「何が原因か」よりも「どうなりたいか」を優先するソリューションフォーカスアプローチ(解決策に焦点)が基本
本章では、アンガーマネジメントの実践に入る前に知っておいてほしい、とても大切な基本の考え方について学びましょう。
その大切な考え方とは、「『なぜ自分は怒るのか?』の原因を徹底して追究するよりも、『自分は怒りをコントロールしてどのようになりたいのか?』を思い描いていこう」ということです。これを「ソリューションフォーカスアプローチ」と呼びます。ソリューション(解決策)にフォーカスする(焦点を当てる)ということです。
アンガーマネジメントは、このソリューションフォーカスアプローチという理論をベースにしています。
ソリューションフォーカスアプローチとは、問題の原因を過去にさかのぼって探すよりも、まずなりたい状態をイメージし、そのなりたい状態と現実の間にあるギャップを見つけ、ギャップを埋めるためにはどうすればよいのかを考え、実行していくことです。
原因の追究は百害あって一利なし
例えば、どうしても腹の立つ、許せない上司がいたとします。
その上司をどうして許せなくなってしまったのかという原因をいくら追究したとしても、ムカつくことばかりが思い出され、やっぱりムカつく人なんだという結論を出してしまうかもしれません。
怒りの原因を追究するということは、過去にさかのぼって、過去の怒りの感情をも思い出していくことです。
その際、かつてのその怒りの感情を思い出し、怒りを強めたり、新たな怒りを付け加えてしまうことがあります。
上司にムカつくことを言われたときを思い出すと、感情は、今言われたことのように腹が立つと感じるのに、言われたときの状況・経緯の記憶は、意外とあやふやだったりするものです。
すると「ムカつく」という感情に引っぱられて、そのときの上司の顔がすごく嫌味なものだったように思えたり、大勢の前で言われ、恥をかかされたかのように感じたり……。
自分の怒りを正当化する方向に、状況や経緯の記憶を書き換えてしまうことがよくあるのです。つまり、今、思い出して感じている怒りと、当時感じていた怒りとでは別のものになってしまっている。
このような「思い出し怒り」を何度も繰り返していくと、軽い怒りもいずれは憎悪や怨恨といった、とても強い怒りになってしまうことすらあります。
だから、怒りのコントロールが上手にできないうちは、あまり怒りの原因を追究しないほうがいいのです。
そうではなく、先ほどの例なら、「どうすれば上司と上手に関係をつくっていくことができるのだろう」と考えたほうが、積極的に問題を解決できるようになります。
「今、できること」に目を向けよう
もっと具体的にお話しすると、まず、「上司と上手に関係がつくれた場合には、どういうふうに上司と会話をしているのか、自分はどのような感情で上司と向き合っているのか、上司は自分に対してどのような態度になっているのか、周囲の反応はどのように変わっているのか」といった理想の場面をイメージします。
次に、そのなりたい状態と現実との間にあるギャップはなんなのかを見つけます。
例えば、なりたい理想の状態では、上司とお互いに目線を合わせて会話をしているけれども、現実にはお互いに相手の目を見ずに会話しているのであれば、そのギャップを埋める行動は「目を合わせて会話をする」です。そして、そのギャップを埋めるために必要な行動を実践していくのです。
これまでは見ることのなかった上司の目を見て話を聞くといったことは、すぐにでもできる行動で、相手も気づく小さな変化です。
こうした小さな変化をいくつもつくり出していくことで、いずれは上司との関係を大きく変え、良好にしていくことも想像してください。そして、その行動の変化を積み重ねているうちに、あなた自身の感情も変化していくでしょう。
さらには上司の感情、態度も自分の目指すなりたい状態に近い形になっていくことをイメージしてみてください。このように具体的に、怒りをコントロールして「なりたい自分」をイメージトレーニングするのです。
ただここで気をつけてほしいのは、途方もない状態を「なりたい自分」と考えないことです。現実には自分にできること、できないことがあります。
自分の力ではどうにもならないようなことを自分のなりたい状態としてイメージしてしまうと、「なりたい自分」になれずに苦しんでしまうことになります。
なりたい状態になれないのは、本人の努力が足りないからでも、まわりが悪いからでもありません。
なりたい状態になれないからといって、自分を責めたり、まわりの人にあたったり、社会を恨んだとしても自分が苦しくなるだけです。
現実には思いどおりにならないことはいくらでもあります。
それを受け入れた上で、自分は何ができるのかを考えるということが重要です。
大事なことなので重ねてお伝えしますが、怒りという感情は、あなたの選択です。ある出来事、誰かの言動に対して「怒る」も「怒らない」もあなたしだいです。
アンガーマネジメントを実践していくということは、自分の感情は、自分自身の責任であるということを自覚していくことでもあります。
「なりたい自分」の思い描き方 ミラクルデイ・エクササイズ
アンガーマネジメントでは、怒りの原因を追究するよりも、自分は怒りをコントロールしてどのようになりたいのかというソリューションフォーカスアプローチの視点を重要視すると述べました。
まずは自分がどのような未来をつくりたいのか、あるいは、自分が怒りをコントロールできるようになると、どのような状態になれるのかということをイメージしてほしいのです。
では、具体的に「なりたい自分を思い描く」とはどういうことでしょうか。
ここで、アンガーマネジメントで、「ミラクルデイ・エクササイズ」と呼ばれているテクニックをご紹介しましょう。
ミラクルデイ・エクササイズでは、あなたが怒りをコントロールすることができて、自分の思うように感情を表現し、上手にコミュニケーションをとっている日がやってきたとして、その日はどのような日になっているのかを具体的に想像するのです。
では、実際にミラクルデイ・エクササイズをやってみましょう。
質問をしますので、答えを考えながら読み進んでみてください。
答えはできるかぎり具体的に答えてください。
紙に記入するのもいいでしょう。
あなたにとって、イライラ、ムカムカしない、怒りにふりまわされない、「理想の日」がやってくるとします。
その日はどのような日なのでしょうか。
あなたが怒りをマネジメントできていて、まわりの人と上手にコミュニケーションがとれ、仕事が楽しくできる日です。
感情と行動が、どのように今と違うのかを考えてみてください。
あなたが、怒りをマネジメントし、周囲とうまくコミュニケーションがとれるようになったとして─────。
- Q1誰が最初にあなたの変化に気づくでしょうか。
- Q2その人はあなたのどのようなことに気づくでしょうか。
- Q3そして、その人はなぜあなたの変化に気づくのでしょうか。
- Q4そして、何をあなたに言ってくるでしょうか。
- Q5他には誰があなたの変化に気づくでしょうか。
- Q6その人たちはどのようなことに気づくでしょうか。
- Q7なぜその人たちはあなたの変化に気づくのでしょうか。
- Q8変化に気づいたら、あなたに向かってなんと声をかけてくるでしょうか。
- Q9あなた自身は自分のどのような変化に気づくでしょうか。
- Q10感情面ではどのように変化しているでしょうか。どのような感情をもっているのでしょうか。
- Q11行動面ではどのように変化しているでしょうか。それは今日とは違った行動のはずです。いったいどのような行動なのでしょうか。
- Q12あなたにとっての理想の日を10段階の10とすると、今日は何段階にいるでしょうか。
- Q13どうしてそのように思うのでしょうか。
- Q14最近、自分の理想の日に最も近い日があったとしたら、10段階のうちのどれくらいだったでしょうか。
- Q15その日は何をしていた日でしょうか。
- Q16誰と一緒にいましたか。
- Q17その人はあなたのことをどう思っていたでしょうか。
このように、理想とする一日にあった出来事を詳しくイメージするのです。
当たり前のことですが、「理想の日」とこれを書いている「今日」との間にはギャップがあります。理想の日を考える時は、何の制限もかけず、心から理想と思える日を想像してください。
「竹内さんの理想の一日」に学ぶ
では、ここで一例として、商社勤務の竹内さんのミラクルデイ・エクササイズの一部を一緒に見てみましょう。
竹内さんにとっての理想の日は─────。
出社すると自分から上司、同僚、アシスタントに「おはよう」と元気にあいさつすることから始まります。
Q1の「一番最初に竹内さんの変化に気づく」のは、アシスタントです。
竹内さんは、いつもは表情もなく、聞こえないぐらいの小さい声であいさつして席につくのですが、この日の竹内さんは笑顔であいさつをしながら席につきます。
そして、アシスタントは「おはようございます、竹内さん。今日は朝からなんだかご機嫌(Q2)ですね」とあいさつを返してきます(Q4)。
上司も竹内さんの変化に気がつきます(Q5)。
「おはよう、竹内くん。今日はなんだかいつもと違って朝から元気だな(Q6)」と声をかけてきます(Q8)。
竹内さん自身はとても気分がいいことに気づいています(Q9)。
「みんなが自分のことを気にかけてくれている。すごく気分がいい。一日仕事をやってやるぞっていう気分になる」(Q10)気分がいいと、自分から進んで上司のところへ行って問題となっている案件の相談をしたり(Q11)、同僚に積極的に話しかけて情報交換をしたり(Q11)、海外の取引先にメールを送るのも、まったく面倒ではなくなっています(Q11)。
この理想の日を10段階の10とすると、このミラクルデイ・エクササイズをしている今日の自分は5段階くらいだと思いました(Q12)。
なぜなら、「まず自分からあいさつをしていくことができない。上司にはなるべく話しかけたくないと思っているし、同僚ともできればそんなに話したくない。海外の取引先にメールを送るのも面倒だ」と思っているからです(Q13)。
最近のことをふり返ると、自分の理想に最も近い日は1カ月前くらいのことでした。
その日は、10段階のうち8段階くらいの日です(Q14)。
その日、難航していた契約がとれたのです(Q15)。
海外からOKのメールが届き、それを読んだ瞬間、ほっとすると同時にとにかく嬉しかったことを覚えています。チーム全員で喜びました(Q16)。
そして、自分があまりにも喜んでいるので、チームのみんなが、いつもの自分じゃないと驚いていました(Q17)。
いかがでしたか。
これがミラクルデイ・エクササイズです。
このミラクルデイ・エクササイズは、家などの落ち着いた環境で行ってください。
なるべくリラックスした状態で理想を思い描くのです。描く際は、できるだけ具体的に思い描くことをおすすめします。ポイントは何の制限もかけずに自分の理想の日をイメージすることです。
「なりたい自分」のプラス面を実体験する「怒らない自分」を演じきる24時間アクトカーム
もう一つ、アンガーマネジメントの実践をする上で、大切な練習をしましょう。
それは、「自分がもし怒らなかったら、まわりはどのような反応をするのか」を体験することです。
そのために、「24時間アクトカーム」というものを行います。
24時間アクトカームとは、実際の生活の中で、「感情はどのようであったとしても、表面的にはとにかく24時間穏やかにふるまう」というものです。
この方法では、自分が怒らないと周囲はこんな反応をするのだ、ということを、少しでいいから実際に体験してもらうことが大切です。
できるだけ表面的でも、演技でもいいので、怒らないようにふるまうのです。
実際に怒りがコントロールできて、まわりの人と上手にコミュニケーションがとれるようになった自分に24時間なりきってください。
自分が変われば、まわりも変わる
まず、「24時間アクトカーム」をする際のポイントは、「怒ろうが、イライラしようが、ムカつこうが感情は関係ない。どんな感情をもったとしても、表面的には徹底して穏やかにふるまう」ということです。
たとえカチンとくることがあっても、「今は24時間アクトカーム中だから、とにかく穏やかな自分を演じるんだ」と強く思い、ぐっとこらえてください。
24時間アクトカームを行い、徹底して穏やかにふるまうことで、自分にどのような変化があるのか、周囲の人にどのような変化があるのか、周囲の人が自分を見る目にどのような変化があるのかということを知ることができます。
イライラしがちな人、怒りっぽい人は、いかに自分を変えずに周囲の人を変えるかということに考えがいきがちです。
ですが、自分を変えずに他人を変えることは難しいもの。だから、ほんの少し自分の行動を変えるだけで、まわりの人の反応が変わることを実感することはとても大切なことなのです。
さらに、24時間アクトカームを実践する際は、まわりの人たちに、「私は、今から24時間ずっと怒らないでいるようにします」というように宣言してください。
これにより、真剣に24時間アクトカームに取り組むことができます。また、自分が穏やかでない行動をした場合にまわりの人たちからチェックをしてもらうことができます。
24時間アクトカームはできるなら、日をあけて何度もやってください。
また、必ずしも24時間でなくても、「就業時間中の8時間」など状況と時間を区切ってもかまいません。
要は、一定の期間怒らない自分を演じることによって、「怒らないで過ごした際のまわりの反応」を体験できればいいのです。
この24時間アクトカームを何度もやっていくうちに、「怒らないあなた」に対するまわりの反応はよいものに変わっていくことでしょう。
あなたが怒らないと、あなたが思っている以上に多くのメリットを実感することができるはずです。
本章では、アンガーマネジメントの実践に入る前に、とても大切なことをご紹介しました。
「ソリューションフォーカスアプローチ」という視点をもち、怒りをマネジメントすることで、自分はどうなりたいのかをきちんとイメージすること。
24時間アクトカームにより、「怒らないで過ごすっていいな」と実感すること。この二つをアンガーマネジメントの実践に入る前に理解しておくことが重要です。
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