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第八章協調性から社交性へ

目次

成長型の社会から成熟型の社会へ

およそ、どんな共同体も、長い時間をかけてコンテクストの摺りあわせを行っている。

しかし演劇は、表面的かもしれないが、非常に短期間に集団でイメージを共有し、コンテクストを摺りあわせるノウハウを持っている。

この技術こそが、いまの日本社会、日本の地域社会に必要なものなのではないかと私は考えてきた。

明治以降一〇〇年、日本は大きな国家目標があり、その国家目標に従って生きていれば、たいていの人が幸せになれるような社会を目指してきた。

富国強兵、臥薪嘗胆、戦後復興、高度経済成長……。子どもは親や大人の言うことを聞き、できるだけいい学校に入り、できるだけ安定した企業に入ることを目指す。

企業に入ってからは上司の言うことを聞いていれば、給料が上がりボーナスが出て、車が買えて家が買えた。私たちは、そういう世の中を作ってきたつもりだった。

しかし残念ながら、そのような社会が幻想に過ぎなかったということを、この二〇年で、私たちは痛いほどに思い知らされた。それは経済の停滞の問題だけではない。

オウム真理教事件、阪神淡路以降のいくつかの震災、相次ぐ大企業の不祥事、様々な偽装事件に象徴されるような社会システムの劣化。

それらを通じて日本人が学んだのは、私たちを守ってくれると思っていた政府も自治体も企業も、学校も宗教も労働組合も、けっして私たちをしっかりとは守ってくれないという事実だ。

私たちは、自らの判断と責任で生きていかなければならない。おそらく、その結果、価値観は多様化し、ライフスタイルも様々になっていく。

実際、上場企業の新入社員にアンケートをとると、六、七割が、「出世を第一には考えていない」と答えるそうだ。

「五時で家に帰してください。家族と一緒に食事をします」「土日は仕事はしません。ゴルフもしません……ボランティアをします/フットサルをします/環境保護運動をします……」もちろん、従来型のモーレツ社員(何と懐かしい言葉だろう)も一定数は残るだろう。

それも含めて日本人の生き方が多様になっていくことは間違いない。これは別に日本だけの現象ではない。どんな国家も、成長型の社会から成熟型の社会へと変容していく過程で、価値の多様化という局面を迎える。

もう給与が上がらないと悟った時点で、人間は自分の固有の幸せを考え始める。

ただ日本にも特殊事情はある。

二度の石油ショックに官民挙げて立ち向かい、世界でもっとも早くこの苦境を脱した。そのあとにバブル経済が来て、構造改革が少なくとも二〇年は遅れてしまった。

政権交代のない政治システムが、既得権益を保護し、停滞を助長させたとも言えるだろう。いずれにしても、ここにきて成熟社会への転換が、一挙に迫られることとなった。先送りしていた問題が、今日、あらゆる分野で浮上してきている。

かつて自動炊飯器が日本の家庭に普及していった時代、日本の主婦の睡眠時間が一時間延びたそうだ。一時間余計に眠れることは、誰にとっても幸せだ。当時、炊飯器は大卒初任給の三割から四割相当の値段だった。

可処分所得との比率で考えると、いまの価格で八万円から一〇万円といった感覚だろうか。

それでもボーナスが出れば、皆が炊飯器を買い求め、「これは便利だ」と感嘆し、「よし、お父さんは、もっと頑張って働くから次のボーナスでは冷蔵庫買おうな」となって、日本の家庭から食中毒が一掃されていく。

次は洗濯機だということになって、日本のお母さんの手からあかぎれが消えていく。

いまの中国がまさにそうであるように、巨大な物欲が消費を促し、企業はそこから利潤を上げ、その利潤が労働者にも還元されて、さらなる消費に結びつく。

これが成長社会の典型的なパターンだ。モノが人を幸せにした時代である。

しかし、と私は学生たちに問いかける。「君たちはテレビが五センチ薄くなって幸せか?」家電量販店の店頭に並ぶ様々な新製品は、格好良かったり、便利であったりはするけれど、万人が幸福になるようなものではない。

もはや私たちは、モノだけでは幸せにならない時代に生きている。格好良さは人それぞれに違うから、大ヒット商品は生まれにくい。このところ相次いで発表される家電各社の巨額の赤字の背景はここにある。

協調性から社交性へ

人びとはバラバラなままで生きていく。価値観は多様化する。ライフスタイルは様々になる。それは悪いことではないだろう。日本人はこれからどんどんと、バラバラになっていく。

しかし、人間は社会的な生き物なので、バラバラなだけでは生きていけない。私たちはどうしても、社会生活を営んでいくうえで、地域社会で決めていかなくてはならないことがある。

いままでは、少なくとも一九八〇年代までは、遠くで(霞が関で)、誰かが(官僚が)決めてくれていたことに、何となく従っていれば、いろいろ小さな不都合はあったとしても、だいたい、みんなが幸せになれる社会だった。

しかし、いまは、自分たちで自分たちの地域のことについて判断をし、責任を持たなければならない。

その判断を誤ると、夕張市のように自治体でさえも潰れる時代が来てしまったのだ。

ただ、この一点が変わったために、日本人に要求されているコミュニケーション能力の質が、いま、大きく変わりつつあるのだと思う。

いままでは、遠くで誰かが決めていることを何となく理解する能力、空気を読むといった能力、あるいは集団論でいえば「心を一つに」「一致団結」といった「価値観を一つにする方向のコミュニケーション能力」が求められてきた。

しかし、もう日本人はバラバラなのだ。さらに、日本のこの狭い国土に住むのは、決して日本文化を前提とした人びとだけではない。

だから、この新しい時代には、「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかしてうまくやっていく能力」が求められている。

私はこれを、「協調性から社交性へ」と呼んできた。

「平田君は、自分の好きなことは一生懸命、集中して頑張るけれども、どうも協調性に欠けるようです」と小学校一年生から通信簿に書かれてきたような人間が、作家や芸術家になる。

私自身、自分の好きなことしかやってこなかったし、協調性はないものと自覚している。しかし、演劇は集団で行う芸術なので、演劇人には「社交性」はあるのだ。

私たちは、幕が下りるまではどんな嫌な奴とでも、どうにかして仲良くする。プロの世界などはひどいもので、舞台上では、「あなたがいなければ死んでしまうわ」と言っていても、楽屋に帰ればそっぽを向いている連中もたくさんいる。それでいい舞台ができるのなら、私としてはまったくかまわない。これもまた「社交性」だ。

しかしこの社交性という概念は、これまでの日本社会では「上辺だけのつきあい」「表面上の交際」といったマイナスのイメージがつきまとった。

私たちは、「心からわかりあう関係を作りなさい」「心からわかりあえなければコミュニケーションではない」と教え育てられてきた。

しかしもう日本人は心からわかりあえないのだ……と言ってしまうと身もふたもないので、たとえば高校生たちには、私は次のように伝えることにしている。

「心からわかりあえないんだよ、すぐには」「心からわかりあえないんだよ、初めからは」この点が、いま日本人が直面しているコミュニケーション観の大きな転換の本質だろうと私は考えている。

心からわかりあえることを前提とし、最終目標としてコミュニケーションというものを考えるのか、「いやいや人間はわかりあえない。でもわかりあえない人間同士が、どうにかして共有できる部分を見つけて、それを広げていくことならできるかもしれない」と考えるのか。

「心からわかりあえなければコミュニケーションではない」という言葉は、耳に心地よいけれど、そこには、心からわかりあう可能性のない人びとをあらかじめ排除するシマ国・ムラ社会の論理が働いてはいないだろうか。

実際に、私たちは、パレスチナの子どもたちの気持ちはわからない。アフガニスタンの人びとの気持ちもわからない。しかし、わからないから放っておいていいというわけではないだろう。

価値観や文化的な背景の違う人びととも、どうにかして共有できる部分を見つけて、最悪の事態である戦争やテロを回避するのが外交であり国際関係だ。

好むと好まざるとにかかわらず、国際化する社会を生きていかなければならない日本の子どもたちに、より必要な能力はどちらだろう。

もちろん協調性がなくていいとは言わないが、日本の子どもたちは世界標準から見れば、まだまだ集団性は強い方だ。ならばプラスαの能力として、これからの教育が子どもたちに授けていかなければならないのは、この「社交性」の方なのではないか。

落書き問題

読者諸氏は、PISA調査(ProgrammeforInternationalStudentAssessment)という名前を聞いたことがあるだろう。OECD(経済協力開発機構)が、参加各国の一五歳を対象に三年ごとに行っている世界共通の学力調査だ。調査項目は「読解力」「科学的リテラシー」「数学的リテラシー」、そして二〇〇九年からは一部の国で「デジタル読解力」が実施されている。このうちの、特に「読解力」の項目で、日本の子どもたちの成績が、二〇〇〇年の八位から、一四位、一五位と徐々に後退して、これが学力低下問題の議論の発端となった。

実際には、参加国数が、三二、四一、五七、六五ヵ国と増えてきたこと、上位国の差は僅差であって日本の成績が有意に下がっているわけではなかったことなどを見れば、これはいかにも結論ありきの「ためにする議論」であった。

また、二〇〇九年には、日本は八位と少し盛り返している。

また、これはあまり指摘されていないことだが、近年の調査では人口五〇〇〇万人以上の国で、日本よりも上位にランクされている国はない。

いろいろな要因があるのだろうが、結果としてPISA調査は、小さな国に有利になっている。

そして、驚くべきことに二〇〇九年のPISA調査では、初登場の「上海」が一位に躍り出た。

これは意表を突くものであった。

PISA調査は国ごとに参加するものだと私たちは思っていたのだが、地域で参加して、ものの見事に一位をかっさらっていってしまった。

善し悪しは別にして、こういった発想は日本人にはあまりない。

日本の話に戻る。

もちろん、日本の子どもたちの学力に、まったく問題がなかったわけではない。たとえば日本の子どもたちは一般に、白紙回答率が高いと言われている。

学びのモチベーションが低下しているので、少しわからない問題があると、回答欄に何も書かずに試験を終えてしまうのだ。

あるいは、複数以上の回答がある問題に対しての白紙回答率が高かったとも言われている。

日本の学校では、教員が正解を抱え持っていて、生徒がそれを当てるような授業を続けてきたために、複数の回答がある設問に対して、子どもたちは何を聞かれているのかさえわからずに戸惑ってしまうのだ。

この手の設問で、日本の教育界にショックを与えたのが「落書き問題」と称される設問だった。以下、その内容を少し端折って書く。

ネット上に、「学校の壁に落書きが多くて困っている」という投書があった。

一方で「いや落書きも、一つの表現ではないか。世の中にはもっと醜悪な看板が資本の力で乱立しているではないか」という投書があった。

「さて、どうでしょう?」という設問である。「さて、どうでしょう?」と聞かれても、日本の多くの子どもたちは、何を聞かれているのかさえわからなかった。

落書きは悪いに決まっているから。

私は設問を少し変えて、学生たちに問うてみる。

「では、落書きが許される場合は、どんな場合でしょう。自分のことでもいいし、社会的にでもいいです」学生たちは少し考えてから、以下のような発言をする。

「その落書きを気に入ったら」……正解。

「その落書きに芸術的な価値があったら」……正解。

「すぐに落とせるものなら」……なるほど、寛容だね。

正解。

中学生から得た答えで私が気に入ったのは、「明日、取り壊し予定だったら」……この視点の転換はとても素敵だ。

正解。

そして、数百人に一人だが、一定の割合で次のような答えをする学生がいる。

「独裁国家だったら」もしもあなたが、独裁国家の日本大使館に勤務していて、壁に「打倒○○体制」と落書きされたとしたら、「まったく落書きをするなんてけしからん。道徳がなっとらん」と嘆くだろうか。

その、命がけで書かれたはずの落書きを、公衆道徳の問題だけで片づけられるだろうか。

フィンランド・メソッド

落書き問題が問いかけているのは、文化や国家体制が違えば、落書きさえも許される局面があるという点だ。

そして、落書きでしか表現の手段がない人びとにも思いを馳せるという能力こそが、PISA調査が求める異文化理解能力の本質だ。

さて、このPISA調査で、毎回上位に名を連ねるのがフィンランドである。

以来、フィンランドの教育方法が注目を集め、「フィンランド・メソッド」なる言葉まで生まれ、いまも教育関係者の視察が相次いでいる。

フィンランドの国語教科書は翻訳・出版もされているので、関心のある方はご覧になっていただきたい。

特にそこで注目して欲しいのは、各単元の最後が演劇的な手法を使ったまとめになっている箇所が、数多くある点だ。

「今日読んだ物語の先を考えて人形劇にしてみましょう」「今日読んだ小説の、一番面白かったところを劇にしてみましょう」「今日のディスカッションを参考にして、ラジオドラマを作ってみましょう」といった具合だ。

ここにはどんな意味があるのだろう。

フィンランド・メソッドに象徴されるヨーロッパの国語教育の主流は、インプット=感じ方は、人それぞれでいいというものだ。文化や宗教が違えば、感じ方は様々になる。

前章までで説明してきたように、車内で他人に声をかけるという行為一つとっても、それを失礼だと感じる人もいれば、声をかけなければ失礼だと感じる人もいる。

これは内面の自由、良心の自由に関わることなので、強制することはできないし、教育の場でそれを一律にしてはいけない。特に宗教などが違うと、これを強制することは人権問題にまでなる。

しかし、多文化共生社会では、そういったバラバラな個性を持った人間が、全員で社会を構成していかなければならない。だからアウトプットは、一定時間内に何らかのものを出しなさいというのが、フィンランド・メソッドの根底にある思想だ。

これは現行の日本の国語教育と正反対の構図になっていることがわかるだろう。

私たちは、「この作者の言いたいことは何ですか?五〇字以内で答えなさい」といった形でインプットを狭く強制され、一方でアウトプットは個人の自由だということで作文やスピーチでお茶を濁してきた。

しかし、現実社会は、どちらに近いだろうか。アウトプットがバラバラでいいなどという会社があったら、即刻潰れてしまうだろう。

しかし、どの企業も多様な意見や提案を必要としている。問題は、その多様な意見を、どのようにまとめていくかだ。

フィンランドの教育においては、いい意見を言った子どもよりも、様々な意見をうまくまとめた子が誉められると聞く。

日本では、A、B、C、D、Eと様々な意見が出て、最終的な結論がBとなったら、B君が先生に誉められる。あるいはユニークな意見を言ったCさんが誉められるかもしれない。

しかしフィンランドでは、何も意見を言わなかったとしても、F君が全体のとりまとめをしたとしたら、彼が一番誉められる。

日本でそんなやり方をしたら、「F君は、何も意見を言っていなくて、ただまとめただけなのに誉められるなんてずるい」と言われるかもしれない。

OECDがPISA調査を通じて求めている能力は、こういった文化を越えた調整能力なのだ。

これを一般に「グローバル・コミュニケーション・スキル(異文化理解能力)」と呼び、その中でも重視されるのが、集団における「合意形成能力」あるいはそれ以前の「人間関係形成能力」である。

「みんなちがって、たいへんだ」

このような話を教育関係の講演会ですると決まって、「あ、金子みすゞですね。『みんなちがって、みんないい』ですね」と言う先生方がいる。

私はそうは思わない。そうではないのだ。「みんなちがって、たいへんだ」という話をしているのだ。

OECDの基本理念は、多文化共生にある多文化共生とは何か。

それは、企業、学校、自治体、国家など、およそどんな組織も、異なる文化、異なる価値観、異なる宗教を持った人びとが混在していた方が、最初はちょっと面倒くさくて大変だけれども、最終的には高いパフォーマンスを示すという考え方だろう。

先に見たように、成長型の社会では、ほぼ単一の文化、ほぼ単一の言語を有する日本民族は強い力を発揮した。しかし、成熟型の社会では、多様性こそが力となる。

少なくとも、最新の生物学の研究成果が示すように、多様性こそが持続可能な社会を約束する。

だとすれば、これから国際社会を生きていかなければならない子どもたちには、「最初はちょっと大変だけれど」の、その「大変さ」を克服する力をつけていこうというのがPISA調査の最大の眼目だろう。

しかし日本では、調査結果のじり貧状態だけに目がいって、学力低下の議論が巻き起こり、教科学習のコマ数を増やし、せっかく作られた総合的な学習の時間を減らすという愚挙が行われた。

二〇〇〇年代後半の日本の教育政策がいかにトンチンカンなものになっていたかがわかるだろう。それはある種の教育の鎖国状態と呼んでもいい。

みんなちがって、たいへんだ。しかし、この「たいへんさ」から、目を背けてはならない。

いい子を演じる

私は、これまで何度か、不登校や引きこもりの子どもたち、そしてその保護者の方たちと演劇を通じておつきあいをしてきた。不登校は、中学校から学校に行けなくなるケースが圧倒的に多い。

そしてその多くが、それまで、いわゆる世間で言うところの「いい子」だった場合が多いようだ。そして彼らは口を揃えて、「いい子を演じるのに疲れた」と言う。

私は演劇人なので、そういう子たちには、「本気で演じたこともないくせに、軽々しく『演じる』なんて使うな」といった話をする。

もう一つ、彼らが言う口癖の一つに、「本当の自分は、こんなじゃない」というものがある。

私は、そういう子たちには、「でもさ、本当の自分なんて見つけたら、たいへんなことになっちゃうよ。新興宗教の教祖にでもなるしかないよ」と言うことにしている。

大人は、様々な役柄を演じ分けながら生きている。

夫/妻という役割、父親/母親という役割、会社員という役割、親と同居していれば子どもという役割、他にもPTAの役員の役割や、週末はボランティア活動のNPOのメンバーの役割もあるかもしれない。

私たちは、多様な社会的役割を演じながら、かろうじて人生の時間を前に進めていく。そんなことは、みな知っているはずなのに、子どもたちには、「本当の自分を見つけなさい」と迫る。それは大人の妄想だろう。

あるいはこれも、形を変えたダブルバインドと言えるかもしれない。科学哲学が専門の村上陽一郎先生は、人間をタマネギにたとえている。

タマネギは、どこからが皮でどこからがタマネギ本体ということはない。皮の総体がタマネギだ。人間もまた、同じようなものではないか。本当の自分なんてない。私たちは、社会における様々な役割を演じ、その演じている役割の総体が自己を形成している。

演劇の世界、あるいは心理学の世界では、この演じるべき役割を「ペルソナ」と呼ぶ。ペルソナという単語には、「仮面」という意味と、personの語源となった「人格」という意味が含まれている。仮面の総体が人格を形成する。ただし、その仮面の一枚だけが重すぎると、バランスを欠いて、精神に支障をきたす。

演じるサルとして

この「いい子を演じる」という問題を、私は一〇年以上、各所で語り、書き連ねてきた。しかし、その中でもショックだったのは、秋葉原の連続殺傷事件の加藤智大被告の発言だった。

報道によれば、犯行前、加藤被告は、携帯サイトの掲示板に、以下のように記していたという。

「小さいころから『いい子』を演じさせられてたし、騙すのには慣れてる」私は、「演じる」ということを三〇年近く考えてきたけれど、一般市民が「演じさせられる」という言葉を使っているのには初めて出会った。

なんという「操られ感」、なんという「乖離感」。

「いい子を演じるのに疲れた」という子どもたちに、「もう演じなくていいんだよ、本当の自分を見つけなさい」と囁くのは、大人の欺瞞に過ぎない。

いい子を演じることに疲れない子どもを作ることが、教育の目的ではなかったか。あるいは、できることなら、いい子を演じるのを楽しむほどのしたたかな子どもを作りたい。

日本では、「演じる」という言葉には常にマイナスのイメージがつきまとう。演じることは、自分を偽ることであり、相手を騙すことのように思われている。

加藤被告もまた、「騙すのには慣れてる」と書いている。彼は、人生を、まっとうに演じきることもできなかったくせに。

人びとは、父親・母親という役割や、夫・妻という役割を無理して演じているのだろうか。多くの市民は、それもまた自分の人生の一部分として受け入れ、楽しさと苦しさを同居させながら人生を生きている。

いや、そのような市民を作ることこそが、教育の目的だろう。演じることが悪いのではない。「演じさせられる」と感じてしまったときに、問題が起こる。

ならばまず、主体的に「演じる」子どもたちを作ろう。

霊長類学者山極寿一氏によれば、ゴリラは、父親になった瞬間に、父親という役割を明らかに「演じている」という。これが他の霊長類との違いだろうと氏は指摘する。しかし、そのゴリラも、同時にいくつかの役割を演じ分けることはできない。

父親になった瞬間に、たしかにそれまでの個体とは違う人格(ではなくゴリラ格)を演じているのだが、そこでは前の役割は捨て去られる。

人間のみが、社会的な役割を演じ分けられる。私たちは、演じるサルなのだ。

わかりあえないことから

これまで見てきたように、日本社会には、水平方向(会社などの組織)にも、垂直方向(教育システム全体)にも、コミュニケーションのダブルバインドが広がっている。

だが、実は私は、この「ダブルバインド」を、決して単純に悪いことだとは思っていない。それは苦しいことだけれど、その苦役は日本人が宿命的に背負わなければならない重荷だろう。

ただ、いまの日本社会では、漱石や鷗外が背負った十字架を、日本人全員が等しく背負わなければならない。かつては知識階級だけが味わった苦悩を、いまは多くの人びとが、苦悩だと意識さえしないままに背負わされる。

漱石ほどの天才でも、ロンドンでノイローゼになったのだ。鷗外ほどの秀才が、「かのように生きる」と覚悟を決めなければ、このダブルバインドを乗り越えることはできなかったのだ。

ならばまず、このダブルバインドの状況をはっきりと認識し、そこと向きあうことから始めるしかないだろう。わかりあう、察しあう古き良き日本社会が、中途半端に崩れていきつつある。

私たち日本人も、国際化された社会の中で生きざるをえない。

しかし、言語やコミュニケーションの変化は、強い保守性を伴うから、敗戦や植民地支配のようなよほどの外圧でもない限り、一朝一夕に大きく変わるというものでもない。

私たちは、この中途半端さ、この宙づりにされた気持ち、ダブルバインドから来る「自分が自分でない感覚」と向きあわなければならない。わかりあえないというところから歩きだそう。

湿潤で美しい島国で育った私たちには、それを受け入れることは、つらく寂しいことかもしれない。「柿くへば」を説明することは、とても虚しいことかもしれない。しかし、おそらく、そこから出発する以外に、私たちの進む道はない。

石黒先生と作ったアンドロイド演劇『さようなら』では、死に行く少女に「もっと励ます詩を読んで」と言われたアンドロイドが、若山牧水の歌を詠む一節がある。

いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや

あとがき

再び、富良野について富良野に通うようになってから一〇年が過ぎた。

この間、市内すべての小中学校でモデル授業を行い、いま、その事業は私の手を離れて、さらなる広がりを見せている。富良野でモデル授業を行っていて面白いのは、保護者や地域の方たちの見学者の数が異常に多いという点だ。

本文冒頭に掲げた布部小学校でも、あるいは他の小規模校でも、十数名の全校生徒対象の授業に、生徒と同じか、それ以上の大人たちが見学に来る。

要するに、お母さんはもちろん、お父さんたちも農作業を休んで見学に来る。あるいは子どものいない近隣の大人たちも見学に来る。

富良野は、ラベンダー栽培という第一次産業が、観光という第三次産業に転化した成功体験を持っている。

あるいは、様々な食品加工業なども、この富良野の地で生まれているから、いまの流行りの言葉でいえば、農業の「高度化」「六次産業化」に成功した典型的な地域とも言える。

その成功体験があるので、農家の方と話していても、「自分たちは農家だし、また自分の子どもにも農業を継いでもらいたいけれども、これからの日本の農業は、高価格高品質の付加価値で勝負していくしかない」ということを、実感として強く抱いている。

それ故に、「だから、農家こそ、新しい発想や、消費者のニーズをくみ取る柔軟性、コミュニケーション能力や国際性が必要だ。農業こそが創造産業だ」ということを考えている。

そのために、私のような者の授業にも、多くの見学者がやってくる。

実際、富良野は、富良野ブランドを確立しており、「富良野メロン」「富良野カボチャ」といった無農薬、高品質のブランド産品は強い競争力を持つ。

観光は、完全に脱『北の国から』を目指し、新しい観光スポットを次々に誕生させている。街には英語、韓国語、中国語の表記が溢れ、すでに国際観光都市の様相を呈している。

二〇一三年度には、富良野高校に道内初の演劇を組み込んだコースが新設される。まだ札幌にもない新しい取り組みを行うのだ。

もちろんこれは、プロの演劇人を育成するためのコースではない。二〇年後、三〇年後の農業と観光の町富良野を支える、豊かな発想と表現力をもった人材を育成するプログラムだ。

『フラガール』小泉純一郎元首相は、就任当時しきりと、「構造改革には痛みが伴う」という言葉を口にした。国民の多くは、その雄弁に納得し、改革路線を支持した。だが、その「痛み」の本質を人びとは理解していたか。あるいは小泉氏本人も、理解していたのだろうか。

大ヒットした映画『フラガール』(李相日監督)は、衰退する常磐炭田の炭鉱労働者の娘たちが、ハワイアンのダンサーになっていく物語だった。

この秀作には、元ネタと言ってもいい二つのイギリス映画がある。一つは、やはり炭鉱労働者を題材にし、そのブラスバンドチームの活躍を描く『ブラス!』。そしてもう一つは、鉄鋼産業の町を舞台にした『フル・モンティ』である。

『ブラス!』は、閉鎖されていく炭坑を舞台に、直接的にサッチャー政権の構造改革路線を批判した映画である。

一方、『フル・モンティ』では、失業した鉄鋼労働者たちが、離婚した妻を見返したい、子どもをサッカーに連れて行ってやりたいといった理由から一念発起して、男性ストリップのショーを計画する。

これはまさに、産業構造の転換に伴う心の痛みを象徴した映画だった。第二次産業に従事する人々が第三次産業に転換していくことは、他人には理解できないほどの大きな痛みを伴う。

それは服を脱ぎ捨てて裸身を公衆の面前にさらすほどの恥辱なのだ。産業構造の転換には、必ず古い産業へのノスタルジーがつきまとう。そして、そのノスタルジーを振り切るには、相当の迷いや苦しみが伴うだろう。

本来、私たちが、国民全体で分かちあうべきは、この精神の痛みではなかったか。

小泉政権の五年間で、たしかに構造改革は進んだのかもしれない。

しかし、本当に国民が分かつべき、脱工業社会への「精神の構造改革」は進まず、いまになって、その「痛み」の部分だけが、無意識のうちに一部の弱者に押しつけられている。

構造改革を声高に叫びながら、一方で、そこに乗り遅れた者たちは、社会の歯車の一つとして働くことが強いられる。これもまた、形を変えたダブルバインドとも言えるだろう。

希望はどこにあるのか国家と国民の幸福がほぼ重ねあわせであった時代なら、人びとは巨大な組織の歯車として、各人が、与えられたただ一つの役割だけを演じていればよかったのかもしれない。

しかし私たち日本人はこれから、「成熟」と呼べば聞こえはいいが、成長の止まった、長く緩やかな衰退の時間に耐えなければならない。

その痛みに耐えきれずに、いずれの国も金融、投機という麻薬に手を出してきた。その結果が、日本のバブル崩壊であり、米国のリーマン・ショックであり、欧州の経済危機だろう。

希望はないのか?強いリーダーシップや、その先にある戦争にしか、希望はないのか?私はやはり、布部小学校の一一人の子どもたちの笑顔の中に、希望を見いだしたいと思う。

書生論に聞こえるかもしれないが、それが机上の空論ではないことを示すために、ここまで駄文を重ねてきた。

繰り返す。多文化共生は、決して生やさしい事柄ではない。

「みんなちがって、たいへんだ」

しかし、幸いにして日本は、荒い海と、日本語という高い障壁に囲まれて、明日にも移民、難民が殺到するという国ではない。

私たちにはおそらく、天恵のように、あと二〇年か三〇年の猶予が与えられている。逆に言えば、私たちに与えられた時間は、もう残り少ない。いまから少しずつ、日本社会の各層において、様々なダブルバインドを解きほぐしていく必要がある。

恥辱や痛みに耐えながら、私たちは、古い服を脱ぎ捨てて、新しい衣装をまとい、新しい多様な仮面をかぶらなければならない。

時間はかかる。その時間の重みにも耐えなければならない。だがしかし、その道筋には、苦しみばかりが待っているわけではないだろう。人間は、演じる生き物なのだ。

進化の過程で私たちの祖先が、社会的役割を演じ分けるという能力を手に入れたのだとするならば、演じることには、必ず、なんらかの快感が伴うはずだ。

だから、いい子を演じるのを楽しむ、多文化共生のダブルバインドをしたたかに生き抜く子どもを育てていくことは夢物語ではない。

演劇は、人類が生み出した世界で一番面白い遊びだ。きっと、この遊びの中から、新しい日本人が生まれてくる。

二〇一二年秋

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