、全員は一人のために)ですね。
いいですね」サカモトは、感動の面持ちで、そう言った。
解説1.なぜ規則が守られないのかコンプライアンス(法令・規則の遵守)は今日、企業をはじめ公的団体においてもきわめて重要な課題となっている。
この課題が特にやっかいなのは、問題が起きたときには組織全体を揺るがす重大事にもなりかねないのに、問題を引き起こすのはたいていの場合、組織の中の一個人またはごく一部の人たちであるという点だ。
つまり、ひとたび出火すれば大火事になってしまうのに、火種はどこにでもありうる、という状況なわけだ。
そこで今ではどこの組織でも、行動規範をはじめとする各種の規則を作り、それを徹底させるべく研修やテストなどを行う。
にもかかわらず、あちこちの会社で問題が起きるのは、なぜなのか。
なぜ、規則は守られないのか。
規則が守られないのは、そこに理由があるからだ。
まずは、その理由を行動分析学に則って解明しよう。
たとえば今回のケースでは、生産2Gの作業員たちが対象となる。
彼らは生産ラインで流れ作業をしているが、もし自分のところに不良品・欠陥品と思われるものがきたら、ラインを止めてチェックする。
それが規
則だ。
ところが、それが守られない。
なぜか。
ここでの随伴性を整理すると、図16-1のようになる。
この場合、注意しなければいけないのは、この随伴性は部分強化だいうことだ。
ラインを止めてチェックすれば必ず不良や欠陥が見つかる訳ではない。
部分強化は行動を維持するには有効であるが、それは、行動が十分形成されてからの話だ。
行動が形成されるには連続強化が必要だ。
そういう意味では、生産工程が原始的で、品質が不安定な工場であったなら、止めれば、高い確率でそこに不良や欠陥を発見できるため、ラインを止める行動が形成できただろう。
ところが最新式の工場で、不良や欠陥などめったに発生しない状況下では、ラインを止めても不良や欠陥を発見できる可能性は低い。
そうなると、ただの空振りに終わってしまい、生産スピードを落とすだけという結果になり、この行動は身に付かないのだ(図16-2)。
一方、生産スピード低下の随伴性は、不良や欠陥が見つかろうと見つかるまいと一〇〇パーセントの確率で起きる。
そして、生産スピードの低下は生産高の減少を招き、最終的にはボーナスが減ることになるのである。
つまりラインを止めるということは、作業員たちの報酬という点では、図16-3のような意味を持つのだ。
これでは、ラインを止めるという行動が維持促進されるわけがない。
さらに、一〇人が一つの生産ラインで共同作業している2Gでは、一人がラインを止めることで、一〇人全員のボーナスが減る。
となれば、ラインを止めたら周囲から白い目で見られるかもしれない(図16-3)。
これらによって、ラインを止めるという行動は弱化されることになる。
では逆に、怪しいものを見つけてもラインを止めなかったら、どうなるか。
この職場では、何も起こらない。
つまり、ラインを止めるという行動を強化する効果的な随伴性は、ここには存在しないのだ。
2.ルール支配行動不良品を発見するためにラインを止める行動を強化する随伴性は、これまでのノルウェー・モバイル社にはほとんど存在しなかった。
それどころか、この行動はむしろ弱化され続けていた。
これでは、いくら、トップマネジメントが品質の重要性をうたっても、社員はそのようには動かず、品質重視の風土は生まれない。
コンプライアンスを求めるなら、それを支える随伴性がなければならない。
そこで、品質重視の風土を醸成するために新たに導入されたのが、新しいボーナスの随伴性、そしてそれを支える撃墜マーク、どくろマークの随伴性であった。
サカモトが説明したように、ボーナスは、ラインを止めて不良品をはじいた直後ではなく、期末に支給されるから、六〇秒ルールに反し、ラインを止めることを強化しそうにない。
撃墜マーク、どくろマークのサポートがあったにせよ、なぜ、この新しいボーナス制度が有効だったのだろうか。
よく考えてみると、このような例は日常生活にもある。
一カ月先のコンサートのチケットを手に入れるために発売日に窓口に並んだり、来年受ける国家試験に備えて勉強する。
しかし、六〇秒以上たって起こるできごとは行動を強化しないから、よい席でコンサートを聴けることや、国家試験合格そのものは好子ではない。
これを説明する鍵がルール支配行動(rulegovernedbehavior)という概念である。
新しいボーナスの制度は、「不良品の疑いがある製品を発見したときに、ラインを止め、不良品を除去すれば、年末のボーナスが増える」という随伴性で成り立っている。
行動分析学では、随伴性を記述したものをルールと呼び、このルールによって制御される行動がルール支配行動だ。
このルールという語は、規則やきまりという意味ではない。
単に、随伴性を言語化したものという意味だ。
そもそも、ラインを止める行動は、自然のままでは図16-2や図16-3の随伴性で弱化されている。
だから、新しいボーナスの仕組みを秘密にしておいたら、誰もラインを止めようとはしない。
密かに良品率を計算してボーナスに反映したとしても、ボーナスは不良品発見の直後には支給されないから、ラインを止める行動は強化できない。
ラインを止めさせたいなら、ボーナスの随伴性を告知する必要がある。
告知して初めて、すなわちルールを明示して初めて、新しいボーナス制度は効果をもたらす。
したがって、生産2Gでラインを止めて不良品を除去する行動を制御したのは、ボーナスそのものではなく、ルールだったのだ。
言葉を理解できる人間の場合、このルールで行動を制御できる。
その根底には、嫌子消失の強化随伴性がある。
「不良品の疑いのあるものを発見したときに、ラインを止めれば、年末のボーナスが増える」というルールが確立操作として機能して、不良品らしきものに気づいたとき、「今、止めないと、ボーナスが少ないかもしれない不安」が頭をよぎる。
この不安が嫌子になって、ラインを止めるのである。
ラインを止めることが嫌子消失で強化されるのだ。
このように、人間の行動には、直後に現れる好子や嫌子が制御している行動と、ルールによって制御されている行動とがある。
前者が随伴性形成行動(contingencyshapedbehavior)であり、後者がルール支配行動である。
随伴性形成行動随伴性によって制御される行動ルール支配行動ルールによって制御される行動私たちは、日常生活でルール支配行動を頻発する。
グルメの友人に、「あの店のステーキはおいしいよ」と言われて行ってみる。
これは、「あの店に行って、ステーキを食べれば、満足する」という強化随伴性を示したルールに従った行動だ。
しかし、実際に行って食べれば、随伴性にも直接さらされる。
そして、食べてみておいしくなければ、二度とその店には行かない。
弱化随伴性によって直接行動が制御されるわけだ。
したがって、いったんはルールによって生じた行動も、最終的には実際の随伴性に左右されるのである。
3.よりよいコンプライアンスのためのさまざまな〝ルール〟私たちが生きる社会には、さまざまなルールがある。
「お小遣いを貯金しよう。
そうすれば、いつか欲しいものが買える」「メールをもらったら、すぐに返事をしないといけない。
さもないと、やがてメールがもらえなくなる」
「甘いものを毎日食べていたら、そのうち太る」これらはすべて随伴性を記述したルールだ。
そうしたルールの中に、行動学的に見て、従いやすいものと従いにくいものとがある。
①「ちりも積もれば山となる」ルールたとえば、ダイエットを決意して、甘いものを食べるのをよそうと思っても、なかなか難しい。
「甘いものを食べれば太る」というルールがありながら、守れない。
なぜか。
それはまず、甘いものを食べるという行動を強化する強い随伴性があるからだ。
甘いものを食べると、その瞬間に口の中に甘美さが広がり、何とも幸せな気分になってしまう。
この強化の随伴性に対抗するには、通常のルールはあまりにも貧弱だ。
食べたら太るとはいっても、ケーキ一個やおだんご一串で増える体重は一グラムにもならない。
ケーキ一個やおだんご一串を何日も繰り返し、二、三カ月するとウエストがきつい、ベルトの穴が一つ分ずれた、スカートのフックがとまらない、ということになるのである。
つまり、「太る」という結果は累積的にしか意味がない。
ケーキ一個でも必ず皮下脂肪はつき、体重も増えている。
しかし、誰にもわからないくらいほんの少しだけだ。
この小さすぎる結果、累積しないとわからない結果は、行動を制御しにくい。
だから、目の前の、この一つくらいは大丈夫……と思って、たいていの人はダイエットに失敗してしまうのである。
②「私だけは大丈夫」ルールまた、禁煙も難しい。
吸えば将来、肺がんになるリスクが増えるということは、人に言われるまでもなく十分知っているのに、どうしてもタバコがやめられない。
この場合も、吸った瞬間に快感が得られるという強化随伴性と、吸うと将来のリスクが高まるというルールとの「せめぎあい」になる。
けれど、タバコを吸えば必ず肺がんで命を縮めるのかというと、それは確率の問題だ。
もしも、ほぼ一〇〇パーセント肺がんになるということであるなら、喫煙行動にも歯止めがかかるだろう。
けれど「肺がんになる人もいる」ということでは、「私は大丈夫」という甘い考えを持つことをやめることはできない。
そして、もちろん、一本吸って肺がんになるわけではない。
毎日一箱、何年も何十年も吸った結果である。
したがって、肺がんのリスクは累積的であり、「ちりも積もれば山となる」ルールでもあるのだ。
シートベルトもそうだ。
シートベルトをすることで、事故に遭ったときの死亡率を半減するという事実があるのに、それを訴えるだけでは、ほとんどのドライバーはベルトをしなかった。
しかし、平成一九年度には一般道でのドライバーの着用率が九五・〇パーセント、助手席で八六・三パーセントになったのは、減点が導入されたからである。
危険を訴えるルールがなぜ守られないのかというと、そもそも交通事故に遭う確率が低いからだ。
だから、「自分だけは大丈夫」ということになり、コンプライアンスが得られないのである。
従いやすいルールと従いにくいルールを整理すると、次のようになる。
従いやすいルール一回の行動に随伴する結果が適切な大きさで、確率が高ければそのルールは従いやすい従いにくいルール一回の行動に随伴する結果が小さすぎたり(累積的にしか表れない)、確率が低すぎたりするとそのルールは従いにくい4.組織文化のマネジメントさて、再びケースに戻ろう。
サカモトが、この生産2Gに対して行ったのは、生産2Gを含む製造部のボーナス評価の基準の変更であった。
それまでは生産高だけで評価していたものを、良品率でも見るようにし、良品率が目標を上回れば、ボーナスが増える。
つまり行動改善のために、図16-5のような新しいルールを導入したのである。
さらにサカモトは、「撃墜マーク」というトークンを使った随伴性も設けた(図16-6)。
ただし、ラインを止めたからといって確実に撃墜マークをもらえるわけではない。
連続強化ではなく、VRによる部分強化である。
しかし、同時に、不良や欠陥を見逃せば「どくろマーク」を貼られるという随伴性を同時に設けることで、効果をより強めている。
このように、必要な行動を生み出すために新しい随伴性を整備することで、生産2Gの皆は、単に規範を守るという以上に、品質に強い関心を持つ新たな組織文化を得たのである。
私たちは日々、職場でさまざまな随伴性や随伴性を記述したルールに制御されて生きている。
それが、組織文化と呼ばれるものの正体だ。
組織文化というと、何か漠然として変革の手がかりがつかみにくいものに感じられる。
しかし、ある組織の中で機能する随伴性やそれを記述したルールが、そのメンバーの行動を制御していることに気づけば、組織文化変革の糸口は見えてくる。
目指す組織を作り上げるには、どのような行動を強化していけばよいのか、どのような行動を許してはならないのか。
目指す文化を構成する行動を特定し、新たな随伴性やルールを導入すれば、組織文化は変えることができる。
自分たちの望む方向へと、意図的・計画的に変えることができるのである。
それが、組織文化のマネジメントだ。
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