質問力は一日にしてならず
問題を解決するための「カギとなる質問」が自分でできるようになれば、仕事で結果を出せるようになるし、プライベートを充実させることができます。
前章では、いかに問題を見つけることに脳全体がかかわっているかについて、お話ししました。
質問はあなたの脳の可能性を引き出す力を持っています。
日常的にいい質問ができるようになるために、身につけるといい具体的なアクションがあります。
本章では、前章でお話しした脳の働き方をもとに、いい質問を出せるようになる具体的なアクションを8つ紹介します。
すぐやれることなので、この中で自分に向いているものがあれば、ぜひ今日から取り入れてほしいのです。
もし自分に向いているものがなかったら、自分用にアレンジしても構いません。
すぐに効果が出るわけではありませんが、続けていけば、ある日突然、以前の自分には思いもつかなった質問がひらめく、あるいは口を突いて出たりすることがあるはずです。
質問は「一日にしてならず」ですが、あなたのモヤモヤや頭を抱えていた問題が解決できる日がきっと来ます。
自分にピッタリのアクションを身につけて、質問力を高めていきましょう。
質問力を高めるアクション①お茶を飲む
仕事をしているとき、途中で止めることは意外と勇気がいることですが、毎日決まった時間に、複数の人とリラックスして雑談するお茶の時間があることは、質問力を高めるのにとても有効です。
私が留学していたケンブリッジ大学では、毎日お茶の時間が厳密に決まっていました。10時30分からと15時からの2回です。
お茶を飲む部屋があって、時間になってそこに行くと、お菓子と一緒にお茶が自由に飲めるようになっています。
強制ではないのですが、「行ける人はその時間にそこに行く」ということだけが決まっていて、毎回顔触れが違います。
学部も学科も関係なく、それぞれの研究室にこもって忙しくてなかなか会えない人たちが、その時間には集まってきて、偶然隣になった人たちと会話をするのです。
フランシス・クリックと一緒にノーベル賞(生理学・医学賞)を受賞した、科学者ジェームス・ワトソンも、その著書『二重らせん』(邦訳:講談社文庫など)の中で、お茶の時間に偶然会った違う分野の人と情報交換したことによって、DNAの構造を解くカギを得ることになった、と書いています。
一つの分野には、その中の「常識」があって、専門家たちはなかなかそこを離れることができないものです。
「こう考えていますけど、どう思いますか?」「こういう見方もあると思いますよ」このように違う分野の人に話してみると、まったく新しい視点を得られることがあります。
また自分に近い人たちは、たいてい自分と同じような情報を持っていますが、自分と遠い人たちは、思いもよらない情報を与えてくれることがあります。
自分と近い人と話すほうが「ヒントをもらいやすい」と思いがちですが、科学的には、自分と遠い人と話すことによって、「問題解決が起こりやすい」と言われています。
だから、欧米の大学の多くでは、毎日決まった時間に、誰もが集まって来られる場所が用意されているのです。
案外、日本の組織では、このようなことを大事にしていないのではないでしょうか。
みなさんのいる会社、学校、家庭で、毎日決まった時間に、「強制ではないけれど、行ける人はそこに行く」というだけのリラックスした場所はあるでしょうか。
文学は文学だけ、勉強は勉強だけ、仕事は集中して仕事だけ。
そうではなくて、一見ムダに思われてしまう「お茶の時間」にゆったり「雑談」をすることが、行き詰まりを解決することがあります。
「週に一度定例会議をしましょう」と言って、みんなを集めてガッチリ議論する。
それとも「なにも決めずにリラックスしてお茶を飲む」という一見「ムダ」な時間をつくる。どちらのほうがいいアイデアが出るのかと言えば、案外分からないところだと思います。
質問力を高めるアクション②思考をアウトプットする
観察能力を上げるために、なんでもアウトプットしてみましょう。
私は熊本のご当地キャラクター「くまモン」のような体型をしているので、「どうしたら痩せられるか?」と一応は悩んで、毎日体重を記録しています。
私は毎日のようにランニングしているのですが、その記録を見てみると、かなりの距離を走っても、体重が変わらない日があることに気づきました。
つまり、「痩せるにはどうしたらいいか?」という問題があったとき、「もっと走ればいいのではないか?」という質問ではダメだということです。
それでは、食べなければいいのでしょうか?これもダメだと気づきました。
食べなければ一時的には痩せるのですが、後々リバウンドしやすくなって、うまくいきません。
まだ私は、痩せる問題については観察が足りず、いい質問を出せていません。
「くまモン」脱却は遠そうですが、毎日測ってデータ化することによってヒントがつかめていくはずです。
気づいたことを書き留めておくのもいいでしょう。書くことによって、何度でも自分の目でじっくり確認できるからです。
私は青年期に、誰にも見せない文章を大量に書いていました。
なにか気になることがあったら、「自分の外に出してみる」ことが重要で、それによって客観的に眺められるようになります。
人には見せられないような、ちっぽけな考えだと思うことも、自分にだけなら遠慮しないで書くことができます。
書いたものを見て、本当にちっぽけかどうか確かめればいいのです。
ちっぽけはちっぽけでも、書きためると自分がどんなことに心を動かす人間なのかが見えるようになります。
自分が本当に思っていることは正直に書きつけてみないと、あいまいになってその先を考えることができなくなってしまいます。
真実というのはときに残酷なものなので、外に出さないほうがいいこともありますが、人に遠慮をしていると、自分の考えができなくなってしまいます。
だから私は秘密のノートに正直に書くという作業をしてきました。
自分の考えを誰かに話してみるのも有効でしょう。
友人と会話をしているとき、その人の言葉に答えようとして、なにかを自分で言ってみたら、「あれ?私、こんなこと言っている!」と自分で驚くことがありませんか?人に分かるように言葉にしようとすると、脳の中で考えていることが整理されて、答えが出てきやすくなることが知られています。
話すためには、どうしても整理しなければならなくなるので、その過程で答えが見つかりやすくなります。
言ってみて初めて、「自分はこんなことを思っていたのか!」と気づくというわけです。
引き出される前までは、豆腐のようにやわらかい状態だったのが、言葉に出してみると、固まって形になって見える。
その固まって出てきたものに、自分自身でさえ驚くことがあります。
問題は、分かって初めて口にできるのではなく、口にして初めて見えてきます。
脳は、一度外に出さないと、自分自身と対話できないのです。
質問力を高めるアクション③繰り返す
2016年、グーグルの開発した人工知能「アルファ碁」が、囲碁で人間の世界チャンピオンに勝利してしまいました。
だからといって、アルファ碁が人間の知性を超えたのかといえば、そうではありません。
アルファ碁がやっていることは、実はとても単純です。人間の脳の学習則を取り入れ、それを徹底しているだけです。
たとえば、人間なら誰でもやっている「成功したら、報酬を与えて、その回路を強化する」「成功しなかったら、目標とどれだけズレてしまったのか、その誤差を教えて、ズレを減らすようにする」という強化学習や、「できるだけ多くの人間の優れた棋譜を覚えて、パターンを抽出する」というパターン学習を実行しているだけなのです。
それなのになぜ人間が負けるのかといえば、人間は、その法則を徹底してやらないからです。人工知能は、計り知れない神秘的な力で、人間を負かしているように見えるかもしれませんが、人間の学習則で地道に、徹底的に、やっているだけなのです。
人間は、疲れたり、飽きたり、あきらめてしまったりして、勉強を途中で放棄しますが、人工知能にはそれがありません。
何時間でも働いて、何千、何万の棋譜を覚え続けるし、失敗しても、ショックを受けてやめてしまうことがありません。
「どこがダメだったのか?」と成功とのズレを見つけ出し、何回でもやり続けます。
「KAIZEN(カイゼン)」は、今や世界で広く知られる言葉です。
もともとはトヨタ自動車の生産現場でよりよい車をつくるために、工程の見直しを進めていく運動がそう称されていました。
日々のカイゼンがあるから、よりよい品質、より安価な自動車がつくられていきます。
トヨタの現場で、カイゼンすべきポイントを見つけるためにとられた方法──。
それは「なぜ?」を5回繰り返すことです。
問題が見つかったら、5回くらい問わなければその真の原因を突き止めることができないと言います。
たとえば、ほかのラインが月に1回しか止まらないのに、ある生産ラインが今月になって何度も止まるとき。
「なぜあそこの生産ラインだけ止まるのか?」最初の質問はここからスタートしますが、1回で真の原因にたどり着けるわけではありません。
人員シフトの組み方が悪かった、あるいは車種が変わってスムーズにできなかったなど、原因はいろいろなところにあります。
「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」繰り返し問うていくことで、原因となるものが見えてきます。1回で真の原因を見つけることもありますが、それはまぐれと言っていいでしょう。
「しつこい」というのは性格の悪さを言う言葉のようですが、「頭がいい」とイコールといっても過言でもありません。
あきらめずに「なぜ?」と質問を徹底してください。繰り返すことで着実に前に進むことができます。
質問力を高めるアクション④正直になる
往々にして人間は自分の感情に基づいて、現実を見ています。
2章でも述べたように、偏見を認めず正当化ばかりしていると、自分にとって都合のいいことだけを認識するようになります。
本質的なことを自分に問わないまま、生涯を終えてしまうのは、本当にもったいないことです。
驚くべきことに、物理学の天才アルベルト・アインシュタインは、若いときに「自分には数学の才能がない」と見抜いていました。
それを彼はとても印象的な言葉で言っています。
「私は純粋数学をやると、藁の山が複数あって、そのどちらに行ったらいいか分からないロバのようになってしまう」アインシュタインの、世界を一変させた論文、1905年の特殊相対性理論の論文にしても、1916年の一般相対性理論の論文にしても、高度な数学は使われていますが、彼はとても苦労してやっています。
アインシュタインが優れていたのは、高度な数学を使って、物理法則を示したことではなくて、次のような、子どもらしいとも言える質問ができたことです。
「光を光のスピードで追いかけたらどうなるか?」「重力は、一様に加速しているエレベーターと同じようなものではないだろうか?」こういう想像ができたところにこそ、アインシュタインのオリジナリティーがあります。
アインシュタインは、高度な数学を使いこなし、着実に物理学者になる道とはまったく違った道を歩んできました。
幼いころから落第続きで、やっと大学には入ったけれども、能力不足、不適応と判断されて、大学に残って研究することは許してもらえず特許局に就職しました。
そこで働きながら、世界を変える特殊相対性理論を発表したのです。
もしも「数学が使えない」という事実をあいまいにして、数学の能力を身につけようとムリをして、ほかの人と同じところで頑張ろうとしたら、彼の才能はつぶれてしまっていたのではないでしょうか。
彼は自分の能力を正直に見て、できないことはやめる勇気を持ち、自分の優れたところだけは絶対にあきらめませんでした。自分のダメなところ、足りないところ、それに対する正直さが、独創的な人間をつくります。
周りに合わせて、自分の欠点や、優れたところをあいまいなままにして、みんなと同じように生きるのではなく、正直になって、しつこく問えば、自分の問題がハッキリして自分らしい努力をすることができるのです。
質問力を高めるアクション⑤欠点を指摘する
2015年アメリカで公開になった『トレインレック』(日本未公開)という映画があります。
この映画に出てくる、ニューヨークの一流雑誌の女性編集長のふるまいは、いきすぎなほどに「正直」で、彼女はものごとの本質だけを容赦なく追求しています。
彼女は、部下たちに、取り上げる記事のアイデアを「はい、言って!」と次々に言わせます。
部下たちへの感情の遠慮は一切なく、「あ、ダメね。次!」とドンドン切り捨てていきます。
立場に関係なく、いい案が出たときには、「じゃあ、今回はあなたが書いて」と公平に決めてくれるところはいいのですが、書き上がってきて満足がいかなかったら、「なにこれ?取材対象がセクシーじゃないからボツ」などと言って、それもまた簡単に捨ててしまいます。
即断即決。
でき上がったものに対しても、一切の妥協はしない。
これが、一流雑誌のクオリティーを保つ秘訣なのだなと思いました。
日本人には、心優しさ、礼儀正しさのようなものがあって、そこは世界から認められる美点でもありますが、「正直に言わない」ことは、実質の追求をおろそかにしてしまう欠点でもあります。
自分の問題を見極めるにはやはり、容赦なき実質の追求が必要です。
カトリック教会では、キリストの教えに忠実に生きた偉大な人々を、聖者として認定し崇める習慣があります。
かつてこの認定をするのに、面白い役割の人物が設けられていました。
「悪魔の代弁者」と言います。
わざと意地悪く、その人が生前にした悪いこと、欠点を指摘する役割で、そういうイヤなことをする人がいるからこそ、その人が本当に聖人に並ぶのにふさわしいかが見極められると考えられていました。
ひどいようですが、悪いところをハッキリさせることによって、「聖人」に並べる人のクオリティーを保ってきたわけです。
これと同じように、あるアイデアも、意識的にダメなところや、甘いところを指摘することによって、いいアイデアに仕上げることができるようになります。
悪魔の代弁者は、アイデアを徹底的に否定するところに本当の目的があるのではなく、それによってよりよいものにするための役割です。
自らが自らのアイデアに対する悪魔の代弁者となるように常に努めることで、いい質問、いい答えを出すことが徐々にできるようになります。
質問力を高めるアクション⑥締め切りをつくる
「今度の旅行はどこに行こう?」というのは、とてもいい質問です。
「次はどの本を読もう?」「次は誰に会おう?」同様に、これもいい質問です。なぜなら行動を止めないようにしているからです。
私は常に「次はなにをやろう?」と自分で考えて、朝から晩まで止まらないマグロのような生活をしています。
もちろん仕事で「この時間にここに来てください」と他人に強制的に決められて行動することもあるのですが、それ以外の時間帯は、私は自分で自分のやることを決めています。
ここでポイントになるのは、「自分で自分の締め切りをつくる」ことです。
多くの人は、締め切りは外から来るものだと思っています。しかし本当は、締め切りは自分でつくるものです。
たとえ他人に与えられた仕事であっても、「今日の朝10時までにこの仕事は終わらせる」「何月何日までにこのプロジェクトを終わらせる」と締め切りは自分で決める。これができると、人生はガラリと変わります。
他人から「いつまでにやってください」と指定されたとしても、自分で「それより前のこの日に終わらせよう」と締め切りをつくり直す。そうすれば、たとえ人からの強制であったとしても、自分の動機に変換することができます。
それで空いた時間は、「この時間はなにに使おう?」「次はなにをしよう?」と質問して、自分でやりたいことをやる時間にできます。
自分で締め切りを決めるだけで、人生が主体的になるので、断然楽しくなります。
「次にやること」は別に高尚なことでなくてもいいのです。
自分で行動すること、自分の人生に「やらされている」感がないことが大切です。
外から注文が来たものだけをつくっていると、それはマーケットに乗ることなので、だんだん消耗していきます。
大勢の人に自分を合わせていくことは大事ですが、自分が本当にやりたいことが、マーケットに合うとは限りません。他人の注文以外のことをやることは、「自分は本当はなにを大事にしている人間なんだ?」と問う作業でもあります。
世界の中でとりあえず自分しか必要としていないものでいいから、自分に発注する。忙しい生活の中で毎日10分でも、自分で自分に発注して行動する時間をつくれたら、消耗度はだいぶ改善されます。
質問力を高めるアクション⑦むちゃぶりをする
「英語がうまくなりたいな」そう思っているのに、教科書を使って先生に教わることを鵜吞みにすることしかしない。
テストの点数だけを気にしてしまう(テストでいい点を取れたからといって、日本人が英語をしゃべれるようになっていないのは明らかなのに!)。
努力しているのに、その方法では一向にうまくならないなら、「もっと違う方法があるのではないか?」と質問をするべきです。
なにかの能力を上達させるために、自分で問題を発見するのには、「むちゃぶり」が一番有効です。
私が中学や高校へ講演しに行ったときには、学生にむちゃぶりをしています。
「英語が苦手だと思っている人はいますか?」「じゃあ君、壇上へ上がってきてくれる?」「今から1分測るから、1分間英語で自己紹介してくれる?」学生たちは、「エーッ!」と非常に困惑しながらも、大勢の人が見つめる中で、自分が苦手だと思っている英語で、なんとか自己紹介を試みてくれます。
英語でスピーチするなんて、「自分には一生ないだろう」「できないだろう」と思っているかもしれませんが、「やってみて」と言えば、いとも簡単に、学生たちはそのハードルを乗り越えてしまいます。
最初は名前や、自分が興味を持っていることを一つ伝えるくらいがせいぜいかもしれません。
しかし、一生やらなかったかもしれないことをやれたのですから、それだけで十分です。
終わった後、私は、学生たちに1分間スピーチを毎日一人でやり続けるように言います。
毎日絶対に1分間話すとしたら、いつも違うネタを見つけなければなりません。
「今日の話題はなににしよう?」「次はなにをしゃべろう?」「これは英語でなんて言うのだろう?」「もっとよくしゃべるにはどうしたらいいだろう?」
自然と改善点を考えるようにもなるはずです。
毎日やると決めただけで、工夫の仕方が発見できる。
言おうとしたけれど、うまく言えなかったことについて、辞書を引いたり、インターネットで調べたり、ネイティブがどういう言い方をしているか海外ドラマを見て探ろうとか、思うようになるかもしれません。
今では、英語字幕、日本語字幕つきで見られるオンライン・コンテンツがたくさんあります。
1分間スピーチを家で毎日やり続けたら、その人の「英語をしゃべる」体験は着実に増えていきます。
「1分間毎日必ずやる」という、今の自分にとっての「むちゃぶり」をすることで、気づくと英語をしゃべることができるようになっているのです。
この場合は、私という他人が初めにむちゃぶりをしたわけですが、本当は、自分が自分にむちゃぶりしてみればいいだけです。自分の課題を決めて、毎日1分やることに決めてしまう。
やっていく中で、結果を常にモニタリングしながら、「次はどうしたらいいだろう?」という自分だけの工夫をしていくと、「できないと思っていること」も意外とできてしまうものです。
質問力を高めるアクション⑧芸術を観る
これまで、「問題を解決するにはどうしたらいいか?」という話をしてきましたが、人生には、絶対に解けない問題もあります。
たとえば、「老い」は誰にもどうすることもできません。
どうすることもできないものほど、人間は悩むものです。
絶対に解けない問題に向き合うために、私は芸術を観ることをおススメします。
リヒャルト・シュトラウスの作曲したオペラ『ばらの騎士』は、ロマンチックなタイトルですが、その実、「老い」を描いたオペラです。
主要人物は、若い未婚の男性貴族と年上の既婚女性。
この二人は愛人関係にあります。
若い男性のほうが、知性にあふれ落ち着きあるその女性に夢中になっている場面から始まります。
女性の夫は、公務で家を離れがちで、彼女にあまりよくしてくれません。
彼女にとっても、いつも側にいてくれる、情熱的なこの若い男性の存在は大切です。
しかし、年齢差や自分の婚姻状況ゆえに「いずれこの若者は私のもとを去っていく」という思い込みが消えません。
「私は年上で、彼の知らないことを知っているからこそ、学びたい盛りの彼にとって、魅力的に見えるだけだ」「もっと時間が経てば、私はもっと老いてしまうし、彼も背伸びする必要がなくなって、自分にピッタリの若い女性を見つけるだろう」彼女と同じように思い悩んでいる男女は、世の中にたくさんいることでしょう。
老いという問題にぶつかって、思い悩んだ末、彼女は内心の痛みを隠し、実際に彼を若い女性のもとへ送り出してしまいます。
この二人が若者らしく戯れるのを見て、事情を知らない男性が、無神経にも彼女に「若いっていいものですな」と声をかけると、彼女は、「ええ」とうなずいて、爽やかに去っていきます。
「老い」という問題を「解決」しようとしたら、「若返りの薬をつくる」とか「高い化粧品を使ってみる」という方法を考えるのでしょうが、彼女が向き合っているのは、そういう問題ではありません。
どうにもならない痛みをどう引き受けたかを描くのが、芸術です。
誰もが向き合うことになる「老い」に、彼女が真っ先に向き合っているからこそ、このオペラを観る人には学びがあるし、癒やしがあります。
日ごろから芸術を観て、「どうしてこの人はこうしたんだろう?」と考えていくことで、人生のシミュレーションになるのです。
文学も同じです。
ロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの小説『罪と罰』では、主人公は妄想にとらわれて殺人を計画し、実行してしまいます。
私はこれを何度も読み直していて、「もしかしてこの主人公は、ただ追い込まれてしまっただけなのかもしれないな」「殺人は極端だし、絶対にしてはいけないけれど、自分がそうしようと望まなくても、ある状況に追い込まれていってしまうことはあるな」と思いました。
「なんらかの事情である状況になってしまったとき、どうしたらいいのか?」という問題が、この本の中には書かれています。
「証拠をどう消すか」とか「タイムマシンに乗って過去を変えられるか」ということではなく、「どう状況を引き受けていくか」という、一人の人間の生き方を見ることができます。
文学や芸術になるのは、解決できる手段が尽きたところからだと言えるのかもしれません。
自分の人生で起こらないようなことであっても、芸術を読んだり観たり聴いたりすることによって、シミュレーションができるし、実際にそういうことが起こりそうになったときには、自分の力になってくれます。
言わば、ワクチンのようなものです。本当に人生に困ったときは、芸術に触れることをおススメします。
5章のポイント
- リラックスした時間がブレイクスルーをつくる。
- 自分と近い人よりも遠い人と話すほうが、問題解決しやすい。
- 問題は、自分の外に出すことで初めて見えてくる。
- 頭のいい人は、しつこく繰り返す。
- 自分の欠点に向き合うことで、独創性が生まれる。
- 妥協を一切しないほどの厳しさが、クオリティーを高める。
- 自分で締め切りをつくると、主体的に生きられるようになって、ラクになる。
- 自分にむちゃぶりすることで、能力を上げる。
- 芸術は人生のシミュレーションになる。
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