第 6章 「全体から考える」フレームワーク思考力
□フレームワーク思考力のポイント □フレームワーク思考で「思考の癖を取り払う」 ■すべての人には思考の癖がある/ ■個人が持つ相対座標と絶対座標/ ■座標系の具体例/ ■個人の相対座標とは「暗黙の思い込み」/ ■適切なコミュニケーションに不可欠な「座標系の一致」/ ■ホワイトボードで座標系を合わせる/ ■「プロ」とは「その道の絶対座標」を持つ人のこと □全体を高所から俯瞰する ■全体俯瞰の威力/ ■全体は一つだが部分は無限/ ■「ズームイン」の視点移動で考える/ ■なぜ「話が長い」と感じるのか □最適の切り口で切断する ■切り口の最適の選択は経験から決まる「アート」/ ■フレームワークには「死角」が存在する □分類とは「足し算の分解」 ■「もれなくダブりなく」( MECE)が原則/ ■同レベルの「粒度」を合わせる/ ■狭義のフレームワークツールの活用/ ■ KJ法の限界/ ■「箱を別に考える」のがフレームワーク思考/ ■「その他」を作ったり、安易に「改良」してはいけない □因数分解とは「掛け算の分解」 ■ビジネス指標分析への因数分解の応用/ ■業務プロセス分析も因数分解思考で □全体最適をボトルネックから考える ■全体パフォーマンスはボトルネックで決まる □フレームワーク思考の留意事項 ■フレームワーク思考は「専制的」か? ■第 6章のまとめ
□フレームワーク思考力のポイント 続いて「全体から考える」フレームワーク思考力について、その意味するところ、効用、応用例等について具体的に解説する。
第 3章で述べたとおり、本書ではフレームワーク思考力を一般的に言われているフレームワークの考え方より広い意味にとらえ、大きく「対象とする課題の全体像を高所から俯瞰する全体俯瞰力(ビッグピクチャーシンキング)」と、「とらえた全体像を最適の切り口で切断し、断面をさらに分解する分解力」とで構成されると定義する(図 6- 1)。
さらにこの「分解力」は大きく「分類」(足し算の分解:狭義のフレームワーク)と「因数分解」(掛け算の分解)とに分けられる。
フレームワーク思考力のポイントは大きく五点あり、 全体 →部分への視点移動、 切断の「切り口」の選択、 分類、 因数分解、 ボトルネック思考であった。
本章ではこのフレームワーク思考力の特徴をさらに具体化して詳細に解説する。
□フレームワーク思考で「思考の癖を取り払う」 まずなぜフレームワークで考えることが重要なのか? それは一言でいえば「思考の癖を取り払う」ためである。
すべての人は過去の経験や知識から知らず知らずのうちに思考の癖がついている。
これは必ずしも悪いことではなく、個人の個性や独創性もここから生まれるわけである。
その一方で新しいアイデアをしがらみにとらわれずにゼロベースで考え出そうとするときや認識が共有されていない他者とコミュニケーションするときには弊害となる。
すなわち、フレームワークで考えることは、アイデア創出に役立つとともに、コミュニケーションを円滑に進め、後戻りを最小化させて効率化させることにつながるのである。
それでは具体的に「思考の癖がある」とはどういうことか、フレームワーク思考でそれをどう解消していくか等について詳細に説明することにしよう。
■すべての人には思考の癖がある すべての人はものを見るときの立ち位置(視座)、方向(視点)や視野の広さ、あるいは具体的にはある言葉を聞いたときに思い浮かべる事象に違いがある。
暗黙のうちに個人が持っている固有のものの見方のことでフレーム・オブ・リファレンス( Frame of Reference)と呼ばれ、個人ごとの「思考の座標系」ともいえる。
(図 6- 2)
■個人が持つ相対座標と絶対座標 人はものごとを考えるときに無意識のうちに「絶対座標」と「相対座標」というのを使い分けている。
絶対座標というのは誰にでも誤解のないようなものの見方であり、相対座標というのは関連する当事者あるいは当人のみに通用するものの見方である。
例えば地理的な場所の説明において、絶対座標というのは北緯何度何分、東経何度何分等という言い方がこれに相当する。
逆に相対的な言い方というのは、駅を降りて右に曲がって、二つ目の信号を左に曲がって……といったような例えば「右」とか「左」といった言葉である。
あるいは「例の……」とか、「あの人が……」といった代名詞も相対座標的表現の代表である。
各個人は暗黙のうちにこれらを使い分けながらコミュニケーションしている。
■座標系の具体例 続いて座標系の違いの具体的なイメージをつかんでもらうために、簡単な事例で説明しよう。
個人による座標系の違いの例「駅の東口の Aさんと西口の Bさん」 Aさんと Bさんは ○ ○線の X駅で待ち合わせをした。
二人ともその駅には一度は行ったことがあったために、改札口を出たところのタクシー乗り場の前で待ち合わせをすることにした。
ところが二人は首尾よく出会うことができなかった。
たいして大きな駅ではないために二人とも改札口は一つだと思い込んでいたのである。
二人とも完全にそう思い込んでいたために待ち合わせ場所を決めたときにも、改札を出て相手を捜すときにももう一つの出口があろうとはゆめゆめ思っていなかった。
約束の時間を過ぎても姿を見せない Bさんの携帯電話に Aさんが連絡した。
A: Bさんいまどこ? B:ああ、ちょっと遅れたけどさっき着いたよ。
Aさんは? A:僕も着いたところだけど……。
B:あれ? 見つからないなあ……。
タクシー乗り場の前でしょ? 駅と反対に向かって左にコンビニで右にガソリンスタンド見えない? A:そうそう。
あれ? でも Bさんが見つからないなあ?? B:見つからないね……あれ? もしかして……いま太陽どっちに見える? A:左前方だけど……。
B:やっぱりそうかぁ。
我々違う出口にいるみたいだよ。
この会話を客観的に見ている読者にはずいぶん滑稽な話に思えたかもしれない。
だが実は、コミュニケーションで起きている誤解というもののほとんどは単純化すればこの構図と一緒なのである。
なぜこの会話が滑稽に思えるのか? それは、 あなた自身が「ヘリコプターに乗った高所の視点」で、 Aさんと Bさんがどこからどっちを見ているか(図 6- 3)を把握した状態でこの会話を聞いていること、 Aさんと Bさんはそのことに気づかずに自分の場所と視点だけから話していることの二点に起因する。
おわかりであろうか。
この例でいう二人を(誰もが誤解のない)地図上(つまり絶対座標)で見ているのがあなたで、 Aさんと Bさんはお互いに異なる「相対座標」でものごとを見ているためにこうした誤解が生ずるのである。
この事例はきわめて単純な物理的な座標系の違いという例であったが、一般的な「ものの見方」に広げると、文化の違いやそれまでの経験の違いによる「精神的な座標系」の違いといったものも同様にコミュニケーションの障害となり、これも広い意味での座標系と考えることができる。
一つの顕著な例としてビジネスの世界でよく起きるのが、言葉の定義の違いである。
表面上まったく同じ言葉が会社や部門によって実はまったく異なる定義で用いられていて、これがコミュニケーションの誤解の元になることがよくある。
例えば読者は「マーケティング」という言葉を聞いてどんな仕事を思い浮かべるだろうか?マーケティングという言葉は会社や部門によって千差万別のとらえ方をされる言葉である。
「市場調査」や「顧客情報収集」から「販売企画」「顧客戦略」「プロモーション」等といった活動が十把ひとからげで「マーケティング」という言葉で語られることが多いので、言葉を十分に定義して、同じ言葉の定義で話していることを確認しないと誤解を招く。
あるいは「開発」という言葉はどうだろうか? ソフトウェアや I T業界の人ならば「プログラミング」だと思うかもしれない。
あるいは製造業の人ならば商品化のための「商品開発」全般だと思うかもしれないし、会社によっては製品開発の上流工程を「開発」と呼び、下流工程を「設計」と呼ぶところもある。
こうしたバックグラウンドの違う人たちが「開発の人たちって ○ ○だよね」というような会話をすると、しばらくしてから、お互いに違う対象の人について語っていることに気づくといったことが起きる( X駅の例でまったく異なる「コンビニ」を Aさんと Bさんが同じだと思ったのと同じ現象である)。
これが座標系の違いの例である。
これがいろいろな会社や部門の人たちと付き合い、様々なビジネスプロセスを経験すると、この世界での「絶対座標」が持てるようになり、いろいろな人の間の翻訳を一つの絶対座標をよりどころとしてコミュニケーションできるようになる。
元 NHKアナウンサーの吉田たかよし氏は著書『できる人は地図思考』(日経BP出版センター)の中で、 NHKの新人アナウンス研修のことを書いている。
二人一組になって説明役に架空の地図が渡されて、もう一人の聞き役に口頭で説明するというもので、これがいかに難しいものかを語っている。
ここで一番難しかったものの一つが左右の方向の説明であり、研修を通じて学んだことが、「他人に情報を伝える時に、聞き手と視点を共有することに努力する」ことであったと吉田氏は同書の中で述べている。
これなどはまさに相対座標で語ることのコミュニケーション上の障害、絶対座標で語ることの重要性を語っているのである。
コミュニケーションのプロフェッショナルたるアナウンサーの新人研修でこうした内容が取り上げられていることを見ても、絶対座標で語ること、座標系を合わせることの重要性が理解できる。
■個人の相対座標とは「暗黙の思い込み」 前項の例であげたような各個人の相対座標というのがまさにフレームワーク思考で克服しなければならない「思考の癖」あるいは「暗黙の思い込み」である。
フレームワークで考えるということは、絶対座標、つまり万人が理解できる共通の座標系で考えることによって偏りの少ないものの考え方をし、また誤解のないコミュニケーションを可能にするということなのである。
■適切なコミュニケーションに不可欠な「座標系の一致」 コミュニケーション上の誤解の大部分はこうした座標系の無意識な違いによって起こる。
コミュニケーションの上手な人というのは、意識的あるいは無意識のうちにまず相手との座標系を合わせることを欠かさない(東口の Aさんと西口の Bさんとの例を思い出してほしい)。
適切なコミュニケーションにまず必要なのは、コミュニケーションの相手同士が、「同じ視座と視点で」話していることをしつこいほど確認することなのである。
最近「図解すること」に関する書籍が多く発刊されているが、図解することがうまい人というのはコミュニケーションがうまい人である。
その
大きな理由の一つが、相手と同じ座標軸で話すことを意識しているということなのである。
単に口頭で話すのと比べて、話している対象を図解すると、もし違う座標軸で話している場合にお互いが気がつく可能性が飛躍的に高くなり、適切なコミュニケーションが取りやすくなるというわけである。
つまり、「同じ地図を見ながら」会話しているということである。
逆にコミュニケーションが下手な人というのは勝手に自分の中で想定したものの見方で、相手の座標軸がどうなっているかなどまったく気にせずにしゃべり続けていることが多い。
同じことが会議の進め方にも言える。
コミュニケーションにおける座標系の重要性を認識している会議進行者というのは、会議のはじめに必ずその会議の位置づけと目的(つまり、座標系)を簡単にでも確認してから始めるのである。
具体的には、全体スケジュールとその会議の位置付けの再確認、前回のおさらい、本日の目標着地点等について説明して、出席者の間の座標系を合わせるということを必ず実施してから会議を開始する。
これに対して未熟な進行者というのは、いきなり議題に入ってしまうために、出席者間の座標系が合っていない状況で会議を進行させてしまい、途中で参加者から「今日はどういう会議だったっけ?」等という疑問が出る羽目になって、結局途中でこの座標系を合わせるということを一からやり直す(ここまでのディスカッションはほとんど無駄)という非効率なことをやってしまうのである。
第 5章の仮説思考力での理由と併せて、「アジェンダ説明からすぐに議題に入ること」の危うさがおわかりいただけるだろうか。
■ホワイトボードで座標系を合わせる もう一つ「座標系を合わせてコミュニケーションを改善する」という例を挙げよう。
何かの会議の中で、出席者の間で一つの話題に関する認識がどうも合っていないと全員が感じているときに、進行者なり出席者の誰かがホワイトボードに認識合わせのための何らかの説明用の図を描くと、それが共通の「会話の土俵」となって機能して各人の認識の違いが明確になり、その絵を中心にして自分の認識はそこが合っている、そこは違っているといった議論を重ねるうちに各人の認識がぴったり合ってくるといったことを経験したことがないだろうか? この状況がまさに前述した「東口の Aさんと西口の Bさん」の構図とまったく一緒である。
この中で重要な役割を果たしているのが、「ホワイトボードの絵」である。
これは先の事例でいう「地図」の一部、あるいは「太陽」であり、絶対座標上の共通のマイルストーンなのである。
異なった座標系を統一するためには、このマイルストーンを有効に使って複数の座標系を重ね合わせるか、あるいは絶対座標を用いて語ることが重要になってくるのである。
■「プロ」とは「その道の絶対座標」を持つ人のこと ここまで簡単に誰もが共有できる座標系あるいは「絶対座標」で語ることが重要であると述べてきたが、絶対座標で語るためには、各々の世界で頭の中に絶対座標を持つことが必要であり、実はそれには長期にわたる経験と訓練が必要となる。
絶対座標を理解しているという状態は、どんな相対座標の人が来てもそれをある絶対座標に「座標変換」あるいはマッピングして一つの座標系にできるということである。
これができるようになると、自分の相対座標でしかものごとを見ることができない複数の人たちを一つの絶対座標軸上にマッピングして、「あなたはここ」「あなたはそこ」といった具合いにお互いの関係を明確にすることができる。
どの世界でも、その道を極めた人、つまり「プロ」というのはこの絶対座標を自分の中に持っている。
具体例を挙げよう。
音楽の世界で「絶対音感」というのがある。
これはまさに音の高低における「絶対座標」そのものである。
音楽の世界では、素人は相対的な音の高低というのはわかっても、それらを別々に聞いたときには相対的な関係がわからないが、ある音を単独で聞いたときにもそれは「この高さの音」と五線紙上(つまりこれが絶対座標系)にすぐにマッピングできるのが絶対座標を持ったプロということになる。
料理の世界でも似たようなことが言える。
ワインの世界のプロであるソムリエの例であるが、 NHK番組の『プロフェッショナル ~仕事の流儀 ~』の中でソムリエの佐藤陽一氏が「自分の頭の中にワインのマップがあって、すべてのワインをマップできる」という表現をしていた。
これなども「絶対座標」を持ったプロのものの見方の例である。
どの道でもある程度のレベルに達した人はその道の「絶対座標」を持っており、相手の力量を一瞬にして見破る。
「すごい人のすごさ」がわかり、「下手な人の下手さ」もわかるのが絶対座標を理解した達人である。
下手な人には「上手な人がどのぐらい上手なのか」を理解することができない(例えば上手な人同士の比較ができない)のである。
スキー教室や英会話教室を考えてもよいだろう。
一定レベル以上に達した人というのはどんな人のレベルもある座標軸上にマップすることができるのである。
「絶対座標を持っている」ことの有効性をおわかりいただけただろうか。
□全体を高所から俯瞰する ここまでは、フレームワーク思考が必要な理由、その背景としての「絶対座標」と「相対座標」および個人の思考の癖としての相対座標について述べてきた。
次に、具体的なフレームワーク思考のプロセスを説明する。
先述の図 6- 1のフレームワーク思考のプロセスに従って、順番にその具体的な内容を見てみよう。
まずフレームワークでものごとを考える上での前半のポイントは「全体を俯瞰する」である。
■全体俯瞰の威力 地頭力の中でもこの全体俯瞰力の占める割合は大きい。
「思考の癖を取り払う」あるいは「思い込みをなくす」というフレームワーク思考の思想を実現するためには、この第一ステップが最大のキーポイントだからである。
これには、課題に着手するときには必ず「一歩引いて考えてみる習慣をつける」というのが有効である。
自分自身の目線ではなくて、思いきり「上空から」見た客観的な視点で対象の課題の全体俯瞰をすることによって、自分が知らずに持っている偏ったものの見方を排除するのである。
これはとりもなおさず、これまで述べてきた「絶対座標」のものの見方にできるだけ近づけるということである。
■全体は一つだが部分は無限 なぜ全体を見ることが「絶対座標」で考えることになるのか? それは全体といえば誰が考えても一つのものを指すのに対して、「部分」というのは無限の選び方があるために、その中でどの部分を選んだかによって、すでに選んだ人の思考の癖が無意識に出てしまうからである。
もちろん、どこまでを全体とするかというのも実は複数の解釈があり得るが、逆に言うと誰もが誤解のない一つのものを共有できるレベルが全体像の定義である。
例えば日本人同士が国内の話をするのであれば、(あえて世界全体でなく)「日本地図」を全体像とみなしてよい。
「部分」でなく全体像をとらえることの重要性は、前述の東口の Aさんと西口の Bさんのように部分だけしか見ていない人間同士のコミュニケーションがいかに難しいかを考えるとわかる。
一つに定義できる全体像(絶対座標)から始めれば誤解がないが、部分から始めると多かれ少なかれ必ず話し手の座標系が反映されてしまい、これを共有していない相手に意図を伝えるのが困難なのである。
■「ズームイン」の視点移動で考える 全体俯瞰している人としていない人の思考パターンで顕著に表れる違いが、視点の移動の仕方である。
全体俯瞰している人は他人に説明するときも必ず誰もが共有している全体像から当該テーマにズームインして入ってくるために誤解が少ないが、全体俯瞰力が弱い人は、いきなり自分の視座・視点(相対座標)から説明を始めて、必要に迫られて思いついたように全体像に話を広げていく(ズームアウト)ので、初めて話を聞いた人にはどこの話をしているのかわからないことが多い。
この「視点の移動の癖」というのはフェルミ推定の解答の仕方にも表れる。
ズームイン型の視点を持つ人は全体を網羅的に押えてくるが、ズームアウト型の視点の人は自分のよく知っている部分をまず詳細化するという解答の癖がある。
思考実験として、「いまあなたが東京都知事選に立候補したとしたら何票取れるだろうか?」というフェルミ推定を考えてみてほしい(「自分という商品」の東京都における市場規模の推定と考えてみよう)。
あなたがまず自分の知人の数を考え出したとしたら、それがズームアウトの視点である。
上空から自分を第三者的に見てみれば、「自分の知り合い」というのは、あくまでも可能性の一つ(結果として大部分になるかもしれないが)でしかない。
網羅的に事象をとらえるなら、例えば東京都の人口 →有権者 →当日の投票者 →浮動票 →マイナー候補に投票する層 →自分の政策やプロフィールに惹かれる人……のように考えるのが自然だろう。
これが「ズームイン」の視点移動である。
■なぜ「話が長い」と感じるのか 全体俯瞰が重要だというもう一つの例を挙げておこう。
「話が長い人」というのがいる。
どんな人のことだろうか? 我々はどんな場合に「話が長い」と感じるのだろうか? まず、これは絶対的な時間が長い短いという意味でないことはおわかりだろう。
一時間でも短いと思うこともあれば、五分でも長いと感じることがあるのは日常で経験することである。
「話が長い」とは以下の三つのいずれか、あるいはそれらの組み合わせに分類できるのではないだろうか。
第一は話の中身の問題で、「話がつまらない」、「わかりにくい」、「聞き手の興味に合っていない」あるいは「趣旨から脱線している」場合である。
前章で述べたように、相手のことを考えない、一方的で自己中心的なコミュニケーションスタイルの場合に起きる状況である。
つまらない、あるいは興味の持てない話というのは五分でも長く感じるものであるし、逆に面白い話は一時間聞いていてもちっとも長いと感じない。
第二は「所定の時間をオーバーする」ことである。
同じ一〇分間の話でも予定が二〇分であれば短いと感じるが、もともとの予定が五分であれば長いと感じるであろう。
そして最後の要因として、「いつ終わるかわからない」場合に聞き手は話が長いと感じるのではないか。
実はこの三点目の要因がフレームワーク思考力に関係するのである。
どんな場合に聞き手が「いつ終わるかわからない」と感じるのか? それは話の全体像が示されぬままに話がだらだらと進行する場合が多い。
こうなると聞き手は「一体この話はどう展開していつ終わるのだろう……」と苛立つことになる。
ではこう思われないためにはどうすればよいか? それはまずはじめに話の全体像を示すことである。
具体的には、全体のストーリーや結論をはじめに話してから個別のことを詳細に説明するとか(こうすれば聞き手は自分の最も聞きたいところを「 ○ ○の部分をもっと細かく教えてくれない?」とか「 × ×の部分ははしょってもいいよ」とかを先に指摘できる)、「今日はお話しすることが二つあります。
Aと Bです」などと先に項目を宣言するとか、「五分間時間を下さい」等と大体の時間を先に示してしまうのである。
全体像で考える人というのは、こうした会話のパターンを持っている人がほとんどである。
もちろんこういう会話のスタイルは、すべての場面で有効なわけではない。
きわめて話術の巧い人は「どう展開するかわからない」のを逆に利用して聞き手を引っ張り込むという高等テクニックを駆使する場合もある(コメディアンが用いる典型的なパターンの一つである)。
ここで述べたのは、例えばビジネスの場において、時間を制約された人たちの場合での「内容やメッセージを伝達する」ことに重きを置いた会話の場合においてである。
□最適の切り口で切断する 全体を俯瞰した後のステップは、俯瞰した対象の全体を「最適の切り口で切断する」ということである。
これはイメージ的に言うと、対象とする課題が最も顕著に見えるような(概念上の)断面を選択するということである。
■切り口の最適の選択は経験から決まる「アート」 ここでの最適な切り口の選択というのは、そのために特に公式や決まった正解があるわけではなく、経験や試行錯誤からくる「アート」である。
ただし、ここがフレームワーク思考の肝の部分の一つであり、切り口の選択の仕方で次のステップの分類の成否が決まってくるのである。
いい切り口とは、対象の特徴を最適にとらえることができるような視座・視点(座標系)のことである。
電柱の例で言えば、「単位面積当たりの電柱本数」「単位世帯当たりの電柱本数」といったものの見方、分析の切り口がこれに相当する。
■フレームワークには「死角」が存在する フレームワークによる分類は、全体の切断の仕方、言い換えれば切断の「座標軸」の選び方によって左右される。
ということはフレームワークを選択するということそのものに思考の癖が反映され、思考が固定化してしまって、ある観点からは抜け漏れをチェックしたつもりでも、まったく考えの及ばなかった視点から見ると抜け漏れが見つかることもありうるのである。
具体的なイメージを見てみよう。
図 6- 5を見てほしい。
これはフレームワーク思考における「切り口の選択」において、思考の偏りを発見できる場合と発見できない場合があることを示した図である。
つまり、フレームワークを考える際には、切り口の選択によって抜け漏れが発見できたりできなかったりすることがあるのである。
同様に一般の問題解決においても最適の切り口を見つけることが最大の要となることが多い(電柱の話を思い出してほしい)。
ただし、先に述べたように、この切り口の選択というのは公式があるわけではなく、経験や場数によって最適な選択ができていく「アート」の世界であるために、フレームワークを使ったことによってかえって効率が落ちないようにするような注意が必要である。
□分類とは「足し算の分解」 次のステップは、俯瞰した全体像を前のプロセスで選択した切り口で「分類」することである。
切り口の選択と分類とは表裏一体の関係で、切り口を選択するのと同時にその分類方法が決まっていることになる。
分類というのは、「特性に応じた場合分け」ということである。
電柱の事例でいえば、全体を「市街地」と「郊外」に場合分けしたことを思い出してほしい。
これらの分類した結果はすべて「足し算」するともとの全体に
もどらなければならないことから、「足し算の分解」と呼ぶこともできる。
■「もれなくダブりなく」( MECE)が原則 全体を分類する際に最も注意すべきこと、それは全体を「もれなくダブりなく」分解することである。
これは MECE( Mutually Exclusive Collectively Exhaustive)とも呼ばれ、論理思考をする際には必須の概念である。
なぜもれなくダブりなく分けることが重要なのであろうか。
逆にいえばもれやダブりがあるとどんな不都合が生じるのだろうか? はじめの分類にもれやダブりがある場合、その後に紐付く作業が、ダブりがあると「どっちに入れる」かで悩むことになるとともに重複作業が発生し、もれがあると、それが後になって発見されるたびに追加作業が発生して非効率になるとともに、「本当にこれですべてか」という後戻りのリスクと常に戦い続けなければならない。
MECEの保証されたフレームワークを用いればこれを回避できるのだ。
■同レベルの「粒度」を合わせる MECEであることと併せて分類時に留意すべきこととして、同じレベルの粒度、あるいは概念の大きさの程度を合わせるということが挙げられる。
これは MECEであることと、ある意味表裏一体のことを言っているのであるが、「分類」というのは基本的に同列のものを並べる必要があるので、言葉や概念のレベルの大きさが合っていることが重要になる(そうでないと「足し算」ができない)。
■狭義のフレームワークツールの活用 この「分類」という行為をスムーズに行い、「もれなくダブりない」箱のセットを用意するためのツールが狭義のフレームワークである。
分類のための箱を先に用意するのがフレームワークであると述べたが、実はこの分類のための「もれなくダブりない」箱の集合を毎回新たに定義するというのは非常に難しい。
そこでよく利用されるのが、〝 3 C〟( Customer, Company, Competitor)や〝 4 P〟( Product, Price, Place, Promotion)といった世の中で使い慣らされたフレームワークである。
これは「箱のセット」をもれなくダブりなく目的に合わせて活用できるように、最初から用意したものなのである。
こうしたフレームワークをツールとしていくつか持っていると、もれなくダブりのないアイデア抽出を実施したり、様々な意見を集約したりといった場合に非常に便利である。
その他にもさまざまなフレームワークが存在する。
図 6- 7を見てほしい。
これは分類のための主なフレームワークの例である。
ここでは以下の五つのタイプに分類して概要を説明する。
一番目は「対立概念型」である。
一番簡単なもれなくダブりないフレームワークとは何か?それは「 Aである」か「 Aでない( Aの反対である)」かという二分割で、これが対立概念である。
例えば「内」「外」、「賛成」「反対」、「帰納」「演繹」といった、相対する概念に二分すれば基本的にもれなくダブりがない分類ができる。
二番目は「数直線型」とでも言えるもので、一つの尺度をいくつかの程度で区切る。
例えば「大」「中」「小」、「短」「中」「長」(これらはいずれもしきい値の基準を明確にする必要があるが)、あるいは「 ○ ○未満」「 ○ ○以上 △ △未満」「 △ △以上」といったようなものである。
三番目は「順序型」とでも呼べるもので、順次的なプロセスに従った、例えば Plan/ Do/ See、や企業活動のプロセス(バリューチェーン:商品開発/設計/生産/販売/保守サービス……)といったものである。
四番目は複数の並行な選択肢を並べた「単純分類型」で、例としては産業分類(金融業/製造業/サービス業……)や生物学分類(哺乳類/爬虫類/鳥類……)等が挙げられる。
そして最後の五番目が複数の視点や座標軸によって分類する「異視点型」である。
例としては先の 3 Cや製造業でよく用いられる Q CD(品質、コスト、納期)、等が挙げられる。
この「異視点型」がフレームワークとしては、選択する難易度も最も高い代わりにうまい視点、切り口が見つかると威力を発揮するタイプでもある。
こういったフレームワークというのは、一般に思考パターンの異なる複数の人間が同じ土俵で話せるための「白地図」のようなものだと思えばよい。
十分に活用すれば大きな武器になる。
■ KJ法の限界 読者はアイデア抽出のためのブレーンストーミング等のときに KJ法というのを使った経験があるだろうか。
これはグループ討議において各自のアイデアをポストイットに書き込む等により多数抽出した後にそれを類似のグループに分類して集約していくという手法である。
例えば、新製品のアイデアや職場改善のテーマ抽出のときに、多数のアイデアを抽出し、分類していくような場合に用いられ、手軽に適用できてそれなりの効果を上げられるツールとして筆者も頻繁に活用している。
ただし、この KJ法の使用に関しては注意すべき点がある。
KJ法のメリットとして、自由なアイデアを多数抽出できる、分類によってそれらを整理できるということが挙げられる反面、注意すべき制約として(ボトムアップ的アプローチであるために)「思考の癖から脱却できず、完全に斬新な視点でのアイデアを抽出しにくい」ことが挙げられる。
KJ法では「アイデアを出してから分類を考える」というアプローチであるために、これまでと違った切り口でのアイデア抽出や、視点の抜けもれのチェックがやりにくく、普段思っていることの延長のアイデアの域を出られないという限界があるのである。
■「箱を別に考える」のがフレームワーク思考 これまでの例でおわかりのように、フレームワークで考えるということは、項目を抽出した後にその項目に従って分類用の箱を考えるのではなく、「箱を別に考える」ということである。
分類結果から箱、つまり分類の集計単位を考えると、どうしても思考の癖がそのまま反映されてしまい、もれがあって粒度の合わない分類になってしまうのだ。
■「その他」を作ったり、安易に「改良」してはいけない
また、分類をするときに作ってはいけない箱がある。
それは「その他」という箱である。
これは一見「先に箱を用意している」ように見えるかもしれないが、実はそうではない。
「その他」という箱は確かに箱には違いないが、これはこの分類は MECEでないことを示す象徴なのだ。
それはなぜか? 確かに「その他」を入れれば他に入らないものがあれば必ずここに入るという点での「網羅性」は確保できるだろう。
ただし、ここでこれ以外に用意された箱というのは、単なる「思いつき」で選ばれたものである可能性が非常に高い。
なぜならきちんとした分類の元である軸で切断された断面であれば「その他」という箱自身が登場することがありえないからである。
「その他」とはある意味でフレームワーク思考における思考停止の兆候であるのだ。
また、よく既存のフレームワークを流用して、それに項目を加えたり減らしたりして「改良」している使い方を見かけることがある。
ところがこれは基本的に誤った使い方である。
あるいは元のフレームワークに欠陥があったかのどちらかである。
なぜならフレームワークというのは基本的に「もれなくダブりない」ものであるからである。
フレームワークに項目を追加することができるとすれば、それはもれがあったことを意味する。
逆に減らしても「もれない」ことが担保されるとすれば、それはもともとダブりがあったということである。
ただし、フレームワークを適用する環境(土俵)がまったく変わる場合には許容される場合がある。
しかしながらこれらはあくまで例外的な状況であって、よほどの上級者でない限り、フレームワークは既存のものをそのまま使うのが鉄則である。
□因数分解とは「掛け算の分解」 続いてのステップが因数分解である。
これは、一見まとまって見える一つの事象を構成要素に分解し、その要素ごとのメカニズムを解明して問題解決を図っていくというプロセスである。
全体としては複雑に見える事象も、一つ一つの構成要素に分解してみると単純な事象に分解できることが多い。
第 3章で見た「電柱」の事例でもおわかりいただけるであろう。
一見途方もなく算出が複雑そうで途方に暮れてしまいそうな電柱の本数も例えば「単位面積当たりの本数」 ×「面積」、あるいは「単位世帯当たりの本数」 ×「世帯数」という因数分解を試みれば一つ一つの要素は何とか推定が可能なものとなりうるという例である(あるいはこれらの要素をさらに因数分解して考えるというのもフェルミ推定の例題で見たとおりである)。
こうした因数分解を用いて、全体として一つに見えている対象要素を複数の構成要素に分解することによって、対象要素に関する因果関係をより深掘りして何がキーとなる要因か、どこが本当のボトルネックになっているか、あるいは何をするとどういう効果が表れるかどうかといった分析が可能になるのだ。
■ビジネス指標分析への因数分解の応用 因数分解のビジネスへの応用例として、「売上拡大」というテーマに対しての施策を考えてみよう。
単に「売上げ」を一つのものとして考えていると、とにかく営業マンに発破をかけるとか広告に投資するといった単純な施策ぐらいしか思いつかないものが、例えば以下のように売上げを四つの因数に「因数分解」して個別の要因を分析してみれば、各因数別の施策(付加価値に合わせて定価を引き上げる、割引を最小化する、市場を活性化させて市場そのものを大きくする、競合のシェアを奪って市場シェアを上げる)を別々に考えてみることができるし、そのために有効な施策を深掘りすることも可能になるだろう。
売上げ = 売価 × 数量 =(定価 ×( 1 - 割引率)) ×(市場規模 × 市場シェア) (現実には業界や商品特性に応じてこれらをさらに因数分解していくと、状況に応じた適切な変数を抽出できることも多い) 同様な因数分解と因数別の分析を財務指標でも行うことができる。
例えば ROE(株主資本利益率)に関して ROE =(当期純利益/株主資本) =(当期純利益/売上高) ×(売上高/総資産) ×(総資産/株主資本) =売上高当期純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ こうした分解によって、経営指標としての ROEを向上させるためには、これら三つの指標のどれかに対しての改善施策を実行していく必要があることがわかり、全体を漠然ととらえたままより、より重要となっている要因に対してピンポイントで具体的かつ有効な対策を打つことが可能になる。
あるいは投資対象の会社の企業分析にも適用できる。
■業務プロセス分析も因数分解思考で さらに因数分解のビジネスへの応用として、「順次的なプロセスを経ながらアウトプットの量が変化していく」事象の分析が挙げられる。
図 6- 8を見てほしい。
これは、「ある入力から一定のスクリーニングプロセスを経て最終出力に至る」という全体過程の因数分解の例を示している。
全体としての転換率を向上させるためには、プロセスをさらにサブプロセスに分解して、各々の、あるいは一番インパクトの大きいサブプロセスの転換率(出力/入力)を向上させることが有効で、そうした施策を考える上でこういった考え方が有効である。
例えば営業プロセスの商談パイプラインの分析に用いることができる。
例として自動車の販売を思い浮かべてみてほしい。
営業プロセスというのは、全体市場(潜在ユーザー全体)からの潜在的な顧客の発掘から始まり、それをスクリーニングした対象訪問顧客リスト →訪問可能顧客リスト →購買見込み顧客リスト →……といった形で数字が変化し、各々の移行確率を上げていくことが重要になるが、まずは各サブプロセスの移行確率のどこが全体のボトルネックになっているのか、あるいはプロセスごとの打ち手も大きく異なっている可能性があり、プロセス全体を十把ひとからげに扱うよりもはるかに有効に事象の分析ができたり打ち手の効果を高めることができる。
このスクリーニングプロセスの構造というのは応用範囲が広い。
「複数のプロセスを経ながらある割合で出力が絞り込まれながら変化していく」というようなプロセスには何にでも応用が可能なので、例えば人事採用のプロセス(一次書類選考、二次面接試験等)やミス ○ ○コンテストのようなスクリーニングプロセスには何にでも適用ができ、どこの勝率を上げていけば最終勝率を上げることが可能かといった分析にも用いることができる。
□全体最適をボトルネックから考える フレームワーク思考力の締めくくりが、前ステップまでで分解した各要素を再び全体俯瞰して、全体の中でのボトルネックを考えることである。
例えば大きな組織にいると、自分の役割が全体プロセスあるいは「バリューチェーン」という、「組織全体が何らかのインプットから付加価値を生み出して最終アウトプットに変える」というプロセスのほんの一部分を担当して無意識のうちに全体が見えなくなっているという現象はよく起きる。
■全体パフォーマンスはボトルネックで決まる フェルミ推定で見たように、全体パフォーマンスの精度、あるいはアウトプットの質や量というものはボトルネックのパフォーマンスで決定される。
TOC(制約理論)というのもこれと同じ発想であり、全体のボトルネックを発見し、そこを改善することによって全体パフォーマンスを改善し、それ以外の部分に取り組むのは基本的に労力はかかるが全体に影響ないことと見る考え方である。
ここまでのステップで、はじめは全体像をつかんで分類や分析というマクロからミクロへの分解に入ってきたものの、次第に詳細に入っていくにしたがって再び全体像が見えなくなって枝葉にこだわってしまうことを防ぐために再度全体像を見てみることが必要になってくる。
フェルミ推定の事例で考えてみよう。
「電柱の本数」を数えようとスタートした分析作業であるが、例えばその中で都会の代表例としての電柱間隔を、どこかの地域でサンプル的に数え始めたとたんにその作業が目的化してしまい、詳細に陥ってしまうということが考えられる。
そういった場面で常に考えておかなければならないのは、最終結果の精度を決定するのは「一番精度が低い」部分であり、それ以外のところはいくら詳細に落としても全体の精度向上には直接的につながらないということである。
全体を見ていないと自分のわかるところ、あるいはできるところのみに集中するあまりに全体のアウトプットの精度を考慮しないで一部分だけに労力をかけてしまうということがある。
大きな組織に属していると、こうした当たり前のことを忘れてしまいがちであるので、常にアウトプットとボトルネックとの関連というのを頭に入れておく必要がある。
フェルミ推定の考え方を常に意識していれば、この考え方を常に忘れずにいることも容易になる。
□フレームワーク思考の留意事項
以上、フレームワーク思考の有効性と具体的な方法について述べてきた。
その「威力」については十分に理解してもらったと思うが、そのフレームワーク思考にも注意すべきポイントやリスクがある。
■フレームワーク思考は「専制的」か? もう一つフレームワーク使用時の注意点を述べておこう。
前述の KJ法の発案者である川喜田二郎氏はその著書『発想法』(中公新書)の中で、ブレーンストーミング等で抽出されたアイデアを「大分け」から「小分け」にするか、「小分け」から「大分け」にもっていくかということに関して、本章でフレームワークのアプローチとして述べた「大分け」から「小分け」にする方法を「専制的」として以下のように批判している。
「この点については、大分けから小分けにもっていくのは全くもって邪道である。
かならず小分けから大分けに進まなければならないのである。
」……中略……(誰かが大分けの仕方を決めてから分類するアプローチに関して)「大分けから小分けへと進めようという我のあるところには、ヒットラーやスターリンの心がある。
つまり『自分の考え方がいちばん正しい』ときめてかかって、『民衆はおれのとおりに従え』というのとおなじである。
」 この指摘のように、はじめから分類の箱の構造を決めてからそれにしたがってアイデアを抽出するというのは、ある「切り口」にしたがったアイデアしか抽出できなくなるというリスクがあり、その意味で、選ばれたフレームワークが「専制的」となってしまうというデメリットがあることは否めない。
さりとて、完全に「ボトムアップ的に出てきたアイデアを分類する」という手法では、「抜けもれ」が出たり、粒度が合わなくなってしまうという弱点があることは前述のとおりである。
したがって、こうしたブレーンストーミングの際におすすめするプロセスというのは、まずはフリーにアイデアを抽出するのと並行してある程度アイデアが出揃った段階で最適のフレームワークを選択するのである。
そうすれば、「専制的な考え方」を強制することなくアイデアを抽出するとともにその「抜けもれ」のチェックを行うことが可能となるのである。
■第 6章のまとめ フレームワーク思考の目的は、「思考の癖を取り払って」 コミュニケーションを効率的に進めるとともに、 ゼロベースで斬新な発想を生み出すことである。
人はみな独自の経験や知識に裏付けられた独自のものの見方(相対座標)を持っており、コミュニケーションに強い影響を与えている。
フレームワークで考えるためには、個人個人の相対座標と誰もが共通に考えられる絶対座標を意識する必要がある。
フレームワーク思考力は大きく全体俯瞰力と分解力に分けられる。
フレームワーク思考力の全体プロセスは、 全体俯瞰、 「切り口」の選択、 分類、 因数分解、 全体再俯瞰とボトルネックの発見である。
フレームワーク思考のリスクは、先に枠を固定することによる思考そのものの固定化である。
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