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序 章 レイキとの出会い─レイキは身近なものだった─

実践 レイキヒーリング入門愛と癒しの技法土居 裕

目次

はじめに

ここ数年、精神世界に対する関心の高まりから、「波動」「オーラ」「ヒーリング」「宇宙エネルギー」などの言葉を、よく耳にするようになりました。

しかし、波動やエネルギーなどは、科学的な背景をもちながらも目に見えないだけに、どことなく怪しげで曖昧なイメージをもたれたり、誤解を与えたりしがちなのも事実です。

レイキも、欧米では有効なヒーリング(癒しの技法)として認知されており、効果を検証して現代医療の第一線で活用している国もありますが、日本ではまだ完全に理解されているとはいえません。

レイキはもともと日本語の「霊気」のことで、霊は宇宙に満ちる生命、気はエネルギーを表し、「宇宙からの癒しのエネルギー」と呼んで活用されています。

古人は、さまざまな体験から、レイキが手のひらを通じて放射されることを知り、痛みや病気があればそこに手を当てて癒し、悩みや苦しみがあれば胸に手を当てて心の平安を取り戻すなど、レイキを日常の中で役立てていました。

レイキの実体や働きの科学的解明はこれからの課題ですが、その存在と効果性は疑う余地がなく、世界で数百万人といわれる人たちが活用して、その恩恵を実感しています。

西洋では、医療関係者だけでなく一般の人たちもレイキに関心をもち、ストレス解消のための有効なリラックス法として、また免疫力や自然治癒力を高めて自分の健康は自分で守ろうと、レイキを学ぶ人が多くなっています。

そのような世界の潮流の中で、高齢社会を迎えた日本では、レイキを健康に役立て、さらに生き方の質を高めようと、「健康と幸福への道」としてのレイキが普及し始めています。

しかし、「レイキに関心はあるが、何となく怪しいイメージがある」「レイキを習ったが、使い方がよくわからない」という人にもよく出会います。

ストレス社会の中で、今後ますますレイキ活用の場が広がるとともに、このような人が増えてくることでしょう。

私たちは、 NPO現代レイキの会(内閣府認証)の仲間たちとともに「怪しくない、おかしくない、難しくない、日常の中で役立つレイキ」の普及に携わっています。

本書が、レイキに関心のある方たちの入門書として、理解と実践を深める助けになれば、嬉しく思います。

二〇〇九年三月土居 裕

レイキのエッセンス ~レイキとは何か ~

最新の科学によれば、宇宙も、宇宙に存在するものも、みな波動でできています。私たちの周囲には波動が充満し、私たち自身も波動だというのです。レイキも、そのような宇宙に充満する波動の一つです。

昔から、さまざまな波動の中に、「病気を癒し、心に平安を与える」 高い波動が存在することが知られており、レイキ(霊気)と呼ばれていました。

レイキは、宇宙からの贈り物で「愛と、調和と、癒しのエネルギー」といわれ、 人の高い意識と響き合って健康と幸福に導く波動です。

そのエネルギーを活用して、 「私たちの人生を、安らかに、豊かに、価値あるものにしよう」というのがレイキ法です。

レイキ法は、手当て療法からスタートし、「病気や悩み、怒り、心配などの 不調和な波動と響き合わないよう、自己の波動を高める」ことをめざします。

~レイキの本質をめざして ~

レイキは、私たちの周囲にも純粋の光として充満していますが、 それを受け取るには、意識を高めて「常にレイキと響き合う」生き方が必要です。現代霊気法(通称・現代レイキ)は、それを日常生活で実現しようとするものです。

ヒーリングを中心に、自己浄化法、自己成長技法を意識的に実践して、 レイキとの響き合いを高め、やがては、 「意識しなくても、自動的に響き合える」ことを目標としています。

日常のすべてがレイキと響き合うとき、真に健康で安らかな人生が実現します。宇宙は調和の波動を送り続けていますが、 私たち人間が、宇宙の意思に背を向けて、思い思いの行動をしています。

「宇宙の法則に沿った生き方をすること」、 これ以外に、安心立命に至る道はありません。レイキと響き合い、レイキを信頼して、すべてを宇宙に任せるレイキヒーリングは、 「宇宙と響き合って生きる」トレーニングです。

目に見えない世界を信じる

最初に、私がどのようにしてレイキと出会ったのか、現在どのようにレイキと関わっているのかを紹介したいと思います。人それぞれに、人生の歩みは異なりますが、もしかすると同じ方向性が見出せるかもしれません。

その上で、本書はどのような立場から書かれているのかを明確にしておきたいと思います。

私は岡山県で生まれ、祖母の家を継ぎましたが、祖父方は禅僧の家系で、今も縁戚者が数ヵ寺の住職を務めています。

また、祖母の父の実家は島根県の神官だといいますが、祖母の父が旅の僧に一夜の宿を与えたとき、その僧から手当て療法や算盤による法術を伝授され、その能力で多くの人を救ったと、祖母から何度も聞かされました。

あるとき深夜に泥棒が入り、めぼしい品を風呂敷に包んで逃げようとしたとき、それに気がついた祖母の父が枕元の算盤を手にとってパチパチとはじいたところ、外に出ようとした泥棒は片足を上げたまま動けなくなり、夜明けに警官が来るまで、その姿勢で固まっていたそうです。

祖母は男勝りの性格でしたが、父親から「お前が男だったら、すべてを教えてやるが、女はこんな能力をもたないほうがよい」と言われたそうです。

そういえば祖母は、仏壇の前で般若心経を百回唱えるのが日課でしたが、読経に合わせて蠟燭の炎が天井に向かって長く伸びたり、線香の灰がくるくると螺旋状に巻かれていつまでも落ちなかったりするのを、不思議な思いで見ていたのを記憶しています。

このような血を引いているためか、私も子供のころから座禅に親しみ、目に見えない世界があることを自然な形で信じていました。

学校を出て日本電信電話公社(現 NTT)に入社しましたが、十二年後に日産自動車へ移り、ここも数年間で退職。以後は頻繁に、妻と三人の子供を抱えながら三十回近くの転退職を繰り返しました。

深層には生きることの意味を問い続ける思いがあり、自分の人生の目的はこれではないと、仕事を転々としたように思います。

今の私なら、その仕事とどのように向き合い、そこから何を学ぶかという選択をすると思いますが、当時はそのようには考えられませんでした。

もともと短気な性格で、思い通りにならないと強い怒りにとらわれ、その反面不安な思いがつきまとい、感情の起伏が激しくなる一方でした。

やさしい祖父母に育てられたことは幸せでしたが、我慢や忍耐などの習性が身につかなかったようです。

せっかく好条件で迎えられながらも、歓迎会の席で上司と取っ組み合いの喧嘩をして、入社をとりやめたこともありました。

今にして思えば、このような生き方の中でも、困ったときには必ず救いの手が差し伸べられ、入社後は特別な引き立てもあって、妻子を路頭に迷わせることがなかったのは不思議でした。

目に見えない世界からの守護と導きを感じます。

手当て療法にはじめて出会う

四十代の後半に入ったとき、以前勤めたことのある電鉄会社の元上司から、「ビジネスホテルを全国展開するので、中国地区総支配人として来てほしい」と声がかかりました。

二年後には自宅に戻れるという話で、広島へ単身赴任しました。広島での出会いが、手当て療法を知るきっかけとなりました。その方は、太田さんという男性で、取引先の常務としてホテルを担当していました。

私とは親子ほどの年齢差がありましたが、非常に気の合う人でした。

広島に単身赴任といっても、東京の本社での打ち合わせや出張もあり、広島にいるのは週二日程度でしたが、太田さんが必ず夕食を誘いにきてくださり、一緒に出かけるのが常でした。このようなつきあいが約四年間続いていました。

とある日、私が出張先の下関から帰ると太田さんが待っていて、台風で傷んだ屋上の設備を点検中、落ちていた鉄骨で右ひざを痛めていた私の様子をみて、ロビーに座った状態で手を当ててくれました。

温かさがジワーッと浸透して痛みがどんどん薄れていく、そしてすっかり痛みがとれた、なんともいえない不思議な体験でした。

太田さんにこのような力があることを、このときはじめて知りました。太田さんは若いときから持病があり、それを治したいと思って手当て療法を習ったといいます。

やっていくうちに、病気だけでなく生来の短気な性格も直ってしまったそうです。温厚にみえる太田さんが短気な性格だったとは想像できなかったので、驚きました。すぐに私は太田さんから手当て療法を習うことにしました。

太田さんの伝授は手から手へエネルギーを伝えるというやり方で、ただ手を握っていればよい、そうすれば、普通の鉄片が強力な磁石に触れると自然に磁力を帯びてくるように、癒しの手になるのだということでした。

二人で食事に行った後はラウンジに行くことが常でしたが、レイキを習うようになってからは、手をつないでビールやワインを飲むという状態が続きました。

周囲からは、よほど仲のよい二人に見えたことでしょう。

続けること半年、私の手からも温かいエネルギーが出ることが実感できるようになりました。

やがて単身赴任に終止符を打つことになりました。

私は四十九歳を迎えましたが、二年間で帰宅できるという約束は四年過ぎても実現せず、そろそろ自宅に帰りたいと思い始めていたこともあり、本社と話し合って退職することにしました。

別れの前日、太田さんに「手当て療法には、何か名前がついているのですか」と聞いたところ、「佐々木さんという女性に習いましたが、名前は知りません。額に入った免状に、たしか白井とありましたので、たぶん白井式手当て療法だと思います」という返事でした。

後年、佐々木さんは臼井霊気療法学会の元師範と判明しましたが、学会と無縁になってから臼井霊気療法の名前を伏せられたものと思います。

太田さんが臼井を白井と見間違えたのでしょうが、当時の私の知識では、臼井霊気療法と聞いても何もわからなかったことでしょう。

自宅へ帰った私は、経営コンサルティングの会社へ入社しました。経営革新のノウハウを提供する会社で、国内大手の企業群を多数顧客にもち、躍進の一途をたどっている時期でした。

銀座に本社がありましたが、大阪に西部の管理部門を新設することになり、名古屋から九州までの総務、人事、経理を統括する責任者として採用されました。

ここでの十二年間は私にとって非常に厳しいものでしたが、待遇もよく、私の現役生活の総決算として最適のところでした。この会社で、現在の活動のベースとなる各種の学びを深めることができたのは幸運でした。

西洋レイキに触れる

仕事を転々としながらも座禅はずっと続けていましたが、心の安らぎを得ることはできませんでした。

精神世界や宇宙エネルギーなどに関心をもち、バシャール、サイババ、シャーリー・マクレーン、オショー、マハリシなどの本を読みあさり、神智学、仙道、修験道、古神道、ヨガ、気功などにひかれ、超能力や神秘体験を求めた時期もありました。

私や家族は極めて健康でしたが、会社の同僚、取引先の役員、その人たちの家族に、現代医療で対処できない難病者が多いことを知り、親友が脳溢血で倒れて半身不随になったのを機に、ヒーリングに関心をもつようになりました。

定年退職後は自宅を改装してヒーリングサロンを開きたいと、アメリカからヒーリングベッドを輸入し、ローラーベッドや電動ヒーリングマシンを購入するなど、少しずつ機材を揃えるとともに、一九八〇年代の半ばから九〇年代にかけて三十種類以上のヒーリング、ボディーワーク、セラピーなどを学びました。

だんだん定年が近づくにつれ、それまで学んできた各種技法から効果的なものを抽出し、それを統合して自分なりのヒーリングスタイルをつくり上げたいと模索し始めました。

レイキという言葉を知ったのは一九八〇年代が終わりに近づいた頃でした。当時は珍しかったエネルギーワークを学ぶために上京したとき、『レイキ療法』という本を知りました。

第二章で触れますが、バーバラ・レイ女史が『ザ・レイキ・ファクター』という世界最初のレイキ解説書を発行し、ニューヨーク在住の三井三重子さんというティーチャーが翻訳して『レイキ療法』として自費出版したものです。

セミナーを受ければ誰でもその日からヒーリングができるようになり、効果絶大で副作用なしということで、半信半疑ながらファースト(第一段階)のセミナーを受講してみました。

直前にゴルフスイングの練習をしすぎて左手首が腱鞘炎を起こし、夜も眠れないほどの痛みがあったのですが、セミナーを受けた次の日には治り、効果を実感。

セカンド(第二段階)も受講しました。セカンドでは顕著な変化は感じませんでしたが、二十一日間のセルフヒーリングを続けるうちに何となく心が安定するように思われ、快い好転反応が表れるとともに、「レイキの中に今まで学んできたエッセンスが凝縮されている」という直観が得られました。

新たなヒーリングスタイルをつくろうとしなくても、レイキに任せて淡々と手を当てれば、すべて必要なことが行われるのではないかという直観でした。そしてその直観を確かめるため、レイキをより深く学びたいという思いに駆られました。

伝統霊気に出会う

生来の短気な性格を直したいという思いがあり、当時厳しい仕事に取り組んでストレスを感じていた私は、精神性向上に役立つというサード(第三段階)を学びたいと思いました。

しかし、三井さんのティーチャー資格はセカンドの伝授までで、外国語が話せない私は海外へ行って学ぶこともできませんでした。

当時は「日本国内の伝統霊気は終戦とともに消滅し、臼井霊気療法学会も存在しない」というのが世界のレイキ界の定説で、セミナーでもそのように教えられました。

独習したいと思っても、ファーストの資料は「基本 12ポジション」(第一章参照)を説明した用紙が一枚、セカンドは「どこに手を当てればどんな効果があるか」の説明書が一枚だけという状態で、自分で深めることは困難と感じました。

一九九三年の夏、クリスタル・ヒーリングを学ぶために上京したとき、不思議な出会いがありました。

ペアになった小野田さんという上品な老婦人が、古くから臼井霊気療法学会の会員で、学会は現在も存続していることがわかり、その方の紹介で一九九三年十月に入会することができました。

京都支部でお会いした第六代会長の小山君子先生は当時八十七歳で、真っ白な髪が印象的でした。

伝統霊気の霊授を受け、改めてレイキの回路を開いていただいたとき、故郷に帰ったような懐かしいものを感じて、目頭が熱くなりました。

参加者はいずれも女性でしたが、「あなたは新人なので、小山先生の近くにいて、レイキをいっぱい受け取りなさい」とのことで、小山先生は私を隣の席に座らせて、数々の質問に丁寧に答えてくださいました。

小山先生の話の中に「レイキは愛」という言葉が何度も出てきました。

細かい説明はありませんでしたが、「レイキは宇宙からの愛のエネルギーであり、それを受け取り活用する私たちは愛の存在でなければならない」と言われているように感じました。

手当て療法では、次々に信じられないような癒しが起こり、私自身のストレスも解消されて心身ともに大きな効果を実感し、これで短気な性格も直るのではないかと思えました。

現代レイキの誕生

ところで、最初に学んだ西洋レイキと新たに学んだ伝統霊気は、ルーツは一つでありながら、なぜこのように技法が異なるのかという疑問が起こりました。

伝統霊気は臼井先生の教えを継承しており、正統なものに違いありませんが、西洋レイキはそこから進化しているのか、それとも退化しているのか、まったく別のものに変質しているのかという疑問でした。

これは、西洋レイキをもっと学んで徹底的に比較するしかないと思いました。そこで、オショーレイキの流れを発展させたネオレイキを学び、日本で西洋レイキの主流になりつつあったフランク・ペッター方式の臼井レイキを学びました。

その結果、次のようなことがわかりました。

●西洋レイキは、各国へ伝わる流れの中でさまざまに変化していること。

●伝統霊気も、臼井先生存命時と逝去後は大きく変化し、終戦後も変化していること。

●どう変化していても、健康に役立つ技法と、精神性に役立つ技法に集約できること。

●レイキ法の神髄は五戒であり、健康と幸福への道が示されていること。

●西洋レイキは健康への道に効果的であり、伝統霊気には幸福への道の鍵があること。

さらにいろいろなことが見え始め、臼井先生当時の貴重な情報が、自然に集まってくるようになりました。

私はそれらを取捨し検証して、自分を変えるために役立つ実践レイキの構築にとりかかりました。

現代人のためのレイキ活用法という意味で「現代霊気法」と名づけ、自分の実践結果をもとに、より効果のあるものに改善していきました。

こうしているうちに一九九五年になり、一月中旬に阪神大震災が起こりました。

家屋も家人も無事でしたが、ヒーリングサロンの開設に向けて準備したものは、狙い撃ちされたように破壊されて使えなくなり、計画は振り出しに戻ってしまいました。

その年の十一月に定年を迎えましたが、一年四ヵ月延長されて九七年三月に退職。

この機会に、世界で誤り伝えられている臼井霊気療法発祥の真実や、創始者臼井甕男先生の実像を、国内のレイキ実践者に情報提供したいと考え、執筆を始めました。

約一年後に原稿が完成、九八年五月に『癒しの現代霊気法』が出版されると、英語、スペイン語、フランス語など七ヵ国語に相次いで翻訳され、世界のレイキ界に大きな反響を呼びました。

現在では、臼井霊気療法学会の存在は世界に認知され、かつてはドクター臼井と呼ばれていたものが、臼井先生と呼ばれるようになりました。

現代霊気法は、私自身を変えたいという思いから構築したものですが、いつしか短気な性格は消えて穏やかになり、私の変化を感じた人からぜひ学びたいという希望があって、自然な形で普及し始めました。

私が直接認定した現代レイキマスター(指導資格をもつ人)は、国内で六百名を超え、海外で三十四ヵ国四百名を超えました。

国内では、 NPO現代レイキの会が内閣府の認証を得て、レイキを通じての社会貢献活動をスタートさせ、海外ではオーストラリア、カナダ、フランス、スペイン、イタリア、デンマーク、ドイツなどで、現代レイキのネットワークが発足しています。

日本発祥のレイキが世界に普及して日本に逆輸入され、今また日本発祥の現代レイキが世界に普及し始めていることが不思議に思われます。

私の現在までの歩みを紹介しましたが、現代レイキの考え方を押しつける意図はありません。

本書は、できるだけ普遍的な立場から、どの系統のレイキ実践者にも違和感なく受け入れられるように心がけました。

しかし、レイキの系統は多様化しており、共通の内容や表現が困難な場合も少なくありません。

たとえば、レイキを学ぶ段階についても、現代レイキでは「レベル 1、レベル 2」と表現しますが、「ファースト、セカンド」「第一段階、第二段階」「レイキ 1、レイキ 2」「レイキ A、レイキ B」「初伝、奥伝」「初伝、中伝」などと表現するところもあり、これらをすべて併記することは煩雑になりますので、本書では現代レイキの表記を用いています。

また、レイキ法の目的についても、「臼井霊気療法は、療法と名前がついているように、病気を治すことが最終目的だった」としている系統があることも事実ですが、認識の違いがある場合は現代レイキの認識に基づいて、「臼井霊気療法は、手当て療法を入り口とし、安心立命を最終目的とするものである」と解説しています。

さらに、「レイキ法は、始めから終わりまで、体内レイキと宇宙レイキとの響き合いを高めるための技法である」としているのも現代レイキの認識であり、響き合いを高めるための技法として紹介しているものは、現代レイキの技法であることをご理解ください。

レイキにはじめて出会う人たち

本書を手にしているあなたが、レイキという言葉とはじめて出会ったのは「いつ、どこで」だったでしょうか。中には、この本がはじめてという方がおられるかもしれません。

私の住んでいる兵庫県芦屋市で、十数年前から「誰でも参加できるレイキ交流会」を開催していますが、ホームページに日程を掲載するだけで、まったく PRしないにもかかわらず毎回四十名から六十名程度の参加者があり、国内各地や海外のレイキ関係者が参加されることも珍しくありません。

ここには、ヒーリングサロンを経営している方や、セミナーを開催しているレイキマスターたちも多数参加するため、初参加の方も気軽に意見交換して、日ごろの疑問や不信感などを披瀝し、レイキに関する認識を深める機会となっています。

また参加者全員で体内エネルギーの流れを促進し、自然治癒力を高める技法などを行ううちにレイキとの響き合いが高まり、「参加すると体調が良くなる」と毎回参加される方も多くなっています。

参加者もさまざまで、他の教室で学んだ方や、これから学ぼうとする方、中には「レイキに関心があるが、宗教などと関係があるのではないか。レイキを学んでいるのはどんな人たちなんだろうか」と、疑心暗鬼のまま参加する人も少なくありません。

先般、外国の方が交流会に参加され、「はじめてレイキという言葉を聞いたとき、何と美しい響きだろうと思った」と言われましたが、日本人の場合は漢字のイメージから、神秘的なもの、霊的なもの、手かざしの宗教などを連想する人もいます。

しかし、そのような思いをもって参加した方が、普通の OLの方が友人と気軽に参加していたり、ビジネスマン、主婦、お年寄り夫婦、親子、ときには医療関係者や科学者、大学教授などが繰り返し参加していることを知り、驚かれています。

そして、遠方から参加した人や外国の人たちが、心地よいエネルギーの中で無邪気に楽しんでいる姿を目にし、それぞれの方がほっとするような雰囲気をもっていることを実感するうちに、自然に溶け込んでいかれます。

この交流会では「参加者のひとこと」という時間を設けて、順番にマイクを回しますが、レイキとの出会いを話されることがよくあります。それによると、親しい友人がレイキに興味をもち、誘われたので一緒に受講したという方が多いようです。

また、外国勤務や海外旅行中にレイキと出会った方、書店でレイキの本を見かけてという方も少なくありません。中には「セミナーを受講したけれど、本当にレイキが使えるのかどうかよくわからない」「何も感じないので、まったく使っていない」という方もいます。

この章では、あなたが直観的に興味を感じたレイキが決して怪しいものではなく、世界で多くの人たちが受け入れて、「健康と幸福」のために活用している素晴らしいものであることを、いくつかの方向から見ていきたいと思います。

レイキの浸透

日本のマスコミがレイキの話題を取り上げることはあまり多くありませんが、まったくないわけではありません。レイキ関係者にはよく知られている情報ですが、三つほど紹介しておきましょう。

●二〇〇一年十二月三日に共同通信社が伝えたもので、《英国の権威あるコリンズ・イングリッシュ・ディクショナリーが、「霊気」など新たに八つの日本語を掲載した。

この辞書は日本の国語辞典に当たるもので、オックスフォード辞書と並ぶ権威。

「 REIKI(名詞・日本語)癒しと元気回復のために患者にエネルギーを与えると考えられている治療法」と説明している》 という内容で、新聞やテレビ、週刊誌なども取り上げて話題になりました。

●二〇〇四年一月十三日の日経新聞(夕刊)に、「変質する医療」として、米国の代替医療を紹介。《「ほら、入っていきますよ……」患者の背中にあてた医師の手から「気」が放たれる。「REIKI(霊気)」と呼ばれる治療を施すのは街の小さな民間療法施設ではない。米国を代表する総合病院、ベス・イスラエル(ニューヨーク市)だ。

西洋医学では解決できない頭痛などに悩む患者が助けを求めてやって来る》 代替医療については《原則として科学的検証を基本とする西洋医学以外の医療を指す。(中略)背景にあるのはいまの医療体制への不信。薬漬けの傾向が強いことに国民は不満を募らせている。

米大統領諮問委員会は二〇〇二年三月、厚生省内に代替医療を統括する専門部署の創設を答申。西洋医学と代替医療との融合をにらんだ準備が連邦政府レベルで始まっている》と解説しています。

●二〇〇八年七月九日の産経新聞(朝刊)に、「ホリスティック医療」というタイトルで《薬剤投与や外科手術といった西洋医学では治しきれないさまざまな病を癒やすため、世界各地の伝統療法から「祈り」までも活用するホリスティック医療への関心が高まっている。

心の持ち方や生活習慣、環境まで含めた全人、包括的な治療で、患者自身の「癒やす力」を高めるという》として、山本記念病院(横浜市)ホリスティック外来を次のように紹介しています。

《平成 15年に総合診療部を開設した。

(中略) 4医師が、「ほっとする科」「よく聴く科」「痛みの外来」などを担当。

ドイツ発祥のホメオパシー、体の各部位固有の波動を応用したバイオレゾナンス、日本生まれでハワイで発展したレイキ(霊気)、それに気功や経絡刺激など、さまざまな病気にさまざまな療法を行う》 コリンズ辞書は「新聞、雑誌、書籍、ラジオなど、印刷物と会話の中から集めた四億語余りのうち使用頻度の高いものを選んだ」ということなので、イギリスでは日常生活の中にレイキが深く浸透していることがうかがえます。

もちろん、コリンズ辞書だけでなく、オックスフォード辞書にも以前から収録されており《治療作用を活発にするために、患者の身体に手を触れて、エネルギーを流し与える治療テクニック》と記載されています。

さらに、アメリカの医学大辞典には「 Reiki」が収録されており、ドイツの最も有名な百科事典・ブロックハウス( Brockhaus)にも、レイキという単語が掲載されています。

また欧米では、ベス・イスラエルだけでなく、多くの医療機関でレイキヒーラー(癒す人)たちが活躍しており、医師や看護師がレイキヒーラーであることも珍しくありません。

レイキは「健康関連の仕事に従事する人の必須科目」といわれますが、医療や健康産業と無関係の人たちも多数学んでおり、日常会話の中でレイキという言葉が頻繁に使われていることがうかがわれます。

最近、海外での知名度が徐々に日本にも及んできていることを実感していますが、前記の山本記念病院には、レイキの仲間たちでつくっているグループ「日本レイキ波動ヒーリング協会」のメンバーたちが訪問し、定期的にヒーリングボランティアを行っています。

文学作品に登場したレイキ

外国ではさておき、日本の文学作品にレイキが登場することは、極めて珍しいことといえるでしょう。

読売新聞の朝刊に二〇〇五年七月十六日から二〇〇六年八月十八日まで連載された『光の指で触れよ』(池澤夏樹著・中央公論新社)に、わかりやすいレイキの解説がありますので、少し引用させていただきます。

これは、家庭的なトラブルで傷ついたアユミが、娘のキノコを連れて、高校時代の友人でオランダに住む佐恵子を訪ねたときの会話の一部です。

「うん。もっといろんな糸でいろんな人とつながりたいって思った。だからレイキを学んだの」「何、レイキ?」と佐恵子は聞いた。

「一種の療法。身体に辛いところがある人に手で施すの。楽になるわ。それを身につけた」「そういうのがあるのね」「そう。最初は友人の友人にしてもらった。すごく楽になった。

キノコの世話がいちばん大変だった時で、身体も頭もへとへとだった。

その時に、こういうのがあるのよ、って言われて、受けてみた」「ふーん」「わたしはそこに横になっているだけだし、やってくれる人は手のひらを当てていくだけ。

その手のひらの当たったところがじわっと温かくなって、身体と頭の緊張が解けて、何か気持ちのいいものが入ってくる。

これが気の流れかなって思った」「気なの?」「そういう風に説明するのよ。今度やってあげる」「気のマッサージ?」「そう考えてくれてもいいわ、最初は。レイキは一つの技術だから学ぶことができる、ってわたしは思った。だからわたしは学んで少しできるようになった。ほんとに勉強をはじめたのは一年ほど前よ」「話が戻るけど、気って、つまりあなたの中にあるもの? 湧いてくるの?」

「違う、と思う。どこか外から来る。それをわたしは導くだけ。電気スタンドとコンセントをつなぐ電線みたいなもの。手を当てたところは温かくなるけど、でもわたしの手が温かいわけじゃないの」

「なるほどね。でも、もともとレイキって何なの?」

「日本の人が見つけた、一種の療法ね」とアユミは言った。

「だから元は漢字で『霊気』だった。

それが日本で広まる前にハワイからアメリカに渡って、たくさん信奉者を作った。そしてアルファベットやカタカナの『レイキ』になった。日本語の辞書にはないけれど、英語の大きな辞書にはある言葉」「英語か」「ヨーロッパでも知ってる人は知ってるって。

病院の看護師さんで上手な人がいるとか、温泉でマッサージの一種みたいにやっているところもあるとか聞いたけど」「誰でもやれる? 練習でやれるようになるもの?」「たぶん誰でも。

いくつかの段階を追って、身につけることができるのよ」「ふーん」と佐恵子は興味ぶかそうにうなずいた。

「最初は本当に見よう見まねって言うか、形ばかり。でも、それで相手の人が効いたって言ってくれて。その感覚を覚えているようにして、少し自信がつく。その繰り返し」

「先生がいるわけ?」「そうよ。先生や仲間を相手に練習するの」 アユミは、日本発祥の霊気が日本で広まる前にハワイからアメリカに渡ったと理解していますが、実はそうではなく、明治末期から昭和初期にかけて多くの民間療法が大流行したいわゆる霊術ブームの中で、霊気療法は多くの海軍高官を巻き込んで一世を風靡しました。

その辺の経緯は後の章で解説しますが、ここに引用したのは、次のようなレイキの本質がうまく説明されていると思ったからでした。

●レイキは、辛いところがあれば楽にしてくれる。

●ヒーリー(レイキを受ける人)は、ただリラックスしていればよい。

●ヒーラー(癒す人)は、手のひらを当てていくだけ。

●レイキは一つの技術なので、誰でも学んで身につけることができる。

●ヒーラーはレイキを導くだけで、自分のエネルギーを使わない。

●レイキは、練習することによって、どんどん使えるようになる。

医療の世界でのレイキの取り組み

現代医学の進歩は目覚ましいものがありますが、外科手術や薬剤投与、放射線といった従来の治療法では対処しきれない病気も増加し、世界各地の伝統療法から民間療法まで、有効なものは何でも取り入れようという、ホリスティック医療が脚光を浴びるようになりました。

悪い箇所だけを問題にするのではなく、心のもち方や環境との調和、生活習慣など、その人のすべてを癒しの対象とする。病気は悪ではなく、気づきのサインである。本人が癒し、医師はそれを手助けする。本人の内なる治癒力を、癒しの中心におく。

これらの方向性は現時点ではまだ小さなうねりかもしれませんが、従来の価値観が確実に変わりつつあると感じます。

レイキは、「人間そのものを健全にする」「第一に心を癒し、第二に肉体を健全にする」といい、人体の各部分を分析的に見るのではなく、全体性を重視する思想からスタートしています。

それが世界各地で受け入れられ、先進国の医療にも採用されている原点と思います。

イギリスでは一定の条件を満たせば健康保険が適用され、アメリカのアンダーソンがんセンターでは、代替医療としてレイキが活用されています。

また、科学者の学位論文にレイキの効果が取り上げられて、注目されるようになりました。このような見地から、海外ではレイキを末期患者のターミナルケアに取り入れたり、刑務所の受刑者にヒーリングを受けさせたりするところも増加。

日本でも数年前から大津市民病院や彦根市立病院のホスピス(緩和ケア病棟)でレイキのヒーリングボランティアを受け入れるようになり、日本レイキヒーリング関西協会などが活動していますが、地方刑務所の一部でも受刑者の自立支援(再犯防止)プログラムの中にレイキが取り入れられました。

このようにレイキは、現代医療の良き補助者として治療の一端を担うと同時に、多くの人の生き方の質を高めるため、さまざまな形で活用され、さらに活用度が高まりつつあります。

昨年、東京・大森の脳神経外科クリニックの工藤千秋院長とお会いして、医療とレイキとの協力の可能性について話し合う機会が得られました。

工藤先生は著名な医師ですが、かつてイギリスのバーミンガム大学医学部に在籍して、現代医療の中でヒーラーたちが活躍する現場を体験しておられ、体を治すのは西洋医学がすべてではないとの信念から、古今東西を問わず体によいと考えられる療法を勧め、実践されています。

日本国内にも優秀なヒーラーは各地に存在し、多くの改善例を持っていますが、ほとんどの場合、それらの効果は第三者の検証を経ていません。

「ヒーリングに理解のある医師と、ヒーラーのグループが協力し、それに関心のあるマスコミも加えて、ヒーリング効果の検証データを蓄積することが大切」ということで意見が一致しました。

その後、プロジェクトを立ち上げるための検証テストを行い、興味あるデータが得られていますので、今後の進展を楽しみにしています。

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