はじめに
筋肉を鍛えるのと同じように、脳をトレーニングすることはできるのだろうか——。14歳のときにそんな疑問を持った私は、医学部に進学しました。
しかし、大学の医学部では、健康な脳の鍛え方について、期待していた答えは見つかりませんでした。
そこで、卒業後にアメリカに渡った私は、 MRI(磁気共鳴画像)という最先端技術を使って脳の研究に取り組んだのです。
MRIとは、「磁場」を利用して人体の内部を撮影する技術のこと。
巨大な筒状の装置に人が横たわり、機械を移動させながら撮影が行われる光景を見たことがあるという人もいるでしょう。
この技術を使えば、人体が「輪切り」になった状態で撮影されるので、脳を隅々まで観察することができるのです。私は、この技術をもとに 1万人近い人たちの脳画像を分析しました。
そして、その結果、脳に関する〝ある事実〟がわかったのですその事実とは、「チャンスを与えれば、脳はいつまでも成長し続ける」ということでした。
一般的に、身体の機能は 10代から 20代にかけて発達し、 30代、 40代から緩やかに衰えていくと考えられています。そして、脳も同じような成長の軌跡をたどると思われています。しかし、これは必ずしも正しくありません。
実は人の脳には未開発の部分がたくさん残っていて、そうしたエリアでは成長前の多数の脳細胞が情報や経験を吸収しようと待機しています。この成長前の脳細胞に適切な刺激を適切なタイミングで与えれば、脳はみるみる新しい姿に変わっていくのです。
ここまで読んで、あなたはこんなふうに考えるかもしれません。
「でも、それって要するに脳トレをしなさいってことでしょ?」確かにこの本では、「脳」に対する効果的な「トレーニング」を紹介しています。しかし、それは、これまでの「脳トレ」とはまったく性格の違うものです。
従来の「脳トレ」は、そのほとんどが、衰えを自覚しやすい記憶力やひらめきという機能を「鍛え直す」ものでした。
ですから、皆さんの中にも、「脳トレ」というと「老化を防止する手段」と考えている人が多いのではないでしょうか。
この本のトレーニングは、そのような後ろ向きで受動的な考え方ではなく、「なりたい自分」を手に入れるために脳を積極的につくり変えていく、という考え方に基づいています。
いわば、脳を自分流にデザインするトレーニングと言えるかもしれません。
だからこそ、「まだ脳トレなんて必要ないよ」と考えている人たちにこそ、本書を読んでいただきたいと思います。なぜなら、そう考えている読者の脳が、最も刺激を必要としているからなのです。
脳への刺激が足りないと感じている人も、そうでない人も、まずは本書の 66のトレーニングを試してみてください。すべてを経験したとき、あなたの脳は驚くほど強くなっているはずです。
医師/医学博士/「脳の学校」代表 加藤俊徳
●脳は死ぬまで成長を続ける
この本の目的は、トレーニングによって脳を強くし、「理想の自分」をつくり出すことです。
では、そのトレーニングとはどんなものなのでしょうか?この問いに答える前に、「脳のしくみ」について少し説明させていただきたいと思います。
そもそも、脳はどのように成長していくのでしょう。そして、いつまで成長を続けるのでしょうか。
まずは意外と知られていない、この話から始めたいと思います。
生まれたばかりの赤ちゃんの脳は、まだ成長する前のまっさらな状態です。
これは実際に脳画像を見たことがなくても、誰もが容易に想像できることでしょう。実は一生の中で最も脳細胞が多いのは、この赤ちゃんの時期なのです。
その後、脳細胞の数は年齢を重ねるにつれて減少していきます。
この一点だけをとらえて「歳をとるにつれて脳は衰えていく一方だ」という誤った理解が定着しつつありますが、実はそうではありません。
脳細胞の減少に反比例するかのように、脳内ではアミノ酸などの物質が増えていきます。アミノ酸は「生命の源」と言われるように、体を形づくるうえでは欠かすことのできない栄養成分です。
脳細胞は、数こそ少なくなっても、このように栄養が供給され続ける限り、その成長を止めることはありません。つまり私たちの脳は、死ぬまで成長し続けるのです。
●脳が最も成長するのは 20代から 40代にかけて
私は MRI(磁気共鳴画像)を用いて、これまでに胎児から 100歳を超えるお年寄りまで、実に 1万人を超える人々の脳の画像を見てきました。
そして各世代の脳を見比べた結果、 20代から 40代にかけての時期に、脳が非常に個性的になっていくことがわかったのです。
脳には本来、「成長したい」というエネルギーが満ちあふれています。その勢いが最も強くなるのが、 20代から 40代にかけて。この時期に正しく鍛えれば、脳はどんどん強くしなやかになっていくのです。
それにしても、なぜ、 20代から 40代なのでしょうか。
これには理由があります。
20代前半までは、多くの人が学校生活を送っていますが、学校では決められたカリキュラムをこなすことに重点が置かれ、それ以外の能力はあまり重視されません。ですから、脳の中の基本的な部分が集中的に使い込まれているにすぎないのです。
ところが、学校を卒業すると社会に直接アクセスする機会が増えるため、学生時代には使われなかった脳を働かせる機会が劇的に増えます。
つまり、脳が本格的に刺激を受け、成長を始めるのは、社会人になってからなのです。私たちは「将来こうなりたい」という姿を思い描き、多種多様な目的を持って社会に出ます。
そして社会も、業種や職種に応じてさまざまな役割を私たちに求めてきます。
脳の成長エネルギーが強くなるのが、まさにこの社会人としての活躍時期ですから、本人の意識次第で脳そのものも大きく成長する可能性を秘めているというわけです。要するに 20代から 40代は、脳科学的に見ても積極的にチャレンジすべき時期。
しかし、その時期に「今さら鍛えたって遅いし」とネガティブになったり、「自分の能力はどうせこんなもんだ」と決めつけてしまったりするようでは、脳が順調に成長できるはずがありません。
私はこれまで、「脳の成人式」は 30歳だと主張してきました。脳の成長はバランスが重要ですから、知識も人格も偏りなく成長させなければなりません。
では、その基準となる年齢がいつかといえば、多くの脳画像を見た結果、 30歳と考えるのが妥当だと判断したのです。
これは違う表現をすれば、自分の脳を鍛え、つくり変えようとするなら、 30歳からでも遅くないということでもあります。
とはいえ、脳のどの部分を鍛えればいいのか、どうすれば鍛えられるのか、について十分理解している人は少ないでしょう。それもそのはず。こうした情報は一般的にあまり知られていませんし、もちろん、学校で教わることもないからです。
しかし、脳を鍛えるための正しい方法は確かに存在します。では、その方法とはどういうものなのか、順を追って説明していきましょう。
●学校の成績が良かった人は要注意!
まず、脳を鍛えるには、できるだけ多くの「経験」を積まなければいけません。
脳にとっての「経験」とは、神経細胞にどんな情報が届けられたか、どのように栄養を摂取したか、また、環境の変化にどう対応したかなどですが、これらが豊かであればあるほど脳は個性的になります。
脳が経験を積むためには、実際の生活でもさまざまなことに挑戦しなければいけません。しかし、経験を積もうにも、世の中にはさまざまな「制約」があります。
たとえば、あるとき、上司から社内の雑巾がけをするよう指示されたとしましょう。そこで、「どうして自分がそんなことをしなきゃいけないんだ!」と思ってしまったら、それは脳を使うときの「癖」に支配されているのだと気づかなければいけません。
これは、とくに学校の成績が良かった人ほど要注意です。学校の成績が良かった人は、その成績に見合った行動を取ろうとします。つまり、自分にふさわしくないと思う作業はやらずに済ませるか、他人に任せようとするのです。
しかし、「雑巾がけ」という作業が脳に新たな経験を与えられるとしたら、「こんなことは自分がやることじゃない」と決めつけてしまうのは、もったいないことではないでしょうか。
誤解しないでいただきたいのですが、「雑巾がけ」が脳を鍛える手段だと言いたいわけではありません。要するに、プライドや先入観が強すぎると、行動の選択肢を狭め、脳を使うチャンスを減らすことになるため、結果として脳の成長を妨げてしまいかねない、ということです。
あなたのまわりにも、学校の成績は良かったのに、社会に出たらまったく冴えなくて、仕事の成績も伸び悩んでいるという人はいないでしょうか。そういう人は、学生時代に重視されていた、いわば「学校脳」の影響をいまだに強く受けていて、学校の勉強の延長線上でしか脳を使えていない可能性があります。
ですから、脳を鍛えるときには無用な制約を外して、できるだけ自由な発想を持つことが必要なのです。
●記憶力が低下したら思考力を鍛える
脳にはもともと「成長のしくみ」が備わっており、そのしくみに沿ってトレーニングすべきである。これが、私の考えです。間違った方法では、脳細胞に経験をうまく与えることができません。
たとえば物忘れが激しくなったことに危機感を覚えて、記憶力を高めようとひたすら暗記しようとする人がいますが、これは正しい方法ではありません。
記憶力の低下は、脳の海馬(記憶をつかさどる部位)で萎縮のサインが出ている状態です。
しかし、記憶力が落ちて忘れっぽくなっている人が必死に何かを覚えようとしても、それは海馬をいたずらに酷使することになってしまいます。
萎縮して正常に働かなくなっている海馬に対して、無理に「これを覚えなさい」と命令を出したところで、あまり効果的ではないのです。
では、記憶力の低下を感じた場合、どんな対処法があるでしょうか。有効なのは、記憶力ではなく、「思考力」を高めることです。
思考力が高まると、記憶力を低下させていた海馬の働きも回復し、元の状態に戻っていきます。ですから、記憶力が落ちたと感じている人は、他の人とコミュニケーションを図るなどして情報交換の機会を増やし、思考力を強化すればいいのです。
●一品主義の「脳トレ」ではダメ?
繰り返しになりますが、脳を鍛えるのは、どんな方法でもいいというわけではありません。今、世の中には、いわゆる「脳トレ」といわれる本やゲームがいくつも出ています。
こうした「脳トレ」の中には、「この方法を実践すれば、あなたの脳は劇的に良くなりますよ」と、まるでひとつのトレーニングをこなすだけで脳全体が強化されるような誤解を与えるものがあります。
こうした、いわば「一品主義」のトレーニングは、それが具体的に脳のどこにどう効くのか、はっきり示していません。誰もが手軽に始められる方法としては、こうしたトレーニングも必要でしょう。
しかし、そのトレーニングに飽きてしまった場合や、その方法では能力が伸びなかった場合に、代わりとなる方法が存在しないという欠点があります。
また、今までの「脳トレ」は 1人ひとりの脳の個性には応えていませんでした。人それぞれに個性があるように、脳にも個性があります。つまり、脳を鍛える方法は人によって違うということ。
ところが、一般的に知られているパズルや計算ドリルのような「脳トレ」は、脳の個性に対応することなく、画一的な作業を押しつけているように私には感じられます。
こうした一品主義的トレーニングは、一見、誰でも簡単に始められるように思えますが、実際は人を選ぶだけでなく、ひどい場合には「とにかく、このトレーニングを続けなさい」という精神論になっていることさえあります。
また、一方で、今は脳科学の専門家以外でも、本のタイトルに軽々しく「脳」をつけるなど、根拠もないままに脳が論じられている状態です。
こうした著書に目を通すと、脳をテーマにしていながら、心理学的な側面からしかアプローチしていないものもあります。いずれにしても、今の「脳トレ」に欠落しているのは、「自分の脳に合った方法で鍛える」という視点でしょう。これは、言い方を換えれば「本来の自分をみがく」ということでもあります。
脳を鍛え、あるべき姿にデザインしていくためには、このことを自覚すべきだと思います。私はある時期から、本当の意味での「頭のいい人」になることと、自分を知ることはつながっているのではないかと考えるようになりました。
自分を知るとは、自分の「脳」と向き合うことでもあります。では、自分の脳と向き合うには、どうすればいいのか。そのために必要なのが、次にご説明する「脳番地」という発想なのです。
脳の力がグンとアップする「脳番地」という考え方
●〝脳番地〟とは何か
脳を正しく鍛えるには、「脳番地」という発想が必要だと述べました。「脳番地」とは、私が提唱している概念です。聞き慣れない言葉でしょうから、少し説明が必要でしょう。
脳には 1000億個を超える神経細胞が存在しています。このうち、同じような働きをする細胞同士が集まり、脳細胞集団を構成しています。そして、この細胞集団は、それぞれの働きによって脳内に「基地」を持っています。
思考に関わる細胞集団は A地点、記憶に関わる細胞集団は B地点、運動に関わる細胞集団は C地点……といった具合です。
私たちが何か行動を起こすときには、多くの場合、この脳細胞集団が複数で連携して働いているのです。そして、この脳細胞集団と、その細胞集団がよりどころとしている基地のことを、私は「脳番地」と名付けました。
わかりやすく言えば、場所によって働きが異なる脳を 1枚の「地図」に見立て、その働きごとに「住所(番地)」を割り振ったというわけです。こうしてできた脳の「地図」には、実際に番号を割り振りました。
その結果、脳全体を左脳・右脳でそれぞれ 60ずつ、合計 120の脳番地に分けることができたのです。
この分類を使えば、 20、 38番地は記憶、 44、 45番地はコミュニケーション、 39、 40番地は理解というように、各番地がどの機能に対応しているかが明確になります。
ただし、左右の脳に同じ番号がありますが、それらはまったく同じ働きをするわけではありません。
また、 120の脳番地は、大半が「大脳」に属しています。
その他に、脊髄や小脳、脳幹なども脳番地を形成していますが、これらの部分にはアルファベットを割り当てています。なお、脳番地の番号(番地)がそれぞれどのような機能と対応しているかについては、本書では詳しくふれません。ご興味があれば、拙著『脳番地を鍛える』(角川 SSC新書)などをご覧ください。
●脳番地の原型は 18世紀のウィーン
「脳番地」の発想自体は私が生み出したものですが、その原型である「脳は場所ごとに機能が決まっているのではないか」という考え方は、約 250年前に存在していました。
250年前というと、時代は 18世紀、モーツアルトが活躍していた時代です。
ちょうどそのモーツアルトが活躍していたのとほぼ同時期に、同じウィーンに住んでいたドイツ人医師のフランツ・ガル博士は、頭蓋骨に興味を持ったことから、やがて脳にも関心を持つようになります。
そして、「この部分は社会性に関係する」「ここは本能的な部分に関係する」と脳の働きが場所ごとに異なることを知ったのです。
当時は顕微鏡も普及しておらず、もちろん生きている人の脳を解剖することもできないので、脳を研究するにも表面だけしか見られない状態でした。
しかしガル博士は、自ら生み出した「骨相学」(頭蓋骨の形から精神的能力や性格を診断する考え方)をもとに脳を見ていくことで、脳が場所ごとに異なる役割を持つことを理解したのです。
結局、彼の主張は周囲には受け入れられず、ウィーンの学会を破門されるという苦難を味わいますが、フランスに渡って講演を繰り返したことで、「脳の働きが場所ごとに異なる」という考えは徐々に浸透していきました。
さらに時代は進み、今から約 100年前には、ドイツ人の解剖学者・ブロードマン博士が、脳の表面にいくつもの細胞集団が形成されていることを発見します。
現在も「ブロードマンの脳地図」として知られるこの発見により、初めて細胞集団ごとに明確な区別がつけられ、「脳番地」の元となる考え方が生まれたのです。
●脳番地は「つながる」ことで強くなる
他の細胞と同様、脳の神経細胞も年々減っていき、年齢を重ねるごとに老化していきます。しかし、この神経細胞は複数の脳番地をネットワークでつなぎ、そのネットワークは年々成長していくことがわかりました。
たとえ老化によって細胞が減っても、脳番地の連携が進めば、神経細胞同士のつながりが強くなるため、脳の機能は強化されていきます。このように、脳番地同士のつながりは、脳の働きにとって重要な意味を持っているのです。
●脳番地は8つの種類に分けられる
脳には全部で 120の脳番地が存在すると、先ほど述べました。この 120の脳番地を機能別にくくると、次の 8系統に分けられます。
- ①思考系脳番地……人が何かを考えるときに深く関係する脳番地
- ②感情系脳番地……喜怒哀楽などの感情を表現するのに関与する脳番地
- ③伝達系脳番地……コミュニケーションを通じて意思疎通を行う脳番地
- ④理解系脳番地……与えられた情報を理解し、将来に役立てる脳番地
- ⑤運動系脳番地……体を動かすこと全般に関係する脳番地
- ⑥聴覚系脳番地……耳で聞いたことを脳に集積させる脳番地
- ⑦視覚系脳番地……目で見たことを脳に集積させる脳番地
- ⑧記憶系脳番地……情報を蓄積させ、その情報を使いこなす脳番地
これらは、いずれも左脳、右脳の両方にまたがっています。この 8系統の中で、他の脳番地に最も大きな影響を与えるのが思考系脳番地と感情系脳番地です。
とくに感情系脳番地は、脳の「前頭葉」に位置し、かつ「海馬」を含めた記憶系脳番地のすぐ前にあることから、その人の人柄を決定づける重要な役割を担っています。
前頭葉は目的や意思に基づいて指示を出す部分なので、感情系脳番地をうまく使いこなせば、深く考えたり、自分にとって必要ないと判断した情報をシャットアウトすることができます。
一方、海馬は人間の記憶に深く関わっているため、喜怒哀楽の感情をあらわにすると、記憶にダイレクトに影響します。
「映画を観て深く感動した」あるいは「失礼な対応に強い怒りを感じた」など、感情を大きく揺さぶられた出来事ほど記憶に残るのはそのためです。
感情系脳番地は思考系脳番地をもコントロールし、考えようとする行動を抑制するほどの影響力があることから、非常に繊細な脳番地だと言えます。
感情系以外の脳番地に目を移すと、思考系脳番地・伝達系脳番地・運動系脳番地は、それぞれ前頭葉の周辺に集まっており、「 ~したい」という自発的な考えや行動を促す脳番地です。
一方、脳全体でも比較的後方に位置する理解系・聴覚系・視覚系・記憶系の脳番地は、いずれも自発的な考えや行動を起こすための情報をインプットする脳番地です。
この4つの脳番地を通して入ってきた情報は、考えたり理解したり、記憶することの「材料」になることから、他の脳番地と比べると受身的な傾向があります。
これらの脳番地をいかに使いこなすかによって、自発的な人間になるか、それとも受身的な人間になるかが決まるのです。
●脳番地の成長は「枝ぶり」で決まる
脳は「脳番地」という形で機能ごとに分けられ、その脳番地には8つの種類があるということがわかりました。では、この脳番地が「成長する」とは、どういうことなのでしょう。
大脳にある脳番地は、神経細胞の集まる「皮質」と、神経線維が集まる「白質」で構成されています。この神経細胞、神経線維が成長すると、次の図のように白質が太くなり、それに合わせて皮質の表面積が広がっていきます。
この変化の様子は樹木の枝の伸び方と似ているため、私は「脳の枝ぶり」と呼んでいます。
MRIで生まれたばかりの赤ちゃんの脳を見ると、脳番地の枝ぶりはほとんど発達しておらず、せいぜい運動系脳番地の「枝」が細く確認できる程度です。
しかし、子どもから大人に成長する過程で、それぞれの脳番地は多くの情報を得て枝を発達させ、他の脳番地とつながるためにどんどん伸びていきます。
また、数ある脳番地の中でも、さまざまな情報を吸収して経験を積み、使い込まれた脳番地の枝ぶりは次第に太くなります。
このように、脳番地は情報を得ることによって成長していきますが、その成長の順序や成長の形(枝ぶりの太さ)は人によって異なります。これが脳の「個性」なのです。
「脳は誰もが同じ形なのに、どうして人それぞれ考え方が違うんですか」という質問を受けることがありますが、これまでその理由は、育った環境や頭の使い方の差だと考えられてきました。
もちろん、そうした要因もありますが、それ以上に「脳の育ち方」が大きく影響していたというわけです。
●脳番地は組み合わせて鍛えられる
脳番地の枝ぶりを太くするには、たくさんの経験を積んで、使い込むことが必要です。ただ、だからといって、 1度経験したことを何度も繰り返すだけでは、それ以上の成長は見込めません。
数学の成績を上げたければ、 1度解いた問題を繰り返し解くのではなく、まったく新しい問題に挑戦したほうがいいと言われますが、それと同じことです。
とくに、よく使っている脳番地には、それまでに直面したことのない「新たな経験」が必要なのです。また、先に述べたように、脳番地は別の脳番地とつながろうとする傾向があります。
たとえば、相手の話を聞きながら何かを考えているときは、聞く役割を担う聴覚系脳番地と考える役割を担う思考系脳番地がつながっている状態です。
同じように、本の文章を目で追いつつ、考えを巡らせている間は、視覚系脳番地と思考系脳番地がつながっています。
音楽を聴いて楽しい気分になったときには聴覚系脳番地と感情系脳番地がつながっていますし、曲に合わせて歌えば「口を動かす」という運動をつかさどる運動系脳番地につながることにもなります。
このように、脳の働きは脳番地同士の連携によって成り立っています。この連携をうまく応用すれば、脳番地を組み合わせて鍛えることができるのです。
●眠っている脳番地を刺激せよ
先ほど述べたように、脳の MRI画像を年代別に見ていくと、生まれたばかりの赤ちゃんの脳は枝ぶりがほとんど発達していません。右の画像からもわかるように、多くの部分が白くなっている状態です。
やがて、枝ぶりは成長するにつれて太くなり、もともと白かった部分は黒い枝で覆われるようになります。一方、成人の脳の画像を見ると、ほとんどが黒くなっているものの、一部で白い部分が残っていることがわかります。
実は、この白い部分は「休眠中」の脳番地なのです。問題は、この休眠中の脳番地をどう鍛えるか――。休眠中の脳番地には、成長に必要な情報が得られていない、未熟な神経細胞がたくさんあります。
私はこの細胞を、成長の可能性を秘めているという意味で「潜在能力細胞」と呼んでいます。この潜在能力細胞に刺激を与え、今まで発揮されなかった能力を開花させるには、まず「遊ばせている脳番地がある」という自覚を持つことでしょう。
人間は、生活のパターンや思考の方法がそれぞれ違いますから、どの脳番地をよく使っているかは、人それぞれ異なります。
たとえば営業マンの場合、仕事中は人と多く会話をするので、言語力を担う脳番地を酷使している状態です。しかし、逆に言えば、それ以外の脳番地はあまり使われていません。
こういう人は、仕事を離れたら、言語以外の脳番地を鍛えるべきです。
一方で、あまり人と話さず黙々とデータを打ち込むような仕事をしている人は、プライベートでは言語を駆使する脳番地を刺激する必要があるでしょう。
普段どんな仕事をしているのか、何に一番頭を使っているのかを考えれば、自分が鍛えるべき脳番地がどこなのか、わかってくるはずです。
●脳のコンプレックスを見直そう
眠っている脳番地を刺激するうえで大切なのは、「脳のコンプレックス」を解くことです。脳のコンプレックスとは、普段の生活のなかで苦手意識を持っている能力のこと。
たとえば「言いたいことをうまく伝えられない」「よく道に迷う」「人の名前をすぐ忘れる」「リズム感がない」などが、これにあたります。
なぜ、苦手かと言えば、その能力を発揮するための脳番地が「休眠中」だからです。
脳番地が使われない理由は、「そもそも使うような場面がない」「ストレスを感じるのであえて経験すること自体を避けている」などさまざまな理由があるでしょうが、いずれにせよ十分に脳番地が働いていないことには変わりありません。
なかでも多くの人が抱えているものに、「自分は頭が悪い」というコンプレックスがあります。なぜ、こうしたコンプレックスが生まれるのかといえば、学校教育の中で「学校の成績が悪い →頭が悪い」と思い込まされているからでしょう。
スポーツなど勉強以外の分野で実力が発揮できるといいのですが、それが実現されないと、「どうせ何をやってもダメだから」と、何事に対しても消極的になってしまいがちです。
私から言わせれば、それは大きな間違いです。
仮に学校の成績が優秀だったとしても、その人の脳番地がすべて優れているわけではありません。むしろ「学校の成績が良い」という慢心が、社会に出た後で大きな失敗に結びつくことさえあります。
しかし、日本の学校教育においては、あくまでも勉強の成績だけを重視し、それ以外の能力を軽視する傾向にあります。
そのため、感性や行動力をみがく脳番地番地が使われず、ほとんどが休眠状態になってしまうのです。これは、実にもったいないことです。
脳には「伸びたくない」と思っている場所などひとつとして存在しません。にもかかわらず、「何をやってもダメだから」とあきらめてしまうのは、脳番地に入ってくる情報を自ら断ち切って、成長を妨げてしまうことになるのです。
脳のコンプレックスを見直して、自分の脳の可能性を信じてあげてください。
脳番地を刺激する3つのポイント
ここまで、脳のしくみと「脳番地」という概念について解説してきました。次の章からは、いよいよ 8系統の脳番地を強くするトレーニングを紹介していきます。
では、実際に脳のトレーニングをする場合、どんなことに気をつければいいのでしょうか。実は脳を効果的に鍛えるためには、いくつかのポイントがあります。ここでは、そのポイントを3つご紹介しましょう。
ポイント ① 日常の習慣を見直す
まずひとつ目は、日常生活を見直すこと。これは、知らない間に身につけていた「習慣」を見直すことにもつながります。
たとえば、 1日 2000円の食費で過ごしていた人が、急に「 1000円で過ごせ」と言われたらどうでしょう。
難しいと感じるのではないでしょうか。なぜかといえば、その人は日常的に 2000円の食費で過ごすことに慣れてしまっているからです。
それまでは「このレストランで食事をしたら、予算を超えそうだからやめよう」「この弁当は 498円か。だったら買っても大丈夫だな」と考えながら行動しており、これを毎日繰り返すことで、 2000円以内で食事をすることが「習慣」になっていたわけです。
ところが、予算が 1日 1000円になれば、それまでの生活を振り返って、何らかの工夫をしなければならなくなるでしょう。
外食中心の生活だったとすれば、自炊中心の生活に切り替えるでしょうし、買い物に行ったときに 1品多く買う傾向があれば、買い物の回数を減らすかもしれません。
大事なのは、このように生活習慣をほんの少し変えて、脳番地に「揺さぶり」をかけることなのです。
それまで偏った脳番地の使い方をしていたとしても、生活習慣を変えて新しい経験をつくり出すことで、眠っていた脳番地が刺激を受けたり、無関係だった脳番地同士がリンクしたりします。
生活習慣を変えることは、それまでの自分をあらゆる角度から見直すことになるだけでなく、自分の脳を点検し、脳の使い方を一新することにもつながるのです。
この「見直し」は、とくにビジネスマンにとって有効です。よく、「仕事が忙しい」と長時間にわたってダラダラ仕事をしている人がいますが、このようなタイプの人には、脳にとって悪い習慣が身についている可能性があります。
そもそも 1日のうちで、仕事に必要な脳番地を使うのが許されるのは 8〜 10時間程度。
それ以上の時間を仕事に費やしていると、同じ脳番地を長時間使い続けることになり、その結果、脳が疲弊して作業効率が低下してしまうのです。
長時間同じ作業を続けているような人は、改めて自分の生活習慣を見直し、仕事の一部を誰かに手伝ってもらったり、小休止を取って気分転換を図ったりすることが必要でしょう。
脳を鍛えるには、特別な器具や準備は必要ありません。このように、日常生活をほんの少し見直すことで、使っていない脳番地に刺激を与えることができるのです。
ポイント ② 脳の「癖」を知る
2つ目のポイントは、脳の「癖」を知るということ。何か作業をしている間、手を休めて頬杖をついたり、貧乏ゆすりをしたりと、人はさまざまな癖を持っていますが、同じように人間の脳にも「癖」が存在します。
ただし、脳の癖には 2種類あります。万人に共通する癖と、それぞれの人が持っている固有の癖です。
このうち、万人に共通の癖とはどういうものでしょうか。
ここでは4つの特徴を紹介しましょう。
たとえば「ほめられると喜ぶ」という性質は、脳がもともと持っているものであり、誰の脳にも共通して見られる特徴です。
「君は聞き上手だね」と言われた瞬間、このポジティブな情報に聴覚系脳番地が反応し、ますます聞き上手になろうとします。
同じように「話し上手だね」と言われれば伝達系脳番地が、「見る目があるね」と言われれば視覚系脳番地が反応します。
このようにほめられることで、脳番地は順調に成長していくのです。また、「数字でくくると認識しやすい」という特徴もあります。
「『脳番地を効果的に鍛えるポイント』を思いつくままに説明します」とダラダラ項目を挙げられるより、「これから『脳番地を効果的に鍛えるポイント』を4つ、順番に説明します」と言われたほうが、理解しやすいのではないでしょうか。
はじめに数字を提示することで、脳は全体像を認識しやすくなるのです。
もうひとつ、デッドラインを設けることで「オン・オフが明確になる」という特徴も。
「今日の 4時までに必ず仕事を終わらせる」と決めれば、「どうやって片づけるか」を考えながら、集中して取り組むでしょう。そして、仕事を片づけ、デッドラインを過ぎた瞬間、脳はそれまでの思考から解放されて別の思考に移行していきます。
このようにデッドラインを設けることで、脳の思考にメリハリがつくのです。
最後の特徴は「睡眠によってパフォーマンスが高まる」というものです。
睡眠中、脳は起きている間に入力した情報を整理し、リセットしています。ところが眠らずに起きていると、この作業ができません。
眠気を感じながら作業を続けても効率は悪くなる一方ですが、たとえ短い時間でもきちんと睡眠を取れば、それだけ頭の中がシャープになり、高い成果を上げることができます。
以上が、脳本来の「癖」です。
では、人によって異なる「固有の癖」とはどんなものでしょうか。簡単に言えば、その人がとりやすい「思考のパターン」だと考えてください。脳は「好き・嫌い」という嗜好に大きく影響されます。
たとえば「マンガを読むのは好きだけど、本を読むのは嫌い」という人がいます。こういう人は活字から場面を想像するという思考回路が未発達なため、絵を見ながら文章(吹き出し)を読まないと、内容を理解しづらいのです。
人間はどうしても「好きなこと( =心地良いこと)」を選びたがるものですから、マンガが好きという人は、放っておけばマンガばかり読むことになるでしょう。
これが、その人に固有の「癖」なのです。「脳の癖」とは、あなたの脳にすでにできあがっている「高速道路」のようなもの。いつも「通行」している思考の「高速道路」に乗れば、たやすく物事をこなせます。
しかし、道がない(癖ができていない)ことをするには、道路工事から始めなければならないため、時間がかかってしまう。
だから、その手間に嫌気がさして、癖づけできていないことは途中でやめてしまうのです。ただ、この癖づけは絶対に変えられないものではありません。
次の図を見てください。
これはある女性の脳の MRI画像です。もともとこの女性は、物事を判断するときに、過去の事例に当てはめて考えすぎる傾向がありました。そう考えるほうが、単純に楽だったのでしょう。
そこで、事実が何を表しているのかを自分なりに分析するように指導したところ、矢印の部分の枝ぶりが著しく発達したのです。
これは、意識の持ち方によって新たな癖をつくることに成功した例と言えるでしょう脳を効率よく鍛えたいなら、このように自分の脳が持っている癖や特徴をよく知ることです。
トレーニングを実践するときは、このことを覚えておいてください。
ポイント ③ 「したい思考」で発想する
多くの人は、会社でも日常生活でも「やるべき( should)こと」をたくさん抱えているのではないでしょうか。
自分にとって「やりたい( want)こと」があっても、それができないほどやるべきことが多すぎると、やがて何事に対しても「やらなければならない」と思いながら行動することになり、結果として常に「やらされている」という感覚に陥ります。
このような受身の状態を、私は「させられ思考」と呼んでいます。一方、逆の能動的な思考は「したい思考」です。
「させられ思考」に支配されてしまうと、仕事で上司から指示をされても、聴覚系脳番地が受身的になってしまいますし、仕事の資料に嫌々目を通しているうちに、視覚系脳番地も受身的になってしまいます。
脳番地を鍛えるときには、この「させられ思考」を「したい思考」に変えることが大事なのです。その一環として心がけたいのが、情報に自主的にアクセスすること。
何となく情報を得るという姿勢は、受身という点で「させられ思考」です。一方、自ら情報をキャッチしようとすれば、それは「したい思考」になります。
テレビをつけたときに、たまたま放送していた野球中継を見るのと、「野球を見たい」と思って野球中継を見るのとでは、最初の意識において大きな違いが生まれます。
後者こそ「したい思考」の発想であり、望んでいる情報を自分のもとに積極的にたぐり寄せる考え方です。ところが前者の「させられ思考」では、流れてくる情報を受動的に取り入れるだけで、一方通行になってしまいます。
脳を鍛えるという行為は、明確な意思のもとに行われるものですから、「させられ思考」では効果は出ないのです。
脳番地には使っていないもの・眠っているものがあることはすでに述べましたが、使っている脳番地は、おのずと「したい思考」になっています。
一方、使っていない脳番地は「させられ思考」になっている可能性があります。自分の脳の習慣を見直し、それぞれの脳番地を「させられ思考」から「したい思考」に変化させなければいけません。
これからご紹介する脳番地トレーニングは、そのためのマインド・チェンジの入口です。各脳番地に刺激を与え、「させられ思考」を「したい思考」に転換するのです。
この転換ができれば、今までの受身的な自分とはまったく違う、何事にも前向きで積極的な自分が誕生することでしょう。
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