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第 4章 計画するより行動しよう

「何かやってみる」という考え方 column 「バグ・リスト」を書き留める計画はやめて行動を起こす column 行動するための刺激制約があるからクリエイティブになる学ぶために試してみる 1時間でプロトタイプ column 簡単動画を撮影するためのヒント共有体験をプロトタイプにする column サービスをストーリーボードで表現する実験するために行動するリリースしてから学ぶ行動を伝染させていく「実験」と呼べば成功の確率が高まる自分でニュースを作ろう

第 4章計画するより行動しよう

スタンフォード大学の大学院課程の最初の週に、アクシャイ・コタリとアンキット・グプタに出会っていたら、ギラギラとしたほかのエンジニアやコンピューター科学者のクラスメイトたちと比べて、そう目立った学生には見えなかったかもしれない(注 1)。

ふたりは自らも認める〝オタク〟だ。

頭脳明晰で、分析能力が高く、間違いなくシャイな部類に入る。

アクシャイはアメリカのパデュー大学で電気工学を専攻し、アンキットはインド工科大学でコンピューター・サイエンスの学位を取った。

ふたりとも勉強熱心で、シリコンバレーに移ってくる前、大学では優秀な成績を収めていた。

入学したとき、アンキットの履修科目の大半は、「論理、オートマトン、複雑系」とか「機械学習」といったプログラミング・クラスで占められていた。

だから、アクシャイから dスクールの入門クラスである「デザイン思考ブートキャンプ」の話を聞いたとき、彼はコンピューター・サイエンスという技術一辺倒の世界からのいい気晴らしになりそうだと思った。

初めて dスクールの光景を見たとき、アンキットは少し圧倒された、と認めている。

壁という壁を埋め尽くすカラフルなポスト・イット。

ひっきりなしに聞こえてくる声の不協和音。

何の躊躇もなく針金モールやグルー・ガンをいじくり回す学生や教授たち。

しかし、すぐにアンキットはこのクラスに没頭した。

そして、いい気晴らしは目の覚めるような体験へと変わりはじめた。

「創造性やデザインに対する新しい考え方に、心が解き放たれた気分でした」とアンキットは話す。

「解決策に唯一の〝正解〟はありませんでしたから、好きなだけアイデアを出して、何度も〝なぜ〟と問うことができたんです」 一方、アクシャイも見知らぬ土地に迷い込んだ気分だった。

「どうもしっくりと来ませんでした」とアクシャイは言う。

工学の講座のように、教授の話を聞き、テキストを読み、数学力だけを使って問題を解決したりはしない。

「とても楽しいけど、ある意味ぶっ飛んだ世界に突然放り込まれた感じでした。

衝撃でしたね」。

彼の最初の授業は、観察、プロトタイピング、ストーリーテリングの実践的な経験を積むという内容だった。

名づけて「ラーメン・プロジェクト」だ。

学生たちは人間中心のデザイン・プロセスを用いて、「ラーメンを食べる体験の改善」に取り組んだ。

アクシャイはひとつずつステップをこなしていったが、もっと改善の余地があると感じていた。

「僕の考えたコンセプトは、ほかの人たちのデザインした解決策と比べると、明らかに平凡でした」とアクシャイは言う。

彼のアイデア──有名人オススメのラーメン──は、「ある意味では当たり前で、真っ先に思いつくようなものでした」と彼は話す。

と同時に、クラスメイトのアイデアのすばらしさに刺激を受けた。

たとえば、麺とスープを一緒に吸い込める巨大ストローや、歩きながらラクにラーメンが食べられる巧妙な容器など。

彼は必死にがんばり、次回のプロジェクトでは、前より少し斬新と思えるアイデアが浮かぶようになっていた。

顧客の未解決のニーズや潜在的なニーズにぴったりと合った解決策を提案するために、何度も改良を繰り返し、毎回教訓を学び取っていった。

そして、自分自身のアイデアと学問分野の枠を超えたチームの多様な視点を織り交ぜるのが、どんどん上手になっていった。

アンキットとアクシャイにとって、デザイン・サイクルの「共感」の段階、つまりエンド・ユーザーの視点から製品を理解する段階は、新しい見方を与えてくれるものだった。

「 dスクールに通うまで、自分の製品について人間と相談したためしはありませんでした」とアンキットは打ち明ける。

その前年、アンキットはインドの友人たちと会社の設立に取り組んだのだが、ただひとりの潜在顧客について考えたこともなかった。

もちろん、話をすることも。

「労力の大半を AP I、つまりほかの開発者がわれわれの製品とインターフェイスで接続するのに使うツール・セットの開発に費やしていたんです」と彼は笑いながら言う。

アクシャイは最初、ユーザーとフェイス・トゥ・フェイスで向き合うという考え方に、少なからぬ不安を覚えた。

このクラスのプロジェクトの一環で、初めて校外のデザイン調査に出かけたとき、アクシャイは〝観察〟のあいだほとんどずっと、地元のスーパーマーケットの後ろの方でなるべく目立たないようにしていた。

「僕は周囲を見渡して、ほかの学生の行動を一生懸命まねようとしていました。

共感が必要なのはわかっていましたが、当時はまだその価値を理解していなかったんです」と彼は話す。

しかし、クラスが終わるころには、潜在顧客と話をして新しいアイデアや思考経路を探るのがどれだけ効果的なのか、自分の目ではっきりと目撃していた。

アンキットとアクシャイの dスクール体験が最高潮を迎えたのは、コンサルティング准教授のペリー・クレバーンとマイケル・ディアリングが担当する「ローンチパッド」(発射台)というコースでのことだった。

デザイン思考のコースは短期集中的なものがほとんどなのだが、その中でも「ローンチパッド」クラスの体験は過激の域にまで達している。

このクラスでは、開講中に会社──もちろん本物の会社──を一から設立し、学期の終わりまでに法人化するのだ。

といっても、やさしくはない。

そして、最初はそんなことができるとは思えなかったとふたりは認める。

シリコンバレーのベンチャー・キャピタル業界に脈々と続く伝統にならい、ローンチパッドの受講を希望する学生は、まず自分が温めているビジネス・アイデアを教師陣に売り込まなければならないことになっている。

売り込みに合格しなければ(判定基準は内容や情熱)、受講は認められない。

アクシャイとアンキットは色々なアイデアを考えたが、ものになるのはひとつだけだと判断した。

こうしてふたりは、当時発表されたばかりのアップル社の「 iPad」用アプリを開発し、日々のニュースの閲覧体験を改善するのだ、と決意した。

ふたりのほかのアイデアの中には、もっと魅力的に感じるものもあったのだが、 10週間の期限つきだったので、すばやくフィードバックが得られそうなアイデアを選んだわけだ。

アイデアの売り込みに合格するやいなや、ふたりはこのクラスがどれだけ急ぎ足なのか、どれだけ早くアイデアを実行に移さないといけないのかを悟った。

最初の課題は、実際に動作するプロトタイプ(試作品)を 4日以内に作るというものだった。

「まさに死にものぐるいでしたよ」とアンキットは言う。

一刻も無駄にできなかったふたりは、パロアルトのユニバーシティ通りにあるカフェに陣取り、 1日 10時間もそこで過ごした。

その事実上のオフィスには、格安の賃料に加えてもうひとつ、生まれかけのビジネスにとって大きなメリットがあった。

ふたりはその国際色豊かなカフェに座っているあいだ、コーヒーをすすりながらニュースを読んでいる未来の顧客たちの中に、身を投じることができたのだ。

ふたりは簡単でラフなプロトタイプを作っては、毎回カフェの常連客たちにフィードバックを求めた。

初めは、ポスト・イットを使って開発中のニュース・アプリのユーザー・インターフェイスの流れをシミュレーションしていた。

その後、 iPadで実際のソフトウェアの模型ができあがると、さらに意見を集めやすくなった。

「当時は iPadが発売されたばかりで、みんながかなり興味を持っていました。

その状況を利用したわけです」とアクシャイは言う。

彼は見せびらかすように iPadをテーブルに置いておいた。

すると、通りがかった人は必ず足を止め、「これが噂の iPadかい?」と聞いてきた。

そうしたら、アプリの最新版のプロトタイプを開いたまま iPadを手渡し、相手の利用する様子を観察したのだ。

「僕たちは何も言いませんでした」とアクシャイは説明する。

「ただ相手の行動を観察しただけです。

でも、大きな価値がありました。

操作性の欠陥がわかったわけですから」。

時間をなるべく節約するため、アクシャイがユーザーの調査にいそしむあいだ、アンキットがフィードバックを反映し、新しいソフトウェア・バージョンを作っていった。

「 1日に数百回もの小さな改良を施しました」とアクシャイは言う。

「決して誇張ではありません。

インタラクションのパターンからボタンのサイズまで、あらゆる面を変更したんです」。

このプロセスは功を奏した。

「 2週間後には、〝こいつはクソ・アプリだ〟と言われていたのが、〝これは iPadに最初から入っているのかい?〟と言われるまでになり

までになりました」

集中的な努力、すばやい改良の繰り返し、徹底した行動の結果、 2010年に「パルス・ニュース」はリリースされた。

従来の配信元と最新の配信元の両方から記事を収集できる、高品質なニュース・リーダーだ。

パルス・ニュースはあまりに好評を博し、リリースから数カ月後のアップルの「 WWDC(世界開発者会議)」では、スティーブ・ジョブズがメイン・ステージ上でパルスを披露するほどだった。

このころ、アンキットとアクシャイはまだ学生だった。

こうして、ふたりのシャイな若者と彼らのアプリに、世界じゅうの注目が集まった。

現在、パルスは 2000万を超える人々にダウンロードされており、アップルの最初のアップストア殿堂入りアプリ 50傑のひとつにも選ばれている。

そして最近、アンキットとアクシャイがデザイン思考を用いて築き上げた会社は、リンクトインに 9000万ドルで買収された。

パルスの開発を始めてからの数カ月間を振り返ってみると、ふたりが数々の点で正しい行動を取ったのがわかる。

●ふたりは「何かやってみる」という考え方を持って行動を起こした。

大学院課程の標準的な履修科目をこなすだけでは満足しなかった。

●計画をなるべく減らし、行動をなるべく増やした。

どれだけ緻密な計画を立てても、初期の実験の結果によっては、すぐに使い物にならなくなってしまうとわかっていたからだ。

そのため、すぐさま潜在顧客と対話を始めた。

●お金をかけずにどんどんプロトタイプを作り、何千回も修正を施すことで、最終的には超人気の製品を完成させた。

●ふたりは時間の制約があったにもかかわらず──いや、あったからこそ──成功した。

目の回るようなペースでクリエイティブなアイデアを生み出さなければならないという制約が、かえってふたりの刺激になったのだ。

こういったパルスの成功要因を見てみると、個人であれ組織であれ、イノベーションや創造性にとって行動や改良の繰り返しがどれだけ欠かせないものかがわかる。

「創造性とは常に結果論だということを学びました」とアンキットは話す。

「問題を解決するたったひとつの名案をずばっと思いつくのが創造性ではありません。

何百回と試行錯誤を繰り返した末に最良の解決策にたどり着くのが創造性なんです」 すばやく大量の実験を行なうには、計画段階で立ち止まっていてはいけない。

いかに早くアイデアを行動に移せるか──それがイノベーションのすべてなのだ。

なぜ物事を早く進めることが必要なのか? 科学の基本原理の中に、(少なくとも比喩的な意味で)れっきとした根拠がある。

アイザック・ニュートンの運動の第一法則によると、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は運動を続ける。

ニュートンが述べているのは物体の運動についてだが、この慣性の法則は、個人や会社にも見られる。

どれだけ業界の風潮が変わっても、ピクリとも動かない人々がいる。

同じ人の隣で同じデスクに座り、同じ会議に出席し、同じ顧客の相手をする。

動きはするが、同じ速度でレールの上を進むだけの人もいる。

どれだけ周囲の世界の速度が増しても、同じ数カ月単位の計画サイクルを貫き、同じ審査・承認プロセスに従い、同じワークフローのステップを使いつづけるのだ。

この惰性を乗り越えるには、名案だけでも綿密な計画だけでもダメだ。

組織、共同体、国家が繁栄するためには、行動を起こし、すばやいイノベーション・サイクルを開始し、なるべく早く実践から教訓を学ぶべきだ。

そうすれば、ライバルたちがスタートラインでぐずぐずしているあいだに、全力疾走できるのだ。

「何かやってみる」という考え方 創造力に対する自信を持つ人々の特徴の中で、私たちがもっとも感心するもののひとつといえば、傍観者ではないという点だ。

どんなに困難な状況でも、他人の言いなりや被害者のような行動を取ったり、感情を抱いたりすることはない。

彼らは能動態の世界に住んでいる。

自分で自分の人生の台本を書くことで、周囲の世界により大きな影響を与えている。

ふつうは惰性に従って進むのがいちばんラクなはずなのに、創造力に対する自信の持ち主は、「何かやってみる」という考え方を持っている。

自分の行動が良い影響を及ぼすと信じているから、行動する。

完璧な計画や予測を待っていても永遠に埒が明かないとわかっているから、前進する。

失敗することもあると知りつつも、試してみれば、あとで軌道修正できると信じているのだ。

マンハッタンのラジオ局「 WNYC」の編集責任者のジョン・キーフはある日、同僚からこんな不満を聞いた。

彼の母親は、次のバスがいつ来るのかわからず、街のバス停で何度も待ちぼうけを食わされたことがあるという。

もしあなたがニューヨーク市都市交通局の職員だとして、上司からこの問題を解決するよう指示されたとしたら、いつまでに新しいシステムを稼働すると約束するだろうか? 6週間後? それとも 10週間後? ジョンは、交通局の職員でもないのに、「今日じゅうになんとかする」と同僚に言った。

こうして、それから 24時間足らずで、彼はあるサービスの実働プロトタイプを開発した(注 2)。

そのサービスとは、バスの乗客が電話をかけ、バス停の番号を入力すると、次にやってくるバスの位置を聞くことができるというものだ(スマートフォンさえ不要)。

これほど短い期間でアイデアに命を吹き込むには、既存のサービスの独創的な活用方法を考えなければならなかった。

彼は「トゥイリオ」から月額 1ドルでフリーダイヤルの電話番号を購入した。

トゥイリオとは、ウェブ・プログラムに電話番号を関連づけるサービスだ。

次に、彼はちょっとしたプログラムを書いた。

このプログラムは、バス停のコードをニューヨーク市都市交通局のサイトに送信し、リアルタイムの位置データにアクセスし、出力をテキストから音声へと変換する。

すると数秒後、「 5番街 4丁目に到着する次の北行きのバスは、9つ前の停留所を走行中です」などというメッセージが聞こえるのだ。

彼はこれをすべてたった 1日で作り上げた。

1年後、私たちは試しにその番号に電話をかけてみたが、ジョンのツールはまだ健在だった。

ジョンは WNYCの仕事でも、同じような大胆な考え方を実践している。

「デザイン思考を実践するもっとも効果的な方法は、言うのではなく見せることだと気づきました。

口で説明する代わりに、〝来週には結果を見せるよ〟と言うんです」と彼は話す(注 3) 。

WNYCはこの教訓を心に刻み込んでいる。

2008年、 WNYCは dスクールの学生と手を組み、企画中の朝のニュース番組のアイデアを出した(注 4)。

火曜日にカリフォルニアの学生たちが考えたコンセプトは、その週のうちにニューヨーク市でテスト放送された。

ジョン・キーフみたいにすぐに行動できるのは彼だけだろうか? いや、創造的エネルギーの伝染力をみくびってはいけない。

ジョンのバス停のエピソードを聞いたほんの数日後、トム自身も突然のひらめきを経験した。

ある夜、自転車に乗って帰宅していたとき、彼はメンローパークの老朽化したバス停が取り壊され、太陽光発電式の深緑色の待合所に置き換えられているのに気づいた。

市民サービスが向上したのは良かったのだが、待合所は変な位置に設置されていた。

以前の待合所とは違って、通行人で賑わう歩道に 2メートル弱も突き出していたのだ。

その歩道は、幼い 4年生たちが大勢で自転車に乗り、近くの小学校に通うための通学路だった。

もし秋学期が始まれば、歩道に半分突き出した重量何百キロという緑色の金属は、小学生たちの日々の通学に大きな問題を起こすだろう。

普段なら、そのまま見て見ぬふりをして、先を急いでいたかもしれない。

役所の判断ミスに対して、「しょうがない」とあきらめてしまっていただろう。

しかし、ジョン・キーフの話がまだ頭に残っていたトムは、路肩に自転車を停め、携帯電話で何枚か写真を撮った。

彼は生まれて初めて、選挙で選ばれた政治家というものに連絡を取った。

返信が来るかどうかもわからなかったが、その日の夜、市長室にメールを送ったのだ。

ところが、翌朝 10時になってみると、市長から前向きな返答が返ってきていた。

公共事業の責任者までやり取りに加わっていたのだ。

そして 1週間後、トムは出勤途中に、大きなクレーンがバスの待合所を適切な位置に移動させているところを見かけた。

何が言いたいのか? 多くの場合、クリエイティブになるための第一歩とは、傍観者でいるのをやめて、アイデアを行動に移すことなのだ。

ほんの少しの創造力に対する自信があれば、世界じゅうで前向きな行動を起こせる。

だから、こんど「 ~だったらいいのに」と思ったときには、少し立ち止まって、ジョン・キーフを思い出してほしい。

そして、「今日じゅうに何とかできるかも」と自分に言い聞かせてみよう。

「バグ・リスト」を書き留める(注 5) 私たちは日々、うまく機能しない製品、やたらと時間のかかるサービス、どう見ても間違っている設定に囲まれて生きている。

1 ~ 2クリックで済むはずの作業に 10クリックもかかるウェブサイト。

どうしてもノートパソコンと連動してくれないプロジェクター。

支払いにやたらと手間のかかる駐車場の機械。

「どこかがおかしい」と気づくことは、その問題のクリエイティブな解決策を思いつくための必須条件といえよう。

トムが著書『発想する会社!』で説明している「バグ・リスト」(問題点のリスト)を作れば、創造性を活かす機会がもっと見つかるようになる。

ポケットに忍ばせてある紙切れを使うのでも、スマートフォンにアイデアを入力するのでもいいから、改善の余地がある物事を記録しておけば、より積極的に周囲の世界とかかわることができる。

このバグ・リストを随時更新していけば、新しいプロジェクトを探している際に貴重なアイデアの源になるだろう。

あるいは、毎回その場で新しくバグ・リストを作ってもよい。

あなたが悩まされている問題を書き留めれば、より意識が向くようになる。

一見するとマイナスの面ばかりに注目しているようだが、肝心なのは物事を改善する機会にもっと気づくことだ。

バグ・リストの項目の多くは、あなたには解決できない問題かもしれないが、定期的に書き加えていれば、あなたでも影響を及ぼせる問題、解決に役立てる問題がふと見つかるだろう。

問題点や不具合には、たいていデザインの機会が隠れている。

ただ文句を言うのではなく、「どうすればこの状況を改善できるか?」と自問してみよう。

計画はやめて行動を起こす より積極的な考え方を身に付ければ、行動する機会がふだんの生活でもっと見つかるようになる。

だが、見つかるだけでは十分とはいえない。

やはり、行動する必要があるのだ。

多くの人々は、「行動したい」と「行動する」の中間で身動きが取れなくなっている。

地図にはない道が目の前に続いているのを見ると、怖じ気づいてしまうこともある。

落とし穴が待っているような気持ちになり、気づけば一歩も動けなくなっているのだ。

企業文化では、このようなためらいが「知識と行動のギャップ」につながることがある。

知識と行動のギャップとは、教授のロバート・サットンとジェフリー・フェファーの造語で、「やるべきだとわかっていること」と「実際にやること」のあいだにある隔たりを指す(注 6)。

知識と行動のギャップがあると、言葉が行動の代わりとなり、企業は麻痺に陥ってしまうこともあるのだ。

知識と行動のギャップという言葉を知ったとたん、私たちは至るところにギャップを見かけるようになった。

たとえば、私たちは写真用フィルム・メーカーのイーストマン・コダック社で、知識と行動のギャップをじかに目撃した(注 7) 。

1990年代半ばの寒い春の日のこと、 IDEOはコダックの経営陣と会うため、本社のあるニューヨーク州ロチェスターを訪れた。

経営陣たちは深い専門知識を持っていて、少なくとも知識の面では、写真の未来はデジタルにあると理解していた。

今にしてみれば、コダックの経営陣は知恵が足りなかったと言いたくなる経営史家もいるだろう。

しかし、それは違う。

むしろ、私たちは CEOのジョージ・フィッシャーの鋭い頭脳に付いていくのに必死だった。

コダックにデジタル写真の知識が欠けていたと言うことは誰にもできないだろう。

実際、コダックは 1975年にデジタル・カメラを発明しているし、のちに世界初のメガピクセル・センサーも開発している。

つまり、コダックは永久にリードを保っていてもおかしくないような好スタートを切っていたわけだ。

ではなぜ、深い専門知識と先行者利益を決定的な行動に変えられなかったのか? 第一に、伝統がイノベーションの妨げになった。

コダックの輝かしい過去は、あまりにも否定しがたいものだった。

コダックは消費者向けの写真市場を 100年間にわたってほぼ独占しており、一部のセグメントでは 90パーセントもの市場シェアを獲得していた。

対照的に、デジタル事業はあまりにも高リスクに見えたし、キャリアを危険にさらしてでも新しい分野に意欲的に取り組もうとするマネジャーたちに対して〝安全に着陸〟できる環境を整えることもできていなかった。

世界のデジタル市場の強力なライバルたちを前に、このままでは苦戦するとわかっていた。

それでも、経営陣は失敗に対する恐怖で金縛りに遭ってしまったのだ。

知識と行動のギャップに陥ったコダックは、 20世紀に大成功した化学薬品主体の事業にこだわるあまり、 21世紀のデジタル世界への投資を怠った。

コダックが経営破綻という結末を迎えたのは、情報不足のせいではない。

洞察を有効な行動へと変えられなかったからだ。

その結果、アメリカ随一のブランドは道に迷ってしまったのだ。

競争で遅れを取る会社は、完全に立ち止まっているから遅れを取るわけではない。

しかし、変わろうという決意が足りないばかりに、努力が失敗することもある。

時として、「やってみる」という言葉は、断固たる行動ではなく、中途半端な実行の約束に終わってしまうことがある。

dスクールのアカデミック・ディレクターのバーニー・ロスは、簡単なゲームでこの考えを実証している(注 8)。

学生たちの話によれば、彼のゲームは強烈なメッセージを与えてくれるのだという。

まず、彼は飲料水のボトルを掲げ、「これを奪い取ろうとしてごらん」と学生に伝える。

スタンフォード・デザイン・プログラムで 50年間も教鞭をとっている白髪のベテラン教師を前にすると、学生たちはたいていボトルを奪い取るのを躊躇する。

初めはまったくうまくいかない。

大柄な 20歳の学生や腕っぷしの強い CEOたちが、 80代の老人からボトルを奪おうとすると、ボトルを握り締める彼の手は鉄のように固くなっていく。

するとバーニーは、ゲームの枠組みを変更する。

奪い取ろうとするのではなく奪い取るよう指示するのだ。

何が何でも。

すると次の人物は、バーニーにぐっと詰め寄り、手からボトルをもぎ取る。

何が変わったのか? バーニーの説明によれば、「 ~してみる」( try)という言葉には、ちょっとした言い訳が潜んでいるのだという。

「今日は試すだけ。

本格的に行動するのはまたこんど」と言っているようなものなのだ。

目の前にそびえる障害物を倒し、目標を達成するには、今すぐ全力でやらなくてはならない。

『スター・ウォーズ』に登場するヨーダ──こちらもまた頭脳明晰で経験豊富な変化の達人だ──は、ルーク・スカイウォーカーにこう言っている。

「やるかやらないかだ。

〝やってみる〟などない」 バーニーのゲームを目撃した多くの人々が、彼のメッセージを心に刻んでいる。

ある有名な国際ビジネス誌の編集者は、何年も前から、本当に好きなこと──フィクション小説の執筆──に当てる時間を見つけたいと思っていたのだが、バーニーのおかげで、新作小説の執筆に真剣に取り組む気になった。

ある心理学の教授は、自身の研究テーマについて 1年がかりで「情報収集」しようと考えていたが、その計画を撤回し、すぐにワークショップを始めた。

そして、あるコンピューター・グラフィックスの研究者は、音楽技術のプロジェクトにちょこちょこと手を出していたのだが、「いつか」と言うのをやめ、「今日じゅうに」と言うようになった。

彼は提案書を書き、音楽活動に資金を提供する国際的な開発財団と面会した。

飛び込む決意はあったとしても、目の前の課題のあまりの巨大さに、足が止まってしまうこともある。

特に最初はそうなりがちだ。

何かを始めるのは難しいこと

こともある。

作家は白紙のページに直面するし、教師は学校の初日、ビジネスパーソンは新規プロジェクトの開始に直面する。

ベストセラー作家のアン・ラモットは、人気書『ひとつずつ、ひとつずつ』(原題: Bird by Bird)に記している子ども時代のエピソードで、この考えを見事に表現している。

この本によると、彼女の 10歳の兄は学校で鳥のことを調べる宿題を出されたのだが、提出の前夜までまったく手を付けていなかった。

「私たち一家はちょうどボリナスの海辺の別荘に来ていた。

兄はキッチンテーブルに向かい、バインダーノートと鉛筆、開いてもいない鳥の図鑑や本を前に、いまからやらなければならない宿題の量に圧倒されて半べそをかいていた。

すると、父が兄の横に座り、肩に腕をまわしてこう言った。

〝ひとつずつ、ひとつずつ片づけていくんだよ。

最初から、一羽ずつね〟」(注 9) 私たち筆者は、足がすくむような課題に直面したとき、「ひとつずつ、ひとつずつ」という言葉を思い出す。

口に出して言うことさえある。

この短い言葉は、どれだけ隙間が大きくても、いちどにひとつずつ、知識と行動のギャップを埋めていけることを教えてくれるのだ。

別の言い方をすれば、最終的に創造の飛躍を遂げるためには、とにかく始める必要があるのだ。

途中で小さな失敗をどれだけ経験するとしても。

1回目で成功することは少ない。

でも、それでいいのだ。

すぐに〝最高〟の成果を出すのは難しい。

だからこそ、すばやく改良を続けていくべきなのだ。

このような試行錯誤は、初めはわずらわしくて厄介だと思うかもしれないが、行動するにつれて、たいてい学習のペースは早くなっていく。

そう、行動は成功の必須条件といっても過言ではないのだ。

行動しなければ、一発で最高の結果を出したいという気持ちが、時に改善の妨げになってしまう。

この教訓に現実味を与えているのが、洞察に満ちた本『アーティストのためのハンドブック』で紹介されているエピソードだ。

ある賢い陶芸の教師は、初回の授業で、陶芸クラスをふたつのグループに分けた(注 10)。

半数の学生には、作品の質に基づいて成績を付けると伝えた。

授業で学んだ内容の集大成として、クラスの最終回にたったひとつの陶芸作品を提出してもらうわけだ。

残りの半数の学生には、量に基づいて成績を付けると伝えた。

たとえば、重さ 50ポンド分の作品を完成させれば問答無用で成績は Aだ。

コース全体を通じて、「質」で評価される学生は、完璧な陶芸作品を作り上げるために全身全霊を注いだ。

一方、「量」で評価される学生は、毎回ノンストップでろくろを回しつづけた。

そして、この実験の結果はもうおわかりだろう。

学生たちの直感とは裏腹に、コースの終了時点で、優秀な作品を作ったのは「量」で評価される学生たちばかりだった。

つまり、陶芸の技術を磨くことにほとんどの時間を費やしていた学生たちだ。

この教訓は、もっと幅広い創造活動にも当てはまる。

すばらしいものを作りたければ、まず作りはじめなければならない。

創造プロセスの初期の段階では、完璧主義が邪魔になることもある。

だから、計画段階で立ち止まってはいけない。

自分の中にいる完璧主義者に足を引っ張られてはだめだ。

必要以上の計画、先延ばし、おしゃべりはみな、自分が恐れているというサイン、つまり心の準備が整っていないというサインだ。

本格的に努力したり何かをほかの人に見せたりする前に、何もかも〝完璧〟にしたいと思っているのだ。

そうなると、行動せずにもう少し様子を見ようと思うようになる。

私たちは学生や同僚たちに、〝雑〟になるよう伝えている。

完璧を追求するのではなく、すばやく試してみるよう伝えているのだ。

そう言うと、彼らは初め不安になる。

「イノベーションの初期の段階はめちゃくちゃで当然なのだ」と常に意識していないといけないからだ。

しかし、長い目で見れば、むしろ自由になれる。

このプロセスはとても有効だし、気分もいい。

みなさんもきっとその効果に驚くだろう。

もうひとつ、私たちの足を引っ張る行動といえば、先延ばしだ。

先延ばしは、一見すると人間とは切っても切り離せない欠陥のように思える。

しかし、私たちはスティーヴン・プレスフィールドの『やりとげる力』(原題: the War of Art〔道を究める闘い〕)に刺激を受けた。

この本で、プレスフィールドは先延ばしの本質をとらえているだけでなく、先延ばしを克服する新たな希望も与えている。

そのためのひとつの手段として、彼は「先延ばし」という言葉をなるべく避け、「レジスタンス」(抵抗)という言葉を使っている。

「われわれ人間には、 2種類の人生が与えられている。

実際に生きている人生と、自分の中に内在するもうひとつの人生だ。

ふたつの人生の間に立ちはだかるもの。

それがレジスタンスだ」とプレスフィールドは言う。

「夜遅くに、自分の将来や就きたかった仕事、あるべき自分の姿について考えてみたことはないだろうか? あなたは、文章を書かない作家? 絵を描かない画家? それとも、事業を始めようとしない起業家だろうか? 少しでも思い当たるところがあるならば、あなたはレジスタンスが何であるかを知っているはずだ」(注 11) プレスフィールドは「先延ばし」を「抵抗」という単語に見事に置き換えているが、これは単なる意味的な問題にとどまらない。

彼は「先延ばし」という現象に別の名前を付けることで、敵をとらえ直しているのだ。

「先延ばし」というと、個人的な弱さのような感じがする。

しかし、「抵抗」といえば、私たちが闘える敵だ。

先延ばしというと、人間の欠陥をイメージさせる。

しかし、抵抗といえば、宣戦布告だ。

つまり、私たちが乗り越えなければならない壁だ。

計画が実現しない理由はたくさんある。

特に多いのは、着手するのを後回しにしているうちに、計画がうやむやになってしまうケース。

惰性、別の関心事、恐怖のせいで、いつまでたっても行動を起こせないことは多いのだ。

ペリー・クレバーンは、 dスクールのエグゼクティブ教育プログラムで、ビジネスの専門家に対して「準備するのではなく、開始しなさい」と教えている。

みなさんにも、内なる抵抗が邪魔をしているプロジェクト、計画、目標、夢はないだろうか? 目標を実現するために、今日できることは?行動するための刺激 時には、自分自身に小さなひと押しが必要なこともある。

行動を先延ばしにしてしまう人間の自然な癖を克服するには、あなた自身を引き留めている要因を突き止め、対処法を見つけなければならない。

私たちが行動の刺激としているものをいくつかご紹介しよう。

助けを求める。

短期間だけ、人を雇ったり、協力的な同僚を仲間に入れたりして、助けを借りよう。

しばらくのあいだ、自分の問題をほかの人に背負ってもらい、負担を分担してもらうわけだ。

そうすれば、相手が(またはあなた自身が)新しい打開策を思いつくかもしれない。

周囲からの圧力を生み出す。

デイヴィッドは、同じ部屋に誰かがいると行動を始められることに気づいた。

その人がフィードバックやアイデアをくれるわけではなくても、周囲からの圧力によって、ちゃんとやろうという気持ちになるのだ。

これは何かを成し遂げる第一歩だ。

たとえば、パーソナル・トレーナーがいると、デイヴィッドはジムに行く気になる。

今日はいまいち元気がないと思っても、トレーナーとの約束があるので、がんばってジムに出かけるのだ。

聞き役を集める。

アイデアを頭の中から現実の世界へと追い出すため、熱心な聞き役を見つけよう。

自分のアイデアについてとことん話し、創造力の流れを途切れさせないこと。

相手がフィードバックや思考の材料を与えてくれたら儲けものだ。

本気でやらない。

出来不出来に関する評価はいったん脇に置き、とにかく何かを形にしよう。

私たちの長年の経験からいえば、イノベーション・プロジェクトの冒頭で弾みを付けるには、まず「下手な広告」を作るのもひとつ手だ。

完成品がどんなものなのかを説明するラフな(時にはいかにもという感じの)広告を作ってみよう。

ハードルを下げる。

目の前の問題が重大すぎて、すべてがそこにかかっていると感じるなら、重要性を下げてみよう。

たとえば、チームの次回の社外会議の完璧な場所を考えていたら、思考の麻痺を起こし、いつまでたっても決まらないかもしれない。

しかし、場所の候補を十数個もリストアップすれば、考えるまでもなく〝完璧〟な場所が見つかることもある。

制約があるからクリエイティブになる「クリエイティブな制約」というと矛盾に聞こえるが、制約を設けるのは、クリエイティブな行動を促すひとつの方法だ。

選べるとしたら、ほとんどの人はもちろん、もう少し多くの予算、もう少し多くのスタッフ、もう少し多くの時間がほしいと思うだろう。

しかし、制約を受け入れる自信さえあれば、制約が創造性や行動の刺激になることもあるのだ。

組織に新しいイノベーション・プロセスを導入するという話を経営幹部の人たちにすると、彼らはたいていどこから手を付けていいのかわからないような反応を示す。

ところが、「わずかな予算で 1週間のうちにできることを考えてください」と伝えると、感心してしまうような名案が次々と飛び出してくるのだ。

あるとき、エグゼクティブ教育ワークショップが終わったあと、投資会社のフィデリティ・インベストメンツの副社長が私たちのところにやってきて、「次回のプロジェクトでは、自由な思考を促し、すばやく反復的な改良をさせるために、厳しい時間制限を設けてみるつもりです」と言った(注 12)。

次の月曜日、半年間のプロジェクトの初回ミーティングが開かれた。

新しいウェブ・サービスを開発する場合、 2カ月間で計画を立て、 2カ月間でワイヤーフレーム(基本的なページ・レイアウト、操作方法、機能などの設計)を作り、 2カ月間で顧客向けのバージョンを準備するのが〝常識的〟なスケジュールだ。

しかし、今回は違った。

「月曜日のチーム会議で、今日じゅうにプロジェクトをすべて終わらせようと伝えるつもりです」と彼は話した。

そうして、 1日の最後に、 1週間、そして次は 1カ月間の〝延長〟を与えるのだ。

完璧な製品を計画しようとするのではなく、たくさんアイデアを出して改良していくことに時間を割く方が、より強力で革新的な製品を作れるに違いないと彼は考えていた。

いくつか制限を定めるだけで、創造性が増すことはあっても、減ることはない。

アクシャイとアンキットは、 10週間という〝非現実的〟な時間の制約を課されなければ、製品をリリースするまでいったいいつまでかかっていただろう? ジョン・キーフは自分にたった 1日という期限を課した。

そのおかげで、彼は約束を果たすため、既存のサービスやツールを使って寄せ集めのプログラムを書かざるをえなかったわけだ。

また、前章で説明したとおり、制約は課題を形作るときにも役立つ。

『ゴッドファーザー』のような大ヒット映画だけでなく、低予算の〝インディーズ〟映画も生み出してきたことで有名な映画監督、フランシス・フォード・コッポラも、制約のメリットを理解していたひとりだ(注 13)。

ある日、コッポラはブエノスアイレスでトムと不意に一緒になったとき、「映画の予算が少なければ少ないほど、大胆な賭けができるんだ」と言って、最新の低予算の映画プロジェクトについて説明しはじめた。

その映画の制作で、彼は大いに創造力を掻き立てられたという。

マルタ共和国のとあるシーンでのこと。

台本によると右ハンドルのタクシーが必要だった(マルタ共和国は左側通行なのだ)。

ところが、ロケ地はルーマニアだったので、手配できるタクシーはみな左ハンドルだった。

大規模な予算の映画だったら、年代物の右ハンドルのタクシーを探させて、イギリスから空輸させただろう。

しかし、自分の映画の予算を自分で調達する情熱的な映画監督には、もっと創造性が必要だ。

そこで、コッポラはメイクアップ・チームに頼んで、その日の撮影中だけ俳優の髪を反対側で分けてもらった。

次に、小道具チームに頼んで、タクシーの屋根の看板とナンバー・プレートを左右反対に印刷してもらった。

カメラが回りはじめると、彼は通常どおりシーン全体を撮影し、あとで映像を反転させた。

彼の巧妙な──しかも超格安の──特殊効果に気づいた映画ファンは、ひとりもいなかったのではないだろうか。

だからみなさんも、建築家のミース・ファン・デル・ローエの「少ないほど豊かということ」( Less is more)という格言を胸に留めてみよう。

どんな制約を設ければ、あなたの仕事は〝非現実的〟になるのか? その制約を創造力の許可証、つまりいつもと違う考え方をするチャンスとして活かす手立てはないだろうか? 制約をすばやい行動へと結びつける方法を、いくつかご紹介しよう(注 14)。

問題の実行可能な部分に取り組む。

行動を始めるには、まずいちばんやさしい部分に取り組むのが肝心だ。

取り組みやすい課題を見つけるために私たちが用いている手法のひとつが、制限つきの投票だ。

ブレインストーミングやアイデア創造セッションが終わるころには、アイデアが書かれた 100ものポスト・イットが壁を埋め尽くすこともある。

ふつうは各々が色つきのシールを貼り、好きなアイデアに投票していくのだが、場合によっては実行可能かどうかに着目することもある。

たとえば、プロジェクト・リーダーが「あと 2時間で検討できるアイデアにシールを貼ろう」とか「週末までにプロトタイプ化できるアイデアを選んでほしい」と伝えるのだ。

つまり、どうすれば今すぐに前進できるかに着目し、選択肢を狭めるわけだ。

目標を狭める。

世界の飢餓をなくすという目標は大きすぎる。

行動に移せるようなもっと小さくて実現可能な目標を定めよう。

地域の炊き出し所で働く。

カンボジアの子どものスポンサーになる。

どう手を付けていいかが見えてくるまで、範囲を狭めること。

中間目標を定め、社会的な協定と結びつける。

長期間のイノベーション・プロジェクトに取り組んでいる場合は、定期的な進捗の確認、ピア・レビュー、中間目標を設け、活動に〝リズム〟を作ろう。

締め切りが迫ってくると、プロジェクト・チームのやる気や生産性は急上昇することが多い。

だから、ひとつの巨大な締め切りを設けるのではなく、〝小さな締め切り〟をなるべくたくさん組み込んで、終始チームのやる気を最高潮に保つといい。

3カ月間のプロジェクトともなると、途中で集中が切れてしまうこともある。

しかし、相談相手になってくれる同僚と毎週火曜日に電話をしたり、クライアントや意思決定者を相手に毎週金曜日に簡単なプレゼンテーションを行なったりすれば、 1回きりではなく 20回以上のピークを持ってこられるのだ。

したがって、大がかりなプレゼンテーションを準備している場合は、本番の数週間前にチーム全員で検証やリハーサルを行なおう。

この生のプロトタイプを使えば、うまくいっている部分といっていない部分がわかる。

次に、プレゼンテーションの週に、 2回目の〝舞台稽古〟を行なおう。

学ぶために試してみる プロジェクトで目標に向かって前進するベストの方法は何だろう? 私たちの経験からいえば、プロトタイプ、つまり早い段階で実際に動くモデルを作ることだ(注 15)。

プロトタイプは今やデザイン思考家の重要な道具になっている。

会議でほかのみんながノートパソコンやメモ帳を持ってきているときに、あなたが面白いプロトタイプを持って現れれば、会議全体の注目があなたのアイデアに集まっても不思議ではない。

プロトタイプを作る理由は、ずばり実験できることにある。

作ってみることによって、疑問が湧いてきたり、何か選択したりする。

また、プロトタイプをほかの人に見せながら話をすることもできる。

物理的なプロトタイプを作ることが多いが、アイデアを具現化したものなら何でもプロトタイプといえる。

アクシャイとアンキットが「パルス」を開発したときには、ポスト・イットを使ってソフトウェアのインターフェイスを再現していた。

また、寸劇で病院の救急救命室のサービス

サービス体験を演じてみてもよい。

あるいは、まだ存在しない製品、サービス、機能について説明する簡単な広告を作るのだってプロトタイプだ。

実験しようと思ったら、ある程度の失敗は避けられない。

だから、常に低コストで試せるよう、うまい方法を考えなければならない。

「身軽」「低コスト」「早め」は、最高の失敗の条件だ。

つまり、試してから学び、アイデアを改良する時間と予算がたっぷりと残っているような状態こそ、最高の失敗なのだ。

プロトタイピングで何をどれくらいラフに作るかを決めるには技術がいる。

たとえば、ソフトウェアのある部分の流れが合理的かどうかを知りたいなら、各ステップを表わすシンプルなワイヤーフレーム、つまり画面レイアウトの簡単な手書きのスケッチさえあればいいだろう。

だが、ソフトウェア体験でユーザーがどう感じるかを確かめたい場合には、ある程度デザインされたスクリーンショットを作成した方がいい。

『リーン・スタートアップ』の著者のエリック・リースは、このようなプロトタイプを「実用最小限の製品」( Minimum Viable Product、略して MVP)と呼んでいる(注 16)。

実用最小限の製品とは、必要最低限の労力をかけた実験によってフィードバックを得ることを意味している。

数年前、 IDEOのチームは、あるヨーロッパの高級自動車メーカーの新しいデジタル機能をわかりやすく表現したいと考えていた。

そのメーカーはキーと自動車の両方に知能を埋め込もうとしていた。

そこで、 IDEOのチームは、改良された運転手の体験の見た目と感覚を実演しようと考えた。

まず、運転手が新機能を使っているフリをしながら従来の自動車を運転する様子を撮影した。

次に、急ごしらえで作った物理的な小道具と、シンプルなデジタル効果を組み合わせ、新機能があたかも動作しているかのような演出を施した。

こうして完成した動画クリップは、新しいデジタル・ディスプレイと操作性を備えた未来のダッシュボードの外観と機能を見事に再現していた。

彼らが作ったのは、アメリカの特殊効果スタジオである「インダストリアル・ライト&マジック」のような高度な特殊効果とはほど遠かった。

それでも、たった 1週間で制作できたし、チームのビジョンを見事に表現していた。

おかげで、その自動車メーカーの経営陣は、新機能の方向性が正しいかどうかを十分に判断することができたのだ。

「気に入ったよ」とある幹部は言った。

といっても、彼が気に入ったのは新機能そのものではなく、新機能のテスト・プロセスの方だった。

「前回、同じようなテストをしたときは、数カ月と 100万ドル近くを投じて、完成したシステムをダッシュボードに組み込み、動画を撮影した。

でも君たちは、自動車の開発をすっ飛ばして、いきなり動画を撮影したわけだ」と彼は笑いながら言った。

プロトタイプには、失敗したときに破棄しやすいというメリットもある。

数多くのアイデアを試した方がクリエイティブなものができる。

プロトタイプに労力を注ぎすぎて、〝完成〟に近づければ近づけるほど、それが欠陥のあるコンセプトでも見捨てるのは難しくなるだろう。

すばやく低コストでプロトタイプを作成すれば、複数のコンセプトをなるべくあとまで残しておくこともできる。

そうすれば、ひとつのアプローチに大きな賭けをするのではなく、複数のアイデアを並行して開発・テストできるのだ。

最終的に方向性を決める段階になっても、より多くの情報をもとに判断を下せるので、成功する確率が高まるわけだ。

また、複数の選択肢があれば、アイデアに関して正確で率直なフィードバックも得られる。

プロトタイプがひとつだけだと、選択肢は狭まってしまう。

一方でプロトタイプがいくつもあれば、それぞれの長所と短所について、ほかのプロトタイプと比較しながら話し合えるのだ。

1時間でプロトタイプ 人は、見込みのありそうなアイデアでも、日々見過ごしてしまう。

アイデアを行動に移すには時間や労力がかかりすぎると思い込んでしまったり、上司や関係者を説得できないとあきらめてしまう。

だが、アイデアはもっと手軽に試すことができるものなのだ。

すばやいプロトタイプとは、どれくらいすばやいものなのだろうか? 時には、状況が差し迫っていて、一刻一秒を争うこともある。

先日、おもちゃ発明家のアダム・スケイツとゲーム専門家のコー・リータ・スタッフォードは、セサミ・ワークショップと共同で「エルモのモンスター・メーカー」を開発するプロジェクトの中盤まで進んでいた。

エルモのモンスター・メーカーとは、子どもが自分でモンスターをデザインできる iPhoneアプリだ(注 17)。

すると、彼らは新しいダンス機能のアイデアを思いついた。

シンプルな音楽に合わせてエルモにさまざまなダンスを踊らせる機能だ。

ふたりはこのアイデアにすっかり興奮していたのだが、残りのチーム・メンバーはあまり乗り気ではなかった。

そのため、ダンス機能は最終版からカットされようとしていた。

セサミ・ワークショップとの電話会議まであと 1時間というときに、アダムとコー・リータは、手元にある材料でダンス機能のプロトタイプを作ることにした。

アダムは大急ぎで iPhoneの特大画像を印刷し、発泡スチロール板の上に貼り、画面のある位置を四角く切り取った。

そして、彼は〝電話〟の後ろに立ち、〝画面〟から身体をのぞかせた。

一方、コー・リータはノートパソコンのウェブカメラをアダムに向けた。

彼女はカメラを録画モードに切り替えると、撮影画面の中に片手を入れ、子どもがアプリを操作する様子を指で再現した。

たとえば、アダムの鼻に触れると、ダンスが始まる。

ウェブカメラを通して見ると、 iPhoneはほとんど本物そっくりに見えた。

そして、アダムはエルモっぽいダンスや反応をしてみせた。

1回きりの撮影と簡単な編集の末、動画クリップは会議のほんの数分前に、セサミ・ワークショップのチーム・メンバーへと送られた。

アダムとコー・リータが撮った簡単な動画は、楽しくて心を惹きつけた。

しかも、アイデアを言葉だけで説明するよりもずっと説得力があった。

ふたりは「プロトタイプなしで会議に臨むなかれ」というボイルの法則を忠実に守っているのだ(ボイルの法則は IDEOのプロトタイピングの名人、デニス・ボイルにちなむ)(注 18)。

現在、 iTunesストアで「エルモのモンスター・メーカー」をダウンロードすれば、ふたりがその日の午前中に 1時間でプロトタイプを製作した機能がちゃんとあるのがわかるだろう。

簡単動画を撮影するためのヒント(注 19) IDEOの「トーイ・ラボ」(おもちゃラボ)チームは、簡単動画をたくさん撮影している。

チーム・メンバーはこの簡単動画を使って、世界じゅうのおもちゃ会社に新しい発明を売り込んでいるのだ。

この 20年間で、おもちゃラボの創設者のブレンダン・ボイルは、必ずしもコストや時間をかけなくても、説得力のある動画は作れると痛感してきた。

知恵を使い、見る者の心をわしづかみにするクリップを作れば、高い予算をかけた動画と比べて劣る部分を、カバーできるのだ。

トーイ・ラボで使われている心に響く動画プロトタイプの作成のコツを7つご紹介しよう。

台本を用意する。

ぶっつけ本番は禁物。

印象的なフレーズはなぜ耳にこびりつくのか? それはじっくりと言葉を選んでいるからだ。

入念に考えた台本を用意すれば、結果的に時間を節約できるし、重要な要素をすべてきちんとカバーできる。

ナレーションを利用する。

テンポの速い動画の場合、意味や背景知識を伝えるのにいちばんうってつけなのが、ナレーションだ。

ナレーションは編集の効率化にも役立つ。

音声に映像を付け加える方が、その逆よりも簡単だからだ。

撮影リストを準備する。

アップ、広角、静止画など、動画に含めたいシーンをひとつひとつ念入りにイメージしよう。

そして、撮影のし忘れがないように、リストを作って撮影中に項目を消していこう。

照明と音に注意を払う。

予算にある程度の余裕があるなら、ちゃんとした照明とリモート・マイクにお金をかける価値はある。

そうすれば、平凡なホーム・ビデオとは比べものにならないような作品が完成するだろう。

視覚的なリズムとペースに注意する。

動画に命を吹き込むのはカメラ・アングルとスタイルの組み合わせだ。

ひとつのカメラ位置にとどまりすぎないこと。

ひとつの場面は数秒間もすればたちまち古くなる(視聴者が凝視するような重大なことが起きているなら別だが)。

早めのフィードバックを得る。

ラフに編集した状態のものを、動画を初めて見る人に見せ、気づいた点やわかりにくい部分、混乱した箇所を指摘してもらおう。

全体的なフィードバックを求めること。

たとえば、メッセージはちゃんと伝わっているか? それを確かめるために、動画の内容をひとつのセンテンスで要約してもらおう。

短ければ短いほど良い。

動画をドキュメンタリーではなく短時間のコマーシャルのようなものとしてとらえよう。

スーパーボウルの CMはほとんどが 30秒間だ。

動画が 2分間を超えると、飽きっぽい視聴者は見るのをやめてしまう。

カットする部分を探している場合は、 10回連続で動画を見てみるといい。

共有体験をプロトタイプにする 良いプロトタイプには物語性がある。

そして、見る人をその物語に巻き込むことができれば、プロトタイプはさらに説得力を増す。

たとえば、アメリカ最大手の薬局チェーン「ウォルグリーン」との共同プロジェクト(注 20)では、 21世紀の小売薬局の存在意義について考え直しているうち、ある店舗設計のコンセプトを思いついた。

ウォルグリーンを心と身体の健康に関する確かな助言やサポートが得られる店へと変えてはどうだろう? 薬剤師をもっと身近な存在にするため、売り場の前面に立ってもらったらどうだろうか? このコンセプトに対して社内での支持を得るため、プロジェクト・チームは発泡スチロール板を使って実寸大のプロトタイプを組み立てた。

何百枚という白いパネルを切断しては接着し、店舗のレイアウト案をシンプルな 3次元で表現した。

建物の 1階分をまるまる使ったこのプロトタイプは、店舗の新デザインがわかるだけでなく、チーム・メンバーが新しいサービスを実演する舞台にもなった。

「プロトタイプのおかげで、顧客体験の新しいビジョンが実感しやすくなりました」とこのプロジェクトのデザイナーのひとりは話す。

「店舗スペースを歩き回ることで、薬剤師を前の方に持ってくると雰囲気がどう変わるのか、はっきりと体験できたわけです」。

こうして、本物の店舗を建てるよりもはるかに安いコストで、本来なら反対に遭っていてもおかしくないようなアイデアに、社内で多くの人に賛成してもらえた。

そして、経営幹部の支持も勝ち取り、コンセプトを実現できたのだ。

社内の調査によると、「健康と日常生活」をテーマにしたウォルグリーンの新しい店舗形態では、薬剤師が相談に乗る顧客の数が 4倍になった(注 21)。

この実寸大の中間プロトタイプこそ、コンセプトを実現に導くうえで重要なツールだったといえよう。

3年後、新しい店舗形態はウォルグリーンの 200以上の店舗

で採用された。

そして、ファスト・カンパニー誌はウォルグリーンをもっとも革新的なアメリカの医療会社のひとつに選んだ。

それも 2年連続で(注 22)。

その一因として、先ほどのようなクリエイティブな解決策が挙げられるだろう。

サービスをストーリーボードで表現する(注 23) 製品なら工作機械や 3 Dプリンターでプロトタイプ化できるが、新しいサービスのプロトタイプを製作するとなれば、別の方法が必要だ。

そのシンプルな方法といえば、ハリウッドの映画制作会社やピクサーのアニメーターがシーンの流れを描くために昔から使っている、「ストーリーボード」を作るというものだ。

ストーリーボードでは、動作や会話を表わすコミック本のような一連のコマを使って、サービスのステップや顧客体験の要素をひとつひとつ描いていく。

絵に自信がなくても心配は無用。

線で人間を描くだけで十分だ。

大事なのは、各ステップをじっくりと思い描き、アイデアや体験を形にすること。

新しいコンセプトをストーリーボードに描くコツをいくつかご紹介しよう。

●プロトタイプにするシナリオや絵に描く体験を具体的に選び出し、絞り込む。

●簡単なスケッチと説明文で、重要な場面をひとつずつ記録する。

私たちの場合、ストーリーボード 1コマにつきポスト・イットや紙を 1枚ずつ使うことが多い。

別々の紙に描くことで、順番を並び替えたり、ステップを追加・削除したりするのがラクになる。

ストーリーボードはなるべく 30分以内で完成させよう。

●ストーリーボードの第 1稿ができあがったら、自分のアイデアに関する疑問点を3つ書き出す(注 24)。

ストーリーボードを見ていて浮かんだ新しい問題点をすべてリストアップし、体験全体の中で未解決の要素を挙げていこう。

●ストーリーボードを最初から最後まで見てくれる人を探す。

言葉以外の反応によく注目し、感想にじっくりと耳を傾けよう。

そして、相手のフィードバックを利用してサービスのアイデアやストーリーを磨こう。

実験するために行動する 実験を繰り返すやり方の隠れた魅力は、評価を後回しにして、アイデアをもっと良くする時間が取れることだ。

時には、もっともぶっ飛んだアイデア(私たちは「犠牲的なアイデア」と呼んでいる)が価値ある解決策につながることもある。

非現実的に思えるアイデアに対して、あまりにも早い段階で批判してしまうと、実用的なイノベーションにつながるプロセスを不用意にストップさせてしまうこともあるのだ。

実験を受け入れる姿勢が画期的なイノベーションにつながった最近の例として、ニュージーランド航空のプロジェクトがある。

ニュージーランドは南半球の中でもややぽつんと離れた場所にあるため、ニュージーランド航空のフライトは非常に長距離におよぶことも多い(オークランド発ロンドン着の便は、ロサンゼルスでの給油を含め、 24時間もかかる)。

そして、エコノミー・クラスの座席に数時間でも座った経験があるなら、改善の余地が多いことに気づくだろう。

航空会社は座席の価格、重量、航空運賃といった要因と顧客の満足を天秤にかけた結果、快適とはいいがたい現状から長いあいだ抜け出せずにいる。

「世界でもっとも長距離飛行が多い弊社には、ほかのどの航空会社よりも、乗客サービスを改善する大きな義務があったのです」と語るのは、当時のニュージーランド航空の国際線グループのゼネラル・マネジャーであるエド・シムズだ(注 25)。

「われわれは競合他社と自社を比較評価し、細部だけをちょこちょこっと修正しようとしていたんです。

それでは意味がないですよね」 そこで、ニュージーランド航空の CEOのロブ・ファイフは、座席を含め、長距離便の顧客体験を見直すようチームに指示した。

彼はリスクを嫌う経営文化のせいで、ビジネスの商業的な面や製品的な面に関する実験がおろそかになってはいけないと訴えた。

「私はふつうとは違うミスを犯すこともいといません。

新しいチャンスや新しいアイデアを追求するうえで犯すミスならね」とファイフは話す(注 26)。

ニュージーランド航空のマネジャーたちは、思い切ってやっていいという許しを得て、 IDEOのチームと力を合わせ、画期的なアイデアを生み出すためのデザイン思考ワークショップを開催した。

ブレインストーミングを行ない、突拍子もない(そして一見すると非現実的な)アイデアのプロトタイプをいくつも作った。

たとえば、立っている乗客を支えるハーネス、テーブルをはさんで向かい合わせになっている座席、さらには天井からぶら下がるハンモックまで。

全員が積極的に参加していたので、評価を下されることへの恐怖はなかった。

「厚紙、ポリスチレン、紙を用意して床に座り、座席のアイデアを切り出していくのは、爽快な感覚でしたね」とシムズは言う(注 27)。

チームが考えたコンセプトのひとつに、乗客が睡眠を取れる 2段ベッドを備えつけるというものがあった。

最初は有望なアイデアに思えたのだが、さらなるプロトタイピングの結果、問題が浮上した。

乗客が段を上り下りする際、気まずくみっともない思いをする可能性があったのだ。

常識を疑い、突拍子もないアイデアを受け入れたおかげで生まれたのが、「スカイカウチ」だ。

スカイカウチは、乗客の長い苦痛を和らげる、ウソみたいにシンプルな解決策だ。

乗客にとって最大の苦痛といえば、エコノミー・クラスでは横になれないという点だ。

ふつうは、フラット・シートにするとどうしても広いスペースが必要になると思いがちだが(実際に世界じゅうのビジネス・クラスの客室はそうだ)、ニュージーランド航空はスカイカウチでその常識をくつがえした。

スカイカウチの座席には、ふかふかのパッドが格納されていて、足置きのように上に跳ね上げることができる。

すると、 3人掛けシートが布団のような台に早変わりし、カップルや夫婦が一緒に寝そべることができる。

航空業界では、この新しい座席配置は「カドル・クラス」(寄り添いクラス)と呼ばれるようになった。

ニュージーランド航空は、一定のリスクを冒して独自のカスタム・シートを開発し、このような大胆で実験的なアプローチを取り入れた。

その努力は功を奏しつつある。

ニュージーランド航空はこの座席デザインで数々の栄誉を勝ち取った。

コンデナスト・トラベラー誌の「イノベーション&デザイン賞」を受賞したほか、エア・トランスポート・ワールド誌の「エアライン・オブ・ザ・イヤー」(年間最優秀航空会社)にも選ばれた。

リリースしてから学ぶ(注 28) すぐさま行動に移すという考え方をいったん取り入れたら、小さな実験は新しい知識や洞察を手に入れる貴重な情報源になる。

成功する企業はどんな規模であれ、破壊的な流行の先を行き、市場の変化を牽引するために、実験の精神を取り入れている。

実験は細かなデザインから新しいビジネス・モデルまで、あらゆる未解決の問題をすばやく検証するひとつの方法なのだ。

従来、ビジネスの世界における実験は社内でこっそりと行なわれていた。

しかし、今日のイノベーティブな企業は、公開市場で「リリースして学ぶ」という手法を取っている。

開発サイクルが終わるまで待つのではなく、リリースしてからもテストし、反応を見る。

そのフィードバックを製品に活かし、改良を繰り返していくわけだ。

多くのスタートアップ企業がすでにこのやり方を採用している。

常にベータ版の状態のままにして、開発を続ける。

少しだけ設計しては、開発し、リリースし、簡単な軌道修正を行なってから、再度リリースする。

そして不具合があるとわかれば、なるべく早く調整する。

小さな実験で教訓を学ぶことにより、数年がかりで巨大な製品を完成させたあとでニーズがないことに気づく、といったリスクを避けられるわけだ。

企業の研究開発( R& D)サイクルをもっと反復的なものにすれば、製品の出荷後も学習とイノベーションを続けられるのだ。

業界に変革をもたらした投資プラットフォーム「キックスターター」は、今や「リリースして学ぶ」のに打ってつけのサービスとなった。

キックスターターを利用すれば、起業家は非常に初期の段階で自身のアイデアの市場性を検証し、「これを作ったら、顧客は集まるだろうか?」という疑問の答えを見つけられる。

キックスターターでは、製品の開発者が融資を募るセールス・ピッチを行ない、世界じゅうの支援者が金銭的な援助を約束する。

事前に決められた期限までに資金調達目標に到達すれば、そのベンチャー事業は融資を得られる。

目標に到達しなければ、支援者は資金を融資しなくてよく、起業志望者は別の方策を試すしかない。

設立から 4年間で、キックスターターは 3万 5000を超えるプロジェクトに 5億ドル近い資金をクラウドソーシングしてきた(注 29)。

そして、キックスターターで支持を得られれば、金銭的な支援を受けられるだけではなく、起業家は自分の新しいアイデアに対する需要の有無を確かめることもできるわけだ。

クリエイティブな考え方をすれば、リリースしてから学ぶさまざまな方法が思い浮かぶ。

たとえば、ソーシャル・ゲーム会社「ジンガ」は、社内で「ゲットー・テスト」( ghetto testing)と呼ばれている手法を使って、新しいゲーム・コンセプトの需要を見積もっている(訳注:ゲットーは「少数民族居住区」「隔離された環境」などの意味合いを持つ)(注 30)。

ゲットー・テストでは、コードを 1行も書かないうちに、人気のウェブサイト上にゲームのティーザー広告を掲載し、広告をクリックした潜在顧客の数をカウントするのだ。

もうひとつ、似たような例がある。

アマゾンがキンドル書籍のレンタル機能を発表した数日後、起業家精神に富むイギリスのあるプロダクト・マネジャーが、電子書籍の貸し手と借り手を結びつけるサイトにどの程度の関心が集まるかを調べるため、フェイスブック・グループを立ち上げた(注 31)。

4000人を超える登録メンバーを獲得すると、彼女は自信を持って独自のレンタル・サイトを設立した。

そのわずか 2週間後、現在の Booklending. comの運営が始まった。

IDEOのデザイン・ディレクターのトム・ヒュームは、「準備が整う前に、アイデアを世に放つべし」と説いている(注 32)。

たとえまだ開発作業が残っているとわかっていても、現実の世界での市場テストは貴重な洞察の源になりうるのだ。

行動を伝染させていく

小さな変化が積み重なって、最終的に巨大な影響を及ぼすこともある。

小さく始めれば、静止した状態から運動する状態へと進むことができる。

そこまで来れば、その先に待ち受ける難題に挑むための勢いが付きはじめたも同然なのだ。

dスクールにはかつて、「伝染する行動を生み出す」( Creating Infectious Action)という名前の熱気あふれるクラスがあった。

このクラスの目的は、アイデアを伝播させる、つまり文字どおり運動を始めることだった。

というと手強そうに聞こえるが、ちょっとした指導といくつかのデザイン思考の道具さえあれば、学生たちは草の根のマーケティング活動から企業そのものまで、あらゆるもののプロトタイプを作ることができた。

学生たちは(そして時には私たちも)、自分のアイデアが及ぼす影響の大きさに驚いた。

イラクやアフガニスタンで戦闘ヘリコプターの操縦経験を持つ元陸軍大尉のデイヴィッド・ヒューズは、そのクラスのあるプロジェクトのエピソードを聞かせてくれた。

彼と学生グループは、地域のガソリン消費量を減らすため、シリコンバレーのパロアルト中心部を歩行者天国に変える取り組みを始めた(注 33)。

8ブロックにわたって店舗やレストランが建ち並ぶユニバーシティ通り沿いは、渋滞が激しく、運転手たちがエンジンをアイドリングさせたまま、横を通り過ぎる歩行者たちを眺めていることも多い。

そこで学生たちは、〝心に残る〟物語を考え、ソーシャル・ネットワークを活用した(たとえば、人気ブログを抱える教授に歩行者天国のアイデアを記事にしてもらうなど)。

その結果、歩行者天国のアイデアは瞬く間に広まった。

2週間で 1700を超える人々が嘆願書に署名したり、取り組みを支援するフェイスブック・グループに参加したりした。

学生たちはパロアルトの元市長の賛同を取りつけ、店主たちは窓にステッカーを貼った。

すぐに、彼らは市議会で演説を行なうため、市役所に招かれた。

結局、歩行者天国のアイデアは実現しなかったものの、 1カ月間というプロジェクトの制約を考えれば、想像以上の成果だった。

ヒューズはそれまで、自分をいちどもクリエイティブだと思ったことのない、マニュアル通りに行動するタイプの人間だった。

しかし、学生たちが人々の意見や行動に大きな影響を及ぼすのを見て、刺激を受けた。

彼は現在、陸軍士官学校で教えている。

「昔は、会社や軍で変革を起こすためには、もっと出世して将軍にならなければと思っていた。

でも、必要なのは、とにかく運動を始めることなんだ」と彼は語った。

「実験」と呼べば成功の確率が高まる 人材や予算が多いか少ないかにかかわらず、実験すれば、イノベーションの活動に勢いを付けることができる。

実験は、その言葉のとおり、失敗率も当然高い。

しかし、「失敗は許されない」という従来の考え方を見直し、一連の小さな実験を始めれば、長期的な成功率はむしろ増すのだ。

私たちの長年の戦略パートナーであるジム・ハケットはかつて、どうしても社内でやり遂げたいことがあった。

ある日、スチールケース社の CEOである彼は、経営陣にこんな指摘をした。

スチールケースは世界最大のシステム家具(いわゆる「パーティション・デスク」)のメーカーだというのに、その会社のトップたちが揃いも揃って、壁とドアの付いた従来型のオフィスで働いていていいのだろうか? ジムは「ゆくゆくは全員オープン・オフィスに移行するつもりだ」と告げて、それまでの伝統を一気に断ち切ることもできたはずだ。

ほとんどの組織では、こういう一方的な変革は猛烈な抵抗に遭っていたに違いない。

幹部たちがひとりずつ、反対意見を言うために CEOのところへやって来る。

しかし、天性のリーダーであるジムは、そんな方法は取らなかった。

代わりに、彼はひとつの実験を提案した。

全員で 6カ月間だけ、最新のオフィス家具とテクノロジーを備えた屋外の「リーダーシップ・コミュニティ」というスペースで働いてみるというものだった。

「ぐずぐず言うのはやめてほしい。

真剣に試してみてほしいんだ。

そして 6カ月たって、うまくいっていないところがあれば、必ず改善を約束するよ」とジムは言った。

ジムは非常に誠実なリーダーだ。

そのため、全員が彼の言葉を信じた。

6カ月間だけ参加してほしいと言われて、納得のいく断り方のできる人などいるだろうか? 誰もが途中で小さな問題が起こるかもしれないとわかってはいたが、大きな問題が起これば解決されると信じていた。

その結果、熱気に満ちた環境が生まれ、屋外のスペースは会社を訪れる他社の経営幹部たちに向けた事実上のショーケースにもなった。

それから 19年後、ジム・ハケットと彼のチームは、いまだに〝実験〟の微調整を続けており、スチールケースの屋外のリーダーシップ・コミュニティは今もなお健在だ(注 34)。

現在の経営陣に聞けば、あの場所が大好きだと答えるだろう。

そして、元の場所に戻るなんて考えられない、と。

何が言いたいのか? みんなからの支持を得て、新しいことを始めたいなら、変革を実験として位置づけ直してみよう、ということだ。

もちろん、失敗する実験もあるだろう(だからこそ「試行錯誤」というわけだ)。

だが、実験の多くは、実験と呼ばれることで心理的なハードルが下がり、成功率が高まるだろう。

自分でニュースを作ろう 自分自身の創造力を信じれば、行動を起こす自信が湧いてくる。

職場であれ、自宅であれ、世界全体であれ、周囲の環境を変える橋渡し役になれるという自信が湧く。

アクシャイは、パルス・ニュースを開発し、創造力に対する自信を手に入れるまでの道のりを振り返って、より効果的で革新的なアイデアを生み出すうえで大事なのは、行動を最優先する考え方なのだと訴えている。

「分析的な頭脳の持ち主は、たいてい行動を二の次にしてしまいます。

以前の僕も含めてね」と彼は話す。

「アイデアを思いついても、頭の中で考えたり、話をしたりするだけで、行動を起こそうとはしませんでした。

でも今では、アイデアを思いついたら、 30分でも、 4時間でも、 1週間がかりでもかまわないから、すぐにプロトタイプを作るのが当たり前だと思うようになりました。

何かに興奮したら、とにかく行動を起こすわけです」(注 35) みなさんも、じっと座ってなりゆきに任せたりしないでほしい。

自ら行動を起こし、ほかの人の行動に影響を及ぼそう。

私たちの好きなラジオ・ジャーナリスト、スクープ・ニスカーはかつて、毎回こんな言葉で放送を締めくくっていた。

「ニュースがお気に召さないなら、ぜひ自分でニュースを作りに行ってください」

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