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第 5章 「結論から考える」仮説思考力

□仮説思考力のポイント □仮説思考で最も効率的に目標に到達する ■仮説思考とは「逆算する」こと/ ■「はじめ」からでなく「終わり」から考える/ ■「できること」からでなく「やるべきこと」から考える/ ■「自分」からでなく「相手」から考える/ ■「売れないセールスマン」にならないために/ ■会議が「ミステリー列車」になっていないか?/ ■「手段」からでなく「目的」から考える/ ■キャリアプランも仮説思考で考えてみる/ ■人生設計を「自分の葬式」から考える/ ■両方のベクトルをバランスよく考えること □どんなに少ない情報からでも仮説を立てる■仮説が先か情報収集が先か?/ ■データ分析の成否を決める仮説構築力/ ■仮説思考している人の口癖は「落としどころ」「うそでもいいから」 □前提条件を決めて前に進む ■前提条件を決めるとは課題を定義すること/ ■情報が足りなくても立ち止まらない □限られた時間で答えを出す「タイムボックス」 ■完璧主義を捨てる/ ■「ほうれんそう」をタイムボックスで考える/ ■プレゼンテーションの Q& Aもタイムボックス思考で □仮説思考の留意事項 ■はじめの仮説にこだわりすぎるべからず/ ■深掘りが甘くなるリスクに注意 ■第 5章のまとめ

□仮説思考力のポイント まずは「結論から考える」仮説思考力について、その意味するところ、効用、応用例等について具体的に説明する。

第 3章で述べた仮説思考力のポイントを再整理しておこう。

仮説思考とは、 いまある情報だけで最も可能性の高い結論(仮説)を想定し、 常にそれを最終目的地として強く意識して、 情報の精度を上げながら検証を繰り返して仮説を修正しつつ最終結論に至る思考パターンのことである。

ここでのポイントは、 どんなに少ない情報からでも仮説を構築する姿勢、 前提条件を設定して先に進む力、 時間を決めてとにかく結論を出す力の三点であった。

□仮説思考で最も効率的に目標に到達する では、なぜ仮説思考が重要なのか? それは限られた時間の中で最善の結論を効率的に出すためである。

我々の周りの課題は、ビジネスであれ日常生活であれ曖昧でつかみどころのないことや複雑に事象が絡み合って一筋縄では解決しないことだらけである。

こうした状況で探索的に解を探そうとすると、種々の条件の組み合わせをすべて試す羽目になって天文学的な組み合わせの数の解を試さなければならなくなり、非効率どころか結論に近づくことすらできなくなるであろう。

例えば将棋を考えてみればよい。

基本的に盤面や駒の数が決まって完全に閉じた盤面の中だけで展開される将棋でさえ、最高パフォーマンスのコンピュータシステムを駆使してもあらゆる解の可能性を探索して評価することなどできない。

まして変数の数が桁違いの人間世界の問題解決においては言うまでもなかろう。

■仮説思考とは「逆算する」こと 仮説思考の応用範囲は幅広い。

実は仮説思考の本質とは、「ベクトルを逆転して考える」「『こちらから』でなく『向こうから』考える」あるいは、「逆算して考える」ことである(図 5- 1)。

狭義の仮説思考は「結論から考える」という定義になるが、これを「最終目的地から遡って考える」という解釈に応用して考えると非常に適用範囲が広いことがわかる。

例えば、「はじめ」からでなく「終わり」から考えること、「手段」からでなく「目的」から考えること、「できること」からでなく「やるべきこと」から考えること、「自分」からでなく「相手」から考えること(例えばコミュニケーションにおいて)等、応用範囲はほとんど無限といってもよいほど広い。

これは筆者自身も経験したことであるが、少し大げさにいうと、仮説思考で考えることは「世界が変わって見える」といえるほどの思考のコペルニクス的転回になりうる。

では具体的に「ベクトルを逆転する」あるいは「逆算して考える」とはどういうことか、これによって思考回路がどう変わってどんなメリットがあるのかについて説明していこう。

この広義で解釈すると、仮説思考というのは非常に応用範囲が広く、奥が深いということがおわかりいただけるであろう。

■「はじめ」からでなく「終わり」から考える まずはじめの「ベクトルの逆転」は時系列としての「始め」からでなく「終わり」から考えるという応用である。

例えばあなたがある期間内に調査結果をまとめるプロジェクトのリーダーに任命されたとしよう。

基本となるプロジェクトの目的と期間が与えられ、具体的なアクションを考え出すときにあなたがはじめに考えるべきことは何だろうか? 「まずは明日からのアクションを考えなければならない」「それが終わったら明後日以降、次は来週の計画を立てよう」と考えたとしたら、あなたは「ベクトルが逆転していない」人である。

では「ベクトルが逆転している」人はどう考えるか? まず考えるべきはプロジェクトの「最終報告」のことである。

つまり最終的に「誰に」「どんなメッセージが」伝わればよいかということである。

プロジェクトが始まってもいないうちから「最終報告」のことを考えるというのは「ベクトルが逆転していない人」から考えたらおそらく正気の沙汰とは思えない行動だろう。

この意味するところは何だろうか? 最終報告の目次とは、プロジェクトの仮説に他ならない。

これをはじめから想定しておくことによって、最も効率的にプロジェクトの結論を導くことが可能になるのである。

■「できること」からでなく「やるべきこと」から考える 「ベクトルの逆転」を別の切り口で考えれば、「できること」でなく「やるべきこと」から考えるという風に見ることもできる。

言い方を換えれば「現状」からでなく「あるべき姿」から考えるということである。

企業内で業務改革活動等を実施するときには、常にこの二つの視点が出てくる。

あるべき姿を論じるときに、当然「できること」を考えることは重要であるが、最終結果として重要なのは何が達成できたかである。

そのためには、背伸びをした目標を設定して、それを実現するために現状とのギャップを抽出し、それを埋めるための方策を考えていくというのが改革への最短ルートである。

業務改革を専門とするグローバルなコンサルティング会社はこうした方法論を有しており、効率的に最終目標を達成するためのプロセスを共有している。

その基本となっているのがこの「やるべきこと」つまり「あるべき姿」から考えるという発想なのである。

これは我々の日常生活でも様々な形で応用できる。

■「自分」からでなく「相手」から考える 「ベクトルを逆転させる」次の応用例はコミュニケーションである。

コミュニケーションで一番重要なこと、それは「自分が何を伝えたか」でなくて「相手に何が伝わったか」である。

言葉で表現するのは簡単であるが、大多数の人はこの「ベクトルの逆転」ができていない、あるいはそれを自覚していない。

皮肉屋として数々の名言を残し、ノーベル文学賞も受賞しているアイルランドの劇作家、ジョージ・バーナード・ショーの言葉に「コミュニケーションにおける最大の問題は、それが達成されたという幻想である。

(” The greatest problem in communication is the illusion that it has been accomplished.”)」というものがあるが、コミュニケーションギャップの本質をとらえたなかなかの名言である。

コミュニケーションがうまくいっていない場合のほとんどが、この「鉄則」が守られていない場合である。

コミュニケーションの苦手な人がよく発する言葉というのが、「コミュニケーション上の問題はありません」「きちんと伝えました」「 ○ ○に × ×と書いてあります」「あれほど言ったんですが……」等という言葉である。

お気づきだろうか? これらの言葉はすべてベクトルが逆転していない、つまり「伝え手側から」の論理である。

そこには、相手に実際にどこまで伝わったのか、相手がどこまで理解したのか、といった観点は一切入っていない。

■「売れないセールスマン」にならないために 次にプレゼンテーションの場においても同様のことがいえる。

例えば会議の場で何かの報告をしなければならないとする。

こんな場合にあなたは、 ・まず報告したい議題(アジェンダ)の説明をし、 ・それから個々の報告用の説明に入るという手順を取ってはいないだろうか? この手順のどこに問題があるかお気づきだろうか? 最大の問題は、これは「ベクトルが逆転していない人」、つまり自分中心で考えている人のやり方なのだ。

では「ベクトルが逆転している人」はどう考えるだろう。

相手中心に自分の報告を考えるならば、最優先で考慮すべきことというのは、 ・この報告が相手にとってどういう意味があり、 ・相手にどうしてほしいかであり、これを最初に伝えることから始めるべきだろう(つまり目的の確認である)。

「議題」というのは「話し手側から」伝えたい内容であり、その説明はその後でよい。

最初のやり方のように「話したい議題」の説明から入る人というのは「売れないセールスマン」と同じである。

いきなり「私はこれを売りに来ました」「だから説明を聞いて下さい」と言ってもお客の方は「それに一体自分にどんなメリットあるの?」とか「今日は私にどうしてほしいの?」と思うことだろう。

これでは絶対に売れるわけはない。

同様にプレゼンテーションの準備にも差が出てくる。

「ベクトルが逆転していない人」は一生懸命自分のスライドの準備に余念がなく、完璧なスライドファイルを作成しようとするが、ここには「相手」という発想が欠落している。

「ベクトルが逆転している人」の考えることは、その会議の出席者は誰か、どのキーパーソンにどんなメッセージを送り、どうなってもらえばよいのか(単なる理解をしてもらえばよいのか、承認なのか)を徹底的に考えて、そのための準備という逆算の発想をするのである(極論すれば資料など一枚もいらないかもしれないのだ)。

相手の立場でコミュニケーションする。

基本中の基本ではあるが、これほど難しいことはない。

よほどできている人でも自分の十分の一ぐらいしか相手のことを考えていないと思うのが安全だろう(逆に普通の人は百分の一ぐらいしか相手の視点でなど考えてはいないのだ)。

我々は「いかに自分が相手の目線で考えていないか」を常に自覚し、先出のショーの言葉を肝に銘じておきたいものである。

せめて読者は「売れないセールスマン」にはならないように気をつけていただきたい。

■会議が「ミステリー列車」になっていないか? さらに応用であるが、会議の進行をするにもいきなり議題の説明から各議題に入ってはいけない。

何をおいても「目的(会議の目指す達成レベル)の確認」が最優先である。

目的を確認しないで議論に入るのは、どこに行くかがわからないがとにかく電車に乗り込む「ミステリー列車」と同じなのだが、実際にはこうした会議があまりに多い。

各々の乗客が想定している目的地は本当にみな一致しているだろうか? 会議の進行者は旅行の添乗員のようなものである。

ここではくれぐれも(意図せぬ)「ミステリー列車の添乗員」にならないように気をつけたい

たいものである。

■「手段」からでなく「目的」から考える 同様のことが手段と目的の関係でもいえる。

目的とは目指す最終到達地点という点で仮説と似た概念である。

これに対して手段とはその地点に到達するための方策である。

本来は最終目的にたどり着くために手段が存在するはずなのだが、往々にしてこれが逆転してしまうことがある。

いわゆる「手段の目的化」である。

図 5- 2を見てほしい。

これは手段が目的化する典型的なパターンである(例えば情報システム構築で考えるとわかりやすいだろう)。

ステップを踏んで見てみよう。

当初の目論見 まずどんな活動でも、活動をスタートするときには当初の目論見というものがある。

つまり目的からスタートして手段を考える。

情報システムでいえば、例えば情報システムを全体最適化して全社の経営情報を横串で活用し、システムの維持コストを最小化することであり、そのための手段として ERP(統合パッケージシステム)の導入を検討するといったことである。

手段の目的化による肥大化 そうやってある目的のためにスタートした手段であるが、手段の方が目に見えやすいために実際のシステム導入の検討過程において「どうせこれをやるんだったら ○ ○も考えようよ」とか、「せっかくここまで考えるんなら △ △のことも考えておこう」といって、見る人によって都合のよいような目的のために「微修正」してしまおうという動きが出てくる。

前述の ERPの例でいうと、例えば経理部門、調達部門、製造部門、物流部門、営業部門といった各個別部門の担当者がそのシステムを見て、いまの自部門のシステムをこれで置き換えるのであれば、こういう機能もつけたい」とか「せっかくシステムを更新するのならこういう機能を追加したい」といったように当初の目的に意識することなく自分に都合のよい目的に解釈して手段である情報システムの機能追加を要求していき、システム仕様が肥大化してしまうのである。

全目的の未達成 こうした結果あらためて全体を見てみると、当初の目的以外の異なる多数の目的のために手段が肥大化して、結局何のための手段かがわからなくなり、肥大化しているために実施が困難になっていくというのが業務改革等で頻繁に見られる構図である。

ERPの例で言うと、各部門からのカスタマイズ要求が肥大化してコストや期間が当初予定を大幅にオーバーする割りには当初の目的であった「全体最適」には程遠いものとなってしまうという状況に陥るのである。

この例に見るように、「せっかくだから……」「どうせなら……」という言葉が聞こえたときには要注意である。

本来あるべきベクトルの向きと主客逆転が起きて手段が先行する考えになっている可能性がきわめて高いからである。

常に本来の目的を強く意識して、関係ない手段は思い切って切り捨てることがこういった場面では重要なのである。

目的を常に最終到達地として強く意識し、手段と混同しないこと、これが仮説思考の教えるところの一つである。

■キャリアプランも仮説思考で考えてみる 一つの応用として仮説思考をキャリアプランに適用することを考えてみよう。

例えば読者が学生だったとして、どんな会社に就職するかを考えてみる。

アルバイト程度の経験はあるにしても自分が将来候補とする職業を経験したわけではないから、いずれにしても非常に限られた情報によって次の進路を決めざるを得ない。

ここで取るべき方法は大きく二つである。

第一はとにかくいまできることから考えること、あるいは何をするかというよりはまずは安心な会社を選び、そこで何をするかは会社に配属先として「決めてもらって」経験を積みながら考えるというやり方で、従来の日本の伝統的大企業でよく見られた「就社」の考え方である。

まずは与えられた仕事を幅広く経験してから自分の適性や嗜好を見きわめた上で最終的な方向性を決定していくのも、もちろん一つの考え方であるし、これまでの終身雇用におけるゼネラリスト育成という日本企業でのキャリア育成としてはある意味有効に機能していた。

ただし、時代は変わった。

若者の価値観は多様化し、終身雇用制度も崩壊しつつある中で、「自分探し」と称して社会人になってから数年を経過しても会社を辞めてゼロベースで自分の将来を考え始める若者が増えてきている。

こんな場合に参考にしてほしいのが「結論から考える」仮説思考である。

同じ自分探しをするのでも、闇雲にいろいろなことを試すのと、少ない情報しかなくても、今までの自分の経験や価値観等から自分の進みたい姿を「仮説」として置いてみて試行錯誤して経験を積みながらそれを「検証」していくという姿勢では自ずと結論に至るまでの時間や結果の品質にも差が出てくるだろう。

自己啓発の本や、ある道をきわめた成功者の体験記などを読んでいると必ずといっていいほど出てくる「夢を持て」とか、「目標から逆算していまやるべきことを考えよ」等というメッセージは基本的に「自分のキャリアプランを仮説思考で考えてみよ」と言っているのである。

例えば大リーグや海外でプロスポーツ選手になるという夢を叶えた選手等はほぼ例外なく遅くとも高校生ぐらいには「海外で活躍する」という将来像を強く心に描いて、それを実現するための努力を日々実行することによって自分の夢を実現したに違いない。

高校生のときに「大リーグに行く」などと言ったところでその時点としてはあまりにつかみどころのない単なる「あるべき姿」であったには違いないが、それを描いたからこそ実現できたのである。

キャッチボールの一球一球、素振りの一振り一振りを漫然と実行するのと、「大リーグに行くため」という明確な目標意識を持って日々を積み重ねるのとでは結果に歴然とした差が出てくるというのは想像に難くないであろう。

まだ自分の「天職」が見つかっていない人は参考にしてみてはいかがだろうか。

もちろん、経験を重ねるうちに「仮説」が外れたと思えば軌道修正をかけながら進んでいくべきであるというのもまさに仮説思考と同じ発想である。

■人生設計を「自分の葬式」から考える キャリアプランのみならず、人生そのものも仮説思考で考えるべしと主張しているのが、一九九〇年に発売され、世界で一五〇〇万部以上のベストセラーとなっている『7つの習慣』(スティーブン・ R・コヴィー)である。

この本の紹介する、成功者に共通の七つの習慣のうちの一つとして取り上げられているのが「目的を持って始める」というもので、その例として紹介されているのが、「自分の葬式から考える」というものである。

「自分の人生をいかに生きるべきか?」「自分の人生において重要と思う価値観は何なのか?」そして「これをいかに実現して自分のなりたい人生を生きるか?」。

これらを考える一番の方法は「自分の葬式はこうあってほしい」というのを思い浮かべてみることだというのである。

自分の葬式を思い浮かべてみよう。

そこには誰に参列してほしいのか? 仲の良い家族なのか、多数の仕事関係者なのか、そこで参列者が故人である自分のことをどうしのんでくれるのか、弔辞は誰がどんな内容のことを述べているのか、家族は、仕事の同僚はあなたのことを何と言って思い出しているのか、近所の人はどうか、といったことを考えてみる。

それがあなたの生きたい人生であり、価値観を決めるものである。

それが明確になれば、次にすべきことはそうあるためにどうすればよいかを考えることであり、そうすれば自ずといま自分の生きたい人生や価値観が決まってくるということである。

■両方のベクトルをバランスよく考えること ここまで「ベクトルを逆転させるべし」という話を様々な角度からしてきた。

現実にはこれら二つのベクトルをバランスよく使い分けながら使いこなしていくのが重要なのであるが、大部分のビジネスパーソンというのは通常「結論から」考えるという仮説思考の視点が圧倒的に弱く、思考回路の振り子を思い切り逆に振るという意味で「ベクトルを逆転させる」ことをおすすめするのである。

また順番としてもまずは結論、つまり「向こう側から」考えて「こちら側」の視点からの制約条件等を考慮するといったように、常に結論や目的を先に考えるという優先順位も重要である。

□どんなに少ない情報からでも仮説を立てる 第 3章の例題で「どんなに少ない情報からでも仮説を立てる」ということを経験していただいた。

それでも日常生活にもどると普通の人は仮説の前に情報を集めたがるものである。

情報というものはある意味「幸せの青い鳥」のようなものだ。

実は身の回りにたくさん存在しているのに気がついていない、あるいは十分に活用しきれていない。

あればあったでさらにどんどんほしくなって、いつまでたっても十分と思うことはないのだ。

■仮説が先か情報収集が先か? 「どんなに少ない情報でも仮説を立てる」という話をすると必ずある反論は、「そうは言っても何も情報がなければ仮説は立てられないでしょう」というものである。

つまり、「にわとりが先かたまごが先か」という議論である。

ある意味正しいのであるが、ほとんどの場合こう考えるのは正しくない。

なぜなら「情報がない」という認識が間違っているのであり、実は必ず何らかの情報は持っているのにそれを使おうという姿勢がない場合がほとんどであるからだ。

例えばフェルミ推定の電柱の例で、いきなりこの問題を出されたらほとんどの人は「ほとんど情報がないからちょっと調べてから」とまず思うであろう。

実際は毎日電柱を見ながら街を歩き、これまでの何十年かの人生でどんな地域で電柱がどんな配置になっているかおおよそのことまで知っているのに……である。

電柱の解答例で示したとおり、実はその情報だけでも概算してみれば桁数のレベルではプラス・マイナス一桁程度の誤差の答えは出てしまうのである。

一見雲をつかむような話に思える電柱の話でさえ最初の仮説を立てるに足る情報は十分なのである。

ましてや読者が日々出会うような課題については「すでに十分な情報を持っている」と考えてよい場合がほとんどである。

「情報を集めたい病」を克服するのが、仮説思考への第一歩であると考えていただきたい。

誰でも簡単に膨大な情報を収集することが可能なインターネット時代だからこそ、検索エンジンにキーワードを入力し始める前に一歩立ち止まって、「どんな仮説を立てて」「何のために」この情報収集をしようとしているかを考えることが、情報の洪水に溺れないようにするための最大の手段なのである。

仮説を立てて情報収集をすることにはもう一つ別のメリットもある。

それは仮説を立てて目標感を高く持っていると、情報に対する感度が上がってくるのである。

普段なら何気なく見逃していたような情報が、仮説という目標を常に意識していると見逃さずに入ってくるというのは明確な効果といえる。

■データ分析の成否を決める仮説構築力 仮説構築力というのは、前項で述べたような情報収集の段階のみならず、データ分析の段階においても効果が大きい。

膨大なデータを前にして分析を開始すると、往々にして「分析すること」そのものが目的となってしまい、分析したはいいが最終的に(あるいは途中段階で)使われない分析結果が山積みにされてしまうという状況は非常にありがちである。

また分析結果をまとめていく上でも仮説をきっちりと立てておくのとおかないのでは出来栄えが格段に異なってくる。

例えばアンケート調査を実施するにしても、最終到達点(分析結果の仮説)を明確にするとともにそこに至るまでにどんなデータをどう集めてどう集計してどんなグラフを作るか等の「一気通貫シミュレーション」を後ろから遡って実施しておけば、無駄になるデータを最小化しながら所定の仮説を検証するということができるようになっていくのである。

あるいはアンケート項目の取り方(いくつの選択肢にするか、自由記述にするか等)も最後の分析のまとめ方や結論までを想定しておかないと、集計段階になって「こうやっておけばよかった」と思ってしまうのはよくあることである。

■仮説思考している人の口癖は「落としどころ」「うそでもいいから」 「仮説思考力」という言葉を使うとずいぶん改まった難しい考え方のようであるが、実は我々の周囲にもこうした思考回路の人は多数存在している。

そういう人たちの口癖が、「落としどころ」とか「うそでもいいから」といった表現である。

この「落としどころ」というのはまさに仮説そのものであるし、「うそでもいいから」というのも、「現在わかっている情報だけで」の言い換えという点で「仮説思考してみよう」ということである。

ただし、これを仮説思考になじみのない人から見ると、やる前から「落としどころ」を考えておく等というのはある意味不謹慎なことに思えるかもしれない。

また「うそでもいいから」などというのは、完璧主義の人には許せない言葉だろう。

この考え方が適切なものでないことは、これまでに展開してきた仮説思考の重要性や意味などから明らかだろう。

「落としどころ」を考えて事に臨むのと闇雲に着手するのとでは効率が格段に異なってくるのはこれまで述べたとおりである。

ただし、「落としどころ」というのは「その時点で想定する最善の」着地点であって、必ずそこに誘導しなければならないという偏見になってしまっては具合が悪く、あくまでもフレキシブルに変えていくというのが大前提である。

□前提条件を決めて前に進む 仮説思考の二番目のポイントは、「前提条件を決めて前に進む」ことである。

再び電柱の例題を思い出してほしい。

あいまいな定義の課題を与えられたときに、能動的に先に進めるか、受動的に立ち止まるかは大きな違いとなる。

以下に具体的に解説していこう。

■前提条件を決めるとは課題を定義すること 前提条件を決めるというのは、裏を返せば課題の線引き、つまり課題がどこからどこまでかというのを明確に定義していくことである。

我々が日常直面する課題というのは、クイズのように明確に境界が定義されたものなどはほとんどなく、どこからどこまでが課題かわからないようなもの、さらに言えばそれが本当に課題なのかどうかもわからないようなものであり、実は課題を解決するために一番難易度が高いのがこの「課題を定義する」ということなのである。

課題が明確に切り分けられてしまえば実はもう半分以上解決したも同然といっても過言ではない。

■情報が足りなくても立ち止まらない ここで重要なのは立ち止まらないで前に進んでいくということである。

前述したように、課題というのはあいまいなことだらけであり、ここでいちいち立ち止まって前提条件を人に確認しながら進める、あるいは確認できるまで進められないという態度で課題に臨むのと、あいまいなことは本来の目的に立ち帰って現実的な線で「勝手に」決めてどんどん前に進んでいくという姿勢で臨むのとでは積み重ねていくと天と地ほどの差が出てくる。

いちいち前提条件を決めてもらえないと先に進めない人たちがいわゆる「指示待ち族」である。

ただしここで注意すべきは、自分で前提条件を決めて先に進んだ場合には、どんな前提条件を設定したかを他者に対しても客観的にわかるように明確にしておき、前提が異なっていた場合にはいつでも必要なところまで戻ってやり直せるようにしておくことである。

□限られた時間で答えを出す「タイムボックス」 仮説思考における次のポイントは、決められた制限時間内にとにかく答えを出すという「タイムボックス」の考え方である。

三分なら三分なりの、三時間なら三時間なりの、三週間なら三週間なりの答えを出すことが重要である。

フェルミ推定の例題でも、制限時間内に何でもいいから答えを出すことが重要だったことを思い出してほしい。

「どのくらいでできそうか?」と考えて納期を見積もるのではなく、「この納期でどこまでできるか?」と考えるのがタイムボックスの根本にある発想であり、発想の転換がなかなか難しい。

■完璧主義を捨てる フェルミ推定の例題の解答例で、「限られた時間でとにかく答えを出す」ことが重要だと述べた。

このことに対しての一番の敵は何だろうか? それは「完璧主義」である。

フェルミ推定の例題で最初の時点でつまずいてしまうのが、このタイプの解答者である。

完璧主義の人というのは、時間が限られているとわかっていても「アバウトな」解答をすることができない。

まずは細かい前提条件、言葉の定義を行ってからでないと問題自体に着手することもできず、根拠が十分に揃うまでは時間をオーバーしようと決して解答を出さないのである。

身の回りの事例で考えてみよう。

例えば読者が人気のディスカウント店の開店日の特別セールに行ったら店の前に数百名の長蛇の列があったとする。

最後尾には案内役の店員がいたので、「大体どのぐらい並びますか?」と聞いたら返ってきた答えが、「さあ、中のお客さんによって変わるので何とも言えませんね」というものだったとすればあなたはどう感じるだろう。

あなたが知りたかったのは十分なのか、二時間なのかといった概算値である。

店員は当然あなたより精度の高いレベルでの推定(大体この人数であればおそらく三〇~四五分の間だろう……)はできていたはずであるが、後で文句を言われることを恐れ(完璧主義に陥って)お客であるあなたへのサービスやニーズを考えずに答えを出せなかった。

間違ったことを言ってしまえばクレームになりかねないので、慎重な対応が必要なのは理解できるが、ここでの顧客の期待値を考えて臨機応変に回答することはできなかっただろうか。

またこれは、「聞いている側の想定範囲は聞かれた側の想定範囲より通常はかなり広いので、ラフな答えでも何も答えないよりはるかに役に立つ」ことを示した一例である。

あるいは官僚主義に陥った大きな組織でもこういったことが起きうる。

最終的な顧客サービスを迅速に実行することよりも、組織内での論理を優先させて意味のない品質向上のためにアウトプットが遅くなってしまうというのはよくある事象である。

このように完璧主義を生むのは組織であって、必ずしも個人の責任ではない場合も往々にしてある。

完璧主義の人には是非フェルミ推定で「とにかく答えを出す」という訓練をしてほしい。

いきなり日本全国の電柱の本数を算出するよりは、日々の業務で経験する「根拠が弱い」ことなどは仮の結論を出すには十分すぎるほどのものだということがわかっていただけるであろう。

ビジネスの現場では、限られた時間と情報で最善の意思決定をしなければならない状況がほとんどである。

もちろん最終結果を前にした完璧主義は必要なものだが、時としてそれは有害にもなるのだ。

■「ほうれんそう」をタイムボックスで考える 上司への進捗報告、いわゆる「ほうれんそう」のことを考えてみよう。

第 4章の地頭課長と積上クンのケーススタディを思い出してほしい。

進捗状況を聞かれて「二日待って下さい」と答えた積上クンの答えは果たして地頭課長の質問に対しての回答になっていただろうか。

地頭課長は「わかった。

では二日後にまた」と言って納得してくれただろうか。

おそらくここで地頭課長の期待していた回答は「現時点でわかっている範囲での結論」つまり現在の仮説である。

ここでは、多少精度は低くてもよいから現在の情報でわかる状況を答えるというのが求められる態度である。

上司は概数でもよいから現時点での状況を知りたかったのであって、たとえ精度が上がっても二日後では何の意味もない報告になってしまう可能性がある。

こうした、精度よりスピードが求められる場合への対応、これは限られた短時間で概数を出すという点でフェルミ推定による訓練が有効である。

■プレゼンテーションの Q& Aもタイムボックス思考で 「限られた時間でとにかく答えを出す」ことが求められる例として、もう一つの例を挙げておこう。

プレゼンテーションにおける Q& Aでの受け答えである。

読者が多数の聴衆に対してプレゼンテーションをする場面があったとする。

ほぼ例外なく最後に Q& Aの時間が設けられているであろう。

ここでの質問に対しては「とにかく何か答える」という姿勢が望まれる。

もちろん即答できない答えもあるだろうが、「後ほど調べて回答します」の連発になっては芸がないばかりか、話し手が質問に満足に答えられないようではプレゼンテーション自体の説得力も弱まる。

事前にある程度の想定質問集は考えてはおくだろうが、それにも限界がある。

こういった場合に必要な思考がタイムボックスで回答するということである。

もちろん短時間では完璧な回答はできないだろう。

質問に答えるには情報が足りない場合もあるかもしれない。

しかしプレゼンターとしてのあなたは基本的にその会場で一番そのトピックについて知っていると自信を持ってよいはずである。

間違ったことを答えては元も子もないので、これは絶対に避けなければならないが、回答を保留するにしても何らかの回答をしておいた後に「詳細は確認します」といった形で締めくくるのが望ましい。

これには多少の訓練が必要だが、日々の場面でとにかく回答を出すという姿勢で臨んでいると自然にこうしたことに習熟してくるようになるのである。

□仮説思考の留意事項 ここまでその効果を述べてきた仮説思考であるが、そこには留意すべき落とし穴もある。

ここではそれを述べておこう。

■はじめの仮説にこだわりすぎるべからず 仮説思考とは誤解を恐れずにいえば、少ない情報しかないのに意図的に仮の結論を「思い込む」ことである。

したがってそれは悪い意味での「思い込み」が持つのと同様のリスクがある。

すなわち、仮説にこだわるあまりに視野狭窄となり、偏ったものの見方になってしまう可能性があるのである。

とにかく現在ある情報から得られる最善の結論を想定して先に進むのが仮説思考であるが、情報の少ないところから結論を想定しているので、当然方向性が違っていることも多々ある(むしろはじめからぴったり合っていることの方が少ない)。

大切なのは、この最初の仮説を検証していきながら精度を上げるという意識を常に持って、最新の情報でフレキシブルに仮説を「進化」させていくことである。

当然それには当初の仮説を否定しなければならない場面も出てくるが、これを「ここまでそう考えて進んできたから」と当初の仮説に固執してしまっては判断を誤ることになる。

一番極端な例は、実験データによって仮説を検証するという場面で、実験結果が当初の仮説に合わなかったからといってデータをねじまげてしまうなどということが起きてしまったら、これはまったくの本末転倒である。

仮説思考で考えるということは、当初の仮説を常に更新していくという姿勢とセットであるということを決して忘れてはならない。

■深掘りが甘くなるリスクに注意 もう一つの留意点としては、深掘りが甘くなるリスクがある。

仮説で考えると、「一見もっともらしい結論」に早期にたどり着けるようになるが、そこで十分な検証を行わないうちに安心してしまうと、深掘りが不十分な表層的な結論になってしまう可能性がある。

したがって、たとえ検討結果の方向性が当初の仮説に案の定近かったとしても十分な分析を積み重ねて事実・データをもとにした十分な根拠をそろえた仮説検証を実行していくことが重要となる。

■第 5章のまとめ 仮説思考とは、 いまある情報だけで最も可能性の高い結論(仮説)を想定し、 常にそれを最終目的地として強く意識して、 情報の精度を上げながら検証を繰り返して仮説を修正しつつ最終結論に至る思考パターンのことである。

仮説思考を「最終目的地から逆算して考える」ととらえると応用範囲がきわめて広く、「はじめからでなく終わりから」「できることからでなくやるべきことから」「自分からでなく相手から」「手段からでなく目的から」等「ベクトルを逆転させる」という発想全般に適用可能である。

仮説思考におけるポイントは、 どんなに少ない情報からでも仮説を構築する姿勢、 前提条件を設定して先に進む力、 時間を決めてとにかく結論を出す力の三点である。

仮説思考力を使う上での留意事項は、 はじめの仮説にこだわらずに最新情報に基づいてフレキシブルに仮説を進化させる、 結論が早期に出る分、深掘りが甘くなることに注意する、の二点である。

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