第 9章 さらに地頭力を鍛えるために
□フェルミ推定のさらなる応用 ■問題解決の方法論としてのフェルミ推定/ ■大企業病の治療薬としてフェルミ推定を活用する/ ■「三分間事業シミュレーション」による起業家精神養成/ ■フェルミ推定で数字に強くなる
□地頭力を鍛えるためのフェルミ推定以外のツール ■エレベーターテスト/ ■なぜ流れ星は願いをかなえてくれるのか/ ■なぜ「理由は三つある」のか/ ■「一枚の絵で説明する」ということ □「 X軸で考えて Y軸で行動する」のが地頭型多能人 ■地頭型多能人の目指す境地 ■第 9章のまとめ おわりに 参考・引用文献 フェルミ推定練習問題集 カバーデザイン:竹内 雄二 本文 D TP:アイランドコレクション
□フェルミ推定のさらなる応用 本章では地頭力をさらに鍛えるために、これまで述べたフェルミ推定の応用と、それ以外のツールをいくつか紹介する。
今後の読者の地頭力訓練の一助としていただきたい。
まずはフェルミ推定のさらなる応用として、これまでに述べた直接的な思考訓練以外の様々な事例を紹介する。
フェルミ推定は身の回りの事象にも応用が可能である。
ぜひとも「骨までしゃぶって」徹底的に活用していただくことを期待する。
■問題解決の方法論としてのフェルミ推定 第 3章での電柱の例題を通じて問題解決の縮図としてのフェルミ推定を経験していただいた。
これだけの問題であれば少し訓練すればいろいろな問題に応用して習得することはさほど難しいことではなかろう。
しかしながら、フェルミ推定を実践し、地頭力を鍛えるためのツールとして活用する最大の目的は「問題解決における基本動作の習得」にある。
フェルミ推定の応用範囲は広く、本書で挙げたようなフェルミ推定ができるということは問題解決をする上での単なる必要条件であって十分条件ではない。
つまり問題解決のプロフェッショナルであれば誰しもフェルミ推定の考え方ができるが、フェルミ推定が表面上でできてもそれは必ずしも日常の問題解決に適用できるとは限らないのだ。
むしろそれを基礎としていかに徹底的に応用できるようにするかが課題である。
読者が何か新しいことを習得するときのことを考えてみてほしい。
ゴルフのスイングでもあるいは分析手法の習得でも、およそ新しいことの習得に一番効果があるのは、基本動作を地道に習得した後に複雑な状況に応用していくことではないだろうか。
いかにこれを実践していくのが難しいか。
ここで再び第 4章の地頭課長と積上クンの会話を思い出してほしい。
現実の複雑な事象を前にすると「情報が少ないのでとりあえず収集にかかる」とか「例外的な事項にこだわって先に進まない」等というのは日常的に身の回りで起きていることである。
そんなときにこのフェルミ推定の基本手順やイメージが関係者間で共有されていると、複雑な現実の呪縛にとらわれた状況の共有・課題認識・改善が容易にできるようになっていく。
フェルミ推定の最大の特長は、こうした一連の問題解決のプロセスがはじめから終わりまで縮図として網羅されていることである。
例えば、何らかのデータ分析をする場合にさしたる仮説もなく「とにかくデータ収集を」といって闇雲にデータ収集を開始した部下に対して、「どうやって計算するかを決める前にいきなり外に出て周りの電柱の本数を数え始めるの?」という言い方をすれば、いまやっていることの愚かさに気がついてもらい、行動の修正を自発的にしてもらうことができるはずである。
あるいは、分析の途中で個別の部分の分析が手段でなく目的化してしまっている状況、あるいはある部分だけ枝葉末節にこだわってしまっている、または他部門のアウトプットをまったく知らずして自部門のアウトプットを正確に出すことだけ気にしている人に対して、「それって最終的に電柱の本数を出すのにどれだけ影響するの?」とか「街中の電柱の配列だけ厳密に再現しても山の中の配置はどこまで正確に表現できるの?」という言い方をすれば、全体最適の概念から外れていることに自分から気がついてもらうことが可能である。
さらに筆者のこれまでの経験から、フェルミ推定のような簡単に共有できる「基本イメージ」がない場合に、概念を理解してもらうことが不可能な概念として、「少ない情報で仮説を立てる」という根本的な考え方がある。
このことの意味を理解してもらうのに関してはフェルミ推定以上の有効なツールは存在しないといってもよい。
フェルミ推定の基本レベルはマスターしている人でも、いざ実際の複雑な課題を目の前にすると情報や知識が少なすぎるといって仮説を立てることにしり込みしてしまう人は多いが、「電柱の本数出すよりは情報いっぱい持っているでしょ?」と指摘すれば、ボトルネックになっているのが本当の情報量ではなくてとにかく仮説を立てようという姿勢にあることに気づいてもらえるだろう。
このように、問題解決の方法論の基本イメージとしてのフェルミ推定の威力はきわめて大きい。
基本動作が習得できてからが本当の戦いであることがおわかりいただけるであろうか。
地頭課長と積上クンもフェルミ推定のイメージが共有できていれば同じ言葉で課題を共通認識できるようになるだろう。
この意義においてはフェルミ推定の数をこなす必要はあまりない。
電柱なら電柱の事例の一連のプロセスを徹底的にイメージできることが重要となる。
■大企業病の治療薬としてフェルミ推定を活用する 一方で「大企業病」の克服にも有効である。
大企業病の特徴として、「セクショナリズム」と「完璧主義」がある。
これまで述べてきたように、フェルミ推定によって、全体のアウトプットの品質を常に考えた上で個別の分析を考えることや品質よりも時間重視でアウトプットを出していくことの重要性を肝に銘じて業務に取り組んでいく姿勢を鍛えていくことが可能である。
官僚主義に陥った組織の活性化にフェルミ推定を応用し、「結論から」「全体から」「単純に」考える地頭力の強化による官僚主義の打破を試みてはいかがだろうか。
■「三分間事業シミュレーション」による起業家精神養成 地頭力強化のためのツールとしてのフェルミ推定の特徴は「自分で簡単に好きなだけ問題を作成できる」ことである。
通勤電車の中や街を歩きながら自分で問題を作成して訓練することがいくらでもできるので、日常生活の中で積極的に活用することをおすすめする。
これは起業家精神を養うにも役に立つ。
例えば何か商品やサービスのアイデアが浮かんだときに、「果たしてこれを何人の人が買っていくらもうかるだろう?」という「三分間事業シミュレーション」などはどうだろう。
これを意識していると、ビジネスやマーケティングの基本である市場規模の算出、そのための顧客セグメンテーション、さらにコスト、収益性の算出といった概念に敏感になり、新しいビジネスへの感度も自然と上がってくることになるだろう。
一つの例として読者が入ったラーメン店(あるいは何の飲食店でもよい)での収益性をフェルミ推定してみれば、「どれだけ売上げがありそうか」というのと、「どれだけ経費がかかっていそうか」という売上側とコスト側の二つの側面からの推定を一度にやってしまうこともできる。
同様にインターネットを使った新しいビジネスモデルの収益性もクイックで実施してみるのも難易度は上がるが応用例としての良い訓練になるであろう。
■フェルミ推定で数字に強くなる もう一つ、フェルミ推定の「副産物」がある。
それは、常日頃からフェルミ推定の習慣をつけていると、数字に関する感度が上がってくるのである。
例えば、日本全国にガソリンスタンドは何軒あるか? 郵便ポストは何本あるか? 等といったことを常に考えていると、例えばコンビニの軒数が約四万軒であると新聞で読んだときには、問題意識があるのでそれらとの比較で単なる知識として記憶するよりもはるかに印象深く心に留めておくことができる。
さらに色々な数字が関連してありとあらゆるものが関連してつながってきて、日本国内の市場規模推定等をする際には、
には、おそらく全国規模では ○ ○より多くて × ×よりは少ないだろうから大体 △ △ぐらいではないかといったような比較ができるようになり、推定の精度が上がってくる。
これは本来の「 X軸」の頭の使い方というよりは、「 Z軸」の活用ということになるが、知識力が地頭力によって活用されてさらにまた新たな知識が生み出されていくという、「地頭力による知識力のレバレッジ(てこの応用)」のイメージの好例ではないだろうか。
□地頭力を鍛えるためのフェルミ推定以外のツール フェルミ推定以外にも地頭力を鍛えるためのツールがある。
「問題解決の専門家」としてのビジネスコンサルタントはこうした訓練を常に行って地頭力を鍛えている。
「コンサルタントの道具箱」として、ここでその一部をご紹介しよう。
■エレベーターテスト コンサルタントの世界で「エレベーターテスト」と呼ばれるものがある。
例えば読者がどこかのクライアントにプロジェクトマネジャーとして駐在し、社長が最終報告先であるプロジェクトを実施しているものとする。
ある時偶然エレベーターホールの前で社長とばったり会って「プロジェクトの状況はどう?」と聞かれたとしよう。
多忙な社長に説明できるのは、エレベーターに乗って降りるまでの三〇秒だけである。
こうした場合にいかに簡潔かつ要領を得た説明ができるか? これがエレベーターテストである。
これをうまくこなすにはどうすればよいか? ここでのポイントは、自分の取り組んでいるプロジェクトの状況を「いつでも」「短時間で」説明できるよう、心の準備をしておかなければならないということである。
このためには地頭力をフルに活用しなければならない。
まずこうした場合にうまく説明するためには、 その時点での期限内でのプロジェクトの期限内での「落としどころ」(つまり「結論」である)を常に意識していなければならない、 同じくプロジェクトの「全体像」を意識していなければならない、 それらを「簡潔に」説明できなければならないという点でまさに地頭力の三要素である「結論から」「全体から」「単純に」考えることが必要となるのである。
逆にこれに対しての反応の「悪い例」は、「そうですねえ……」といって考えこんでしまう、「いまデータ分析中ですのでもう少ししたらお答えできると思います」(社長はそんな答えは期待していない。
ラフでもいいからいまわかる範囲での結論の仮説は何なのか、あるいは進捗は「順調」なのかそうでないのか、そうでないとすれば主要な課題やリスクは何なのか……である)、話していることが(たまたま直前の会議で話題になった)瑣末な部分しかカバーしていない、説明を始めたが時間切れで最後まで説明できない、といったことである。
もうおわかりだろうか。
実際にこうしたケースが起きるかどうかはともかくとして、「エレベーターテスト」を常に意識しておくことでどんな場合にも簡潔に全体像を説明することができるようになっていくのである。
説明相手は社長でなくても自分の上司でもスポンサーでもよい。
また場所もエレベーターとは限らない。
プロジェクトルームのドアがいつ突然開いて社長が現れて、「たまたま寄ったんだけど調子はどう?」等と聞かれる状況はいますぐにでも起きうることなのである。
■なぜ流れ星は願いをかなえてくれるのか 「流れ星に三回願いごとをすると願いが叶う」と言われている。
読者はこの話を信じるだろうか? 実はこの話にはれっきとした根拠があるのである。
流れ星を実際の星空で見たことがあるだろうか? 実物の流れ星というのは、たとえ「 ○ ○座流星群」のようなかなり集中的で数の多いものであっても、何分かに一回ほんの一瞬だけ現れてすぐに消えてしまうものであり、実際にこの瞬間に願いごとを三回も言うというのは至難の技である。
しかもいつ現れるかわからないので、よほどの「準備」を事前にしておかない限りはそんなことは不可能である。
ここまで読んで何か気がつかないだろうか? 「非常に短時間」、「いつ現れるかわからない」……そのとおりである。
流れ星の本質はエレベーターテストと同じなのだ。
ではここでエレベーターテストの場合でいう「説明すべきこと」、すなわち仮説は何なのだろうか? 「プロジェクト」とは何なのだろうか? また社長の代わりに説明すべき相手とは誰なのだろうか? まずそもそも願いごととは何なのだろう? 願いごととは、普通は個人の人生における長期的な希望的到達地点である。
すなわちこれは人生の「仮説」のようなものだ。
ではエレベーターテストでいう「プロジェクト」は? そう、プロジェクトマネジャーがあなた自身の人生そのものである。
そして説明すべき相手とは? ……「天の神様」である。
何千人、何万人を相手にする社長は確かに忙しいからエレベーターの三〇秒しか時間をとってもらえない。
だが神様が相手にするのは何しろ「森羅万象」である。
だから我々に与えられる時間はたったの〇コンマ何秒かしかなく、しかも常に抜き打ちなのである(したがってこの話は「流れ星」というところがポイントである。
単なる普通の星にだらだらと祈っても効果はおぼつかない)。
もうおわかりであろう。
この「神様のエレベーターテスト」に合格するためには、片時も忘れずに願いごとを単純に凝縮した状態で強く心に思い続けることが必要なのだ。
一つのことをそこまで強く継続して思い続ければ、叶わぬ願いなどないはずがないというのがこの話のメッセージである。
スポーツの世界でもビジネスの世界でも、夢を叶えた人たちというのは「神様のエレベーターテスト」に合格した人ばかりなのだ。
これには普段から「結論から」「全体から」「単純に」考えることをとことん追求しておく必要がある。
読者の備えは万全だろうか? 「神様」はいま突然あなたの前に現れるかもしれないのだ。
■なぜ「理由は三つある」のか コンサルタントはよくプレゼンテーションや会議の説明等で「その理由は三つあります」というように「 ○ ○は三つある」という言い方をすることが多い。
これはなぜだろうか? その理由は三つある(冗談のようだが本当である)。
第一は「はじめにいくつあると宣言する」ということが重要だからである(つまりこの理由に限って言えば理由はいくつでもよいことになる)。
こういうふうに言うことによって、「何だろうその三つは?」と明らかに聞き手の注意が向いて身を乗り出してくるとともに、例えばメモの用意等ができるようになる。
つまり、相手の脳の記憶領域に予め三つの入れ物を用意させてしまうのだ。
これはすなわち、第 6章で説明した「話の長い人」と正反対の行動パターンと考えていただければよいだろう。
つまり、要領を得た説明という印象を持たせることができる。
これは「全体から」押さえるというフレームワーク思考の応用例である。
二つ目は人間の短期的記憶容量が三つ程度だから(要は簡単に憶えきれる最大値)ということである。
二つでは情報量として少なすぎるが、四つでは多すぎて少し後で思い出そうと思っても四つ目は思い出せないか、思い出すにしても「えーっと……」と時間がかかることが多い。
その点で三つというのが一番都合がよい。
「 3」という数字の「量的な特性」に続く最後の理由は、その「質的な特性」である。
フレームワークに不可欠な網羅性を担保し、かつ冗長性を排除する(つまり MECEである)ための視点、座標軸の数として 3という数の収まりがよいということである。
三つで語ることの有効性は様々な人たちが主張している話であり、本書における分類もほとんどが「三つ」になっている。
これはある意味で意識的でもあり無意識にでもある。
なぜ収まりがよいのかの理由に関してはもちろん明確な根拠があるわけではない。
筆者の感覚的な推測として「空間が三次元でできている」というのが何らかの形で影響しているのではないかと考えている。
フレームワークにおける視点の一つ一つのことを「軸」と呼ぶことがある。
これらの軸の関連が独立であるということは、これらの座標軸同士が「直交」していることを意味する。
その場合に普通の人間が直感的に感じうる三次元の空間(時間を入れた四次元空間というのは「直感的に」考えることは難しい)を「もれなくダブりなく」カバーするためには、互いに直交する三つの軸が必要である。
そのために世の中には「三つ」で説明できることが多いということは考えられないだろうか。
考えてみると、世の中に存在するフレームワークも三という数字であるものが多い。
代表的なものは〝 3 C〟であるが、この他にも例えば” Plan/ Do/ See”とか〝 Q CD〟のみならず、日本固有の言葉である、「守・破・離」「心・技・体」「走・攻・守」等といった言葉も含めて三つで説明できることは多い。
その他注意して見てみると、例えば会社のスローガンやその道の達人の人生訓のようなもの(「今年の目標は、……」「……のコツは……」「私のモットーは……」等)も三つであることが多い。
これは無意識にもれなくダブりなく、かつ簡潔な項目列挙をすると結果として三つになっていることが多いのである。
これが「マジックナンバー 3」の威力であろうか。
具体的な活用方法をご紹介しよう。
例えば複数のアイデアや意見を箇条書きにするという場面があるだろう。
その場合に項目の数が四つ以上ある場合には視点が重複している可能性が高い。
四つ以上の項目の列挙というのは、聞き手側が把握しづらいので、重複する視点を一緒にして三つにまとめてみると格段にわかりやすくなる場合が多い。
また視点が二つしかない場合には、もう一つ視点が抜けていないかをチェックしてみると何らかの発見がある場合がよくある。
読者もだまされたと思って「マジックナンバー 3」の効用を今日からでも応用してみてほしい。
■「一枚の絵で説明する」ということ コンサルタントの世界で「キラーチャート」と呼ばれるものがある。
たった一枚で対象となるプロジェクトの概念、分析結果等の必要事項や重要な断面をすべて網羅し、万人にわかりやすく説明できる概念図のことである。
このキラーチャートの条件として、一枚の絵で対象とするものの概念がすべて表現できるということが挙げられる。
「一枚で説明できる」とはどういうことか? これまで本書で説明してきたように、これには「全体像で考える」ということと、それを「最適の断面で切断する」というフレームワーク思考が必要になってくる。
これは建築の世界に似ている。
例えば家や建物を建てる場合にどんな家になるのかというのを一番端的にかつすべてを網羅する表現方法に、模型を作ってそれをどこかの断面で「切断」して重要な部屋の中が見えるようにしたものがあるだろう。
キラーチャートはまさにこれに相当して、企業の改革をする際にその将来像を適切な断面で端的に表現したものなのである。
またさらにこれには「単純に考える」ということが必要になってくる。
一枚の絵に表現するには、一切の枝葉を切り捨てて本質に迫らなければならない。
これには「 30秒チェック」や「エレベーターテスト」を駆使して「要するに何なのか」ということを徹底的につきつめて考える必要があるのである。
これも「結論から」「全体から」「単純に」考えることの応用例である。
□「 X軸で考えて Y軸で行動する」のが地頭型多能人 ここまで第 1章で述べた「ジアタマデバイド」の時代を生き残るための「地頭型多能人」に必要な大きく分けて二つの知的能力のうち、本書のテーマである地頭力、すなわち X軸のほうを述べてきた。
最後にもう一つの必須の知的能力である(これはレガシー会社人にも共通である) Y軸、すなわち対人感性力とどう組み合わせて力を発揮すべきか、ということについて触れておこう。
これまで述べてきたように、 Y軸の能力というのはいつの時代にも人間の集団で生活していくには重要な能力である。
ただし、 X軸と Y軸の両方に習熟すべき地頭型多能人であるが故に特に留意すべきことがあるのである。
それは、「 X軸の能力と Y軸の能力はある意味まったく正反対の性質のものである」というポイントである。
図 9- 1にそれらの違いを整理した。
まず理解しておかなければならないのは、 Y軸を考える上で考慮しておくべき大原則は「一人ひとりの人間はそれぞれ個性が違い、矛盾だらけで、かつ思い込みの固まりである」ということである。
したがって、個々の人間の感性に訴えるためには一人ひとりを他者と違う「オンリーワン」として扱い、相手の目線で話し、(正しかろうが間違っていようが)相手を批判せずにまずは共感し、そのために効率よりも一見無駄に見えるものも重視するという姿勢が重要になってくる。
これは本書で一貫して述べてきた、「思い込みを排除せよ」「一貫性を確保せよ」「一般化して考えよ」というのと真っ向から対立する。
つまり、地頭型多能人はある意味「ジキルとハイド」のように二つの人格を時と場合によって適切に使い分けることが求められる。
では実際にはどうやって真っ向から対立する二つの考え方を並存させればよいのだろうか? それは一言でいうと、「 X軸で合理的に考えて Y軸で感情に訴えて行動する」( Think Rationally, Act Emotionally)ということである(図 9- 2)。
例えばあなたは、 大好きな人からの理不尽な依頼と 大嫌いな人からの理にかなった依頼が同時にあったら(他の条件はまったく一緒とする)どちらを優先させるだろうか? おそらくほとんどの人は と答えるだろう。
つまり「人を動かす」のに直接的に必要なのは Y軸的能力なのである。
ただし、これは X軸が無力だという意味にはならない。
この例はあくまでも一対一の場合である。
「多数の人間を動かす」ときにもとになる計画を立てるには「最大公約数」としての合理性が必須である。
もう一つの例として、人の悩みを聞いてアドバイスを与えるような場面があるとする。
この場合には相手の悩みを「よくあること」といって一般化するようなことは決してしてはならない。
往々にして、第三者から見れば「よくある上司と部下の悩み」だとしても、本人はたいてい「自分のケースは特別だ」と思っている。
こうした場面で悩みを一般化するのは最悪の対応である。
まずは Y軸的に特別な相手としてしっかりと悩みを聞きだす。
ところがここで、次のステップとしてその悩みの解決策を考える場合には一度 X軸の世界に移行してある程度一般化し、心理学の知見等を応用した上で(所詮同じ人間である。
悩みの「パターン」というのはある程度は研究されているので、どのパターンに当てはまるか考える)解決策を考えて、それを再び Y軸の世界にもどって特別な個人としての相手に適用して、しっかりと相手に話すという X軸と Y軸を往復しながらの対応が求められるのである。
■地頭型多能人の目指す境地 夏目漱石の『草枕』の冒頭に、「智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい」という文章がある。
この言葉は、この二つの能力の使い分けがいかに難しいかを的確に表現した言葉である。
図 9- 3を見てほしい。
これは前述した、「どちらの軸で考えて」「どちらの軸で行動するか」ということを「理屈で」(地頭力: X軸)と「感情で」(対人感性力: Y軸)のどちらで行うかの 2 × 2のマトリックスで表現したものである。
右上の象限が、地頭型多能人の目指す「合理的に考えて感情的に行動する」という領域である。
これに対して、左上の領域というのは、「合理的に考える」というところまではよいのだが、それをストレートに行動相手にそのまま出してしまい、行動も合理的にしてしまうというタイプである。
これがまさに漱石の表現する「智に働けば角が立つ」という類の人である。
理に勝った人というのは比較的感情的なケアを軽視、あるいは苦手としてとかくこの罠に落ちやすい。
一方で図 9- 3の右下の象限は、感情を重視し、かつ相手に合わせて行動できるのはよいのだが、自分なりの考えや判断を合理的にすることができず、漱石がいうところの「情に棹させば流される」というタイプである。
やはりそう簡単に X軸と Y軸を TPOに応じてうまく使い分けるスキルというのが身につけられるわけではなく、それが漱石の「兎角に人の世は住みにくい」という言葉にも表れているのであろう。
だが、これが地頭力を身につけたのちに「地頭型多能人」の目指す究極の境地なのだ。
■第 9章のまとめ フェルミ推定は問題解決の方法論として、その考え方を現実の複雑な問題に対して活用してこそ意味がある。
フェルミ推定は「完璧主義」や「セクショナリズム」といった、大企業病の徴候の克服にも役立てることができる。
フェルミ推定の訓練として、通勤電車や街を歩きながらの「三分間事業シミュレーション」が役に立つ。
フェルミ推定によって統計等の数字に対する感度を上げることができる。
エレベーターテストで「いつでも」「短時間で」答えられるように頭の中を整理しておく訓練ができる。
頭で合理的に考えるのが「地頭力」( X軸)であるが、実践するときには対人感性力( Y軸)を駆使する必要がある。
これらの二つの知的能力はある意味相反するものであるが、バランスよく使いこなせるのが真の「地頭型多能人」である。
おわりに 本書の執筆に当たって、数十冊にわたる思考力、問題解決、ロジカルシンキングといった「考える力」に関しての類書をベンチマークした。
その結果わかったことは、この種の著書の本質的なメッセージや著者の思考回路が驚くほど類似しているということであった。
つまり人間が本来有している考える力の基本、あるいは本書で呼んでいる「地頭力」というものの本質というものは「一つのこと」であり、きわめて単純なことではないだろうか。
筆者は本書の中で地頭力の特徴を「結論から」「全体から」「単純に」考えることと定義し、これらを仮説思考力、フレームワーク思考力、抽象化思考力と呼んだ。
しかしながらこれらの思考というのは完全に独立なものではなく、「根っこ」の部分ではつながっているように感じている。
物理学では、すべての物理現象をたった一つの原理で説明しようという、物理学者にとっては夢のような理論の追求がされている。
「地頭力」についても同様で、三つの思考力を統一するようなものに行き着くのではないか。
筆者の漠然とした現在の感覚では、「地頭力」とはつきつめると「離れて考えること」ではないかと思っている。
「こちら」から「向こう」へ離れるのが仮説思考、「部分」から「全体」へ離れるのがフレームワーク思考、「具体」から「抽象」へ離れるのが抽象化思考といった具合である。
本書の執筆を通じて、「考える」ことをきわめた優秀な問題解決者はこうした概念を意識的・あるいは無意識に純粋な形で活用しているために高い業績を上げられるのではないかと感じた。
そして二〇世紀を代表する天才物理学者といわれるフェルミ自身がこうした考える力に抜きん出て、これをトレーニングするためのツールとして確立させた「フェルミ推定」の底力を本書の執筆を通じて改めて思い知ったのであった。
本書の執筆に際して意識した本書ならではの独自性は以下の点である。
これまで「アート」と思われていた地頭の世界に「サイエンス」を持ち込んで、これを具体的な習得が可能な思考プロセスとしてわかりやすく解説すること もともと知られていない、あるいは単なる概算テクニックと一般には思われているフェルミ推定のプロセスや問題解決ツールとしての奥の深さを解き明かすとともに、「地頭力」との関連を明確にし、トレーニングツールとして紹介すること 「地頭力」の実際の応用や有用性について、ビジネスや日常生活の経験を通じて具体例を豊富に示すこと わが国ではまだ十分に広く深く活用されているとはいえず、表面的に語られることの多いフェルミ推定の意義が少しでも本書によって広まり、日本人全体の「地頭力」の向上に少しでも役立てばこれ以上の幸せはない。
本書は『 Think!』 2007年春号に掲載されて大きな反響を呼んだ「フェルミ推定で鍛える地頭力」をもとに全面的に書き下ろしたものである。
『 Think!』記事執筆時より本単行本完成までを通じて、東洋経済新報社の大貫英範氏および『 Think!』編集長の藤安美奈子氏には大変お世話になった。
筆者にとって非常に有益かつ楽しい時間を与えていただき、折に触れて助言をいただいたことに深く感謝する。
また、本書を書くきっかけとなったさまざまな洞察を与えていただいた、ザカティーコンサルティングの同僚およびアーンスト&ヤング、キャップジェミニ時代を含めた OB諸氏に感謝の意を表する。
参考・引用文献【はじめに】「ネットと文明 第 10部 主従逆転 5」(『日本経済新聞』、二〇〇七年四月二〇日)トーマス・フリードマン『フラット化する世界』上・下(日本経済新聞出版社)、二〇〇六年(下巻に「バーサタイリスト」の記述あり)【地頭力、考える力全般】広中平佑『生きること 学ぶこと』(集英社文庫)、一九八四年広中平佑『可変思考』(光文社文庫)、二〇〇六年野口悠紀雄『「超」発想法』(講談社文庫)、二〇〇六年大前研一『企業参謀』(講談社文庫)一九八五年外山滋比古『思考の整理学』(ちくま文庫)、一九八六年丸谷才一『思考のレッスン』(文春文庫)、二〇〇二年白石昌則他『生協の白石さん』(講談社)、二〇〇五年アリス・カラプリス『増補新版アインシュタインは語る』(大月書店)、二〇〇六年(本書のアインシュタインの言葉の引用元)細谷功「フェルミ推定で鍛える地頭力」(『 Think!』二〇〇七年春号、東洋経済新報社)【フェルミ、フェルミ推定】ウイリアム・バウンドストーン『ビル・ゲイツの面接試験』(青土社)、二〇〇三年スティーヴン・ウェッブ『広い宇宙に地球人しか見当たらない 50の理由』(青土社)、二〇〇四年神田幸則「フェルミの天才性について」(『核データニュース』 No. 81( 2005) Hans Christian von Baeyer, The Fermi Solution( Dover, 1993) Laura Fermi, The Atoms in the Family( University of Chicago Press, 1995)(フェルミの妻が記したフェルミの伝記。
翻訳版は絶版) Emilio Segre, Enrico Fermi Physicist( University of Chicago Press, 1995(著者はフェルミの弟子で、自身もノーベル物理学賞を受賞) FERMI QUESTIONS: A guide to elementary estimation and critical-thinking skills by Michael M. De Robertis (October, 2000)(フェルミ推定の例題と解答集。
ただし、理数系の題材に偏っている。
インターネットで PDFファイルを購入可能)【仮説思考力】内田和成『仮説思考』(東洋経済新報社)、二〇〇五年スティーブン・ R・コヴィー『7つの習慣』(キングベアー出版)、一九九六年【フレームワーク思考力】吉田たかよし『できる人は地図思考』(日経BP社)、二〇〇三年川喜田二郎「発想法」(中公新書)、一九六七年 Stephen C. Levinson, Space in Language and Coginition (Cambridge University Press, 2003)(フレーム・オブ・リファレンスの解説あり)【抽象化思考力】岡部恒治『考える力をつける数学の本』(日本経済新聞社)、二〇〇一年ローレンス・ M・クラウス『物理学者はマルがお好き』(ハヤカワ文庫)、二〇〇四年【地頭力のベース】小山薫堂『考えないヒント』(幻冬舎新書)、二〇〇六年アンリ・ポアンカレ『科学の価値』(岩波文庫)、一九七七年コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』(新潮文庫)、一九五三年(本書で引用した「ボヘミアの醜聞」を収録)【電柱の統計データ】『電気事業便覧』平成 18年版(電気事業連合会統計委員会編:社団法人日本電気協会) NTT東日本(西日本)ウェブページ「電気通信設備状況」参考 URL インターネット上には海外を中心として多数のフェルミ推定に関したウェブページがある。
個別には挙げないが、” Fermi problems”” Fermi questions”” Fermi estimation”等のキーワードで検索すれば容易に見つけることが可能である。
著者紹介細谷 功(ほそや・いさお) クニエ マネージングディレクター 1964年神奈川県生まれ。
東京大学工学部卒業。
東芝を経てアーンスト&ヤング・コンサルティング(ザカティーコンサルティング →クニエの前身)に入社。
製造業を中心として製品開発、マーケティング、営業、生産等の領域の戦略策定、業務改革プランの策定・実行・定量化、プロジェクト管理、 ERP等のシステム導入および M& A後の企業統合等を手がけている。
著書に『アナロジー思考――「構造」と「関係性」を見抜く』(東洋経済新報社)、『いま、すぐはじめる地頭力』(大和書房)、『「 Why型思考」が仕事を変える』( PHPビジネス新書)、共訳書に『市場をリードする「業務優位性」戦略』(ダイヤモンド社)などがある。
地頭力を鍛える――問題解決に活かす「フェルミ推定」書籍発行日 2007年 12月 20日電子版発行日 2011年 10月 15日 Ver. 1. 0著 者 細谷 功発行者 柴生田晴四発行所 〒 103- 8345 東京都中央区日本橋本石町 1- 2- 1 東洋経済新報社 電話 東洋経済コールセンター 03( 5605) 7021 http:// www. toyokeizai. net/制作協力 株式会社デジタルディレクターズ 2007 Isao Hosoya
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