第 6章 みんなでクリエイティブになる
職場にカラオケ・コンフィデンスを築く column dスクールの過激なコラボレーション column イノベーション・チームを育てるには場所の持つ力言葉が思考を作るイノベーションを起こす増幅型リーダー column チームの影響力を増幅させるには巨大組織の文化を変えるみんなが秘めている創造力を活かす
私たちひとりひとりが持つ潜在的な創造力を解き放てば、世界に良い影響を与えられるのは確かだが、テーマによっては、集団の力が必要なこともある。
大規模なイノベーションを実現するには、チームワーク、つまりリーダーシップと草の根の活動のちょうどいいバランスが必要なのだ。
組織や機関の中では、たったひとりで変革を起こせることはめったにない。
チームで日常的にイノベーションを起こしたいなら、クリエイティブな文化を根付かせなければならない。
たとえば、財務や確定申告関連のソフトウェアを販売する会社「インテュイット」では、デザイン・イノベーション担当副社長のカーレン・ハンソンが先頭に立って文化を変えた(注 1)。
インテュイットは 1980年代、スコット・クックによって「シンプル」をモットーに設立された。
主力製品の「クイックン」を足がかりに、現在ではおなじみの「クイックブックス」や「ターボタックス」などのソフトウェア・プログラムによって事業を拡大していった。
しかし、やがて企業の成長に陰りが見えはじめると、経営陣は一歩ずつの改良ではなく大きな躍進を生み出す必要があると気づいた。
そこでスコットは、新進気鋭のデザイン・ディレクターだったカーレンに、会社が初期段階で劇的な成功を遂げたときの成長とイノベーションのサイクルをもういちど取り戻してほしいと頼んだ。
彼女は新しいツールを求めて、 dスクールの顧客中心イノベーション・コースを受講し、本書で説明してきたような原則を学んだ。
さらに彼女は、ジェフリー・ムーア、フレッド・ライクヘルド、クレイトン・クリステンセンといった有力なビジネス思想家の考えを組み合わせた。
こうして生まれたのが、インテュイットで「デザイン・フォー・デライト」(顧客を感動させるデザイン)と呼ばれているプロセスだ。
社内では略して「 D 4 D」と呼ばれている。
インテュイットの従業員にとって、顧客を感動させるデザインとは、「顧客の期待を上回る安心と利点を届けることで、顧客にポジティブな感情をもたらし、商品をもっと買ってもらったり、体験をほかの人に伝えてもらったりする」ことを指している。
そのための原則としては、 顧客に深く共感すること、 幅を広げてから絞り込むこと(すなわち、たくさんのアイデアを生み出してから、ひとつの解決策へと集約していくこと)、 顧客とともにすばやく実験を行なうこと、が挙げられる。
2007年、経営幹部を対象とした社外会議で生まれた D 4 Dは、多くの上級幹部たちの支持を集めた。
しかし、カーレンは「トップの賛同は必要だが、それだけで成功が保証されるわけではない」とすぐに悟った。
会社はカーレンのいう「話の段階」から抜け出せずにいた。
つまり、多くの人々が言葉では支持を表明しているのに、実際の行動に表われない、または何の進展もない状況だ。
「私たちは間違いを犯したんです。
2回も」と彼女は言う。
彼女が言っている 2回目とは、 1年後に開かれた 2回目の社外会議のことだ。
主要な経営幹部たちはみな、 D 4 Dが会社の未来にとって重要だと認めていたし、 D 4 Dを自身のグループに取り入れたいとも思っていた。
それでも、 D 4 Dは現実よりもビジョンに近いままだった。
そこで、 2008年8月、カーレンは社内でもっとも優秀な 9人のデザイン思考家を集め、「イノベーション・カタリスト」(イノベーションの促進者)という集団を作った。
その目的は、クリエイティブな取り組みに火を点け、 D 4 Dのアイデアを実行に移すマネジャーたちを指導することだった。
カタリストたちはデザイン、研究、製品管理といった現場で活躍していた。
その中でカーレンの直属の部下はふたりだけだったが、彼女はほかのカタリストたちの勤務時間の約 10パーセント(月 2日)を拘束することができた。
とはいえ、この活動がカタリストたちの頭の中で占める割合はそれよりもずっと大きかっただろう。
彼らは顧客を喜ばせ、イノベーティブな習慣を組織全体に広める機会を探した。
ある初期のプロジェクトで、 5人からなるインテュイットのチーム(うち 3人がカタリスト)は、確定申告書を簡単に作成して提出できる使いやすいモバイル・アプリ「スナップタックス」を開発した。
チームは、スターバックスやチポトレなど、ターゲット顧客の行きつけの場所で、若者を何十人と観察した(注 2)。
カタリストとその協力者たちは、 8週間で8つのソフトウェアのプロトタイプ(試作品)を次々と製作した。
毎回、顧客のフィードバックを集めては、より強力で使いやすいアプリとなるよう改良していった。
アプリを使用するには、「 W‐ 2」と呼ばれる 1年間の源泉徴収書を写真に撮り、携帯電話上でいくつかの質問に答えるだけでいい。
それだけで、提出用の申告書が完成するのだ。
では、スナップタックスはインテュイットが掲げる「顧客を感動させるデザイン」の定義とどれくらい合致しているだろう? ポジティブな感情を生み出しているか? イエス。
顧客の期待を上回っているか? イエス。
使いやすいか? イエス。
消費者に明確なメリットを届けているか? イエス。
消費者を感動させるためのデザインを始めると、インテュイットにイノベーション文化が戻りはじめた。
つまり、彼らの創造プロセスは伝染していったのだ。
「楽しみというのは自己強化されていくものです。
顧客を感動させるという目標こそが、会社を成長させ、従業員を惹きつけるのです」 わずかな人数で始まったカタリスト集団は、 200人近くまで成長し、社内全体へと広まり、何百人もの人々とメンタリングやコラボレーションを行なうまでになった。
カタリストたちは自身のプロジェクトに取り組む一方で、マネジャーにイノベーション・プロセスの指導も行なっている。
たとえば、ブレインストーミングをサポートしたり、ユーザー・インタビューの実施を手助けしたり、プロトタイプを開発したりしている。
カタリスト・グループはまだ展開途中だが、すでに効果が表われはじめている。
収益、利益、時価総額だけでなく、ネット・プロモーター・スコア(訳注:製品、ブランド、企業をどれくらい他人に勧めるかを顧客にたずね、平均を取った数値。
顧客の満足度を測るひとつの基準として、よく用いられている)のような顧客ロイヤルティの指標も上昇しているのだ。
トロント大学ロットマン・スクール・オブ・マネジメント学長のロジャー・マーティンは、近年のインテュイット社の業績を調べた結果、インテュイットが新しいビジネス・チャンスを従来よりもすばやくつかんでいる事実を発見した(注 3)。
また、提供するモバイル・アプリの数は 2年足らずでゼロから 18個まで増えたこともわかった。
2011年、インテュイットは、フォーブス誌が毎年発表する世界でもっとも革新的な企業のトップ 100入りを果たした。
カーレンは「 2015五年までに D 4 Dをインテュイットの DNAに刻み込みたい」と話すが、そのころには「イノベーション・カタリスト」という明確な集団すらいらなくなるだろう。
カーレンや同僚たちは、いかにして新しいアイデアを行動に移す創造力に対する自信を持つ集団を築いたのだろうか? 彼らは少なくとも次の6つの点をうまくやった。
●経営幹部たちの幅広い支持を集めた。
その結果、カタリスト・プログラムが組織の境界を超えて広まった。
●草の根の活動を始めた。
従業員の勤務時間のほんの一部だけを利用することで、中間管理者は全力を傾けずにすんだ。
●「シンプル」という会社の基本原理を活かし、「顧客を感動させるデザイン」という具体的なコンセプトを掲げることで、新しい命を吹き込んだ。
●プログラムに弾みを付けるため、最初の数人のカタリストを厳選した。
カタリスト・グループが軌道に乗ったら拡大すればいいとわかっていたのだ。
●社内のほかの部署や部門が所有する巨大で複雑な製品は避けた。
代わりに、新規市場で手っ取り早く一定の成功を収めるため、小さな実験を始めた。
●数年間というタイム・フレームを定めた。
本格的な文化の変革が大組織の内部に広まるのには時間がかかるとわかっていたからだ。
インテュイットのカタリスト・プログラムは大成功を遂げている。
しかし、そこに至るまでのどのステップでも、多くの実験や努力、立ち直る力が必要だった。
創造力に対する自信を持つ組織は、一夜にして作られるわけではない。
カタリスト・プログラムのような成功した取り組みであっても、〝キャズム〟(深い溝)を越え、組織の主流な文化になるまでには、一連の段階を踏まなくてはならないのだ。
大手食品・飲料会社「ペプシコ」の最高デザイン責任者のマウロ・ポルチーニは最近、企業がイノベーション能力を高めていくうえで体験する段階について、意見を聞かせてくれた(注 4) 。
私たちがマウロに初めて出会ったのは、彼が 3Mのグローバル戦略デザイン担当責任者を務めていたときだった。
彼は 3Mの本社があるミネソタにミラノ人らしいセンスをもたらしていた。
10年間にわたり、 3Mでイノベーションやデザイン思考の進化を見届けてきたマウロは、企業が創造力に対する自信を獲得していく過程で5つの段階をたどると考えている。
第 1段階は、マウロによれば、「純粋な否定」だ。
経営幹部や従業員が「われわれはクリエイティブではない」と口を揃えるのだ。
これは従来型の企業にありがちな考え方だったが、今では変わりつつある。
IDEOの初期の時代、私たちのクライアントはほとんどといっていいほど、プロジェクトの最終結果にしか興味を示さなかった。
それが今では、私たちと肩を並べて作業している。
ほとんどのクライアントが創造力に対する自信を自社の文化に刻み込む方法を学ぶため、私たちの仕事の仕方を熱心に観察しようとするのだ。
第 2段階は、マウロの言葉を借りれば「内心の拒絶」だ。
この段階では、経営幹部のひとりが新しいイノベーションの方法論を熱心に勧め、応援する。
ほかのマネジャーたちは口々に賛成するが、本気では実践しようとはしない。
これはインテュイットの経験した「話の段階」と似ている。
経営幹部たちが支持しているからといって、本格的な前進に結びつかないケースは多いのだ。
つまり、組織はおなじみの「知識と行動のギャップ」にはまり込んでしまうのだ。
行動を変えるのは難しい。
言葉が行動に結びつかない原因として、色々なものがありうる。
新しい方法がうまくいくと心から信じていない。
変化に抵抗感がある。
アイデアを実践できるほどアイデアを深く理解していない。
マネジャーが上司の指示でいったんプロジェクトを開始したものの、だんだん関心が薄れていくケースもあるだろう。
あるいは、ある従業員からこんな話を聞いたこともある。
CEOが人間中心のイノベーションを奨励したとたん、全員が CEOへのプレゼンテーションの際、必ずエンド・ユーザーに関するスライドを入れるようになった。
ところが、従業員は内心ではエンド・ユーザーと話をする価値を理解していなかった。
つまり、彼らは CEOが重視する項目にチェックマークを入れていたにすぎなかったわけだ。
「内心の拒絶」の段階を乗り越えるには、現場の従業員が創造力に対する自信の原則を自ら体験しなければならない。
デザイン思考のサイクルを初めて体験し終えると、イノベーション手法を自身の仕事に取り入れればどれだけ役立つのか、わかってくることもある。
直接体験の重要性は、心理学者のアルバート・バンデューラによる「自己効力感」の研究結果とも一致している。
上級幹部が「イノベーションを促進しよう」と伝えるだけでは、効果は限られている。
創造力に対する自信を高めるのにもっとも強力なのは、「指導つきの習熟」( guided mastery)だ。
ゴルフでフェアウェイのど真ん中にボールを運ぶ方法を学ぶときと同じように、日常的にイノベーションを行なう方法を学ぶのにいちばん効果的なのは、練習と指導なのだ。
クリエイティブな組織を築くためには、カギを握る人物それぞれに、創造力に対する自信を築いていく必要がある。
イノベーション・リーダーのクラウディア・コチカは、 P& Gにデザイン思考を広める役割を果たした。
彼女は、みんなにデザイン思考の方法論を直接体験してもらうことが重要だと考えていた。
「私はよく〝口で説明するのではなく実際に見せて〟と言います。
重要なのは、なるべく多くの人にデザイン思考の方法論を体験してもらうことです。
いちど体験するだけで、考え方ががらりと変わりますから」とクラウディアは説明する(注 5)。
多くのクライアントは、人々を創造力に対する自信の状態へと導く訓練を積んだイノベーション・コーチを社内に置くことが重要だと話している。
インテュイットには「イノベーション・カタリスト」がいるが、ほかの会社にも同じような役職はある。
「ファシリテーター」や「共謀者」など、名前はさまざまだ。
組織が創造力に対する自信を手に入れるための第 3段階は、マウロのいう「信頼」だ。
この段階では、権力や影響力を持つ立場の人物が消費者を第一に考えるデザイン思考の価値を認め、プロジェクトを実現するための資源やサポートを与える。
プログラム専用のスペースや資源を与えれば、「たとえ失敗したとしても、リスクを冒し、能力向上に励んでもらいたい」という明確なメッセージになる。
第 4段階は、マウロのいう「自信の探求」だ。
この段階では、組織が本格的にイノベーションに取り組み、企業目標を実現するためにクリエイティブな資源を活かす最善の方法を模索する。
私たちが仕事をするクライアントの多くはこの段階にあり、イノベーションの最初の成功事例を社内全体で使える方法論へと変えようとしている。
第 5段階は、マウロのいう「総合的な認識と統合」だ。
この段階では、イノベーションや継続的な改良が繰り返され、顧客体験を念頭に置いたデザインが会社の DNAに刻み込まれ、チームは目の前の課題にクリエイティブなツールを日常的に活かすようになる。
一言でいえば、組織レベルの創造力に対する自信だ。
イノベーション文化を築きはじめるには、トップとボトム──dスクールのジェレミー・アトリーの言葉を借りるなら「地上部隊と航空支援部隊」(注 6)──の両方からのサポートが必要だ。
ボトムアップで始まった活動は、経営幹部が乗り気でなければ長続きしないだろう。
しかし、トップダウンの命令だけでも、これまで見てきたように、熱狂的な行動は生まれない。
あらゆるレベルの人々が、企業文化に影響を与え、変革を促す方法を理解しなければならないのだ。
本章の残りのセクションでは、イノベーション文化やイノベーション・リーダーシップとはどんなものなのかについて話していこう。
「リーダーシップ」と「文化」は、創造力に対する自信を持つ集団を築くうえでは欠かせない、密接に絡み合ったふたつの要素なのだ。
職場にカラオケ・コンフィデンスを築く クリエイティブな活動に安心して参加できるようにするにはどうしたらいいだろう? 最初はうまくいかないかもしれないとわかっていながら、新しい物事に挑戦する勇気を奮い立たせるには? 幼児のころは、みんな歩くのが下手だった。
それでも、歩くのをあきらめた方がいいと言う人はいなかった。
子どものころ、ほとんどの人は自転車を乗りこなすのに苦労した。
それでも、あきらめるなと言われた。
若いころ、私たちは自動車の運転が思いのほか難しいことに気づいた。
それでも、運転免許証を取得するために、技術を磨く理由はいくらでもあった。
それなのになぜ、職場で創造力に対する自信を磨くという活動は、こんなに危険に満ちているのだろう? なぜ私たちは難しいという理由だけで、クリエイティブな活動を早々とあきらめてしまうのだろうか? ほとんどの人は、みんなの前でひとりきりで歌うのをためらう。
しかし、歌うのにふさわしい状況さえあれば、進んでマイクを取るのだ。
トムが初めてカラオケの機械を見たのは、 1985年ごろ、タバコの煙の立ち込める東京都心部のバーでのことだった。
酒に酔ったビジネスマンが音程を外しながらシナトラの曲を歌っていた。
初めてそのカラオケ店を訪れた客なら、そのビジネスマンが〝酒の力〟を借りて歌う勇気を奮い起こしたのだと思うかもしれない。
飲み放題の酒というのは、カラオケでマイクを握るほぼ必須の条件のように思える。
しかし、アルコールを大量に飲めても、誰も歌わないバーやレストランはいくらでもある。
そこで、私たちはそれ以来、みんなで気楽にわいわいと歌う楽しみや、その根底にある文化的現象のことを、「カラオケ・コンフィデンス」と呼ぶようになった。
カラオケ・コンフィデンスは、創造力に対する自信と同じで、失敗や評価に対する恐怖のない状況で生まれる。
しかし、カラオケ・コンフィデンスを手に入れるには、必ずしも天性の歌唱力や目先の成功が必要なわけではない。
実際、カラオケ経験の長い人なら誰でも認めるように、聴いている人が歌唱力に気づく(さらに」さらにはコメントする)こともないわけではないが、耳障りでも夢中で歌っている初心者に対しては、応援や拍手が送られることも多いのだ。
聴衆が心から応援してくれていると感じると、その人はもういちど歌いたくなる。
そして、次はもう少しうまく歌えるようになる。
カラオケ・コンフィデンスにはいくつかの重要な要素があるようだ。
そして、その要素は、どんな組織でもイノベーション文化を築くのに欠かせないものだと気づいた。
そこで、次回のカラオケ体験──そして自社のイノベーション文化──を向上させる5つのコツをご紹介しよう。
●ユーモアのセンスを忘れない。
●ほかの人のエネルギーを活用する。
●上下関係をなるべくなくす。
●チームの仲間意識や信頼を重視する。
●評価を(少なくとも一時的に)後回しにする。
現在、私たちはこの原則や考え方をほとんどの活動に活かしている。
グループ内で創造力に対する自信を育てるには、チームの社会生態学的な側面を考えるといい。
人々は安心してリスクを冒し、新しいアイデアを試すことができるか? 全員にとって耳の痛いことでも率直に話せる雰囲気がグループ・メンバー内にあるか? アイデアは企業階層の上下へと自由に流れているか? それとも組織が〝正規のルートを通す〟よう奨励しているか? IDEOや dスクールでは、「それは悪いアイデアだ」「うまくいかないだろう」「前にも試したことがある」とはまず言わない。
他者のアイデアに賛成できないなら、「もっと良くするには? どんな要素を加えれば名案になるだろうか?」「このアイデアを参考に新しいアイデアを生み出せないか?」と自問するようにしている。
そうすることで、アイデアの流れを断ち切るのではなく、創造力の勢いを保つわけだ。
ほかの人の貢献に冷や水を浴びせれば、会話がぷつんと途切れかねない。
新しい場所や予想外の場所に到達するためには、アイデアのキャッチ・ボールが欠かせないのだ。
ほかの人のアイデアを土台にするという考え方を受け入れれば、あらゆる種類の創造力を解き放つことができる。
すると、次のようなことが起きる。
ある日、 IDEOの 4人のチーム・メンバーは、ユーザーの実地調査という長い 1日を終え、車でホテルに戻っているところだった。
すると、ポスト・イットがなくなりかけていることにふと気づいた(注 7) 。
IDEOのオフィスの写真や動画をご覧になったことがあるならお気づきだと思うが、私たちにとってポスト・イットは、インタビュー結果を書き留めたり、アイデアのブレインストーミングを行なったり、プロセスのステップを記録したりするのに欠かせない道具だといっても過言ではない。
私たちはほとんどどんなことでもポスト・イットに書き込み、壁やボードに貼る。
オフィス全体がポスト・イットで埋め尽くされているのだ。
そのため、チームはこんな夜遅くに、一刻も早くポスト・イットをどこかで調達しなくてはならなかった。
するとあるチーム・メンバーが、強烈な冗談と皮肉の中間くらいの意味を込めて、「使用済みのポスト・イットを再利用すればいいのさ。
前と同じアイデアが出たら、使用済みのやつをまた貼るんだ」と言い、全員が大笑いした。
笑いが収まると、このアイデアをきっかけに新しい案が次々と飛び出してきた。
全員が前の人のアイデアを発展させたり、新しいアイデアを思いついたりして、会話に加わった。
ポスト・イット回転式名刺整理器、ポスト・イット・ビンゴ、ポスト・イット・マップ……。
市場にはすでに 4000種類くらいのポスト・イット商品が存在している(注 8)。
それでも、彼らは遊び半分でアイデアのキャッチ・ボールを続け、とうとう新しいポスト・イットを発明した。
カーボン紙が挟み込まれているポスト・イット・パッドだ。
ポスト・イットにアイデアを書き込み、ボードに貼ったとしても、パッド内にカーボン紙が残っている。
いっさい余分な手間なしで、アイデアの流れがパッド自体に記録されるわけだ。
彼らはすぐに新しいポスト・イットを「フロースト・イット」と名づけた(ポスト・イットと韻を踏んでいる)。
車を運転していた IDEOのチーム・メンバーは笑いが止まらなくなり、わざわざ車を停めたくらいだった。
おそらく、「フロースト・イット」が商品化されることはないだろう(プロトタイプを作ってみたデザイナーはいたが)。
しかし、このアイデアが生まれた経緯を見れば、創造のコラボレーションが真価を発揮するとどうなるのかがわかる。
評価や失敗に対する恐怖を感じることのない、信頼し合える集団の中でアイデアを交換するのは、時として刺激的だ。
あなたのアイデアがほかの人のアイデアを刺激する。
あなたひとりで同じアイデアを思いつくのは難しかっただろうし、思いついたとしてももっと時間がかかっていただろう。
しかも、みんなで考えるほど楽しくはなかったに違いない。
これまで、私たちは世界でもっとも厳しい要求を抱える会社と何千回もイノベーション・プロジェクトをこなしてきた。
その経験からいえば、全体は部分を足し合わせたものよりもずっと大きいのだ。
この種のイノベーション・チームを機能させるには、みんなが共有する解決策に向かって一緒に取り組むという考え方を受け入れなければならない。
最終結果は誰かひとりの手柄ではない。
全員の貢献のおかげなのだ。
そう考えれば、ひとりひとりが〝自分のアイデア〟を守ったりアピールしたりするのではなく、グループ全員がアイデアを共有することに満足できるようになる。
最近、私たちのあるプロジェクトのチーム・メンバーたちは、クレジットを明確にするために、アイデア創造セッションでポスト・イットの 1枚 1枚に発想者の名前を書いてほしいとクライアントに頼まれた。
これにはかなり苦労した。
アイデア創造セッションでは、私たちは他者のアイデアを直接土台にして、流動的にアイデアを発展させていくことに慣れきっている。
そのため、「これは私のアイデアです」と言うのは、まったく企業文化に反するような気がしたのだ。
コラボレーションが特に効果を発揮するのは、色々な経歴や見方を持つチーム・メンバーがいるときだ。
だからこそ、私たちはエンジニア、人類学者、ビジネス・デザイナーに、外科医、食品科学者、行動経済学者を織り交ぜたプロジェクト・チームを作るわけだ。
分野の枠を超えた多様なチームを組んで作業することで、ひとりではとうてい到達できないようなところに到達できる。
さまざまな人生経験や異なる見方をひとつに集めることで、創造性に張りが生まれ、より革新的で面白いアイデアが生まれることも多いのだ。
dスクールの過激なコラボレーション dスクールでは、学問分野の垣根を超えた議論を促し、教室内の体験を向上させるため、チーム・ティーチングをよく用いている。
従来の教育アプローチでは、教授は昨年や一昨年と変わらない講義を行ない、学生が一字一句を書き留めようとする。
講義のあとに少しだけ議論を行なうこともあるが、学生も助手も批評的な意見を述べることは少ない。
こうして、教授は車に乗り込み、自宅に帰る。
今日もうまくできたという満足感に浸りながら。
しかし、ほかの学部の教授や業界の実践者を教室で融合させれば、とたんに集団的な力学が生まれる。
デイヴィッドが初めて dスクールにチーム・ティーチングを導入する考えを発表したとき、教授たちは順番に短い講義を行ない、最後にちょっとした議論をするのだと思っていた。
しかし、実際の内容はそれとはだいぶ異なる。
dスクールの教授たちはお互いの考えに疑問を投げかけ、積極的に意見の対立を求め、活発に議論する。
さまざまな見解が表明される。
学生たちは演壇上でたったひとりの教授が話す〝正解〟に耳を傾ける代わりに、批評的に考え、質問をし、自分の立場を明らかにしなければならない。
教員チームのメンバーたちが意見について話し合い、反論を交わすあいだ、彼らや学生たちは新しい解決策や考え方を見つけ出していく。
つまり、これは学生が自ら創造的思考を発揮できる教育モデルなのだ。
こうして学生たちは、イノベーションにはたいてい答えがいくつもあるという事実をじかに体験するわけだ。
多様な考えの持ち主を集めるという方法は、複雑で多次元的な課題に直面しているときに特に役立つ。
アメリカのジェットブルー航空は、 2007年にカスタマー・サービスの悪夢を体験すると、その教訓を痛感した(注 9)。
着氷を伴う暴風雨でジョン・ F・ケネディ国際空港が 6時間閉鎖されると、ジェットブルー航空の業務上の欠陥が露呈し、 6日間にわたって航空便の混乱が続いた。
10時間にもわたって滑走路上に取り残された乗客もいた。
この混乱の影響で、ジェットブルー航空は推定 3000万ドルの損失を被り、取締役会は創設者兼 CEOのデイヴィッド・ニールマンを解任せざるをえなくなった(注 10)。
ジェットブルー航空の回復が遅れた根本原因は複雑であり、いくつもの要因が絡んでいた。
問題の診断と解決に当たるため、ジェットブルー航空はまずコンサルタントを雇い、 100万ドル以上をかけて長大な報告書をまとめた。
それでも何の改善も見られないと、空港・人材計画担当責任者のボニー・シミーは、上司に別の戦略を提案した。
ボニーはトップダウンの視点に頼る代わりに、分野の枠を超えたチームを築き、ボトムアップ型のアプローチを試してはどうかと提案した。
この斬新な見方が生まれたのは、彼女の多彩で非凡な経歴のおかげだろう。
彼女はあるときはオリンピック選手(サラエボ、カルガリー、アルベールビルのリュージュ代表)、あるときはスポーツ・キャスター、そしてあるときはユナイテッド航空の操縦士として活躍していた。
ボニーは、操縦士、客室乗務員、運航管理者、乗務員スケジュール担当者など、第一線の業務に当たるあらゆる人々に、 1日だけ時間をもらう許可を得た。
彼女は、悪天候などで〝運航の乱れ〟が生じている最中に起こる出来事の複雑な相互作用を洗い出してもらおうと考えていた。
初めは、このアプローチを疑問視する声が多かった。
「部屋にいる人の 4分の 3は疑っていて、残りの 4分の 1はバカにしていました」とボニーは語る。
それでも、やってみることにした。
彼らは雷雨の影響で 40便が欠航になったという想定で、運航回復のために取る行動のあらゆるステップを黄色のポスト・イットに列挙していった。
そして問題が見つかった場合は、ピンク色のポスト・イットに書き込んだ。
その結果、たとえば管理者によって、欠航する便を一覧する表計算ソフトのシートの形式が違うことがわかった。
データの表示方法の違いが、伝達ミス、混乱、そして最終的には違う便の欠航につながっていたのだ。
1日が終わるまでに、 1000枚を超えるピンク色のポスト・イットが書き込まれると、ボニーはその中でももっとも重要な問題に対処する特別部隊を組むことを認められた。
その後の数カ月間で、彼女はジェットブルー航空の 120人の従業員と仕事に当たった。
その大半は有志で参加した時間給労働者だった。
業務の流れを変える権限を手に入れた人たちは、活動を支える「驚くべき伝道者」になったのだとボニーは言う。
集団に答えを求めたことで、ボニーはひとりきりでは成し遂げられなかったことを実現した。
報告によれば、ジェットブルー航空が大規模な混乱から回復するのにかかる時間は、 40パーセント短くなったという。
「オフィスに座ったまま問題を解決することなんてできないとわかります。
外に飛び出して、顧客であれ現場の従業員であれ、実際に問題に対処している人と話をすることが必要なんです」とボニーは言う。
どんな組織でも、分野の枠を超えたグループを築くことで、企業構造や企業階層の壁を乗り越え、新しいアイデアの画期的な融合を生み出すことができる。
このような他家受粉の機会は、オープン・イノベーションを用いて会社の境界を乗り越えればいっそう広がる。
社内の人材のみと協力するのではなく、オープン・イノベーション・サイトに問題や課題を投稿し、世界じゅうのクリエイティブな頭脳の持ち主たちに、解決の手助けをしてもらうのだ。
独自のオープン・イノベーション・プラットフォームを構築して会話を始めてもいいし、「イノセンティブ」のような他社のサイトを利用する手もある。
私たちは数十年間にわたり、 IDEOチームやクライアント・チームの創造力だけを頼りにしてきたが、もっと大規模に他者のアイデアを利用し、オープン・イノベーション・プラットフォームを社会的利益に活かせるよう、「 OpenIDEO」というデジタル・コミュニティを設立した(注 11)。
OpenIDEOは、 2010年の開始以来、経験豊富なデザイナーから興味のある初心者まで、ありとあらゆる経歴や業界の人々を惹きつけてきた。
現在では、世界の大半の国から 4万 5000人近い人々が参加している。
実際に顔を合わせることはないかもしれないが、不景気に喘ぐ都市の活性化から、コロンビアの妊婦向けの超音波サービスのプロトタイピングまで、数々の取り組みで大きな役割を果たしてきたのだ。
イノベーション・チームを育てるには(注 12) 多種多様な経歴を持つ人々と働くのは貴重な機会だが、だからといって簡単とはかぎらない。
創造力同士がぶつかることもあるからだ。
しかし、対立する意見や見方を乗り越えてこそ、斬新なアイデアが生まれることもあるのだ。
チームの創造性を最大限に働かせるためには、スタンフォード dスクールの臨床心理学者(通称「 dシュリンク」)のジュリアン・ゴロツキーと、元学生のピーター・ルービンが dスクールで開発した原則を覚えておくといい。
彼らは、メンバー同士が協力的で、正直で、共感的で、オープンで、互いに心を割って話せるチームを築くため、この原則を生み出した。
もちろん、その目的はクリエイティブなアイデアを促すことだ。
お互いの強みを知る。
チームをスーパーヒーロー集団ととらえてみよう。
ひとりひとりがユニークな特殊能力や弱点を持っている。
チームの効率を最大化し、それぞれの強みを活かせるような役割分担をしよう。
多様性を活かす。
異なる見方同士に生まれる緊張関係こそ、多様なチームを創造性の宝庫にする。
一方で、それは対立や誤解の原因にもなりうる。
しかし、多様性を本当に重視するチームは、リスクのある会話を避けようとするよりも、むしろ積極的に求めようとするのだ。
プライベートをさらけ出す。
私生活を仕事と切り離すと、創造的思考に支障が出る。
仕事でありのままの自分をさらけ出そう。
チーム会議の冒頭で、ひとりひとり順番に「調子はどうだい?」と確認するのもいいし、単に「何か個人的な話を聞かせてくれ」とたずねるのもいい。
ひとりひとり違った人生経験があるはずだ。
「仕事上の関係」の「関係」の部分を重視する。
私たちが dスクールのチームに、「今から 5年後に振り返ったとき、もっとも大事だと思うものは何だろう?」と聞くと、単なるプロジェクトの成果ではなく、たいていは「チームメイトとの関係」という答えが返ってくる。
全体像の中で物事をとらえるクセを付けよう。
チームの体験を事前に構築する。
今後どのように助け合っていくつもりか? どのような原則に従いたいのか? 今回のプロジェクトで、個人的な面と仕事の面で何を達成したいのか? 楽しむ! 一緒に時間を過ごし、お互いをよく知ることを優先しよう。
楽しみを共有すれば、コラボレーションの効率は増す。
チームでハイキングに行く、夕食会を開く、ゲームをする、汗を流すなど、何でも OKだ。
場所の持つ力 創造性の価値を心から信じているなら、創造性を会社の構造やあらゆるコミュニケーションに盛り込むべきだ。
創造性を採用プロセスや人事評価の考慮対象にし、会社のブランドの一部にしよう。
イノベーション文化を強化する機会として、ひとつ見落とされているのは、物理的なスペースだ。
つまり、仕事の日に活動時間の大部分を過ごす職場環境に、イノベーション文化を組み込むという視点が抜け落ちているのだ。
オフィス環境次第で、職場は生気を失うこともあれば、活気にみなぎることもある。
チーム──特にチーム・リーダー──は、平凡なスペースを非凡なスペースに変える機会をいくらでも探すことができる。
トムは著書『イノベーションの達人!』で、「舞台装置家」と呼ばれる人材が創造力を最大限に発揮できる職場を築いていく様子について説明している(注 13)。
実際、私たちは常にそのような職場を築く新しい方法を模索しているのだ。
ある最近の IDEOプロジェクトで、私たちはアメリカのロック音楽界の定番ブランドと共同で、ファンにずっと大事にしてもらえるような収集品を開発した(注 14)。
ヨーロッパのデザイナーのヨーグ・ステューデントとエルガー・オーバーウェルズは、「エアストリーム」にインスピレーションを求めた。
エアストリームといえば、チャールズ・リンドバーグ操縦の「スピリット・オブ・セントルイス号」の設計者が生み出した、アルミニウム製のキャンピング・トレーラーだ。
すると、彼らはアイデアを思いついた。
アメリカ誌に残る傑作である年代物のエアストリーム・トレーラーを手に入れ、プロジェクト・スペースとして活用し、当時の時代精神に浸ってみてはどうだろう? チームは 1969年製のエアストリーム「ストリームライン・プリンス」(流線型の王子)を探し出し、構内に駐車場所を見つけた。
定番のピンク・フラミンゴを外に置き、壁に古い写真を貼ると、トレーラーはたちまちアットホームな雰囲気になった。
ふたりのデザイナーには少し窮屈だったが(エルガーは身長 1メートル 90センチ、ヨーグは 1メートル 95センチもある)、チームの創造性を狭めることはなかった。
「この特別なスペースのおかげで、今まででいちばん刺激的で楽しいプロジェクトになりましたよ。
やる気や集中力がみるみる増したんです」とヨーグは話す。
みなさんの会社には、年代物のエアストリーム・トレーラーを置くスペース(や、その必要)はないかもしれない。
それでも、周囲の環境にちょっとした追加や変更を行なって、現在のプロジェクトのインスピレーションの源に変えることはできないだろうか? 私たちが実験的に試しているもうひとつの創造スペースは、「デジタル・ユルト」と呼ばれるものだ(訳注:ユルトはモンゴル人などの遊牧民が用いる移動式テント)。
これは私たちがスチールケース社の友人から長期的に借りているものだ。
パロアルトにある IDEOのデザイン・スタジオのロビーに入ると、いやがおうでも目に飛び込んでくるのが、このユルトだ。
純白のデジタル・ユルトは、上下が内側にすぼんだ直径 4メートル弱の円筒形をしていて、小さな宇宙船が床の上に浮いているようにも見える。
デジタル・ユルトは少人数向けの楽しい半個室の打ち合わせスペースであり、何世紀も前からモンゴルで使われている芸術的なテントにヒントを得て作られた。
デジタル・ユルトでは、カジュアルなビジネス上の会話が数えきれないほど交わされてきた。
しかし、 IDEOの文化をいっそう強化している私たちお気に入りの要素といえば、ユルトそのものではなく、真ん中に置かれている白い丸テーブルだ。
子どものころ、「家具に落書きしちゃいけません」と母親に教えられた覚えはないだろうか? これは、私たちが現代社会の〝行儀の良い〟一員として心に刻み込んでいる無数のルールのひとつだ。
しかし、ひとたびユルトの中に座ると、いつもとは違う行動を取ってもいい場所なのだという明確なメッセージを受け取る。
実際、ほとんど全員がユルト内に置かれている白い丸テーブルに何かを描きはじめるのだ。
それも無断で。
いったい何が〝常識〟をくつがえさせているのか? まず、テーブルの表面はすべて紙でできている。
ドーナツ型の白い紙が膝くらいの高さまで積み重ねられているのだ。
直径は車のタイヤとほぼ同じで、文字や絵で埋まったら、破り取ることができる。
この丸テーブルの中心には巨大な器が置かれていて、太い色鉛筆が何十本も入っている。
つまり、このユルト内の環境は、明確な非言語メッセージを送っているわけだ。
紙はよくいわれる「白紙状態」である。
つまり、好きなように書き込める空白のスペースの役割を果たしている。
そして、使い古しの色鉛筆は、もちろん単なる見せかけのために置いてあるわけではない。
多くの人は、前の人が描いた絵を見たとたん、「ここでは古いルールを忘れて、新しく描きはじめてもいいのだ」と気づく。
スペースはこれほど影響を及ぼすものなのだ。
パーティにふさわしい雰囲気が「心の中のパーティ熱」を呼び覚ますのと同じで、職場にふさわしい環境は、時として潜在的な創造力を呼び覚ます。
オープン・スペースはコミュニケーションや透明性を促す。
幅の広い階段は別の部門の人々同士の偶然の会話を促す。
ホワイトボードのように書き込めるスペースがあれば、自然発生的なアイデア創造セッションを促す。
専用のプロジェクト・スペースはチームの結束力を高める。
だから、職場のスペースを意図的に選ぼう。
大半の組織にとって、職場のスペースは人件費に次いで 2番目に大きな出費だ。
したがって、職場のスペースにもっと賢くお金を使うべきなのだ。
賢くクリエイティブなチームを築き、非凡な成果を成し遂げてもらいたいなら、平凡で冴えないスペースで働かせてはいけない。
dスクールの設立当時、私たちはすぐに常設のオフィスを構えられたわけではない。
4年連続でキャンパス内の4つの場所に移転せざるをえなかった。
初めのころ、見通しは間違いなく暗かったのだが、今にして見れば、このころに貴重な教訓を学んだ。
dスクールは、キャンパスのはずれにあるおんぼろのダブルワイド・トレーラーで始まった。
私たちは壁を取り壊し、ツー・バイ・フォー材と透明なポリカーボネート材を使って新しい壁を作り、台の上にドアを乗っけてテーブルを作った。
学生たちは何でも好きなことができた。
たとえば、目に入った面に片っ端からドリルで穴を開けることも。
それから、 dスクールはコンピューター端末がずらりと並ぶオフィス・スペースへと移転した。
私たちは床に敷かれた安っぽくて無機質なカーペットを剥がし、コンクリートの床をむき出しにした。
次は、周囲に博士たちのオフィスが立ち並ぶ流体力学の実験室に移転した。
そして最後が、現在の dスクールがある場所だ。
ここはかつて製図スタジオとして使われていた。
dスクールはこれほど頻繁に移転を余儀なくされたため、何度もスペースのプロトタイプを作り直し、毎年数百人の学生とともに改変やテストを繰り返さなければならなかった。
入居してしばらく集中的にスペースを利用するうちに、順調な部分とそうでない部分のリストが自然とできあがり、次にスペースをデザインする際の参考になった。
移転は確かに一苦労だったし、ストレスも多かったが、一からやり直すたびに色々なことが改善されていくのを見るのは、快感でもあった。
つまり、現在の dスクールのスペースは、それまでのすべてのスペースの洞察を形にしたものなのだ。
私たちがその過程で学んだ教訓をいくつかご紹介しよう(一部の内容は dスクールの「環境コラボラティブ」共同ディレクターのスコット・ドーリーとスコット・ウィットフトの著書『メイク・スペース』でも説明されている)。
(注 15) ●人々の関係を保つ。
ただし密接すぎてはダメ。
私たちは密接なコラボレーションを求めていた。
しかし、教職員全員をひとつのテーブルに集めるのは、密度が濃すぎた。
現在では、ひとりひとりにデスクがあるが、全員が仕切りのないオープン・スペースに集まっている。
●音に留意する。
トレーラーに木材とポリカーボネートの間仕切りを設けたのは、オープンな雰囲気やコラボレーションしやすい雰囲気を作り出すためだった。
しかし、いざ利用しはじめると、音のプライバシーは重要だとわかった。
間に合わせの壁でエリアを区切ってはいたものの、音が漏れて集中しづらかったのだ。
●適所に柔軟性を加える。
チームはソファ、テーブル、間仕切り、ホワイトボード、備品用のカートまで、あらゆるものにキャスターを付けた。
この柔軟性のおかげで、色々な用途にすばやく切り替えることができた。
しかし、柔軟性にも限度があることもわかった。
度を超えると、自由よりも混乱の方が大きくなってしまう(たとえば、コピー機がグラグラするなど)。
●体験に合ったスペースを作る。
スタッフたちは dスクールにいくつかの〝ミクロな環境〟も作った。
このクロゼットほどの大きさのスペースは、アイデアを創造するための〝無菌室〟から高級ラウンジまでさまざまなものがあり、色々な仕事の仕方を提案している。
そして、チームは現在の活動に合ったスペースを選べるようになっている。
●実験が許される雰囲気を作る。
dスクールでは、ほとんどの表面が未加工の合板、発泡スチロール板、コンクリート、ホワイトボードでできており、入念な仕上げはまったくといっていいほど行なわれていないので、「大事に扱わないと」という感じはいっさいしない。
粗雑な素材は、「取扱注意」ではなく「ご自由に実験を」というシグナルになる。
というと当たり前に思えるが、実際の企業の世界ではあまり実践されていない。
トムは何年も前に、高名なフォーチュン 500の大企業のできたてほやほやの学習センターで、ワークショップを開催したことがある。
ところが、私たちがワークショップで使う貼り紙を壁に貼ろうとすると、誰かが止めに入ってきて、「塗装面にモノを貼ってはいけないという規則があるんです」と言われた。
学習センターの壁が学習プロセスの妨げになっているとしたら、考え直した方がいいかもしれない。
●巨大なスペースのプロトタイプでも躊躇せず作る。
お金をかけなくても実寸大のプロトタイプを製作することはできる。
新しいスペースのレイアウトをチョークで描く。
ひもや長いブッチャー・ペーパー(訳注:直訳すると肉屋の紙。
包装や工作に使われる安価なクラフト紙)を使って壁を再現する。
安い素材でも、新しいスペースを視覚的に表現することはできる。
そうすれば、入居を予定している人々は、色々な選択肢を試したり、その場所の〝雰囲気〟を思い描いたりできるのだ。
●演出を施す。
大々的にリリースする前に、まずは小さな実験を行ない、精度の低い実寸大のプロトタイプで体験してアイデアに慣れてもらう。
人々を集め、新たな始まりを祝う。
たとえば、シャンパンを開けて新しい建物の命名式を行なってもいいし、新しいスペースに入居するグループを集めてカギの贈呈式を行なうのもいい。
たとえば、年に 1回移転するというような制約を自分で課すのは、バカバカしくも聞こえだろう。
だが、グループのみんなが常に気を抜くことなく自分を変えていく努力を後押しすることにもなる。
だから、物事をかき混ぜる機会を探そう。
スペースのリフォームを予定しているなら、現在の場所でも仮の場所でもいい
から、新しいスペースのアイデアをプロトタイプ化してみよう。
新規のプロジェクトを抱えているなら、そのプロジェクトに合わせて周囲の環境を調整できないか探ってみよう。
職場環境を変えるのが習慣になれば、より組み替えやすい動的な職場環境が自然と生まれるだろう。
だから、惰性や現状維持ではなく、柔軟性を重視したスペースをデザインしよう。
言葉が思考を作る 言語は思考の結晶だ。
しかし、人々が選んで使う言葉は、その思考パターンを表わすだけではない。
言葉が思考パターンを形作るのだ。
私たちの発言や言葉遣いは、企業文化に大きな影響を与えることもある。
人種差別や性差別と闘っている人なら誰でも、言葉にどれだけ影響力があるかを理解している。
考え方や行動を変えるには、まず言葉遣いを変えるのが有効なのだ。
同じことは、イノベーションにも当てはまる。
新しいアイデアに関する会話に影響を与えれば、より幅広い行動パターンにも影響を及ぼせる。
ネガティブな考え方や敗北主義的な考え方は、ネガティブな言葉や敗北主義的な言葉を生む。
その逆もまたその通りだ。
数年前、私たちはジム・ウィルテンスを招待した。
彼は無類のアウトドア好きであり、作家、冒険旅行家でもある。
また、講演家として、北カリフォルニアの学校の才能ある子どもたちを対象に、独自のプログラムでも教えている。
彼は自身のプログラムで、ポジティブな言葉の威力を訴えている(注 16)。
そして、ジムは率先してその模範を示している。
ジムの口から「できない」という言葉が出てくることは、文字どおりいちどもない。
彼はこの恐ろしい言葉を発しないようにするため、できる物事を強調するような前向きな言い回しを使っている。
たとえば、「 ~ならできる」という具合に。
実際、彼が「できない」と口走っているところを咎めたら 100ドルを払うと生徒たちに約束しているほどだ。
ジムのやり方は大人には少し単純すぎるって? 早合点してはいけない。
キャシー・ブラックは、大手出版社「ハースト・マガジンズ」の社長に就任したとき、ネガティブな会話パターンが原因で、新しいアイデアの生まれにくい環境ができあがっていることに気づいた(注 17)。
この会社に近い人物の話によれば、まず否定してかかるというのが、経営幹部たちの皮肉な信条になってしまったのだという。
そこでブラックは、上層部の人々に、「それは前にも試しました」とか「それはうまくいかないでしょう」と言うたびに 10ドルの罰金を科すと伝えた。
(企業幹部と教師の違いに注目してほしい。
ビジネスパーソンは自分自身ではなく他人に罰金を科すのだ。
) 10ドルは幹部たちにとっては微々たる額だったが、人は同僚たちの前で恥をかきたくないものだ。
この規則を何度か実行しただけで、社内で先ほどのような否定的な表現は聞かれなくなった。
それどころか、よりポジティブな言葉遣いに変えたことで、もっと大きな影響も表われた。
ブラックは、ハースト・マガジンズの社長就任中、出版業界のもっとも厳しい時代を乗り切り、コスモポリタン誌をはじめとする旗艦ブランドの好調を維持しただけでなく、オプラ・ウィンフリーの『 O』誌のような新しいメガヒットも生み出した。
一方で、ブラックはアメリカのビジネス界でもっとも有力な女性のひとりにまでのぼり詰めた。
ネガティブな会話パターンに代わる表現のひとつといえば、「どうすれば ~できるだろうか?」( How might we…、直訳すると「私たちはどのように ~しうるだろうか?」)という言葉だ(注 18)。
これは salesforce. domの現プロダクト・デザイン担当上級副社長を務めているチャールズ・ウォーレンから数年前に教わった言葉であり、世界の新しい可能性を探すときに役立つ楽観的な表現だ。
この表現はものの数週間で IDEOじゅうに広まり、それ以来すっかり定着している。
これは拍子抜けするくらいシンプルな表現だが、クリエイティブな集団に対する私たちの見方を見事にとらえている。
「どのように」( how)の部分は、常に改善が可能であり、残るは「どのように成功させるか」の問題だけだと暗に示している。
「しうる」( might)の部分は、一時的にハードルを少し下げている。
そのおかげで、最初から自分に歯止めを利かせるのではなく、突拍子もないアイデアや非現実的なアイデアを考え、大きな躍進の可能性を高められるわけだ。
そして、「私たちは」( )の部分は、課題に挑むのが誰なのかを示している。
しかも、課題に挑むのが単なる集団ではなく、私たちの集団であるという意味合いも込められているのだ。
この 10年間で IDEOと仕事をした経験のある人や、 OpenIDEOのソーシャル・イノベーション課題に参加した経験のある人なら誰でも、間違いなくこのオープンな質問を耳にしたことがあるはずだ。
しかし、この表現を使うのは、単なる意味上の問題ではない。
思考は言葉に変わり、言葉は行動に変わる。
したがって、言語の部分を正せば、行動に影響が出るのだ。
現状を守ろうとする人はたいてい、「私たちはずっとこのやり方でやっている」とか「そんな風にやる人はいない」と言う。
「なぜ」という質問を繰り返せば、 8歳の子どもでさえこういう言い訳を論破できるだろう。
しかし、大人は言葉のシンプルな威力を忘れてしまうこともある。
ぜひみなさんも、自分のグループの言葉遣いを見直し、言葉遣いが文化に及ぼす良い影響を確かめてみてほしい。
イノベーションを起こす増幅型リーダー これまで、イノベーション文化を生み出すさまざまな方法を紹介してきたが、いずれもトップに立つリーダーたちの影響をもろに受ける。
リーダーは文化を押しつけることはできないが、育むことならできる。
創造性やイノベーションが生まれやすい状況を作ることもできる。
たとえるなら、創造の文化を開花させ、成長させるための熱、光、水分、養分を与えることはできるのだ。
また、有能な人々の最善の努力を集約させ、イノベーティブで優秀な集団を築くこともできる。
幸運にも、私たちは IDEOの仕事を通じて、官民を問わず数々の CEOやビジョナリー・リーダーたちと頻繁に会ってきた。
もちろん、ひとりひとりに独自の流儀があるのだが、全員に共通しているのは、チームの人々の持つ能力を見抜き、発揮させる力だ。
この特質は単なるカリスマ性や知能の域をはるかに超えている。
つまり、周囲の人々を育て、最高の力を発揮させるコツを身に付けたリーダーたちがいるのだ。
このようなリーダーを表わす言葉のひとつとして、「増幅型リーダー」( multiplier)というものがある(注 19)。
この言葉は、私たちが作家でエグゼクティブ・アドバイザーのリズ・ワイズマンと話をしているときに聞いたものだ。
組織行動論を学んだ経験を持ち、オラクル・コーポレーションで何年にもわたって国際人材担当の幹部を務めてきたリズは、著書『増幅型リーダー:最高のリーダーはいかにして全員を賢くするのか?( Multipliers: How the Best Leaders Make Everyone Smarter)』の執筆調査の一環で、 4大陸の 150人を超えるリーダーにインタビューを行なった。
その結果、すべてのリーダーは「消耗型リーダー」と「増幅型リーダー」のあいだのどこかに属することに気づいた。
消耗型リーダーとは、厳しい管理体制を敷き、チームの創造力を十分に活かしきれないリーダー。
一方、増幅型リーダーとは、やりがいのある目標を定め、従業員に自分でもできると思っていなかったような劇的な成果を生み出させるリーダーのことだ。
全盛期のスティーブ・ジョブズは、かの有名な「現実歪曲空間」を持つ増幅型リーダーだった。
彼は周囲の人々に不可能なことはないと認めさせ、魔法のごとくやってのけさせる力を持っていた。
そして、誰でも 1回くらいは、消耗型リーダーのもとで働いた覚えがあるだろう。
つまり、どんなに努力しても何の意味もないと感じさせるようなリーダーだ。
チームの影響力を増幅させるには リズによれば、増幅型リーダーはチームや会社の成果を倍増させ、その過程で士気を向上させるという。
以下に、増幅型リーダーになるコツをご紹介しよう。
●有能な人材を惹き寄せる〝磁石〟(タレント・マグネット)になる。
非常に優秀でクリエイティブな人材を惹きつけて維持し、潜在能力を最大限に発揮さ
せる。
●やりがいのある挑戦や課題を見つけ、人々の思考を精一杯に働かせる。
●さまざまな意見を表明し、検討できるような活発な討論を奨励する。
●成果に対する当事者意識をチーム・メンバーに持たせ、彼らの成功に投資する。
ぜひみなさんも、増幅型リーダーの戦略を使って、グループ内の人々に潜在的な創造力を発揮させよう。
それから、次世代を担うクリエイティブなリーダーを常に探すことも忘れないこと。
まだ組織内でそこまでの権限がないなら、思想のリーダーになろう。
権限のある幹部たちの逆メンターになるのもいい。
リーダーシップ術に関する現代の有力な思想家のひとりであるウォーレン・ベニスは、長年を費やして、ウォルトが存命中のウォルト・ディズニー・スタジオ、ゼロックスのパロアルト研究所、ロッキードのスカンクワークスといった画期的なグループについて調べた(注 20)。
彼の研究結果の要点は次のとおりだ。
●グレート・グループは、神から与えられた使命を担っていると思っている。
単なる金銭的な成功の枠を超えて、世界をより良い場所に変えられると心から信じている。
●グレート・グループは、現実主義というよりも楽観主義である。
今まで誰もやったことのないことを実現できると信じている。
「そして、楽観主義者たちは、たとえその楽観主義に根拠がないとしても、大きな成果を上げられる」とウォーレンは記している。
●グレート・グループは、必ず世に出る。
「アイデアを生み出すためだけにできたシンクタンクや、精神生活を深めるリトリートセンターと違い、グレート・グループは行動するための場所である」とウォーレンは記す。
彼は自身の研究をもとに、成功するコラボレーションは「期限つきの夢のようなもの」だと述べている。
ウォーレンのいう「グレート・グループ」(偉大なグループ)が大きな情熱を持ち、高い生産性を発揮することは、 IDEOや dスクールの人々なら全員が理解できる。
そのひとつの理由は、学校のプロジェクトであれ、会社の新しいイニシアチブであれ、私たちがたいてい「われわれ」というひとつの集団で物事に取り組んできたからだ。
強くてクリエイティブなチームに属するというのは、仕事生活の中でも特にやりがいのある側面だ。
そして、最高のチームの一員であるというワクワク感をいったん味わうと、誰もがもういちどそんなチームに属したいと願うものなのだ。
巨大組織の文化を変える 強力なリーダーシップをもってしても、大きな組織の中で文化を変えるのは難しい。
では、組織の内部で一から創造力に対する自信を築くにはどうすればいいのか? そのわかりやすい例として、家庭用品、化粧品、ヘルスケア商品、食品などの製造・販売を手がける会社「 P& G」のエピソードをご紹介しよう。
P& Gは、 A・ G・ラフリーが CEOに就任して 1期目に、劇的な変身を遂げた(注 21)。
その中でも強力なリーダーとして、とりわけ重要な役割を果たしたのが、デザイン・イノベーションおよび戦略担当副社長のクラウディア・コチカだ。
「文化の錬金術師」という呼び名もあるクラウディアは、巨大な企業全体に創造力に対する自信を広めるための忍耐力、粘り強さ、人格力をバランスよく兼ね備えている(注 22)。
彼女は世界最大の消費財メーカーである P& Gで数々の功績を残してきた。
その中でもとりわけ目を惹くのは、ファスト・カンパニー誌の表現を借りれば、「〝どろどろしたものをよりたくさん効率的に〟販売するのが得意な会社を、顧客の生活に喜びをもたらす製品の販売会社へと変えた」ことだった(注 23)。
そして何より、彼女はデザインの学位がなくてもデザインの方法論を活かせることを実証している。
P& Gにやってくる前、彼女は公認会計士としてキャリアをスタートさせたのだ。
A・ G・ラフリーは、初めて CEOに就任すると、デザインを会社の DNAに刻み込んでほしいとクラウディアに頼んだ。
それまで、クラウディアは P& Gで主にマーケティングやゼネラル・マネジメントに携わり、社内のサービス事業を成功に導いてきた。
その過程で、彼女はデザインの方法論を用いるやり方を模索したのだ。
ラフリーは、「 P& Gは〝単なる技術企業〟にすぎない。
だが、技術だけでは十分とはいえない」と彼女に伝えた。
彼は総合的な顧客体験を築きたかったのだ。
クラウディアは 10万人の従業員を、創造力に対する自信を持つデザイン思考家に変えるのは難しいとわかっていた。
デザイン思考について初めて読んだとき、彼女はこんな感想を持った。
「うわあ、私たちのやり方とはかけ離れているわ。
どうすればここに到達できるのだろう? どうすればデザイン思考を学べるのだろう?」 彼女は試してみることにした。
P& Gのビジネス・リーダーたちにメッセージを送信し、解決に力を貸すので、今の最大の問題を教えてほしいと伝えた。
受信トレイは満杯になった。
次に、保守的な P& Gの経営幹部たちを IDEOに送り、デザイナーと肩を並べて難問に取り組んでもらうため、イノベーション基金を設立した。
文化を変えるのは厳しい道のりだった。
P& Gの従業員たちの大半は、今まで経験したこともないようなデザイン・サイクルに取り組んでいたからだ。
あるとき、あるマーケティング幹部がデザイン・スタジオからクラウディアにパニック状態で電話をかけてきて、「この人たちにはプロセスというものがまるでない! P& Gのやり方を教えなきゃ」と言った。
クラウディアは彼女をなだめ、もう少しだけ付き合ってやってほしいと頼んだ。
彼女はその言葉に従った。
そして最後には、新しいイノベーション手法の熱烈な支持者になった。
その後、クラウディアはイノベーションの実践者を招き、 P& Gでワークショップを実施した。
最終的には、従業員が自分たちでワークショップを進行できるよう、従業員にワークショップ・プロセスのファシリテーター(進行役)としての教育を積ませた。
あるワークショップで、オレイ・チーム(訳注:オレイは P& Gのスキンケア・ブランドのひとつ)はある問題に取り組んだ。
消費者はオレイ・シリーズの各種商品の違いがわからずに困っていたのだ。
もともと、チームはパッケージのデザインを変更する予定だったのだが、ワークショップを実施した結果、その案を白紙に戻した。
というのも、消費者が店舗の棚にやってきたころには、すでに手遅れになっているとわかったからだ。
望みの商品がどれなのか事前にわかっていなければ、店舗に来たところでわからないのだ。
そこで、チームは問題の枠組みをとらえ直すことにした。
その結果、「オレイ・フォー・ユー」(あなたに合ったオレイ商品)というウェブサイトが設けられた。
このサイトを利用すれば、店に行く前にどの商品を使えばいいかを確認し、ひとりひとりに合ったオススメを受け取れるのだ。
P& Gは同じような方法で、着実に製品を開発してきた。
しかし、クラウディアにとってそれよりもはるかに貴重なのは、 P& Gの経営幹部たちがデザイン・サイクルを通じて創造力に対する自信を手に入れたことなのだ。
そのワークショップとはどんなものだったのか? 3日間の短期集中型のワークショップで、従業員たちはブレインストーミング、エンド・ユーザーの調査、
プロトタイプの構築、コンセプトの具体化というプロセスを活かし、目の前の問題に取り組んでいった。
上級幹部たちの多くは、ワークショップに到着するとまずパワーポイント・プレゼンテーションが待っているのだろうと期待していた。
「開始早々、私たちは幹部たちを消費者と組ませます。
すると幹部たちは混乱して、〝予定表を見せてくれ〟と言います。
でも、〝ごめんなさい、ないんです〟と答えます。
ワークショップはものすごい速さで進むので、プロセスに疑問をはさむ暇はありません。
そして、すぐに没頭してしまうんです」とクラウディアは話す。
P& Gのある副会長は、今までに経験した中で最高の研修だったとクラウディアに語った。
研修を受けている感じがしないし、自分のグループにとって重要な真の問題を解決しようとするものだったからだ。
「ワークショップは毎回成功でした。
参加者は自分が期待すらしていなかったヒントを持ち帰ることができたんです」とクラウディアは言う。
さらには、 A・ G・ラフリーまでもがクラウディアのところに問題を持ち寄ってきた。
どうすれば事業部門を個々のプロフィット・センター(訳注:収益とコストが集計される独立した事業単位)として孤立させることなく、互いに連携させることができるのか? というものだ。
実験する許可を得たクラウディアと P& Gは、この組織変革の最中に、次のようないくつもの点を学んだ。
●指標や成果だけでなく、証言にも説得力がある。
新しいイノベーションの方法論を体験した人々の話やお墨付きは、その価値をほかの人に納得してもらううえで重要な役割を果たした。
「ワークショップに時間をかけるだけの価値があると信じなければ、誰も参加しようとしなかったでしょう」とクラウディアは言う。
●プロトタイピングは、イノベーションの道具としても文化的な価値としても強力である。
「すべてはプロトタイプです。
ですから、私は全員に〝これはプロトタイプですから〟と言いました。
これにはふたつの意味合いがあります。
ひとつは、失敗が許されるということ。
もうひとつは、うまくいっていないところがあればフィードバックをくださいということです」とクラウディアは話す。
その結果、アイデアは神聖なものではなくなった。
アイデアが却下されても、気を悪くしたり、アイデアがつぶされたと感じたりしなくてすんだのだ。
「一言でいえば魔法です。
とんでもない効果があるんです。
人々が何かにとらわれていると、そこから連れ出すのは大変ですし、どうしても気持ちを傷つけてしまうからです」 ●あらゆる分野の人々を教育することで、広まりやすくなる。
購買、サプライ・チェーン、市場調査、マーケティング、研究開発、さらには財務まで、あらゆる分野の人々に教育を施すことで、組織全体に創造力に対する自信を吹き込むことができた。
「財務部の人々は驚くほどクリエイティブです。
彼らはワークショップで初めて消費者と話をしたのですが、一発で夢中になってくれました。
その結果、何て言ってくれたと思います? これからは仕事に全身全霊を捧げるつもりですと言ってくれたんです」とクラウディアは話す。
こうして、組織じゅうにファシリテーター(推進役)が生まれた。
「人事担当者がイスに座りながら〝女性のつなぎ留めに関してはどう対処しよう?〟と言うと、ファシリテーターのひとりが〝解決に手を貸しましょう〟と言うようになったんです」 クラウディアはできるだけ多くの人々に自分で成功を体験してもらうことで、 P& Gに創造力に対する自信を広めた。
現在、 P& G全体で 300人のファシリテーターがいて、組織のあらゆる面にイノベーション思考を取り入れる方法について、従業員に教育を行ないつづけている(注 24)。
A・ G・ラフリーはクラウディアが P& Gを退社する際、彼女についてこう話している。
「クラウディアのリーダーシップのもと、たった 7年間で、 P& Gに世界トップクラスのデザイン能力を築くことができた。
彼女はデザインやデザイン思考を会社のイノベーション方法や運営方法に刻み込んでくれた。
デザインの威力を信じる彼女の熱意は、われわれのブランドやビジネスを強化してきたのだ」(注 25)みんなが秘めている創造力を活かす 創造力を秘めた人材であふれるこの世界では、名案を導き出すのはトップの人々だけだと決めつけるのは危険だ。
それでも、私たちはこの考え方のもとで運営されている世界的企業をいくつも目撃してきた。
肩書きに「 C」(最高 ○ ○責任者)と付く経営幹部たちがマスター・プランを練り、組織の残りの人々はそれをひたすら実行するだけ。
CEOが企業の成長を永遠に維持できる名案を抱えているなら、組織のほかの人々は自分の才能を活かす必要はないかもしれない。
しかし、 21世紀のもっとも革新的な企業は、従来の指揮統制型の組織から、コラボレーションやチームワークを重視する参加型のアプローチへと、変わってきた。
こういう会社は、社内の全頭脳を結集させ、どこからでも最良のアイデアや洞察を集める。
第一線で業務を行なう人々の声に積極的に耳を傾ける。
アイデアが組織の上へと浸透していくよう、チーム・メンバー全員に対してイノベーション精神を植えつけるのだ。
フランク・ゲーリーは、もっとも偉大な存命中の建築家のひとりだ。
彼は象徴的な建物をいくつも設計してきた。
たとえば、波のようにうねるチタンの外壁が印象的な、スペインのビルバオにあるグッゲンハイム美術館などが有名だ。
キャリアを開始した当初、彼は南カリフォルニアの小さな空港で飛行機の清掃の仕事をしていた(注 26)。
フランクの話によれば、彼はその単純な仕事が気に入っていたそうで、誰かが飛行機の操縦方法さえ教えてくれれば、仕事を続けていたかもしれないという。
考えてもみてほしい。
その小さな航空会社の経営者は、この 100年間でもっともクリエイティブな建築家のひとりに、自分の飛行機を清掃させていたのだ。
しかし、経営者も周りの従業員も、とてつもない創造力が滑走路の上で解き放たれるのを待っていたのを、知る由もなかった。
あなたの会社にも、経理部で表計算ソフトをいじくっている天才的な創造力の持ち主はいないだろうか? 営業チームにフォーチュン 500の大企業の CEOになれそうな人物はいないだろうか? 組織に数十億ドルの価値をもたらす絶好の機会やパートナーを待っている従業員はいないだろうか? こういうイノベーターの卵にアイデアを表明してもらえるような参加の仕組みやプロセスを築いてみてはどうだろう? チームや組織の人々に創造力の許可証、つまり潜在能力を最大限に発揮できる機会をもっと与えてみてはどうだろう? チーム・メンバーの中にイノベーターが見つかれば、会社全体の利益になる。
人々にスキル磨きの機会を与えよう。
そうすれば、大成する可能性を持った意外な人材が見つかるかもしれない。
トヨタが世界最高の自動車会社として君臨しつづけているのは、従業員ひとりひとりにイノベーションを提案する権限を与えているだけでなく、それを仕事の自然な一部にしているからだ。
私たちの知る非常にクリエイティブな企業はみな、会社のあらゆるレベルで創造力を促すような組織構造を築いているのだ。
組織の創造力に対する自信を育むには、まずイノベーション文化を築くことだ。
分野の枠を超えたチームの力を活かし、他者のアイデアを土台にするようみんなに促し、組織全員の能力を増幅させるリーダーになろう。
dスクールのエグゼクティブ・ディレクターのジョージ・ケンベルはときどきこんなことを言う──イノベーションを高めるひとつの方法は、イノベーターを育てることなのだ。
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