はじめに
私たちはノートのとり方を知らない「これまで、一度もノートをとったことがない」そういう人は、きっといないと思います。
学校の授業はもちろん、日々の仕事、資格試験の勉強、語学の学習……。
いろいろな場面で私たちはノートを使っています。
でも、ちょっと考えてみてください。
こんなふうに、日常の「知的生活」に深く関わっているノートですが、私たちが「ノートのとり方」についてきちんと習う機会は、あまりありません。
おそらくあなたも、誰かに教えられたのではなく、自己流で工夫してきたのではないでしょうか。
ノートの本質は「見た目」ではないノートのとり方には、「うまい」「ヘタ」があります。
私たちは、ページをパラパラとめくれば、そのノートのとり方がうまいのか、ヘタなのか、すぐにわかります。
しかし、うまくまとめられたノートを見ても、「どうして、そう書いたのか」「なぜ、そんなまとめ方をしたのか」ということまでは、わかりません。
そうなると、ただ〝見た目〟をマネすることになりがちです。
でも、それでは「本質」を十分理解できているとは言えませんよね。
そうです。
いいノートをつくるためには、表面的なテクニックではなく、その背後にある「本質」を理解しなければならないのです。
確かな「結果」を約束するスキル私は、学生時代からノートのとり方を工夫してきました。
その結果、講義のほぼすべての情報を覚えられるようなノートがつくれるようになりました。
今もそのノートづくりのスキルは、情報を吸収する上で大変役に立っています。
これまでたくさんの受験生や社会人に勉強の方法や考え方を教えてきましたが、その中でわかってきたことは、私が自分のために工夫してきたこのノート術が、他の人にとっても、有効だということです。
それどころか、このノート術を実行すれば、受験勉強や仕事、資格試験などで「結果」を出せることもわかってきました。
これは、私が今まで教えてきた1000人の生徒への指導でも実証済みです。
このスキルは決して難しいものではありません。
本当に「ちょっとしたコツ」を実践するだけで、知識を吸収する効果がぐんと高まるのです。
集大成をあなたにこの本では、ノートのとり方について、これまで私自身が実践してきたことや、生徒たちに教えてきたことを余すところなくまとめました。
すぐに使える考え方や技術ばかりですが、もちろん、その根本にある「本質」部分についてもきちんとふれています。
あなたもぜひ、本書の内容を参考にして、「結果が出るノート」の効果を味わってみてください。
はじめに第1章なぜ〝書いた本人が理解できないノート〟ができるのか?なぜ、私たちはノートをとるのか?なぜ、本人が読んでも意味不明のノートができるのか?読み手を意識した「アウトプット品質」のノートとは
なぜ、私たちはノートをとるのか?人間は「忘れる生き物」であるさっそく皆さんに質問です。
皆さんは、どんなときにノートをとっていますか?学校で授業を受けているとき、セミナーや研修に参加したとき、仕事で先輩から作業の手順を教えてもらったとき、本や参考書を読んで印象に残ったことを書き残したいとき……などなど、ノートをとるシチュエーションは、人によってさまざまでしょう。
では、質問を変えます。
皆さんがノートをとるのは、何のためですか?たとえば学生なら、授業のノートをとらなければ、学期末の試験勉強で散々な目に遭います(試験前になると、やたらノートのコピーが出回るのはそのためですよね)。
あるいは、講演会やセミナーで講師から聴いた素晴らしい言葉も、ノートに書きとめておかなければ、十分に活用することができません。
そうなってしまっては、そのセミナーの価値は半減です。
結局、私たちがノートをとるのは、「大事なことを忘れないため」ではないでしょうか。
当たり前のことのようですが、これはとても大切なことです。
自分にとって、「これは!」と思うような貴重な情報も、頭の中にとどめておくだけでは、忘れてしまう可能性大です。
「私は記憶力が良いほうだから大丈夫」なんて過信してはいけません。
覚えておこうと意識するだけで、普段の集中力が落ちてしまうのです。
だからこそ、ノートをとる。
ノートに情報を定着させておけば、必要な情報を、いつでも自由に活用することができるのです。
ノートをとるのは、「大事なこと」を忘れないため。
このことについて、もう少し考えてみましょう。
なぜ、忘れないためにノートをとるのか?それは結局のところ、その情報がないことで、「将来の自分が困らないようにするため」ではないでしょうか。
そうです。
ノートとは、自分がより良い人生を歩んでいくために必要な情報を、将来の自分に伝えるための道具なのです。
これは、学校の授業で使うノートでも、仕事のマニュアルをまとめるノートであっても変わりません。
自分で書いたノートなのに読めない!?私が教えている生徒やセミナーの受講者に、ノートのとり方に関する「悩み」を聞くことがよくあります。
一番多い悩みは何だと思いますか?それは、「後から見返したときに、何が書いてあるのかわからない」というものです。
文字が雑で判読できない、グチャグチャに書かれていて読みづらい、書いた直後は理解できていたのに読み返してみると意味がわからない……など。
皆さんのノートはどうですか?ここ1~2週間に書いたノートを見返してみてください。
授業のノート、仕事で使っているノート、読書ノートなど、何でもかまいません。
そこに書かれている内容が理解できるでしょうか?自己満足で終わらせてはいけないノートをとった時点から見た「将来の自分」、つまり「今の自分」が見て内容が理解できなければ、そのノートの価値は低くなります。
なぜなら、自分の成長につながっていないからです。
せっかく、知識を吸収できる場に身を置き、そこでノートをとるチャンスが与えられたのです。
そうであれば、大切な知識をきちんと書きとめ、将来の自分に伝えていくことで、その機会を最大限に活かしましょう。
いくら一生懸命にノートをとっても、それが将来の自分に伝達できなければ、費やした手間と時間はムダになってしまいますよね。
そこに残るのは、「私はノートをとった」という自己満足だけでしょう。
あなたの時間は貴重な資源です。
それをムダにする生き方は、あなたを苦しめます。
ノートをとるのに費やした時間は、将来のあなたの役に立ててこそ、価値があるものになるのです。
なぜ、本人が読んでも意味不明のノートができるのか?生徒のノートから見えてきたことノートは、「将来の自分」に知識を伝える道具だという話をしました。
そもそも自分で書いたノートは、いつ読んでも理解できるはずです。
なぜなら、そこに書かれているのは、他人ではなく、紛れもなく「自分」で書いた言葉だからです。
ところが、自分が書いたノートなのに、後から読み返してみて、まったく理解することができない。
文字があまりにも雑で判読できない場合は別として、ちゃんと読める字であるにもかかわらず、何が書かれているのか理解できないことがある。
これは一体、どうしてなのでしょうか?私は家庭教師・塾講師として、これまで1000人以上の中学生や高校生に勉強を教えてきました。
指導中は彼らが学校の授業でとったノートを見せてもらうことにしています。
その中で、何が書いてあるのかわからないノートにもよく出くわします。
そういうとき、私は生徒に「これ、どういう意味?」と尋ねます。
すると、多くの生徒が、自分が書いたものなのに、しどろもどろの説明しかできないのです。
他人の私だけでなく、書いた本人にとっても意味不明のノート――。
私は、こうした意味不明のノートに出くわしたときには、彼らにいろいろリサーチすることにしています。
つまり、ノートをどのようにしてとっているのかを尋ねているのです。
リサーチを重ねた結果、意味不明のノートが生まれてしまう理由が次第に見えてきました。
「他人の言葉」のままだから意味不明になるどうして、意味不明のノートになってしまうのか。
それは、「他人の言葉」を、そのままノートに書き写しているから。
つまり、自分の頭を通して、「なるほど。
そうか!」と理解した上でノートに書いていないからなのです。
板書された言葉を、目に入ってきたまま書き写している。
講師の話を、ただ耳に入ってきたまま書きとめている。
本やテキストの内容を、何も考えずにノートに書き直している。
こんなふうに、自分の頭を使って自分のものにしていない言葉は、頭の中で意味を解釈していないのです。
もちろん「自分の言葉」になどなっていません。
人間にとって、もっとも頭に入りやすいのは、「自分の言葉」です。
別の表現をすれば、自分の心の中でいつも使っている言葉です。
それが一番わかりやすい。
同じ日本語でも、人によって使い方やそこから喚起されるイメージは微妙に異なります。
実際、同じ事実を目にしても、それを人に説明するときに使われる言葉は、人それぞれ微妙に違うでしょう。
このような微妙な個人差があるため、「他人の言葉」は「自分の言葉」ほどすんなり理解することができません。
「なるほど!」と納得できるまでに、多少の時間がかかるのです。
私自身、生徒に勉強を教える際には、こうした点に配慮して、生徒が普段使っている言葉を見抜く努力をしています。
そして、説明するときには、できるだけその言葉を使うようにしています。
そうすることで、生徒にとって、説明がグンとわかりやすくなるからです。
「自分」を通した言葉だけを書くノートも同じです。
先生やテキストの言葉を「自分の言葉」に置き換えた上で、ノートに記録していかなければいけません。
ただし、ここで強調しておきたいことがあります。
「自分の言葉で」と書きましたが、それは何も、「先生(講師)の言った言葉をそのまま書いてはいけない」「板書をそのまま書き写してはいけない」ということではありません。
自分の中で「なるほど。
そういうことね!」と納得できるものは、すべて「自分の言葉」に分類されます。
たとえ先生やテキストが使っている「他人の言葉」でも、聴いた(見た)瞬間、「なるほど!」と思えたら、それは「自分の言葉」です。
ノートに書いても何ら問題はありません。
逆に、「何を言っているのかよくわからない」「どうも腑に落ちない」というときだけ、自分の心の中を探り、しっくりくる言葉で書いていきます。
とはいえ、すぐに「自分の言葉」が見つからない場合もあるでしょう。
そのときは、ひとまず走り書きをした上で印をつけ、後から改めて追記すればいいのです。
ノートには「自分」を通した言葉だけを書く。
このことを忘れないでください。
読み手を意識した「アウトプット品質」のノートとは目指すは誰が読んでもわかりやすいノート後から読み返して、書いた本人でも意味不明なノートをつくらないようにするには、どうすればいいのか?それは、自分自身が「なるほど!」と納得できる言葉で書くこと。
つまり、前項でしつこく述べたように「自分の言葉」で書いていくことです。
「自分の言葉」で書かれていれば、ひとまずは合格点。
でも、満点ではありません。
満点にするには、さらにこのノートに「見やすさ」「わかりやすさ」を加える必要があります。
私はよく、生徒たちにこんなことを言います。
「〝アウトプット品質〟のノートを書こうね」アウトプット品質。
聞き慣れない言葉ですよね。
それもそのはず、これは私の造語なのです。
「アウトプット」の意味は、「外に出す」「出力する」です。
自分の中にあるものを第三者に向けて発信していく。
さらにここでは、単に発信するだけではなく、「わかりやすい形で発信する」という意味合いも含めています。
ですから、「アウトプット品質」とは、自分だけではなく、予備知識のない人にもわかるようなレベルのものだと考えてください。
要するに、どんなにパーソナル(個人的)なノートでも、誰かに見てもらう、読んでもらうことを意識して書いていくのです。
それは、具体的にどんなノートなのでしょうか?第三者が理解できる文字で書いていくのがアウトプット品質のノートの基本です。
文字がグチャグチャだったら、誰も読む気がしませんよね。
読みやすくするには、余白をしっかりとって、整理して書いていく必要があるでしょう。
また、使いやすい参考書のように、重要な部分が一瞬でわかるように、メリハリをつけなければいけません。
内容をきちんと階層化していくことも必要でしょう。
読み手の理解を助けるためには、図やイラストなどがあるといいですよね。
アウトプット品質のノートとは、このように配慮が行き届いているノートです。
読んだ人から、「このノート、わかりやすいし、読みやすいね」と言ってもらえるようなノートなのです。
プロよりわかりやすいノートをつくろう「本当にそんなノートがつくれるの?」と思う方もいるかもしれません。
大丈夫です。
誰でもつくれます。
実際、アウトプット品質のノートづくりは、私が生徒たちに指導していることなのですから。
もちろん、自分でも、学生時代から「アウトプット品質」のノートづくりを実践してきました。
私は中学、高校と、授業でノートをほとんどとっていませんでした。
授業の質に疑問を感じており、ノートをとると、正しくない知識が自分の中に入ってきてしまうようで危険だと感じていたからです。
その代わり、問題集や参考書から重要な演習を抜き出して、その解答をわかりやすくまとめたり、答えの導き方や暗記の仕方などを自分なりに書きとめたりしていました。
このとき、「友達から『わかりやすいね!』と言ってもらえるようなノートをつくるぞ」と強く意識してきました。
そのおかげで、ノートを見せた友人たちに、「授業で先生の話を聴くより、吉永君のノートを見せてもらったほうがよくわかる」と言ってもらえることがたびたびあったのです。
いわゆる「授業ノート」を積極的にとるようになったのは予備校生の頃で、当時から「プロ(=予備校の先生)の板書より、わかりやすいノートをつくってやろう!」という意気込みで、ノートをとっていました。
実際、このときのノートは、受験勉強でとても役に立ちました。
何度もくり返し読むことで、基礎力を確実に養成することができたのです。
その基礎力をベースに、参考書を読む、問題集を解くといった勉強を徹底的に行って、東大受験に臨みました。
その結果、東大理Ⅲに合格。
子どもの頃からの夢を叶えることができたのです。
「他者の目」がノートの質を高めていくこのように、学生時代の私のノートづくりには、「人に見せる」という意識が常にありました。
そして、「他者の目」を意識することで、ノートのクオリティは飛躍的に上がったのです。
「アウトプット品質」でノートをつくる重要性を強く感じた私は、その後始めた家庭教師の仕事でも、生徒たちにかなりしつこくノートの書き方・使い方を指導してきました。
アウトプット品質。
これは、ノートをとるときに、かなり効く考え方です。
「単にインプットするため」「自分だけがわかればいい」という意識は、将来の自分にとってわかりにくいノートを生む、最大の原因なのです。
これからこの本では、私が実践し、生徒たちにもアドバイスしてきた「アウトプット品質」のノートのつくり方をお伝えしていきます。
ご紹介するノウハウは、日々のノートづくりの中でぜひ実践してみてください。
きっと、自分の中に知識がグイグイ入ってくることを実感してもらえるでしょう。
そして、もし、このとり方が習慣になれば、完成したノートは皆さんにとってかけがえのない宝物になるはずです。
なぜなら、あなた自身の手で書いたノート、それは「活字」をはるかに超えた威力で、あなたを助けてくれるからです。
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